墓守 |
ああ、あんたが、例の記者さんか。遠い日本からわざわざこんなところまで来るなんて、なんともご熱心なことだな。
えっ、名刺かい?
こんなところで無為に生きている老人に名刺をくれたって意味ないよ。まぁ、それでもくれるっていうんならもらっておくけどね。
でも、生憎と話足には名刺なんて大層なものはないから、何も返せないよ。
東京の五報新聞?
聞いたことがないねぇ。
もっとも、わしが日本を離れてから、もう四十年も経っているから、その間に出来たのかね。
わしの名前は…。もう捨てちまったね。
ここにくる人間はただ「墓守の爺」と呼ぶがね。
そうだな、そもそもここがなんなのかを一から説明しておこう。
とはいっても、ここはみためどおり墓場さ。
死人の名前と生きた月日を刻んでいる、何の変哲もない墓ばかりがある。
問題は、そこに埋められている人間達なんだ。
事の始まりは、戦争前のことだと聞いている。
昔はさる小藩のお殿様だった二木(ふたき)家という一族がいた。
ご一新後に華族という名前になったその一族は、没落していった家も数多くある中、たまたま商才を持った当主がいたおかげで明治・大正・昭和を苦労なく生き抜いてきたそうだ。
日中戦争が起こった当時の当主、二木道之という人が運悪く病で死んじまったそうだ。
その骨を荼毘に付したとき、残った遺骨が普通の骨じゃなくて真珠のように七色に光る骨だったそうだ。
そう、真珠。
遺族とかは気味悪がったそうだけど、道之の義理の弟に当たる誠一が帝大の先生に頼んで詳しく調べてもらったんだ。
その結果は、なにもわからない。
その骨が何で出来ているのかわからなかったんだ。
ただひとついえることは、本来骨を構成しているカルシウムとかじゃないこと。
それを聞かされた一族は、大層吃驚なさってね。
そりゃそうだろう。
今まで、一族をまとめていた人の骨が、人間のそれじゃなかったんだから。
ともあれ、これ以上詮索してもわからんものはわからんから、皆このことにはこれ以上深入りせずに、沈黙を守ることにした。
でも、数年経ったとき、こんどは誠一の妻、つまりは道之の妹が死んだとき、それがまた起こってしまったんだ。
そう、また真珠色の骨さ。
これには、もう誰もが恐怖に震えたそうだ。
もしも、これが二木の家全員のことだとしたら…。
そんな折り、二木の分家の赤子が流行病でコロリといっちまってね。
もしかしたら前の二人は何かが悪くてあんなことになってしまったのかもしれない。これで赤子が普通の骨であれば、自分たちには関係がないと注目したんだが、それがまたもや真珠色の骨。
これが決定打だ。
そこで二木一族は、そのことが外に知られないように、その財力を使って徹底的に口止めをしたんだ。
やがて、終戦となり、二木の家にも時代の荒波が訪れた。
始めは戦争で儲けた家財をあらかた手羽なさきゃならない羽目になったんだけどね。
GHQへ上手く取り入ったことで、その後は破竹の勢いで、失ったもの以上の富を手に入れられたんだ。
でも、一族はまだ安心して眠れていなかった。
二木の家の人間は、真珠色の骨を持つ化け物といわれたら、今まで築き上げてきた栄光は水泡と化すかもしれない。
そこで、ここ、日本からはるか離れた南方の孤島に二木一族の墓地をつくることにした。
幸いというか、二木道之の長子、康道がこの南方にて最後を遂げたのでね。
えぇ、長子ならば、戦争に行かなくてもよかったんじゃないかって?
そうなんだけど、康道はいわゆる妾の子でね。
それで、身分卑しからぬ方々は、康道が当主の座には相応しくないと、部屋住のような立場に追いやってしまった。
そこに召集令状が来たというわけさ。
これはわしの意見だが、一族の誰かが軍に手を回したんじゃないかと思うんだ。
じゃなきゃ、妾の子とはいえ、二木の家の長子が激戦の南方におくられるわけがないじゃないか。
うん、話を戻そう。
真実がどうであれ、二木一族は彼の霊が寂しくないようにここを一族の墓とするということにした。
一見はそれは美談だが、その真実はもっと生々しいものだよ。
ともあれ、このような場所にわざわざ墓を暴きにいくものもいないだろうから、二木一族はようやく枕を高くして眠れるようになった。
ただし、もう火葬はしないんだ。
だってそうだろう、せっかく闇に葬ったというのに、葬式をする度にその現実を改めて突きつけられるなんて気分がいいもんじゃないからね。
ここまで死体を運ぶのに必要な法律とか手続きとかは偉い人がなんとかしているそうだから、わしにはよくわからん。
わしかい?
この墓地が出来たときに墓守になったのが父だった。
わしの家は、江戸時代から二木家にご奉公していたんでね。それで随分信頼されていたんだ。
やがて、父が死に、それからずっとわしが跡を継いでいる。
うん?この写真の娘に見覚えがないかって?
ええと、ああ、この娘も二木の家の娘だな。
この窓からみえるだろう、あの白くて丸い墓石が。
あそこに眠っているよ。
確か、分家の娘だと思う。
大学に入ったばかりだというのに、ひき逃げで死んだそうだね。
世の中には非道いことをする人間がいるもんだ。
母親似の綺麗な黒髪と透き通るような白い肌の別嬪さんだったのにねぇ。
それで、この娘がどうしたんだい?
この娘の骨はどうだったか?
なんだか、奥歯に物が挟まったような物言いだね。
何かあると思っているのかい?
そりゃあ、二木の家の娘だ。
真珠色の骨だろう?
―違う?
この娘は二木の血をひいていないだって。
なんで、あんたそんなことが断言できるんだ?
なっ、なんだ、その銃は!
そんな物騒なもの、早く仕舞ってておくれよ。
わしのような年寄りをいじめて楽しいのかね。
わかった。
外に出ればいいんだな。あの娘の墓までいけって?
わかった。わかったから、そんな風に銃をむけないでくれよ。
ああ、雨が降ってきやがった。
せっかく、暖炉で暖まったというのに、これじゃあ、風邪をひくじゃないか。
そら、着いたよ。
墓を掘れって、わしは墓守で墓荒らしじゃないんだがね…。
わかったよ、まずは墓石をどけなきゃらん。
あんたも手伝ってくれ。
そんな、年寄り一人で、こんな重い墓石をどけろなんて殺生な。
―よいしょ、よいしょ
さぁ、あとは土を掘って棺を掘り出すだけだ。その前に訊きたい。
あんた何でこんな事をするんだ?
…? 泣いているのか?
自分は五報新聞の記者じゃない、二木家の会社で働いている風間だ?
風間というと、確かわしと同じ二木家に昔から使えている家のもんだな。
でもこちらと違って、そっちは元々江戸留守居役も輩出した名家、こうして顔をつきあわせても親近感というものはないな。
それで風間のもんが、なんでこんなところでわしに銃を突きつけている?
ここに眠っている娘がおまえさんの娘だって?
だって、ここは二木家の…。
そうか、この娘の母親はたしか風間家から嫁に来たはず。
あんたの妹?
くっ、くっ、くっ。そうか、おまえさんは人の道を踏み外して兄妹で子をこさえた外道という訳か。
そして、妹はその娘を何食わぬ顔して二木の娘だと大切に育てていたわけだ。
父親、いや戸籍の上での父親はいい面の皮だ。
がぁ!
…年寄りを殴るとは、やっぱりおまえさんは外道だ。
みろ! 血が出てしもうたわ。
まぁいい、娘が眠っているここまできて、墓を荒らすのは、自分の娘を取り戻すためか?
ふん、わかった。掘ればいいのだろう。
そっちのシャベルを貸せい。
もう、だいぶ掘っているが、やはりひとりでやると老体にはこたえるの。
おっ、何か固いものに当たったかな。
棺かもしれん。…ああ、やっぱり棺だ。
棺は自分で開けるか?
なんだ、釘抜きを持っているのか。随分手回しのよいことだな。
もう、銃で脅す意味はないだろう?
だから、早く仕舞っておくれ。
えっ、中が空だって?
暗いから見えづらいのだろう。もっと目をこらしてみてみい。
えいっ。
なにをする? 決まっておろう。おまえさんを殺すのさ。
今の頭にくれてやったシャベルの一撃で、もう致命傷になっているはず。おっと、銃はおっかないからね。手もつぶさせてもらうよ。
えいっ
大の大人がこれくらいでギャギャー騒ぐな。
本当に何でかわからないという顔をしているな。
もうすぐ死ぬあんたには教えてやろう。
わしがここで四十年間、どんな気持ちで墓守を続けてきたと思う?
だれも人は来ない。
来るとしても二木一族の誰かを埋葬したり墓参りするくらいだ。
孤独の中で気が狂いそうになっていたんだ。
いや、もう狂っていたのかもしれない。
そんな中で、おまえさんの娘を見つけた。
もともと、おまえさんの妹が嫁いできたときから、わしの心には何ともいえない欲情の炎があった。
だが、わしは今よりか若く、二木の家に対する忠誠心もあってなにもしなかった。
でも、もう還暦をこえて、家族もなく、なにも失うものがないとなったときに、今まで抑えてきた心が噴出したのさ。
わしは密かに日本に戻り、おまえさんの娘が通う大学を張っていた。
そして、じっと機会をうかがっていたんだ。
そして、二ヶ月ばかりその行動を監視して、一人になるタイミングを把握すると、いよいよ実行の時がきた。
フロントガラス越しに見えたあのときの表情は、まだわしの脳裏に焼き付いている。
恐怖、驚き、そして諦め。
そんな感情がすべてないまぜになったような、そんな表情だった。
なぜ、殺したのかって?
それは、わしが墓守だからよ。
生きた人間をさらってここまで持ってくるのは不可能。
それに、人間は年を経るものだからな。
だが、死んでしまえば、死体は向こうからやってくるし、もう年はとらない。
…あとは、もうわかるな。
そこに何もないのは、もうわしが掘り出した後だからさ。
あの家におまえさんが座っていたソファ。
あの中に、きちんと防腐処理を施した死体がある。
おいおい、わしのおかげで美しいままずっといられるんだ。そんな風に睨まずに感謝して欲しいな。
なんだ。もう死んだのか。
ちょうどいい、中が空の墓穴がひとつある。
そこに埋めてやろう。
娘の墓に父親が入る、何と感動的なことか。
その前に久しぶりに体を動かしてのどが渇いたな、ちょっとお茶を飲むか。
…まて、わしは家の電気を消してきた。
なのに、部屋には明かりが煌々とついていて、誰かの人影がある!
あれは、馬鹿な!
そんなはずはない!
あの娘は死んでいるんだ。
それに鍵をつけて仕舞ってあるはずだ。
だか、あの黒髪、あの顔は!
ああ、近づいてくる。
来るな!
わしは悪くない!
みんな、おまえ達が悪いんだ。
二木家だなんだと偉そうにして、わしをここに縛り付けてきたおまえ達がわるいんだ!
頼む、助けて
老い先短い年寄りだと思って助けてくれ!
なんだ、素通りをしていった。
驚かせおって、実の父のところに行ったのか?
これも親娘の愛のなせる業というわけか?
…わしは何故倒れている?
誰かが近づいてくる。
あの娘だ。その手には黒く光る鉄の塊が握られている。
風間の持っていた銃か!
銃身から今撃ったばかりだということを示す硝煙がでている。
ごぶぇ。
口から、血があふれてくる。
意識も白いもやがかかったようにはっきりとしなくなっている。
わしは死ぬのか?
馬鹿なっ、こんな理不尽なことがあっていいわけがない。わしは残りの人生をこの娘を愛でていこうと思ったのに。
そうすることで、今までの薄暗い過去が忘れられるはずだったのに。
耳元に娘の口が、何か言っているようだが、聞き取りづらい。
なんだ?
何を言いたい?
恨み言ならば、聞きたくない。
アイシテイル?
はっーはっは。
この年になって愛をささやかれるとは。
だが、自分を殺した人間に愛をささやくとはこの娘もわしに劣らず狂っている。
さすがは道を踏み外した兄妹の娘というべきか。
わかった。
ともに死者となって、この南方にて楽園を築こう。
二木などもう知るか。
生ある間はわしを縛り付けられたかも試練が、死した後までわしを縛り付けられん。
愉快だ。
実に愉快だ。
死がこれほどまでに待ち遠しいものであるなんて。
四十年間、死のそばにいたが全く知らなかった。
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