丘の木の下で |
一本の高い杉の木が立つ丘を越えて、道は妖怪の山へ続いていた。綺麗に晴れ渡った空の下、横を向けば草の匂いがし、その先には人里が見える。小さくなった里を見て、大分歩いてきたことを感じられた。日はそろそろ真上に来ようかという時間。流石に疲労が溜まったので、あの木の下で休むことにした。
たった一本の木でも木陰は広く、二、三人が涼めるような大きさだった。腰を下ろすと風が頬をなで、その匂いから夏が近づいてくるのが分かった。
目をつむり、風の感触を楽しんでいると、タタタと走ってくる足音がだんだん大きくなった。私の横でその音は止まり、目を開けて横を向くと大きな目が付いた帽子をかぶった女の子が立っていた。
「こんにちは!横いい?」
「どうぞ」
私の返事を聞くと、すぐ横に腰を下ろした。
女の子も疲れていたのか「あ〜う〜」と気の抜けた声を出していた。
しばらくの間二人で風を楽しんだ。
「いい風だねぇ〜」
ようやく女の子が口を開き、気持ち良さそうに目を細める。
「そうだな」
話し相手は私しかいない事を思い出し、女の子へ返事をする
「一人で来たのか?」
彼女は前を向いたままだが、帽子の眼だけこちらに向けて答える。
「そだよ。山の方から来たんだよ。これから里に行くの」
「昼過ぎには里に着けるだろう」
「随分遠いなぁ」
概算の到着時間を伝えると、女の子は驚いたように答えた。
「暗くなる前に帰った方がいい。子供が一人でうろつくものではない」
「大丈夫だよ」
女の子がこちらを見てにっこり笑う。
「ほう?」
どういう意味かと、続きを促した。
「だって私、神様だもん!」
「なるほど」
道理で一人でうろついているわけだ。要らぬ心配だったようだ。
変わらず緩やかに風が吹き、雲が流れ続ける。
「あ〜う〜…」
女の子は眼を細め、気持ち良さそうに涼んでいる。こんなにいい日和では、あんな風に間の抜けた声を出したくもなる。
「里へ何しに行くんだ?」
わざわざ神様が御自らお出ましになる理由が気になった。
「私達この前こっちに来たばかりなの。だから私達と仲良くしようって挨拶に行くの」
「そうか」
引っ越しの挨拶か。神様も律儀な物だ。
「お兄さんは何処に行くの?」
「さて、何て答えたものか…」
行き先を聞かれ、答えに詰まった。
「一体何処を目指しているのだろうな。私も知りたい物だ」
「そっか」
女の子は相変わらずニコニコしている。
疲れも取れ、汗も引いてきたので立ちあがった。
「それでは私は行く」
「じゃあ私も行くね」
女の子はスカートに着いた土をはたきながら立ちあがった。
「里の連中は良い奴ばかりだ。無下にはしないはずだ」
「よかった、どんな人達か分からないから、ドキドキしてたんだ!」
ほっとした様子の女の子に満足し、山の方へ歩きだした。
「お兄さんも探し物が見つかるといいね!」
そう私に告げると、足音が遠ざかって行った。
「ああ」
女の子に聞こえるように少し大きく返事をすると、口元が緩んでいるのに気が付いた。きっと女の子も私と同じような表情をしているだろう。そんな気がする。
杉の木から二つの影が離れ、二人は先を目指した。
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諏訪子が幻想郷に来たばかりの頃のお話です | ||
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