対魔征伐係.21「体育専任教師A」 |
「それじゃあ、1本先取でいいかしら・・・?」
「はい、分かりました」
クラスメイトたちが周りで騒いでいる中、二人は試合場となる畳の上へと上がる。
試合方式を決めるため、試合場の中央まで歩み寄る二人。
周りが五月蝿いため、二人の会話は当人同士にしか聞こえていなかった。
「実は、私のクラスに雪菜を転入させたのよ」
「・・・?そう、ですか」
郁の思いがけない話の内容に戸惑う恵理佳。
頭の回転が早い恵理佳は雪菜が郁と真司の居るクラスに転入させられた経緯はおおよそ予想できた。
「賢明な処置だと思いますけど・・・」
「それでね、本人の意向もあって真司の隣の席にしたんだけど・・・」
「・・・それも、懸命な判断だと思いますが・・・」
ほんの一瞬だけ恵理佳の表情が変わったことを郁は見逃さなかった。
「予想以上にべったべたしちゃってねー・・・席替えしようか迷っているんだけど」
「・・・別に私に話すことではないんじゃないですか・・・?」
郁の会話内容も口調も分かりやすいほどに恵理佳を挑発している。
言われている本人も分かっている。のだが・・・
「貴方が勝ったら席替えしようと思うんだけど、どうかしら?」
「・・・どうも何も、私には関係のないことですから」
返答こそ冷静を装っているが、感じる雰囲気は明らかに棘がある。
「そう?それじゃあ・・・そろそろ始めましょうか」
「・・・はい」
頃合と見るや、郁は距離を取り、試合開始の間合いを調整する。
「じゃあ、行くわよ?」
「どうぞ」
二人の臨戦態勢を見て、俄然盛り上がるクラスメイトたち。
そして先に動き出したのは恵理佳だった。
ヒュッ
間合いを詰めると同時に膝を曲げないノーモーションの前蹴り。
素人相手なら反応できずに当たりそうな程の速さだったが、郁は素早いバックステップで綺麗に避ける。
蹴り技を空振りした隙を狙おうかと言うところだが・・・
続けざまの下段、中段回し蹴り。
更に連携させての後ろ蹴り、後ろ回し蹴り。
それぞれの攻撃が次の技への繋ぎとなり、技後のフォローが完璧に成されているため、恵理佳の蹴りが止まることは無かった。
「見た目によらず激しいわね」
「・・・そうでもないです・・・」
怒涛の蹴りのラッシュを避けつつ郁は笑顔で話しかける。
開始から今まで恵理佳は一度も拳は使っていない。
蹴り技のみだ。
蹴り自体が大振りで隙があるものだが、コンビネーションとして使用してくるため、郁も中々隙を見出せない。
「そろそろこっちも行かせて貰うわよ?」
直後、恵理佳の後ろ回し蹴りをガッチリ両手を使い防ぎ、一気に前へと詰め寄る郁。
(・・・あまり防ぎたくないわねぇ・・・)
これから攻勢に出ようとした矢先、蹴りを防いだ右腕が痺れるように悲鳴をあげていた。
正拳突きに始まり、逆突き、下突きと恵理佳とは対照的に拳主体で攻め立てる郁。
更には肘まで織り交ぜた止む事のない素早い攻撃が繰り出されていく。
恵理佳はそれらをキッチリ避けつつ捌きつつ・・・確実に対処していく。
二人の真剣勝負さながらの光景にいつしか周りの雑音も消えうせていた。
今の時間は体育館内には恵理佳たちのクラスしかおらず、乾いた音と風きり音だけが聞こえてくる。
ヒュンッ・・・
「っと・・・」
攻勢を続けていた郁の一瞬の隙を突いて恵理佳のヒザ蹴りが放たれる。
当てるためではなく、攻守を切り替えるための牽制目的でのヒザは役割を十分に果たし、流れるような動きで続けざまに蹴りを繰り出す恵理佳。
外回し、カケ蹴りと更にバリエーションは増え、防ぐにも的を絞りきれない。
ひとつひとつのモーションの速度も上がっている気がする。
「・・・いい加減、決めたいものね?」
「・・・そう、ですね」
そろそろ体感では二分近くになることを二人は察していた。
大会などではそろそろ決めなくてはいけない時間帯だ。
攻勢に出ていた恵理佳の表情が一瞬、険しくなったことを郁は見逃さなかった。
(・・・次かしら・・・)
鋭くキレのある下段回し蹴りが繰り出される。
角度的にも速度的にも防ぐことは無謀だった。
素早く後ろへ飛び退き、反撃を考える郁だったが・・・
「・・・!!」
目の前の恵理佳が身体を捻らせ、後ろ回しに来る体勢が瞳に映し出される。
一瞬のことではあるが、このままでは防ぐことも避けることも出来ずに終わるであろうことが予測できた。
ヒュッ・・・!
恵理佳本人も確実に決まると踏んでいた後ろ回し蹴りは郁の後ろ回し蹴り出掛かりのモーションで避けられていた。
当然のように背中を向けた恵理佳に郁の回し蹴りが決まる・・・その刹那。
「・・・今回は私の勝ちね」
「・・・はい、参りました・・・」
郁の踵は恵理佳に触れることなく、寸止めされていた。
足を下ろし、先ほど捲し上げた前髪をまた元に戻す郁。
「噂以上の実力だったわ。付き合ってくれてありがとう」
「・・・いえ、始めから分かっていましたし・・・」
試合を始める前の露骨な挑発で郁の考えていたことは大まかには分かっていた恵理佳。
だが・・・
「頭もキレるようだし、後は真司のことが話題に出てももう少し冷静になれれば言うことなしね」
「・・・そ、それは・・・」
試そうとして挑発していたことは分かっていた恵理佳だったが、頭で分かっていても熱くなっていたのは事実だ。
痛いところを突かれ、反論の仕様も無かった。
「それじゃ、授業を始めましょうか」
「はい」
二人はまたもや大騒ぎになっているクラスメイトたちの元へと戻っていった。
「・・・今回は試合は私の勝ちだけど、勝負は貴方の勝ちね」
「・・・え?」
クラスメイトの元へ戻る間際、郁から小さな声で話しかけられる。
「一応、教師っていう立場上、面子って言うのがあるから・・・今回は負けられなかったのよね」
「・・・?そう、ですね・・・?」
恵理佳は郁の言っている意味がイマイチ理解しきれて居なかった。
郁なりの慰めの言葉だと受け取っていた。
(・・・右目まで使うことになるなんてねぇ・・・)
クラスメイトたちから様々な声を掛けられている恵理佳を見つめる郁の表情は何時に無く真面目なものだった。
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