【こみっくトレジャー18】怠惰な死神の精度【サンプル】
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 仕事の休憩中、死神仲間の一人から食事の誘いを受けた。彼とは、昔から定期的に飲みに行く仲だが、誘うのはいつの時でも私であり、彼から誘ってくる事はなかった。その為、私はいつか、彼から飲みの誘いを受けようと、彼以外の死神仲間を使って根回しをしてみたり、「たまには誘われてみたいなぁ」などといった事を、遠まわしに言ってみたりと、陰で様々な努力をした事が何度もあった。

 そして私の努力が実を結んだのか、はたまたただの気まぐれなのかはわからないが、今回初めて彼から私を飲みに誘ってきたのであった。

 それが三日前、私はいま、私達死神や幽霊、神霊、閻魔などといった、いわゆる人成らざる者が日々を過ごす、「彼岸」と呼ばれる世界にある唯一の酒場「黄昏最前線」の前に私は立っている。

 この世界に一つしかない酒場だけあって、ここには昼夜問わず常に客が入っており、賑やかな声が店の外からも聞こえてくる。

 普段の私なら、上司である閻魔の長々とした説教からやっと解放された時の様な、爽やかかつ嬉々とした気持ちで店内に入る事が出来るが、あの彼が私を飲みに誘ったのだ。そんなお気楽な気分で入店は出来そうにない。

 要するにいまの私はガチガチに緊張しているのだ。

 覚悟を決めて店内に入る。

 陽気な喧騒のボリュームは、更に大きくなる。それもそのはず、ここはあの世に一つしかない酒場なのだから、彼岸中の飲兵衛達が乱痴気騒ぎを繰り広げているのは当然の理だ。

 飲兵衛達を尻目に、私は彼との約束の場所――バースペースへと足を向ける。

 ちなみにこの酒場は異様なまでに広い。私がこの酒場に通いだしてから、既に数百年が経とうとしているが、未だに店の端から端までを歩ききった試しがない。まあ、彼岸に一つしかない酒場だ、広くなければ客が入りきらないのだろう。

 普段はあまりの広さにうんざりする事もあるが、今日に限っては感謝しなければいけない。

 何故か? 実は彼に誘われる際にこう言われたのだ。

「大事な話がある。出来れば二人きりで話せないか? そうだな、場所は黄昏最前線のバースペースでどうだろう?」

 ……大事な話と来た。私は女で彼は男。男が女に向かって、しかも二人きりで話す事なんて一つしかない。――愛の告白だ! 

 バースペースは入り口付近の賑わいとは真逆の、正に大人の空気が漂う小洒落た空間だった。

 私は確信する。私は間違いなく彼に告白される。

 いままでそんな雰囲気を出した事のない彼だが、実はいままでその想いを心に秘めていたのだろう。

 私自身は彼の事がライクの好きなのか、それともラブの好きなのかはまだわからない。でもこんな雰囲気のいい場所で、愛の告白などされたら、私は間違いなく頷いてしまうだろう。

 そんな事を考えながら周囲を見渡す。今夜はあまり客がいないのか、それとも彼岸の連中は、この場所を好まないのかは知らないが、バースペースには客があまりおらず、私は彼をあっさりと見つけてしまった。

 緊張で手に汗が滲み、胸が熱くなる。頬も少し赤みを帯びているかもしれない。

 自分の乙女加減に少し苦笑しつつ、彼の後ろ姿をじっくりと観察する。

 喪服を連想させる漆黒のスーツを身に纏い、一人静かにグラスを揺らす黒髪の男が座っている。

 普段、私が仕事をしている幻想郷では滅多に見る事のない服だが、私は定期的にあのスーツを目にする。彼の普段着だからだ。

「お、おっす。悪いね、待たせちゃって……」

 出来るだけ平静を装って隣に座る。

 声でわかったのだろう。私の顔を見ずに一拍置いて、「そんな事はない。それにしても珍しいな、君が約束の時間より前に来るなんて」と少し驚いた口調で言われる。

 壁に掛けてある時計を見ると、確かに約束の時間より少しだけ早く着いたようだ。

 

 彼が驚くのは無理もない。普段の私は、自分から相手を誘っておいて、自分は遅刻する、なんて事をほとんど毎回しているせいだ。少し申し訳ない気持ちになる。

 おしゃれな空間だ。日本酒ではダメだろう。場の空気を読んで、バーテンダーにあまり飲み慣れていないお洒落な感じのカクテルを一杯頼み、彼を見る。

 いつも通り、感情の起伏があまりない、悪く言えば人間味のない無表情な顔をしている。しかしそのせいもあってか、緊張している様にはまったく見えない。私は心臓がバクバクと音をたてているというのに……! 

「………………………………」

 二人とも緊張しているのか、沈黙が続く。小洒落た空間のくせに、音楽の一つも流れていないのはどういう事なのか。

 そういえば、私は彼岸で音楽を一度も耳にした事がない。歌を口ずさんでいる幽霊は見た事があるが、ああいうのはまた別だろう。

 などと考えていたが駄目だ。シラフではとてもじゃないが、この沈黙に耐えられそうにない。

 と、タイミングよく、私の目の前に頼んでいたカクテルがそっと置かれる。

 酒! 飲まずにはいられないッ! とりあえず、アルコールを摂取しよう。話はそれからだ。

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「――でさ、ちょっと昼寝したのがバレただけで一ヶ月休みなしだよ。まったく、ヒドイったらありゃしない」

 私が仕事以外で、初めて飲みに誘った女性――小野塚小町は、飲み慣れていないカクテルを飲んでいたせいか、既に酔が回り始めているようだった。

 普段の彼女は、日本酒を好む。仕事仲間に連れられて、彼女と初めて酒を飲んだ時、一升瓶を一人で飲みきった姿は、未だに忘れる事が出来ないほど印象深い。

「それは君が悪い」彼女の愚痴に対する率直な感想を述べる。仕事をサボっていたら、上司に叱られ罰を与えられた。

 当然だ、仕事とはそういうものなのだから。

 しかし私の返答が不満だったのか、彼女はまるでフィクションの世界かと思わせるような膨れっ面を、私に披露する。

「仕事は、きちんとこなすべきだ。……理由は特にないが、仕事というのはそういうものだろ?」

「あたいは、お前さんみたいに生真面目じゃないの。それに普段から休みがあるなら、あたいだってサボったりしないよ。休みがないから、自主的に休んでるだけなのさ」

 確かに私は、こと仕事に関しては真面目だ。同僚の死神達の中には仕事中、ろくに仕事もせず、遊びまわっている連中も少なくはない。

 しかしそうか、彼女は休みが欲しいのか。

「そんなに休みが欲しいのか?」

「そりゃあね。あ、でもクビになるのは嫌だよ。仕事あってのいまだからね」

 彼女の仕事――確か、此岸と彼岸を行き来する船頭だったか。しかし、そんなに忙しい職業だとは思えない。おそらく普段から休みがないというのは、彼女の嘘か、もしくはサボるたびに上司に見つかり、与えられた罰が積み重なった結果、休みがなくなっているのだろう。

 彼女の愚痴を聞いていると、私が彼女を誘ったのは正解だったと言える。

「では調査部に異動してみないか?」今回の目的を口にする。彼女のスカウト、それが今回、私が上司から頼まれた仕事である。

 

 

「……は? 異動?」

 

 私の言葉が予想外だったのか、小野塚は目を白黒させながら、私の言葉を何度か呟くように繰り返している。

「調査部なら君が望む休みも多い。仕事の期間は少し長いかもしれないが、別に毎日働くわけじゃないしな」

 そう、私の所属する「調査部」は彼女が所属する……何という部署かは忘れたが、彼女の言う、「休みが取れないほど忙しい」とは真逆の位置にある部署だ。

「どうしてさ? 人手不足でもないだろうに」

「実験的に、人間界でも特殊な土地での調査をする事が決まったらしい。私の他にも、数人の死神が派遣されるのだが、やはりその土地に慣れた死神が欲しいと、情報部がな」

「情報部」とは、私達調査部が人間界に仕事をしに行く際に、仕事先の情報や服装を用意してくれる連中だ。情報を小出しにするので、私はあまり好きではない。

 私の提案を聞いて何か考えているのか、彼女は手を口に当て、黙ってしまう。なかなか魅力的な条件だとは思うのだが、やはり職種を変えるのは抵抗があるのだろうか。

 いや、確かに私もこの仕事を辞めろと言われれば、すぐには決められないだろう。彼女なら即断即決かと思っていたが、私が思っているよりも、思慮深い性格なのかもしれない。

 考えがまとまったのか、小野塚は私の顔を見るや否や、「……もしかして幻想郷?」と訊ねる。

 そっちについて考えていたのか。

 私は、「ああ」と頷く。

 彼女は私達死神よりも、どちらかというと人間に近い性格をしているせいか、何を考えているのか予想が付けにくい。それが、彼女と会話していて刺激を受けたと感じる部分なのかもしれない。相手が死神ではなく、人間ならば、そんな感情は抱かないのだが、不思議なものだ。

「なんでまた」訝しげな顔つきで、小野塚は訊ねる。

「情報部の考える事など知らないさ」彼らの考えは、仕事を始めて数千年経ついまでも、理解出来ない。

「にしたって話の旨すぎるというか、タイミングが良いというか…………あっ!」

 小野塚は、ハッとした顔で私の顔を見る。

「あんたから飲みに誘ってくるなんて珍しいと思ってたけど、もしかして……最初からこの話をするつもりだった?」

 私は、「ああ」と再び首肯する。

 小野塚はそれを聞くと、急に肩をガックリと落とし、顔をうつむかせる。「期待していたのに……」「告白は……?」などといった言葉が聞こえてくるが、私には意味がよく理解出来なかった。

 しかし彼女の反応を見る限り、私の話は予想外だったらしい。元々、そのつもりで呼び出したつもりだったが、伝わっていなかったのか。

 この店自体はあまり好きではないが、私達がいるバースペースだけは、物静かで雰囲気も良く、気に入っている。こういう話をするならこの場所を使おうと、初めて見た時から考えていた。

「実は既に君の上司――閻魔には話を通している」

 小野塚は一度ため息を吐き、口を開く。

「おかしいと思ったんだよ。あんた、酒には滅法強いけど全然美味しそうに飲まないもんね。理由もなしに誘ってくるはず、ないよねぇ」

 その通り。私は酒が好きではない。それどころか私達調査部の死神には、味覚が存在しない為、食事を楽しむ事は出来ないし、食事を必要とする事もない。

 私の同僚には、ワインの色が血に似ているから、という理由で好む者もいるが、私にはやはり理解出来ないものだった。という話をそのまま彼女に伝えてみる。

 小野塚は呆れたような口調で、「ほんと、同じ死神とは思えないよ」と言う。私もそう思う。

「それで、どうする? まだ時間には余裕がある。いますぐ答えてくれる必要はないが」

 小野塚は腕を組み、う〜ん、と唸りながら、再び考え始める。やはり彼女は、意外と思慮深いようだ。

「あんたとしてはどうなんだい? あたいに手伝って欲しい?」

 再び彼女が私の顔を見据える。改めて見ると、少し頬が紅潮しているように見えるが、それが飲酒によるものなのか、もしくはこの店のライトによるものなのかは、判断が出来ない。しかしその瞳には、しっかりと私の顔が写っている事が確認できる。

「そうだな……私としては」

「私としては……?」

「私としてはどちらでもいい」

 彼女の顔が分り易いほどに陰る。そこまで落胆するやり取りなのか? 私としてはどちらでもいいが、上司に頼まれた仕事だ。仕事はしっかりとこなさねばならない。それに――

「だが、ミュージックが楽しめる場所があるなら、是非案内して欲しい」

 これは私の本心だ。私は音楽が好きだ。いや、私以外の調査部の死神達もそうだろう。私達死神は音楽を愛す。

 彼岸には音楽が存在しない。音楽は人間界にしか存在しないのだ。

 私達は音楽の為に人間界へと出向き、仕事をしていると行っても過言ではないだろう。

 それを聞いた小野塚は、突然噴き出す。何が面白かったのだろうか。しばらく笑ったあとに、「あんたらしいや」と言われた。

「どういう意味だ?」

「いや、ごめん、あんたにこういう話を期待したあたいが馬鹿だったよ」困ったな、本当に意味が理解出来ない。一方的に解釈をされるのは、あまり好きではない。

 私が少し不機嫌な顔になっていると、笑い終わった小野塚が体ごと私の方を向き、右手を差し出してくる。

「わかったよ、調査部に異動してやろうじゃないか」

 何がわかったのか私にはわからなかったが、兎にも角にも、彼女は調査部に異動してくれるらしい。仕事は無事成功したと言えるだろう。

 彼女の差し出している右手は、おそらく握手を求めるものだ。人間は商談が成立した時に、こうやって握手を求めてくるというのを、以前聞いた事がある。

 私達調査部の死神は、あまり握手をしたがらないが、なるほど、たまにはしてみるのもいいかもしれない。いまは素手だが、彼女は私と同じ死神だ。多分、大丈夫だろう。

 小野塚を見習って右手を差し出す。

「ああ、よろしく頼む、小野塚」

「よろしくね、千葉」

 がっしりと握手を交わす。と、同時に小野塚が意識を失った。ああ、やっぱり駄目だったか。

 

 

 調査部とは、死神の役職の一つである「調査」を担当している部署である。

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 空を灰色の雲が覆い、そこからは、いまの季節にはあまり似合わない冷たい雨が、音をたてて降り注いでいる。

 残暑のじわりとした暑さと、雨による湿気により、少し服がべたついて不快な気持ちだ。思わず胸元を開いて、手で扇ごうとしたが、隣を歩いている彼の存在を思い出し、何とか寸前で思い止まる事が出来た。

「なるほど、やはりこの土地は、私達が普段仕事を行っている人間界とはかなり違うようだ」

 隣を歩いている彼が言う。ポリエステルと呼ばれる材質の、幻想郷では珍しい洋傘を差している。

 普段の彼なら、漆黒の傘は漆黒のスーツと相まってよく似合っていただろう。ちなみに、彼から言わせると、私が使っている和傘の方が珍しいらしい。

 彼の名前は千葉。下の名前はないらしいが、調査部の死神達は皆そうらしい。そういえば他の同僚達もそうだった。

 千葉と私は、違う部署で勤務していたが、私がこの度めでたく異動を果たしたので、いまは同僚である。

「どう違うんだい? あたいは外の世界を知らないからねぇ」

 千葉は普段、幻想郷ではなく外の世界で仕事をしている。いまは情報が殆どない幻想郷についての調査中だ。

 かれこれもう四日ほど、二人で幻想郷を練り歩いている。ちなみに本来、こういった仕事は情報部の担当らしい。

 千葉は周りの景色を見ながら、「まず技術レベルが違う。君の言う、外の世界という場所には機械が溢れ、高層ビルが立ち並び、人間が忙しなく動いている。しかしこの幻想郷という土地には、そういった物が一切ない。外の世界の、いわゆる田舎と呼ばれる土地に似ているが、やはりどこか根本的なところが違うようだ」と言う。

 幻想郷は隔離された世界だ。当然、外の世界とは差異が出てくる。

 私も幽霊達を彼岸に運ぶ際、そういった話を聞かされ、幻想郷との違いによく驚かされていたものだ。

「へ〜……なんだか、想像がつかないねぇ」しかしどの話も、機械やビルなどといった言葉は出てくるものの、どんな形をしているのか、という具体的なものは出てこない。

「そして何より人間だ」

「へえ?」人間はどの世界でも欲にまみれ、自己中心的な考えをする生き物だと思っていたけど、違うのか。驚いた。

「私の知る限り、人間は空を飛ばない。いままで様々な人間と関わってきたが、私は空を飛ぶ人間というものに出会った事がないし、そういう話も聞いた事がないな。空を飛ぶ機械という物はあったが、この幻想郷にそんな技術はないだろう?」そっちか! 

「あ〜……確かに」と頬をかきながら頷く。普通の人間は空を飛ばない。

 幻想郷の常識は、外の非常識。いつか忘れたが、外の世界からやって来た、緑色の巫女が言っていたような気がする。

「そして人種。人間には黄色人種、白色人種、黒色人種などといった様々な人種があるが、幻想郷の人間はそれが当てはまらない。先程、君と行った……人間の里だったか。あそこには、頭から角が生えている少女や、背中から羽を生やした少女、ねずみの様な耳がある少女、触角もいたか。外の世界では見た事もない人間が多すぎる」

 ああ、あれは人間じゃないんだ。いやそれよりも――

「どうしたんだ、驚いた様な顔をして。まさか、君も見た事のない人間達だったのか?」千葉が私の顔を見て言う。顔に出ていたらしい。

「いや、千葉って人間に興味がない割には、意外と人間の事を知ってるんだな〜……ってね」

 千葉……というよりも、調査部の死神全般に言える事だが、彼らは人間に対する興味が爪の先程もない。見ていて面白い生き物だと思うのに、不思議だ。

「仕事に必要な最低限の知識はあるさ」千葉に常識? 

「いや、そんな事よりも、あれはなんなんだ? まさか、遺伝子操作によって造られた新人類、とかなのか?」

 遺伝子操作という言葉はわからないが……。

「ありゃあ妖怪とか、妖精だね」

「なんだそれは?」当然、聞きたくもなる。

「簡単に言うと、あたい達死神と似たようなものさ」

 実際はかなり違うが、ちゃんと説明すると面倒だし、なにより私にも、詳しい説明が出来る生き物ではない。

「……つまり人外というわけか」その通り、と答える。

「そんな物語の中にしか存在しないような連中がいるのが、この幻想郷の日常なのか」千葉は相当驚いているのか、彼にしては珍しく、表情筋が仕事をしている。

「あたい達死神が言うセリフじゃ、ないけどね」

「私達は、非日常の存在だからいいんだよ」確かに。死神が日常にいたら困る。私達は表に出てくるものではない、と思う。

「まあ、ちょっと危ない奴等だけど、あたい達には関係ないから気にする必要はないと思うよ」もし襲われても、私達死神なら難なく退ける事くらい出来るだろうし、弾幕ごっこ以外で襲ってくるような連中は頭が悪く力もない低位の存在だ。いまのところ心配する必要はない。

 が、千葉はそう思っているようではなく「情報部がしっかり仕事をしていれば、だな」と言った。

 

「そういえば、今回、千葉はどこに行くんだい?」

 調査部には仕事場所が必ず決まっており、死神達はそこに派遣される。

 千葉は空いた左手をあごに当て、少し考える。

「確か――」

「あ、いや、待って。あたいが馬鹿だった」私は咄嗟に千葉の言葉を止める。

 すっかり忘れていたが、いまの千葉は普段着の黒スーツでなければ、男の姿でもない。

 その姿は、誰もが横を通りすぎれば振り向くであろう、黒く、長く、美しい光沢を持つ髪をなびかせ、西洋の家事使用人が着る――いわゆるメイド服と呼ばれる、白と黒を基調にしたフリルだらけの服を着た、非常に端正な顔つきをした美女。それがいまの千葉だった。

 千葉は今朝からこの姿だ。見知らぬ美女から話しかけられた私は、思わず尻餅を付きそうになるほど驚いた。まさか千葉だとは普通思わない。

「たぶん……紅魔館、だろ?」

 千葉は、「ほお」と口を開き、「驚いた。よくわかったな」とえらく感心した様な口調でいう。

「この幻想郷で、日常的にメイド服を着る場所なんてあそこしかないからね」

 そういえば人間の里にも、メイド服を着た店員がいる店があった気がする。

「メイド服というのか、これは」

 千葉はくるくると回る様に、自分の服装を確かめている。見た目が見た目なので、非常に映える。少し……嫉妬すら覚える。

「知らなかったのかい?」

「こんな特殊な服、見た事も触った事もないからな」そりゃそうだ。

「それにしても……」改めて千葉の身体を見る。

「今回の千葉はえらく美人だね。スタイルもいいし、当たりじゃない?」

 調査部の死神達は皆、仕事の度に年齢や容姿、性別が変わる。彼によると、女性の身体になる事は滅多にないらしい。

 幻想郷には美人が多いが、彼、いや、いまは彼女か。いまの千葉なら周りの美人にも引けを取らないだろう。

 しかし千葉は、「私としては、あまり喜べた姿ではないんだが」と少し不満そうだ。

「どうして?」と問うと、千葉は、「胸が大きすぎる」と自分の胸を、手で包むように触りながら答える。たしかに大きい。私より大きいんじゃないか……? 

「ここまで大きいと、仕事に支障が出てしまうじゃないか。おそらく情報部の趣味だろうが……やつら、現場の事を何もわかっていない」

「あ〜……あんた、いま世の女性を敵に回したよ。橋姫が聞いてたら、殺されかねない発言」いつか忘れたが、神社で飲み会を開いた時に、「巨乳爆発しろ!」と言いながら襲ってきた憶えがある。彼女は慎ましい胸をしているからなぁ。

「橋姫?」千葉は不思議そうな声色で訊ねる。

「なんでもないよ。でもまあ、今回の仕事先を考えればあんたの言い分も一理あるけどさ」

 私は紅魔館のメイド長を思い出す。彼女の胸…………は、あまり言わないほうがいいかな。

「だよな。よし、仕事まではまだ時間がある。情報部に文句を言っておこう。もしかしたら姿を変えてくれるかもしれん」

 千葉は意気揚々と、スカートのポケットから四角い何かを取り出し、ポチポチとボタンのようなものを押している。が、すぐに「繋がらない。圏外なのか」と言葉を漏らす。

「仕事、明日からだっけ?」

「ああ。明日から一週間だ」

 

 

 調査の仕事は一週間かけて行われる。

説明
東方×死神の精度。サークルスペースは「V-03a」イラスト担当はhttp://liohma.sarashi.com/ ですん。
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