ますらおのゆううつ【牛炎】
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「アラ」

 シルバーステージの繁華街近く。

 買い物袋を抱えたファイヤーエンブレムと遭遇して、アントニオは目を丸くした。

 ファイヤーエンブレムといえば、同じヒーローとはいえ自分自身をスポンサードするくらい大企業の、社長だ。

 こんな場所で、手に余るほどの買い物袋を抱えている姿は、意外だった。

「買い物か?」

 買い物袋の中を覗き込むと、大量の酒瓶や、ライム。見るからに重そうだ。

 半分持とうか、――そう言いかけた時、伸ばしかけた腕に袋ごと押し付けられた。

「丁度良かったわー、店まで持っていくの重いからハイヤーを呼ぼうかと思ってたとこだったの」

 ファイヤーエンブレムはそう言って、筋肉質な肩をぐるりと回した。

 手渡された買い物袋は見た目以上に重い。この間火事場から救出した成人女性のほうが軽かったと思えるほどだ。

「俺はタクシー代わりか」

 とりあえずそう言い返したものの、今更「重いから半分は自分で持ってくれ」などとは言えない。言えば、男が廃る。

 とは言えファイヤーエンブレムだって男――と言っていいはずなのだが。アントニオにはそっちのことは難しくてよくわからない。

「やーねぇ、……アタシに乗って欲しいワケ?」

 周囲の人が振り返るような甲高い声で笑って、ファイヤーエンブレムがアントニオに擦り寄った。

 まずい。

「おっ、俺はただ荷物運びに使うなと、だな……!」

 人の視線を気にしながら弁明を試みるが、ファイヤーエンブレムは聞く耳を持たない。いつものように腕を伸ばして――アントニオの片尻を、ぎゅっと握った。

「!!」

「まだ陽も沈みきってないうちから、大胆ねぇ」

 荷物を抱えていては、その腕を振り払えない。

 アントニオは蟹か鏑木のようにガニ股でバタバタと足音を立て、フェイヤーエンブレムのそばを離れた。

 腕の中で酒瓶がけたたましく鳴り響く。逃げ出すのも一苦労だ。

「馬鹿野郎ッ! ど、どっちがだ!」

 アントニオの筋肉質な尻に、ファイヤーエンブレムの爪が食い込んだ感触が残っていて具合が悪い。アントニオは歯噛みするような気持ちで離れた場所からファイヤーエンブレムに向き直った。

「それで、これをどこまで運べばいいんだ?」

「アラ、本当に運んでくれるの」

 不意に真顔になったファイヤーエンブレムが、感心したように己の唇を人差し指で撫でた。

 当たり前だろう、と言い返すのもおかしく感じるほど、当然のことだ。

 偶然とは言え街中で友人――いやバーナビーやブルーローズに言わせればライバルになるのだからそれはおかしいのかも知れないが――に出会って、その荷物を持ってやることはアントニオにとっては当然のことだ。

 そこに男も女もない。相手が鏑木だったとしても、アントニオは半分持とう、と言ったはずだ。

 いつか鏑木が言っていた、情けは人のためならず――というやつだ。人の喜ぶことをすれば、いつか巡り巡って自分に返ってくるという意味だった。一緒にその話を聞いていた折紙サイクロンも感動していたっけ。

「ちょっと、さっさと行くわよ!」

 回想に耽っていたアントニオの耳を、ファイヤーエンブレムの指がつまみ上げた。

「イッ、イタタ……」

 アントニオが顔をしかめてもお構いなしで、ファイヤーエンブレムはアントニオの耳を引っ張って歩き始める。

「もうすぐ開店時間なのよ、出勤チェックとか朝礼とか、忙しいったらありゃしないんだから」

 さっきからお店だのなんだのと言っているが、この大量の酒瓶は自宅用ではないということか。

 ――もっとも、この量を一人で飲むんだなどと言われたらアントニオは放っておけなかっただろうが。

「お店って、なんの話だ?」

 耳を引っ張られて連行されながら背を丸めたアントニオが尋ねると、ようやくファイヤーエンブレムはその手を離してくれた。

「お店って言ったらお店よ。アタシのお店」

 ヘリオスエナジーの実店舗で酒瓶?

 アントニオはファイヤーエンブレムの言葉が飲み込めず、暫し呆けた顔をして口を噤んだ。すると、それを見かねたようにファイヤーエンブレムが掌をひらりと翻した。

「やーだ、お店って言っても趣味のお店の方よ。まあ、節税対策ってとこね」

「へえ、そんなのもやってるのか」

 さしずめ金持ちの道楽といったところか。

 成績が伸び悩めば減俸もやむを得ないアントニオには羨ましい限りの話だ。

 とは言えそんなことをうっかり口にしようものなら、じゃあアタシたちもコンビ組みましょうか、なんてまた尻を撫でられかねない。アントニオは黙って首を竦めて、ファイヤーエンブレムのあとをついて行った。

 

 

「な」

 煌くレーザービーム。革張りのソファがいくつも点在し、薄暗い店内ではやたらと着衣スペースの少ない男性スタッフが慌ただしく開店準備を進めている。

 開店前だからか店内は妙に静かで、男たちの吐く「オッス」「オッス」という掛け声とも、挨拶ともつかない声が飛び交っている。

「――っなんだ、この店は……」

「何だ、とはご挨拶ね」

 アントニオを店の入口まで案内して以来どこかへ姿を消していたファイヤーエンブレムが、いつの間にか着替えて出てきていた。

 体の線が出るぴったりとしたシャツに、パンツルックで――いつもとそう大きくは変わらない。しかし、薄暗いからよくわからないものの、シャツは透けて、肌が露出しているのと同じだ。

「お、お前そんな……っ破廉恥な、」

 裏返った声でアントニオが目を瞠っても、ファイヤーエンブレムは怪訝な顔を浮かべるだけだ。

「あ、荷物ありがとう。誰か、お酒受け取って」

 ファイヤーエンブレムが掌を叩くと、テーブルを磨いていたガタイのいい男がすぐさま駆けつけてきた。

「オッス、ありがとうございます!」

 ボディビルダーのように筋肉が盛られた腕に買い物袋を渡す。しばらく持っている間に腕が強張ってしまったようで、アントニオは二、三度と肘を曲げ伸ばししながら改めて店内の様子をぐるりと見渡した。 

 ……いかがわしい。

 店内には小さいステージも用意されていて、褌姿の男性スタッフが何か振り付けの確認をしている。

 どれも筋骨隆々として屈強の男たち、という感じだが――どこか妙に、しなを作っているところがある。唇はつやつやとしているし、スタッフ間の距離も妙に近い。

 とにかく早々に店を出たほうが良さそうだ。

「ファイ、……――っと」

 スタッフに指示を出しているファイヤーエンブレムを呼ぼうとして、アントニオは慌てて口を塞いだ。

 それはヒーローとしての名前だ。ファイヤーエンブレムが身近な人間にどこまで話しているのかわからない以上、明かすわけにはいかない。

 ヒーローであることは誇りだが、それは同時に自分がネクストであることを明かすことにもなる。

 シュテルンビルトはヒーローTVが根付いているおかげでネクストへの偏見も減りつつあるが、全くなくなったわけじゃない。ヒーローもネクストなら、犯罪者もまたネクストであることが増えているからだ。

「ちょっと、……ちょっと」

 声を潜めて呼びかけたが、ファイヤーエンブレムは気付かない。

 アントニオに背を向けたファイヤーエンブレムは男らしく腰に手を当てて、ステージ上のダンサーにダメ出しをしている。そうしていると社長の――いや今は店長か――の顔だ。

 店内に音楽が流れ始めた。いや、ショーステージの最終チェックか。ノリの良い音楽にあわせて、褌姿の男たちが一斉にステージに飛び出してくる。

「おーい、……ちょっと?」

 アントニオは目眩を抑えてステージ状をなるべく見ないようにしながら、ファイヤーエンブレムの背中に腕を伸ばした。

 つん、と肩をつつく。

 反応がない。

 再度、つんつん、と指先で押してみる。

「何よっ、ちょっと今忙しいの。あとにして頂戴」

 振り向きもせず、ファイヤーエンブレムは手の甲でアントニオを追いやった。

 確かに忙しそうだ。挨拶をしないで帰るのは礼儀に反するかとも思ったが、アントニオは腕を組んで一息吐くと仕方なく踵を返した。

 ファイヤーエンブレムは節税対策だなどと言っていたが、この店を愛しているのは本当のようだ。でもなければこんなに従業員がいるのに自らがわざわざ買い出しに行ったりしないだろう。

 アントニオには理解し難い趣味の店だが、店長に大事にされてる良い店なんだろう――今度会ったら、そう伝えよう。

 開店前の慌ただしい店を後にしようとアントニオがドアに手をかけた、その時。

「オッス、お帰りですか!」

 急に大きな声で声をかけられて、ギクリとした。

 振り返ると、さっき買い物袋を渡した従業員だ。太い眉にギョロッとした瞳、への字に曲がった口元が特徴的で――彼も多分に漏れず、褌スタイルになっていた。つまり、これが制服なのだろう。

「ああ、店長――に頼まれて荷物を運んだだけなんだ。今忙しいようだから挨拶しないで帰るって、よろしく言っといてくれ」

 腕を組んでステージを見つめているファイヤーエンブレムの背中をちらりと見やってからアントニオが手を掲げると、

 その手を、掴まれた。

「……んっ?」

 目を瞬かせる。

 アントニオの無骨な手を両手で握りしめる、浅黒い手。

 筋肉質な腕をなぞってその手の主に視線を辿らせると、名も知らぬ褌姿の従業員だ。ギョロッとした丸い瞳の中は妙に潤んでキラキラと輝いている。

 ――ああ、よくこういう場面に遭遇したことがある。

『たすけてくれてありがとう、ヒーロー!』

 鏑木にそそのかされるようにしてなったヒーローの道だが、鏑木の言う「人を助けるためだけに能力を使う」ってのも悪くないなと思い始めて、もう何年も経つ。それでもやっぱり、感謝されるたびにくすぐったいような、誇らしい気持ちになるものだ。

 アントニオはふっと短く笑うと、従業員の手にもう一方の掌を重ねた。

「なに、これくらいお安い御用だ。困ってる人を見たら放っておけない性分なんでね。感謝されるような筋合いのもんじゃない」

 短く首を振ってから、アントニオの手をきつく握っているしっとりとした手をゆっくり剥がそうと――剥がそうと、したのだが。

「お、おい……?」

 離れない。

 それどころかアントニオの腕を引き、ジリジリと従業員は近付いてくる。

 いつしかその頬は紅潮し、濡れた唇から荒い息遣いが弾んで――

「ま、待て、あの……」

 アントニオが慌てて背後のドアに手を伸ばすと、その瞬間、開かないドアに体を押し付けられた。

「!」

「ヨーソローッ! 店長とはどのようなご関係なんですか?」

 アントニオより若干低い目線から、潤んだ瞳が覗き込んでくる。押し付けられた体に筋肉がぴくぴくと隆起し、汗ばんできているようだ。

 それに何より――褌の中央部分が、膨らみを帯びているような気がする。

「ただの友人だ!」

 ファイヤーエンブレムに助けを呼ぼうと視線を上げるが、こちらに気付く気配もない。

 それに、悲鳴を上げようにもファイヤーエンブレムの名前を知らない。他の従業員はこちらを見て見ぬふりだ。

 アントニオは背中に滝のような汗が噴き出るのを自覚した。

「つまり、セックスフレンド――」

「ち、違う! ただの、……」

 仕事の、と言っても所属会社は違うし、同僚のようだが同僚ではない。

 口ごもったアントニオの腰に、熱い塊が押し付けられた。

「……!」

 竦み上がったアントニオの青ざめた顔に、荒い息を弾ませる唇が近付いてきた。

「その硬く引き締まったお尻――きっと褌がよくお似合いですよ、オッス」

 アントニオは言葉もなく、背後のドアにピタリと後頭部を押し付けて夢中で首を振った。

 従業員の手がアントニオの腰を撫で、下肢に滑っていく。

「ヒィ……ッ!」

 悲鳴を漏らしたアントニオの尻を、従業員がむんずと掴み上げた。

「褌、締めてあげましょうか――?」

 目を瞠ったアントニオの耳元で従業員が囁くと――アントニオの意識は、ブラックアウトした。

 

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 レーザービームを浴びたミラーボールから乱反射する光。

 ポールが突き刺さったステージ上に、電子音のダンスミュージックが流れる。

 客席には沢山の人。ダンサーの登場を今か今かと待って、手を打ち鳴らしている。どの顔もみんな笑顔で、ひどく楽しそうだ。

 アントニオはそれを舞台袖から見て、ああ、みんなあんなに楽しそうにしている――と、胸が詰まった。さっきまで胸を締め付けていた緊張感が、気合に変わる瞬間だ。

「そろそろ出番よ!」

 ファイヤーエンブレムの声。

 アントニオが顔を上げると、隣で鏑木が気合を入れて指を鳴らした。

「よし、ここはいっちょワイルドに吠えるか!」

 鏑木も、褌一丁だ。

「お、おい……鏑木まで、なんでそんな格好……」

 思わずその肩を叩こうとすると、鏑木の向こうにはバーナビーの姿も見えた。

「おじさん、僕の足を引っ張らないでくださいよ」

 やはり、褌姿だ。

 アントにはは慌てて自分の体を見下ろした。その股間には、白い褌がきつく巻き付いて――

 

 

 

「うわっぁぁぁああああああっ!?」

「アラ、気がついた?」

 アントニオが跳ね起きると、……そこは煌びやかなステージ上でも何でもなく、ロッカーの立ち並んだ薄暗い部屋だった。

 遠くに音楽が聞こえるが、レーザービームの光はない。

 もちろん、鏑木やバーナビーの褌姿もない。あれは夢だったのか――

「……ここは……」

 アントニオが身を起こそうとすると、ファイヤーエンブレムの逞しい腕に頭を引き戻された。頭の下が柔らかい。

「褌ボーイズの控え室よ。アナタ、突然悲鳴を上げて倒れるんだもの、ビックリしたわ〜」

 まったく、と漏らしたファイヤーエンブレムの手が、アントニオの額に冷たいお絞りを乗せてくれた。

 冷たくて気持ちがいい。アントニオは安堵の息を大きく吐き出して、目を瞑った。

「忙しいところ、悪いな」

「そうよー、今日はただでさえも人手が足りないってのに」

 そう言いながらもフェイヤーエンブレムの口調には嫌味がない。

「だからお前が自ら買い出しなんか行ってたのか?」

「そーなの! いつもお願いしてる業者さんがジンの銘柄を間違えてね。……店まで運んでくれてありがとう。感謝してるわ」

 急に口調を穏やかにしたファイヤーエンブレムが、そう言うとそっとアントニオの髪を撫でた。

 まるで子供を寝かしつける母の掌のような優しさだ。

 アントニオは店内の喧騒から遠く離れたスタッフルームで、思わずうとうとと微睡みそうになった。

「……あぁ、そうだ。お前、名前は……」

 眠さを堪えるように口を開くと、寝言のように曖昧な口調になった。

 それを、ファイヤーエンブレムが可笑しそうに聞き返す。

「店で、ファイヤーエンブレムと呼びかける訳にはいかないだろう。だから――……」

 そのせいでさっきも、助けを呼べなかったのだから。

 根性で目蓋を押し上げたアントニオの顔を、ファイヤーエンブレムが覗き込んだ。

 ――近い。

「本名ってこと? ネイサン・シーモアよ。アナタは?」

「アントニオ。……アントニオ・ロペ――、……っ!」

 その時初めて、アントニオは自分がファイヤーエンブレム――ネイサンの膝を枕にして寝ていたことに気付いた。跳ね起きる。今度はネイサンもそれを引き戻すことはしなかった。

「どうしたの?」

 長いソファに腰掛けたネイサンの服装は、衣服を着ているとは名ばかりの透けているものだ。ボトムこそ普通のものだが――アントニオは目のやり場に困って、ソファを転げ落ちるようにして降りた。

「あ、いや迷惑かけたな! もう大丈夫だ!」

 自分の体を見下ろして、確認する。ジャケットこそ脱がされているが、それ以外はきちんと着ている。ネイサンを疑うわけではないが、なんとなく。

「あら、そーお?」

 引き攣った笑いを浮かべて腹の上で手汗を拭っているアントニオを訝し気に見やったネイサンが、一息吐いて床に落ちたおしぼりを拾い上げた。アントニオが勢いよく起き上がった拍子に落としてしまったのだろう。

「あ、……あのな」

 なんだか急に申し訳ない気持ちに苛まれて、アントニオは言葉を探した。

 頭を掻く。難しいことはよくわからないが。

「いっ、いい店だな。俺はこういうのはよくわからんが――お前も店を大事にしてるようだし、スタッフもみんな真剣に働いてる。だから、その……さっきのスタッフも、叱らないでやってくれよ」

 アントニオは店の様子を見て帰りたいとまでに思えてきていた。扉の向こうではノリのいい音楽と共に、観客の口笛も聞こえてきている。きっと盛り上がっているのだろう。アントニオが見た夢の中で舞台袖から見た、楽しそうな観客と同じように。

「わかってるわよ」

 気が付くと、ネイサンが目の前にいた。

「ウチのお店はお客さんとの恋愛は禁止にしてるの。だからそういう意味ではちょっと注意しなきゃいけないけど、目を離してたアタシも悪かったわ」

 神妙に言ったネイサンが長い睫毛を上げると、アントニオと視線があった。

 思わず緊張したのも束の間、ネイサンの派手な爪を伴った指先が、アントニオの唇に触れる。

「――アナタみたいなファイヤーゴージャスがこの店に顔を出せば、みんなの下半身が疼いちゃうことくらい、予想できたのにね」

「か、っ下半し……っ!」

 何を言い出すんだと言い募ろうとしたアントニオの唇を、ネイサンの指先が制する。

 ネイサンからは相変わらず、良い香りがする。コロンでもつけているのだろうか。

「つまらない見栄ね」

 口元に押し当てられた指先を見下ろしていたアントニオに、ネイサンが近付いてくる。

「見栄?」

 アントニオが視線を上げると、直ぐ目の前にアイシャドウをキラキラと輝かせたネイサンの顔があった。

「そう、――アナタを見せびらかしたかったのかも知れないわ」

 吐息混じりに囁くような声で答えたネイサンの赤く色づいた唇が、指先で塞がれていたアントニオの唇に吸い付いた。

 たっぷり瞬きを、二回分。

 ただ唇を押し当てたきりで離れたネイサンが、アントニオの胸に手をついたまま顔を離すと窺うようにアントニオを覗き込んだ。

「――――……とっ、とにかく……」

 唇にネイサンのコロンの香りが移ったような気がする。

 濡れたようになっている唇の表面を拭いたいが体が強張って動かないし、舐めとりたくてもなんだかそれは破廉恥な気がして、アントニオはぎこちなく口を開いた。

「とにかく?」

「何か、服を着ろ!」

 顔を逸らしたアントニオに目を瞬かせたネイサンは、透けたシャツをつまみあげた。

「着てるじゃない」

「透けてるだろうが!」

 目のやり場に困るんだ、と喚くように言って、アントニオはネイサンの両肩を掴み引き離した。

 驚いて呆然としたようなネイサンの唇が、わずかに震える。

「なによ、それ……」

 ぽつりと漏れた呟きにアントニオが慌ててネイサンの顔を振り返ると、ネイサンは口元に手を宛てがって――堪え切れないように、吹き出した。

「透けてるったってアタシの上半身なんて構造的にはアナタと変わらないじゃない」

 声を上げて笑い出したネイサンが、可笑しそうにアントニオの胸板を叩く。

 確かに言われてみれば、ネイサンは男性なのだから上半身があらわであろうと何ら問題はない。トレーニングルームで鏑木やスカイハイたちと腰にタオルを巻きつけた格好で雑談しているのと、大して変わらないのかも知れない。

 でも何か、どこか、違う気がする。

 だいたい鏑木は唇を押し付けてきたりはしない。

「ま、意識されてるっていうならそれはそれでいいんだけど。アタシは言い寄っても気絶されないみたいだし」

 ネイサンはひとしきり笑うと満足したようにアントニオから離れた。

 大きく胸を撫で下ろしたアントニオに背を向けたネイサンが、ふと肩越しに視線をよこす。

「――続きはまた今度ね。ココじゃ出歯亀が多いから」

「は……?」

 問い返したアントニオはネイサンの視線の先を追って、背後の扉を振り返った。

 そこは薄く開かれて、――少なくとも、六つの目が覗いていた。中にはさっきアントニオを気絶させた従業員の目もある。

「…………!」

 息を飲んだアントニオの硬直した体を押しのけて、ネイサンがドアを蹴りつけた。

「アンタたち! さっさと仕事しなさい!」

 ネイサンの怒号が褌クラブのバックヤードに響く。

 アントニオは、腑抜けたようにその場にぐったり座り込むと、頭を抱えた。

 もうこの店には近付くまい。

 固く心に誓うのだった。

説明
BD4巻特典CD「あの頃ぼくもー、わかかったぁー…」の褌クラブネタです。腐ネタ注意。
ロックバイソンの中の人がボーイ役だったので牛炎妄想余裕でした。
もっと色っぽい展開になるかと思って書き始めたんですが、今回も未遂。
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ロックバイソン ファイヤーエンブレム TIGER&BUNNY アントニオ・ロペス ネイサン・シーモア  

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