真・恋姫無双 EP.82 仮面編(1)
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 朝、まだ薄暗い中、((是空|ぜくう))は起き出す。井戸で水を汲みタオルを濡らし、仮面を外して顔を拭うのだ。時々こうして、まだ誰も起きて来ない時刻に顔を綺麗にしている。一日中、仮面を付けたままなので蒸れるうえに、放っておくと膿が出てひどく痛むのだ。

 再び仮面を付け、是空は日課のトレーニングを行う。筋トレと格闘術の型の練習だった。もとは剣を遣っていたのだが、雷薄の供で登城する際、剣の持ち込みが出来ないため素手による戦闘を覚えるよう言われたのである。以来、書物を参考に独学で身につけた。

 

「フッ…フッ……」

 

 仮面の奥から漏れる短い呼気が、静かな朝に響いた。そこへ、砂利を踏み近づく足音が混じる。

 

「おはようございますー」

 

 のんびりとした声を掛けてきたのは、陸遜だった。だが是空はチラッと顔を向けただけで、トレーニングを続けている。陸遜は仕方なく、朝食を乗せたお盆を持ったままその様子を眺めていた。

 やがて、深呼吸をして是空はトレーニングを終了する。

 

「待たせてすまない」

「いいんですよー。こうして眺めているのも、それなりに楽しいですからねー」

 

 そう言って笑う陸遜から、是空は朝食のお盆を受け取った。

 

「陸遜殿に、余計な手を煩わせてしまった。本当は、侍女がやるべき仕事なのだが……」

「まあ、私がここに居る時くらいですから、別に構いませんよ。是空さんは、屋敷の方々から怖がられてますからねー」

 

 陸遜は悪びれた様子もなく、そう言って目を細めた。彼女の率直な物言いは、是空にとって決して悪い気分ではなかった。

 

「陸遜殿は、俺が怖くはないのか?」

「んー、どうなんでしょうかねー。私自身があんまり他人に興味がないので、そういう感覚がよくわかりません。是空さんがもの凄い知識を持っているとしたら、別の意味で怖いですけれどねー」

「……そうか」

 

 是空は何となく不思議な気分になった。そんな彼の目を、陸遜がジッと見つめてくる。

 

「……何だ?」

「あのですね、実はここに来たのはお願いがあったからなんですよ」

 

 そう言うと陸遜は、視線を部屋の扉に向ける。

 

「是空さんがお世話をしている、眠り姫に会わせてもらえないかなあって思いまして」

 

 仮面の奥で、是空の瞳がわずかに揺れた。

 

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 朝食の肉まんを頬張りながら、北郷一刀たちは街中を歩いていた。

 

「えっと、この街にもあるんだよな?」

 

 一刀は隣に並んで歩く風に訊ねた。

 

「はい。昨日少し聞き込みをしましたら、偶然、商人の男性が知っていました。あまり街の人にも知られてはいないようですが、貴族の屋敷が建ち並ぶ一角にあるそうです」

 

 風が聞いた話によれば、その屋敷は((雷薄|らいはく))が書や骨董などを保管する場所として、元々あったものを買い取ったらしい。数人の使用人が住んでいるようだが、雷薄自身が訪れることは滅多にないらしく、そのため雷薄の屋敷がこの街にあることを知るものはあまりいないようだった。

 

「灯台もと暗しだな」

「……? 何ですか、それ?」

「自分の足下は意外に見えないって事だよ。孫権さんも知らなかったのかな?」

 

 一刀が訊ねると、風の斜め後ろを歩く稟が答える。

 

「たぶん、そうでしょうね。こちらの捜索に協力してくれると話していたので、知っていたのなら何らかの情報をくれたはずです」

「でも、倉庫みたいな場所らしいから、それほど重要じゃないと思ったのかも知れないな」

「その可能性もあるでしょうね」

「ですが――」

 

 そこで、風が口を挟む。

 

「ですが、噂にある仮面の男というのが風は引っかかるのです」

「確かに目撃情報自体は、雷薄とは関係なく私も耳にしました」

 

 稟がそう言うと、風は何かを思い出すように目を閉じる。

 

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 雷薄の動きをいち早く察知した七乃が、風を逃がすためにやって来た時にいくつかの情報を得ていた。

 

「雷薄が登城する際、常に付き従う仮面の男がいたそうです。是空と名乗ったそうですが、本当の名前かはわかりません。ただ、身のこなしからかなりの遣い手だろうと思われたそうです」

「武器の携帯が許されない城内ですからね、かなり素手での腕はたつのでしょう」

「そうですねー。それに、命を預けるわけですから信頼もされていると思います」

 

 風と稟の会話を聞きながら、一刀は大きく頷く。

 

「ようするに、重要人物が出入りしている場所が、ただの物置なわけがないということだな?」

「まあ、そういうことです」

 

 そうして話をしながら三人が歩いていると、やがて人通りが少ない道に出た。

 

「この辺から貴族の屋敷でしょうか……」

「うーん、なんか突然、街の人がいなくなった気がする」

「それだけ近寄りがたい場所なのでしょうね」

 

 喧噪が遠く、人の気配もない。

 

「しかしこれでは、屋敷の様子を探りづらいですねー」

「逆に目立つしな」

 

 一刀は歩きながら、きょろきょろと周囲の様子を探る。不気味なまでに、静かだった。

 

「あそこですね、雷薄の屋敷……」

「どこか隠れられる場所でもあればいいんだけど……なさそうだなあ」

 

 高い塀に囲まれた屋敷の前で、三人はどうするか思案する。やがて、一刀が何かを思いついたようだ。

 

「よし! ここは仮面繋がりで俺が変身して――」

「風に良い案があるのです」

 

 一刀の提案は、風が一蹴した。

 

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 風は頭に乗せた宝ャという人形を手に取る。

 

「お忘れかも知れませんが、風は人形遣いなのです。これで屋敷の中の様子を探ってみましょう。お二人は誰か来ないか、見張っていてください」

「わかった! 誰か来たら風を抱えて逃げるぞ!」

「いえ、普通に教えてくれるだけで構いません」

 

 左右に一刀と稟が別れ、風は宝ャに意識を集中する。すると、宝ャがピョコピョコと動きだし、ふわふわ浮かびながら屋敷の塀を乗り越えた。

 

(さて、何か怪しいものは……)

 

 目を閉じた風の脳裏には、宝ャの目を通して見えたものが映っている。周囲はあまり手入れのされていない庭で、雑草が生え、植木も枝が伸び放題だった。

 

(こっちは……((厩|うまや))でしょうかねー)

 

 木材を組んで立てられた小屋と、土壁の蔵がある。小屋には馬が繋がれており、宝ャは蔵の方に向かった。

 

(誰かの部屋でしょうか?)

 

 鉄格子の入った窓から覗くと、寝台や机などが置かれていて生活感がある。机には、まだ湯気の上る食事が乗っていた。

 

(朝食でしょうか……奥に続く扉がありますねー)

 

 宝ャは隙間から身を滑り込ませ、もう少し中の様子を探ろうとする。だがその時、奥の扉が開いて仮面の男が出てきたのだ。

 

(見つかりました!)

 

 風は急いで宝ャを自分の元に呼び戻す。塀を乗り越えて飛んできた宝ャを風が両手でキャッチした直後、一刀の叫び声が聞こえた。

 

「危ない!」

 

 何かが体当たりをしてきて、風の身体を包み込んだ。意識を宝ャから戻すと、自分を抱えているのが一刀だと気付く。

 

「何を……」

 

 言いかけて、風は口をつぐんだ。さきほどまで自分が立っていた場所に、大きな窪みが出来ていて、その中心にあの仮面の男が立っていたのである。

説明
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
霞と小蓮が出かけている時、街で起きていたお話です。
一刀を書くのはすごい久しぶりな気がします。
楽しんでもらえれば、幸いです。
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タグ
真・恋姫無双 北郷一刀    

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