自然科学―民俗学境界 第二章 |
【第二章 旧友】
「もうそろそろで着くぞ、依頼主はこの先の神社にいる。しかしまさかお前もこの町に住んでいたとはな――」
夜も明けて間も無い早朝、朝日の眩しくとも柔らかな光が町を包む。
あざみの家から歩いて三キロメートルぐらいの町はずれの山に面した道に白い一匹の犬を連れた若い女性が歩いている。服装は襟の部分にフリルがついている胸の開いた亜麻(あま)色のシャツに黒のジャケットとミニスカートにオーバーニーソックス。
黒の革靴を履いており身長は百六十センチメートルぐらいで黒いストレートヘアーの長い髪を持ち、深く青い色をした瞳が特徴の女性だ。
年齢も見た所十八歳といった所だが、年頃の女性にしてはスタイルも良く、魅力的である。
犬の方は白より若干灰色がかった毛をした山犬で、見た所人間の年齢で言うと初老か、或いは三十代後半ぐらいの年のようにも見える。
だが何よりも特徴的な天と言えば人の言葉を喋る事であろう。
「住んでるといってもここ数日前に来たばかりだけどね。まぁこっちは別に会いたいとも思わなかったけど」
女は両腕を組みながら冷めた表情で犬の方を見た。
「おいおい随分な言い方だなヨーコ、せっかくの旧友との再会なのだからもっと喜ぶべきだろう」
犬は寂しげなな視線を彼女に向ける。
そう、この女性はヨーコが人間の姿に変身した姿である。
今まで色々な人間の姿形を変えてきた彼女だが、その中で自分なりに考えた結果、自分のお気に入りの毛皮を人間の姿になっても形にしたいという考えからこの髪型になり、様々な経験の中でこの体型が人間の男を食う時に最も騙し易く、相手に隙を作る事が出来るのを知ったからだ
勿論ここでいう「食べる」とは食事としての意味だが――。
そしてもう片方の犬は「太郎(たろう)」と呼ばれる犬だ。
彼は元々ただの山犬だったのだが、険しい山で長い事生きていたのもあって半ば妖怪化していた時にヨーコの本体である九尾の狐の欠片である肉片を食べで完全な妖怪と化してしまったのだ。
その時欠片を回収しようとしていたヨーコに食われかけたのだが、彼女の戦いぶりを気に入り勝手に着いて行くようになったのである。かつてはある山の神様の使いをしていたのだが、肝心の神が亡くなったのでヨーコと同じように放浪してきたのだが、太郎が言うには数年前にこの町に流れ着き今回の依頼主でもある神社の神主の家に住み着いているらしい。
お互い数十年前に人間同士の大きな戦争で離れ離れになっていたのだがこうして久しぶりに再会をしたのだ。
「別に、私一人でもやっていけるのにそっちが勝手について来て友人って言ってるだけじゃないか、それに今回もそっちから来てまた頼み事をしに来たんだろう、こっちはまだ朝飯だって食べていないのに…」
ヨーコはやや不機嫌な顔で太郎を見るとお腹をさすって空腹を訴えた。
「飯などこの仕事が終わった後に食えばいいだろう、まぁ今回は妖怪がらみの依頼だから退治した妖怪を朝食にするのも良いだろうがな、さぁそろそろ着くぞ」
太郎の歩いている方向を見ると針葉樹の山に間におよそ百段はあろう長い石造りの階段のある神社が見えた、頂上には大きな赤い鳥居が立派にそびえているが、石の階段の石は所々ひび割れていたり、角の方が苔蒸しているのを見ると古くからこの地にある由緒正しい神社のようだ。
長い階段を上り鳥居をくぐると三十メートルぐらいの石造りの参道に小さな手水舎(ちょうずや)と境内があり、そこに一人の神主らしき若い男の姿が見えた。
「お待ちしていました、あなたがヨーコ様…ですね。お話は太郎様より聞いております」
白の狩衣に鳥帽子の伝統的な衣装の男は深々とお辞儀をした
「申し遅れました、私はこの神社の宮司をしております斎藤と申します。ここでの立ち話も失礼ですので私の家の方へ案内いたします、こちらへ――」
斎藤に連れられて境内の少し奥へ行った所に小さな一軒家があった、一階建ての一般的な木造建築で今では珍しい引き戸の扉がある。
中に入るとフローリングの床の廊下を挟んで部屋がいくつかあり、床には年季の入った染みが所々に見られ、部屋も長年改築した跡も無くこの家がいかに古くから存在しているかが伺える。
廊下を少し奥に歩いて右手にある客間に案内されると、ヨーコは用意された座布団に正座した。
「今お茶を入れてきますのでそこで暫くおくつろぎになっていて下さい」
そう言って斎藤はヨーコに出すお茶を汲みに台所へと向かった。
くつろいでくれ――とはいうがヨーコにはどうも居心地が悪い、普通の人間ならばこういう家屋に安らぎを感じるものなのだがヨーコにとっては違う。
彼女は昔から妖怪だけでなく人間も誑(たぶら)かして自らの糧としてきたものだから彼女には業が溜まっている、かつては同族のよしみで稲荷神社には一晩泊まれるぐらいはできたが今ではその同族の多くからも悪しき妖怪として敵意の対象として襲われる事もある。
そんな彼女だが実力は並の妖怪以上に力があるのでこうしてたまに各地の神社や寺で人間の力では解決できない悩みを解決して糧を得る事もあるのだ。
神職が妖怪に助けを求めるというのもいささかナンセンスな話でもあるが、現実は人間だけではどうにもならない事は山ほどあるものなのだ。
身体の内側が少しピリピリする、斎藤という男はまだ来ないのかとヨーコがしびれを切らしていた時、お茶を載せたお盆を持った斎藤がやってきた。
「お待たせしてすいません、お茶を持って参りました。」
斎藤は大事な客人をこれ以上待たせてはいけないと思いヨーコにお茶を配るとすぐに本題に切りだした。
「実はヨーコ様をお呼びしたのは調査してほしい場所があるのです」
「調査して欲しい場所――?」
ヨーコはお茶をすすりながら斎藤の話を聞いている、お茶は少々渋かったが今のヨーコには腹に入る物であれば何でも有難かった。
「はい、実はここ数日前に山の奥の方で妙な妖気を感じたので太郎様と山奥へ行ったのですが山の動物が凶暴化して我々に襲いかかってきたのです。何分、数も多かったので逃げるのが精一杯でどうにも原因を見つからず困っているのです」
斎藤は深刻な顔でヨーコを見る。
「斎藤は若いがこう見えても妖怪の退治は筋が良い、現に私と何度も退治してきた。だが相手が野生の動物となれば話は別だ、それにこれには妖怪が絡んでいると思う。そこでヨーコ、お前にも手伝って欲しいという訳だ」
ヨーコはお茶を飲み干すと、うつむいて暫く考えた。こういった小さな異変は大きな脅威の前触れである事が多い、ひょっとしたらこの事件には私の欠片を食った者が引き起こしているかもしれない。
いずれにせよこの町に来たばかりのヨーコにはこの周辺の妖怪の情報も無い、手始めにこの仕事を引き受けた方が色々と好都合かもしれない。
「分かったよ、この件は私が引き受ける、ただし私も神の使いじゃないからそれなりの見返りは求めるけどね、まぁ、何を欲しいかは事件を調べ終わってから考えておくよ」
「引き受けて下さいますか、いやぁ本当にどうも助かります! こちらも出来る限りのお礼をいたしますので何卒よろしくお願いいたします」
斎藤はヨーコがこの事件を引き受けてくれる事に安堵の表情でまた深々とヨーコに頭を下げた。一方、太郎の方は旧友とまた仕事が出来る事に懐かしさを覚えニヤリとした表情でヨーコを見た。
「で、用って何かと思えばただの尻拭いじゃないか、これぐらならあんた一人でも十分だろうに、あぁお腹すいた…」
神社の奥にある山道をヨーコと太郎は一時間ぐらい歩いたであろうか、朝から何も食べていないヨーコにとって今の所口にしたものといえば先ほどの一杯のお茶だけであり、それが胃の運動を活発にしてしまい逆に彼女には応えたらしい、彼女はぐぅと鳴るお腹を抱えて溜息をついた。
「先ほども言った通りあの男は現代の人間にしては珍しく妖怪退治や術には優れているが身体は強い方ではないからな、彼を守りながら戦うのは大変だったのだ、それに――」
太郎は真剣な顔でヨーコを見た。太郎の顔を見たヨーコは彼も自分と同じ事を考えている事を悟った。
「私の欠片がこの事件に関わっているかもしれない、でしょ?」
「やはりお前もそう思ったか、今回の動物の凶暴化の首謀者がいたとしたらそれはかなりの力がある妖怪と考えてもいい、これほどの事が出来るとしたら欠片を食べた者と考えてもおかしくは無い話だ」
果たしてこの事件の首謀者は何者なのだろうか、二人は警戒した面持ちで山のさらに奥を歩いていると、先ほどよりさらに古い樹木の生えている場所に着いた、さっきまで杉や檜などの針葉樹しか無かったのだがここから急に空高く広葉樹の木々がそびえ、生い茂る木の葉が太陽の光をほとんど遮り昼間とは思えない薄暗さがある。
恐らく今までの針葉樹は戦後の人間が家屋を建てる為に人工的に植えたものだろう、つまりここからがこの山の本来の姿なのだろう。
「ここが私たちが最後に調査した場所だ、あの時凶暴化した動物に襲われたのだが、変だな――」
太郎が辺りを見回し首をかしげる。
「あの時、鹿を数匹仕留めたはずなのだが死体がない、妙だな――」
普通ならば生物が死んだら完全に腐りきって完全に形が無くなるまで一週間から十日近くはかかる、それなのに太郎が倒したはずの動物がここにはいない。
それ以前にヨーコにはもう一つの疑問があった、彼女は鼻を顔を少し上げ、辺りの匂いを確認した。
「やっぱり――」
この辺りには動物らしき生き物の匂いがしないのだ。
普通であれば、最近までこの周辺に生き物がいたのであれば何かしらの匂いが僅かながらに残る、そうでなくとも小動物の匂いはするものだ。
しかしいくら匂いを嗅いでも土や植物の匂いしかしない――。
人間の姿とはいえヨーコの感覚器官は並の人間より遥かに鋭い。
この事を疑問に感じたヨーコは何か他の手掛かりは無いかと思い目を深く閉じて全神経を集中した。
「何か感じたか?」
太郎はヨーコに問いかけるが今のヨーコには太郎の声さえ耳に入らない、彼女は今ある種の瞑想状態に近い状態に入っている。
暫くするとヨーコは皮膚に少しピリピリしたものを感じ取った、先ほどの神社のような神聖な気ではなく、それと対極的なザラッとしたような邪気の残り香のようなものを感じた。
それはこの一帯ではなく身体の右側の方から感じ取る事ができ、まるで道のようにそれを感じ取る事が出来た。
「なるほどね…」
ヨーコは嘲笑を浮かべると邪気のする方へを歩いて行った。
「お、おい待ってくれ!」
太郎は慌ててあざみの後を追う。更に森の奥を歩きながら太郎は質問した。
「一体何を感じ取ったのだ?」
「わずかだけど邪気の残り香のようなものを感じた、しかもそれはこの先へと通じてるのも分かった」
「邪気?」
太郎は首を傾げた。
「ひょっとしたら太郎、前に倒した動物の死骸が無いのも当事者が自分の邪気から生み出した幻かもしれない、それなら納得いくだろう?」
「邪気を動物の形にして襲わせた、と言う事か。あの時は逃げる事に夢中で邪気に気が付かなかったとはな、しかし厄介な相手だな…」
邪気とは本来負の極性を持った空気ようのものであったり業の溜まった妖怪が身体から発するエネルギーみたいな物でもあって形を持つものではない、だがしかしその邪気も使い方次第では形を形成して自分の僕として使役する事ができる。だが並の妖怪ではせいぜい人間の掌ぐらいの大きさや頑張っても子猫ぐらいの大きさなのだが、今回のように鹿などの大型の野生動物に姿を形成させて使役させるほ事が出来るという事は相手は相当な力の持ち主と考えられる。
やはり今回は私の本体の欠片が絡んでいるかもしれない、ヨーコは期待と不安に胸を寄せながら森の更に奥へ進んで行った。
「あんたがこの事件の元凶だね」
森の奥深くで一人の男性の老人が切り株に腰をかけているのを見つけた。桜の葉で編みこまれた蓑(みの)を身に纏い頭にはシデの葉を環の形に編んだ冠、右手にはかなりの年月を生きたであろう樫の木から作られた古めかしい杖を持っている。
顔はほとんど仙人のような髭で覆われているがわずかながらに見える緑色の皮膚とまるで眼窩からこぼれ落ちそうな程のぎょろっとした大きな眼からこの老人が妖怪である事、そしてその老人からは先ほどから感じていた邪気を強く感じる事からこの老人の妖怪こそがこの事件の元凶である事が容易に感じ取れた。
「ふぉっふぉっ、来なさったな。」
老人は歯並びの悪く老人特有の黄色く色素の沈着した歯を見せて笑うとその大きな眼で二人を見つめると、老人は不思議そうな表情でヨーコの方を見た。
「ふむ、そっちの犬っころはこの前おっ払った若造の気をかすかに感るが、そちらのお嬢さんはわしと同じ感じがするな、お前さん方なかなか面白い組み合わせじゃのう」
老人はまたニタッ、と笑うと右手の杖を上にかざし、老人から放たれる邪気が目に見えるほど黒色に変色した、それが二人の周りで環を描くように周りを渦巻くと徐々にいくつかの球体となり更にそれが鹿や熊などの動物の形を形成しはじめた。
「お前さん方がここに来た理由はこれじゃろう?」
邪気から生まれた動物達がまるで獲物を捉えたかのように鋭い眼でこちらを睨んでいる。一触即発になりかねない張りつめた空気の中で太郎が老人に質問した。
「見た所その風貌からこの山の使い、或いは山を護ってきた者とも見受けられる、しかし何故そのような貴方程の者に似つかわしくない邪気を纏い我々を襲ったのだ」
太郎の質問を聞いた老人はすこしうつむいて上目づかいで太郎達を睨み表情は先ほどと変わり険しい表情になり、杖を持つ手を震わせながら太郎に言った。
「わしもかつてはこの山のふもとにある里の人間と共存し、この山と里の人々を護るために田畑に恵みを与え、また山を荒らす邪悪な者とも戦った事もあった。それがわしの使命でもあり存在する意味でもあると思っていた、だが――」
「だが?」
太郎は首をかしげた。
「だがある日、里から遠くにある城の城主が自らの領土を拡大せんが為に隣の国の城を滅ぼさんと軍隊を向かわせ里を合戦場にした挙句に、障害となるわしを封印しおったのだ!」
今まで静かに話していた老人の声は怒鳴り声に変わり、老人は左手を高く振り上げると切り株に叩きつけた
「しかし貴方程の力を持った者であれば人間の兵など簡単に倒せるであろう、どうして封印されたのだ?」
太郎は更に老人に追及した。
その質問を聞くと老人は少し落ち着いたのかまた穏やかな口調で答えた。
「どちらの国の差し金か分からぬが妖怪退治を生業とした凄腕の人間の僧をわしに差し向けてな、わしも必死に抵抗したが相手の方が一枚上手だった、一瞬の隙を突かれてこの木に今まで封印されておったのだ」
老人は自分の座っている切り株の指差した、切り株の周りを見ると切れたしめ縄と紙(し)垂(で)(玉串などに刺さっている紙の事)が散らばっている。
経年劣化により古くなったのは分かるが、ヨーコは別の事を疑問に思った。老人が座っている切り株だけは切り口が真新しく見えるのだ。
「だが何故わしが今になって封印から解かれたのかは分からん、誰かが意図的にわしを開放したのか、もしくは馬鹿な人間が興味本位でやったのかはわからぬがな。いずれにせよこれは好機なのだ」
老人は切り株から立ち上がると両手を高く上げて空を仰いだ。
「わしは気付いたのだ、自私利欲や目的の為ならばわしらのような者さえも平気で封印するような人間共など守る価値など無いと言う事をな! だからまずはこの国の人間共を滅ぼし、最終的に日本全国の妖怪の力を借り日本の中心、京の都を攻めるのだ!」
ヨーコは呆れかえってしまった、どうやらこの老人は最近まで封印されていたせいで今の日本がどうなっているか分かっていないらしい、それに老人の邪気は動物並の大きさの生き物を生み出せる程強力ではあるが、本体の肉片の力を感じ取る事が出来ない、どうやらこいつはハズレのようだ。
太郎が真剣に依頼する事だからどんな強敵かと思って構えていたがまさかこんな耄碌(もうろく)した年寄りが相手だとは―。
ヨーコはため息をついた。
「御大層な話だけどあんたは今の日本がどうなっているかまるで分かっていないようだね、この国の城主はもうとっくの昔に滅びてるし、今の日本の都は京じゃなくて武蔵だった所にあるんだよ。残念だけどそういう事だからもう復讐は諦た方が良い。その方が私も楽で助かるんだけど」
老人は声高く笑うと天を仰いだ姿勢のままヨーコを見下した。
「そんな事はどうでもよい、人間の本質など大昔から変わらんわ。奴らはわしらの恩恵にあやかっておきながらいざ不必要となればこのように切り捨てる、それが人間共よ! 貴様らの目的は人間からの頼みでわしを倒そうとしている事も既に知っておるわ! 貴様らも人間に肩入れするのならば容赦はせんぞ!」
老人が杖をヨーコ達に向けた瞬間、邪気から作られた動物が一斉に襲いかかってきた。
とっさにヨーコ達は身を避わすと、ヨーコは目の前にいる鹿の邪気に対して自分の爪を二センチメートルほど伸ばし右手を水平に振りおろし引き裂いた、その瞬間、鹿は胴体から真っ二つに引き裂かれると、その後霧が払われたように雲散霧消した、だが肉を裂く感触はない、まるで空を裂いたような感じである。
太郎に向かって熊の邪気が鋭い爪を振りおろす、太郎は右に飛び跳ねて回避したと同時に熊の爪が太郎が避ける前に背にしていた木に当たった、バリバリッという大きな音と共に木の幹にはかなり深い爪痕が残った。
「こんなものをまともに喰らったらひとたまりもないな」
熊がまた右手を振り上げ、太郎目がけて降ろそうとした。しかし太郎は振りあげるまでの隙を突いて熊の懐目がけて物凄いスピードで飛びかかる。
そして太郎は相手の首筋い喰らいつくとそのまま噛み千切った、すると熊の邪気もまた霧が払われたように跡形もなく消え去った。
「ほう、少しは骨があるようだな、だがこれではどうかな――」
老人が左手を自分の前に突きだすと、邪気がまた動物の形を形成し、五匹ほどの動物に形を変えまたヨーコ達を取り囲むように現れた。
「この姿のままだとやりづらいね…!」
ヨーコはその場で宙返りをすると彼女の周りに煙が現れた、煙はすぐに消えるとその中から狐の姿のヨーコが現れた。
「太郎下がってて!」
ヨーコは太郎の前に立つと大きく息を吸い込んで息をフーッと噴き出すと口から勢いよく灼熱の炎を吐いた。
炎は自身を燃焼させる為空気を求めて広がってゆき、その炎が動物達を巻き込んでゆく。
炎の息を吐き終え、燃え広がった焼け跡には動物達は跡形も無く消え、焼け跡には動物達の死骸も無く、ただ焦げ臭い匂いのみを残した。
「やった、と思ったじゃろう? 無駄じゃ無駄じゃ、ほれ、まだまだ出てくるぞ」
老人の周りを取り巻く邪気がまた動物の形を形成しはじめた、これではキリがない、そう思った太郎がヨーコに提案した。
「私がこの邪気の相手を引き受ける、その間にヨーコは本体を狙え!」
太郎は動物の形をした邪気の集団に飛びかかった。動物達が太郎めがけて襲いかかる、次々と繰り出される攻撃を太郎は身軽に避けながら邪気に対して的確に攻撃を浴びせてゆく。
太郎が邪気を相手にしている間にヨーコは老人に飛びかかる、老人はそれを予測してか身体をそのまま右へスライドしたかのように避ける、攻撃に失敗したヨーコは今度は老人目がけて先ほどの動物相手にしたものと同じ火を噴いた。
「うがああああああああああああああああああああっっっ!!」
灼熱の業火は断末魔と共に老人を巻き込み大きな火柱なった、その火柱はパチパチと木々が焼ける音と空気と共に大きな音と立て燃え上がった。
「やったか!?」
これ程の炎をまともに喰らえば例え強力な妖怪でもひとたまりも無いはずだ、ヨーコは勝利を確信して焼け跡を確認した。
しかし焼け跡には老人の死体は無く、炭化した大きな木の幹だけが残されていた。
「人間の世界ではこれを『変わり身』と言ったかのう、この森を守ってきたわしにとってはこれぐらいなど造作もないわ!」
どこからか老人の声が聞こえてくる、ヨーコは辺りを見回して老人を探した。
「ここじゃ、小娘が!」
ヨーコの背後で木の葉が集まりその中から老人が姿を現した、ヨーコは振り返ろうとしたがその間に老人は杖を水平に振りヨーコの腹部を強打した。
「ぐうっ!」
ヨーコは勢いよく飛ばされ木に打ちつけられた、打撃はみぞおちに入ったらしい、背中も強打したので腹部と胸部、そして肩甲骨辺りの背部に大きな鈍痛が走る。
並の人間ならば良くても身体のあちこちを複雑骨折しているだろう。
ヨーコは打ちつけられた痛みに歯を食いしばり、意識が少し朦朧(もうろう)しつつもよろよろと立ちあがった。
「ほう、なかなか丈夫な小娘だな。今なら妖怪同士同族のよしみで見逃してやる、それでもまだ抵抗するのであれば今度は命は無いぞ」
老人は杖を両手で構えた、痛みも大分収まり意識がはっきりしてきたヨーコはすかざす今までよりも更に速いスピードで相手に近づき口を開け鋭い牙で噛みついた。
口の中に骨まで牙が届いたような堅い感触を確認し、今度こそ仕留めたと思った。
だがヨーコが口に咥えていたものを確認すると、そこには太い木の枝が口に挟まっていただけである。
「無駄じゃ無駄じゃ、お前さんではわしに傷一つ付ける事などできんよ」
ヨーコの背後から老人の声が聞こえた、振りかえると老人が左手の人差し指を前に出すと老人の足元から無数の太い木の根が勢いよく生え、ヨーコに襲いかかった。先端はまるで槍のように尖っており刺されれば例え妖怪であっても命は無い。
ヨーコは襲いかかる木の根を一本一本避け、最後の一本に飛び乗ると木の根を伝って老人の所まで走り再度老人の喉に噛みつこうとしたものの老人は目の前で消え辺りには木の葉が散らばった。
完全に妖怪を見くびっていた、本体程の力は無くともこの森を護って途方も無い年月を生きた事が彼の力を強化していたのだ、敵を全く捉えられないヨーコの表情に焦りの色が見え始めてきた。
「何をやっているんだヨーコ! こちらも長くは持たないぞ」
動物を背後から前足で引き裂きながらヨーコに向かって叫んだ、太郎も息が乱れてきており呼吸も荒く、彼にも疲労の色が見える。
「こいつ手ごたえは確かにあるのに全く攻撃が効かない! 妖気はあるのに攻撃しても全部葉っぱや木にすり替わって本体がどこにあるか分からない――!」
攻撃が効かない――?
太郎は少し考えた、この妖怪は幽霊の類なのか、いや、だとしたらそんな手の込んだ逃げ方もしないしそもそも自分の嗅覚であればそういう者の匂いを嗅ぎ分ける事もできる。
太郎は辺りの匂いを嗅いだ、しかし霊体の匂いは無い、匂うのは周辺の木々と老人の妖気と邪気が入り混じった匂い、そしてヨーコの吐いた炎によって焼け焦げた樹木の匂いしかしない。
確かにおかしい――。
「いい加減諦めたらどうじゃ、何度やっても同じ結果だと思うがな!」
自身が封印されていた切り株の上に老人がスッと現れヨーコ達を嘲笑った。
「いい加減往生際が悪いんだよ!」
業を煮やしたヨーコが深いうなり声と共に両前足の爪で引き裂こうと飛びかかった、ヨーコの鋭い爪が老人を引き裂いた、しかしそこにはバラバラに引き裂かれた木の枝があった。
「しかし諦めも肝心じゃぞ、フハハハ!」
ヨーコの背後で老人の声が聞こえ、それと同時に背中に強い衝撃が走り床に叩きつけられた。ヨーコは老人を睨みつけ、前足のみで起き上がると引きずるように後ろ足を持ちあげゆっくりと立った。
この時太郎にある考えが浮かんだ。
老人には確かに妖気の匂いが感じ取れる、しかし何度攻撃しても身代わりが現れるだけである、もしかしたら妖怪特有の匂いだけを追いかけていては駄目かもしれない。
「ひょっとしたら――」
太郎は再度老人の方の匂いを嗅いだ、何故か老人からは植物の青臭い匂いしかしない、どのような妖怪であれそうでない聞き物であれ基本的な匂い、つまり何かしらの独特な体臭がするはずなのにあの老人からは匂いがしない。不思議に思った太郎は老人の辺りの匂いを嗅いだ、すると老人の近くの何も無い空間に今までとは違う匂いがした。
なるほど、そういう事か。
太郎は確信した。
「ヨーコ、あの老人の向かって右後方を焼くんだ!」
太郎の指示を聞いたヨーコは大きく息を吸い込むと激しい炎を吐いた、先ほどまでヨーコが吐いた火とは違い倍以上に大きく、十分な空気を含み蒼い炎となって老人の隣はおろか広範囲にわたって燃え広がった。
「ぎゃああああああああああああああっ!」
炎に包まれた老人の断末魔が再度聞こえた。
いや違う、燃えている老人は木の幹を形をしており、その横の空間から人の形をした影が現れそこから断末魔が聞こえたのだ。
「が・・ぐがぁっ・・っ」
炎が消え焼け焦げた木の幹の横には元の形も分からないほどまで黒焦げた人影がもがく事もできず横たわっていた。
全身刃物で突き刺されたような痛みが体中を襲われ、小さな声でうめき声をあげている。
それは近くに落ちていて炭化した棒状の物とかすかに聞こえる声から老人であることがかろうじて分かった。
「おま・・えら・・よ・・くも・・」
黒焦げた老人の瞼(まぶた)が開き大きな眼が弱々しい瞳でヨーコ達を睨みつけた、この様子では声が出せるのも精一杯だろう。
「焼いた肉も好きだけどここまで焼き過ぎると食べられたもんじゃないね、まぁそもそもこんなに骨と皮だけじゃ元々食べられたものでもないけどね」
ヨーコは人間の姿戻り先ほどの戦闘で着いた汚れ手で払うとがやれやれといった態度で老人を見下ろした。
「な・・ぜだ・・なぜ・・お・ま・・らは・・にん・・げ・・の・・み・・か・・た・・を・・する」
「別に味方をする訳じゃないよ、ただ見返りがあるんで頼まれた事をしただけさ。それに確かに私も力はある方だけど今の人間もかなり力を付けて強くなったからね、今のご時世は手を貸した方が得なんだ、でもお腹がすいたらたまに食べるけどね」
ヨーコは艶のある長い髪をかき上げながら応えた、風に乗って髪がふわっと広がる。
「そうか・・人も・・ようか・・いも・・時代が・・かわっ・・たの・・か、わし・・だけ・・とり・・のこされ・・のか・・ハハ・・ハ・・ゲフッ」
老人は自分が封印されていた年月の間に人と妖怪の在り方が大きく変わったのを思い知ると小さい笑いと共に血を吐きだした。
「たまたま私はそうしているだけさ、今でも人間嫌いの妖怪だっている。それにあんただけが取り残されている訳でもない。世の中にはまだまだ封印されている妖怪も多いからね。さ、もう話も十分だよ、私もそろそろ帰りたいから終わりにさせてもらうよ」
ヨーコは自分の爪をナイフのように鋭く伸ばし老人の首を突き刺した、すると黒焦げとなった老人の死骸は灰となって四方に飛散した。
そこにはもう老人のいた形跡も無く、ただそこには数十メートル四方に焼け焦げた森と生命の残滓(ざんさ)である積もった灰しかなかった。
だがヨーコには一つの疑問がある。太郎が何故敵の位置を掴めた事だ。
「しかし太郎、何で邪気や妖気はあの偽物の方にも感じられたのにどうしてあの老人が偽物だって分かったんだい?」
ヨーコは太郎に問いかけた。
「恐らくあれは呪術の類で自分の妖気などを偽物の媒体とする木の幹に一時的に移したのだろう、だから私は相手の気を追うだけでは無理だと思ったからもっと本人の特徴となる物を追ったのだ、犬なりのやり方でな」
そう言って太郎は自慢げに鼻をひくひく動かした。
「なるほど、物理的な匂い、つまり体臭を追った訳か、やっぱりそういう所は山の神に使える『犬』だね」
皮肉交じりにヨーコは太郎を見て笑った。
「犬もいいもんだぞヨーコ、キツネよりも耳も鼻も効くし人前に堂々と出ても気にかける者も少ない、それに宿探しでも人の家に住みつきやすいので困る事も少ない、今度からは犬の姿にでも化けてみたらどうだ?」
後ろ足で身体を掻きながら太郎がフッと笑った。
「ご冗談、あたしの毛並みを奇麗に見せるには狐の姿が一番なんだよ、第一人間に媚びるのは好きじゃないしね。そんな事よりそろそろ帰ろう、もうお腹が空いて死にそうだよ」
ヨーコは疲れた顔で先ほどより大きく鳴っているお腹をさすった。
「そうだな、目的も達成したし森ももうこのような騒ぎも起きる事も無いだろう」
朝日もとっくに空高く昇り、正午近くになってているのだろうか真上から来る日差しが木の葉の間をぬけて無数の細い柱となって森を照らしている。斎藤からの依頼を達成した一人と一匹は元来た道へと引き返し森を抜けていった。
森の出口が見えると一人の人影が見える、どうやら二人を心配したのか斎藤が待って待っていたらしい。
「太郎様、ヨーコ様、二人ともご無事でしたか!」
二人の無事を確認できた斎藤はまるで迷子の子供が実の親を見つけた時のように安堵の笑みで手を振った、それを見たヨーコは安堵の表情を浮かべ、太郎は犬のようにワンと吠えて尻尾を振った。
「お二人が森に向ってから帰りが遅かったものでしたので、心配で森の入口で待っておりました。お二人共どこかお怪我はありませんか?」
斎藤が心配した表情で二人を見た。
「大丈夫だ、私は問題ない」
太郎は斎藤の前でぐるっと回った後座って尻尾を振った。
「ちょっと戦ってる最中に怪我をしたけどこれぐらいなら姿を変えれば傷跡も残らないよ」
ヨーコは先ほどの戦いで狐の姿の最中に傷を負った腹部を服の上から摩った、姿を変えられる妖怪というものは他の姿に変身する際よほど大きな傷でなければ傷を隠す事ができるらしい。
傷だけではない、ヨーコ程の妖怪であれば腕や足、更には一部の内臓でさえ千切れても時間さえかければ元通りなる。ただ胃が無くなった時でも空腹は無くならなかったが――。
「それなら無事で何よりです、それで今回の事件の原因が分かりましたか? やはり妖怪の仕業だったのでしょうか? そうでしたら元凶は一体どんな妖怪だったのでしょうか?」
ヨーコ達の無事を確認すると事件の原因を知りたい斎藤はヨーコに対しあれやこれやと質問を投げかけてきたが、ヨーコは疲れもあってか困惑した表情で返答に困ってしまった。
「まぁ落ちつけ斎藤、長い戦いの後で我々も疲れてしまった、ここでの立ち話も何だから一度家に戻ってから今回の事を話そうではないか」
太郎はヨーコの事を気遣って斎藤をなだめた、斎藤ははっとした表情でヨーコに頭を下げた。
「あ・・そうでした、私とした事がつい申し訳ございません。今すぐご案内いたします、ヨーコ様へのお礼の事もありますしね」
果たしてお礼とは何だろう、斎藤の神社の寂れた様子から見て大したお礼ではないだろうと思いつつもヨーコは半分期待しつつ斎藤の家へと向かった。
「ところでお礼の事なのですが・・」
斎藤が二人を客間の前へ案内して口を開いた。
「実はもう既に用意してありまして、太郎様よりヨーコ様へのお礼はこれで良いと言われて用意したのでのすがこれでよろしいのでしょうか?」
太郎が斎藤に用意させた物? 一体斎藤は何を用意したのだろうか、ヨーコは疑問に思いつつも斎藤に案内されるがままに客間の襖(ふすま)を開けると、部屋の真ん中にあるこたつ布団の無い古いこたつ台にある物を見たヨーコは一瞬、目を疑った。
砂糖や醤油で煮詰められたであろう黄金色に輝く油揚げ、そしてその中に酢飯を詰められ丸々とした形、そしてこの魅惑的な艶、それは紛れも無く稲荷寿司であった。しかもそれは大皿の上に山のように積まれているのだ。
「私の友人が町の老舗の寿司屋を営んでおりまして地域でも評判の稲荷寿司です、友人に頼んで沢山ご用意したのですが本当にお礼はこれでよろしいのでしょうか?」
今回の事件に関わり命に関わる事態に遭遇した身の斎藤にとっては価値のある金品ではなく稲荷寿司だけで良いのだろうか、もしヨーコの気に召さなかったら自分が糧として食い殺されるのではないか、斎藤の中で不安と心配が入り混じった。
「斎藤・・と言ったっけ?」
ヨーコは静かな口調で斎藤の名前を呼んだ、やっぱり不味かったのか、天国にいる父さん、母さん、この神社はどうやら私の代で終わりそうです、三十路を越えても妻子を得ず我が道を歩んだ私をお許しください。
斎藤は死を覚悟した。
「ありがとう! 本当にありがとう! 君は今まで会った人間の中で一番気が効く人間だだよ! 朝から何も食べていないあたしの為にこんなもに用意してくれたなんて――!」
朝から何も食べていないヨーコにとってこの稲荷寿司の山は本物の黄金の山よりも遥かに価値の高い物に見えた、そしてヨーコは感動に胸を打たれながら稲荷寿司を無心に食べ始めた。
「――!?」
甘すぎず、薄すぎず、程良い甘みの油揚げ、そしてその油揚げに合わせた絶妙な酢飯の加減、稲荷寿司を口に入れた瞬間ヨーコはそれを感じ取った。
「今まで日本中を旅してきたけどこんなに美味い稲荷寿司があったなんて信じられないよ! 後でこの稲荷寿司を作っている寿司屋を是非とも教えて欲しい!」
今まで千と数百年、生きていて良かったと生きる事の喜びを噛みしめつつ稲荷寿司を味わった。一方、死を覚悟した斎藤は予想に反して大絶賛された事に対し今までの緊張が全て解き放たれて脱力し、その場にへたり込んだ。
「私が用意させたものなのだが――」
太郎は自分には感謝されなかった事に少し不満を持った。
日も暮れて夕日も沈みかかり空の向こうが暗くなりかけ一日もそろそろ終わりかける頃、仕事を終え稲荷寿司を胃に詰め込めるだけ詰め込んだ黒い狐が重くなったお腹を引きずりながらもご満悦の表情で住宅街の家と家の垣根のコンクリートの塀の上を歩いている。
結局倒した妖怪はヨーコの肉片を取り入れたり肉片から生まれた訳でも無かったのは残念であった、しかしこうして美味い稲荷寿司を腹いっぱいに食べられたので良しとしよう。そう思いながらヨーコは現在の飼い主であるあざみの家へ帰ろうとしていた。
だがヨーコには今回の事件にどこか胸に引っかかる所がある、それが何なのかはよく分からないが、まぁ大した事ではないだろう、と思ったヨーコはあざみの家の塀に着くとひょい、と軽快に敷地の庭に飛び降りた。縁台には自分の帰りを待っていたのか肩に薄い灰色のケープをかけたあざみが座っていた。
「あ、シュロ、お帰りなさい!」
ずっと帰りを待っていたあざみはヨーコに血近づいて近づいて頭や喉を撫でた。シュロって誰だっけか、とヨーコは一瞬思ったが、あぁ自分につけられた名前かと思い出し、ここは今の飼い主の好感度を上げておこう、と犬のように甘えた声を出した。
しかし頭や喉を撫でられるのはあまり好きではない、私は元々人間には手を貸す事もあるが人間と慣れ合う気はあまりない、それなのに人間は狐の姿の自分のを見つけるたびに犬のように頭や撫でられる、だからこそ自分が人間に媚を売る犬のように撫でられるのはあまり好きではないのだ。
「今日はどこに言ってたの? あなたは元気でいいわね、こうして色んな所に行く事が出来るんだもの――」
あざみが寂しそうな顔でヨーコの顔を見つめた。
「私も少し前まで普通に外も歩けたし学校にも行って友人達と放課後色んなところへ遊びに行ったりもしたわ、でも病気になってから今まで家と病院しか行く事が無くなったの、医者も原因が分からないって言ってたわ、ひょっとしたらもう二度と元通りになる事も無いのかもね――」
あざみは家の塀の向こうの空を見上げた、その瞳は弱々しく、明日も分からない不安に打ちひしがれた表情であった。
「そうだ!」
あざみは暫く空を見ていると、ふとある事を思い出した。
「シュロは狐、なんだよね? よく狐は色んな姿に化ける事が出来るって昔から言われてるけど、もし出来る事なら私に化けて学校に行ってくれないかしら? 私の代わりに学校での生活を送って欲しいの」
あざみはヨーコの両前足を握ると、お互いの頭が付きそうなぐらい近寄って真剣な顔で見つめた。
「なんてね――狐が本当にそんな事出来る訳が無いものね・・」
あざみはため息をつき、また空を見つめていた。
学校か――、ヨーコは少し考えた。そういえば人間の姿で学校に行ったのはもう何十年前だろうか。あの時は確か人間が互いに金や利益を求めて大きな戦をしていた頃で、その時に人間に化けて学校で教わった事と言えばこの国を治めている神の子孫を讃(たた)えろと言う事と、人間の女は子を産んで国に貢献しろとか家事全般のやり方などそういう内容であったはずだ。
今、この国の平和ボケした時代の人間の通う学校はどうなっているのだろう。どうにせよ学校は妖怪が集まりやすいので食料には困らないし、学校に行くぐらいの年齢の人間の餓鬼は都市伝説や会談など妖怪話にも敏感なので私の本体に関する情報も得られるかもしれない。それに勉強するというのは嫌いではない、知識が身に付くという事は妖怪であっても良い事でもあるのは確かだ。
面白そうだから明日はあざみの通っている学校に行ってみよう、ヨーコは久方ぶりの学校生活に期待しながらあざみの座ってる縁台の下に潜り込み、疲れた体を癒す為速めに眠りについた。
「おやすみ、シュロ」
あざみも自分の部屋に戻り、窓のカーテンを閉めた――。
説明 | ||
前回投稿した「自然科学―民俗学境界」の第二話目になります。 今回は元のゴーストに出てきた太郎やオリジナルキャラクターがちょっと出てきます |
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