冒険者さんとわたし |
今日のプロンテラはよく晴れています。わたし、キーリーはぐーっと伸びをしました。すがすがしい朝です。まだ早い時間なので、寝ながら露店を開いている冒険者さんたちのほかにあんまり人はいません。ちょっと前に、ずらっと並んでる露店の中身が気になって見せてもらおうとしたことがありますが、冒険者さんにならないとダメなんだそうです。ちょっと残念だなーって思います。じゃあ冒険者さんになろうかなとも考えたのですが、お父さんもお母さんも危ないからよしなさいって言います。それに今は家のお手伝いでいっぱいいっぱいで、暇がありません。でも、お手伝いは楽しいから全然オッケーなのです。
というわけで、農家の人たちが育てたリンゴをたくさん詰めた木箱を、荷台に積んで運んでいます。荷台を押すのはお父さんで、わたしとお兄ちゃんは横について落ちないように見張っています。リンゴがダメになったらいけないので、責任は重大です。わたしの家は、市場から首都の商人のお姉さんに商品を届ける運送屋さんをやっているのです。朝早く起きなくちゃいけないからあんまり夜更かしできないけど、やっぱり楽しいから将来は運送屋さんになろうと思っています。お兄ちゃんに言ったら、わたしと同じだって言いました。それを聞いていたお父さんとお母さんは「頼もしいね、きっと立派な運送屋になるよ」と言ってくれました。お兄ちゃんと力を合わせて、立派な運送屋さんになりたいです。
いつもはだいたい市場とお姉さんのところを三往復するのですが、今日はリンゴの量が少なくて二往復でいいらしいのでちょっと嬉しいです。ガラガラ音を立てる荷台は石畳の上を通って、お姉さんのところへ向かっていきます。途中で牛乳屋さんとお肉屋さんに挨拶するのが、毎日の日課です。お姉さんが見えてきたので、ぶんぶんと手を振りました。
「おねーさーん! おはよーございまーす!」
まずわたしが最初の挨拶をします。一番乗りなのです。
「おはようございます」
「お譲ちゃん、おはようさん」
「皆さん、おっはよーございます! キーリーちゃんは今日も元気いっぱいだね」
それから、お兄ちゃん、お父さん、最後はお姉さん。
果物屋さんのお姉さんは、毎日笑顔です。ずっと立ちっぱなしで疲れないんですかって聞いたら、「ちょっと疲れるけど、売れると嬉しいし楽しいからだいじょーぶ」って言いました。お父さんも、重い重いって言いながら荷台を押してるけど、全然嫌じゃなさそうです。みんなお仕事は好きみたいです。
「わたしはいっつも元気なのです!」
「お前はそれだけが取り柄だからな」
「お兄ちゃん、ひどーい」
「ありゃりゃ、喧嘩が始まっちゃったー」
「キーリーは相変わらずだが、最近のエリアスは口が達者になってきてなぁ」
そーなんですかー、とお姉さんが困ったように笑います。そうなのです。最近のお兄ちゃんはすぐわたしのことを馬鹿にするのです。前はあんまりしゃべるほうじゃなくていつも冷静だけど優しかったのに、今は冷静を通り越してすごく冷たいし、全然優しくないんです。お母さんに報告したら、お兄ちゃんくらいの男の子はそういうものなのよってなだめられてしまいました。そういうものってどういうものなんでしょう。わたしにはちっともわかりません。
荷台から木箱を降ろしていると、指にちくっとした感触がしました。よく見ると木のかけらのようなものが人差し指に刺さっています。木箱の傷んで尖った部分を触ってしまったみたいでした。木箱を運んでいるとよくあることで、週に一回はトゲが刺さったり角ですりむいたりします。まだまだ使えるから新しいのを買う予定はないらしくて、もうしばらくは小さな怪我をしているのがあたりまえな状態が続きそうです。とっくの昔に慣れたから痛いとか危ないとかは思いません。でもお姉さんにとってはそうじゃないみたいで、見つかると消毒するとか絆創膏を貼るとかいろいろ心配してくれます。家に帰ったら洗って消毒すれば大丈夫なのに、ちょっと心配性なのかもしれません。今回もいつもの軽い怪我なので、今は見ない振りで放っておくことにしました。ばれなければいいんです。
「キーリーちゃん、指、またやっちゃったでしょー」
……すぐばれました。
「大丈夫です! 痛くないし、あとで絆創膏貼っておきます!」
「菌が入ったらどーするの? ほら、右手を早く出しなさーいっ」
病気になるわけじゃないしそんなに大事にしなくてもいいのに、もうお姉さんは消毒液と脱脂綿を持ってスタンバイしています。素早すぎます。
「全く、本当に落ち着きがないな」
また意地悪言って、お兄ちゃんひどい!
カッとなって言い返そうと振り向きました。すぐ後ろにあった荷台に足をぶつけました。そしてその荷台は荷物がなくなって軽いから簡単にバランスを崩して―――
「え、きゃあああ!?」
「ちょ……キーリーちゃん危ない!」
カラ、ゴロゴロ、ドン、ザザザ。
気付いたときには荷台の下敷きになっていました。腕をすりむいたみたいでちょっとだけ痛いです。怪我が増えてしまいました。
「……確かに、落ち着きがなかったな」
「今のは、そーいうことになっちゃいますねー」
お父さんとお姉さんが苦々しく笑いました。こんなことならお兄ちゃんの嫌味なんか無視していればよかったなぁと思いました。でも、確かに落ち着きがないのは否定できません。そこはちょっと反省します。
よいしょ、と荷台の下から抜け出すとお姉さんに引っ張られました。
「えっ、えっ?」
「えっ、じゃないよ、血が出てるから消毒消毒!」
ちょっとすりむいたくらいかと思っていたら、足から血が出ていました。しかもちょっとにじんでるとかじゃなくて、ひざの周りが絵の具を塗ったみたいに真っ赤です。すったんじゃなくて切ったのかもしれません。あんまり痛くなかったはずなのに、怪我を見てしまうと一気にずきずき痛いような気がしてきました。どう考えてもこの状態で大丈夫とは言えません。どこから出てきたのか、お姉さんが指差す椅子に渋々座りました。
とりあえず荷台には注意しよう。あと、とにかく落ち着こう。今日の教訓です。
「さーてーとー」
お父さんが荷台を担ぎ上げました。ものすごく重いものではないとはいえ、そんなに軽々と持ち上げるなんてびっくりです。昔は「ぱんだかーと」を振り回して「ブイブイ言わせてた」らしいのですが、そのおかげなのでしょうか。
「じゃあ、あとは少しだからお父さんが一人で行ってこよう。二人とも大人しくしているように! 特にキーリー!」
「はぁーい」
「わかった」
「はいはい、いってらっしゃ〜い……って、お父様速い!」
お父さん、なんと荷台を担いだまま走って行ってしまいました。ぱんだかーとはもしかしてすごく重くて、それで鍛えられたのかもしれない! 振り回すってことは武器でいいんでしょうか。
「ねーねーお兄ちゃん、ぱんだかーとって知ってる? お父さんが昔使ってたみたいなんだけど」
「大人しくしているように、だそうだが」
「……はぁい」
わざわざ同じことを繰り返さなくてもいいのに。ムカッときたけど我慢! とにかく落ち着かないといけないのです。あと消毒液がしみて痛いのも我慢! 冒険者さんに比べたらこんなのきっとかすり傷みたいなものだから、我慢できるはずです。でもやっぱりちょっと痛いです。我慢、我慢……。
消毒をして指には絆創膏、腕と足はガーゼと包帯。指と足はともかく、腕は大げさだったかもしれません。すり傷に包帯のぐるぐる巻きは生まれて初めてです。真っ白で、ものすごく大きな怪我をした感じになってしまいました。
「よし、これでバッチリね!」
せめてこの包帯は外したいけど、お姉さんの笑顔を見るととても言い出せる空気じゃありません。大丈夫なのになぁ。手をいろいろ動かしてみてもあんまり痛くない、さっきの消毒の方がよっぽど痛かったです。ふぅ。ため息だって出ちゃいます。
「おーおー怪我人がいるな」
「あ、お父さん」
おかえり、と言う前にお父さんは包帯を指差してぷぷっと笑いました。
「コレに懲りたら、ちょっと落ち着いて行動しようなー」
「はぁい」
「それじゃお嬢ちゃん、確認頼むよ」
「はいはーい、こっちにお願いしまーす」
荷台を移動させて、二人はさっき運んだものと一緒に数の確認をし始めました。ここが一番時間がかかるけど、わたしにはやることがないのです。つまり自由時間なので、もちろん冒険者さんを見るわけで、さっきのため息なんて吹っ飛んじゃうのです!
ベンチに座って周りを見てみると、通りすがりの人、花売りのお姉さんのところに買いに来る人、呪文を唱えている人、わたしと同じようにベンチに座って話し込んでるグループ、みんな冒険者さんです。人が増えてきたけど、お昼には何人がここに集まるんでしょうか。荷物を運び終わったらすぐ帰るからよくわかりません。あんまり長くいると危ないとか、何とか。怖い人がたくさんいるわけでもなさそうだし、ちょっと不思議です。
「キーリー、さっきの」
「んー?」
上を向くと、最近のなんだか嫌味っぽいお兄ちゃんの顔。こういう顔するようになったのっていつからだったっけ。一ヶ月か、もしかしたらもう少し前からかもしれません。
お兄ちゃんが隣に座ると、ベンチがぎしっと音をたてました。よく見るともうぼろぼろです。外にあるから壊れやすいのかもしれません。たまに酔っ払いが暴れて大騒ぎしていることもあります。
「パンダカートって誰に聞いた?」
「お父さんだけど、どうかした?」
「いや、気になっただけ。あとさっきの」
「またさっきのー?」
さっきのって言われてもどれのことだかわかりません。
「そう、さっきの」
お兄ちゃんはいつの間にか、あの嫌味っぽいちょっとムカッとくる顔じゃなくて、普通の真面目な顔になっていました。何だろう、大事な話なのかな。でも「さっき」で大事そうなことってあったっけ? ぱんだかーとじゃなくて?
「さっきのは言い過ぎた。だから」
そこで止まって、目を伏せました。こういうお兄ちゃんを見たのは久しぶりです。びっくりです。
「結局怪我させたし、悪かったと思っ」
て、る。
口が動いただけで、声になっていません。そんなに言うのが恥ずかしかったのかな。確かにさっきはちょっとムカッときたし怪我もしちゃったし謝るのがちょっと遅いけど、許してあげちゃうのです。その代わりに最近の嫌味っぽいのがなくなればいいかな〜、なんちゃって。冷たいんじゃなくて、冷静って感じに戻って欲しいんです。
でも今は冷たいっていうか冷静っていうか、そういうのとは全然違って冷や汗っていうか青ざめてるっていうか、恐ろしいものを見たような顔で……おかしいです。わたしの背後を指差して口をぱくぱくさせています。
「なーにー? 虫でも飛んでる?」
お兄ちゃんは虫がものすごい苦手でいつも逃げます。特に飛んでる虫を見かけると絶対近づきません。ちょうちょもダメなくらいで、いつもわたしが退治する役目です。苦手なものはしょうがないし、謝ってくれたから追い払ってあげましょう!
振り向くと虫じゃなくて、大きくて赤い人がいました。
「え?」
赤くて、本を持っていて、帽子をかぶっていて、十字架を背負った、人?
違う、これは人間じゃない。化け物だ。
「に、逃げるぞ!」
ぐい、と腕を引っ張られて立ち上がりましたが、足が震えて歩けません。力が抜けて体のどこも動かなくなってしまったみたいです。逃げなくちゃいけないのに。
「くそっ」
お兄ちゃんが乱暴にわたしを担ぎました。わたしはお兄ちゃんの服をぎゅっと握りました。それから化け物を見ました。化け物はぶつぶつと何かを言っていました。お兄ちゃんが一歩踏み出した瞬間、地面がぼこぼこ盛り上がって今まで座っていたベンチが壊れました。それからぱきぱきと木を折るような音が聞こえました。化け物の後ろでニヤリと笑ったまた別の何かは、枝のようなものを一面に撒き散らして消えました。その枝から、今度は黒いマントを着たガイコツと囚人の服を着たガイコツとぼろぼろの服を着たゾンビみたいな化け物が出てきました。ただの枝のはずのに、どうして化け物が出てくるの。
がくんと揺れて地面に放り出されました。ごろごろ転がりました。お兄ちゃんはすぐ起き上がってわたしに被さりました。震えていました。わたしも震えていました。
死んじゃうのかな、いやだな。
いやだよ。
いやだ。
こわい。
「テロだああああああああああああああああああああ」
お兄ちゃんが叫びました。これ以上ないくらい大きな声でした。化け物と目が合いました。まっすぐこっちに向かってきました。スローモーションみたいにゆっくりな動きです。でもゆっくりなだけで止まりません。
きっと化け物に殺されちゃうんだ。
誰か早く来て。
いや。
「いやああああああああああああ」
叫んでいるのがわたしだと気付いたのは、喉が痛くなってからでした。
化け物はすぐそこまで迫っています。
死にたくない。
助けて。
「街中で暴れる悪い子はどこかしらー!」
「テロと聞いてすっ飛んできたぞー!」
バタバタと誰かが走ってくるのが聞こえました。こっちに来る? もしかして叫び声に気付いてくれた?
「セイフティウォール! 大魔法詠唱始めます!」
「了解、キリエエレイソン!」
頭に動く羽根をつけているお姉さんが化け物の前で構えました。三角の帽子を被ったお姉さんは少し後ろ、ピンク色の光の中で呪文を唱えています。
首都でよく見る格好をしています。ということは、この人たちは冒険者さんだ。
「助けにきてくれた……?」
化け物の前にいる冒険者さんは振り返って、にっこりと笑いました。
「もちろん助けるわよぉ、大人しく待っててね〜」
冒険者さんは、透明なバリアみたいなもので化け物の攻撃を防いでいます。バリアが壊れて攻撃が当たっても、すぐ新しいバリアを出しました。もう一人の冒険者さんは唱えていた呪文が終わったみたいで、大きく息を吸って言いました。
「ストームガスト!」
急に周りが寒くなりました。空気が勢いよく化け物のほうに流れていきます。空気のはずなのに大きな玉がぶつかったような鈍い音がしました。もう一回同じ呪文を唱え始めると、化け物の足元に大きな模様が現れました。くるくると回る模様は見たことがありません。これが魔方陣なんでしょうか。少しするとまた冷たい風が吹いて、化け物に向かっていきます。風には雪が混ざってるみたいで、太陽の光を反射してきらきら光っています。とても綺麗です。もし晴れた日にふぶいたら、きっとこんな感じになると思います。
二回目の呪文で、囚人っぽいのとゾンビっぽいのと黒マントガイコツが倒れました。あとは赤い化け物だけです。今度の呪文はさっきのとは違うもので、すぐ魔法が発動しました。火が化け物にどんどん降って、そのたびに化け物が弱っていきます。発動したらすぐ呪文、その呪文も短くてすぐ発動、それからまた呪文、と見ているだけで目が回りそうです。あんなに速くすらすら唱えるのを何回もやるなんて、しかも間違えないなんて、すごくかっこいい。冒険者さんと化け物を交互に見ながら思いました。
しばらくすると、赤い化け物は倒れて消えていきました。
「人助けっていい気分ね〜」
「全くその通りだな」
冒険者さんたちはピースをしながら微笑みました。
「あ、あのっ、ありがとうございました!」
「本当に助かりました!」
駆け寄ってお礼を言うと、頭をなでてくれました。
「よく声出せたね〜頑張ったね〜」
「うむ、周囲に知らせるのはとても大事だ」
いつもは遠くで見ているだけの冒険者さんが、わたしを褒めてくれました。それから、あの化け物は都市の外やダンジョンにいるモンスターだということ、たまにテロといってモンスターがアイテムで召還されること、もしモンスターを見たらすぐ建物の中に入ること、それか人の多い通りに行って冒険者さんに助けてもらうことを教えてもらいました。モンスターを召還できるなんて初めて聞きました。冒険者さんはいろんなことを知っててかっこいいです。
「本当にありがとうございました!」
「あの、よければ名前を……」
冒険者さんたちは顔を見合わせて、にやりと笑いました。そしてどこからか出した黄緑色の帽子に被りなおして背中合わせに立ちました。片手は腰に手を当てて、反対の手はびしっと真上を指しています。もちろん顔はこっちを向いていて、正義の味方みたいなかっこいい決めポーズです。
「私たちはただの冒険者ですわ」
「名前を知りたければ追ってくるがいい」
腰の手はそのまま、片方の腕を移動させてわたしたちのほうを指差します。
「「アカデミーが君を待ってるよ!」」
「それでは」
「さらばだ!」
追いかける暇もなく走り去ってしまいました。展開が速すぎてちょっとびっくりです。わたしもお兄ちゃんもぽかーんって感じで、何が起こったのかわかるにはたっぷり十秒はかかりました。
「アカデミー、だってさ」
「うん……」
アカデミーは、冒険者さんだけが入学できる冒険者アカデミーのことだと思います。いろんなことを教えてもらったり戦いの特訓をしたり、それから試験を受けたりするらしいって聞いたことがあります。あの言葉はアカデミーへの勧誘なんでしょうか。冒険者さんになれば、あんなふうにかっこよく戦えるのかな。すごく寒い空気を勢いよくぶつける魔法も火がどんどん降ってくる魔法も、ばっちり使えるようになるのかな。
「戦い、かっこよかったな」
「かっこよかったね」
「あのさ、俺、ずっと前から冒険者になろうと思ってて」
「うん」
体についた砂を払ってくれました。元のお兄ちゃんに戻ったみたいでうれしいです。お兄ちゃんは、増えたすり傷に気付いておんぶしてくれるくらい優しいのです。小さいころ、いつもより高いところから見るとちょっと面白くて、おんぶされるのが好きだったのを思い出しました。揺れるのが気持ちよくて寝ちゃっても落ちないように、ちゃんとしがみつくのが癖でした。
「キーリーは? 冒険者になりたいんじゃないのか? 前に話してただろ」
モンスターと戦う冒険者。昔はただなんとなく憧れてただけだったけど、今はこうなりたいっていう目標ができました。
なれるかな。戦えるかな。
「わたしでもなれると思う?」
「なれるだろ」
「でも、危ないからやめろってお父さんとお母さんが言ったよ」
「それはどうにかするし。なりたいんだろ?」
―――アカデミーが君を待ってるよ!
「……うん、なりたい」
「じゃあ何言われても言い張れよ。今度は絶対言い負かしてやる」
「絶対?」
「親父との口喧嘩は、最終的には勝つからな」
「じゃあ精一杯言い張ります!」
そんなやりとりをしながら果物屋さんまで戻ると、お父さんとお姉さんがわたしたちに気付いて駆け寄ってきました。
「大丈夫か? さっきのテロに巻き込まれた? 怪我は? してる? お嬢ちゃん消毒頼む!」
「任せてください! ホント、どこ行っちゃったかと思ったよー!」
二人のあわてっぷりは、これ以上ないってくらいです。怪我の手当てをされながら、頭はぶつけてないかとか足はひねってないかとか突き指はしてないかとか、ものすごい勢いで聞かれてびっくりです。同時に話すし質問に答える前にまた質問するから、何て言えばいいのかわかりません。
「二人とも、ちょっと落ち着いてくれ」
お兄ちゃんが呆れても、落ち着く気配すらありません。わたしに落ち着きがないって言ったくせに自分は落ち着いてないなんて、ちょっとかっこわるいです。そうやって怪我の具合を一通り聞かれて落ち着いた後、冒険者さんに助けられた話をしたら大騒ぎになりました。なんだかすごく興奮して、どんな人でどんな服でどんな戦いをしたのかを聞いてきました。どうしてこんなに知りたがるんでしょう。もしかして知り合いに冒険者さんがいるのかな。それともただの好奇心?
「冒険者が来てくれて本当によかったな〜」
「で、名前は? 何て言ってたのーっ?」
「それが教えてもらえなかったんですよ」
「でもまた絶対会えるよ! だからそのとき聞けばいいよ! ね、お兄ちゃん」
「えっ、う〜ん……」
お兄ちゃんが首をかしげました。冒険者さんはとても多くて、ここプロンテラだけでもかなりの人数がいます。他の都市にもたくさんいるし、そもそもこのルーンミッドガッツ王国だけじゃなくてシュバルツバルド共和国にもアルナベルツ教国にもいるし、それからフィールドやダンジョンで戦ってる冒険者さんもいるし、とにかくいろんなところにいることは知ってます。だから、たくさんいる冒険者さん全員の中からたった二人だけを見つけるのはものすごく難しいと思います。
お兄ちゃんはしばらく悩んでから、何かが吹っ切れたような顔で言いました。
「ま、ずっと探してれば会えるだろ」
「だよね、だよね!」
ものすごく難しいけど、世界中を探して絶対に見つけたい。
そしていつかまた会ったときには名前を教えて欲しいし、あれがきっかけで冒険者さんになろうと思いましたって伝えたいのです。
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