第六回東方紅楼夢原稿
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これは、冬の厳しい寒さも次第に和らぎ、色取り取りの花が野山を飾りだしたある春先の出来事である……。

 

 

「神奈子様、花見やりましょう!」

「……いきなりなんだい、この子は」

幻想郷は、妖怪の山に建立している守矢神社。その境内に東風谷早苗の声が高らかに響いた。その発言にやれやれといった感じに答えるのは八坂神奈子。

「ほら、妖怪の山にも桜が咲き始めている頃ですし、他の方にも声を掛けて一つパーっとやりましょうよ!」

「別に私は構わないが、こういう事はまた何れ博麗の巫女かそこら辺が企画するんじゃ」

「霊夢さんが中心となって花見をやるとか最早鉄板ネタで、ネタかぶりもいいとこですよ! ですから今回は私が幹事となって、この守矢神社で開こうと思うんです」

「私には早苗が何を言ってるのかよく分からないが、それでいいならまあ別に止めはしないよ」

 二人がそんな事を話していると、そこへ洩矢諏訪子が良いことを聞いたとばかりに姿を現した。

「へぇ、面白そうな話だね。私にも手伝える事があったら遠慮なく言ってもらって構わないからね」

「あ、諏訪子様! 本当ですか、ありがとうございます! では早速参加者を募りに出かけてきますねっ」

 そう言うと早苗は意気揚々と飛び立っていった。残された二人は顔を見合わせ、一人は嬉しそうに、もう一人は深々と嘆息を漏らした。

「はぁ、面倒臭いけどやるしかないねぇ」

「早苗がこんなにやる気になってるんだから、私達も応援してあげないと。それにそんな事言ってるけど、本当は嬉しいんでしょ?」

「はっ? な、何言ってんだい、あたしは別に……」

 神奈子、図星を突かれ困惑。

「はいはい分かった分かった。それじゃあ今のうちから準備始めておかないとね」

「ちょ、絶対分かってないだろ!」

 神奈子の発言を華麗にスルーし、そそくさと準備に移る諏訪子に、神奈子は追いかけながらもまだ弁明しようと縋りついていくのであった。

 

○     ○     ○

 

 それから数日後、早苗が方々を巡って花見の誘いの声を掛けた甲斐があってか、花見当日には大勢の妖怪たちが集まった。幻想郷のブン屋を始め、地獄の裁判官、地底組といった錚々たる面子だ。早苗達は、正直これだけ集まる事など予想だにしていなかったので、驚きを隠せないでいた。

「すごいじゃん早苗! これだけ集めてくるなんて!」

諏訪子が感嘆の声を漏らす。早苗もその言葉に対し、嬉しそうな顔を浮かべる。すると、神奈子もそこに口を挟んでくる。

「いや全く、早苗の苦労の結果だね」

最初はあんなに面倒臭そうな顔をしていた神奈子だが、今となっては花見が楽しみで仕方がないという感じだ。そういう素直じゃない一面も見せる神奈子に諏訪子は密かに後ろでにやついていた

「さ、あんまりグダグダして皆を待たせてても悪い。早苗、きっちり音頭取ってきな」

 神奈子に背中を叩かれ、皆の前に立たされる早苗。視線が一気に集まり、少し狼狽える早苗。しかし、一つ咳払いをするとにっこり笑顔で話し始めた。

「今日は皆さん私の急な呼びかけに集まって頂き本当にありがとうございます。何分、このような催事には呼ばれる側ばかりであったので、いざ企画する側になって準備など何かと大変ではありましたが、無事こうして恙無く開催に至った事を嬉しく思っています。これも偏に手伝ってくれた……」

「おいおい、長い前置きはそこまでにしてさっさと乾杯しちまおうぜ。酒が蒸発しちまうよ」

 地底の鬼、星熊勇儀からの突っ込みに、一同苦笑の嵐。早苗は赤面し、少し俯いてすいませんと小さく一言言ってからコップを高々と掲げた。

「で、では音頭を取らせて頂きます。皆さん楽しんでいって下さい! 乾杯!」

 

『かんぱーい!』

 

 早苗の声の後に続いて、皆の待ってましたと言わんばかりの声が大きく鳴り響いた。

戦いの火蓋が切って落とされたのである。

 

○     ○     ○

 

 花見と言っても、所詮は宴会の言い換えに過ぎないので、皆、花には目もくれず(一部はくれていたようだが)用意されていた大量の美味しい酒、食べ物を我先にと消費していった。

「いやー、今回お招きして頂いてありがとうございます」

 皆が呑み食いしている最中、早苗達の元に挨拶に来たのは、新聞屋の射命丸文と犬走椛だった。

「いえ、此方こそ参加して貰って光栄です。楽しんで頂いているようでなによりです」

 早苗がお礼を述べると、二人はいつも暇なんでと笑いながら返した。

「早苗さん、こんにちは」

 そこへ更に挨拶に現れたのは、地獄の裁判官、四季映姫・ヤマザナドゥと三途の水先案内人、小野塚小町、それに地霊殿の主、古明地さとりであった。

「これは皆さんお揃いで、ご足労感謝します」

 早苗が深々と頭を下げると、三人は此方こそと頭を下げ返した。

「しかし、映姫様が来てくれるとは思っていませんでしたよ。てっきり仕事で忙しいと思っていたものですから」

 早苗は映姫の参加に意外性を感じつつも、来てくれた事には素直に感謝の姿勢を現す。

「まぁ偶にはこうして骨を休めることも大事ですので、折角招待を受けたのですから参加させて頂いた次第ですよ」

「そうそう、映姫様はちょっと働き過ぎなんですよ。休むことがどれほど大事かあまり分かって……」

 小町が横から映姫と早苗の会話に口を出すと、映姫はキッと小町を睨みつけて黙らせた。

「と、兎に角、今日一日は存分に楽しませてもらいますね」

 映姫はそう言うと小町を連れて足早に立ち去ってしまった。早苗は上司も世話のやける部下を持つと大変だなぁと内心思いつつ苦笑いを浮かべた。

「向こうは向こうで色々と大変なようね」

 横で共に苦笑いをして映姫を見送っていたさとりが口を開き、そして改めて早苗に向き直った。

「今回は誘ってくれてありがとう。何だか悪いわね、大勢で押し掛けちゃって」

 さとりは地霊殿と旧都の妖怪を代表して今回ここまで引率してきたらしい。地底組総勢で三十人は軽く超える大所帯で来た時は早苗も仰天した。

「こちらこそ、遠路遥々地底から足を運んでもらいありがとございます。今日はゆっくりしていって下さい」

「ゆっくり出来るかどうかは皆の羽目次第ね。どうにも手の掛かる子達なものだからあまり迷惑を掛けなきゃいいんだけど」

 さとりが、今正にどんちゃん騒ぎをしている仲間の方へ顔を向けた。一癖も二癖もある地底の妖怪たちを纏めるためにはおちおち酔ってもいられないようだ。

「大変ですね、お互い」

 そう言うと早苗は後ろにいる、もう既に出来上がっている諏訪湖と神奈子に目を遣った。傍から聞いていると、二人は早苗の今後の身の振り方云々がどうとかなどと話している。

 二人は互いに顔を見合わせ、笑いあった。

 

 

 その頃、自分たちの話をされているとは露知らず、既に相当な量の酒を平らげている地底組がそこにいた。

「っかーっ! 地上の酒も中々いけるもんだねぇ」

 酒豪なだけあって、早いペースで次々と酒樽を空にしているのは勇儀であった。他の妖怪たちの数倍から数十倍は優に呑んでいる。

「ほら、お前ももっと呑め呑め!」

「ちょ、ちょっと、私は強くないんだからそんなに早くは呑めないわよ!」

 勇儀に強要されて(アルハラいくない!)仕方なく呑んでいるのは橋姫の水橋パルスィ。この花見には最初行く予定がなかったのだが、勇儀に無理矢理連れて来させられた次第である。自分では強くないと言ってはいるが、その実勇儀には相当量呑まされているため、弱くは無さそうである。

 一方二人して静かに呑んでいるのは、釣瓶落としのキスメに、土蜘蛛の黒谷ヤマメである。

「地上に出る機会なんて殆ど無いから、こういう催し事は嬉しいねぇ」

 そっと語りかけるヤマメに、キスメは小さく頷く。恐らくこの状況で落ち着いて呑んでいるのはこの二人だけであろう。ある意味強者である。

 更に少し離れた場所では、地霊殿に住む火焔猫燐、霊烏路空、古明地こいしの三人がわいわい騒ぎながら酒を煽っていた。

「だからぁ、膝裏がかゆいって言ってんの!」

「うにゅーっ! あたしの首筋の方がもっとかゆい!」

「ちょっと二人とも話逸らさないでよ! 今はさとり様に眼鏡をかけさせた姿を妄想するって話だったじゃない!」

 最早意味不明である。

 

 

 各々が好き好きに呑み、食い、会話を楽しむ。そんな中、宴も酣になり、いよいよ戦況が大きく動き出そうとしていた。

 

○     ○     ○

 

 最初の諍いは、神奈子と諏訪子の間に起きた。

「早苗は十分今の生活で満足しているだろう。何故そんなに自立させようとするんだ?」

「信仰というものはいつも付いて回るもんじゃない。信仰が無くなった時の事を考えて、早苗にも一人立ち出来る力を付けてもらいたいんだ」

 神奈子と諏訪子はまだ早苗の事で言い争っていた。神奈子は早苗にこの守矢神社に残って支えてもらいたいらしく、諏訪子はいつかは分社して一人で神社を切り盛りして欲しいらしい。

「現人神と言っても元は人間だ。私達といた方が遥かに安全に決まっている! 現に博麗の巫女を見てみろ。あんなのただの貧乏臭い紅白じゃないか。うまくいくわけない」

「元は人間でも一応は神でしょう? 早苗は霊夢と違ってそれなりに信仰も集めてるんだから大丈夫よ。心配しすぎなの神奈子は」

 何やら騒ぎが大きくなってきて、早苗の耳にも届いたのか、二人の元へ早苗が駆け寄ってきた。

「二人ともどうしたんですか? そんなに大声出して」

「「早苗は黙ってなさい」」

 二人に同時に睨みつけられ、ビクッとなる早苗。それでも、この二人の状況を呑み込めないでいたので、取りあえず事態を収拾させようと試みる。

「な、何があったかは分かりませんが先ずは二人とも落ち着いて……」

「あんたは早苗の事を何とも思っちゃいないってのかい!」

「早苗を思えばこその判断でしょ!」

 二人の耳に早苗の声は最早届いていなかった。酒の力もあってか、更にヒートアップしてゆく二人。早苗はそんな状況を、おろおろしながら眺めることしか出来なかった。

 

 

 二人の衝突があった、その同時期に他の所でも似たような事が起こっていた。

 

「あなたも少しは真面目に働いたらどうなんですか? いつもいつもだらだら仕事して、直ぐにサボるわ、何かあったら面倒臭いだの何だの愚痴は零すわ、もっと死神という自覚を持って……」

「映姫様ははっきり言って働き過ぎなんですよ。そんな働くことしか脳の無い固い頭だから説教ばかり垂れるんです。そんなに仕事が好きなら結婚すればいいじゃないですか」

「は、はぁ? 何をあなたは言ってるのですか!」

 

「おらぁっ! まだまだ酒が足んねーぞ! お前も潰れてないでまだまだいけ!」

「う……うるひゃいわねぇ、言われらくても呑むわよぉっ! ああ、もう本当に妬まひいわね……」

「ね、ねぇパルスィ、もうその辺でやめにした方が……ほら、キスメからも何か言っ」

「私に話しかけんじゃないわよダー○が」

「えっ」

 

「文さん、実は私、他の白狼天狗から陰湿な虐めを受けていまして、もう本当に辛いんです……。お願いです、助けて下さい!」

「うるっさいわねぇ、それぐらい一人で解決できる問題でしょうが。そんな事だから虐められるのよ」

「お願いします! 文さんだけが頼りなんですー!」

「あーもー鬱陶しいっ! 纏わりつくな!」

「……文さんが私の味方になってくれないのなら、文さんを殺して私も死にます!」

「何をそんなふざけた暴論を……ってあんた、その刀は何なのよ! や、やめなさい! こっちくんな!」

 

「お燐、お空、こいし! あ、貴方達、一体どうしちゃったの? 少し落ち着いて……」

「膝裏ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「首筋ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

「眼鏡ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 其処彼処で勃発した騒ぎは、酒の席での皆のテンションとも相まって、収拾が付かなくなっていた。神社は騒然となっているが、止めようとする者は殆どいない。そして遂に、いや、当然というべきであろう最悪の事態に向かっていった。

「どうも口で言っても分からない様だから、力で分からせるしかないようだねぇ……」

「望むところだよ。こうやって戦うのも何時ぞやの諏訪大戦以来かねぇ」

「ちょ、ちょっと! 二人とも何を血迷った事を……」

 

「神祭『エクスパンデッド・オンバシラ』」

「神具『洩矢の鉄の輪』」

 

 二人が同時に宣言したスペルカードが互いにぶつかり合い、火花を散らす。それを皮切りに、次々とスペルカードの宣言が方々で行われた。

 

「投銭『宵越しの銭』」

「審判『ラストジャッジメント』」

「風神『天狗颪』」

「狗符『レイビーズバイト』」

「表象『弾幕パラノイア』」

「爆符『ペタフレア』」

「妖怪『火焔の車輪』」

 

 辺りは一気に戦場と化した。飛び交う弾幕やレーザー、彼方此方から聞こえる悲鳴。正に其処は阿鼻叫喚の地獄絵図であった。早苗やさとりも、流れ弾から己の身を守ることで精一杯で、他の妖怪たちを助けている余裕など無かった。

「神奈子様! 諏訪子様! どうか他の皆さんも落ち着いて! ああ、折角苦労して設けた席が目茶苦茶に……。誰か、誰でもいいから助けを……」

 

「春ですよー♪」

 

 絶望の真っ只中、早苗の視界に現れたのは、春告精リリー・ホワイト。この妖怪の山にも春を告げに来たのであろうリリーは、事もあろうに最悪のタイミングで来てしまった。

「あれは……リリー? ああもう何もこんな時に来る事無いでしょうに! ちょっと! ここは危険だから今すぐ此処から離れなさい!」

「♪〜」

 聞こえていないのか、聞こうとしていないのか、リリーは早苗の忠告を無視して戦場の只中に飛び込んできた。

「あ、危ないって言ってるでしょ!」

「……」

 戦場の中央ほどに降り立ったリリーは暫く無言で俯いていた。早苗はその間もリリーに此処から離れるよう説得していたが、全て無駄に終わっていた。その時、早苗がふとリリーの様子を注視してみると、この弾幕の渦中だというのに、リリーは傷一つ負っていなかった。まるで流れ弾がリリーを避けているかのように。

 ふと、リリーが顔を上げた。その瞬間、リリー・ホワイトの名を名を呈しているであろう白い衣装が一瞬にして真っ黒のそれに変化し、更に普段からは想像も出来ないような荒々しい表情、そう、譬えるなら阿修羅の如き面が浮き出ていた。

「なっ……」

 早苗は、その変化に我が目を疑った。そして、その驚きも束の間、其処に立っていたリリーの姿が視界から風のように一瞬にして消えた。その数瞬の後、背後から鈍い音二回聞こえたかと思うと、早苗の前で戦っていた神奈子と諏訪子の弾幕がピタッと止んだ。早苗が前に向き直ると、代わりに二人が頬に一発お見舞いされた状態で目を回していた。

「こ、これは一体どうなって……」

 早苗が全く今の状況を呑み込めないでいるのを余所に、争っている者達が次々と倒れていった。そして、最後の一人が地面に顔を付けるのと同時に、リリーの姿がそのすぐ傍に現れた。すると、今度はみるみるうちに全体色が黒から白へと変わっていき、同時に表情もいつもの満面の笑みに戻っていた。

「春ですよー♪」

 そしてリリーは、何事もなかったかのように飛び去って行ってしまった。そこに残ったのは、すっかり荒れ果ててしまった守矢神社境内とその周囲、無数の気絶した妖怪や神達、そして早苗を含む数人の生存者だけであった。

 早苗は、ただただ茫然とするしかなかった。

 

○     ○     ○

 

「本っっっ当にすみませんでした!」

「いえいえ、こちらこそとんでもない迷惑を掛けてしまって申し訳ありません」

 その後、早苗やさとりの生き残り組が、気絶した者たちを起こして周り、後片付けの準備を始めさせた。早苗とさとりは、この惨状に至ってしまった事を互いに謝りあっていた。暴れた者たちは皆、猛省しているらしく、崩壊した守矢神社の復興を粛々と行っている。

「しかし、事態が収拾したのはいいんですけど、一体誰が皆をあんな一瞬で昏倒させたのでしょう?」

 さとりは、リリーの姿を視認していなかったらしく、その事を不思議に思っていたようだ。早苗は事態の収拾までの一部始終を語って聞かせ、それを聞いたさとりも、早苗と同様の反応を示した。

「そんな事があったのですか……。私も誰か別の意識を感じ取ってはいたのですが、何分自分の事で精一杯だったもので。しかし、まさか妖精にこんなことが出来るなんて、有り得ないとしか思えませんね……」

「私もこの目で見たんですが、未だに信じられませんよ。あの強さは異常です。何処にあんな力が……」

 二人が話し、悩んでいるうちに、粗方の片付けが終わったらしく、皆が帰る準備を整え始めた。そして別れ際、早苗の方からある提案を出した。

「今回は、こんな後味の悪い結果になってしまいましたが、皆も反省しているので、改めて席を設けようと思っているのですがどうでしょうか?」

「そうですね、私もその意見には賛成です。では改めて、今度は秋ぐらいにでも」

「紅葉を見ながらですか、それもいいですね」

 

 二人は笑いあい、約束を交わした。

何処かで、姉妹が嚔をするのが聞こえた気がした。

 

Fin

 

説明
第六回東方紅楼夢に出した小説です 様々なジャンルに挑戦しようと試行錯誤してギャグ調にしてみたんですが、ギャグのセンスが無いことに気づかされました 笑える作品を書くのは難しいです
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