からすとうさぎ
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「……三成。」

 

寄せては返す海の向こうを見ながら、ため息をまた一つ。

 

 日に一度、忙しい政の合間を縫って浜辺に降りるのが家康の習い性になっていた。

波打ち際の流木に腰を下ろして、片膝を立てた足の上に頬杖を付く。反対の足はぷらぷら波に遊ばせていた。

傍らに釣り竿と魚籠が無造作に置かれている。

どこからどう見ても釣りの途中で休息している漁師にしか見えなかった。

 このほっかむりをして粗末な麻の衣を着た男が、今を時めく天下様だと誰も思うまい。

眼が利く者ならば、上空で旋回している鳥にしては大きすぎる影を見て素性を推し量るかも知れない。

本人がいくら希望しても、単独行動が許される程軽い身の上のはずがなく、忠勝が上空で護衛に当たっていた。

 

「みっともないぜ、家康」

 

こちらはきっちり具足で固めた政宗が言葉と共に肩をどやしつける。

表敬訪問に来てみれば黒書院に主は不在で、腹心が一人悄然としていた。

 

「……独眼竜、ワシはそんなにみっともないか?」

 

振り向きもせず家康は聞き返した。

そっけない態度に政宗は肩をすくめると、足下が濡れるのを構わずに正面に回り込む。

 

「Right 正信が毎日毎日浜辺に座り込んで、溜息ばかりついていると嘆いていたぜ。

 もう三年も経つんだ。あきらめろとは言わねえがheartの中にしまい込んでおけ」

 

言いながら身振りで示す。

 

「はぁとの中にしまい込んでおくか……」

 

家康は政宗の言葉を噛みしめるように繰り返すと同じように胸に手を当てた。

捨てられた子犬のような眼をしていた。

 

「The sad dog」

 

困った奴めと――これ見よがしに嘆息してみせる。

流石に応えたのか家康はぐぅと呻く。

政宗は呆れつつも、この年若い盟友を見限ることは出来そうにない。

 

「お前の前でぐらい素でいさせてくれよ」

 

常ならば笑うはずだった。

本気ではないんだぞと言いたげに、重くなった空気を笑顔で取り成す。

それが眉をへの字に曲げたまま、にこりともせずに政宗の顔を窺っている。

それを見て政宗ははっとした。

 

(オレと家康は同じだ――)

 

片や誰にも通じはしない異国語で、片や非の打ち所がない笑顔で、自分の本心を包み隠している。

国主として生まれ落ちた者の宿命と云えばそれまでだが、同じ闇を抱えて生きている仲間だった。

 

(きっと家康もオレを手放せない)

 

気まぐれに、ぷくりとむくれたままの頬に音を立てて口付ける。

 

「やめてくれよ、独眼竜。ワシはもう子どもじゃないんだぞ。」

 

普段は小粋な政宗が珍しくふざけていると受け取ったのか家康は楽しそうに笑う。

 

「アンタはオレより年下。アンタはまだまだケツが蒼いぜ。」

 

つられて政宗も頬を緩める。

 

友情なんて戦国の世では儚い。

だからといって今更、恋と云うにはお互い大きくなりすぎた。

 

「What kind of love wonder……?」

 

呟いて胸に逆巻く想いごと煙に巻いた。

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