空蝉
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上手く追いつめた。

奴も腕利きだが、銃を抜くのは私の方が早い。わけなく両手の親指を飛ばせた。

素手でも手強いが、丸腰ならまだ勝機はある。

 

突然、物陰から奴が体当たりをしてきた。

そして腕をつかまれた。いや違う、何かが腕に……

鋭い痛みが、何が起きたのか知らせてくれた。

奴の手首に仕込まれている、もう一本の爪が深々と突き刺さっている……

二つ名「六本爪」の由来、奴が素手でも強い理由だ。

その爪の先から、何かが勢い良く流し込まれていくのが感じ取れた。

毒か。だがそんな物は効かない。

奴の爪を引き抜き、間合いを取り……特製ショットガンの引き金を引く。

肉と骨が派手に吹き飛び、胸にでかい穴が開いた。今度は頭に一発。これまた粉々に吹き飛んだ。

しばらく直立していたが、すぐに人形のように崩れ落ちた……濃緑色の血を滴らせて。

いくら異能者と言えど、脳と心臓を粉砕されては生きてはいられない。

それにしても、濃緑色の血とは。

あの甲虫に鮫の顎をつけたような面構えといい、

奴は本当に人間から生じたミュータントだったのだろうか?

……まぁ、人の事は言えんか。

私も生まれながらに生物毒が一切通じない身体。即ち異能者、ミュータントだ。

反射神経も猫並み、おかげで銃の早撃ちでは今のところ負けた事が無い。

おまけに顔は……まぁ良い。

死体は組織が処分してくれる。奴のアジトを後にする……任務完了、だ。

 

 

自宅に戻り、結果報告の電話を掛ける。

『……紅トカゲか』

「蝉丸を始末した」

『確実に死んだか?』

「首から上がザクロのように弾け、胸に辞書が一冊収まるスペースが出来た。

 もしあれでまだ生きてたなら、殺すのは諦める事だ」

一言多かったか。しかしここまで言えば納得するだろう……

 

『……第六の爪から、何か流し込まれはしなかったか?』

 

悪寒が走る。

何故わかったのか。そもそも何故このタイミングで聞くのか。

「……いや、すぐに片付いた。寝込みを狙ったからな」

『……そうか、なら良い』

思わず嘘をついた。何故か、そうしろと囁かれた気がした。

……納得しただろうか?

『報酬は明日の朝までに振り込んでおく。ご苦労だった』

「……手早く片付けたのだ、ボーナスもつけて欲しいが」

『勿論だとも』電話が切れた。

すぐさま包帯を外し、腕の傷を確認する。

傷が塞がっている以外に、これといって変化はない。治りが異常に早いのは生まれつきだ。

刺された時から鈍い痛みが続いているが、それもこれといって妙な変化がある訳では無い。

……遅効性の毒という可能性もあるか?

だが生物毒なら私の身体には通じないはずだ。

毒物を化学合成する装置を埋め込んでいたなら話は別だが、

調査した限り奴は機械化手術は一切受けていなかった。

……まぁ、気にする事もないだろう。

組織と専属契約を結んでから、まだ一ヶ月だ。私の異能の事を全て知ってる訳では無いだろう。

何より眠くなってきた。

痛み止めにモルヒネを打って、今日はもう床に就くとしよう。

 

……そういえば。

奴にはもう一つ、二つ名があると聞いた。

確か「空蝉」という。

セミの抜け殻の事だが、何故そんな二つ名が……名前が蝉丸だからだろうか?

しかし組織の幹部しか知らないというのも妙な二つ名だ。

単純な連想でついた物なら、末端の者達こそ使っているはずだが……

まぁ、どうでも良い事だ。

そう思い、眠ろうとした。

 

……窓の外から、妙な物が飛び込んでこなければ、だが。

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10人ばかり入ってきたが、片付けるのに手間は掛からなかった。

幸い放り込まれたガス弾はさほど強烈なものではなく、ハンカチと眼鏡で充分防ぎきれた。

送り込んで来たのは恐らく組織だろう。しかし口封じにしては手が込みすぎている。

いくら私の家が人のろくに居ない郊外にあるとはいえ、特殊部隊じみた連中を送り込むとは。

……ひとまず、血を洗い流すか。

 

シャワーを浴びながら、鏡に映った自分の身体を見る。

全身赤みがかった鱗に覆われてる上に、首から上はどうみてもトカゲだ。

今度の報酬で義体化して、心機一転するつもりだったが……その前に、組織の連中に報復しなくてはな。

 

突然腕の痛みが強まる。

水が染みたか?

いや、傷は既に塞がっていた。

それにこの痛みは普通ではない。

まるで骨の髄から響くような。

いや、骨が内側から砕けていくような。

なんだ、これは。

包帯を解く。

 

信じられないものが、そこにはあった。

傷口があった部位が、急激に変化していた。

奴の、蝉丸の肌と同じ青い色に変化していたのだ。

それが、染みのように見る見るうちに広がって……

切り落とすしかない。

バスルームを飛び出し、キッチンに向かう。

だが、痛みが強まっていく。

鼓動と共に、いやそれより早い勢いで強くなっていく。

私の体質でもモルヒネは間違いなく効いていたはずなのに!

野菜用の大振りの包丁を取り出し、腕を見る……いや、見たつもりだった。

消えてなくなっていた。

いや、違う。

移動しているのだ。身体の中を。

鈍痛が全身に行き渡っていく。

その場に崩れ打ち、うつぶせになる。

もう呼吸する事もままならない。

 

目の前にガラス戸があった。

そこには私と……私以外のものが映っていた。

 

 

ああ、そうか。

だから「空蝉」なのか。

 

 

私の背中を引き裂いて、奴の、蝉丸の上半身が現れていた。

ひときわ大きく痙攣し、奴が私の身体を引き剥がす。口から血の塊が吹き出した。

意識の薄れていく私を残し、奴は壁に掛けられていた私の一張羅を奪って羽織り、

悠々と去っていった……

説明
三題噺「空蝉」「超能力者」「絆創膏」
【http://www.ktrmagician.com/cgi-bin/sandai_banashi/sandai_banashi.cgi】
絆創膏ではなく包帯になってしまいましたが……少し、グロテスクです。
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