【まどか☆マギカ】Zombie【まどほむ】 |
くだらない。
気がついたら、家賃を1年近く滞納していた。大家さんとは馴染みだったのでなんとなく待ってもらえているうちに、今月来月また再来月と口座に入金するのを忘れてしまっていて、そしてこの夏の猛暑で大家さんが入院してしまい、彼女の息子さんが私の派手な滞納を発見したというわけだ。明らかにあらゆる非が自分にあるので、電話口で謝り倒してすぐに入金しますと言ったはいいが、あいにく武装を新調したばかりで、とてもではないが1年分の家賃を一括で払う余裕がない。
やむなく新しい装備を購入した先に電話して、最近出番のない子たちを引き取ってもらうことにした。2〜3丁売り払えば家賃くらいにはなるだろうと思ったら、最近はアフリカからノリンコの中古が大量に流れ込んでいるとかで相場が荒れているらしい。この日本のどこにAKを振り回す必要のある戦場があるというのか。もっとも、見栄のためにアサルトライフルを手に入れるのだというのなら、現地価格で一丁4000円のノリンコは100倍で買っても40万、ヤーさんの書斎の文鎮には悪くない値段だろう。
とはいえ売れないではお金にならず、お金にならなくては家賃が払えない。仕方ないので粘って交渉してみたら、89式なら高値で買いたいという相手がいるらしい。思わず「ぐぬぬ」とかいう異音が口から漏れてしまったが背に腹は代えられない。ごめんなさい、さようなら89式。あなたと駆け抜けた新宿の街は本当に素敵だったわ。また自衛隊の倉庫で会いましょう。
そして今、私の足元には額に直径9mmの穴をあけたチンピラが転がっていて、私はうんざりしながらプリペイド携帯でブローカーを呼び出している。あまりのことに自分のiPhoneを使おうとしてしまったのは秘密だ。
3回ほどかけ直して、ようやくブローカーが電話に出た。怒りを持て余していた私は電話口にまくしたてる。
「どういうこと? このバカ、あれほどカネを持って来いって言ったのに、コナ持ってきたわよ? あなたのところの客は、脳みそがスポンジみたいなヤツしかいないの?」
「おーおーおーおー、暁美先生、こりゃまたすまんこってす。まぁ落ち着いてくださいや」
「落ち着けってあなた、どう落とし前つけてくれるのよ」
「俺はヒステリーを起こす奴の敵、冷静な人間の味方っすよ。暁美先生、あんたはどっちすかね?」
頭の中でカチン硬質な音がして、トリガが引かれシャープなエッジのシアーがハンマーを開放し撃針を打ってプライマーを爆発させたが、私は深呼吸してそれを脳内にとどめておく。汚い絵図を描きやがって。
「……死体の処理は、そっちでやって。明日の朝10時までに、私のいつもの口座に48万円を振り込んでおいて」
「暁美先生、そりゃいけない。先生をそんな安働きさせちゃ、こっちのメンツに関わる」
「48万。ただし、1円も値引きできないわ。無駄な交渉をしたくないの」
「――わかりやした。今、若いのがそっちに向かってやす。ホトケの引渡しまで、面倒みてくれませんかね」
「分かった」
電話が切れた。
つまるところ、ブローカーはこのヤクの売人を処分したかったのだ。けれど彼はブローカーにとっていわゆる「舎弟」であり、暗殺を依頼したということになるとさすがの闇社会でもいろいろ問題になる。気が狂った殺し屋の逆鱗に触れて殺された――ブローカーとしては、そういう筋書きが欲しかったのだ。
なんにせよ、家賃を振り込む目処はたった。あのブローカーは、ときどきこういう姑息なことをするが、基本的には信頼できる男だ。
遠くから車が近づいてくる音がする。私は念のため物陰に潜んだが、予想通り車はブローカーが手配した若い衆だった。三下どもの最敬礼を背中に浴びながら、私は家路につくことにする。
くだらない。
本当に、くだらない。
軽く、呼吸を整える。さすがに、楽勝とは言いがたい相手だった。いくら練度と装備で優っているとはいえ、4対1はきつい仕事だ。正直、何度かヒヤリする場面もあったことは、認めざるをえないだろう。
一応、弁解しておくと、つっかけてきたのは彼女たちだった。最初は敬意のこもった挨拶、丁寧なメール、綺麗な直筆のお手紙、夏の盛りに学校の校門での出待ちといったあたりをすべて無視したら、その次あたりから口調だけは丁寧な電話、明確な敵意をはらんだメール、立派な脅迫状と進化して、それらもすべてスルーしたら、ふらりと寄ったコンビニ帰りを襲われた。
なんとかその場から逃げ延びて、おそらく私の部屋は既に抑えられているだろうと思ったから旧杏子宅に向かいタンスの引き出しの中に杏子の下着まみれにして隠しておいたAKS-74Uとマガジンを3本手にとって、急ぎ反撃に回ったのがもう日もとっぷり暮れた夜の9時。こういうとき、コンパクトで大火力なアサルトカービンは便利だ。ビン・ラディンも使っていたというこちらのAKS-74U、是非一家に一丁。
そして深夜の鐘が鳴り終えた今、最後の一人が私の足元でうめいている。
「さっさと……とどめを、さしなさい……!」
言うことは勇ましいが、彼女たちはまがりなりにも魔法少女だ。その力を碌なことに使っていないとはいえ。
彼女たちのことは、最初に挨拶される前から知っていた。彼女たちはネットに漂う断片的で断定的な噂を鵜呑みにして様々な「活動」に参加するというちょっと活発な女子中学生たちだった。しかし、せいぜいがテレビ番組のスポンサーをしている会社のホームページでF5を連打する程度の可愛らしい女子中学生だった彼女たちは、魔法少女という具体的な力を手に入れ、大きく変わった。彼女たちは、私の目から見れば無基軸に、あちこちで車を焼き、家を焼き、魔力を利用して業務妨害に精をだし、そしてそのうち魔力だけですべてを片付けるのは大変というか不可能であることに気づいて、科学の力――具体的には火薬――に手を伸ばし、そこで私と道が交差した。
私としては、正直、何の興味も関心もなかった。危ういな、という思いはあったが、彼女は彼女たちの願いを、彼女たちの代償をもとに実現したのだ。そこに私が口を挟む余地はないし、しかしながら「手伝ってくれ」と言われたら「口を挟まないで」としか答えられない。ただ、5人組だった彼女たちが、いつのまにか4人組になっていたことは、私の心をざわめかせていた。
もしかしたら私が最後の一人を殺さずにいるのは、そのことを聞きたかったからかもしれないと思わなくもなかったが、実際には彼女のソウルジェムを撃ちぬく筈だった1発が発火不良を起こしただけだったと思い直す。
「――私は、できることなら魔法少女を殺すようなことはしたくない。
あなたは、いい腕をしてる。まだ未熟なところはあるけれど、鍛えれば大抵の魔獣には負けないでしょう。救いがたい夢物語みたいなことを追求するのも結構だけど、魔法少女が為すべきことを為してほしい。私はそう思う」
これはまったくの本音だ。4人のうち3人は殺すしかなかったが、できれば彼女には生きて自分の務めをまっとうしてほしい。
けれど、彼女は燃えるような目で私を睨みつけた。
「もし私たちが空想家のようだといわれるならば。
救いがたい理想主義者だといわれるならば。
できもしないことを考えているといわれるならば。
何千回でも答えましょう――『その通りです』と」
その若い言葉は、私の心を茨のように刺す。
「魔獣と積極的に戦うつもりはない、と?」
「私たちは、社会正義を実現し、汚染された日本を救うために立ち上がった革命戦士です! そんな甘言を弄する暇があったら、さっさと殺しなさい、この人殺し! カネのために売国奴の手先になる、卑劣漢!」
少し、ため息をついた。
「……あなたたちは、5人の仲良しチームだったはず。でも、少し前から4人で動いている。最後の1人は、どうしたの?」
少女は、息を飲んだ。
私は、自分の想像が正しかったことを、知る。知りたくもなかった、事実。あのときちゃんと弾が発射されていれば、知らずに済んだ事実。
「総括したのね」
足元で、革命家が何か言おうとする。
私は彼女のソウルジェムを狙い、引き金を引いた。
くだらない。
「暁美ほむら」
私は声を無視して、バックパックを背負い直す。久々の重武装だ。
「――暁美ほむら?」
このまま無視し続けると永遠にリピートされそうなので、私は腕時計で時間を確認してから、肩に乗ったインキュベーターを改めてちらりと見る。
「最近ずっと、表情が硬いね。暁美ほむら」
とんでもないことを、とんでもない輩に言われ、私はずっこけそうになる。まさか、まさかまさか、あのインキュベーターに、表情の機微を指摘されるというか、批判される日が来るとは。いったい何が起こったというのだろう。今日は槍でも降るのだろうか? それともマスケット?
「表情が硬い……あなたたちにそんなことがわかるの?」
「人間の統計データの蓄積は、ボクの大事な仕事のひとつだよ。
今の君のような表情を長く続けている人物は、大きなストレスを抱え込んでいる可能性が高い。それは戦闘効率を著しく低下させかねないし、魔力の駆動効率も悪くなりがちだ。ボクとしては、ときには笑うことを推奨したいね」
私は言うべき言葉が見つからず、かといってグズグズする余裕はないので、またしてもずり落ちそうになるバックパックを背負い直した。インキュベーターに、笑えと指示される。私は人類史に残るクラスの、とんでもない侮辱を受けたのではないだろうか。
「……笑えだなんて、あなたたちにだけは、言われたくなかったわね」
「ボクだってこんな不確かなことを言いたくなんてないさ。今は全体意識と接続を切ってるけど、こんな提案がバレたら精神疾患扱いだよ」
「でしょうね。私の目から見ても、『頭がおかしい』としか評価できない」
「でも、こんなことを言う理由も、君は分かっているんだろう?」
「――ええ」
「あの廃墟に住み着いている魔獣は、これまで何人もの魔法少女が犠牲になってきた、難敵だ。総合的に見て君の戦闘力はずば抜けているけれど、それでも君一人の手に負える相手じゃないよ。君と肩を並べられるくらいのベテラン数人でチームを組むべきだ」
「でも、巴マミも、佐倉杏子も、もういない」
「彼女たちだけが魔法少女というわけじゃ――」
私はなおも言葉を続けるインキュベーターの首根っこをつかんで、地面に降ろした。
「体を無駄に消費したくないなら、ここで待ってて。ちょっと派手なことになるわよ」
「……健闘を祈るよ、暁美ほむら」
私はバックパックを背負い直し、廃墟となったデパートに足を踏み入れる。
魔獣は手ごわく、私は苦戦し続けた。動きの俊敏さ、リーチの長さ、一発の威力、いずれも極端に突出しているわけではないが、高いレベルで調和している。そして忌まわしいことに奴はどうしようもなく狡猾で、それがこの戦いを極めて困難なものにしている。
ガタン、と小さな物音。私はM79に最後のグレネードを装填し、通路の影に撃ちこんだ。爆音と閃光が走ったが、魔獣はそこにはいない。うなじのあたりにぞわりとした悪寒が走り、私は反射的に地面に転がって、ギリギリのところで背後から飛んできた触手を躱す。すぐに膝立ちで体勢を立てなおして拳銃で応射したが、龍のような姿をした魔獣の影はすぐに廃墟の影と入り交じった。
あいつ、楽しんでる。
このままでは狩られるという恐怖がじわりと心を侵食していき、それに呼応するかのようにソウルジェムの光が弱まっていく。いけない。魔力を使っているのでもないのに、ソウルジェムを濁らせるようなことでは。
弾の尽きたM79を捨て、デザートイーグルも捨てた。M4ライフルはまだ1マガジン残っているが、これが最後だ。あいつに1マガジン全弾撃ち込んだとして、それで倒せるかと言われれば、無理だと言わざるを得ない。決定打は、他の手に頼るしかないだろう。大丈夫、特大の決定打は、まだ残っている。
私は月明かりが照らす廃墟を走る。壊れたシャッターとショッピングカート、ガラスの破片にマネキン、朽ち果てたポスターとチラシが織りなすエントロピーのただ中を、ひたすら走る。背後から一瞬、ハッハッと荒い呼吸が聞こえ、生臭い吐息の匂いが漂ったが、そんなハッタリにひるむ私ではない。ちょっとドキっとしたのは、反省会の材料。
走って走って走り続けて、壊れたドアを蹴破りデパートの屋上に出た。もう動かないメリーゴーランド、象や馬をあしらった遊具、ボロボロになった人工芝。かつては子供たちの歓声で賑わったであろうこの場所も、今では無人の廃墟の一部に過ぎない。
次の瞬間、メリーゴーランドが爆散した。舞い上がる埃と破片の中から、魔獣が飛び出してくる。私はM4の銃口を向け、魔獣の頭にバースト射を浴びせつつ、突進を避けた。私のすぐ横を魔獣が通り過ぎた途端、長い尾っぽのようなものが迫ってきて、わたしはなすすべなくふっ飛ばされて観覧車の基部に激突したけれど、衝撃は魔力で最小限に緩衝している。すぐ立ち上がって、射撃を継続する――こんなになってもまだ働いていくれるM4君は、本当にいい子だ。
けれど、どんなに優れたアサルトライフルでも、弾切れには勝てない。最後の1発を銃口から吐き出したM4のボルトが、後退位置でぴたりと止まる。ありがとう、また今度。私はM4を捨て、再び突進しようとする魔獣に対し回りこむように走った。
が、走った先は、うずたかい瓦礫で埋もれている。前は瓦礫、右はデパートの壁、左は魔獣。いよいよ進退極まった。
私は左手の腕時計を確認し、ありったけの魔力を投入して自分の前方に障壁を張る。杏子の見よう見まねで効率は悪いが、短時間であれば物理的な衝撃は完全に遮断できる。
そんな私を見て、魔獣が高らかに勝利の雄叫びをあげた。龍の咆哮。こうやって最後の抵抗をしようとする魔法少女を、こいつは何人も餌食にしてきたのだろう。
頭上はるか上空から、キーンという微かな音が聞こえる。
科学を舐めるな、ファンタジー野郎! 弾着……いまッ!
弾着予定地点から2517.3m離れた場所に6機設置しておいた64式81mm迫撃砲からリモートで発射された6発の榴弾は、数十秒間に渡って月下を飛翔してから、デパートの屋上に次々と着弾した。3発の直撃弾を受けた魔獣は激しくのたうち、直撃しなかった3発も大量の破片を魔獣に撒き散らす。
魔獣が断末魔の叫びを放った。が、まだ生きている。まどかの弓を具現化させればとどめを刺すのは容易だが、それだけの魔力が残っているだろうか?
一瞬の躊躇は、不気味な振動で打ち切られた。もともといつ倒壊してもおかしくなかった廃墟のなかでさんざんドンパチをした挙句、迫撃砲で攻撃したのだ。建物自体が持たなくても不思議はない。
私は魔力障壁を消し、咄嗟に夜空へと飛んだ。その足元で、デパートが崩壊していく。魔獣は崩壊するデパートに飲み込まれ、そうしてふっつりと、凶悪な瘴気が途切れた。さすがに、あれには耐えられなかったということか。
私は背中の翼をコントロールし、いまだにあちこちが崩壊し続けるデパートを背後に、ふわりと地上に降りる。あとはインキュベーターを探して、ある程度安全になったデパートの中からグリーフシードを回収するだけ。場合によってはインキュベーターに回収させるのも手だ。
そんなことを考える私の後頭部に、何かが衝突した。
一瞬、「しまった!」という思いとともに、危険信号が全身を駆け巡る。崩れていく高層建築の建材が衝突したのであれば、重大な怪我に繋がりかねない。いまは魔力で身体能力を活性化させているだけでなく、アドレナリンも噴出しているから痛みを知覚しにくいが――
半ばパニックに陥りながら振り返った私の足元には、大きなクマのぬいぐるみがあった。
……どうやら、私の頭にぶつかったのは、このクマらしい。周囲を確認したが、それ以外にあり得ない。そもそも、頭に何かがぶつかったのに、痛みがまったくない。また、デパートのおもちゃ屋には、クマのぬいぐるみが遺棄されたりしていたかもしれない。よって論理的に、衝突したのは、クマ。以上。
いやはや。
私は状況の馬鹿馬鹿しさに呆れつつ、駐車場に転がるクマを見る。
そうだ。このぬいぐるみには、どことなく見覚えが、ある。
これは――まどかが、自分のベッドの上に置いていた、あの、クマ。
デパートはなおも崩壊を続けていて、パラパラと小さな瓦礫が降ってきた。榴弾のうち3発は焼夷榴弾だったため、あちこちに火の手も回り始めている。これは、グリーフシードの回収は明日以降にまわしたほうがいいかもしれない。
そんなことより、いまは、このクマだ。
私はそっと、クマのぬいぐるみを抱き上げた。
これは、偶然だろうか?
まどかのクマが、私の手元に落ちてきたのが、偶然?
佐倉杏子なら、こう言うだろう。
「偶然に決まってるだろ。そんな汚いぬいぐるみ、捨てちまえよ」
巴マミなら、こう言うだろう。
「偶然だなんてあり得ないわ。暁美さん、あなたのベッドに置きましょうよ」
私は、このクマの背中にファスナーがついていることを思い出した。ファスナーを開けると、ちょっとした小物入れになっている。まどかはよく、ここに漫画やお菓子を隠していたっけ。
腰のベレッタを2丁、クマの中に放り込むと、ファスナーを閉じた。この子には、私の武器庫を守ってもらおう。万が一、私の部屋に泥棒が入って、武器庫を見つけたなら――きっと大いに驚くに違いない。
ふと、自分が笑っていることに、気づいた。
この笑顔はきっと、まどかからの、小さな贈り物。
インキュベーターがぴょこぴょこと走ってくる足音が聞こえる。私はすばやく笑顔を消し、クマを小脇に抱えて、崩れ落ちていくデパートから退避することにする。
(完)
参考
ヨルムンガンド(高橋慶太郎)
チェ・ゲバラ
Zombie(The Cranberries) http://www.youtube.com/watch?v=Jcwsfns7KPQ
説明 | ||
「デパートで、微笑みながら抱きかかえるまどほむをかきましょう」というお題があったので書いてみました。ほむほむ視点、魔獣出現後です。まどほむは基本もう書かないつもり、というかまどほむって自分的にはアニメ本編でなんか充足されまくっていて書き足す部分がほとんどなくてですね。でもまぁこうやって書けるのかな。じきに同じタイトルでさやかちゃんが輝く話も書いてみたいですね。 | ||
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