ろーる・おぶ・きゅーぴっと その1 |
大切な話がある……そう呼び出されたのは今日の朝だった。そのメールを見た瞬間、私の心は舞い上がった。
ずっと……ずっと待っていた、待望の返事。今の関係に終止符を打つ為、そして新しい関係を結ぶ為に送った、昨日のメール。
卑怯だとは思う。彼に付き纏い始めたのはこちらからだった。そっと影からその人柄を観察したり、住所とか趣味とかを調べたり……まあ、恋する乙女の暴走と笑って見逃して欲しい。
なのに、私は彼の方から動いて欲しいという内容のメールを送った。そろそろ関係を変えなければ……そう、切に願った。そうしないと……。
そんな中、彼からの返信メール。今日、会える……会って欲しいというメール。心躍る反面、不安に思う事もある。
……大丈夫、失敗はないはず。ちゃんと、魅力を伝えられたはず。
よし。
御堂 芹菜、最後の勝負に行きます!
「……と、勢い込んで来たんですよ。色々と準備をしてきたわけですよ。なのに……なのにさ、カケ兄」
「……ずずずっ」
「待ち合わせ場所が、飲み屋でお酒を飲んだ後最後のシメに行くような屋台のラーメン屋ってのはないんじゃないかな!? しかも立ち食いだし! すでにラーメン食べ始めてるしっ! 女の子と一緒にいるのににんにくとんこつラーメン(特盛)とか頼んじゃってるしぃっ!」
「あれ? セリちゃんラーメン嫌いだった?」
立ち食いの屋台ラーメン屋にてにんにくとんこつラーメン(特盛)をすすりつつ不思議そうに首を傾げる例のメール相手、牧村 翔。通称カケ兄。二十四歳ながら結構童顔、その他の身体的特徴は日本標準体型に準ずるごく普通の青年。
しかし、その性格は……その童顔な表情にいつも浮かべている柔和な笑顔から感じるイメージそのもの、穏やかで優しい人。
……ただし、普段は。
そして、カケ兄には唯一、しかし致命的ともいえる欠点がひとつ。
「ラーメンは好きだけど! 十七歳の女子高生を夜に呼び出す場所としてはちょっとどうかなって思うんですけどカケ兄!」
あと一時間ほどで条例引っかかるし!
「うーん、ダメだったか。ここと『制服秘宝館〜願望の行き着く先〜』とどっちがいいか悩んだんだけどな」
「悩む必要なし! そのふたつなら全っ然悩む必要ないと思うんですけど!? そんな明らかに如何わしい場所で待ち合わせしようとしてたの!? そしてそこで一体何をしようとしていたの!?」
「何をするって、普通の学生服専門店で買うものなんて制服以外ないよね? セリちゃん、制服のサイズ合わなくなったって言ってたから買ってあげようかと」
「普通な要素がその名前のどこに!? 確かに願書出した志望校に受かったら制服買う為に行き着く先はそこだけど! というかまず店名改名するべきだよその制服店!」
……いや、まあ、制服小さくなったっていうちょっとした日常会話を覚えてくれてたのは嬉しいけどさ。
カケ兄の唯一の欠点……これまでの流れからもある程度感じてもらえると思うけど……超ド級の、ボケニブチンという事。略してボケチン。
本当に、これだけなんだよね……。
「……お願いだから、お洒落なレストランとか、夜景の綺麗な高台とか、そんな贅沢は言わないから……せめて、本当にせめてファミレスくらいにはしてよ……空いてる時間のね」
神様、これは贅沢な願いですか? そんな事ないですよね?
「……で?」
「うん?」
このままじゃ埒があかない……そう思って先を促そうとしたのに、カケ兄はそう生返事を返すだけで新たにラーメンににんにくを投入していた……普通にんにくラーメン(特盛)に更ににんにくを追加しますか?
「うん? じゃなくて! メールの件! そ、その……大事な話があるんじゃないの?」
ううっ……この状況を望んでいたのは私とはいえ、女の子の口から答えを急かさせるなんて……何この羞恥プレイ? カケ兄って天然のドS? これからはボケチンSと呼ぼう。
……何か風邪薬っぽくなったような。
「……ああ〜」
「忘れてたな!? 忘れてたんだなカケ兄が呼び出した事自体を!? 普通呼び出した事実すら忘れる!?」
……本当、どうしてこんな人を好きになったんだろうね……良い人なんだという事は嫌というほど分かってるんだけどさ。
「それで……その……い、いい加減、呼び出した理由を教えてよ」
「……うん、そうだね。誤魔化せるような事でもないし……」
カケ兄はそう言うと、私の目を真っ直ぐ見つめてくる。
「……カケ兄、あのね……」
「何? ちゃんとセリちゃんが知りたがっている事、包み隠さず話すよ?」
「……その前に右手でしっかり持ったままのお箸を置こうよ」
「………」
何か凄く残念そうな表情を浮かべられた。いや、あの、にんにくラーメン(特盛)に更ににんにくを追加したものを食べながら話をするんですか? 勘弁して下さい、私女子高生なんですよ? にんにくの香りを漂わせながら真面目な会話なんて出来ませんよ?
「実は……ね」
「う、うん……」
「……ごめん」
……え?
ごめんって、何、が?
「そ、それっ……て?」
喉がカラカラに乾く。手が震え、心臓が早鐘を打つ。そして屋台のおっちゃんが新聞読む振りをしながらこちらに耳を傾けている。
「実はね……読んでないんだよ」
「……はい?」
「だから……その……メールを」
バツが悪そうに頬を?くカケ兄。私はその言葉の意味を理解するのに数十秒を要し、そして、理解した瞬間、
「はぁい!? 何ゆえ!?」
と思わずカケ兄の胸ぐらを掴み、悲鳴に近い大声を上げる。おいおっちゃん、何わくわくしてるような表情を浮かべてんですか! こっちは真面目なのに!
「実は……この前、うちのパソコンウイルスに感染しちゃってメールが全部読めなっちゃったんだよ」
「う、ウイルス!?」
「うん。『ホワイト・カプリコーン』ってウイルス」
「白ヤギさんたら読まずに食べた!?」
「その瞬間、ジンギスカン食べたくなったよ……」
「おしい! ジンギスカンはヤギじゃなくて羊だよ!」
「スターライトエクスティンクション!」
「それも羊! ヤギはエクスカリバーだよ!」
「問おう、汝が我がマスターか?」
「カケ兄の知識って何気に凄いよね!? 取り敢えず誤魔化そうとしないの!」
「HAHAHA−!」
「明らかに誤魔化す気のない笑い方だー!」
「ケタケタケター!」
「怖っ!? その笑い方怖い過ぎるよ!? というか何で!?」
「いや、『HAHAHA』をくずして書くと『ケタケタケタ』に見えない? メモ帳見返したらそう見えちゃってさ」
「カケ兄どれだけ字が汚いの!? というかどうして『HAHAHA』をメモする事になったのかが気になるよ!」
「……ごめんなさい」
あ、ネタが切れたらしい。
「……もういいよ。悪いのは羊さん……じゃなかった、白ヤギさんだもんね」
「いや、実際にはヤギさんもまったくの濡れ衣を着せられてるんだが……取り敢えず、メールの復元は試してみたんだよ。『ブラック・カプリコーン』ってソフトで……」
「それ絶対復元しそうにない名前だよ!? むしろ白ヤギさんとセットだと無限ループって怖いよね状態になりそうだよ!」
しかし、まあ、つまり。
重要な事を告げていたあのメールは、白ヤギさんに食べられてしまったというわけで。
あー……どうしよう……。
「あの、セリちゃん」
「ふぇっ!? な、何!?」
「よかったらあのメールの内容、教えてくれないかな? 何か大切な用件だったんでしょ?」
「………」
い、言えない……。
言えるわけがない。
カケ兄をずっと想い続けてきた私……のお姉ちゃんに会って欲しいなんて。
そんな台詞を屋台のおっちゃんが聞いているこの場所で言えるかあああぁぁぁっ!
これは、後にノンフィクション「ギャグ」恋愛小説として一星を風靡する、とある二人の恋物語……を支える為、((東奔西走する|ロール・オブ・))キューピットのお話。
説明 | ||
初公開の一次創作です。主にボケとツッコミと屋台の親父で構成されています。 遅筆ですがちまちま続きを書いていこうと思います。よろしければ感想などをいただけると狂喜乱舞します。 |
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