飛将†夢想 第一幕 1.『二度目の乱世へ』 |
永遠に続く暗闇の中で浮遊する呂布の意識。
呂布は“意識だけ有る”という状態で、ただただ身を任せる様に浮遊し続けていた。
だが、それも突然のまばゆい閃光と共に一変する。
(………ッ)
呂布の意識はどうする事もできず、そのまま光に飲み込まれた。
★
并州・上党城近郊
広い并州の大地に砂埃が舞い、地響きが鳴る。
その原因はそこを駆ける騎馬数千の存在であった。
騎馬隊の先頭を駆けるのは、紫紺の髪を靡かせる年若い娘。
豊満な胸の上からサラシを巻き、後は着物を羽織る程度の装備だが、
「んぅ〜…やっぱ、馬上で直接肌に感じる風は格別やなぁ♪」
それは娘の台詞通り、風を、自然を身体に感じさせる為自ら選んだ装備で、同時に彼女が防御を考えず動き易さを優先した格好であった。
娘の名は張遼。上党城の武将であり、『神速』の異名を持つ猛将である。その名は未だに知られていないが、軍の兵士たちからは絶大な信頼があった。
目をつぶり、顔を空に向けて風を感じながら馬を走らせる張遼。その彼女に、後ろから兵士の一人が叫ぶ。
「張遼様ッ、前方に敵影確認!!ご指示を!!」
兵士の言葉に張遼はバッと前を向くと、兵士の報告通り敵部隊を確認するなり、手に持っていた得物である長刀『飛龍偃月刀』を握り直した。
「よっしゃっ!!敵はゴロツキ上がりの戦下手ばかりや、さっさと終わらせるでぇ!!鋒矢の陣を組みぃ!!」
「「「ハッ!!!」」」
張遼が後ろを振り返りながら『飛龍偃月刀』を高々と上げると、部隊はそのまま止まらず“鋒矢の陣”を展開。そのまま気合いと共に速度を上げる。
敵部隊も張遼たちに気が付くのだが、休憩を取っていたのだろうか慌てて武器を持ったり、果ては逃げ出す者も現れる始末。
そのような事はお構いなしに、張遼たちはそのまま混乱状態の敵部隊に向かって突撃するのであった。
★
蒼い広大な空。
何度も見上げた景色が目の前にある。
あれから、目を覚ました呂布は自身を疑っていた。
「…此処は」
そのまま、ゆっくりと身体を起こす呂布。
辺りを見渡すと観たことのある山々、大地があり、そして自身にも肉体がある。
恐る恐る首にも手を触れてみるが、生前のままの、丈夫なままの首があった。
「…地獄、か。此処は」
だが、未だに生き返った気がしない呂布は、此処を生前悪事ばかり働いた者が堕ちるとされる“地獄”と判断し、立ち上がって宛てもなくさ迷うことにした。
それから暫く呂布がさ迷い続けていると、その耳に金属が激しく交錯する音と悲鳴、怒声が入る。
咄嗟に呂布はその音の下へ向かうなり近くの木に身を隠して、それを確認した。
「…黄色の頭巾。『黄巾賊』か?」
先ず呂布の目に映ったのは、黄色の頭巾を被る軽装の男たち。
その姿は呂布が若い頃に起きた大規模の農民反乱『黄巾の乱』で農民たちの武装した時の姿であった。
黄巾賊も漢に不満を持って立ち上がったが、それも名ばかりで大体の者は意味を履き違い悪事を働いていた。呂布はその事を加え、此処が地獄であるという事を確信しつつあった。
そして、次に目に入ったものによって、いよいよ呂布は此処が地獄であると本当に信じ始める。
呂布の目に入ったのは、紫色の旗を付けた騎馬兵の姿。
その旗には『丁』の文字が書かれており、呂布の良く知る人物の旗であった。
「……フッ、ハハハ…死んで尚、戦い、殺し合えというのか。まぁ、それも善いだろう」
目の前の光景に呂布は思わず笑ってしまうが、それも半分は逃避の笑い。
だが、直ぐに気持ちを切り替えると呂布は走り始める。
それが此処で受ける罰の一つであるのならば、と覚悟を決めた時にはもう目前に黄巾賊の姿があった。
「っ、な、何だテメェは!?」
呂布の姿に気付いた黄巾賊の一人が剣を向けて叫ぶが、呂布はそれを無視してその男に向かって走る。
それに対して恐怖を感じた黄巾賊の男は慌てて剣を構えるが、時既に遅し。
呂布の拳は既に彼の頬に触れていた。
ゴキャッ!!
呂布の拳により、顎の骨を粉砕されショック死する黄巾賊の男。
呂布の姿、先程の鈍い音に近くにいた黄巾賊たちが気づくと直ぐに脅威と感じ、呂布は遠巻きに包囲される。
だが、呂布はその状況に焦りもせず、地面に転がっていた剣を拾う。
さっきの男の物であろう、ブンッと一振りして感覚を確かめると、自ら黄巾賊に飛び掛かった。
飛び散る鮮血。呂布の目の前にいた男がズルズルと大地に倒れる。
それを目の当たりにした他の黄巾賊は、恐怖の余り呂布に向かって走った。
(…この感じは)
黄巾賊を斬り捨てながら、ふと何かが違うと感じる呂布。
それは身体が軽いということ。呂布の身体は死んだ後より確実に若くなっていたのだ。
それは最盛期の頃の肉体。呂布はそれを知ると尚更戦いに準じたくなった。地獄での罰だから、ではない。それが戦士の性、だからである。
気付けば周りには屍しかなく、残った黄巾賊は逃げ出していた。
そして、そこには血まみれの呂布、ただ一人だけになった。
「…ちょ、何や、これは」
と、そこに狼狽した女の声が呂布の耳に入る。
呂布が目をやると、そこには馬を操りながら近寄る張遼の姿があった。
更にその後ろから騎馬隊が続くのを確認すると、呂布は切れ味の落ちた剣を投げ捨て再び転がっていた剣を拾う。
「っ、ちょい待ちぃっ!!」
呂布の行動を見た張遼は直ぐに察したのだろう、慌てて呂布の前に手を出して止めようとする。
「…来ないのか、ならば…」
張遼の言葉に呂布は制止せず、剣を持ったままゆっくりと騎馬隊に歩み寄る。
その呂布の姿に兵士たちは身体の震えと戦いながら隊列を整え始めた。
「だから違うんやて!!コラァッ、お前らも何もすんなッ!!」
この状況に張遼は呂布と騎馬隊たちを交互に見ながら叫ぶ。
それにより、騎馬隊の兵士たちは信頼している将からの命として、呂布は先の言葉より覇気のこもった言葉に、その行動を止めた。
呂布の歩みが止まった事を確認すると張遼は安堵して息を吐き、そのまま武器を部下に投げ渡して馬から降りた。
呂布は立ち止まるも警戒は解かず、張遼が目の前に立っても剣は握り締めていた。
「立ち止まってくれてホンマ感謝するわぁ。ウチの名は張遼、字は文遠。今は上党城太守・丁原の配下として働いとる」
「……張、遼?」
だが、その剣の柄を握る力も張遼の言葉により一気に弱まる。
張遼は呂布の動揺に気付かず、話を続ける。
「いやぁ、それにしても今回の戦は大収穫やわ。黄巾賊の将もおったらしいし、アンタみたいな凄腕の猛将に会えたしなぁ♪」
「…いや、同性同名…」
一向にブツブツと自問自答を繰り返す呂布に、一行にそれを気にせずベラベラと話す張遼。
その二人を見ながら騎馬隊の兵士たちは汗をかいた。
「…ちゅう訳や、是非アンタにはウチらの仲間になってほしいねん。頼む、来てくれんか?あー…何なら、朱…丁原に会うだけでも構わへんッ、な?」
と、気付かぬ内に張遼が話の核を呂布に伝える。
呂布も自問自答の中で何かを得たのであろう、既に独り言は呟いておらず張遼のその言葉に耳を傾けていた。
暫くの沈黙。だが、呂布の言葉により再び会話が始まる。
「…一つ条件がある」
「何、何?ある程度なら聞いてやるで」
「…俺の質問に答えてくれ。此処は何処だ?」
呂布の口から出る疑問に張遼は一瞬唖然とした。
てっきり此処に在野として居た者だろう、と思っていた張遼はとりあえず呂布の問いに答える。
「此処は上党近郊、もう少し北に向かったら晋陽に入るなぁ………アンタ、方向音痴かぁ?」
「…地獄、ではないのか?」
張遼の言葉を聞かず再び問う呂布に、張遼は少し不安が過ぎる。
だが、約束は約束。張遼は呂布の問いに答えた。
「地獄って…まぁ、この時勢なら民からしたら地獄かもしれんけど…なぁ、アンタ、さっきの戦いで頭とか打っとらんか?ウチ少し心配になってきたわ」
と、張遼は呂布の頭部や身体のあちこちを見始める。
呂布も、下?城の戦いで頭でも打って今夢でも見ているのではないだろうか、と考えてはいた。
だが、こんな感触ある夢は見たことなく、その予想も消えかけていた。
「…もういい、分かった。とりあえず休みたい。城で休ませてくれないか?」
混乱が極まった呂布は少し落ち着いて整理もしたかったので、とりあえず張遼の申し出を受ける。
そんな呂布の言葉に張遼は笑みを浮かべて、
「了解や。アンタは黄巾の将を討ち取った上党の民の恩人でもあるからなぁ、手厚く歓迎するでぇ」
と、部下の一人を呼んで、その乗っていた馬を呂布に貸すよう伝える。
呂布は張遼に促せられるまま馬に乗り、張遼たちについて行くのであった。
★
上党城に向かう道中、呂布は張遼にいろいろ話を聞いた。
上党城に居る丁原も女であること。今、黄巾の乱真っ只中であるということ。
呂布は張遼の言葉から鍵になる部分を取り出し、現在の自分の状況を簡単にまとめるが、その締めは休んでからしよう、と自身に言い聞かせ呂布はそれ以上考えるのを止めた。
そうしている内に、呂布の目に上党城が映る。
遠目から観た上党城は若かった頃に居た上党城と全く変わっておらず、変わっているのは、
「…女になっている者がいること、そして俺か」
呂布はそうボソリと呟き、そのまま張遼たちと共に上党城に入城した。
「「「張遼様ッ、お帰りなさいッ!!!」」」
張遼の姿を確認した民たちが歓喜の声を上げる。
呂布は上党城の城下街が笑顔で満ち溢れていたことに驚きを隠せなかった。
「…民に笑顔が絶えないな」
「そりゃそうや、太守の丁原は人望厚い奴やからな。んでもって、かなりの別嬪さんやで」
呂布の言葉に張遼が民の声援に手を振りながら笑顔で答える。
呂布は、そうか、と答えて張遼の後に続いた。
そして、宮殿前に着くと騎馬隊は張遼に一言挨拶して隊列を組みながら兵舎へ駆けていく。張遼と呂布はそれを見送った後、馬を入口の守備兵に任して中へ入っていった。
上党城宮殿に入った張遼と呂布は、一先ず此処の城主である丁原に顔を出す事にした。
宮殿内も呂布が知っている造りのままで、呂布は何処か不思議な気持ちで張遼の後をついていく。
そして、ある個室の扉の前に着くと張遼が振り返り、
「此処が丁原の部屋や」
と一言言って、ゆっくり扉を開ける。
部屋は広くなく、大きな机と寝所、物入れなど生活に最低限必要な物のみ置かれており、どれも綺麗に整頓されていた。
その部屋の奥にある窓から外を眺める一人の女性。
おそらく、あの人物が丁原であろう。呂布はそう思いながら彼女を見つめる。
「朱椰ぁ、還ったでぇ」
張遼は笑みを浮かべながら外の景色を観る丁原に話し掛けた。
その声に丁原はくるりと振り返り、張遼の顔を確認するなり口許に笑みを浮かべる。
「お帰りなさい、霞」
呂布は振り返った丁原の顔を見て、愕然となった。
張遼が別嬪と言っていた事も頷けれる、と呂布は思う。
「…貂、蝉?」
丁原の顔は、人生で初めて心奪われた女性である貂蝉と瓜二つであったのだ。
呆然とする呂布に張遼と話していた丁原が気が付き、張遼に尋ねる。
「…霞、あの方は?」
「あっ、そうや、コイツめっ…ちゃ強いんやで!!是非、仲間になってもらいたくてな、呼んだんやけど」
張遼は愉しそうに跳ねながら話し掛けるが、
「お名前は?」
「あ…」
丁原の言葉に張遼は動きをピタッと止め、ゆっくりと首だけ呂布に向けた。
「…呂布。呂奉先だ」
呂布はこちらを見る張遼の表情で察したのか、自分の名前を丁原に伝える。
丁原は呂布の名を知ると、腕を組んで呂布の身体を下から上へ舐める様に見た。
そして、一言。
「…よし、私の好み」
丁原の言葉を聞いた呂布は“顔は似ていようと中身は全く違う”と直ぐに気持ちの切り替えを行うのであった。
★
呂布が上党城に入ってから時が過ぎ、日が落ちる。
既に城内には灯籠に火が燈され闇夜を照らしていた。
その中でも一番闇夜を照らしていた場所が一カ所。
「………」
「パァーッと盛り上がりぃ、今夜は無礼講やでぇ!!」
宮殿内にある宴会場。
そこには先の戦いに参加していた騎馬隊の兵士たちと張遼、丁原、そして呂布がいた。
わいわい騒ぐ兵士たちに張遼は立ち上がって酒を口に流し込み、丁原も周りの兵士たちと話をしながら酒を少しずつ飲む。
ただ呂布はこの雰囲気に慣れないのか酒は余り飲まず、ただ黙って料理に手をつけていた。
暫くすると、そんな呂布の隣に丁原が座る。
一人孤立する呂布の為に兵士たちとの話を切り上げたのか、直ぐに呂布に話掛けた。
「どう、愉しんでる?」
「…今だに混乱している」
丁原の言葉に呂布は箸を止め、今の心境を伝える。
勿論、丁原は別の意味でその言葉を捉えていた。
「それはそうよね、無理矢理宴会に参加させてしまったんだから」
「…いや、違う」
「え?」
首を傾げる丁原。
呂布は言葉を続けた、今自分が体験している状況をまとめる時が来たのである。
「…俺は一度死んだ。だが、今、俺は生きて再び同じ時代に戻ってきている、生き返っている。これが夢なのかどうかは解らん。だからこそ、混乱している」
「……貴方、仙人か何か?」
呂布の話を聞いた丁原は、杯を持ったまま怪訝そうな顔をして少し身を引く。
だが、それは冗談だったのであろう、丁原は直ぐに身体を呂布の隣に戻して口を開く。
「ま、仙人でも何でも構わないわ。貴方はこの上党城の民たちを助けてくれた恩人、是非こちらで優遇させたい。…それに、その“生き返った”“同じ時代”のどうこうって話、気になるし♪」
丁原はそう言うと、ニッコリと笑みを浮かべて呂布の前に自分の杯を差し出す。
呂布はそれを暫く眺めた後、ゆっくりと自分の杯を手に取り、丁原の杯に軽く当て金属音を鳴らした。
それから呂布は丁原にあらゆる事を話した。
時代の流れ、必ず頭角を現すであろう人物、勿論自分が前の世界で丁原を殺した事も。
それに対して丁原は、最初呂布の話を面白そうに聞いていたが、彼女も“漢”の武将であったので呂布の話す頭角を現す人物の名を聞くと、流石に杯の動きを止めそれに聴き入った。
そして、極めずけの丁原殺害の言葉。丁原もこれには杯を机に置いてしまう。
「…お前が俺の話を信じるかどうかは任せる。が、お前と同名の人物を殺したと言う俺を、それでも待遇するか?」
呂布は黙る丁原に苦笑しながら言う。
直ぐにでも自分を追い出すなり、殺すなりすると良い。最後に別人とはいえ、最愛の人物の顔を見れたと思えれば、これから消えても構わない。呂布はそう思っていた。
だが、丁原はその思いを無視し、呂布の両手を力強く握る。
「そんな話を聞いたら、尚更貴方が欲しくなった。貴方が殺した丁原と私は違うわ、私は貴方を信じる。だから…」
丁原の言葉に呂布は力が抜けた。
裏切りの人生を歩んだ自分を信じる、と初めて言われ。
「…俺は消えないのか?」
気付かぬ内に呂布は丁原に下?城での言葉を再び尋ねていた。
丁原はその言葉にキョトンとした顔を一瞬するが直ぐに笑みを浮かべ、
「消えるわけないじゃない、私が護ってあげる」
と言った。
呂布は何かを得たのか、フッと目をつぶり微笑を浮かべると丁原にしっかり向かい合った。
前の世界では一人孤独にただ戦って、ただ裏切って…それの繰り返し。貂蝉と出会った時一瞬何かが変わったが、それも彼女の死と共に直ぐに戻った。
そして、そのまま死んだ。
だが、この世界で初めて『信じる』と言われ、“孤独”という言葉が消えた呂布は心にあった何かが変わる。初めて明確な人生の目標が出来た。
護りたい者が出来た。
―飛将†夢想―
呂布の新しき物語が始まる。
説明 | ||
この作品は、恋姫†無双、真・恋姫†無双の二次創作作品であると共に、オリジナルキャラクターが多数登場します。注意した上で閲覧して下さい。 |
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コメント | ||
始めから書き直すんですか?前作では陳宮(音々音)との出会いの話しがなかったので、出来れば読んでみたいです。(シグシグ) 自分も同じ話を読んだ記憶がありますね~(氷屋) 同じタイトルで話の流れもそっくりなのが以前ここと別のサイトにあったような気が・・・作者は同じ方ですか?(にっこり) ・・・この世界に、恋って居ないんですか? 居たらそれはそれで面白そうではあるけどな〜・・・なんておもってみたりw(狭乃 狼) |
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