wo in one ハンターズムーン4「登校」 |
4 登校
「お昼、お弁当作っておいたから、ちゃんと食べてね」
「おう、ありがとう。それより双葉は、母さんに挨拶したのか」
「大丈夫、朝一にお線香あげたから、それよりもお父さんが、お母さんにお線香あげるの忘れないでね。それじゃあ行ってきます」
「おう、行ってこい。気を付けるんだぞ」
玄関で見送ってくれた秀明に、満面の笑みを返しながら家を出た双葉は、青空の下清々しい気分で歩みを進めていた。
この一週間、何度となく通った道だが、制服を着て歩いているとなんだか新鮮だ。都会から離れた高校の制服にしてはかなり可愛らしいく、きっとこんな田舎町でなければ制服だけで女生徒に人気が出るに違いない。なんでも、卒業生のファッションデザイナーが、学校のためにデザインしてくれた物らしい。
制服が届いた時、双葉も一目見て気に入ってしまった。しかし、今の双葉は短めのスカートが気になるのか、なんとなく居心地の悪そうな顔をしている。
「双葉は、可愛いって言ってたけどボクは照れくさいな……それに、これじゃ──」
「双葉は……」なにを訳のわからないことを一人でブツブツ言い始めたのだろう。まるで他人のことを話しているような言い方に加え先程と口調まで違っている。
その時、双葉の頭の中で眠そうな声が聞こえてきた。
《うっ……うう?ん……》
〈やっと起きたな。おはよう双葉〉
言葉に出さずに挨拶をする。そうそれは頭の中に向けての挨拶。これは双葉の頭の中だけで成立する会話だった。
いったいこれはどういうことなのだろう。もしや双葉は「解離性同一性障害」多重人格障害者なのだろうか?
ある意味正解であるが、ことはそんな簡単なものではなかった。
これは双葉の背負った運命──
16年前、秀明が理解できずに追いやってしまった過去──
父親にも話すことのできない双葉の背負った十字架──
茜の残した「二人は一人」の言葉通り、二つの魂が一つの体を共有している特殊体──
そう、双葉の中には姉〈一葉〉も一緒に存在しているのであった。
そして今まで体を動かしていたのは一葉だった。
《おはよ、一葉ちゃん……あれ、ここどこ?》
一葉の視界を借りて外の世界を見るとそこが自分の部屋でないことに気付いた。
《今何時! もしかして、もう登校してるの》
〈そんな慌てることないよ。ちゃんと間に合うように出てきてるから。それよりちゃんと寝られた? 昨日随分遅くまで起きてたみたいだもんね。全く、いくら登校初日だからって、緊張しすぎて寝られないとは……そのくらいで緊張してどうするんだよ〉
《だって……》
気弱な双葉の性格は、体を共有している一葉が一番よく知っている。だから、強くなって欲しいと思っているのだが、なかなか一葉の思っているようには行かない。しかも、双葉は登校していることを知るとさらに緊張の度合いを強めた。
〈もう、しっかりしなよ。双葉がニュートラルパーソンなんだから、ボクは助けてあげないからね〉
《そんなぁ……一葉ちゃんの意地悪。私、緊張しちゃってダメだよ》
二人は色々な場面で助け合って生きてきたが、戸籍上この体は双葉の名前になっているので、ニュートラルパーソンは双葉と決めていた。特に学校にいる時は勉強の嫌いな一葉は出てこようとしない。しかし、体育の授業となると話は別らしく、勉強は双葉、運動は一葉と言う役割分担が暗黙の了解となっている。
二人は体を共有しているにもかかわらず、性格は正反対で、一葉は明るく元気なのに対し双葉はしおらしく穏和だった。
そう考えると本来転校初日などクラスメイトの前に立つような場面は、一葉のほうが適している。しかし、学校でメインホストに立つのは双葉になるのだからそうも言っていられない。もし一葉が性格そのまま元気よく挨拶などしたらそれこそ話が複雑になってしまう。この一週間、散々二人で話し合った挙げ句、挨拶は双葉が受け持つと決まった。そうと決まっているからこそ緊張してしまうのだ。
こんな性格の違う二人が体を共有しているので、秀明も「今日は元気な双葉だな」と言ったのだろう。
《そうだ。それよりお母さんに挨拶できなかった。今日、命日なのに……》
〈ゴメン。あんまり気持ちよさそうに寝てたから起こさなかったんだ。でも、ボクがちゃんと双葉の分もお線香あげてきたよ。それより、お父さん今日がお母さんの命日だって忘れてたんだよ。ってことは、ボク達の誕生日も忘れてたってことでしょ。ちょっとヒドイよね〉
《違うよ。一葉ちゃん……お父さんが、お母さんのこと忘れるわけない。ちゃんと覚えてるんだよ》
繊細な双葉は、秀明の辛い気持ちを一葉よりもわかっているのかも知れない。今でも茜の写真を見つめる視線は、心から愛していると言っている。だから、まだ若い秀明が再婚もせず一人でいることを双葉は薄々感じていた。
〈そうか……そうだよね。お父さんがお母さんのこと忘れるわけないか。それより双葉、いつまでボクに任せておくつもり、いい加減替わるよ〉
《ええぇ。このままでいいのに、一葉ちゃんこのまま学校いこうよ。それで、慣れてきたら私もスポットに入るから》
話がそれていたので、このまま一葉に任せてしまおうと考えていたようだが、一葉はそんな考えなどお見通しと言ったように、一度奥に下がると双葉をスポットの中に押し出した。するとダークブルーだった瞳の色が、ダークグリーンに変化しパーソンチェンジが完成する。
パーソンチェンジとは体を使う人物、簡単に言えば運転手が替わると言うことだ。
双葉の心の中には一つの部屋があり、そこは薄暗い部屋で、中心にスポットライトのように光が差し込んでいる。その光の中に入った者、スポットに照らされた人格が、体を動かす「ホスト」になるのだ。しかも不思議なことに、同じ体を使っているても人格の影響は大きく。一葉が体を使っている時は、スポーツ万能なのに対し双葉では走るのも遅くなる。その逆に、双葉がスポットに立つ時は勉強が得意なのに、一葉の時は全然ダメと言った感じで、全く別の人物になってしまうのだ。
この差をうまく誤魔化しながら生活していかなければならないので、双葉がパーソナルパーソンとして、生活の殆どをスポットに立つ形を取っていた。
それではスポットに入っていない時はどうなるのだろう。
スポットに入っていないからと言って、別に寝ているわけではない。先程のように、片方が起きてと言う時もあるが、殆ど二人は一緒に生活を楽しんでいる。視界を通して外の世界も見られるし、短いパーソンチェンジをしながら一日を過ごしているのだ。しかし、このパーソンチェンジを行う時に、僅かに体の変化が起きてしまう。それが、瞳の色の変化であった。かなり深い色なので、人前でパーソンチェンジを行っても気が付かれたことは一度もなかったが、ジッと見つめられていたら、その僅かな変化に気が付く人も出てくるかも知れない。
二人は、こんな生活を16年間も続けているのだった。
こうして一葉は、双葉にさっさとホストを渡してしまった。スポットに押し込まれるような形になった双葉は、かなり動揺している様子だったが、学校は目と鼻の先、今更逃げることもできない。いや、一葉が一緒にいるのだから今逃げようとすれば、すかさずスポットから押し出され、最悪教室に入ったところでパーソンチェンジされる危険性だってある。それを考えるなら、素直に登校した方が得策だろう。
双葉は仕方なくトボトボと歩き出した。しかし、その歩き方から不満を抱えていることは一目でわかる。そんなことを知ってか一葉は嬉しそうに声をかけた。
〈えらいえらい。ちゃんと学校向かってるじゃん〉
《だって、今逃げたら一葉ちゃん、きっとヒドイことするもん》
〈人聞き悪いなぁ。ボクはヒドイことなんてしないよ。試練をあたえているだけ〉
楽しそうに笑う一葉の一言で決心がついた。もう行くしかない。だが、双葉は突然校門の前で立ち止まってしまった。しかし、それは緊張しているからではなく、目の前に建つ少し古めかしい校舎を見ているとなんだかとても懐かしい気持ちになったからである。
〈双葉、どうした? 大丈夫だから勇気出せ〉
《違うよ。ただ変な感じがするの……》
〈なに? どうかしたの?〉
《うん……でも、私の気のせいかも知れないし……》
〈だからなんなの! 言いたいことはちゃんと言えって、いつも言ってるでしょ〉
そう言われても歯切れの悪い双葉は、なかなか言葉にすることができないでいる。
《うん……笑わないでね。私この町に来てから、なんだか懐かしい気がしてならないの。学校もそうだけど町を歩いてても、前に見たことがあるような気がしちゃって》
〈なんだ。そんなことか。じゃあ、双葉も感じてたんだね。お母さんのこと〉
《お母さん?》
〈そっ、この町はね。お母さんの故郷なんだって〉
「えっ、そうなの。あっ……」
驚いて思わず声を上げてしまった。慌てて口を塞いだがもう遅い、校門で立ち止まっているだけでもかなり注目を浴びているのに突然声を上げたのだ。登校してきた生徒が不思議に双葉を見つめている。
双葉は、顔を赤くし俯きながらその場から逃げるように歩き出した。
〈もう、気を付けなよ。また変な目で見られちゃうよ〉
いくら頭の中で会話が成立していたとしても、端から見れば危ない女の子にしか見えない。今はそんなことはなくなってきたが、そのせいで小さい時はイジメられたこともある。
《それよりも、なんでそんなこと知ってるの?》
〈この前、双葉が寝てる時、お父さんが言ってた。私も、双葉と同じ感じがしてたんだ。でも、お父さんの話聞いてなんだか嬉しくなっちゃった。だって、お母さんを感じてるみたいじゃない〉
《そうだったんだ。ここがお母さんの故郷……それで懐かしい感じがするんだね》
まるで母親の思い出が、双葉達の心に眠っているような言い方だ。しかし、一つの体に二つの心を持ち合わせているのだ。母親の記憶が僅かに流れ込んでいたとしても不思議ではないのかも知れない。
母親を感じている喜びから緊張もほぐれ、双葉は暖かな気持ちを抱えて校舎に入っていった。そして、真新しい上履きに履き替えると靴を来客用の下駄箱に入れる。父親の仕事のせいで何度も転校をしているので、そこは慣れたものだ。そして、一度懐かしそうに校内を見回すと迷うことなく職員室へ向かうのだった。
* * *
担任の老教師、沖田((重蔵|しげぞう))と教壇に立った双葉は、心臓が飛び出してしまいそうになる程緊張していた。何度転校してもこの一時だけは慣れることはない。
《一葉ちゃん……私、やっぱりダメだよ……》
〈頑張れ双葉。ボクもついてるから〉
クラス中の視線が双葉に集中している。特に男子生徒の視線が集中していた。双葉自身は気が付いていないが、双葉はかなり美形であるため、転校するたびに男子生徒の注目の的になっている。
「えぇ、新しく本校に転校してきた本城双葉さんだ。まぁ、みんな仲良くやってください。それじゃあ、((宮上|みやがみ))さん。後をよろしく」
ホームルームの時間も終わっていないのに、沖田はクラス委員長の宮上((茉莉絵|まりえ))に任せて教室を出て行こうとした。あまりのことに双葉は呆気にとられてしまう。本来のパターンであれば、必ず自己紹介という儀式が行われるはずなのに、このままではそれも行われない雰囲気だ。
「ちょっと先生、待って下さいよ。席とかはどうするんですか」
茉莉絵の質問も当然のことだ。しかし、茉莉絵も慣れているのかあまり慌てた様子もない。
「それもみんな宮上さんに任せます」
「先生! 新しい生徒が来たんだから、少しはしっかりしたところを見せて下さいよ」
「なにを言っているのですか、老人をいたわるのが若い者の役目なのですよ。こんな老人に手間をかけさせてはいけません。それじゃあ、よろしくお願いしますね」
そう言って、沖田はさっさと教室を出て行ってしまった。意外な展開に双葉は呆然と沖田を見送り、一人教壇に取り残される形になってしまう。
〈意外な展開だね……双葉! 大丈夫か、双葉〉
意外すぎる展開に、双葉は対応しきれていない。完全に教壇の上で固まっている。
「もう、全くシゲジィはしょうがないなぁ。本城さん驚いたでしょ。あれ、本城さん大丈夫」
「えっ……は、はい、大丈夫です。驚きましたけど……」
驚いたことが幸いしたのか、人見知りの激しい双葉が茉莉絵の問いに、緊張もせず答えている。これは((瓢箪|ひょうたん))から駒だ。一葉は黙って双葉を観察することにした。
一葉が後ろで笑いを堪えていることも知らず、双葉は茉莉絵に質問を続ける。
「沖田先生って、いつもあんな感じなんですか」
「そうなんだよねぇ。だから、私が大変なの。ホームルームなんて殆どやらないんだから。困った先生でしょ」
大げさに肩をすくめながら「困ったもんだよ」と言う顔をする。その仕草が人なつっこくて可愛らしい。なんだか双葉も茉莉絵には直ぐに心を許せるような気がした。
「シゲジィのことはいいから。本城さん。俺、田中雅人っていいます。名前覚えてくれると嬉しいなぁ」
「本城さん。こいつスケベだから気を付けた方がいいよ。それより、俺、井部貴文って──」
そんな、二人の会話を中断させるように多くの男子生徒が割り込んできた。可愛らしい転校生を質問攻めにしようと言う魂胆だ。しかし、そんな男子生徒の魂胆など茉莉絵はお見通しと言ったように、双葉の前に立ちはだかると一喝して男子生徒の動きを止めた。
「ちょっと待ったぁ! 可愛い転校生が来たから、お近づきになりたいのはよ?くわかる。でも、もうちょっと待ちなさいよ。先ずは席に着いてから! さぁ、散った。散った」
根っからの姉御肌と言えばいいのだろうか、男子生徒達は茉莉絵の言うことに素直に従い道を開けた。
《宮上さんって凄いね。一葉ちゃんみたい》
〈ちょっと。ボクってあんな感じなの〉
《うん。なんだか頼りになるって感じがするもん》
双葉は表面上は黙って茉莉絵の後を着いていき席に案内された。
「本城さんの席はここ。神無月さん。本城さんのことよろしくね」
「は……はい……」
茉莉絵の案内した席は、窓際から一列中に入った一番後ろの席だった。そして、今紹介された神無月という女生徒は窓際の席に前後に並んでいた。
〈双子……〉
「前にいるのが、神無月((咲耶|さくや))ちゃん。それに妹の((知流|ちる))ちゃん。このクラスのマスコット的な存在かな。わかるでしょ。物静かで可愛いから」
茉莉絵が嬉しそうに紹介する先には、同じ顔が二つ並んでいた。髪の毛の長い物静かそうな可愛らしい女の子、一卵性双生児なのだろうまさにうり二つだ。違うところと言えば、瞳の色だけだろうか。これもよく見なければわからないが、姉の咲耶がダークブルーで、妹の知流がダークグリーンの瞳をしている。その他は全く区別がつかない。
〈私達と同じ瞳の色だね〉
《うん。もしかしてお母さんの親戚かな。私達って、お母さんにそっくりだってお父さん言ってるし》
やはり、同じ瞳の色が気になった。チャンスがあれば聞いてみればいいだろう。それよりも先ずは仲良くならなくてはいけない。
「本城双葉です。よろしくお願いします」
双葉が頭を下げると、咲耶と知流も同時に頭を下げた。その動きも頭を下げる角度まで一緒なところは双子ならではだ。
「咲耶と知流です……あの……よ、よろしくお願いします」
姉の咲耶が代表して挨拶する横で、知流がもう一度一緒に頭を下げた。その仕草を見ていると一葉はおかしくてたまらなかった。
〈くっくっく、なんだか双葉みたいだね〉
《えっ、私ってあんな感じなの》
〈うん。ちょっと頼りなさげなところとかね〉
そんなことを心の中で会話しながら双葉は席に着いた。と同時に男子生徒達が群がって来る。茉莉絵に言われたとおり、席に着くまで律儀に待っていたらしい。
「本城さん。改めてよろしく。井部貴文です。どこから来たんですか?」
「どうも、田中雅人といいます。趣味は? 好きな男性のタイプは?」
一斉に質問を浴びせかけるので、もうなにを言われているのかわからない。
《わっ! 一葉ちゃん。ダメ、助けて》
〈今ボクに替わったら、殴りかかっちゃうかも知れないけど、それでいいなら〉
《それはダメ……あ?ん。一葉ちゃんの意地悪ぅ》
こうして、双葉は気絶してしまうくらい緊張した一日を過ごすことになるのだった。
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新たな学園生活に胸を膨らませる双葉。閉鎖的な街なので転校生など初めてなコトもあるが、双葉の可愛らしさが話題となり教室は大騒ぎとなる。 4/17 |
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