Loser Song
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 陽がやや落ちかけて、もう直に夕焼けが空一面に張り巡らされそうな頃、勝手知ったるマンションの前に来ていた。

 

 厳重そうなセキュリティは、機能的な安全云々の前に、こちらのマンションへと入る気力を削げ落としにきているようにも思える。まぁ、疾しい事なんてないからいいんだけどさ。

 などと嘯きながら、押し慣れた部屋番号を打ち込み、ドアを開けるように催促した。

 

 家主は相変わらずの気だるげな調子の声で「ほらよー」とだけインターホン越しに言い放つと、無遠慮にガチャリと無線を切る音を次に続けた。

 その、相も変わらずっぷりに多少嘆息して、開かれた自動ドアが閉まる前にそそくさとマンション内に足を運び入れる。

 

 これでも今日の主役なのだから、もう少しばかり歓迎の意があってもいいんじゃないだろうかと思うものの、しかし猫なで声で祝福を伝えてくる友人の姿を想像すると何故か寒気しか残らなかった。

 

 一応、念のためにと周囲を見渡し、見張られていないかをチェックする。

 立場的、あるいは職業的に仕方がないとはいえ、しかし鬱陶しいと思う気持ちもなくはない。

 

 

 

「えーっと、四階はっと……げっ、エレベーター故障中なの?」

 

 張り紙に書かれた『申し訳ありません』の記述がやけに恨めしく思えつつ、動いてないものはどうしようもない……日々のロードワークの一環だと自分を諭すように、階段へと足を向けた。

 

 けれど、なにも今日故障しなくたって良いだろうに……と、不平を洩らさずにはいられないのも本音で、自然と舌打ちをする。こうした仕草が目敏いバンドメンバーに見つかれば小姑のようにネチネチとした指摘を食らうので習慣にならない様に気を付けないとな。

 

 

 

 上がってしまえば四階なんてどうということもなく、さっさと友人が待つ部屋に向かった。

 

「ひーびき、お邪魔するよー」

 

 どうせ面倒くさがりな響のことだ、ボクが今日来ると分かってから鍵は開けっ放しにしてあるんだろう。

 

 そう踏んだ予想は正しく、無防備に分厚いドアは開き、中へと進んでいく。

 流石に何十と遊びに来れば部屋の勝手はよく分かっているものだ、申し訳程度にお持て成しの意として用意されていたスリッパを履き、リビングを目指す。

 

 

「よっす」

「おーっす、エレベーター故障してたろ?」

「そうそう、聞いてよ! さっきさ、最寄駅でも節電かなんかかでエスカレーター動かなくて階段で上ったんだよ、それでこれだよ……まったく、散々だね」

「そりゃ御愁傷様だ」

 

 リビングで開口一番、先ほどのエレベーターの文句を言う。

 

 待ちくたびれた様に地べたで胡坐をかきながら出迎えた響は、口でこそ慰めの言葉を吐いていた。

 しかしそんな言葉とは裏腹に、ボクの視界には笑い飛ばしている響の表情しか映らなかった。

 

 まぁ、逆の立場であればボクもそうするだろうし、そういう意味ではおあいこなんだろうけど。

 

 

 ただ、なんとなく納得はできなかった。

 

 

 

「まったくさー、皆少しも祝う気ないよね、ボクの誕生日」

「んなことねーだろ、こうやって呼んでやったんだしさー」

「誕生日じゃなくても暇だった呼ぶだろ、響」

「呼ぶけどさ」

 

 相変わらずの応酬を軽く交わし、適当な位置に腰かけようと空いている場所を探す。

 家主が地べただということに少し気が引けたが、それこそ響なりのもてなしなんだろうと空いていたソファーに腰掛けることにした。

 バネが緩く軋み、そして張られた革にほんの少しの皺が出来る。

 

 部屋にはランダム再生なのか統一性なく色々なアーティストの曲が流れていたが、その多くはミクスチャーロックに思えた。

 たぶん、その辺はわざわざボクに合わせてくれているんだろう。

 

 

 

 面倒くさがり屋で大雑把な振る舞いを日頃している割に響の自宅は結構綺麗に片付いているのだ。

 整頓されたキッチンの様子や、埃やシミの類が目につかないテーブルの具合なんかを見ると、つい実家の惨状を思い返してしまう。

 

 いや、キッチンとかは母さんの領分だからそこまで汚れていないけれど、しかし自分の部屋はとなると……うーん、当分一人暮らしは無理かもしれないな、ボクは。

 

 

 響や貴音のように芸能活動のために上京してきた者も居れば、千早や雪歩のように家庭に少し複雑な事情を持っている者も少なからず居るもので、規模自体は小さい765プロでも社員寮のようなものは用意されていたりする。

 

 まぁ、そもそも規模が小さいと言っても、それは事務所の立地的な話で、実のところ都心の一等地に引っ越しは出来るらしい。

 それをしないのは数人が想い出があるって引かないのが原因だったり……主に小鳥さんとか。

 

 中に所属している身とすればよく分からないけれど、この前事務所で律子が語ってたには、アイドル事務所765プロと言えば芸能界でもちょっとした勢力になっているらしい。

 まぁ、それはボクらが好き勝手した結果、知らない内に活動範囲が広まってしまったというのが本当なんだろうけど。

 

 そういう事情で、この社員寮もそうした事務所が持っている物件の一つなわけだけど、住居者の大半が所属アイドルだということもあって事務所の近くに併設されたのだ。

 

 で、そうなると当然、終電を逃したアイドルや、翌朝が早いアイドルなんかが自然と宿泊地に使ったりして、いつの間にか響の部屋みたいにボクらの溜まり場みたいな扱いになってしまっているわけだ。

 

 響のところに居るのはたぶん、最多は美希だろうなぁ。

 何かにつけて入り浸っているらしく、いくつかの美希の私物らしきものがちらほら室内に見当たる。

 

 

「そういえば美希は? 居ないとか珍しいじゃん」

「んな四六時中一緒に居るみてーな言い方すんなよなぁ。アイツは収録だとよ、終わってから来るっつってたから十時前には来るんじゃね?」

 

 どうにも響は美希とつるんでると表現されるのを嫌がる傾向にあるけれど、それは単に美希が響の保護者役だからだろう。

 一応、響の方が年上なはずなのだけれど、現状としていえば美希が響をコントロールしている感じだ。

 

 全く、961プロに行ってからというもの、美希の成長具合は凄いものだよ……うーん、よほどこの自堕落の相手が大変だったのだろうか?

 

 

「おい、ぜってー今、自分に対して失礼なこと考えたろ」

「分かる?」

「表情に出てるっつーの」

 

 

 軽く蹴りをボクに入れてから面倒くさそうに立ち上がり冷蔵庫の前まで行く響を、適当に座ったソファーから眺めていた。

 

 そして、ボクはといえば、変装用にというわけじゃないけれど、被っていたニット帽とメガネを外してテーブルの片隅に置いたりしていた。

 有名人ってほどじゃないにせよ、やっぱり多少はこういうものを身につけなくちゃ面倒だし、それを除いてもオフ日なんだから自分の趣味に従ったものを身につけたいと思うのはある意味で当然かもしれない。

 

 響みたいに公私で革ジャンに固いジーンズ、リーバイスのシャツで過ごしてるのも居れば、ボクみたいに落差が激しいのだっているわけだ。

 まぁ、日頃着ているゴシックパンクの類も嫌いじゃないけれど、それでもどちらかと言えばボクはヒップホップ系の方が好きなのだ。

 

 

 

「あー、どこ突っ込んだっけなぁ……つーか、邪魔くせぇ」

 

 ココからだとしっかりとは見えないが、冷蔵庫の中には色々と突っ込まれているのが分かる。

 あれで響は料理上手だし、結構マメなんだよなぁ。

 

 本人曰く普通だとのことだけれど、それは照れ隠しで、実際この前食べたシチューなんかは結構いい味してたと思う。

 

 

 そんな回顧をしてるとゴソゴソと冷蔵庫内を探り、長い指で二本の缶を引っ張り出してくる。

 それが瞬時に何か分かると、少し苦笑したような表情を作ってみた。

 

 

「まだ日は落ちてねーけど、いいだろ」

「てか、その前にクリアしてない問題が一個あるだろ」

「なーに今更良い子ちゃんしてんだよ」

 

 ほらよ……っと、非常識にも缶をこちらに投げてくる響、憎たらしい具合にコントロールはよく、綺麗な山なりの軌道を描き、すっぽりと掌の中に収まる。

 

 ひんやりと冷えたそれを見遣り「仕方ないから付き合ってあげるよ」なんて軽口を叩いた。

 

「いつもお前だっていい加減飲んでるじゃねーかよ」

「うっさいなぁ、主犯と共犯じゃ罪の重みは違うんだぞ?」

「どっちもどっちだろ」

 

 少し上機嫌に笑う響、良く見れば少し頬に朱がさしており、どうやらあれは二本目らしい。

 

 

 学がない部類のボクでも知っている、この国の基本的な法律……未成年のアルコール禁止とやらだ。

 

 で、手元にあるシルバーの缶は、ラベルにばっちりと麦の絵柄が映っていて、世間一般的に言うビールというヤツだった。

 

 

 まぁ、実際のところ響が言うようにボクも行儀良い性格じゃないし、こうやって現物があればついつい飲んでしまうわけだけど。

 

 芸能界なんて言っても、やっぱり色々と潜んでいたりするもので、付き合いの中には悪い友達のようなものだって出来なくはない。

 特にボクや響なんかは趣味的にもそういう傾向にあるし、悪事に憧れる年頃ってわけじゃないけど、ついそうしたものに手を伸ばしてしまうわけだ。

 

 まぁ、行儀良くなくったとしても良識程度はあるつもりで、ボクらがこうした俗にいう反社会的な行為に至るのはもっぱら響の部屋でだった。

 

 もちろん、そこには律子という怖い風紀委員の存在も関係していなくはないのだけれど。

 ただ、それにしたってどちらかと言えば黙認している感じで、そうした部分にある意味で芸能界の暗さが表れていなくもない。

 などと、難しい事を考えてみるのも性に合わず、思考を放棄してアルコールのもたらす程良い心地良さを享受した。

 

 

 

 ゴクっと飲み干し、アルミの缶を潰して小さくしてる頃会いに、キッチンの方からシュボっという聞き慣れた音がしてくる。

 

 

「今日は美希が居ないから好きに振る舞えるってかい?」

「んなんじゃねーよ……つーかお前は?」

「言ってるだろ、ボクは煙草はパスだって」

 

 フーッと響が吐き出した紫煙は、響自身が持っている雰囲気や目つきの悪さといった要素と絡み、それなりに様に成っているようにも思える。

 しかし、結論的に言えば、やっぱりそれは自堕落なギタリストの姿で、カッコよさには程遠いものがあるのかもしれない。

 

 

 

 集団が居れば良い子と悪い子に分かれるよう、765プロも例外じゃなかった。

 たとえば響やボクなんかみたいに救いようのないヤツらも居るし、千早や律子なんかのような常識人も少なくない。

 

 まぁ、ボクらはボクらなりに上手くやっているつもりだし、そういう意味では良いバランスを保っているのかもしれない。

 

 

 そういえば、と一つ思い出す。

 961プロに出て行く前の美希はお世辞にもしっかりとはしていなかったし、つまりはどちらかと言えばボクらのような落ちこぼれサイドだったのだ。

 それがいざこちらに戻ってくれば、今だにマイペースさは健在なものの、生来の我が儘さは随分と減ったように思える。

 

 最初こそそれを不思議に思ったけれど、こうして響と長く付き合ううちに、あのゆとりっ子の性格を矯正したのが、美希の更に上をいくこのマイペースな自堕落人間のおかげだったというのは明白だった。

 

 

 

 世間一般的に見れば、ボクらなんていうのは充分に不良と烙印を押される類で、アイドルなんていう正統派はそれこそ美希やあずささんの類なんだろうなぁと思う。

 

 真空管の煩い音が好き、ターンテーブルの喧しい音が好き、フロアの騒がしい音が好き、猥雑な感じが好きで、落ちこぼれた者たちの宴が好きなんだ。

 

 社会から遠ざけられるように出来そこないのボクらは隔離されて、だけどそんな事実を認めたくないボクらは、それをカッコつけてロックだとかなんだとか言い訳しているだけだった。

 

 

 

 プシュっと二本目の缶が開く音がした。

 それはキッチンからか、ボクの手元からだか、正直分からなかった。

 

 

 

「そう言えばよ」

「ん?」

「お前、なんで雪歩と仲良いんだ?」

 

 うーん、と少し悩んで、なんと返答しようか凄く迷う問いだった。

 少し視線を天井付近で右往左往させてから問った響本人の方を見遣る。

 

 何故か同時に開け始めたというのに響はもう三缶目を飲み干していたし、タバコにしたって灰皿に二本は突っ込まれているようだ。

 少し頭痛くなるのを感じながら、ボクは言葉を吐き出す。

 

 

「響だって美希と仲良いじゃないか」

「まー、自分らはユニットだったしなぁ。貴音は自由人だったから残された自分らが仲良くなった感じだぞ?」

 

 その言葉に『貴音は何にも考えてないで自由過ぎるし、響は気短で自棄的だから、二人の面倒を見るのは疲れたの』と泣きながらに律子に語っていた十四歳の少女の姿を思い浮かべる。

 

 なんというか、彼女の成長の陰には、そういう涙ぐましい話があったというのは流石にボクだけが秘めておこう。

 

 

「そうだなぁ……」

 

 話を切り替えるように、ボクと雪歩が仲良くなった理由を探してみるも、考えてみればこれというキッカケもなく、次第に仲良くなっていったという感じなのを思い出す。

 

「ボーっとしてた雪歩によくちょっかいを出してたのがボクだったからじゃないかなぁ」

「気になる子を虐める男子じゃねーかよ、それ」

「うるっさいなー、仕方無いだろ、あの頃の雪歩は今以上に無表情だったんだしさぁ、気になるじゃん」

 

 今でも決して表情が分かりやすいというわけじゃないけれど、それでも雪歩が事務所に入ってきた当初は本当に能面を付けているのかと思うくらいにいつでも同じ表情をしていたものだ。

 

 

 あぁ、そういえば、

 

「ちょうどさ、オーディションの話が一個あったんだよ、当時。で、雪歩に受けさしてみようかってなって、そん時にプロデューサーが雪歩に『せめて無表情じゃなくてしおらしい感じに笑ってみたらどうだ?』って助言したんだよね」

 

 雪歩を笑わそうとあの手この手と四苦八苦していた当時のプロデューサーの姿を思い出す。

 傍目にしても滑稽だけれど、当人は必死だったんだろうなぁ。 良い思い出かどうかは分からないけれど、大切な記憶の一つであるのは確かだ。

 

「そしたらさ、それをどう解釈したのかひたすらオドオドした感じで乗り切ったみたいなんだよね。で、それから事務所外の人が居るところではオドオドと、レッスン中だとか事務所内では無表情ってな具合で変わった子だったんだよ」

「あー、そういや自分らと会った時も雪歩はオドオドしてたなぁ。ビックリしたぞ、移籍当初は」

「ま、そんなわけで興味惹いたんだよ、雪歩は」

「へー、なるほどなー」

 

 冷蔵庫前で立っているのが面倒になったのか、もう一缶を持ち出すと、テーブルに灰皿と一緒に置き、ドカっと腰を下ろした。

 ただ、すぐに「あー、肴ねぇよな」と呟き、いそいそと冷蔵庫前にリターンしていく響。柄の悪いしゃがみ方で冷蔵庫内を漁り、ラップされた大皿が出てくるのが分かった。

 一瞬、カルパッチョかなんかかと思ったけれど、そんな小洒落たものを響が作るとは思えないし、パッと見た限りカツオのたたきか何かだろう。

 

 

「ん、適当に取ってくれ」

「ありがとさん」

 

 器用に片手で大皿を持つと、バサッとランチョンマットを広げ、その上にコトンと置く。

 盛られていたのはやっぱりカツオのたたきで、散らされている刻みネギが良い香りを漂わせていた。

 

「でもさ」

 

 口に含んだカツオと大根をビールで流し込み、軽く余韻を味わってから一服しつつ、響が言葉を続けてくる。

 

「お前と雪歩って結構性格違うじゃんか、つーか、騒がしい好きのお前が雪歩と一番仲が良いっつのがよく分かんねぇ」

「そうだなぁ……別に考えたことなかったけどさ」

 

 響にそれだけ言葉を返し、少し考え込みつつ箸をカツオに向ける。

 

 口に運べば先程まで冷蔵庫に入れられていただけあってひんやりと、けれど鮮度は少しも落ちていない具合で、絶妙な美味しさがあった。

 シャキリと口内に響く大根の食感もよく、たしかにこれは良い肴だと思う。

 

 二噛みくらいし、響と同じようにビールで胃の方にまで流し込む。

 舌の上に残る微かな苦みと、喉奥を伝っていく感覚に満足しながら言葉の続きを考えつつ喋った。

 

 

「たぶんさ、空気が良いんだよ」

「はぁ?」

「空気ってか、距離感? 喋ってても黙ってても疲れない感じ。雪歩の空気が一番心地良いんだよね、ボクがボクらしく居れるっていうかさ」

「ふーん、空気ねぇ」

「こんな感じでボクもアウトローというか、落ちこぼれ組じゃん? これでも一人前に劣等感というか……あー、羨ましいな、って感じたりするんだよ、正道歩いてる人見るとさ。でも雪歩と一緒に居たらそんな落ちこぼれちゃったボクも、ボクなんだから良いじゃんって思わせてくれるんだよね」

「分かんなくねぇけどさ……つーか、お前、今さ、自分も一括りにしたよな、落ちこぼれ組って」

「否定できる要素があるなら聞くけど?」

「………………いや、ねぇけどさ」

 

 少しの沈黙を挟んで、観念したように響は言う。

 

 

 アルコールの所為か、少し感傷的なことを言ってしまったような気がするけれど、しかし本心だったりもする。

 そりゃ、確かに人様には誇れない生活をしてて、こうやって社会への反抗を気取ってみたりもするけれど、それは単にそうしなければこの社会の中に順応できないボクらの弱さが原因なんだ。

 だから、強い人を見ればやっぱり羨ましくもなるし、酷く自分がカッコ悪いと自覚してしまう。

 

 だけど、雪歩はそんなカッコ悪いボクですら、それでいいんじゃないかと言ってくれる。

 そんなカッコ悪さすら、カッコいいと言ってくれる……いや、カッコいいとさえも言わない。

 

 ただ、いつものように「真ちゃんらしいね」と、決して明瞭じゃない表情で、だけどボクに分かるよう笑いかけてくれるんだ。

 

 

「きっとさ」

 

 調子に乗って、あるいはアルコールに流されて、ボクは続けた。

 

「雪歩が居なかったらもっとダメになってたと思うよ。自棄的ってかな、もうどうしようもないくらいにダメダメだったね。たぶん、響くらいに」

「おいっ」

 

 少し煙ったい笑いが室内に響く。

 

「いや、だけどさ、実際のところボク結構、雪歩に救われてるんだよね。皆さ、ボクが雪歩を引っ張って行ってるみたいに言うんだけど、実際は違くて、雪歩が後ろから背中を押してくれてるんだよ」

 

 日頃ならきっと響が相手でも言いはしなかったんだろうけれど、つい誕生日だなんていう、やや非日常的なことと、やっぱりお酒と部屋に漂う紫煙の香りの所為だろうか、言葉が調子付く。

 

 

 クックックッと、声を殺した感じに響が笑う。

 楽しい時の笑いというよりは、何かを面白がっているという感じだ。

 

 こういう際において、ボクより響の方が柄が悪いんじゃないだろうかと思わなくもないが、しかし、それもどっちもどっちというものかもしれない。

 

 

「つーかさ、随分と熱心に語ってくれたけど、お前に救われてるよって言われたら結構な人数が落ちるんじゃね?」

「あー、はいはい、どーせ王子様ですよ、ボクは」

「わりぃわりぃ、ところで王子様、後ろにお姫様が到着してるようだぞ」

 

 響のその一言でハッとし、慌てて後ろを向く。

 壁伝いに視線を沿わしていき、廊下部分にまで目が行くと、流石に言葉を失った。

 

 

 

「私が居るのを知っててそういう小恥ずかしい話題を続けるのは良くないと思うんだけどね。どうだろうかな響ちゃん?」

「いやー、こいつがあまりにも饒舌だったもんで、ついな」

「真ちゃんが完全にフリーズしてるようだけど?」

「え、いや、えっ……い、いつから居たのさ、雪歩……」

 

 そこに立っていたのは紛れもなくつい今し方まで話題に出していた、というか感謝の念を述べていた雪歩本人で、うわー、え、なにこれ、すっごい恥ずかしいんだけどっ!

 

 

「いつからって言われても私は真ちゃんより早くに着いてたんだ。朝一の収録だったから隣の部屋でちょっと寝さしてもらってたんだけど起きてきてみたらこんな羞恥環境だったの」

 

 

 よく見れば、あの無表情な雪歩にしては珍しいぐらいに動揺が見てとれたし、何より少し照れたように染まった頬の朱色は隠しようがなかった。

 

 

 そこまで見てからハタと気付き、響に問いかける。

 

「靴! そういえば靴は? 流石にボクだってあれば気付いてたよ」

「ま、だろーと思ってしまっといた」

「響ぃ!」

 

 悪びれていないというか、こんな悪戯はどうだと言わんばかりの態度に思わずツッコミを入れるけれど、まぁ、実際のところそこまで思う所があるわけじゃない。

 なんというか、それもまたボクらなりの相変わらずだった。

 

「響ちゃんはたまに凄く意地が悪い時ってあるよね」

「いーじゃんかよ、真の本音が聞けたんだからさ」

「そういう問題でもないと思うんだ」

 

 

 コトリと雪歩がボクの横に座り、灰皿に盛られた煙草だったものと、空けられた缶を見咎め、少し考えてから嘆息する仕草を見せた。

 

 美希はこうした響の行動には否定的で、よく諌めるという話は聞くけれど、そういえば雪歩がボクに対してそうしたことを言った事はなかったと思い出す。

 それは単に言ったところで聞く性格じゃないと分かられているからな気もするけれど。

 

「けどよー、雪歩、なんか思うところねぇの?」

「何か?」

「いや、まこりん王子の告白にさ」

「……響ちゃんは一回酔い覚ましをした方が良いと思う。というか私がさせます」

「冗談だよ、じょーだん」

 

 目前に置かれているアルコールの類には我関せずといった具合に一人湯呑にお茶を注ぎ、堪能している雪歩。

 

 大きめのシャツにロングスカートという、少し野暮ったい、いつもと変わらない地味目の服装だったけれど、そのシャツは前にボクが見繕ったものであることに気付く。

 

 なんというか、こういう何気ないことで認められた気分になるのは、それだけ本当のところは自分に自信がないからなのかもしれない。

 そんなことを少しだけ思った。

 

 

「ん、あー、もうこんな時間か……っかしぃなぁ、リボンがそろそろ来るはずなんだけどよ」

「へぇ、春香も来るんだ?」

「あと千早もだとよ、それに美希で……あー、流石に全員分作るのは面倒だわ、ピザかなんか取ろうぜ」

 

 

 まぁ、実のところ他の人たちには日程が合わなくて既に祝ってもらっているから構わないんだけれど、しかしやっぱり誕生日当日にはそれはそれで何もなしは悲しいものだ。

 

 しかし、残りのメンツを考えてみるに、こうなれば常識人の千早と、響の保護者である美希が充分に苦労する羽目になるのは安易に予想付く。

 

 まぁ、今日ばかりはそんな楽しみをボクが望んでいるからということで手を打って貰おう。

 

 

 

 いくつかのチラシが乱雑に積み重ねられているボックスから響は数店のものを引っ張り出してくる。

 好きに決めろよと投げられたそれらを掴み、少し思案してみる。

 が、いざこうやって目の前に膨大な種類のメニューが並べば迷うもので、なかなか即決とはいかない。

 

 

「あぁ、あれだ、ローソク刺そうぜ、ピザに。ちょっと買ってくるわ」

「響ちゃんは今出たらマズいと思うんだ」

「ん、あー……確かになぁ、リボンにメールしとっか」

「春香、絶対おかしなもの買ってくるだろ……」

 

 イヤな予感というか、確信的に思える未来を予想して、こっそりと千早に制止をお願いしておこうかと迷う。

 ただ、暴走した春香を相手に千早が奮闘するとは思えないし、ここは潔く諦めて、響の部屋には犠牲になってもらおう。

 

 そんなことに思考を巡らせつつ、いくつかのチラシをパラパラと捲っていく。

 

 こうなってしまうと、もうどれもが似たように思えてきて、更にどうするか悩んでしまう悪循環に陥るのだ。

 最終的には響に任してしまおうかと思いつつ、パッと横に居る雪歩が視界に入った。

 

 そうだ、と決め込み、

 

「雪歩はさ、どれが良いと思う?」

「私? うーん。日頃こういうもの頼まないから分からないけれど……」

 

 

 ベジタリアという程ではないけれど、確か雪歩は脂っこいものは苦手だったと思い出す。

 なんだかんだで優柔不断なボクは結構、判断を相手に任してしまう癖があり、ついつい話を振ってしまったのだ。

 

「でもコレなんかどうだろう? 真ちゃんってこういうの好きだったと思う」

 

 少しの申し訳なさを感じているとパッと指を一枚の写真に向けながら提案をしてくる。

 そちらの方に視線を向けてみると、海鮮系のピザで、期間限定なのかデカデカと特徴が書かれている。

 確かに海産物は好きだし、せっかくだからこれにしようかと思いつつ、ボクが好きそうというのはどういう意味だったんだろうかとほんの少し疑問に思った。

 

 いや、別に嫌いだというわけでもないのだけれど、ただ殊更好きだというわけでもなかったので……と、そこまで考えてからなるほどと納得する。

 豊富な具材が売りなのか、ホワイトソースベースであることと並んで様々な海産物が使われている事をアピールしている記事、その中でも一押しだと言った風にカニがふんだんに使われているのだと謳われていた。

 

 

「雪歩、覚えてたの?」

「ん?」

「いやさ、前にほら、ボクがカニ好きだって」

 

 グルメ番組かなんかのロケで、たまたま同行者の方がカニを食べた時に羨ましいと零したことがあったのだ。

 その時に雪歩に滅多には食べれないけれどカニは結構好きなんだと話をしたっけ……まさかそれを覚えられているとは思わなかった。

 

 

「うん。真ちゃんの好きなものは忘れるわけないよ」

 

 

 

 ボクの勘違いなのかもしれないけれど、ただその表情には微かに誇らしげといった風にも取れ、それはまるでボクの好物を覚えていることが自分にとって大事なことなのだと言わんばかりだった。

 

 まったく、本当にボクは幸せなヤツだ、おめでたいと言ってもいいかもしれない。

 だって、そんなことでまたボクは嬉しくなっているんだし、さっきまでの落ちこぼれな自分を非難していたことなんてすっかりと頭の中から抜け落ちてるんだから。

 

 

「あぁ、うん、よし、これにしよう」

「お気に召したようで一安心だよ」

「ありがと、雪歩」

「うん? うん、どういたしまして」

 

 雪歩はといえば、どうして礼を言われるのかと少し怪訝気味だったけれど、逡巡していたボクを後押したしたことに対する礼だと判断したようだった。

 

 

 その裏に隠れている真意なんてものは、ボクだけが知っていればいい。

 

 

 

「おぅ、決まったか?」

 

 春香に電話していたらしい響が戻ってくる。

 今までのやり取りなんかを知らず、だから不自然にニヤけているボクを少し不審がりながら「これがいい」とボクが希望した品に視線を移した。

 

 どうせ足りないだろうから他のものは適当に頼んでおくぞとボクらの了承を取り、電話をかけに行く響。

 

 部屋にはボクらだけが残された。

 

 

「そういえば真ちゃん」

「ん?」

 

 部屋が静かになることを許さず、しかし騒がしくもない具合に雪歩はその先を喋る。

 

 

「さっきの嬉しかったよ。救われてるって。私も真ちゃんに随分救われてるから二人ともお揃いだね」

 

 

 そう言って微笑んだのは、たとえボクでなくたって、雪歩と短い付き合いだとしても、分かっただろう。

 

 それくらいに明瞭な、はっきりとした笑みを雪歩はボクに向けたのだ。

 

 

 ほんのちょっと照れくさくて、だけど嬉しくて、だからボクは少しだけ雪歩から視線を外して、頬の赤さはお酒の所為にして、呟いた。

 

 

 

「ありがとさん、親友」

「どういたしまして。大切な友達さん」

 

 

 

 部屋の音楽は次の曲に切り替わった。

 流れているのはレッチリのBy the Wayだ。

 相変わらず響はセンスがいい、ボクは楽しくなる。

 

 家主の居ない部屋、残されたボクら、流れる音楽、映画のラストシーンのようだった。

 だけど、生活は終わらないし、ボクらにはエンドロールは流れない。

 

 負けっぱなしの落ちこぼれ人生なのかもしれないけれど、それはそれなりにロックを気取って、煩い音の中に埋もれていくのだ。

 

 まだまだボクらの歌は終わらない、喧騒は終わらないままだ。

 

 

 

「あぁ、そうだ――」

 

 

 そしてボクはまた喋り出す。

 

 とりとめもなく、新しい話題を探しては「そういえば」と言い出すんだ。

 敗北者の歌は、次の歌詞を見つけてはBy the Wayと続けるんだった。

 

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 上がってしまえば四階なんてどうということもなく、さっさと友人が待つ部屋に向かった。

 

「ひーびき、お邪魔するよー」

 

 どうせ面倒くさがりな響のことだ、ボクが今日来ると分かってから鍵は開けっ放しにしてあるんだろう。

 

 そう踏んだ予想は正しく、無防備に分厚いドアは開き、中へと進んでいく。

 流石に何十と遊びに来れば部屋の勝手はよく分かっているものだ、申し訳程度にお持て成しの意として用意されていたスリッパを履き、リビングを目指す。

 

 

「よっす」

「おーっす、エレベーター故障してたろ?」

「そうそう、聞いてよ! さっきさ、最寄駅でも節電かなんかかでエスカレーター動かなくて階段で上ったんだよ、それでこれだよ……まったく、散々だね」

「そりゃ御愁傷様だ」

 

 リビングで開口一番、先ほどのエレベーターの文句を言う。

 

 待ちくたびれた様に地べたで胡坐をかきながら出迎えた響は、口でこそ慰めの言葉を吐いていた。

 しかしそんな言葉とは裏腹に、ボクの視界には笑い飛ばしている響の表情しか映らなかった。

 

 まぁ、逆の立場であればボクもそうするだろうし、そういう意味ではおあいこなんだろうけど。

 

 

 ただ、なんとなく納得はできなかった。

 

 

 

「まったくさー、皆少しも祝う気ないよね、ボクの誕生日」

「んなことねーだろ、こうやって呼んでやったんだしさー」

「誕生日じゃなくても暇だった呼ぶだろ、響」

「呼ぶけどさ」

 

 相変わらずの応酬を軽く交わし、適当な位置に腰かけようと空いている場所を探す。

 家主が地べただということに少し気が引けたが、それこそ響なりのもてなしなんだろうと空いていたソファーに腰掛けることにした。

 バネが緩く軋み、そして張られた革にほんの少しの皺が出来る。

 

 部屋にはランダム再生なのか統一性なく色々なアーティストの曲が流れていたが、その多くはミクスチャーロックに思えた。

 たぶん、その辺はわざわざボクに合わせてくれているんだろう。

 

 

 

 面倒くさがり屋で大雑把な振る舞いを日頃している割に響の自宅は結構綺麗に片付いているのだ。

 整頓されたキッチンの様子や、埃やシミの類が目につかないテーブルの具合なんかを見ると、つい実家の惨状を思い返してしまう。

 

 いや、キッチンとかは母さんの領分だからそこまで汚れていないけれど、しかし自分の部屋はとなると……うーん、当分一人暮らしは無理かもしれないな、ボクは。

 

 

 響や貴音のように芸能活動のために上京してきた者も居れば、千早や雪歩のように家庭に少し複雑な事情を持っている者も少なからず居るもので、規模自体は小さい765プロでも社員寮のようなものは用意されていたりする。

 

 まぁ、そもそも規模が小さいと言っても、それは事務所の立地的な話で、実のところ都心の一等地に引っ越しは出来るらしい。

 それをしないのは数人が想い出があるって引かないのが原因だったり……主に小鳥さんとか。

 

 中に所属している身とすればよく分からないけれど、この前事務所で律子が語ってたには、アイドル事務所765プロと言えば芸能界でもちょっとした勢力になっているらしい。

 まぁ、それはボクらが好き勝手した結果、知らない内に活動範囲が広まってしまったというのが本当なんだろうけど。

 

 そういう事情で、この社員寮もそうした事務所が持っている物件の一つなわけだけど、住居者の大半が所属アイドルだということもあって事務所の近くに併設されたのだ。

 

 で、そうなると当然、終電を逃したアイドルや、翌朝が早いアイドルなんかが自然と宿泊地に使ったりして、いつの間にか響の部屋みたいにボクらの溜まり場みたいな扱いになってしまっているわけだ。

 

 響のところに居るのはたぶん、最多は美希だろうなぁ。

 何かにつけて入り浸っているらしく、いくつかの美希の私物らしきものがちらほら室内に見当たる。

 

 

「そういえば美希は? 居ないとか珍しいじゃん」

「んな四六時中一緒に居るみてーな言い方すんなよなぁ。アイツは収録だとよ、終わってから来るっつってたから十時前には来るんじゃね?」

 

 どうにも響は美希とつるんでると表現されるのを嫌がる傾向にあるけれど、それは単に美希が響の保護者役だからだろう。

 一応、響の方が年上なはずなのだけれど、現状としていえば美希が響をコントロールしている感じだ。

 

 全く、961プロに行ってからというもの、美希の成長具合は凄いものだよ……うーん、よほどこの自堕落の相手が大変だったのだろうか?

 

 

「おい、ぜってー今、自分に対して失礼なこと考えたろ」

「分かる?」

「表情に出てるっつーの」

 

 

 軽く蹴りをボクに入れてから面倒くさそうに立ち上がり冷蔵庫の前まで行く響を、適当に座ったソファーから眺めていた。

 

 そして、ボクはといえば、変装用にというわけじゃないけれど、被っていたニット帽とメガネを外してテーブルの片隅に置いたりしていた。

 有名人ってほどじゃないにせよ、やっぱり多少はこういうものを身につけなくちゃ面倒だし、それを除いてもオフ日なんだから自分の趣味に従ったものを身につけたいと思うのはある意味で当然かもしれない。

 

 響みたいに公私で革ジャンに固いジーンズ、リーバイスのシャツで過ごしてるのも居れば、ボクみたいに落差が激しいのだっているわけだ。

 まぁ、日頃着ているゴシックパンクの類も嫌いじゃないけれど、それでもどちらかと言えばボクはヒップホップ系の方が好きなのだ。

 

 

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「あー、どこ突っ込んだっけなぁ……つーか、邪魔くせぇ」

 

 ココからだとしっかりとは見えないが、冷蔵庫の中には色々と突っ込まれているのが分かる。

 あれで響は料理上手だし、結構マメなんだよなぁ。

 

 本人曰く普通だとのことだけれど、それは照れ隠しで、実際この前食べたシチューなんかは結構いい味してたと思う。

 

 

 そんな回顧をしてるとゴソゴソと冷蔵庫内を探り、長い指で二本の缶を引っ張り出してくる。

 それが瞬時に何か分かると、少し苦笑したような表情を作ってみた。

 

 

「まだ日は落ちてねーけど、いいだろ」

「てか、その前にクリアしてない問題が一個あるだろ」

「なーに今更良い子ちゃんしてんだよ」

 

 ほらよ……っと、非常識にも缶をこちらに投げてくる響、憎たらしい具合にコントロールはよく、綺麗な山なりの軌道を描き、すっぽりと掌の中に収まる。

 

 ひんやりと冷えたそれを見遣り「仕方ないから付き合ってあげるよ」なんて軽口を叩いた。

 

「いつもお前だっていい加減飲んでるじゃねーかよ」

「うっさいなぁ、主犯と共犯じゃ罪の重みは違うんだぞ?」

「どっちもどっちだろ」

 

 少し上機嫌に笑う響、良く見れば少し頬に朱がさしており、どうやらあれは二本目らしい。

 

 

 学がない部類のボクでも知っている、この国の基本的な法律……未成年のアルコール禁止とやらだ。

 

 で、手元にあるシルバーの缶は、ラベルにばっちりと麦の絵柄が映っていて、世間一般的に言うビールというヤツだった。

 

 

 まぁ、実際のところ響が言うようにボクも行儀良い性格じゃないし、こうやって現物があればついつい飲んでしまうわけだけど。

 

 芸能界なんて言っても、やっぱり色々と潜んでいたりするもので、付き合いの中には悪い友達のようなものだって出来なくはない。

 特にボクや響なんかは趣味的にもそういう傾向にあるし、悪事に憧れる年頃ってわけじゃないけど、ついそうしたものに手を伸ばしてしまうわけだ。

 

 まぁ、行儀良くなくったとしても良識程度はあるつもりで、ボクらがこうした俗にいう反社会的な行為に至るのはもっぱら響の部屋でだった。

 

 もちろん、そこには律子という怖い風紀委員の存在も関係していなくはないのだけれど。

 ただ、それにしたってどちらかと言えば黙認している感じで、そうした部分にある意味で芸能界の暗さが表れていなくもない。

 などと、難しい事を考えてみるのも性に合わず、思考を放棄してアルコールのもたらす程良い心地良さを享受した。

 

-4ページ-

 

 

 ゴクっと飲み干し、アルミの缶を潰して小さくしてる頃会いに、キッチンの方からシュボっという聞き慣れた音がしてくる。

 

 

「今日は美希が居ないから好きに振る舞えるってかい?」

「んなんじゃねーよ……つーかお前は?」

「言ってるだろ、ボクは煙草はパスだって」

 

 フーッと響が吐き出した紫煙は、響自身が持っている雰囲気や目つきの悪さといった要素と絡み、それなりに様に成っているようにも思える。

 しかし、結論的に言えば、やっぱりそれは自堕落なギタリストの姿で、カッコよさには程遠いものがあるのかもしれない。

 

 

 

 集団が居れば良い子と悪い子に分かれるよう、765プロも例外じゃなかった。

 たとえば響やボクなんかみたいに救いようのないヤツらも居るし、千早や律子なんかのような常識人も少なくない。

 

 まぁ、ボクらはボクらなりに上手くやっているつもりだし、そういう意味では良いバランスを保っているのかもしれない。

 

 

 そういえば、と一つ思い出す。

 961プロに出て行く前の美希はお世辞にもしっかりとはしていなかったし、つまりはどちらかと言えばボクらのような落ちこぼれサイドだったのだ。

 それがいざこちらに戻ってくれば、今だにマイペースさは健在なものの、生来の我が儘さは随分と減ったように思える。

 

 最初こそそれを不思議に思ったけれど、こうして響と長く付き合ううちに、あのゆとりっ子の性格を矯正したのが、美希の更に上をいくこのマイペースな自堕落人間のおかげだったというのは明白だった。

 

 

 

 世間一般的に見れば、ボクらなんていうのは充分に不良と烙印を押される類で、アイドルなんていう正統派はそれこそ美希やあずささんの類なんだろうなぁと思う。

 

 真空管の煩い音が好き、ターンテーブルの喧しい音が好き、フロアの騒がしい音が好き、猥雑な感じが好きで、落ちこぼれた者たちの宴が好きなんだ。

 

 社会から遠ざけられるように出来そこないのボクらは隔離されて、だけどそんな事実を認めたくないボクらは、それをカッコつけてロックだとかなんだとか言い訳しているだけだった。

 

 

 

 プシュっと二本目の缶が開く音がした。

 それはキッチンからか、ボクの手元からだか、正直分からなかった。

 

 

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「そう言えばよ」

「ん?」

「お前、なんで雪歩と仲良いんだ?」

 

 うーん、と少し悩んで、なんと返答しようか凄く迷う問いだった。

 少し視線を天井付近で右往左往させてから問った響本人の方を見遣る。

 

 何故か同時に開け始めたというのに響はもう三缶目を飲み干していたし、タバコにしたって灰皿に二本は突っ込まれているようだ。

 少し頭痛くなるのを感じながら、ボクは言葉を吐き出す。

 

 

「響だって美希と仲良いじゃないか」

「まー、自分らはユニットだったしなぁ。貴音は自由人だったから残された自分らが仲良くなった感じだぞ?」

 

 その言葉に『貴音は何にも考えてないで自由過ぎるし、響は気短で自棄的だから、二人の面倒を見るのは疲れたの』と泣きながらに律子に語っていた十四歳の少女の姿を思い浮かべる。

 

 なんというか、彼女の成長の陰には、そういう涙ぐましい話があったというのは流石にボクだけが秘めておこう。

 

 

「そうだなぁ……」

 

 話を切り替えるように、ボクと雪歩が仲良くなった理由を探してみるも、考えてみればこれというキッカケもなく、次第に仲良くなっていったという感じなのを思い出す。

 

「ボーっとしてた雪歩によくちょっかいを出してたのがボクだったからじゃないかなぁ」

「気になる子を虐める男子じゃねーかよ、それ」

「うるっさいなー、仕方無いだろ、あの頃の雪歩は今以上に無表情だったんだしさぁ、気になるじゃん」

 

 今でも決して表情が分かりやすいというわけじゃないけれど、それでも雪歩が事務所に入ってきた当初は本当に能面を付けているのかと思うくらいにいつでも同じ表情をしていたものだ。

 

 

 あぁ、そういえば、

 

「ちょうどさ、オーディションの話が一個あったんだよ、当時。で、雪歩に受けさしてみようかってなって、そん時にプロデューサーが雪歩に『せめて無表情じゃなくてしおらしい感じに笑ってみたらどうだ?』って助言したんだよね」

 

 雪歩を笑わそうとあの手この手と四苦八苦していた当時のプロデューサーの姿を思い出す。

 傍目にしても滑稽だけれど、当人は必死だったんだろうなぁ。 良い思い出かどうかは分からないけれど、大切な記憶の一つであるのは確かだ。

 

「そしたらさ、それをどう解釈したのかひたすらオドオドした感じで乗り切ったみたいなんだよね。で、それから事務所外の人が居るところではオドオドと、レッスン中だとか事務所内では無表情ってな具合で変わった子だったんだよ」

「あー、そういや自分らと会った時も雪歩はオドオドしてたなぁ。ビックリしたぞ、移籍当初は」

「ま、そんなわけで興味惹いたんだよ、雪歩は」

「へー、なるほどなー」

 

 冷蔵庫前で立っているのが面倒になったのか、もう一缶を持ち出すと、テーブルに灰皿と一緒に置き、ドカっと腰を下ろした。

 ただ、すぐに「あー、肴ねぇよな」と呟き、いそいそと冷蔵庫前にリターンしていく響。柄の悪いしゃがみ方で冷蔵庫内を漁り、ラップされた大皿が出てくるのが分かった。

 一瞬、カルパッチョかなんかかと思ったけれど、そんな小洒落たものを響が作るとは思えないし、パッと見た限りカツオのたたきか何かだろう。

 

 

「ん、適当に取ってくれ」

「ありがとさん」

 

 器用に片手で大皿を持つと、バサッとランチョンマットを広げ、その上にコトンと置く。

 盛られていたのはやっぱりカツオのたたきで、散らされている刻みネギが良い香りを漂わせていた。

 

「でもさ」

 

 口に含んだカツオと大根をビールで流し込み、軽く余韻を味わってから一服しつつ、響が言葉を続けてくる。

 

「お前と雪歩って結構性格違うじゃんか、つーか、騒がしい好きのお前が雪歩と一番仲が良いっつのがよく分かんねぇ」

「そうだなぁ……別に考えたことなかったけどさ」

 

 響にそれだけ言葉を返し、少し考え込みつつ箸をカツオに向ける。

 

 口に運べば先程まで冷蔵庫に入れられていただけあってひんやりと、けれど鮮度は少しも落ちていない具合で、絶妙な美味しさがあった。

 シャキリと口内に響く大根の食感もよく、たしかにこれは良い肴だと思う。

 

 二噛みくらいし、響と同じようにビールで胃の方にまで流し込む。

 舌の上に残る微かな苦みと、喉奥を伝っていく感覚に満足しながら言葉の続きを考えつつ喋った。

 

 

「たぶんさ、空気が良いんだよ」

「はぁ?」

「空気ってか、距離感? 喋ってても黙ってても疲れない感じ。雪歩の空気が一番心地良いんだよね、ボクがボクらしく居れるっていうかさ」

「ふーん、空気ねぇ」

「こんな感じでボクもアウトローというか、落ちこぼれ組じゃん? これでも一人前に劣等感というか……あー、羨ましいな、って感じたりするんだよ、正道歩いてる人見るとさ。でも雪歩と一緒に居たらそんな落ちこぼれちゃったボクも、ボクなんだから良いじゃんって思わせてくれるんだよね」

「分かんなくねぇけどさ……つーか、お前、今さ、自分も一括りにしたよな、落ちこぼれ組って」

「否定できる要素があるなら聞くけど?」

「………………いや、ねぇけどさ」

 

 少しの沈黙を挟んで、観念したように響は言う。

 

 

 アルコールの所為か、少し感傷的なことを言ってしまったような気がするけれど、しかし本心だったりもする。

 そりゃ、確かに人様には誇れない生活をしてて、こうやって社会への反抗を気取ってみたりもするけれど、それは単にそうしなければこの社会の中に順応できないボクらの弱さが原因なんだ。

 だから、強い人を見ればやっぱり羨ましくもなるし、酷く自分がカッコ悪いと自覚してしまう。

 

 だけど、雪歩はそんなカッコ悪いボクですら、それでいいんじゃないかと言ってくれる。

 そんなカッコ悪さすら、カッコいいと言ってくれる……いや、カッコいいとさえも言わない。

 

 ただ、いつものように「真ちゃんらしいね」と、決して明瞭じゃない表情で、だけどボクに分かるよう笑いかけてくれるんだ。

 

 

「きっとさ」

 

 調子に乗って、あるいはアルコールに流されて、ボクは続けた。

 

「雪歩が居なかったらもっとダメになってたと思うよ。自棄的ってかな、もうどうしようもないくらいにダメダメだったね。たぶん、響くらいに」

「おいっ」

 

 少し煙ったい笑いが室内に響く。

 

「いや、だけどさ、実際のところボク結構、雪歩に救われてるんだよね。皆さ、ボクが雪歩を引っ張って行ってるみたいに言うんだけど、実際は違くて、雪歩が後ろから背中を押してくれてるんだよ」

 

 日頃ならきっと響が相手でも言いはしなかったんだろうけれど、つい誕生日だなんていう、やや非日常的なことと、やっぱりお酒と部屋に漂う紫煙の香りの所為だろうか、言葉が調子付く。

 

 

 クックックッと、声を殺した感じに響が笑う。

 楽しい時の笑いというよりは、何かを面白がっているという感じだ。

 

 こういう際において、ボクより響の方が柄が悪いんじゃないだろうかと思わなくもないが、しかし、それもどっちもどっちというものかもしれない。

 

 

「つーかさ、随分と熱心に語ってくれたけど、お前に救われてるよって言われたら結構な人数が落ちるんじゃね?」

「あー、はいはい、どーせ王子様ですよ、ボクは」

「わりぃわりぃ、ところで王子様、後ろにお姫様が到着してるようだぞ」

 

 響のその一言でハッとし、慌てて後ろを向く。

 壁伝いに視線を沿わしていき、廊下部分にまで目が行くと、流石に言葉を失った。

 

 

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「私が居るのを知っててそういう小恥ずかしい話題を続けるのは良くないと思うんだけどね。どうだろうかな響ちゃん?」

「いやー、こいつがあまりにも饒舌だったもんで、ついな」

「真ちゃんが完全にフリーズしてるようだけど?」

「え、いや、えっ……い、いつから居たのさ、雪歩……」

 

 そこに立っていたのは紛れもなくつい今し方まで話題に出していた、というか感謝の念を述べていた雪歩本人で、うわー、え、なにこれ、すっごい恥ずかしいんだけどっ!

 

 

「いつからって言われても私は真ちゃんより早くに着いてたんだ。朝一の収録だったから隣の部屋でちょっと寝さしてもらってたんだけど起きてきてみたらこんな羞恥環境だったの」

 

 

 よく見れば、あの無表情な雪歩にしては珍しいぐらいに動揺が見てとれたし、何より少し照れたように染まった頬の朱色は隠しようがなかった。

 

 

 そこまで見てからハタと気付き、響に問いかける。

 

「靴! そういえば靴は? 流石にボクだってあれば気付いてたよ」

「ま、だろーと思ってしまっといた」

「響ぃ!」

 

 悪びれていないというか、こんな悪戯はどうだと言わんばかりの態度に思わずツッコミを入れるけれど、まぁ、実際のところそこまで思う所があるわけじゃない。

 なんというか、それもまたボクらなりの相変わらずだった。

 

「響ちゃんはたまに凄く意地が悪い時ってあるよね」

「いーじゃんかよ、真の本音が聞けたんだからさ」

「そういう問題でもないと思うんだ」

 

 

 コトリと雪歩がボクの横に座り、灰皿に盛られた煙草だったものと、空けられた缶を見咎め、少し考えてから嘆息する仕草を見せた。

 

 美希はこうした響の行動には否定的で、よく諌めるという話は聞くけれど、そういえば雪歩がボクに対してそうしたことを言った事はなかったと思い出す。

 それは単に言ったところで聞く性格じゃないと分かられているからな気もするけれど。

 

「けどよー、雪歩、なんか思うところねぇの?」

「何か?」

「いや、まこりん王子の告白にさ」

「……響ちゃんは一回酔い覚ましをした方が良いと思う。というか私がさせます」

「冗談だよ、じょーだん」

 

 目前に置かれているアルコールの類には我関せずといった具合に一人湯呑にお茶を注ぎ、堪能している雪歩。

 

 大きめのシャツにロングスカートという、少し野暮ったい、いつもと変わらない地味目の服装だったけれど、そのシャツは前にボクが見繕ったものであることに気付く。

 

 なんというか、こういう何気ないことで認められた気分になるのは、それだけ本当のところは自分に自信がないからなのかもしれない。

 そんなことを少しだけ思った。

 

 

「ん、あー、もうこんな時間か……っかしぃなぁ、リボンがそろそろ来るはずなんだけどよ」

「へぇ、春香も来るんだ?」

「あと千早もだとよ、それに美希で……あー、流石に全員分作るのは面倒だわ、ピザかなんか取ろうぜ」

 

 

 まぁ、実のところ他の人たちには日程が合わなくて既に祝ってもらっているから構わないんだけれど、しかしやっぱり誕生日当日にはそれはそれで何もなしは悲しいものだ。

 

 しかし、残りのメンツを考えてみるに、こうなれば常識人の千早と、響の保護者である美希が充分に苦労する羽目になるのは安易に予想付く。

 

 まぁ、今日ばかりはそんな楽しみをボクが望んでいるからということで手を打って貰おう。

 

 

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 いくつかのチラシが乱雑に積み重ねられているボックスから響は数店のものを引っ張り出してくる。

 好きに決めろよと投げられたそれらを掴み、少し思案してみる。

 が、いざこうやって目の前に膨大な種類のメニューが並べば迷うもので、なかなか即決とはいかない。

 

 

「あぁ、あれだ、ローソク刺そうぜ、ピザに。ちょっと買ってくるわ」

「響ちゃんは今出たらマズいと思うんだ」

「ん、あー……確かになぁ、リボンにメールしとっか」

「春香、絶対おかしなもの買ってくるだろ……」

 

 イヤな予感というか、確信的に思える未来を予想して、こっそりと千早に制止をお願いしておこうかと迷う。

 ただ、暴走した春香を相手に千早が奮闘するとは思えないし、ここは潔く諦めて、響の部屋には犠牲になってもらおう。

 

 そんなことに思考を巡らせつつ、いくつかのチラシをパラパラと捲っていく。

 

 こうなってしまうと、もうどれもが似たように思えてきて、更にどうするか悩んでしまう悪循環に陥るのだ。

 最終的には響に任してしまおうかと思いつつ、パッと横に居る雪歩が視界に入った。

 

 そうだ、と決め込み、

 

「雪歩はさ、どれが良いと思う?」

「私? うーん。日頃こういうもの頼まないから分からないけれど……」

 

 

 ベジタリアという程ではないけれど、確か雪歩は脂っこいものは苦手だったと思い出す。

 なんだかんだで優柔不断なボクは結構、判断を相手に任してしまう癖があり、ついつい話を振ってしまったのだ。

 

「でもコレなんかどうだろう? 真ちゃんってこういうの好きだったと思う」

 

 少しの申し訳なさを感じているとパッと指を一枚の写真に向けながら提案をしてくる。

 そちらの方に視線を向けてみると、海鮮系のピザで、期間限定なのかデカデカと特徴が書かれている。

 確かに海産物は好きだし、せっかくだからこれにしようかと思いつつ、ボクが好きそうというのはどういう意味だったんだろうかとほんの少し疑問に思った。

 

 いや、別に嫌いだというわけでもないのだけれど、ただ殊更好きだというわけでもなかったので……と、そこまで考えてからなるほどと納得する。

 豊富な具材が売りなのか、ホワイトソースベースであることと並んで様々な海産物が使われている事をアピールしている記事、その中でも一押しだと言った風にカニがふんだんに使われているのだと謳われていた。

 

 

「雪歩、覚えてたの?」

「ん?」

「いやさ、前にほら、ボクがカニ好きだって」

 

 グルメ番組かなんかのロケで、たまたま同行者の方がカニを食べた時に羨ましいと零したことがあったのだ。

 その時に雪歩に滅多には食べれないけれどカニは結構好きなんだと話をしたっけ……まさかそれを覚えられているとは思わなかった。

 

 

「うん。真ちゃんの好きなものは忘れるわけないよ」

 

 

 

 ボクの勘違いなのかもしれないけれど、ただその表情には微かに誇らしげといった風にも取れ、それはまるでボクの好物を覚えていることが自分にとって大事なことなのだと言わんばかりだった。

 

 まったく、本当にボクは幸せなヤツだ、おめでたいと言ってもいいかもしれない。

 だって、そんなことでまたボクは嬉しくなっているんだし、さっきまでの落ちこぼれな自分を非難していたことなんてすっかりと頭の中から抜け落ちてるんだから。

 

 

「あぁ、うん、よし、これにしよう」

「お気に召したようで一安心だよ」

「ありがと、雪歩」

「うん? うん、どういたしまして」

 

 雪歩はといえば、どうして礼を言われるのかと少し怪訝気味だったけれど、逡巡していたボクを後押したしたことに対する礼だと判断したようだった。

 

 

 その裏に隠れている真意なんてものは、ボクだけが知っていればいい。

 

 

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「おぅ、決まったか?」

 

 春香に電話していたらしい響が戻ってくる。

 今までのやり取りなんかを知らず、だから不自然にニヤけているボクを少し不審がりながら「これがいい」とボクが希望した品に視線を移した。

 

 どうせ足りないだろうから他のものは適当に頼んでおくぞとボクらの了承を取り、電話をかけに行く響。

 

 部屋にはボクらだけが残された。

 

 

「そういえば真ちゃん」

「ん?」

 

 部屋が静かになることを許さず、しかし騒がしくもない具合に雪歩はその先を喋る。

 

 

「さっきの嬉しかったよ。救われてるって。私も真ちゃんに随分救われてるから二人ともお揃いだね」

 

 

 そう言って微笑んだのは、たとえボクでなくたって、雪歩と短い付き合いだとしても、分かっただろう。

 

 それくらいに明瞭な、はっきりとした笑みを雪歩はボクに向けたのだ。

 

 

 ほんのちょっと照れくさくて、だけど嬉しくて、だからボクは少しだけ雪歩から視線を外して、頬の赤さはお酒の所為にして、呟いた。

 

 

 

「ありがとさん、親友」

「どういたしまして。大切な友達さん」

 

 

-9ページ-

 

 

 

 部屋の音楽は次の曲に切り替わった。

 流れているのはレッチリのBy the Wayだ。

 相変わらず響はセンスがいい、ボクは楽しくなる。

 

 家主の居ない部屋、残されたボクら、流れる音楽、映画のラストシーンのようだった。

 だけど、生活は終わらないし、ボクらにはエンドロールは流れない。

 

 負けっぱなしの落ちこぼれ人生なのかもしれないけれど、それはそれなりにロックを気取って、煩い音の中に埋もれていくのだ。

 

 まだまだボクらの歌は終わらない、喧騒は終わらないままだ。

 

 

 

「あぁ、そうだ――」

 

 

 そしてボクはまた喋り出す。

 

 とりとめもなく、新しい話題を探しては「そういえば」と言い出すんだ。

 敗北者の歌は、次の歌詞を見つけてはBy the Wayと続けるんだった。

 

説明
ボクらはまだまだ負け続けていくだろう。だからボクらはまだまだ歌い続けるのだ。
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アイドルマスター 菊地真 我那覇響 萩原雪歩 

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