郷愁・強襲・共修中!完成版:其之壱 |
歴史とは、一つの即興劇である。
脚本はなく、各々が最善とする行為が即ち演技。
喜劇とするも悲劇とするも、役者次第。
世に生きる命全てが役者であり、端役脇役は決しておらず、誰もが主人公たる可能性を秘めている。
時に喜び、時に怒り、時に哀しみ、時に楽しむ。
その全てを纏めて初めて、人生という脚本は完成する。
――――――そう、『正史においては』。
それは、実に突然の出来事だった。
『一刀(御主人様)の様子がおかしい?』
帝都―――否、今となっては天都と言い換えるべきか、洛陽は玉座の間において、三国の王達はそれぞれ眉間に皺を寄せ、頓狂な声を上げた。
三人の視線の焦点にいたのは、ふんだんにフリルの盛り込まれたメイド服に身を包んだ、小さな二つの影。
北郷一刀の補佐兼女中、月と詠、その人であった。
「はい、その……最近の御主人様、どこか上の空と言いますか」
「今朝も、僕達が起こしに行く前に起きて仕事してた事自体はいいんだけど、少し経つとすぐに筆を止めて、窓の外をぼけーっと、ね……落ち着きがないと言うか、その割には嫌に落ち着いてるというか」
「……それって、どういう事?」
「何て言ったらいいのか、自分でも解んないのよ。……取りあえず、ついて来て。説明するより、今のアイツを見た法が早いわ」
「そう……なら、早速行きましょう」
と、言う訳で、五人は連れだって一刀の執務室へと向かったのだが―――――
パラ、パラ……
「……普通に仕事してるじゃない」
「今の所は、そんな様子は見られないけれど?」
サラサラサラ……
「そのうち解るわよ、いいから黙って見てなさい」
「詠ちゃん、声を抑えて。御主人様に気付かれちゃうよ」
「あの、そもそも覗き見なんてしない方がいいんじゃ……」
執務室の前、ほんの僅かに扉を開いて覗き込む縦一列の5組の双眸の先で、一刀は黙々とデスクワークに励んでいた。
竹簡を捲り、目を通し、筆を走らせ、印を押し、ひたすらその繰り返し。
何てことのない、普段通りの光景であった。
―――――の、だが。
「―――ふぅ」
『?』
その一つの嘆息が、合図だった。
ふいに止まる両手。
筆を傍らに置き、椅子の背凭れに身体を預け、虚空へ向いていた視線はやがて、ぼんやりと窓の外へ。
位置関係から表情こそ窺えないものの、その背中は何処か無気力すら感じさせる。
寂寥のような、惜別のような、後悔のような、明瞭でこそないものの、間違いなく『負』に属する感情さえも。
「……確かに、あんな顔の一刀なんて見た事ないわね」
「でしょう?ここ最近、偶にだけど、ああいう顔を見せてくるのよ」
「身体の調子が悪い、って訳でもなさそうねぇ。顔色はむしろいい方だし」
「はい。先日、お風邪を召してしまってからは、体調には気をつけてらっしゃるみたいですし」
「どうしちゃったんだろう、御主人様……」
三者三様ならぬ、五者五様の率直な意見を述べる中、
ぼそりと、一刀が漏らした。
「…………沙耶」
『っ!!』
明らかに女性の名前であった。
まぁ、咄嗟にそんな言葉を耳にして平然としていられる程、彼女達は鈍くも寛容でもない訳で、
「かぁぁぁぁずぅぅぅぅとぉぉぉぉ!!!!」
「ご〜しゅ〜じ〜ん〜さ〜ま〜?」
「あ、アンタって男はああああああああ!!!!」
蹴破る扉。
憤怒の形相。
流石の一刀も驚愕と共に振り返り、
「っ!?は、え、何、どうしたの?」
『こんの、種馬あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』
「え、ちょ、な、ぶるあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――!!!!」
華琳、桃香、詠のクリティカルヒットにより、種馬の残機1つロスト。
窓を突き抜け、ドップラー効果&錐揉み回転と共に描く鮮やかな放物線は、審査員がいたならば全員が10点札を上げていた事だろう。
「あっはっはっはっは!!最っ高、もう堪んない!!」
「雪蓮さん、悪いですよ。そんなに笑っちゃ」
飛び込んで行った三人を見ながら抱腹絶倒する雪蓮と、彼女をそっと窘める月。
「そんな事言ったって、ねぇ!!ふぅ、ふぅ……で、月は参加しなくてもよかったの?」
「あ、えと、御主人様は魅力的な方ですし、その……」
「ん?」
「……私と二人きりの時は、私だけの御主人様ですから」
「はいはい、御馳走様。月は健気で可愛いわねぇ♪」
「へぅ……」
からかい口調のまま、雪蓮はス○ンドを背負った三人と吹き飛んで行った一刀の方を見て、
「―――あら、そう言えば、」
ふと思う、当然の疑問。
―――――『沙耶』って、誰の事かしら?
それから数日。
この騒ぎをのちに耳にした恋姫達は一様に思った。
『また種馬か』と。
が、しかしである。
城や各陣営の関係者に『沙耶』という名の人物はおらず、
そもそも、多忙極まりない日々を送っている彼が、新たな出会いなどに現を抜かしている暇などあるはずもないのだ。
その事実に気付き、改めて生まれる疑問と、新たな疑問。
『一刀の変化の理由は?』
『沙耶とは一体誰なのか?』
執務中も、警邏中も、近頃は会議中でさえ見え始めた些細な、しかし確かな変化。
やがて、ふと凪が思い出したように言う。
「そう言えば以前、一刀様がおっしゃってたんですが―――」
それが、彼には天に残してきた『妹』がいるという事。
ここで、一つの推論が生まれた。
その『妹』の名前が『沙耶』なのではないか。
そして、その推論から生まれる一つの可能性。
つまり、それは―――
「それは多分、『懐郷病』だろうな」
後日。場所は再び洛陽は玉座の間。
いつものように三国の代表が集まっての会議の後、一刀が部屋に下がるのを確認してからの事。
偶々近辺に来ているとの情報を得、事情を話して来てもらった華佗の言葉に、再び集まった恋姫達は思い出したように顔を上げた。
「それって、ひょっとしてこの前の美以ちゃん達と同じ、あれなんじゃ?」
「あぁ、そう言えば一時的に帰ったんだったな。話は聞いている」
首肯する一同に、華佗は説明を続ける。
「だったら、話は早いな。その美以達の帰郷が切欠だったんじゃないか?」
思い返してみれば、一刀の様子がおかしくなり始めたのは、その頃からだったように思えた。
「華陀。貴方の鍼で、なんとかならないものだろうか?」
「病魔が相手なら、俺の五斗米道でどうにでもなるが、懐郷病は心の問題だからな……明確な特効薬や治療法があるわけじゃない」
「どうすればいいんですか?」
「一番いいのは知っての通り、一時的にでも『帰る事』なんだが、な……」
苦笑する華陀に黙り込む皆。
確かに一度帰って以来、美以達の体調はすこぶる快調であった。
むしろ、以前にも増して騒いでは周囲に笑顔と、結構な迷惑を振りまいていたりもする。
つまり、帰郷の効果は既に承知なのだ。
しかし彼の、北郷一刀の故郷は、
「『天』に帰る方法って、あるのかなぁ……?」
思わず漏れた桃香の呟きに皆、閉口してしまう。
『天の御遣い』そもそもが管輅の占いという、信憑性に欠けた存在。
その『天』に達する術など、どうして知る事が出来ようか。
(それに―――)
皆の脳裏に過る、一抹の不安。
もし、帰る術があったとして、そして彼が帰ったとして、『此処に戻ってきてくれる保証』はあるのだろうか?
懐郷病。即ち、故郷を懐かしむ病。
それは『帰りたい』という願望とも捉えられる。
そう、捉えられてしまう。
それは、考えたくもないが、もしかすると、
―――北郷一刀は、この世界よりも、自分達よりも、『天』の世界を選んでしまうのではないか。
「他に、治す方法はないんですか?」
「そもそも、完治するものじゃないからな。時間が解決してくれるのを待つしかないだろう」
縋るような問いに返って来たのは、あまりに無慈悲な答えだった。
解っていたとしても、それはあまりに受け入れ難い事実で、
「皆、そんな顔をしないでくれ。俺だって、あんな顔をしている一刀を放っておく積もりはないさ」
「……華佗」
「『懐郷病』という名前がつけられたという事は、その病に罹った人がいたという事。そして、それを克服した方法があるという事だ。俺だって、怪我や病気で故郷に戻れずにいたり、仕事の都合で家族と離れて暮らしていたり、そんな患者も何人かは診てきてる。『確実』とは言えないが、やはり心の問題は誠心誠意、時間をかけても真っ向から話を聞くしかないだろう」
ここでの華佗はその経験から語っているが、現代医学においても医者とのカウンセリングは懐郷病に対する、非常にメジャーな対策とされている。
「他には、そうだな……それを忘れるくらいに熱中できるものでも見つけられればいいんだが」
「熱中、できるもの、ですか……」
「あぁ。一刀がこの大陸にやってきてから今まで、こういった症状は見られなかったんだろう?」
再び、一同がうなずくのを確認して、
「こう言ってはなんだが、群雄割拠の世が終わって、少しはそういう事を考えられる余裕が出来たのも、切欠の一つじゃないかと俺は思う。それまでは、故郷の事を思い出す事はあっても、ゆっくり考えられる暇はなかったんだろうさ」
その言葉に思う所があったのか、恋姫達はそれぞれに思いを巡らせ、言葉を交わし合い始めた。
こうして、北郷一刀の懐郷病を治すための、恋姫達の奔走が始まったのだが―――――
それから数日。
ゆっくりと竹簡を捲る音。
さらさらと筆が走る音。
間違えた箇所を削る音。
最後に印を押す音。
延々と続くそれは、この部屋において当然のもので、
「はぁ……」
しかしそれは近頃においてのみ、少々異なっていた。
溜息と共に止まる作業。
肩は力無く落ち、視線はやはり窓の外へ。
これがここ最近の彼、北郷一刀の執務態度の変化だった。
夜は寝付きが悪く、そのせいか普段よりも早く目が覚め、仕事に集中しようとはするものの、やはり途中で手を止めてしまう。
「どうしたもんかな……?」
苦笑。
その声もまた、決して優れてはいない。
何とかしたいとは思うが、
「何とかなるもんじゃ、ないんだよなぁ……」
このままでいいとは思っていない。
こうしている間にも、自分がこなさなければならない仕事は増えているのだ。
立場に伴う義務は、その高さに比例し強く、重くなっていく。
例えその実が神輿であろうとも、それが一国の、大陸の頂点ともなれば。
想像の域を出なかった『この現実』に直面したばかりの頃は、流石に躊躇いを隠しきれなかった。
「『なかった』って思えるって事は、それなりに成長出来たって思っていいのかな……」
あぁ、いけない。
独り言が増えるのはよくない兆候だ。
こういう時、いつもなら実に精神的な(時には肉体言語な)ツッコミが傍らから飛んできて諫めてくれるのだけれど、
「……今日は、ずいぶん遅いな」
これは、非常に珍しい事だった。
とうにいつもの二人―――月と詠が来る時間は過ぎているにも関わらず、未だに執務室の扉はノックの音一つ響かせない。
詠にあの『不幸症候群』でも訪れたのか、と邪推したりもしたが、それなら月だけでも顔を見せに来るはずである。
二人揃って、体調でも崩してしまったのだろうか?
「……休憩がてら、様子見にでも行ってみるかな?」
椅子から腰を持ち上げ、いざ部屋を出ようとして、
―――――ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!
「……ん?」
実に、嫌な予感がした。
扉越しに聞こえる大声は確実に、こちらに近づいて来ていた。
続いて耳朶を擽るのは『ドドドドドド!!』と言わんばかりの、地鳴りのような足音。
やがて訪れるであろう恐怖に身を竦ませようとして、
ほんごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
バッキャァァァァァァァァァン!!!!
ぶるぁっはああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
……え〜、解らなかった方に説明しよう。
上記の三行の内、一行目が『春蘭の雄叫び』。
二行目が『春蘭が雄叫びと共に執務室の扉を蹴破った音』
そして三行目が『蹴破られた扉と共に吹っ飛んで行った一刀の悲鳴』である。
「……む?北郷、おらんのか?」
「あ、が……しゅ、春蘭?」
「なんだ、いるではないか。そんな所で寝ているとは、ひどい寝相だな」
「いや、今君が扉ごと蹴っ飛ばしたんだって……」
「? まぁいい、行くぞ」
言うや否や春蘭は一刀の首根っこを鷲掴みし、
「え、ちょ、え、何、何の用?」
「いいから来いっ、お前の為だ!!」
「だから何の用で、って―――――のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
―――――で。
……あの〜、春蘭さん?
―――――なんだ?
何故に俺は修練場で模擬刀なんぞ持たされているのでせう?
―――――ここが修練場だからだ。
まぁそうだね、ここで別に模擬刀を持ってる事自体はおかしくないんだけど、俺が訊いてるのはそこじゃなくて。
―――――なんだ、言いたい事があるならはっきりと言え。
いやね、だから……何故に、俺はここに連れて来られたの?
―――――お前を鍛える為だ。
うんそうだね、修練場に連れて来られた時点で多分そうなんだろうなぁとは思ってたんだけど、俺は訊いてるのはそこでもなくて。
―――――だから、何だ!?はっきり言ってみせろ!!
だから……なんで、俺は鍛えられなきゃならないのさ?
―――――お前が弱いからだ!!
いや、確かに皆に比べれば全然弱いけどさ、それって今に始まった事じゃないでしょ!?
―――――ええい、五月蠅い!!いいから黙って構えろ!!
いや、理由くらい説明してくれても―――ってちょっ、それ七星餓狼じゃん!?しかも本気で襲いかかってきてない!?
―――――鍛錬なんだから当然だろう!!そらっ、少しは反撃してみせろ!!
無茶言うなって!!って、おわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
―――――で。
「―――姉者にしては、よく考えたと思ったんだがな」
嘆息と共に、私は二人から一歩離れた所で呟いた。
『それ(懐郷病)を忘れるくらいに熱中できるものを見つける事』。
そんな華佗の言葉を一晩かけて、姉者なりに解釈しての結論が、『鍛錬に夢中になっていれば他の事など考えなくなるだろう』というものだったらしい。
割と理にかなっているように思えたので、その時は私も強く止めようとは思わなかった。
……が、やはり一抹の不安は拭い切れなかった訳で。
「やはり、こうなったか……」
私が諦観と呆然の視線を向けた先では、
「なんだ、もう終わりか北郷!!だらしないぞ!!」
「も、もう勘弁して下さい…………」
修練場のど真ん中、ボロ雑巾の如くメッタメタにされた一刀(だったもの)が転がっており、
「追いかけまわす内に、目的を忘れてしまったか……」
あまりに予想通りの結果に苦笑を浮かべ、仲裁と手当の為に、私は傷だらけの一刀に手を差し伸べるのだった。
―――――で。
「酷い目にあった……あそこで秋蘭が止めてくれなかったら、骨の1本2本は逝ってたな……」
何処か歪んだ笑顔を浮かべながら、一刀は執務を再開する為に自室へと急いでいた。
別に、今の仕事が取り立て急ぎの用件という訳ではない。
故に、彼自身がそこまで時間を短縮する必要はないのだが、
(……『何かしていたい』って思ってる時点で、重症なんだろうな)
自分で自分に、今日何度目かも解らない苦笑。
自覚がある分、余計に性質が悪いというか、何というか。
「―――あ〜、駄目だ。一度考え出すと悪い方向にばっかり行くな。早い所、仕事に戻ろう」
そう言ってかぶりを振り、辿り着いた自室の扉を開くと、
「あ〜、やっと帰って来たのだ〜!!」
「もぅ、兄ちゃん待ちくたびれたよ〜!!」
「……へ?」
聞き間違えようのない、元気溌剌な声の先にいたのは、やはり予想通りの二人で、
「鈴々、季衣。どうしたんだ、二人してこんな早くに?」
「あ〜、アニキ?あたいもいるよ〜?」
「……あぁ、猪々子も」
二人に気を取られ過ぎて気付かなかったらしい。
で、質問の答えは、と言うと、
「お兄ちゃんを待ってたのだ」
「俺を?」
「うん。兄ちゃん、お昼はまだ食べてないよね?」
「あぁ、まだだけど」
「よっし、そいじゃ早速行くか!!まずはラーメンからだな!!」
「へ?いや、俺は仕事が―――」
「それなら大丈夫なのだ!!朱里から『連れてってもいい』って言われてるのだ!!」
「は!?それってどういう―――」
「あぁ、もう!!兄ちゃん、いいから行くよ!?」
「ちょ、事情くらい聴かせてくれても―――って、おわあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………………」
―――――で。
とある大通りの老舗では、
『着いたぜ、ここのラーメンが絶品なんだ!!』
『そうなのか……んじゃ、俺はもやしとネギ多めに乗っけて』
『おじちゃん、鈴々は全部乗せなのだ!!大盛りで!!』
『僕も全部乗せ!!当然大盛り!!』
はたまた喧騒飛び交う食堂では、
『次はここ!!ここの点心がアツアツでじゅわ〜ってしてて美味しいんだ!!』
『じゅわ〜?……おっ、ほふほふっ、っあ〜、肉汁の事か。確かに美味い』
『はむはむはむはむ、ぱくぱくぱくぱく―――っん、んぐっ、ん〜〜〜っ!!』
『あ〜あ〜、一気に食うからだって、鈴々。ほれ、水』
そんでもって皆が立ち寄る屋台では、
『ここなのだ!!お饅頭だったらここが一番なのだ!!』
『えっとね〜、僕は肉まんと餡まんと角煮まんを20個ずつで!!』
『にじゅ……あ〜、俺は肉まん1個でいいです、ハイ』
『なぁに遠慮してんだよ、アニキ。もっと食いなって』
『いや、そろそろ財布の中が……』
『大丈夫なのだ!!今日は鈴々達がお兄ちゃんに奢ってあげるのだ!!』
『……は?何で?』
『? お兄ちゃん、病気なんでしょ?』
『俺が?病気?』
『だああああああああああああああああ、鈴々!!それ以上言うな!!』
『ん、んむぅ!?』
『ほらっ、アニキにはいつも麗羽様の事で色々迷惑かけちまってるしさ!!』
『そ、そうそう!!それに兄ちゃん、いっつも部屋の中で難しい仕事ばっかりでしょ?偶には外に出ないと、身体に悪いって意味だよ!!』
『あ〜、まぁ確かに、最近あんまり外出してなかったような……』
『だからさ、ほら!!遠慮せずに食べろって!!まだまだおススメの店は沢山あんだからさ!!』
『いや、金銭面はそれでいいとしても、俺の容量的な意味でもこれ以上は―――もごっ!?ふぉら、無理矢理口に突っ込むなって!!』
……とまぁ、ここまでで彼女達の真意は理解してもらえたと思う。
要は人間の三大欲求の一つ、食欲を満足させて気分転換させようという訳だ。
あながち悪い方法ではないし、理にかなっていなくもないのだが、この作戦には致命的な欠点が一つ。
先述の通り、一刀はそれほど大食漢ではなく、対してこの三人の食欲は人一倍どころではない。
そして、これもまた予想通りだとは思うが、彼女達は先の春蘭と同じく『そこまで思考回路の発達していない部類』な訳で、早い話が『割と簡単に当初の目的を忘れる鳥頭』な訳で、そんで見ているだけでも食欲を失せさせる彼女達の摂取量を目の当たりにしながら何軒も梯子していけば、彼の食欲がもつはずもない訳で―――――
「うっぷ……三人に釣られて食い過ぎた。ラッパのマークのアレが欲しい……」
そういや胃薬ってこの時代にもあるんだろうか、とか考えつつも、一刀は重い足取りで中庭へと向かう。
最初は部屋に戻り、午後は執務の続きに充てようと思っていたのだが、
「『今日は一日、仕事の事は忘れて下さい』だもんなぁ……」
机の上の竹簡は何時の間にやら全て運び出されており、残された一枚に申し訳程度に書かれていたその一行は、紛れもなく朱里のものだった。
「まぁ、最近仕事の量を増やしてたのは事実だし、また体調崩すわけにもいかないか。……でもなぁ」
堂々巡り、いたちごっこの思考回路を遮断しようとまたかぶりを振って、しかしそれでもこの頭はそれを忘れてはくれない。
晴れ渡ったこの空さえ陰鬱に見えてきそうな、そんな気さえする曇天の心模様。
「はぁ」
「あぁ、いたいた―――って、本当に景気悪い溜息ついてんな……大丈夫かよ、御主人様?」
「やっほ〜!!御主人様、元気してる〜!?」
「ん?……おぉ、翠に蒲公英じゃないか」
振り返った先にいたのは、逞しい馬身を背後に連れた西涼の馬姉妹であった。
「二人して、皆のブラッシング?」
「それ、確か毛繕いの事だったよな?そうだよ、これから近くの河原まで」
「なんだったら、御主人様も一緒に来る?私と、お姉様と、御主人様の3人に3頭で、頭数もぴったりだし」
「ん〜……そうだな。時間も空いてるし、付き合わせてもらおうかな」
手持無沙汰から逃れられるというのと、ぼんやりとした記憶しかないが、動物に触れることは精神的にも非常にいいと昔、テレビか何かでやっていた気がする。
で、いざ河原まで行ってみると―――――
「うわぁ…………」
「これは何というか…………」
「大所帯?」
『それだ』
蒲公英の表現に妙に納得がいった気がして、思わず二人の声がハモる。
辿り着いた河原、そこに広がっていた光景は、
「なんか、無茶苦茶和むなぁ…………」
正に、肉球の山だった。
「ふにゃぁ……」
「みぅぅぅ……」
「にゅぅぅ……」
「ふみぃぃ……」
「むにゅ、恋殿ぉ……」
実に気持ちよさそうな声をあげつつ眠る美以達南蛮兵含め、大勢の犬猫達(+ねね)のど真ん中で頭や喉を撫でたりしているのは、
「恋。お前、大丈夫なのか?」
「…………(こくる)みんな、おとなしい」
「寝てる時は、でしょ?」
恋の話を訊くに、散歩のついで立ち寄って水浴びしてたら疲れてそのまま、という何とも微笑ましい理由であった。
ねねまで混ざっているのは、美以達南蛮兵を引き剥がそうとして疲れて―――という事らしい。
そして、まぁ当然の如く、
「はわぁ…………♪」
「……みんめ〜い」
「はわわわわぁ…………♪」
「……駄目だこりゃ。完全にトリップしてる」
天国。究極。至福。至高。桃源郷。理想郷。ユートピア。パラディソ。アヴァロン。ティルダノーヴ―――――え、もういい、あっそう。
まぁ、こんな感じの表情を浮かべているとでも思ってて下さい。
「まぁいいや。恋、俺達はこっちで馬達の毛繕いしてるから」
「…………(こくり)」
―――――とまぁ、こんなやりとりから約半刻程経ちまして、
「ふぅ……こんなもんかな。どうだ、紫燕?」
「ヒィン」
若干滴る汗を拭いながらの問いに返るのは、気を許した優しい嘶き。
目映い陽光の下、艶やかな毛並みがふわりとそよ風に揺れる。
実に、満足のいく出来栄えだった。
「中々力仕事なんだよなぁ……その分、終わった後の達成感みたいなのもいいんだけど」
「へぇ、大分上手になったね、御主人様。紫燕も気持ちよさそう」
「ははっ、西涼出身の蒲公英にそう言ってもらえると、何か自信がつくな」
悪い気はしなかった。
むしろこみ上げてくるそれはまるで正反対のものであるはずで、
それでも、やはり消えてはくれない鉛色。
実に、実に嫌になる。
「はぁ……参ったな」
呟いた直後、
ヴェロンっ
「ぬわっ!?」
顔を真正面から舐め上げる大きな舌。
そして、
「ヒィン」
「……紫燕」
「……元気出せ、って言ってるんだよ。御主人様」
「翠」
「ほら、顔洗いなって」
「あ、あぁ……」
言われ、しゃがみ込んで川の水で顔を濯ぐ。
水滴を滴らせながら立ち上がると、蒲公英が手拭いを貸してくれた。
「はい、御主人様」
「有難う」
「前に、御主人様が言ってたんじゃないか。『馬は人の気持ちに敏感だ』って」
「そうか……そう言えば、そうだったな」
頭を撫で、鬣を梳いてやると、心地よさそうに身体を揺らす。
愛着さえ湧いてきそうな、心をふわりとさせる声。
それは―――――
『お兄ちゃんっ』
『一刀っ』
「…………」
今、解った気がした。
ペットを『ペット』と言うと憤慨する人物が偶にいるが、その人はきっとこういう感情を彼らに抱いているからなのだろう。
人間と愛玩動物は、言語の意味からして対等ではない。
しかし、彼らと人間を対等とする言葉が確かに存在する。
それは、
「―――なぁ、恋」
「…………なに、ごしゅじんさま?」
「この子たち皆、元々は野良だったんだよな?」
「…………(こくり)。皆、ご飯に困ってたから」
「養っていくのは、大変じゃなかったか?」
「…………大した事じゃない。皆、大事な『家族』だから」
「(はわっ、れ、恋さん!?)」
「(ちょっ、恋っ!?)」
「(恋姉様!?)」
それは、誰もが彼の前で口にする事を避けていた言葉。
そして、
「…………『家族』、か」
その声には自分でも、全くもって芯がなかったかのように思えた。
恋の周りで眠る子猫の一匹を抱き上げ、起こさないようにそっと、顔を埋めるように抱き締めた。
ほんのりと感じる、確かな鼓動と暖かさ。
しかし、
「…………ははっ」
実に、自嘲的な笑みであったと思う。
虚しくなるだけだった。
『ここまでだったか』と、改めて気付かされただけで。
「…………御主人様?」
「……有難うな、皆。大分、気分転換になったよ」
「あ、あの、一刀様?」
「ちょっと、その辺を散歩でもしてくるわ」
「あ、だったら私達も同行して―――」
―――――いいんだ。暫く、一人にしてくれ。
誰もが、口を閉じる他なかった。
さながら言霊のような強制力が、今の彼にはあった。
あの恋でさえ、声をかけるのを、手を伸ばすのを、躊躇う程に。
稀に、人一人には不相応な程に広く見える事すらある彼の背中が、
皆が寄り掛かり、追い掛ける、頼もしく、優しい背中が、
今は、悲愴感と孤独感で塗り潰されているように、彼女達には見えてしまっていた。
(あ〜あ……最低だな、俺)
そして、戸惑いを感じているのは彼もまた同様で、
(何を、やってるんだろうな……?)
心を許し、心を共にし、心から愛している彼女達を、
(当たってどうする……何か変わる訳でもなしに)
羨んでいる……否、妬んでさえいる自分がいる事が、信じられなかった。
そして、
「はぁ……」
「おいおい、随分景気の悪い溜息だな」
「え?」
聞こえた声。
直ぐ近く。
顔を上げた先、待っていたように腕を組みながら道端の木に寄り掛かっていたのは、
「よ。久し振りだな、一刀」
「……華佗」
「悩みがあるなら言ってみろ。そういうのも、天じゃ医者の仕事なんだろう?」
――――――同刻、洛陽は玉座の間にて。
「で、どうだったの?」
「皆それぞれ、思い思いに動いてはいるようだけど、今の所、結果は出てないみたいね」
「そう……まぁ、こんなに早く解決するなら、ここまで大きな問題にはなっていないか」
「それはそうですけど……」
「そういえば桃香、華佗はどうしたの?」
「あ、華佗さんでしたらさっき、御主人様とお話して来るって」
「そっか。まぁこの大陸で唯一、同性の対等な友人って言ったら彼くらいだし、何か切欠でも掴めればいいんだけど」
「その話なんだけれど、二人とも耳を貸してくれるかしら?」
「華琳さん、何か良い案でも浮かんだんですか?」
「至極単純、誰でも思いつくようなものよ。ただ、実現には貴方達の協力が不可欠なの。聞いてくれるかしら?」
「へぇ……いいわ、聞こうじゃない」
「はいっ!!是非、聞かせて下さい!!」
「有難う。それで、早速なのだけれど―――」
―――――貴方達、天の国の料理は、どれくらい知ってるかしら?
………………
「家族が恋しいか、一刀?」
あまりに唐突な質問に、驚愕を覚えざるを得なかった。
見れば隣の、後の世において神医とすら呼ばれる男は、何処か申し訳なさそうに頭を掻いて、言う。
「普通ならもっと遠まわしに訊くものなんだろうが、俺はそういうのは性に合わないからな、単刀直入に訊くぞ。一刀、お前は懐郷病じゃないか?」
「懐郷病、か……」
確か、ホームシックの同意語だ。
成程、今の自分を正確に表して―――
「いや、少し違うな……」
「……何?」
「天の事を、俺の故郷の事を考えてるって点では、確かに当たってる。……でもな、今の俺は『帰りたい』って思ってるわけじゃないんだ。それが、むしろ気持ち悪くてさ」
「……ちょっと待ってくれ。どういう意味だ?」
予想外の返答に、華佗は若干の混乱の体を示す。
紡がれる言葉も、何処か矛盾しているような。
「『帰りたい』と思ってない事が気持ち悪い?一刀、つまりお前は『帰りたい』と思っていないのか?」
「……あぁ、突然この大陸に放り込まれて、これだけ長い時間を過ごして尚、ね」
もう、何度目の苦笑だろうか?
そして、一刀は語りだす。
その胸の内。
そして、
―――気付いた、自分の中に存在する違和感の正体を。
なぁ、華佗。俺ってさ、天の御遣いとしてこの大陸に呼ばれたんだよな?
―――なんだ、いきなり?……まぁ、今の世間じゃ誰もがそう思っていると思うぞ?
俺自身はそう思っちゃいなかったし、今でもそれは変わらない。神代の奇跡なんて不可能だし、そもそもが一人の人間でしかない。……そんな俺なんかがさ、どうして選ばれたんだろう、って、今でも偶に思う。
―――……それで?
もし、『俺でなければならない理由』があったとして、それで『俺を選んだ人』がいたとして、その人が困る事って、何だと思う?難しく考えずに、単純に考えてみてくれないか?
―――……一刀が、何も成さずに終わってしまう事、か?
あぁ、俺もそう思う。死ぬか、帰るか、何らかの方法で、何かを成す前にこの大陸からいなくなる事。……じゃあさ、そうならない為には、どうすると思う?
―――そうならない、為に?
……なぁ、華佗。
―――……何だ?
人一人を異世界に飛ばす、そんな芸当が出来る奴がいたとするなら、さ……
―――――人の記憶を操る事が出来る奴がいたって、おかしくないと思わないか?
(続)
後書きです、ハイ。
え〜、第2回恋姫同人祭り参加作品『だった』……何度でも言うぞ、参加作品『だった』SSです。
はい、期間内に投稿できませんでした、ほんとスンマセンっす!!(ジャンピング土下座)
何というか、あまりに時間がなくて焦りに焦っていたんでしょうね、自分でも納得のいかない出来だったので書き直して、改めて短期集中投稿の短編として完成版を投稿する事にしました。
かなり俺流の解釈およびキャラ補正がかかってますが、それでも良ければ続きを待っていただけたらと思います。
『盲目』『蒼穹』を御待ちの皆さま、もう少しだけお時間を頂きたい。
それとなんですが、前に投稿した『未完成版』は敢えて残しておこうと思います。
俺がいつもSSを書く時は、
1、プロットを書き起こす。(この時点では殆ど箇条書き状態)
2、大まかな流れを下書きする。(5W1Hなどを細かく決める)
3、細かい表現や段落を入れ替えたりして清書。(コピペ全開。一番時間を割く作業)
とまぁ、こんな流れなんですが、『未完成版』は殆どこの『2、』の状態なんですね。
為になるかは解りませんが、『書いてみようかな?』なんて思ってる人の参考になれば、なんて思ってみたりしたので…………いや、実のところは『せっかく貰えたコメントや支援を消してしまうのが勿体ない』って所なんですけどww
さて、真面目に次回予告をば。
恋姫達の奔走は終わらない。次は誰が、どのような手で一刀を翻弄―――否、元気づけようとするのか?
そして、三人の王による策とは?(……まぁ、この辺は軽くネタバレしてしまいましたけどww)
そして、一刀が気付いた違和感の正体とは?
ほんの少しでも、楽しみにしていただけたらと思います。
では、次の更新でお会いしましょう。
でわでわノシ
…………う〜む、やはりう○い棒はコンポタに限るな。(30本入り徳用袋を貪りつつ執筆)
説明 | ||
投稿65作品目になりました。 第2回恋姫同人祭り参加作品『だった』作品です、ハイ。 リアルに忙殺され、期間内の投稿が間に合わなかったのと、完成度に自分で満足がいかなかった為、急遽書き直して投稿する事にしました。 既に一部が未完成版でネタバレされてますが、どうかお付き合いしてやってくれたらと思います、ハイ。 ……あ、ついでにこの場を借りて御報告が。 『瑚裏拉麺』第2回の参加者締め切り、来月中旬までとします。 まだ連絡してない方で参加希望の方、以下の内容をショトメで俺にご連絡下さい。 1、アバター名 2、アバターの特徴(参加経験有ならば『そのまま』でもおk) 3、好きな恋姫(最大3人まで) 4、食べたい料理(無茶ぶり、大いに結構) 5、好きな食材(単品料理や嗜好品でもよし。兎に角『食べられるもの』) 宜しくお願いします。 では、本編をどうぞ。 |
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コメント | ||
ウィンドさん、コメント有難うございます。鋭意執筆中ですので、今しばらくお待ちください。サラミも美味いですよねぇ……後はチーズも結構好きです。(峠崎丈二) 続きが気になりますぅううウウウウ あ、う○い棒はサラミ一択でb(ウィンド) patishinさん、コメント有難うございます。な、なんと、そこまで『盲目』を楽しみにして下さっていたとは……頑張らねばあああああああああああああああ!!!!(峠崎丈二) すいません・・・・盲目でないからと見ないじきがありました・・・今は後悔してる・・・おもしろいです(patishin) |
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