「真珠は困りもの」を参考にした書きかけ
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例年この地方は夏が暑くて有名だったが、ここ数日は特に異常だった。折しもの燃料価格の高騰で電気料金は上がっていて、テレビは節電を呼びかけるくせに詰まらない電波を飛ばし続けてるし、街の店はどこだって口を開けっ放しにして外へ冷気を吐き出している。そういった都市生活のツケを払わされるのは僕のような小市民だった。それはいつだって同じ事だったし、だから僕は金に困り続けているんだけれど、それにしても今年の夏の暑さは異常で、クーラーを使わないと夜も寝られない有様だ。下手をするとあまりの暑さに死んでしまうかも知れないが、それを回避するには少々懐が心もとなかった。これはシリアスな問題だった。

 それで僕は今、ディナー・ジャケットの下で汗が冷えるのを我慢しながら、ちょっぴり高級で、ありふれた感じのナイトクラブのボックス席に座っているのだった。そして、これは決して誇張表現ではないが、目の前には肉の壁が迫っている。驚いたことにその壁は金になる話をしてくれるらしいので、僕はその相手をしっかりやらなくちゃならなかった。

「ねえ、あんた男なの」

「そのつもりで生きてきたけど」

「あたし、男が要るのよ」

 壁は先に煙草を差した長い長いシガレットホルダーをふらふらさせて言った。昔の映画の中で女優が持ってるような金色のやつで、とても優雅なアイテムだとは思ったけど、低く見積もっても重さ一〇〇キロ以上は確実であろう白い牛脂の塊には似合うわけもなかった。そのホルダーを持つ太い指(だと思う。確信は持てない)には大きな石の付いた輪っかがいくつか嵌っていて、先っぽの爪にはマニキュアが塗ってあった。もしかしたら、女なのかも知れない。僕は黙って壁を観察していた。今までこんなものには出会ったことがなかった。

「あんた、聞いてるの」

「聞いてるよ」

「男が要るのよ」

「ああ。僕がそうだよ」

「ブルドーザーと綱引きできて、そのあと涼しい顔で街のお洒落なバーにやって来て、皆からちやほやされることに慣れきったプロの女優をナンパしてその気にさせる、そんな男が要るのよ」見た目に似合わず壁の声は滑らかで女性的だった。聞き様によっては、映画の吹き替え声優が持っているようなセクシーな音色を含んでさえもいた。しかし体型由来の篭った感じも同時に声に出ていて、その僅かに残された女の魅力にブレーキをかけていた。

「あんた、そうなの?そのくらいのことができるって言えるのかしら?」

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「僕は昨日、知り合いに電話を貰ったんだ。困ってる人がいて、話を聞いて欲しがってるって。僕は事務所を構えるような仕事をやっていて、その仕事はこういう面倒ごとを聞くにはうってつけなんだ。だからきっと力になれると思った。それでここに来たんだ」

「タフで優しくて紳士でないと駄目なのよ」瞼の奥の眼が鈍く光った。

「うん。そのうちのいくつかならできると思うよ。全部いっぺんにやるなら特別屈強な海兵隊員にグレアム・チャップマンとローレンス・オリヴィエあたりの霊魂を憑依させる必要があるだろうけど」

「つまらない冗談はやめて頂戴」

「なら君も変な冗談はやめてくれよ。僕だって真面目なんだから。さっさと仕事の話をしようじゃないか」

 壁は分厚い瞼の隙間から、抜け目なく僕を分析しているようだった。バクダッドで路上の煙草売りを選ぶ男たちのように注意深くて抜け目のない視線だった。

「仕事の話、ね」壁は勿体つけた口調で言った。「聞きたいなら、聞かせてあげてもいいわよ。でも、聞かせるだけよ。あなたにはちょっと荷が重い感じがするから」

「君が相手なら誰でもそう言えるんじゃないかな」

「そうかも知れないわね。でも、これでもあたしは割と自分が気に入ってるのよ。話が聞きたいなら、そういう下品な物言いは慎むことね」壁はグラスから一口飲んで、唇に湿りをくれた。それから重心を背中の方に移して、ゆっくりと語りだした。

「あたし、男を一人飼ってたの。ちょっとアジア系の血が混じった童顔の男の子で、身長は160センチ少しくらい、身体は細身でほどよく締まってて、少し色あせた感じの茶色の髪にはぐれた狼みたいな寂しい眼をしてて、可愛いの。エル・パソのタワースイートに住まわせてディオールと週に30万を渡してたんだけど、それが一週間前に部屋を出てったきり帰って来なくなったのよ」

「ひゃー」つい、声が出た。「すごいや。男娼の稼ぎとしては立派すぎる額だ。契約の更新はしていたのかい?まさか忘れていたってオチじゃないよね」

「勘違いしないで。彼に渡していたお金なんて、別に普通の生活費よ。あなたが住んでる辺りは少し物価が違うのかも知れないけど、人の気持ちを引き止められるほどの額じゃないわ。言っておくけど、あたしと彼との関係はお金じゃないのよ。もちろん、お金もご褒美のうちの一つではあったけどね」

「わかったよ。それで僕は可哀想な都会の狼くんの代わりにお手でもすればいいのかい?」

「話はまだ終わってないわ。彼がホテルを出ていくとき、なかなか賢いポーターが一緒に出ていく女を覚えていたのよ。当然、人を雇って徹底的に調べさせたわ。そいつが誰かもすぐに解った。でも、雇った探偵がそのあとすぐに降りちゃったのよ。頼んだ仕事はまだ途中だったのに」

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「嫌な予感がするな」

「その泥棒猫…猫に狼が盗まれるってのも変だけど…の名前はイヴ・ベルだったわ。ばくち打ちのアレックス・スタインを知ってるでしょ。あいつの女よ」

 それを聞いて僕はつい腰を浮かせかけた。パンツの尻が蒸れてて気持ち悪かったというのもあるけど、そんなのは全体から見ればとても小さなことで、本当の理由は命が惜しかったからだった。でも今月の支払いのことや愛車のことを考えると、それ以上は身体に力が入らなかった。こっちだって僕が雨の後の干からびたミミズにならないためには、避けて通れないシリアスな問題なのだ。

「あたしが頼もうと思っていたのは、彼を見つけて、助けてやって欲しいってことなのよ。あたしは彼を愛しているわ。関係を終わらせたいのなら、それでいいのよ。すごく残念なことではあるけど、うんと我慢して手を引くわ。でも、もしもこんなことで彼を永久に失ってしまったら、さすがに耐え切れないと思う。アレックスは表立って悪さをするようなバカじゃないけど、決して大胆になれない意気地なしでもないわ。もしかしたら自分の女を取り戻そうとするかも知れないし、そうだとしたらもう動いてるに違いないわ。その時に彼の身がどうなるか、それがとにかく心配なのよ」

 何となく、僕は壁の物言いを気に入り始めていた。彼女はデブという道路標識を通り過ごして数十キロは行ってしまっているけど金持ちで、その割にはそれほど嫌らしくないし、それに、きっとそうで在るために人生の酸いも甘いも知り尽くしているのだろうと思った。でなければこんな話はできないだろう。アレックス・スタインとその仲間達は厄介だけど、今時こんな乙女な依頼人のために働く機会もそうそう無かった。僕は壁を彼女と呼んでもいいと思い始めていた。もちろん、彼女の示す報酬と今後の態度次第では、この評価もすぐに変わるだろうとも思った。

「やれやれ。僕に話が来るくらいだからあまり良い話じゃないだろうとは思ってたけど、あの悪名高いばくち打ちの相手をしないといけないとはね。しかし、アレックスも大切な自分の女なんだったら、それこそ首に鈴でも着けとけばいいのに」

「アレックスもアレックスでイヴの事を愛していたんでしょうよ。でも、そうね。あたしもそんな気分だわ。今頃、向こうもそう思ってるのかも知れないけどね」

「ま、とりあえず話はわかったよ。てっきり二人の間を引き裂いて片方の切れ端を持って来いってことかと思ったけど、とりあえずは狼さんが無事ワシントン条約をすり抜けるのを手助けすればいいってことか。でも、そっちの方が厄介だな。要はボディ・ガードじゃないか。どこか適当な逃げ場、隠れ場があるなら別だけどさ」

「場合によっては前者でもいいわよ。とにかく彼が助かるならね。そうなったらきっと後で、私たちは少なからず気まずくて不愉快な思いをするだろうけど、それは耐えればいいだけのことだわ」

 

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途中まで書いたはいいものの、うまく進められない
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