真・恋姫無双〜美しき羽を守護し者〜 第二回同人恋姫祭り
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〜美しき羽を守護し者〜

 

 ――天の御遣い。

 

 管路が占いにより予言した存在。天上より白光と共に大陸に舞い降りた御使いの手によって、混沌と化した大陸に平和が訪れるとされていた。そんな胡散臭い存在を、一人の少女は心から信じていた。

 

 ――袁術、字を公路、真名を美羽。

 

 名門袁家に生を受けた彼女は、幼いながらにその占い通り、天の御遣いが訪れるのを心待ちにしていた。周囲の人間は、そんな彼女のことを嘲笑していたが、彼女はそのような些細な愚弄を気にすることもなかった。

 

 そしてある日、いつものように臣下の張勲――真名を七乃――と郊外へと散策をしているときに、目の前が急激に光に包まれたかと思うと、一人の青年が倒れていることに気付いた。

 

 彼の名は北郷一刀――聖フランチェスカ学園に通う平凡な高校生である。どういう訳か、この世界――三国志の世界へと来てしまった彼は、天の御使いであると思われ、美羽に保護されたのだ。

一刀と美羽の出会い――それは正しく運命であり、奇跡であり、必然であった。

 

 一刀は訳も分からぬまま、美羽の保護下に入り、袁術軍の一人として七乃のサポートをすることになった。元々聡明な部分があったこの青年は、文字も文化も大して分からないこの世界でも、何とかやっていくことが出来たのだ。

 

 それどころか、群雄が割拠する大陸において、天の御遣いという名も広まり、袁術軍は密かに群衆の注目を浴びることとなった。

 

 本来、善政を布いていたわけでもない袁術軍であったが、一刀はその汚名を返上するために、自らが先頭に立ち、袁家の老人どもから権力を奪い、美羽と七乃が全ての力を掌握できるようにした。

 

 七乃もそんな一刀の姿に触発されたのか、以前は美羽のことを第一優先事項にし、その他のことを無視していたのだが、第二優先事項として一刀の願い――民を安んずることを加え、善政を布こうと心がけた。

 

 三人はいつの間にか、寝食を共にする間柄になっていった。どんなときでも一緒に行動し、喜びも楽しみも悲しみも怒りも、ありとあらゆる感情を共有するようになっていったのだ。

 

 一刀は自分勝手なことばかり言って、自分を騒動に巻き込む美羽を、最初は若干迷惑に思ったこともあったが、その純粋な心に魅かれるようになっていった。彼女の笑顔を守りたいと思うようになった。

 

 また、騒動を楽しみ、巻き込まれる自分を嘲笑うかのように接する七乃を苦手としていたのだが、美羽を一心に想う姿、そして、彼女が美羽のためだけに袁家に身を投じて、権力争いから彼女を必死に守る七乃の覚悟に感銘を受け、彼女を支えたいと思うようになった。

 

 従って、三人が互いを愛し始めるようになったのも自明の理というものであった。三人だったからこそ、その環境は幸福であり、誰にも侵されることなく愛を育むことが出来たのだろう。

 

 乱世において数々の群雄が倒れる中で、彼女らは自らの領土を守り続け、大陸を統合すべく、自らの志の許、諸将と渡り合い、ときには敗北という屈辱を味わうこともあったが、諦めることなく戦い続けた。

 

 気付いたときには、歴史に名を残す、曹魏、孫呉、蜀漢とも対等に争えるほどの実力を蓄えることが出来て、遂にはその三国を併呑することを成し遂げたのだ。

 

 美羽は新たに仲という朝廷を大陸にうち立てた。

 

 彼女は初代皇帝として君臨し、その側には一刀と七乃が常に控え、大陸の平和と繁栄を維持するために、やっとスタートラインに立ったのだ。

 

 大陸を制覇した夜――それを祝して、大宴が催された。上は大将軍から、下は一般卒や民まで、全ての人民が平和に祝杯を掲げる中、美羽の側近にして、天の御遣い――北郷一刀がふらふらと外出するのを、美羽と七乃だけが目撃していた。

 

 常日頃から行動を共にし、愛を囁き合った間柄だった二人は、彼の様子が尋常ではないことに気付き、周囲にいる賓客を無視してまでも、彼の後を追ったのだ。

 

 都の郊外に位置する、とある森中に彼はいた。泉の近く――月夜がよく見える場所に、自らの身体を木に預け、どこか儚い表情をする彼を見て、二人はすぐに駆けだした。

 

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「ぬ……主様?」

 

 目の前の光景に美羽と七乃は言葉を失った。一刀の身体が月明かりの元で透明に透き通っていくではないか。彼の周りには、そこにだけ月光が集まっているかのように、淡く光り輝き、二人はその光の中に佇む彼の姿が美しいとさえ思った。

 

 しかし、一刀の表情は穏やかなもので、何事もないかのように二人に微笑みかけている。普段通りの柔和で、太陽のように温かな笑顔が、逆に二人にとって存在が希薄に感じられた。

 

「どうなっておるのじゃ! どうして! どうしてなのじゃ、主様!」

 

 一刀に何が起きているのか理解できない美羽が激しく動揺し、大声を上げた。

 

「ごめんな、美羽。俺の役目は終わったみたいなんだ。天の御遣いは乱世を鎮めるのが仕事。俺はもうやることが無くなってしまったみたいだ」

 

「そんな! 嫌なのじゃ! 駄目なのじゃ!」

 

 美羽は一刀に近づこうとした。しかし、一刀の周囲に漂う不思議な光がそれを遮ってしまう。何度手を伸ばそうと、彼の肌に触れることすら出来なかった。

 

「七乃……」

 

 そんな美羽の肩にそっと七乃の手が置かれた。

 

「一刀さん、お嬢様を泣かせた罪は重いですよ。罪を償ってください」

 

 七乃の声は冷静だった。普段通りの表情で、愛すべき人間が消え去ろうとしているのに、まるで何も感じていないようだった。

 

「七乃もごめん。どうやらそれは無理みたいだ。美羽のことも頼んでいいかな?」

 

「言われなくても、私はあなたと違ってずっと美羽様の側にお仕えします」

 

 七乃のその皮肉めいた言葉に、ふっと一刀も苦笑を漏らしてしまう。

 

「何も言い返せないや……」

 

「本当に逝ってしまうんですか?」

 

「ああ」

 

「馬鹿……。早く消えるなら消えて下さい」

 

 七乃は言い捨てるようにそう告げると、一刀から顔を背けてしまった。傍から見れば、それは非情のように思われるが、彼女の身体が小刻みに震え、唇を破れるくらい強く噛み締めているのを一刀は見逃さなかった。

 

「美羽?」

 

 一刀は美羽に呼びかけた。

 

「主様ぁ……嫌なのじゃぁ……ずっと一緒にいてたもれ……」

 

 美羽の顔は既に涙でぐしゃぐしゃだった。しかし、美羽はそんなことを気にせず、ただ目の前の相手が消えないように懇願した。自分が初めて愛した人。自分を初めて愛してくれた人。

 

 彼を失いたくない。これからもっと大変なことがあるかもしれない。そんなときにこの人がいなかったら、自分は誰を頼ればいいのだろう。自分は誰に救いを求めればいいのだろう。

 

「美羽、お前はこれから大陸を治める者として、きちんと自分で物事を決めなくちゃいけないんだよ。それに、俺がいなくても七乃がいるし、他にもお前を支えてくれる優秀な人材がいるよ。だから、もうそんなに泣かないで」

 

「妾は主様が良いのじゃぁ……。主様がおらんかったら、妾は……妾は……」

 

 大粒の涙を流しながら、尚も一刀が消えていくことに納得がいかない美羽に、一刀は優しく語りかけた。愛する者を慈しむように、しかし、父親が子供に諭すように美羽に甘えは許さなかった。

 

「そんなんじゃ、俺も安心してお前の側から離れられないよ。それに、きっと皆に笑われてしまうよ」

 

「良いのじゃ。そんなことで笑う奴は笑わせておけば良いのじゃ……」

 

 鼻を鳴らしながら、そう言う美羽に苦笑しながらも、美羽がそこまで自分のことを想ってくれていることに胸が温かくなった。

 

 この世界で初めて会った少女は、我儘で自分勝手でいつも自分を困らせてばかりいた。しかし、彼女が一途に自分のことを慕ってきたことが、一刀は何よりも嬉しかった。

 

「主様……、主様は妾の事が嫌いになったのかや?」

 

 だから美羽のその言葉に胸が押し潰されるように痛んだ。だがここで悲痛な表情を浮かべようものなら、きっと美羽はもっと泣いてしまう。立ち直れない程に、きっと美羽のことを傷つけてしまう。

 

 一刀は挫けそうになる自分を叱咤して、そのまま平常心を保ち、普段の表情を崩さないように必死だった。彼だって二人と別れるのなんて決して望んだ結末ではない。しかし、変えられない運命を嘆くのではなく、この先の美羽の人生をもっとも優先したのだ。

 

 大陸を制することが出来たのは単なるスタート地点に過ぎない。これから先は、美羽が己で何をするのか決めなくてはいけない。自分の消滅が彼女を一回りも二回りも成長させることが、彼にとっての一番の望みだった。

 

「美羽、そんなことはないよ。俺は美羽のことを愛している」

 

「じゃ、じゃったら――」

 

「泣かないで。そんな悲しい顔をしたら、俺も悲しくなっちゃうよ」

 

 おそらく一刀の心情を察したのだろう、七乃は美羽の手をぎゅっと握って励ましながら、一刀の瞳をじっと凝視した。

 

「お嬢様、私たち、強くなりましょう。一刀さんがいなくたって、私たちだけでも大陸を平和に出来ますよ。その姿をきっと天の世界から見ている一刀さんに見せつけてあげましょう」

 

「七乃?」

 

 美羽も愚かではない。隣にいる女性が、いつもの軽口口調に比べてどこか不自然で、笑顔には無理があった。きっと泣きたくても我慢しているのだろう。出来るだけ安心して一刀に逝って欲しいと願っているのだ。

 

「分かったのじゃ……」

 

 そのことを察した美羽は、袖で目元をごしごしと乱暴に拭い去った。そして、出来るだけ、自分が持てる一番の笑顔を一刀に見せた。

 

「妾は立派な君主になるのじゃ。主様が帰ってきたらびっくりするような名君になるのじゃ」

 

 一刀はその表情を見て、その言葉を聞いて、とても柔らかな笑みを湛えた。

 

「主様、最後のお願いなのじゃ。いつものように妾の頭を撫でてくれんかの? 最後だけ我儘を言わせて欲しいのじゃ」

 

「分かったよ」

 

 そう言って美羽の頭を優しく撫でた。その心地良さ、そしてこれが最後なのだという実感が美羽の心を締め付けた。

 

「……っ!」

 

 しかし、現実は非情だった。頭を撫でていた一刀の手が、美羽の頬に触れようとしたとき、彼の手はもはやこの世界に存在していなかった。彼の透明になった手は美羽の身体を触れることが出来なくなったのだ。

 

 ぐっと悲しみが溢れ、涙が堰を切って流れようとするのを美羽は堪えた。まるでそこにあるかのように、一刀の手を握ろうとした。

 

「ははは……、もう時間切れみたいだな」

 

 一刀は悲しそうに苦笑を洩らした。

 

「美羽、俺は美羽と出会えて良かった。美羽ならきっと立派な王になれるよ」

 

「妾もなのじゃ。主様のことは絶対忘れぬのじゃ」

 

「七乃、いつも頼ってばかりいて悪かったな。美羽を守ってあげてくれ」

 

「分かっています。一刀さんも……今までありがとうございました」

 

 いつも素直になれない七乃が自分の気持ちを初めて吐露した。それでも、それだけ一刀のことを想い、一刀が逝ってしまうことを悲しんでいるのにも関わらず、涙を見せないところが七乃らしい、と一刀は思った。

 

「ありがとう。二人のことを愛すことが出来て幸せだった」

 

「主様……」

 

「一刀さん……」

 

「さようなら、俺の大切なお姫様」

 

「主様!」

 

「さようなら、愛しているよ」

 

「一刀さん!」

 

 光が急速に強くなり、そのまま一刀の姿は消えていった。まるで光が元の場所に――月に帰るように、夜空に向かって消滅していった。

 

「主様ぁぁ! 主様ぁぁ! うわぁぁぁん!」

 

「お嬢様!」

 

 膝をついて泣きじゃくる美羽を支えるように、七乃は美羽のことを強く抱きしめた。悲しみが止め処なく溢れて来て、とうとう七乃の瞳からも涙が流れた。

 

「一刀さんの馬鹿! お嬢様を泣かせたら只じゃ済まさないって言ったのに……」

 

 そう恨み事を言うも、七乃の涙は止まることはなく、むしろ更に強まった。

 

「馬鹿ぁ……馬鹿ぁぁっ!」

 

 決して泣くまいと誓ったのに、涙は止まってくれなかった。悲しみはなくなってくれなかった。

 

「七乃ぉ! 主様がぁ! 主様がぁ!」

 

「お嬢様……」

 

 しかし一刀は言った。美羽を守ってくれと。七乃はその約束を破るまいと、無理矢理に嗚咽を押し込んで、声を上げることなく美羽のことをもっと強く抱きしめた。

 

 抱きしめられた美羽には七乃の涙は見えない。だから涙はいくらでも流れたって構わない。だけど、七乃は声を出すことだけは己に許さなかった。自分までいつまでも悲しみに暮れるわけにはいかない。

 

 美羽を宥めるように抱きしめたまま優しく美羽の背中を撫で続けたのだ。泣き止むまで――それが例え一晩中続こうとも七乃は美羽にそうしていようと決めた。

 

 その日、この世界から天の御遣い――北郷一刀は消え去った。愛する二人の前で、その存在は光と共に夜空へと逝ってしまったのだ。彼は最後まで二人のために涙を見せずに、優しい微笑みを絶やすことはなかった。

 

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 それから何年もの時が過ぎた。大陸は乱世における傷を癒し、驚くべきほどの栄華を極めていた。勿論、それは一刀が消える前に黙って七乃の許に残した、天の国のシステムが功を奏してはいたのだが、それ以上に美羽の変化が大きかった。

 

 一刀が消えてから、ずっと泣いてばかりいた美羽は、ある日人が変わったように七乃に政の教えを請うようになったのだ。それまで一刀や七乃に任せてばかりいたのだが、美羽は自らそれに口を挟むようになった。

 

 名門袁家の出自である美羽は、元々頭の回転は速く、七乃が教えることを次々と吸収していった。七乃以外の人が見れば、本当に美羽であるのか疑ってしまうほどの変わりぶりだった。

 

 七乃だけはその理由を知っていた。美羽は愛する一刀との約束を果たそうとしているのだ。名君になって大陸を平和にする。それを一刀に見せてやるのだ、美羽は事あるごとに、七乃に言った。

 

 七乃もそれに必死に応えた。彼女もまた一刀と約束したのだ。美羽のことを守ってくれと。彼はかつて七乃にこんなことを言っていた。

 

「美羽は真名の通り、美しい羽を持った少女だよ。でも、まだまだ幼いからね。俺たちがその羽が穢れないように守ってあげなくちゃね」

 

 ――俺や七乃は美しき羽を守護し者だ。

 

 自分の台詞が気障ったらしかったのか、その後、顔を赤らめながら苦笑する一刀の顔は、今も鮮明に覚えていた。心がぽかぽかするような暖かい微笑み。彼女はそれに魅かれたのだ。

 

 袁家は金と権力に塗れていた。はっきり言ってそれは汚物にも似た嫌悪感を覚えるほどであったのだが、美羽を助けるために、七乃は半ば幸福を諦めていたのだ。

 

 そこにあの青年――一刀は現れた。これまで見たこともないような優しい笑顔を浮かべながら、自分のことを支えてくれた。彼との出会いが、七乃にとっての初めての幸福だったのだ。

 

 二人は一刀のために――一刀との約束を守るために、大陸を栄えさせた。一刀は民を一番に想った人物だったが故に、彼女らの政策には常に民を安心させるための工夫が為されていた。

 

 美羽は正しく名君として大陸に安寧をもたらしたのだ。誰しもが彼女のことを讃えた。

 

 彼女らはとある森の中にいた。そこはかつて彼女らの愛した北郷一刀が消え去った場所である。二人は毎年、彼が消えた日にここに来ていたのだ。

 

 ――もしかしたら、彼が戻って来るかもしれない。

 

 そんな淡い期待を抱き、この場所に日が暮れるまで残り、そして彼が帰って来ないという現実を見せられて城に戻るのであった。

 

 その日も同じだった。早朝にこの場所に来て、そのまま二人は待ち続けた。帰って来るのではないかという期待と、やはりもう戻って来ないのだという不安を持ちながら。

 

「主様……」

 

 美羽は彼の名を呟いた。彼が消えてから自分は立派になれたのだろうか。彼が誉めてくれるほどの名君になれたのであろうか。

 

 既に彼が消えてから何年も経っている。彼女も女性としてそれなりに成長しているのだ。ずっと側にいる者にとっては、それは些細な変化かもしれない。しかし、彼女の背も髪も確かに伸びているし、胸も幾ばくか膨らみを増している。

 

 七乃以外にそれを指摘してくれる者はいない。七乃以外にそれを喜んでくれる人はいない。一刀ならば、自分の愛するあの人だったら、絶対に手を打って喜んでくれるだろう。

 

 彼が自分の成長に驚いて――精神的にも肉体的にも以前より大人になった自分に目を丸くする姿を想像して、美羽は悲しみにも似た喜び――そんな矛盾めいた感情が湧くのを覚えた。

 

 帰って来て欲しい。以前自分によくしてくれたように、頭を優しく撫でて欲しい。耳元で名前を、愛を囁いて欲しい。

 

「主様ぁ……」

 

 悲しみが溢れ出た。彼に会いたいという想いと共に、彼と二度と会えないのではないという不安が、美羽の心中で溶け合い、混じり合い、絡み合い、それは悲しみという感情になって美羽の体内を駆け廻った。

 

 美羽の緑青色の瞳からぽろぽろと大粒の涙が零れた。彼女が泣く日は、決まってこの日だけだった。この日以外は、どんなに辛いときがあっても何とか我慢してきた。一刀に誉められるような人になるために、苦痛を呑みこんできたのだ。

 

「美羽様……」

 

 そんな美羽の肩をそっと七乃が抱きしめた。彼女の苦痛を誰よりも理解している七乃は、まるでその痛みを共有するかのように、美羽の側にそっと寄り添って、彼女のことを慰め続けた。

 

 そして、その日も既に終わろうとしている。夕日が地平線の向こうへと消えようとしていた。既に空には薄らと月も出現していた。その月を美羽は諦念のような眼差しで見つめるしかなかったのだ。

 

 そのときであった。

 

 美羽が凝視していた月が強烈な光を放った刹那、あまりの閃光に二人が視力を失ってしまい、再び視野が開けたとき、目の前には淡い光が漂っていた。

 

 その光はかつて、彼女らの愛する人を天上へと連れ去った憎き光――月光のような淡色の光の中に、人影が見えた。そのシルエットだけでも、彼女らにはそれが誰だか即座に理解出来た。

 

「美羽、大人っぽくなったね。背も少し伸びたのかな」

 

「……ぁ」

 

「七乃は相変わらず変わらないね。でも俺との約束を守ってくれたみたいで、安心したよ」

 

「……ぇ?」

 

 声にならないような、吐息みたいな音を口から発しながら、目の前で起こったことに驚愕する二人。

 

「主様ぁ!」

 

「一刀さん!」

 

 しかし、即座にその人物に向かって駆け出した。驚くことなんて後でも出来る。理由なんて何だって構わない。そんなこと、目の前に彼が現れたという喜びに比べれば、取り留めもない感情だ。

 

 力一杯、思わず一刀の体勢が崩れてしまうほど、二人は思い切り彼の身体に飛び込んだ。彼の温もり、彼の匂い、彼の感触、記憶の中のそれと正しく一致している。本当に一刀が帰ってきたことを実感した。

 

「わっ、二人とも危ないな」

 

「主様ぁぁ! 妾は……妾は……」

 

 聞いて欲しいことがたくさんあった。聞きたいことがたくさんあった。だけど、舌は思うように動いてくれず、結局大声で泣きながら、彼の胸に顔を埋めることしか出来なかった。

 

「また……また、お嬢様を泣かせましたね。今度こそ償ってもらいますよ」

 

「ははは……お手柔らかにな」

 

 今度は我慢できそうになかった。彼が帰って来たということに全身が打ち震え、とうとう七乃も声を上げて嗚咽を漏らしていた。

 

「二人とも――」

 

 一刀の手が二人の頭を優しく撫でた。

 

「ただいま」

 

 その日、数年ぶりに天の御遣い――北郷一刀は大陸に戻ってきた。彼の帰還は国を挙げて喜ばれた。将も、兵も、民も、大陸に住まう誰もが、彼の帰還と美羽の幸福に諸手を挙げて祝福したのだ。

 

 その日は特例として全ての人間が宴に参加することが許された。場所も、家柄も、何の差別もなく、全ての人間が手を取り合いながら、美羽と彼女の国の繁栄を願いながら、幾晩にも渡って大騒ぎをした。

 

 それはあたかも、大陸そのものが喜んでいるようにも見えた。

 

 美羽は大陸を見下ろしている月を眺めていた。月は一刀を奪い去ったのか、それとも一刀をここに戻してくれたのか、それは誰にも分からない。

 

「ありがとうなのじゃ」

 

 しかし、ぼそりと月に向かって礼を言った。その感謝に応えるように、月は宴が続く間、ずっと上空から大陸を見守っていた。

 

「どうした、美羽?」

 

「何でもないのじゃ!」

 

「そうか」

 

「ほれほれ、主様、早く行くのじゃ!」

 

「そ、そんなに引っ張るなよ」

 

 これは美しき羽を守護し者たちとその羽を持つ少女の物語――三人によって礎が築かれた大陸は、未来永劫平和が続き、その物語は廃れることなく世代を乗り越えて伝わっていった。

 

 都には一つの像が建てられた。幼顔の少女の側に、彼女を見守るような柔和な表情を浮かべた一組の男女――彼女らの名は大陸中に広まり、その生涯は最早伝説の如くに誉め讃えられた。

 

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あとがき

 

 第二回同人恋姫祭りの作品を投稿しました。

 言い訳のコーナーです。

 

 いやぁ、全く空気を読まないシリアスな作品を投稿してしまい、多少ながらの罪悪感を覚えながらも、久しぶりに自分の妄想を文に出来たことに満足しております。

 

 見て分かる通り、本作品は魏√の最後――一刀の消滅が袁術√で起こった場面を想定して描かれております。

 

 祭りの開催が宣言されたとき、意外にも美羽様のイラストが多く投稿されていたので、小説部門でも美羽様を描こうと密かに決めていました。

 

 祭りということで、若干ギャグテイストな心が温まるような作品を執筆したいなと思いつつ、そんな文才この駄作製造機にはないことに気付き、自分が書けそうな場面を描くことにしました。

 

 もし、本作品が祭りにそぐわないようでしたら、タグを削除いたしますので、コメントなどにてお知らせください。

 

 さて、本作品を書いた後ですが、我ながら無茶を通してしまったなと。

 

 本来ならば連載物で書くべき内容を完全に無視して冒頭の説明パートで簡潔に纏めてしまい、全く物語の展開が理解できない状態での最終回。

 

 読者の皆様が感情移入出来ないだろうなと思いつつも、最後は妄想を勢いに載せたまま執筆してしまいました。

 

 いろいろと文句や批判があるかもしれませんが、これは作者の妄想を自己満足的に文章化しただけなので、それらは控えて頂けると幸いです。

 

 作者個人としては、普段からとぼける場面の多い美羽様のしおらしい一面や、感情をあまり表に出さない七乃が、自分の感情を制御できずに嗚咽を漏らすシーンを書けて、非常に満足しております。

 

 思えば、萌将伝では二人の活躍にひたすら悶えていました。なので、一刀と絡む二人を書けて良かったです。

 

 もう一度言います。この作品は作者の自己満足です。御容赦ください。申し訳ありませんでした。

 

 さてさて、次回からはまた本編となる作品を執筆するわけですが、間に合えばもう一作品祭り用に投稿するかもしれません。次は激甘な作品でも書きたいなと、密かに妄想を温めておきます。

 

 本編の方は、桃香のその後を描きつつ、さすがにシリアスばかり書いていて、飽食感が否めないと思いますので、紫苑さんとのイチャラブシーンでも書こうかなと。

 

 もし、彼女以外で一刀とイチャラブシーンが見たいというキャラがいれば、コメントにて残して頂ければ、採用するかもしれません。

 

 このような駄作を祭りに投稿してしまい、大変申し訳ないなと思いつつ、今回はここまで。本編を楽しみにしている方は次回をお待ちください。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです

 

説明
第二回同人恋姫祭りの投稿作品です。
最初に謝っておきます。この作品は祭りの空気を一切読まないシリアスな作品です。また、無茶をしてしまい、読者様を完全に置いてけぼりの駄作となっております。
もしも、祭りにそぐわないようでしたら、すぐに削除しますので、お知らせください。

さて、まずは作品の説明です。
「真・恋姫無双〜君を忘れない〜」という駄作を執筆しております。これは一刀くんが紫苑さんの許に舞い降りたという設定で、駄作ながらも皆様を満足させられるように努力しております。

他の作者様のオススメ作品
作者様:瓜月様
作品名:新訳・恋姫†無双 三匹+がゆく
 
設定が非常に興味深い作品です。ネタバレにならないように詳しくは作品を御覧になって頂きたいのですが、これまでにないような設定でどうなるのか非常に楽しみです。まだまだ連載を開始したばかりの作品なので、是非とも御一読頂ければと。

祭りが盛り上がることを願っております。それでは、どうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

一人でもおもしろいと思ってくれたら嬉しいです。
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コメント
皆様へ 多くのコメントに感謝いたします。次話にて美羽様√を連載するのかどうか意見を求めているので、よろしかったらそちらも御覧ください。(マスター)
連載二本立てですね、頑張ってください!(通り(ry の七篠権兵衛)
連さ(ry(cuphole)
そういや袁術√というのがあったな〜結局打ち切りだったけどこんなラストだったのかもな〜(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
美羽最高!! 出来ることなら連載でkwsk!!(凰嘩)
タイトルなんですけど、「守護せし者」だと思います。で……連載を是非!(kyowa)
詳細kwsk!!(峠崎丈二)
この作品を一から連載して欲しいです。 一刀と美羽と七乃が、どんな物語を紡いでいくのかがとても気になります。(劉邦柾棟)
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真・恋姫無双 ckf002 第二回同人恋姫祭り 美しき羽を守護し者 北郷一刀 美羽 七乃 

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