アタシとのぞきと男の友情っ!
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アタシとのぞきと男の友情っ!

 

 

「姉上が飯を抜くのはこれで何度目じゃ? この強化合宿に来てから1食も採っておらぬのではないか?」

 強化合宿3日目の夜、また食事を抜いたアタシに対して弟は心配と不満の混じった声を上げた。

 合宿所の玄関前ロビーのソファー付近には幸いにして他の生徒たちの姿はなかった。

 弟に叱られる姉なんてみっともなさ過ぎるので助かった。

「美紀が命を賭けて葉月を足止めしているのよ。アタシだけのんびりご飯を食べている訳にはいかないわよ」

 弟に対するアタシの返答は凄く刺々しいものだった。

「しかし、何日も食事を抜いたのでは身体に悪い。島田の妹がこの合宿所にやって来た時に姉上が空腹で動けん状態ではどうにもならんぞ」

「お腹が空いたなんて感覚は合宿初日の夜になくなったわよ」

 秀吉と話しながら2日前の夜の美紀とのやり取りを思い出す。

 

 

『……ねえ、優子。私は後、何日真のラスボスを足止めすれば良いの?』

『そうねえ。吉井くんたちは明日も懲りずに女湯を覗こうとするでしょうから、それを諦めさせるまでの時間を考えると……3日は必要かしらね』

『3日……やはりこの命、捨てなければならないみたいですね』

『ちょっと、一体どうしたの美紀?』

『実はさっき、葉月ちゃんに奇襲を仕掛けた際に反撃をもらってしまったの』

『反撃?』

『私が18禁無修正やおい同人誌を見せた瞬間、葉月ちゃんは私に向かって、高校生男子×ツインテール女子小学生18禁無修正エッチ同人誌を見せ付けて来たんです。その衝撃で今でも口から血が止まりません』

 

 

 美紀は吉井くんと坂本くんがくんずほぐれつ淫らに絡み合う男パラダイスを実現する為に真のラスボス葉月ちゃんを足止めしている。

 その命を賭して。

 そして足止めするように命じたのはアタシ。

 だからアタシだけのうのうと生きていることは許されない。

「姉上も昔から玉野美紀のこととなると熱くなるのぉ。普段は互いにそ知らぬふりを通しておると言うのに」

「美紀はアタシのBL道の師であり強敵(とも)なのよ。そしてBL道は決して他人に悟られてはいけない忍びの道。群れれば一般人に悟られるわ」

「姉上はまだBL趣味がバレてないつもりじゃったのか……」

 アタシにBLの何たるかを教えてくれたのは美紀だった。

 そして、美紀はBLが世間にどれだけ迫害視されているかも切々と語ってくれた。

 完璧優等生とBL道探求者を同時に追求する為にアタシと美紀は他人から見れば珍妙な関係を築いた。

 みんなの前では知り合いですらないフリをし、2人きりの時はBL談義で盛り上がる。

 世間の評価を捨ててでも自分の信念に正直に生きる美紀と、世間あっての自分という生き方しかできないアタシの違い。

 アタシにとって美紀は羨ましくもあり愚かしくもある少女だった。

 そして不貞腐れていたアタシに生きる道を示してくれた恩人。

 その美紀が危機に陥っている。

 アタシはのうのうと合宿所に滞留しているというのに。

「姉上のそのイライラした様子、まるで文月学園に入学した当初のようじゃのう」

「文月学園に入った頃、ね。確かにあの頃のアタシは腐って死んでいたみたいなものだったわね」

 それまでアタシを構成していたものが一気に崩壊してただただ腐っていた。それがアタシの高校生活の始まり。

 アタシの脳裏にあの当時のことが急に浮かび上がってきた。

 

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 アタシ、木下優子が文月学園に入学して最初に体験したこと。

 それは人生最初の挫折だった。

 中学を卒業するまでアタシは自分の思い描いた図通りの順風満帆な生活を送っていた。

 ところがその順風満帆な航海は、高校入学初日にいきなり座礁・沈没という事態を迎えることになってしまった。

 

「それでは新入生代表挨拶1年C組霧島翔子さん、お願いします」

 入学式当日、新入生代表として挨拶したのはアタシではなかった。

 それがアタシの人生で初めてと言って良いつまずきだった。

「……私たち新入生は……この伝統ある文月学園に……」

 新入生代表挨拶は入試試験で点数が最も高かった生徒が行うのが通例。アタシはその挨拶を喋ることができなかった。それが挫折の正体。

 アタシの代わりに喋っていたのは和風美人という表現が良く似合う黒髪ストレートの美少女だった。

 小さな声でボソボソと喋る少女の挨拶を聞きながらアタシの心は苛立っていた。

アタシならもっと上手いスピーチをできるのにと。何故アタシが新入生代表の挨拶に選ばれなかったのかと。中学では1番以外取ったことがないアタシがあの内気そうな娘に試験で負けたのかと。

 つまらない見栄とつまらない嫉妬だけがアタシの中を渦巻いていた。

「それでは、これから1年間このクラスのみんなで頑張っていきましょう」

 新しい生活、新しいクラスメイトたちを前にしてもアタシの心は少しも弾まなかった。

 ただただ入学試験で1番になれなかったことに対する憤りに燃えていた。

 そして、あの和風美人にリベンジする機会を伺っていた。

 次の試験では必ずアタシが1番になってやると。

 けれど、アタシが更なる挫折を経験するのに1週間も掛からなかった。

 

 入学して初めての実力テスト。

 そこでもアタシは1番になれなかった。

 

新入生学力診断試験 成績上位者一覧(800点満点)

1位 霧島翔子 793点

2位 久保利光 776点

3位 姫路瑞希 751点

4位 木下優子 742点

 

 アタシはこの試験で2番にすれなれなかった。

 中学校まで1番以外の成績を知らなかったアタシが4番。

 それはアタシにとって大き過ぎる衝撃だった。

 そして同時にアタシは自分が井の中の蛙に過ぎなかったことを自覚せざるを得なかった。

 それは常に1番であることに自分の存在意義を感じてきたアタシにとっては耐え難いほど大きな挫折だった。

 1番でいられないことを自覚した瞬間、アタシは自分の生に意義を見出せなくなってしまった。

 自分が無価値だと感じた瞬間、世の中全てがつまらなく色褪せてしまった。

 アタシの人生をつまらなく変えてしまった世の中を憎んだ。アタシ自身を憎んだ。

 アタシの高校生活のスタートは何かを憎んでばかりで本当につまらないものだった。

 

 

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「姉上もそんなに苛立ってばかりおらんで、少しはこの強化合宿を満喫してはどうなのじゃ? 玉野とて姉上が苛立っておることを望んでおる訳ではなかろう」

「………………っ」

 秀吉の言っていることに間違いなくてアタシは反論することができなかった。

 ご飯を抜いているのも、苛立っているのもアタシの意思。

 美紀はそんなことを望んではいない。

 けれど、この強化合宿イベントを食ってしまいそうな葉月ちゃんの相手を美紀1人にさせている状況で自分だけ楽しむ気にはなれなかった。

「そういう秀吉こそ、この合宿を満喫しているの?」

 葉月ちゃんたちが動き出してから合宿に対して上の空になっていた自分を思い出す。

 吉井くんたちが女湯覗きに精を出し、女子や先生たちがそれを食い止めているということぐらいしか掴んでいない。

「フッ。年頃の男が4人も1つの狭い部屋で寝泊りしておって何も起きぬなど姉上の持っている同人誌やBL小説であり得るというのか?」

「まっ、まさか、秀吉、アンタっ!」

 もう既に吉井くんや坂本くんを淫キュベードしちゃったと言うの?

 吉井くんと坂本くんはもう秀吉の性の奴隷だと言うの?

「じゃが、ワシはこれでも純愛をモットーにしておる。ワシの方から手を出す真似はせぬ。今の所、ワシは3人の下種な欲望に対して受身に回っておるだけじゃ」

 秀吉は恥ずかしげに顔を赤らめた。

「そんなこと言って、どうせ誘っておいて最後は攻めに転じるんでしょ?」

「当然じゃ。淫キュベーダーであるワシが雄の身体をしておるのはその為じゃからの」

 これを放っておくと吉井くんや坂本くんのお尻が危ない。

 滅茶苦茶に穢されてむせび泣く吉井くんもちょっと見てみたいけれど。

「で、アンタはこれまでに何をされたの?」

 内容によっては秀吉を女子部屋に強制隔離しよう。

 淫キュベーダーは女が苦手だから丁度良いお仕置きにもなる。

 嫌がるなら殺そう。

「まずムッツリーニはワシの寝顔を散々激写された」

「いつも通りね」

 愛子の恋の成就はまだまだ遠そうだ。

「次に寝相の悪い雄二には昨日今日と明け方に激しく抱き付かれてしまってのぉ。あやうくワシは興奮して淫キュベーダーとしての本領を発揮してしまう所じゃった」

 秀吉の顔はこの上なく幸せそうだ。よほど激しく抱きしめられたらしい。

「アンタ、そんなことをしていると代表に恨まれるわよ」

 坂本くんもさっさと代表とくっ付いちゃえば良いのに。そうすればこんな愚弟に付け入られたり、代表に武器で脅されることもないのに。ほんと、子供なんだから。

「ワシと霧島は『雄二×明久』のカップル成立を阻止する同盟を組んでおるからのぉ。雄二がワシに惹かれる分には同盟規約に一切違反は生じない」

「そんなこと言って、最終的には代表から坂本くんを奪うつもりなんでしょ?」

 秀吉はポーカーフェイスで他人には心の内が読みにくい。が、実は凄く欲が強い。

 欲望の塊が秀吉のもう1つの顔。

「当然じゃ。良い男はみんなワシのもんじゃ」

 愚弟は否定しなかった。

 この辺は愚弟がアタシの前だけで見せるもう1つの顔。

「そして今日の明け方には明久に唇を奪われそうになってのぉ。後、1cm明久が迫って来たらワシの唇の純潔を奪われてしまう所じゃった」

 ポッと頬を赤く染める愚弟。

「アンタのそのばい菌だらけの口をそぎ落としてあげるからもっと近付きなさい」

 やはり淫キュベーダーは油断がならないわね。

 でも、吉井くんにとって秀吉がキスしたくなる顔ということは、同じ顔のアタシにも同じことが言えるはず。

 つまり、吉井くんは間近でアタシの顔を見ればキスしたくなるってことよ!

「よっしゃっ!」

「何を急に吼えているのじゃ、姉上? まあどうせいつもの下らん妄想じゃろうが……あべし?」

 秀吉の顔面に拳王の拳を打ち込む。

 新しい秀吉がやって来て前の秀吉を綺麗に片付けてからアタシの隣に座りなおす。

 

「じゃが、この合宿で己が宿願を果たそうとしているのはワシだけではない。清水も久保も着々と成果を挙げている」

「2人も相当気合入れてたものね」

 合宿前日の2人はいつになく熱かったのを思い出す。

「清水は男子対女子の対立の構図を利用し、昨夜は女子側の防衛隊の指揮官として女子生徒たちの信頼を集めていた。ヤツは女パラダイスの実現に着手しておる。そして、明久の覗きを妨害することによって島田との仲も徐々に深めておる」

「清水さんもやるわね。でも策士策に溺れないと良いけれど」

 あんまり姦計を用いて吉井くんと島田さんを引き離そうとすると却って……まあ、ここは彼女を信じましょう。

「そして久保もやりおる。あやつ、明久に『久保くん好きだ。お尻を見せて欲しい』と言われおっての」

「何ですってぇっ!?」

 まさか、久保くんが吉井くんとの仲をそこまで進展させていたなんて……。

 驚き役は結局チキンなので吉井くんには何も起きないとタカを括っていた。

 でもまさか吉井くんの同性愛レベルがストレートに告白して、しかもお尻を見せることを要求するまで上昇していたなんて……。

 爛れすぎているわ、吉井くん! 男たちと淫らに乳繰り合う姿をもっと見せて!

 じゃなくて!

「まあ、種明かしをするとボイスレコーダーを使ってじゃな……」

「久保くんはその事実を全世界に公表するつもりなのね!」

 やはり侮れないわね、学年次席の久保利光。

 幾ら男への肉欲と女への愛情が別腹とはいえ、吉井くんが複数の男と肉欲に爛れた関係を結ぶのは将来の妻として困る。

 吉井くんの男色癖は今後もっと抑制してもらわないと。

 

「久保くんも清水さんも己の野望の実現の為に頑張っているというのに、アタシは何をしているのかしら?」

 大きな溜め息が漏れ出る。

 覗きを巡って男子対女子の構図が出来上がりつつあり、男同士の結束は以前より固まっている。美紀の望む男パラダイスの実現は近いのかもしれない。

 けれど、美紀自身は男パラダイスを目にすることはないと思う。誰よりもその実現を心待ちにしているのにも関わらず、だ。

 そして、男パラダイスが実現したと携帯で連絡することも出来ない。

 男パラダイスの当事者になってもらわなくてはいけない吉井くんたちが女子風呂覗きに熱中し過ぎているから。

 合宿所に来てからこの間1度もお風呂に入らずに覗きに命を賭けているから。

 吉井くんの裸を拝む機会はまだ1度も訪れていない。

「この体たらく、美紀に何て言えば良いのよ……」

 結局アタシは普段偉そうにしながら重要なことはいつも美紀に依存している。

 それは去年も今も変わらない。

 アタシは去年、美紀と初めて出会った時のことを思い出していた。

 

 

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 桜の花がすっかり散り、新緑の芽が芽吹く頃、アタシはすっかり腐り切っていた。

 この文月学園でアタシは1番になれない。

 その思いだけが頭を支配し、不貞腐れたアタシは何に対してもやる気が起きなかった。

 5月に入って行われた初めての定期テスト、1学期の中間試験でアタシの成績は7番まで下がってしまった。

 試験前だというのに全く勉強に身が入らなかった。

 こんなこと初めてだった。

 どんなに頑張ってもあの霧島という和風美人の娘には敵わない。

 そう思うだけでアタシは全く力を発揮できなかった。

 

 そして1番になるという目標を失ってしまうと、アタシには驚くほど他に何もないことに気が付いた。

 何一つ趣味もなく何の能動性も見出せないつまらない女。

 それがトップに執着し続け、トップでいられなくなった女の正体だった。

 こんなに学校がつまらないのなら辞めてしまおうかとさえも思っていた。

 そんな時だった。

 アタシの人生観を根本から覆すことになる玉野美紀との出会いは。

 

 5月半ばのある晴れた日。

 その日もアタシは窓際の席でつまらなそうに窓の外を眺めながら6時間目の古文の授業を上の空で聞いていた。

 そして放課後、その娘はアタシの元へとやって来た。

「あの、さっきの授業中、ずっと外を見ていましたよね?」

 頭の両側をみつあみお下げに結った、ちょっとおどおどした感じの女の子だった。

「えっと。まあ……」

 同じクラスの子だった。アタシより3つ後ろの席に座っている。

 名前は確か……。

「あのっ、それって、やっぱり、吉井くんと坂本くんを眺めていたんでしょうかっ!?」

 女の子の声が急に高くなった。興奮しているみたいだった。

「えっ? 吉井くん? 坂本くん?」

 けれどアタシにしてみれば突然知らない男子の名前を告げられて困惑するだけだった。

「そうですっ! 吉井明久くんと坂本雄二くんのことです!」

「あの、その、悪いんだけど、アタシはその2人のことを知らないのだけど……」

 これだけ期待に満ちた瞳を向けられるとアタシの方が悪い気になってくる。

「えっ? 入学して1ヶ月で名物コンビになりつつある吉井くんと坂本くんを知らないんですか?」

「校内の噂に疎いのよ」

 校内の噂どころか目の前のクラスメイトが誰なのかも知らないのがアタシ。

「それじゃあ木下さんは吉井くんと坂本くんを見ていた訳ではないのですね」

「ええ。ご期待には添えないわね」

 女の子は大きく溜め息を吐いた。

 けれど、何でこの子はその吉井と坂本って男子に拘るのだろう?

 もしかして……。

「あなた、もしかすると吉井くんか坂本くんが好きなの?」

 窓の外を眺めるアタシが恋のライバルに見えたとかそんなのかしら?

 異性どころか他人に全く興味がないアタシがそんな風に見えるとしたらそれはとても滑稽な話だった。

「ちっ、違いますよぉっ!」

 ムキになって否定する女の子。

「ムキになる所が却って怪しいのよねぇ」

 女の子をからかっていると何だかとても楽しくなって来た。

 楽しいなんて感情を自覚したのは本当に久しぶりのことだった。

「確かに吉井くんは可愛いなって思います。素敵かなっとも思います。でも、違うんですっ!」

「何が違うの?」

 恋愛ごとには疎いけど、目の前の娘の態度は明らかに恋する乙女のものに見えるんだけど……?

「私が吉井くんを好きなんじゃなくて、吉井くんと坂本くんは愛し合っているんです!」

「えぇっ!?」

 思わず大声を上げてしまった。

 でも、だって、ねえ……。

「だって坂本と吉井って両方男なんでしょ?」

「愛に年齢性別その他諸々は関係ありませんっ!」

「いや、それはそうかもしれないけれど……」

 アタシはこの娘に絡まれてしまったことを後悔し始めていた。

 クラスメイトたちの視線が突き刺さる。

 トップエリートでなくなってしまった今のアタシにとって、クラスメイトからの視線は苦痛なものでしかなかった。

 みんながアタシを蔑んでいるように思えてならない。

「とにかく、吉井くんと坂本くんは愛し合っているんです!」

「わかった。わかったから少し落ち着きなさい、ね」

 両手を用いながら少女を必死で宥める。

 ほんと、何をしているんだかアタシは。

「でも、木下さんはさっき吉井くんと坂本くんを知らないって」

「まあ、他のクラスの男子はちょっと……」

 何か知らない間にこの子のペースに引き込まれていた。

 完璧優等生だったアタシは他人のペースに合わせるフリをしながら自分のペースでのみ生きてきた。

 みんなに合わせるフリをしながらみんなをアタシに合わさせて来た。

 だからこんな体験、本当に久しぶりのことだった。

「だったらまず、吉井くんと坂本くんを知ることから始めましょう! そうすれば私が言っていた言葉の意味も理解できる筈です」

 少女の瞳が再び輝き始める。

「いや、吉井くんと坂本くんの関係を知らなくても別に困ることはないかなって……」

「それは人生の150%を損してますっ!」

「人生全否定以上の損っ!?」

 思わずツッコミを入れてしまう。

「という訳で、吉井くんと坂本くんの仲を知ってもらう為にまずはこの本を読んでください」

 そう言ってみつあみお下げ少女は1冊のノートサイズの薄い本をアタシに渡した。

「これ、何?」

「人生が100倍楽しくなれる魔法の本です♪」

 人生が楽しくなれると聞いてアタシの心は揺れ動いた。

 そしてその本との出会いはアタシの後の人生を大きく変えることになった。

 

 

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「……優子。こんな所にいた」

 不意に声を掛けられ顔を上げる。

 すると正面には代表、姫路さん、島田さんの姿があった。

 代わりにいつの間にか愚弟はいなくなっていた。

「どうしたの、みんな?」

 (旧)女性FFF団のみんなとは相変わらず関係がギクシャクしたまま。

 最近は定例集会どころか連絡すらほとんどしていない。

「優子ちゃんにお願いがあるんですぅ」

 姫路さんが申し訳なさそうな声を出す。とても困った表情をしながら。

 こういう時、やっぱり彼女みたいな女の子女の子した娘って得だろうなって思う。

 これで話も聞かずに断ったらアタシは悪人にされてしまう。

「そうよそうよ! お願いがあるのよ!」

「島田さん。あなたはどこまでも驚き役を貫くのね」

「……ウチにだって色々あるのよ。ウチは、中途半端なダメなお姉ちゃんなの……」

 島田さんは急に沈んでしまった。

 一体、どうしたのかしら?

「それで代表。アタシにお願いって何?」

 代表は僅かに俯いて瞳を左右に揺らした。

「……優子に、女子風呂防衛隊の指揮を執って欲しいの」

「アタシに、指揮?」

 随分予想外の頼みごとだった。

「優子ちゃんも、明久くんたちが女湯を覗こうと懸命になっていることは知っていますよね?」

「そりゃあまあね」

 秀吉を通じて焚きつけたのはアタシなのだし。

 吉井くんたちは思惑とは違う方向に走ってしまったのだけれど。

「一昨日は先生たちがアキたちを止めた。昨日は美春が防衛隊の指揮を執って覗きを防いだわ。でも……」

「……雄二は今日、昨日よりも更に多くの仲間を引き連れて女湯を覗きに来るに違いない。そうなったら、清水よりも有能で人望がある指揮官がいないと突破される」

 代表は特に落ち込んだ表情を見せていた。

 坂本くんの考えなら何でもお見通しの代表のこと。

 坂本くんが今日投入して来る戦力も予測済みなのだろう。そして、清水さんが指揮官では坂本くんに敵わないという結論に達したのだろう。

 でも、でもだ。

「だったら代表たちが指揮官になれば良いじゃない」

 代表は学年主席の学力の持ち主だし、姫路さんは3位。更に両者とも人望は厚い。指揮官には打ってつけのはず。

 島田さんも成績は良くないものの、その男勝りの性格と積極性から2年生女子の間でファンは多い。彼女が指揮を執れば多くの女子たちが喜んで従うだろう。

「……私たちに指揮は無理」

 ところが代表は首を横に振ってアタシの意見を拒否した。

「代表はA組の大将として試召戦争の度に指揮を執っているじゃないの」

「……試召戦争に際して、外交から戦術、部隊配置や行動に関して実際に指揮を執っているのは優子。アタシは後ろで構えているだけ」

「まあ、そうかもしれないけれど……」

 代表はコミュニケーションを取るのが苦手なのを思い出す。そう言えば試召戦争の際にはいつも黙っている。

「……自分の戦闘には自信がある。けれど、みんなを指揮するのは私には無理」

 代表はしょんぼりと顔を伏せた。

 文月学園を代表する天才少女もその内面には沢山の満たされない想いを抱えている。

「私も、普段は坂本くんか明久くんの指示通りに動いているだけなのでみんなを指揮するのはちょっと無理です……」

 続いて姫路さんも落ち込んだ。

 彼女の場合、苗字にその名が入っている通りにお姫様扱いが基本。

 彼女自身は強大な戦闘力を秘めており試召戦争では欠かせない戦力。だけど、激を飛ばす指揮官役は坂本くんや吉井くんがさせないだろう。

「ウチは基本的に突撃指令しか出せないから、坂本たちの挑発に乗っちゃいそうだし…」

「まあ、それは島田さんらしいわね」

 猪突猛進型の島田さんの短気を利用すれば戦力分断は簡単そう。指揮官には不向きだ。

 

「……私たちだけじゃ今夜の雄二を抑え切る自信がない。でも、雄二に他の女の裸を見て欲しくない」

「明久くんにも見て欲しくありません。だから、優子ちゃんの力がどうしても必要なんです!」

「そうよそうよ! だからウチらの指揮官になってよ。お願いだから」

 3人がアタシに懇願して来る。

 アタシとしても吉井くんがアタシ以外の女の裸を見てデレデレするのは嫌だった。

 だから引き受けようと思ったその瞬間だった。

 

 2人の少女の顔が突如脳裏に浮かび上がった。

 1人は葉月ちゃん。

 アタシが倒すべき最強の強敵(とも)。

 もう1人は美紀。

 アタシのBLの師にして最高の強敵(とも)。

 そして、2人は向かい合っていた。

 ううん、正確には葉月ちゃんが美紀を圧倒しようとしていた。

 戦力差は絶対的。

 美紀に勝ち目は万に一つもない。

 でも、美紀はそれでも決意に満ちた瞳で葉月ちゃんを睨んでいた。

 命を賭した瞳で葉月ちゃんを睨んでいた。

 

「ごめん。アタシには貴方たちの指揮を執ることはできないわ」

 気が付くとアタシは断りの言葉を述べていた。

「……どうして? 優子、やっぱり私たちを怒ってるの?」

 代表が戸惑いと悲しみの瞳を向けて来る。

「優子ちゃんは私たちがメインヒロインに拘っていることに怒っているのですかぁ?」

 姫路さんが泣きそうな瞳をアタシに向ける。

「そりゃあ、メインヒロインに執着して女性FFF団をないがしろにしたのはウチらが完全に悪いわよ。けど、でも、でも……」

 島田さんは悔しそうに俯いた。

「別にそれが原因じゃないわ」

 アタシは3人の憶測を否定する。

「……じゃあ、一体何故?」

「アタシが迎撃しなければいけないのは吉井くんじゃないからよ」

 脳裏に真のラスボスのシルエット姿が思い浮かぶ。

「アタシの強敵(とも)が命を賭して戦っている。だからアタシも命を張って戦わないといけないの」

 美紀の姿が思い浮かぶ。

「優子ちゃんは私たちを見捨てるんですかぁ?」

「そうよそうよ! ウチらよりその強敵(とも)や迫り来る魔の手の方が大事なの?」

 姫路さんはポロポロと涙を流し、島田さんは鋭い表情でアタシを睨む。

「……優子、お願いだから私たちに力を貸して」

 代表が深々と頭を下げた。

 3人の必死の思いが見て取れた。

 そんな3人を見てアタシは……

「総指揮官には高橋先生に就任してもらうようにアタシから頼んでおくわ。先生なら女子生徒をまとめるのは勿論のこと、先生方さえも統括できる。代表たちも安心して指示に従えば良いわ」

 とても“合理的”な解決策を提示した。

「た、確かに高橋先生に出て来てもらえれば私たちも安心ですけど……」

「その、木下さんは一緒に戦ってはくれないわけ……?」

 驚き役のぎこちない反応。

 そう。この提案で事態は楽に乗り切れるかもしれない。けれど、アタシは高橋先生に仕事を押し付けるだけで何もしない。

 つまり、姫路さんたちが思い描いていた共闘とはまるで違う解決法の提示したのだ。

「……わかった。高橋先生への交渉をお願い」

 代表はアタシの提案を受け入れた。

 けれど、その瞳はとても寂しそうだった。

「……お願いしますね、優子ちゃん」

「……これで今日の覗きは100%阻止できるわね」

 姫路さんも島田さんも心にポッカリ穴が空いたような空虚な表情を浮かべている。

 3人にそんな表情をさせたのはアタシ。

「女子風呂防衛が上手くいくことを願っているわ」

 けれど、今のアタシには吉井くんよりも葉月ちゃんを阻止する方が重要だった。

 女性FFF団よりも美紀の心意気に応えることの方が大事だった。

 アタシはそれ以上3人には声を掛けずに、先生たちが宿泊しているフロアに向かってゆっくりと歩き出した。

 

 

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「なっ、何なのよ、この本はぁあああああぁっ!?」

 初めて読んだ同人誌、しかも同級生を題材にしたBL18禁モノにアタシは大きなカルチャーショックを受けた。

 美紀が誰もいない所が良いということで旧校舎の教材置き場まで来たけれど、その意味がよくわかった。

 その本は中身を見たら叫ばずにいられないものだった。

 だって、1P目から男同士があんなことやそんなことを淫らに淫靡に肉体的接触を繰り広げているのだから。

「お気に召してもらいましたか?」

 ニコニコしている女子生徒。

「お気に召したかって、こんな破廉恥な本を高校生が読むなんて……」

 『ダメに決まってる』と言いたかった。

 けれど、言えなかった。

 アタシはその同人誌なる本に惹き付けられていた。

 男同士が繰り広げる欲望と愛の物語から目を離せなかった。

 気が付けば一回も目を離すことなく全部を読み通していた。

「面白かったですか?」

 本を閉じたアタシに女子生徒が尋ねた。

「お、面白かったわよ。倫理的には認め難いけれど」

 非道徳的ではあったけれど、これまでの人生で文句なしに最も面白い漫画であることは間違いなかった。

「やはり私の目に間違いはなかったみたいですね」

「どんな目よ?」

「木下さんにはBL、しかも『雄二×明久』の才能があるんですっ!」

「どんな才能よ、それはっ!?」

 大声を上げてしまう。

 お下げの少女の言葉の意味がわからない。

「普通の人は、この本の表紙を見たら中身を開いてみるような真似はしません。でも、木下さんは最後まで読みきり、面白いと認めた。これは木下さんが私と同じBL魂を宿しているからに他なりません!」

 少女の口調は熱かった。

「それから、漫画に登場していたこの2人、木下さんは本当に見覚えがありませんか?」

「そう言えばさっきの体育の時間中、視界の中にずっと入っていたような?」

 別に目的があって体育の授業を見ていた訳じゃない。

 ただ、授業に集中できなかったから。

 けれど授業中に喧嘩しては先生に怒られている2人組が度々視界に映っていたことは確かだった。

「やはり木下さんは私が同人誌を見せる前に、既に吉井くんと坂本くんにBLの匂いを嗅ぎ付けていたのです」

「そんな匂いを嗅ぎつけたくないんだけど……」

 額から冷や汗が流れる。

「何を言っているんですか? リアル男子のBLを嗅ぎ分ける。これはごく限られた者しか持ち得ない天賦の才能ですよ!」

「天賦の……才能」

 天賦の才。

 その言葉を聞いてアタシの胸は高鳴り、熱を帯び始めた。

「そうです。天賦の才なんです。それを今から証明してみせますよ」

 お下げ少女の瞳が燃えている。

 

「木下さんは私が尋ねたことの答えを想像だけしてくれれば良いです」

「わかったわ」

「坂本くんが吉井くんの家に泊まりにいきました。さて、夜に2人に起きること何でしょうか?」

「そんなの高校生の男同士で泊まってるのだから、ゲームしたりとかエッチな本を見たりとか……ちょ、ちょっと待って!?」

 言葉とは全く異なる像が頭の中に浮かび上がる。

 その光景とは、先ほど見た同人誌と同じ、ううん、それ以上に熱い愛の夜を過ごす2人の姿だった。

「男同士でそんなことは可能なのぉっ!?」

 エッチな本や映画を見て来なかったアタシには想像できない筈の具体性を持った激しい愛の形を見せる2人。

 何でそんなイメージ映像が急に浮かび上がって来るのかわからない。でも、鮮明に浮かび上がってしまった。

「じゃあ次です。メガネを掛けた真面目で有名な男子生徒会長が、華奢で気弱な下級生男子生徒を放課後の生徒会室に呼び出しました。何が起きるでしょうか?」

「そりゃあ、生徒会の長なんだから生活態度や部活動のことで呼び出……ええぇっ? 生徒会長が男子学生を縄で縛って鬼畜な行為を働いているっ!?」

アタシの脳内でメガネ生徒会長はサディスティックに男子学生を言葉と物理的手段で傷つけ、責め、冷酷な瞳で見下していた。

 しかも生徒会長は表情には全く出そうとしないが、男子生徒をいたぶることに愉悦を覚えていた。

 何故、こんな光景が思い浮かぶの?

「最後の質問です。男子高校生が4人で海に来ました。さて、どうなるでしょうか?」

「寂しく男だけで海に来たんだからやっぱり女の子をナンパ……えっ? 男同士でダブルデートなの? ううん、ダブルデートの体裁を装って、1人の男が3人を誘っているっ!?」

 女顔をした小悪魔っぽい少年は言葉巧みに1人ずつ岩場の陰に呼び出しては関係を結んでいった。

 そのせいでダブルデートの筈が夕日が暮れる頃には一行はギクシャクした関係に。

 小悪魔少年だけが自分の欲望を果たしてすっきりとした表情を浮かべていた。

「やはり先ほどの同人誌で木下さんのBL回路が開いた(トレース・オン)したようですね。しかも、目覚めたばかりでこの強大な適応力。魔法使いクラスのBL力です」

「魔法使いクラスのBL力……」

 言葉の意味はよくわからないけれど、とにかく凄いということはわかった。

「そのBL力を弛まずに私と共に鍛錬し続ければ木下さんは歴史に名を残すBLマスターになれますよ」

「ふ〜ん」

 あんまり興味のない素振りを示す。

 けれど、お下げ少女の言葉は燻り燃え尽きてしまった筈のアタシの心に再び火を付け始めていた。

 

「でも、アタシに才能があるって言うのなら、他の人にも確かめていけばもっと凄い才能を持った人にも出会えるんじゃないの?」

「BLの才能があるかなんて一々確かめていたら、一般人に迫害、虐待されますよ!」

 お下げ少女は大声を上げた。

「BLは魔女と同じ。一般人にバレれば迫害が待っています。だからBL道は決して他人に悟られてはいけない忍びの道なんです」

「でも、あなたはアタシの所に尋ねに来たじゃない?」

「それは木下さんから強大なBL力を感じ取ったからです。BL力を持つ者は互いに惹かれ合うものなんです」

「ふ〜ん」

 運命みたいなものを強く感じさせる話だった。

 これからアタシが出会う強敵(とも)たちもBL力を有しているということか。

「けれど、先ほども言いました通りBLは忍びの道です。同好の士とも人前ではBL談義もできません。その生き方が嫌なら早期にBLは封印してしまわなければなりません」

 少女の瞳をジッと見る。

「忍びの道って具体的には何なの?」

「普段は一般人としてBLをひた隠し、同好の士の前でだけそのやおい才能を発揮する。そういう二重的な生活のことです」

「つまり普段は優等生を続け、一般人の目がない所でBL才能を開花させれば良いのね。なるほど、面白いじゃないの」

 言いながら凄い心が燃え上がっていく。

 こんな高揚心、高校に入学して以来始めてのことだった。

「木下さんはそんな負い目を感じなければいけない様な生き方が辛くないのですか?」

 お下げの少女が目を丸くして驚いている。

 対してアタシは背を反らし胸を叩いて応えてみせた。

「ただの優等生の生き方に飽きていた所なのよ。だから学校でもBLでも超一流になってみせる。難易度が上がるぐらいが丁度良いじゃない」

 学業でトップになれないと嘆いていたのに、そこに更にBLの頂点を目指す目標を追加する。

 目標の立て方としては無茶苦茶なのは自分でもわかってる。

 でも、アタシの心は今最高に熱く燃え上がっていた。

 生きてるって感じを久しぶりに思い出した。

 そしてアタシに生を思い出させてくれたのは他ならぬ目の前の子だった。

「あのさあ……」

「はい、何でしょうか?」

 今更こんなことを聞くのは恥ずかしい。

 でも、聞いておかない訳にはいかなかった。

「あなたの、名前は何て言うの? 実はアタシ、クラスメイトの名前も全然覚えてなくて……」

「ああ、そうだったんですか。そう言えば自己紹介がまだでしたね」

 少女はアタシの無礼を責めなかった。

 それどころか丁寧に背を正して名前を教えてくれた。

「私の名前は玉野美紀と言います。よろしくお願いしますね、木下優子さん」

 軽く頭を下げながらニッコリと微笑む美紀。

「こちらこそよろしくお願いするわね、玉野さん」

 アタシも頭を下げながら微笑んでみせる。

 それはアタシが文月学園に入って初めて強敵(とも)が出来た記念すべき瞬間だった。

 

 

 

 

 続く

 

 

 

説明
”にっ”6話より派生作品。
アニメも良いですが、原作も読んでくださるともっと良いですね。
アニメと原作では方向性が違う作品となっています。
アニメには出てこない原作キャラ玉野美紀さん。とても良いキャラですよ。


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コメント
ドッペルゲンガー様へ 世間様の中で生きていこうとしていた当時の彼女たちには修羅の道は歩めなかったのです。世界が違って見えること。研究者としては有利なんですが、社会一般では生き難い能力です(枡久野恭(ますくのきょー))
イヤイヤ、BLの道はもはや忍ぶ道ではなく、修羅道でしょう?戦国時代は修道とか言っていたし(笑)。取りあえず、腐女子の目には特殊なフィルターがかかっていることが理解できました。(ドッペルゲンガー)
天使 響様へ 副題に関してはまさにその通りですね。バカテスってラノベの中ではかなり例外的に、キャラの過去を語らずに進行される小説だと思います。それだけ各キャラの情報提示の仕方がうまいということなのだと思いますが(枡久野恭(ますくのきょー))
今回の副題は『〜腐女子、木下優子誕生〜』かなw(天使 響)
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