タシギ |
タシギ
衝撃が全身を駆け抜け、相手の太腿を吹き飛ばした。
スコープ越しに倒れ込む人影。
彼から視線を切らずにボルトを引く。乾いた音は熱を帯びた空薬莢を排出し、次弾を薬室に送る。
一連の動きは、息継ぎ。
地面で?く彼に、改めて照準を定める。
――肩。
「……全く持って宜しくない」
ノイズ雑じりの無線と同時に、標的が跳ねる。
トリガーを引いた覚えはないが、スコープに映る彼の身体には新たな穴が拵えられていた。無線越しにからからとさも愉快そうな笑い声が聞こえてくる。
「独り占めは宜しくないだろ、スクリュー・ボール」
「おふざけ野郎‐ジョーカー‐、あんまり調子に乗るなよ」
乱暴に言葉を切ったスクリューは、全身をどす黒く染めた標的の脇腹に新しい模様を作ってやる。
「おお、怖いね。ブルっちまう」
痙攣を起こす標的にをジョーカーが口笛を吹く。
「おいおい、何時の間に玩具仕込んだんだよ」
「なんだブラボー、我慢出来ないのか」
無線に乱入してきたブラボーという話し相手のおかげで、彼の軽口は益々勢い‐ペース‐を上げていく。軽口を叩く彼等に無視を決め込んで、標的の周囲に目を走らせる。
廃墟の建物、打ち捨てられた車。
灰色の世界で動いているのは、どうやら事切れる寸前の彼だけ。確認を終え彼に照準を戻そうとした所で、何かが視線を横切るのに気付く。
手にしたMG42マシンガンを明後日の方向に乱射する大男、その陰に大荷物を抱えた男。二人組(ツーマンセル)が地面に倒れ込んだ男の元へと駆けていった。
「お嬢さん達がいらっしゃったようだな」
二人の足元に砂埃が舞う。外れた弾丸から狙撃手(ジョーカー)の位置に目測をつけた大男が銃口の向きを変える。途端、通り向こうにあるビルが、弾幕による白煙で視認出来なくなった。
無線から聞こえるのは、弾幕が壁を削る音だけ。
息を整えたスクリュー・ボールは銃床を肩に当てると、銃を抱え直す。
「少しは集中しろ、ジョーカー」
こちらに背を向けた男の後頭部にトリガーを絞る。
弾丸は男の頭部に命中。
頭蓋は内部圧力に負け、中身をぶちまける。
男が膝から崩れるのを確認しながら次弾を装填。
頭部が弾けた仲間から、急いで離れる男に照準を合わせる。
バレルが火を噴く。
男の頚部から血液が零れる。
酔ったように覚束無い足取りで数歩進んだ男は、頭から地面に突っ込んだ。
彼は懸命に息をしようと口を動かす。
しかし、吹き飛んでしまった喉ではどうあっても息が出来る筈もない。
血の泡を吐く彼から視線を逸らさず、最期を見つめる。
地面を這う彼は、視線を辺りに彷徨わせて口を開く。
――この、電波兵共‐サイコ‐が……
見えない敵にそう呟いた彼の唇はそれきり動かなくなった。
「戦争屋‐ブラボー‐、敵本隊は十一時方向廃ビル付近に潜伏模様」
「了解。後は高みの見物でもしてな」
二人組が現れた方向を伝えると、スクリュー・ボールはゆったりと姿勢を崩した。眼下では無線を受け取った仲間達が街に繰り出していくのが見える。そんな彼等を見送ったスクリューは、マイクを口元に向かいのビル屋上をスコープで覗く。
「大丈夫か、ジョーカー」
あぁ、と返事が返ってきただけで無線は黙り込んでしまう。彼の反応に首を捻ったスクリュー・ボールは首を傾げる。
「本当に震えているのか」
「全然面白くねぇよ、変わり者‐スクリュー・ボール‐」
溜息交じりの返答が返ってきた。
†
薪の弾ける音が木霊する。
室内と呼ぶにはあまりにお粗末な壁の剥がれた廃墟の中で、兵士達は暖を取ろうと焚火を囲む。揺ら揺らと動く火の灯りを頼りに彼らは煙草を、酒を楽しんでいる。
そんな集団から少し距離を置いた壁際で、スクリュー・ボールは一人、武器の整備に心を砕いていた。
救援隊二人目の狙った箇所は、一人目と同じく頭部。しかし、命中したのは頚部。僅かだが、何処かにズレがある。
整備を終えたバレルをストックに固定し、スコープを覗き込みながら、微調整を行う。身体の感覚に銃を馴染ませるように、照準とバレルにコンマの修正を繰り返す。
「マスかき中‐ハンド・ジョブ‐かい、スクリュー・ボール」
声をかけられた方向を振り返ると、カップを手にしたジョーカーがこちらを伺っていた。いや、とだけ返事をすると彼に背を向け、調整を再開する。そんな彼に溜息をついたジョーカーは、手にしていたカップをスクリュー・ボールの脇に置く。
「ほら、これお前のな」
スクリュー・ボールはスコープを覗き込んだ状態で、あぁ、とだけ礼を述べる。ジョーカーもその反応を特に気にした様子もなく、そのままスクリュー・ボールの横に腰を下ろした。
「何か用か」
何時もの軽口を叩かず、ぼんやりと銃のメンテナンスを横から眺めているだけのジョーカーに違和感を覚えたスクリュー・ボールが声をかける。
「いや、用って程じゃないんだけどな……」
何とも歯切れの悪い彼は、手にしたコーヒーを喉に流し込むと溜息をついた。そんな彼にかける言葉が思い当たらないスクリュー・ボールもそれきり黙ってしまう。
「そういや、何で皆のとこに行かないんだ。暗がり‐こんなとこ‐じゃなくてもメンテは出来るだろう」
しばらく二人は黙って銃の整備を見ていたが、大きく伸びをしたジョーカーがふと思いついた様に口を開いた。
「……煙草の匂いが駄目なんだ」
そう呟いたスクリュー・ボールは、後ろで火を囲む仲間達の方を一瞥する。彼の言葉に驚いたジョーカーは懐から煙草の箱を取り出して、彼と見比べた。
「スクリュー・ボールは禁煙者‐ノー・スモーカー‐だったか」
「いや、あの煙草の匂いが駄目なんだ」
ジョーカーの取り出した煙草に眉を顰めたスクリュー・ボールは、彼の持ってきたカップに口をつける。
「配給の煙草が合わなかった口か。そりゃ、気の毒だ」
軍の印刷がされた煙草を手のうちで遊びながら、彼もカップに口をつける。
「用はそれだけか」
今までジョーカーに視線を向けなかったスクリュー・ボールがジョーカーに視線を動かす。その視線から目を逸らすように、彼はカップの中を覗き込む。
「いや……今日は助かったから、礼をと思ってな」
「気にするな。お前を助けたのも仕事のうちだ」
彼の簡潔な答えにジョーカーはしばらく呆けていたが、そのうち堪え切れなくなったのか笑い始めた。何故彼が笑っているのか気にすることなく、スクリュー・ボールは作業を再開する。
「そうか、仕事か。なるほどな。じゃあ、お前は何で軍隊‐ココ‐にいるんだよ」
未だに肩を震わせ笑っている彼に視線を向けることなく、スクリュー・ボールは照準の調整を終えた銃をぼんやりと見つめながら呟く。
「父が軍人だったからだ」
「道理でお堅いわけだ」
スクリュー・ボールの答えに合点がいったのか彼は何度も、なるほどと頷いてみせる。スクリュー・ボールも彼のような反応に慣れているのか、彼に興味がないのか、銃を置くと、予備のクリップに弾丸を詰め始めた。
「お前はどうしてなんだとか聞かないのか」
スクリュー・ボールが会話を続けようとしないことにジョーカーは、肩を落としながら溜息交じりに口を開く。
「どうしてだ」
「俺は、英雄になりたいんだ」
英雄、スクリュー・ボールが小さく一人ごちる。
「祖国の敵を倒して、愛国を守る。」
自分自身に言い聞かせるように力強い口調のジョーカー。
――国民に自由を。そんな理想を掲げての戦争。
社会主義国に民主主義をと謳った闘いは、国民の大きな支持を受けた。長期化しつつある現在でもスクリュー・ボール達、若い兵士も自国の正義を信じて闘いに身を置いていた。
しかし、彼の表情は何処か優れず、だらりと天井を仰ぎ見た。
「そのつもりが、何時の間にかこんな僻地。それも、何だか分からないモノを守らされるなんてよ。何のためにキツイ扱きに耐えてきたんだか分からねぇよ」
ジョーカーは背後に目を向ける。
駐屯場所にしている廃墟の街の南側に広がるのは、無数のコンテナ群。時折、軍関係者がコンテナ内部から何かを運び出している姿を見かけたが、何が納められているのか知らされることはなかった。前線を遥か北にして、何を守っているか分からず、少数の偵察隊と戦う現状が彼にとって不満らしい。
「どうなったら、満足なんだ」
「戦いたい。俺は正義を信じて戦えればそれでいい」
溜息をつきながら、ジョーカーが項垂れる。
「愉快な話が聞こえてきたんだが、お邪魔かな」
二人の背後から、低い声が聞こえてきた。
振り返った先には、白髪交じりの男性の姿。
途端に顔から血の気が引いた二人は即座に立ち上がり、姿勢を正す。男性はそんな二人に座るよう声をかけると、彼自身も二人の正面に腰を落ち着けた。
「別に今の話を咎めるつもりはないよ。我が国は、言論の自由を侵害することを良しとしない。ただ、私はよく働いてくれる君たちを労おうと思っただけさ」
「「はっ、有難う御座います、大尉殿」」
強張っていた二人の表情が少しだけ和らぐ。
「特にスクリュー・ボール、素晴らしい狙撃だった」
機嫌良さそうに大尉は、懐から煙管‐パイプ‐を取り出して口に咥える。マッチを擦って、煙草を勧める素振りをするが、ジョーカーはスクリュー・ボールを見遣って、いえ、と首を横に振った。
「おや、二人とも煙草はやらんか。だったら失礼したな」
「いえ、自分達の事はお気に為さらないで下さい」
そうもいかんさ、とマッチの火を消そうとする大尉に、スクリュー・ボールが口籠りながらも状態を述べる。
「配給の物が身体に合わなかったのであります」
彼の言葉に煙管を咥えて唸った大尉は、自身の腰に携帯していた袋から小箱を取り出す。スクリュー・ボールに箱を渡すと煙管を翳して開けるように促した。
言われるがまま箱を開ける。
木箱の中には新品同様の煙管一式が揃っていた。
「もしもの時に用意していた私の予備なんだが、良ければ使ってくれないか」
「いえ、こんな、受け取れません」
慌てて木箱を返そうとしたが、大尉は首を振って受け取ろうとしない。彼は笑顔を浮かべると、ゆっくりと立ち上がる。
「それは、私から君の働きに対する礼みたいなものだと思ってくれ。ほら、仲間を助けてくれただろう」
「「有難う御座います」」
二人とも立ち上がり、深々と頭を下げた。
その時、悲鳴のような怒声が聞こえた。
「敵襲だ!!」
三人は身を固くして声の方へと視線を向ける。
しかし、そこには敵影の姿はなく、外を茫然と見つめる仲間が一人いるだけだった。
「悪ふざけか……」
その場にいた全員が胸を撫で下ろして、各々自分の事へ戻る。皆が関心を失った中、声を上げた彼はまだ一人でぶつぶつと何か譫言を口にしていた。
――電波兵。
死を恐れない兵士の中から、時折出る現象。支離滅裂な言動、時には自傷行動を取る彼らは敵味方双方から侮蔑を込めてそう呼ばれていた。
「どれ、私は失礼するよ」
彼の行動を見かねて、大尉が彼の元へと歩いていく。
「大尉殿」
その背中、スクリュー・ボールが呼び止める。
「大尉殿は、何故この戦場に」
「さて、何故だったかな。気づいたら、ここに立っていたのかも知れん。どのみち私の仕事は勝つ為にただ戦うだけさ」
煙管を咥え直して、彼はゆっくりと二人の元から去っていく。その背中を茫然と見送ったスクリュー・ボールは大尉から貰った木箱の蓋を開けた。
ボウルが艶やかに光る。
ほう、と溜息をついて丁寧に箱から取り出す。
――けたたましい音が響いた。
敵襲を告げるサイレンが響く。
†
炸裂音と建物が崩れ落ちる音が夜の闇に響く。
狙撃位置である廃ビル屋上を目指して、二人は廃墟を北へと駆け抜けていく。しかし、焦る二人を煽るように街は敵の砲撃によって秒単位で形を変えていっていた。
「こっちの通路もダメだ。残るはもう中央路からしかないぞ」
中央路は、街の中心を抜ける主要路。そこにあるのは北からの侵攻防衛に対する要となっている中央地点、そして、ジョーカー達の目指す狙撃地点のビルがある。しかし、今や其処は最も敵からの攻撃が激しい地点だった。
崩落した壁が塞ぐ道を諦めて、二人は迂回路を目指して元来た道を急ぎ戻る。ジョーカーの後方を預かるスクリュー・ボールの耳には、爆音と共に仲間達からの状況報告が逐一届いてくるが、厳しいものばかりだった。
「ジョーカー、急ぐぞ」
「全く、そんなにいきり立たなくても良いだろうによ」
中央路を目指して、道路を横断する。
途端、先行していたジョーカーが弾け飛ぶ。
瞬間、スクリュー・ボールは物陰に身を隠す。
ジョーカーの様子を伺おうと物陰から身を乗り出した所で、弾丸が身近を掠める。一瞬のことで、彼の被弾箇所は分からなかったが、辺りには血が飛び散っていた。
出血量、色から静脈のようだが、油断は出来ない。
「本当に、こんないきり立たなくてもいいだろうに」
即座に辺りを見渡し、地理把握に努める。
場所、中央路南東地点。
脳内で周辺地図を広げる。
地図に狙撃位置からの風景を重ね合わせていく。
素早く、正確な立体化‐イメージ‐。
瞼の裏に浮かぶ地図から、狙撃位置として適格な場所の選別を始める。
高低、距離、残響、風向きを中心に考慮して選び出す。
狙撃位置‐ポイント‐は七箇所。
敵の位置を絞りこむと、地面から割れたガラス片を拾い上げる。それを銃身の先に固定すると物陰から静かに差し出す。
僅か一秒、ガラス片は弾けた。
腕に熱が走る。
勢い良く割れたガラスの破片が、腕を裂いていた。
焼けるような痛みに唇を噛みながら、瞳を閉じる。
ガラス片への弾丸到達時間から、距離を測っていく。
狙撃位置は、二箇所。
無限にある死角から、二箇所まで絞り込んだ。
しかし、これ以上はどうしようもない。
何より、時間がない。
酷く寒いのに、吐く息は喉が焼けるよう。
一秒先に感じる死を振り払うように、頭を振る。
普段感じたことの無い重みの銃を握り直す。
震える呼吸を止める。
物陰から駆け出す。
滑り込みながら、体勢を固定。
――全感覚を瞳に。
――全神経を指先に。
視界の内で、何かが輝く。
瞬間、指に力が籠る。
――全ては一発の弾丸に‐Lives and fuel‐――
衝撃が全身を駆け抜け、耳元で何かが弾ける。
敵の弾は耳元を掠め、無線を粉々に。
こちらの弾は、スコープごと敵の脳漿を粉々にした。
固定した姿勢をゆっくりと解きながら、辺りを慎重に伺う。近くで聞こえる銃声は、先程のスクリュー・ボールが放った一発だけのようだった。
身体を起こすと、低姿勢を保ったままジョーカーの元へ静かに駆け寄る。
地面に倒れ込んだ彼の辺りは血で染まっていた。どす黒く染まった地面を踏み締めて、彼の脇に膝をつく。
7,92mm×57弾はジョーカーの左肩を抉り、傷口付近の肉は弾き飛ばしていた。傷口からは未だに黒い血液が、脈打つ度に漏れ出る音と共に流れている。
浅いがジョーカーはしっかりと呼吸をしていた。
「ジョーカー、大丈夫か」
断続的に声をかけつつ、鞄から止血剤を取り出す。肩に止血剤を押し当てると、ジョーカーが歯を食い縛る。
「穴が一つ増えただけさ」
短い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと上体を起こそうとするジョーカーの身体を脇から支えるため手を貸す。見る見るうちに止血剤が血に染まっていく。慌てて換えの物を取り出そうと鞄に手を突っ込んだ所で、ジョーカーがその手を止めさせる。
「そんなもんよりも、それを貸してくれ」
彼はスクリュー・ボールの銃を指さす。言われるがまま銃を手渡すと、ジョーカーは何を思ったかリロードを行う。彼は止血剤を剥ぎ取り、排出された空薬莢を包み拾い上げた。
そのまま、傷口に押し付ける。
肉の焼ける匂い。
声にならない痛みに目を見開きながら、それでも尚腕に力を込める。傷口を焼き固めようと懸命に激痛を堪え、肩を震わす。
「あぁ、最悪だっ」
傷口を焼いた弾丸を八つ当たりするように力一杯投げ捨てたジョーカーは、スクリュー・ボールの手を借りて立ち上がる。肩の痛みのため、ぎこちなく歩く彼は吹き飛ばされた自分の銃を拾い上げて、溜息をつく。
「傷は大丈夫か」
「この通り見事に塞がったさ。それよりも皆が英雄を待ち侘びてる頃だろう。急いで中央路に行くぞ」
銃を抱え直して、ジョーカーが先行して走り出す。用済みになった無線を放り、その背中を追って進んでいく。
「しかし、何であんなところに狙撃兵がいるんだ」
「分からない。少し前に無線が壊されたから状況が分からない」
慎重に廃墟群を抜けて、何とか狙撃位置の南地点にあたる中央路へと到達する。
足を踏み入れた中央路を埋めるのは銃撃音と土煙。
精神を研ぎ澄ませて、二人はゆっくりと歩みを進める。
血と硝煙の臭いに身を浸す。
物音を消して、土煙に身を隠しながら進む。
先行していたジョーカーが、動きを止める。
土煙に何かを見たのか、彼は身体を低く構えた。
彼に見習い、迎撃の体勢を整えて敵に備える。
うっすらと影がいくつか煙の向こうに見え始めた。
照準を揺れる影に合わせる。
勢いよく土煙が破られた。
影の主たちは、走り抜けようとする。
「ブラボー!!」
影の一つにジョーカーが声をかけた。男は突然の声に身を固くしたが、その姿を見ると深く息を吐く。
「ジョーカー、何で此処にいるんだ」
「お前こそ、中央の守りはどうした」
彼の言葉に眉を寄せたブラボーは、スクリュー・ボールと二人を交互に見つめる。
「聞いてないのか。中央なんてとっくに突破されている。残った兵はアラモに集結しろって指示が出てる」
彼は、お前らも急いだ方がいい、と付け加えると走り去っていった仲間の後を追って煙の中に消えていく。
ブラボーに言われて、改めて辺りに目を向ける。
転がっている無数の手足。
それらにこびり付いている衣服は、焦げてしまっているが、見慣れたもの。今、ジョーカーたちが身に着けているものと寸分変わらないものだった。
「とりあえず、此処から引くぞ」
銃撃の音に追われるようにジョーカー達は、仲間の後を追って中央路を南に駆けていった。
目指すは、最終防衛線(アラモ)。
†
コンテナ周辺は怪我人で溢れ返っていた。
建物内部に彼等を収容する場所がないのか、地面にそのまま横たえられている仲間たちは砂袋同然の扱いで、その横では急いで土豪の設営、マシンガンの設置が行われている。横たわる仲間を避ける様に二人はコンテナへ進んでいく。
「お前等、無事だったか」
7,62mm×63弾と両手に抱えたブラボーが土豪から声をかけてくる。呼ばれるように二人は土豪へと降りると、身を屈めて彼から詳しい現状を聞く。
「残ってるのは、此処にいるだけなのか」
「コンテナ内部に何人かいるが、そっちは使い物にならない」
ブラボーの言葉に、土豪の中を見渡す。
元からコンテナの警護をしていた者以外、ほとんどが負傷兵ばかり。武器弾薬の類も充実しているとは言い難いのが現状。
スクリュー・ボールは黙ってただただ話を聞いているジョーカーを伺う。静かに地面を見つめる彼は、強く銃を握り締めていた。ブラボーはそんな二人に、予備の弾丸を手渡して、コンテナを指さす。
「お前等の仕事は、上だ。コンテナ内部から二階に上がれると思うから、そっちに回ってくれ」
ずしりとした重みとともに、手渡された弾薬と共に土豪を離れた。コンテナに足を踏み入れる寸前、ブラボーへ振り返る。
「幸運を」
ブラボーは笑みを浮かべて、拳を高く上げた。
「お前等にも」
爆音がその声を掻き消す。
酷い土埃が舞い上がり、視界は零になる。
続くようにぼた、ぼた、と雨が降ってきた。
温かい雨を頭から浴びながら、その場に立ち尽くす。
耳鳴りが治るのに合わせるように、視界が晴れる。
土豪は新地になっていた。
崩れ落ちそうなスクリュー・ボールをジョーカーが引き起こして、その場からコンテナ内部へと引っ張り込む。そのまま壁に寄り掛らせると、きっぱりした口調で言い聞かせる。
「しっかりしろ、スクリュー・ボール」
彼の頬をジョーカーは平手で叩く。
それでも、焦点の定まらないスクリュー・ボールに舌打ちをしたジョーカーは、コンテナ入口から迫ってくる敵兵に向かって迎撃を試みる。しかし、元々持ち合わせの銃は、連射性に欠けたU,S,M1ライフル。敵を押さえるには圧倒的に火力不足だった。
「糞ッ糞ッ糞ッ!!」
銃を放り投げたジョーカーは、スクリュー・ボールの肩を担ぐ。そのまま、内部に備えられた扉をけ破って、コンテナの更に奥へ進んだ。しかし、スクリュー・ボールを抱えていたためにバランスを崩し、転倒してしまう。
二人揃って、地面に倒れ込む。
だが、そこに予想していたコンクリートの感覚はなく、変わりに触れるのは土の湿っぽさだった。
ゆっくりと二人は、顔を上げる。
そこにあったのは、草原。
その中心には二人を見つめる大尉の姿があった。
スクリュー・ボールは草原の葉を手に取る。
――大麻。
彼は即座に懐から支給された煙草を取り出して、二つに折った。ばらばらと零れ落ちる煙草、その中に細かくされているが、確かに葉が混じっている。
「これはどういうことですか。大尉!!」
「そういうことだ。それが勇猛果敢な我が軍の正体だ」
静かに煙管に火を点けた大尉は、二人に背を向けた。
「さぁ、迎撃に当たってくれ。もうすぐ援軍が届くはずだ。それまで保てばそれでいい」
肩を震わせるジョーカーの言葉を意に反さず、大尉は冷静に言い放った。彼はその態度に腰から拳銃を抜く。
「敵の銃弾に身を晒すのも、肩に風穴が開こうがそれも仕方がないことです」
真っ直ぐその銃口を大尉に向ける。
「でも、これだけは我慢できません」
火薬の弾ける音が響く。
しかし、大尉は倒れることなく、変わりにジョーカーが草の波に崩れ落ちた。
「上官に銃口を向けるとはな」
身体を痙攣させるジョーカーを物憂げに見下ろして、ゆっくりとスクリュー・ボールの方を向く。震える手で銃を構える彼と視線が合った。顔を歪めた大尉は、彼にもその銃口を向ける。
「お前は違うと思っていたんだがな。気でも狂ったか」
「麻薬(こんなもの)を頼った電波兵(きぐるい)ですからね。自分達は気が付かないうちに狂ってしまっていたのかも知れません」
「視点を変えて、モノを見るんだ」
大尉の言葉にスクリュー・ボールの銃身が下がった。
「我が国は、今や開戦直後の勢いを失っている。これ以上の長期戦には国はついて来れない。国を守ることこそが正義だろう」
かもしれません、と呟いたスクリュー・ボールは銃を構える。
そうか、大尉は彼から目を逸らす。
衝撃がスクリュー・ボールの全身を駆け抜けた。
身体の重みに耐えきれず、彼の体は地面に倒れ込む。
腹部に手をやると、ぬるりと温かな血が溢れる。
溜息と共に大麻畑から離れた大尉は、煙管の灰を落とす。その姿を朦朧とする意識の中、見つめていたスクリュー・ボールはゆっくりと立ち上がり、鞄に手を伸ばす。
「例えそうだとしても、これは間違っています」
立ち上がった彼を見て、大尉の目が見開かれる。
その手に握られているのは、拳銃でも爆弾でもなくただの木箱。灯されたマッチを煙管に点ける。
深く息を吸い、吐き出す。
「本当に、糞ったれですね」
一息だけ吸った灰を、鞄の中に落とす。
ブラボーから受け取った弾丸の予備に灰が降り懸る。
瞳を閉じて、その瞬間を待つ。
耳元で響く炸裂音。全てを終わらせる火花が飛び散った。
逆らい様のない力に体が壁まで吹飛ばされる。ぼうと下半身を見下ろすと、足はもう原型を留めていなかった。
大麻畑を燃やす赤々とした火を、大尉はぼう、と見つめる。
「自分のした事の意味が分かっているのか」
「えぇ、これでようやくまともに戦えるでしょう」
もう何も映さないはずの瞳は、暖かな光を感じていた。
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wordさん、5ページ以内という制限の下書き上げた作品です 一応、「電波」「きせる」「コーヒー」というお題を使うことになっています |
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