百萌ちゃんと伝説のスク水 |
1、【嘘じゃないもん】
よく晴れた夏休みの午後、学校のプールにて。
あたしは一生懸命泳いでいる途中で、何かとぶつかった。
「何するのよ……あーっ! 嘘つき娘!」
叫んだのは名前も知らない女子。街のデパートで売っているような派手な色のビキニを着ているが、同じコース内で泳いでいたらしい。市販の水着は夏休みだけ学校で着るのを許されているけど、あたしはスクール水着だった。
「嘘つきじゃないもん!」
「おお怖い怖い、嘘つきがうつる! ついでにカナヅチもうつっちゃう!」
「ふにゃ! カナヅチでもないもん! もうこんなに泳げるように……」
あたしはスタート地点へ視線を振り向けた。
だけど、泳ぎ出す前の場所は想像していたより遥かに近くて――
「六年生にもなって二十五メートル泳げないなんてねぇ?」
悲しくて、悔しくて、涙が出そう。
もう同じことを六年間もしてきた。それでもようやくプールの半分程度しか泳げてない。
本当は市民プールで泳ぎたいのだけど、お小遣いも少ないし、遠い。そう何度も通えない。
だから周りさえ気にしなければと、こんなところで泳ぐ。皆は「嘘つきの狼少女」って言うけど……しょうがなかった。
端まで歩いて戻ると、なんとなく水をすくって見つめる。そのとき、手の平の水面には紺色の衣を纏った少女の姿が映ってた。
反射的に顔を上げる。プールサイドに立っていたのは、ロングヘアーで肌がこんがりと日に焼けた、あたしの憧れの女の子。
「泳いでいい?」
周りの生徒が自由な水着を着て騒いでいる中、紺色のスク水を着ていた。さらにその少女は、ひときわ目立つクールな雰囲気。
当然のようにほかの生徒も気付く。そしてコース内で泳いでいる生徒は、一目散に移動した。
「う、ん……いいよ」
彼女の名前は、水月さみだれ。泳ぎが上手なことで、学校ではとても有名な存在だ。
あたしの赤い髪とは対照的な、青い髪の毛とミステリアスな目が印象的。身長も高く、スレンダーなからだつきは非の打ち所がなく、惚れ惚れする。
「んっ!」
水に浸かった水月さんは、臆することなく壁を蹴る。すると、何の抵抗もないかのようにすーっと水中を突き進んで……クロールに移行した。
「いつもすごい……あっという間に真ん中まで」
あたしの視線は彼女に釘付けになっていた。
三年生のとき、溺れたあたしを助け出してくれたことがあった。
あたしはもがきっぱなしだったから断片的にしか見えなかったけど……あれは確かに水月さんで、かっこよかったんだ。そのあと、ちょっと恥ずかしい事件もあったんだけどね。
それからというもの、あたしはその子に近づきたくなった。
もっと近くで見ていたい。日に日に想いが強くなるのとは裏腹に、クラスが別になっちゃったけど……それでも、当時から学校内では有名な子だったから名前なんかはすぐに知った。そしていつしか、夏じゃなくても目で追うようになってたんだ。
「きゃっ!」
「はにゃっ!?」
我に返る。どうやら、ぶつかってしまったみたいだった……彼女と。
「ごめん! ボーっとしてて……!」
怒られるっ……そう思った。だけど、
「ううん、いいの。気をつけて」
顔は無表情なままだったけど、優しい声だった。あの事件以来、久しぶりに会話しちゃった……!
「お! 水月が嘘つきと仲良くしてるぞ!」
「わあ、やっぱり仲間なんだね。近寄らないでおこうっと」
突然、周囲から様々な罵声が飛び続ける。
あたしは泣き出しそうになった。先生が皆をなだめているようだけど周りの人が皆、怪物のように思えてきた……その時。
「行こう。プールから出よう」
彼女はあたしの手を引っ張り、プールから連れ出してくれる。触れた瞬間、彼女のひんやりとした手にドキッとした。
いや、本当は水で冷えた手のせいじゃない。
彼女自身と触れ合ったことに胸が高鳴ったんだ。
2、【想いは少しずつ、相手に】
そそくさと着替えて今は帰り道。蒸し暑い更衣室では恥ずかしくってお互いに背を向けて着替えてた。
ひょっとしたらこのまますぐ「さよなら」って言って帰っちゃうのかもと思ったけど、意外にも彼女は待ってくれたのだ。
「よかったら、一緒に帰らない?」
嬉しかった。憧れの人に誘われたのだから。
でもあたしは緊張して、氷漬けにされたようにガチガチになって……木造の民家に囲まれた通学路を歩いている。視線の先には彼女の水泳バッグと、地面しか見えない。
そこでまた、水月さんのほうから会話は始まる。
「あの、さっきはごめん。私もう耐え切れなくて……」
口調はどこか弱々しくて。クールで無感情に近い印象とは違っていた。
あたしは彼女に向き直り、慌てて反応する。
「いや、いいの! あたし水月さんが連れて出てくれなかったら大泣きしてたと思うし。ありがとう!」
「そう言ってくれると、あの……嬉しい。えっと」
水月さんは恥ずかしがり屋さんらしい。
「((百萌|もも))だよ。呼び捨てにしてくれてもいいよ」
「じゃあ、百萌、ちゃん……でいいかな」
「ありがとう水月さん!」
あたしが満面の笑みで応えると、彼女は爆発しそうなほど顔を火照らせる。
「……私のことも名前で呼んでいいよ。さみだれ、っていうの」
「さみだれちゃん……かっこいい! さっちゃん、でいいかな。羨ましいな。あたしは『嘘つき娘』なんて呼ばれてるから……」
トーンを落とした声色を、彼女は怪訝に思う。
「ごめんなさい、私も知ってる。どうしてか聞いていい?」
さっちゃんなら話してもいいと思った。
「えっとね。コレが原因なの」
あたしは水泳バッグから、濡れそぼった自分のスクール水着を取り出す。
「スク水? 何かあったの?」
「コレ、実は特別なスク水なんだ。お母さんが言うには伝説のスク水で、大昔のものなんだって」
「たしかにちょっと変わってるわ……あ、いわゆる『旧型』ってやつかしら? ほら水抜き穴がある。それでも、リボンで股布を留めるなんて珍しい」
さっちゃんはスカート状である腰部分……そこに付いているリボンをつまんだ。あたしからしても珍しい作りになっていると思う。
「そんなふうに呼ぶんだ。詳しいんだね」
「スクール水着、好きだから……」
「あたしもスク水が好き。慣れちゃったしね。で、ずっとはコレを着たらすいすい泳げるようになるんだと思ってたの。ずっと、だよ。だけど、いつまでたっても泳げないの。だから皆は、嘘つきだって……」
「早く泳げるって、お母さんがそう言っていたの?」
「ううん。本当は何にもわからなくて、ただあたしが勝手にそう思っちゃっただけだから」
「そうなの……でも、毎年がんばってるのよね? きっと泳げるようになるわ」
「ありがと! さっちゃんみたいにかっこよく泳げたらいいなって思ってる。あのね、あたしずっと憧れてたんだ。誰よりも速くて……大会にも出てるんだよね? ずっと前から応援してたよ!」
あたしはこれまで溜めに溜めた素直な気持ちを、さっちゃんに投げかける。
だけど彼女は、少しだけ眉をひそめたような気がした。
「ありがとう」
返答は一言。ぽつり、と。
か細い声でただそれだけ。ちょっと気になったけど、それはすぐに頭から離れる。
あたしの中では、ようやく高嶺の花のような人と親しくなれた嬉しさがあったから。
だからスク水以外のあたしの秘密も、さっちゃんになら話していいと思った。
「あとね、あとね! さっちゃんには……」
「ごめんなさい、私はこっちの道」
いつの間にか小さな交差点に着いてしまう。田舎だからほとんど車は通らない。静かな場所だけど、あたしの心はまだたぎっていた。
まだお話したいからと、あたしは一つ提案をしてみることにした。
「あのさ、明日よかったら隣町のプールへ一緒にいかない? おっきい所! 学校は居づらいし、さっちゃんと泳ぎたいんだ」
歩を進めようとした彼女は足を止め、少し考えるような仕草をする。
「……いいわよ。……ところで」
「うにゃ? 何?」
「もちろん、スク水よね?」
「……うん!」
快くというわけではなかったかもだけど、あたしたちは待ち合わせ時間を決めてそれぞれの家に帰った。
3、【わがままを、聞いてもらって】
翌日、あたしたちはバスと電車を乗り継いで隣町のレジャープールまで来ていた。
二人ともお小遣いは充分にもらっている。あたしが服の下にスク水を着て来ていると、さっちゃんも同じことをしていて笑っちゃった。彼女も楽しみにしていたようで、何よりだった。
「行くよ、さっちゃん!」
「わわっ、待って」
着替えを済ませて更衣室を出ると、そこには開放的な空間が待っていた。
「わあ……!」
目を輝かせ、驚嘆する。通常のプールはもちろん、波のあるプール、流水プール、ウォータースライダー……普段ではなかなかお目にかかれないような水のアトラクションを味わった。
しばらく泳ぎ、お昼ご飯は施設内のレストランへ。水着のまま飲食できるのだけど、冷えるといけないから巻きタオルを持ってきて着用する。
注文は二人とも、とろとろだけど具の少ないカレーライス。でも特別な時間、特別な人と一緒に食べたせいか、舌鼓を打たずにはいられなかった。会話もだんだん弾むけど、
「ふにゃっ!」
身を乗り出したあたしは腕をレモンスカッシュの入ったグラスに引っ掛けてしまう。
肩から羽織っていたタオルの隙間をかいくぐって、スク水の名札を中心にかかってしまった。
「大丈夫? 拭かないと」
「ありがとう……ああ、染みになっちゃう。これでプール入っても大丈夫かなあ」
「できる限り綺麗にすればいいんじゃない?」
タオルで拭いてくれるさっちゃん。ちょっとドキドキしてしまう。だって、名札が貼ってある場所は――
「百萌ちゃんって、胸大きいよね」
「ふにゃえっ!? そ、そう?」
「うん……えいっ」
さっちゃんは何を思ったか、あたしの胸に顔をうずめてきた。しかも樹液を求めるカブトムシのように、染み込んだジュースをちゅうちゅうと吸い出している。
胸が柔らかく変形する感触が直に伝わって、くすぐったくて恥ずかしい。
「さっちゃん、人が見てるよ!」
どう見ても注目されていた。行為自体は嫌じゃないけど、この場では遠慮して欲しい。
彼女はすぐに離れると、上目遣いにあたしの目を見据える。
「ん、さすがに名札に染み込んだ色は落ちないわ」
「もう! そういうことは人のいないところでやってよ〜!」
「ごめんね。でも、美味しかった」
あたしは肩をすくめ、いっそう顔を赤くする。
「そういえば……覚えてる? 三年生の時も似たようなことがあった」
記憶を辿る。
求めていた内容は一瞬で脳の奥から発掘された。
「あたしが溺れて、さっちゃんが助けてくれたって話だよね?」
「そう。あれで百萌ちゃんのこと知ったのよ。あのときは無我夢中だった……」
「でもあれ、さっちゃんが人工呼吸しようとして、あたしが」
「いきなり飛び起きて、お互い頭をごちんっ、って打ったのよね。あれは痛かった!」
視線を合わせたその刹那。
あたしたちはホウセンカの種子が弾け飛ぶように突然、大笑いし合った。いや本当は命の危機だったのだけど、結果オーライだったから。
休憩ののち、再び泳ぎ始める。ずっとずっと、楽しい時間。
閉園時刻が近づくとアナウンスがかかり、周りの人たちは一斉に帰り支度を始めた。少し日光にオレンジ色が混ざる時間だ。
「ねえ、人も少なくなったし、さっちゃんの泳ぎを見せてくれないかな?」
軽い気持ちで、快く引き受けてくれるとばかり思っていた。
しかしさっちゃんは、苦い顔をしてしまう。
「え……でも」
「だめ、かにゃ? さっちゃんのクロールってとってもかっこいいから、見たいんだよ」
彼女は少し考え込んで、
「……わかった。少しだけね」
ほんの十数メートルだけ、いつもの泳ぎをしてみせてくれた。
しかし、水面から顔を出したさっちゃんは寂しそうだと気付く。
「どうしたの。どこか痛いの?」
「やっぱり」
彼女の口元は、整った顔とは真逆に大きく歪む。そして誰もいない深青な水面に波紋を撒き散らし、彼女は叫ぶ。
「違う! こんな……こんな一生懸命になんて泳ぎたくない! 私は自由に泳ぎたい。誰かと競うような『水泳』なんてしたくないよ!」
あたしは唖然としてしまう。何がなんだか理解できなかったが、もしかしたらあたしが原因なんじゃないかと思った。
だって泳ぎを期待したのは、あたしだから。
「さっちゃん、ごめん……ごめんね! あたしのせいなんだよね!? 何も知らずに嫌なことさせて! 本当にごめんなさい!」
「いつも何なの!? みんなのあの目! 違う世界から突き刺してくるような冷たい瞳が嫌い!」
さっちゃんは聞く耳を持たずにプールから出てしまう。
「百萌ちゃんならわかってくれると思ったのに……!」
早足で更衣室のほうへ戻っていった。やっぱりあたしのせいなんだ。せっかく友達になったのに馬鹿なことを、気付かないで……。
もはや会話なんてできないかもしれないけど。
それでも、あたしは追いかけずにはいられなかった。
人もまばらな更衣室。あたしたちが利用しているロッカーの前で、さっちゃんはスク水姿のままうずくまって泣いていた。
どう声をかけていいか考え付かない。しどろもどろしていると、彼女のほうからあたしがいることに気付き振り向いた。
「百萌ちゃん……ごめんね。私どうかしてた。百萌ちゃんは何も悪くないのにね」
感情的な状態は落ち着いたらしい。だけど、そんなことを言われてもあたしは素直に認められなかった。
そこであたしは、自分のロッカーからタオルを引っ張り出し……肩を持って震えている彼女に多いかぶせた。
ただし、タオルの中には自分も入る。ボタンをいちばん上だけ留める。
本来なら一人しか包まれないはずのスペースに二人が入っているのだ。そりゃあもう、ぎゅうぎゅう詰めの押しくら饅頭状態。冷えた肌と肌が触れ合って、温かい。
「ちょっと百萌ちゃん!?」
「ご、ごめんねさっちゃん! あたしが悪いんだよ。だから、いろいろ、ごめん」
「違う違う! 私がいけないんだから……きゃっ!」
さっちゃんは離れようとした勢いで背中から倒れてしまう。タオルのボタンが弾けると同時、あたしを巻き込んでしまって――
「だ……大丈夫?」
「う、うん。ケガはない、と思う……」
あたしの顔は、さっちゃんと額をぶつける寸前まで迫ってしまった。
青く長い髪を湿らせた彼女は羞恥のオーラを爆発させている。だけど動けないみたいで、石のように固まってしまっていた。
あれ?
今あたしの胸に何かハッキリとした感触があるのだけど、これはなんだろう。
「百萌ちゃん、その」
首の角度を変えて、胸元をのぞき込む。
「百萌ちゃんの胸、あたってる……!」
スク水ごしに。押し付けてるというほど強くなく。でもかすかに触れているという程度でもない微妙な力加減で……あたしとさっちゃんは胸でキスをしていた。
彼女の胸はあたしよりずっと、なだらか。それでも、接触したそれは容易に形を変えるほど柔らかくて、温かくて。
「さっちゃんのハート、とくんとくん鳴ってるよ」
あたしもなんだか気恥ずかしくて、彼女の胸か顔のどちらを見つめたらいいのか困ってしまう。
あれれ?
胸にまた新たな感触。今度のは小さくて硬くて、ちょっと尖ったような――
「あのさ……そういえば、体が冷えたときって、先端が硬くなる、よね……」
「ふにゃあっ!?」
……あたしは飛び起きてしまう。タオルはボタンが外れ、さっちゃんにふわりと被さる。
こんな反応をしてしまい謝ろうと思ったけど、先に彼女が言葉を紡ぎだした。
「私ね、さっきも言ったけど早く泳ぐんじゃなくって、もっと広い海で自由に泳ぎたいの。綺麗なお魚さんと戯れたい。朝から夕暮れまでそうしたいだけなの」
「そうだったんだ……」
「だけどいつしか皆、私のことを泳ぎが上手い人っていうふうに見てて。お父さんもお母さんもお仕事頑張ってるから、私も頑張らないとって思って……海なんて、昔に一度行っただけ。だけど、テレビで見た沖縄の海は綺麗だったなあ」
きっとこれはさっちゃんの本心。
だから、あたしも秘密をさらけ出してもいいと思った。
「あ、れ……? 百萌ちゃん、その『耳』は、どうしたの?」
「ありがとう、さっちゃん。大好き」
あたしの秘密。猫のような白い耳がついた頭。
「それは、尻尾?」
白くて長い尻尾。本物の猫のように床上を駆け回っている。
「あたしの家族はね、若いときには皆こうで、特別に仲良くなった人にしか見えないんだって。家族以外の人で見えるのは、さっちゃんだけだよ」
これはコンプレックスだった。確かにあるんだけど、誰にも見えない。家を離れれば本当に付いているのかもわからなくて、時々不安になっていた。
「可愛い!」
「え?」
「私も百萌ちゃん……大好き! こんな可愛い女の子、世界に一人だけよ!」
さっちゃんは思い切り抱きついてきた。むしろ彼女が猫のように、あたしの耳や尻尾になついてくる。
大切な友達と通じ合えた瞬間。
あたしは、彼女とならこれから楽しく過ごせるだろうと……そんな未来が見えた気がした。
4、【スク水の伝説】
夏休み終盤のお昼前。すっかり仲良くなったあたしたちは、久しぶりに学校のプールへ向かっていた。
というのも、あたしが溜めすぎた宿題をさっちゃんに手伝ってもらったせいで、数日間泳げていないのだ。本当にごめんと謝りながらページを埋めていたけど、彼女は気にすることなく教えてくれてようやく終わった。
そしてプールに到着する。
「あれ? なんだろ、人だかりができてる」
「本当。どうしたのかしら」
生徒たちが騒ぎ、批判的な雰囲気をかもし出している。
それもそのはず、入口には『本日、水不足のため入場禁止』と書かれた張り紙があったから。プールは短い階段を上った先にあるのでここからは見えないけれど、泳いじゃいけないとなると相当なものなんだろう。
「そんにゃあ……せっかく楽しみにしてきたのに」
あたしの声に気付いたのか、一人の男子がしかめっ面で振り向いた。
「あー! 嘘つきが来たぞ!」
そのセリフを聞いたと同時、あたしは勝手に縮こまってしまう。
せっかく楽しい毎日になったと思ったのに。
しかしそこで、大好きな彼女があたしのの前に立ちはだかった。
「やめてあげて。百萌ちゃんは脅えているわ」
「なんだよー! お前ら仲良くしやがって! 気持ちわりぃ!」
「……やめて」
あたしからは、さっちゃんの背中しか見えない。だけど彼女からは強力な気配が出て、抵抗しているように見えた。
「くそっ」
やがて、男子のほうから逃げ帰ってゆく。他の生徒もつられるように去っていった。
するとさっちゃんは振り向き、あっけらかんとして言う。
「誰もいなくなったね」
「うん。ありがとうさっちゃん」
あたしの尻尾はぱたぱたと静かな喜びを表している。
「じゃあ、プール入ろっか」
「え? でも禁止だって」
「こっそり入ればばれないよ。水浴びするくらいなら水深もあるだろうし、ちょっとくらい大丈夫」
今まで見せたことがなかったさっちゃんの強引さ。あたしは手を引っ張られるがままに付いていった。
灼熱のプールサイド。服を脱ぎスクール水着姿のあたしたちは、予想以上に水がなかった現状に落胆していた。
「にゃ……膝まですらないね……」
「うあっ……えぐっ、ひっく」
「! さっちゃん!? 泣かないで!」
彼女はぼろぼろと涙をこぼす。水滴は焼けたプールサイドに落ちて一瞬で蒸発していった。
「やっぱり、耐えられないよ。私も、百萌ちゃんも邪険にされるの……」
「さっちゃん……」
暑さも構わず、あたしに泣きつくさっちゃん。
さっちゃんはまた、あたしのせいでこんな悲しい思いをしている。
だったら、今度こそ彼女を元気付けさせてあげたい……心の奥底からそう思った。
そのとき。
さっちゃんの目からこぼれ落ちた涙は、あたしのスク水に到達し、生地へと吸い込まれるのが見えた。
すると同時に、スク水から大量の水という水が溢れ出した。それは止まる様子もなくただひたすらに、鉄砲水のような勢いで水を流し続ける。
「なんなのこれぇ!?」
「わ、わかんないよぉ! さっちゃん、しっかり捕まって! ……あ」
どこかで知った味が、あたしの口内に一瞬だけ広がった。
あたしたちは抱き合って踏みとどまり、数十秒ののちにようやく治まったときには息も絶え絶え。
そしてやっと落ち着いた頃に、一つ頭の中で電球が灯る。
「も、もしかして……このスク水……」
「あのときのレモンスカッシュの味がしたわ。一瞬だけど確かに、こぼしたときのあの味が」
「したよね!? ってことは、『水を溜める』のかな、このスク水」
お互いに目を丸くする。
「……ぷっ」
「くすすっ……あはは……!」
伝説とはこのことだったんだと、二人は気付く。プールサイドは大雨のあとのように水溜りが広がり、プール内は満水。
「とりあえず……」
「泳ごっか!」
つらいことがあるのは仕方ないのかもしれない。だったら、そのたびに楽しさで紛らわしてもいいんじゃないかと思う。
あたしたちは普段できない、プールサイドからの飛び込みをする。しようと聞いてしたことじゃなくて、気がついたら同時に飛び込んでいた。さっちゃんも同じ気持ちだったみたいだ。
「ふふっ」
そして水中から顔を出したさっちゃんは、満面の笑顔で告げる。
「私だけが知ってるよ。このスクール水着の伝説」
完
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すくぅうみうぎさんのサイトで行われた『2011 スク水自由作品コンテスト』に出した小説です。百萌(もも)ちゃんと、さみだれちゃんのお話。一応、二次創作です。 | ||
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