赤→シエラ←青(幻水2)
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 その日、シエラはクラウスと一緒に過ごす予定を大きく狂わされて、朝からずっと苛立っていた。

 最近の本拠地は、かなりの手入れがされており、シエラの現在歩いている廊下の奥には、マチルダ騎士団から流れてくる者達の駐屯地になっている。

 剣の打ち合いや、若々しいかけ声がそこから聞こえてくるほど、彼等は闘いのために一生懸命になっていると言って良いだろう。

 

「…つまらぬ」

 シエラは赤い瞳を半分とろんとさせて、あくびをした。

 こういう時には、自室で眠るのが一番だ。

 だが、その前に、上質の酒を所望しても罰は当たるまい。

 何しろ、先日までシエラは城主の願いを請うて闘いにくり出し、見事勝利をおさめ、凱旋を終えたばかりなのだ。

 思い付くと、善は急げと言う。

 シエラはくるりと階段の方に向きをかえて来た場所を歩き始めた。

 すると、

「おや、どうされたのです?」

 背中から飄々とした声がきこえた。

 けだるそうに、肩ごしに振り向く。

 そこには、城にいる女子供のほとんど1/3が見愡れるであろう甘い顔と、惑わすであろう甘い言葉を持つマチルダの赤騎士・カミューが立っていた。

「シエラ殿がこちらにくるなんて、珍しいのでは?」

「騎士達の元気の良い声につられてきたのじゃが…近寄っただけで疲れてしまったのじゃ。

 わらわには剣術を眺めるなどの趣味はないし、かといって何をするわけもない。

 そろそろ自分の部屋に帰って眠りにつきたいと思っていたところなのじゃよ」

「では送りますよ。どうせ、今の時間だ。寝るには早い。

 大方、酒場にでも向われる予定ではなかったのですか?」

「…わらわは詮索されるのは、好かぬ」

 シエラは眉をひそめてツンと横を向く。それを見てカミューは手を口元に寄せてくすくすと笑った。

「ふふ、では、こう言いましょう。

 あなたと御一緒に、酒場でワインを味わいたい…と言えば、同行を許してくれますか?」

「…ほぉ?」

 シエラはカミューの言葉に少しだけ気が向いた。

 いつも思っているが、同じマチルダの騎士であるマイクロトフに比べ、この男はまったく持って喰えない。自分の底をみせるのを嫌がる性分なのであろうが、シエラはそれを不快には思った事はなかった。

 ただ、こんなことを言われるには、自分達はあまりにも交流がなかったのだ。

「…それは、珍しい申し出じゃのぉ」

「返事として解釈しても?」

 そう言うと、カミューはさっと礼をして腕を差し出す。その瞳には少しだけ悪戯の光が宿っていた。

「そうだのぉ。まぁ、たまには…見目麗しい者と呑むのも悪くないやもしれぬ…」

 シエラはカミューと同じように、目を光らせて、天使のように微笑んだ。

 自分の手を騎士の腕に絡ませる。

 その動作は、遠くから見ても、とても華麗にみえた。

 身長差はあれど、見た目の華やかなカップル。

 フリックを探してウロウロしていたニナが、廊下の影からそれを見て顔を赤らめた。

 

 カミューがシエラをナンパした

 

 そんな噂が、本拠地に広まったのは、それからわずか数分後のことだった。

 

「シエラ殿は、酒がお強いと聞きますが、遠慮しなくていいのですよ?」

 レオナの酒場の片隅で、カミューが揶揄するように言ってみせる。

 テーブルには僅かにサラダとチーズだけ。

 ワイングラスを揺らしながら、それでもこれで十分だと、シエラが肴をことわった。

「遠慮などしておらぬ。

 わらわはちびちび呑むのが好きなのでのぉ。

 まぁ心配せんでよい。

 酔っておんしを食おうなどとは思わぬ」

「…食われるんですか? 私が…?」

「…たとえばの話じゃ。 わらわは吸血鬼といってもネクロードとは違う」

 そう言ったシエラに、カミューはやっと彼女の言いたい事が読みとけた。

 ふだん、あまり話もしない二人だ。

 酒の場所にそんな相手を誘うなど、理由は二つしかない。

「ああ、違いますよ。

 そんなつもりであなたと一緒にいるのではありません。それに…

 あなたの方こそ、クラウス殿を追い掛けているのに、こんな所にいていいんですか?」

「かまわぬ。今日はあの方は軍師の用事でトランに向っておる」

 くいとグラスを傾けて、さぞ面白く無さそうにシエラは言った。

「ははぁ」

 カミューは笑った。

「…何がおかしいのじゃ?」

「今日のあなたが殊の他不機嫌な理由は、クラウス殿が原因だったのですか」

 図星を突かれて、シエラはじろりとカミューを睨みつける。

 クラウスの前でのシエラの変貌ぶりは本拠地内でも有名だったが、こんな所で本人の素顔をみようとは思わなかった。これは、あまりにも幼すぎる。

 シエラは憮然と一気にグラスを煽っている。

 何百年も生きる少女を、カミューは妹を見るような目をして笑った。

「あの方がおらぬと、どうも張り合いがない」

「余程気に入っておられるんですね」

「そうだのぉ、あの方はわらわの初恋の男に似ておるのでの。

 真面目で、純朴で、理想に向ってまっすぐで…

 …あれをみていると、どうにも可愛い。可愛くてしようがない…」

 老女が気に入った若い男を目溢ししたりする事がある。貴婦人が自分の夫の従者を気に入ることがある。そんなふうに、彼女もまた、クラウスに対して熱情を持っているのだろう。

 熱情を相手に求めるわけでもない、自分が楽しむだけなのだ。

(似ている…)

 ふと、カミューは、シエラと自分を重ねてしまったことにはっとした。

 自分と同じように、恋を重ねて愛を飾ってきた今でこそわかる、情愛の一部。

 恋というには薄くて、ただの気紛れというには熱い…

 悪魔のように艶やかに目を細めて、シエラはワインを口に含ませた。

 

 酒は、シエラの言うように少しずつ減っていった。

 酒場の客は、女子供だった時間から、兵士や傭兵が出入りしはじめる時間にかわりはじめている。

 2本目ワインを開けてしまった頃、カミューが、

「あなたをここに誘ったのはですね…

 あなたは、私の初恋の人にそっくりだったんですよ…」

 囁くように、優しく、ひっそりとそう呟いた。

 椅子に少しもたれて、腕を組むと、シエラを懐かしそうに遠くに眺めて、

「だからですよ」

 といってみせる。

 シエラは、一瞬驚いたが、カミューが嘘を言っていないのを感じていた。

「それは、わらわのように子供の姿をしておる者かえ?」

「違いますよ。大人のしっかりとした方でした」

「美人かえ?」

「ええ、あなたのように…」

 そう言って、カミューはシエラの手にある空のグラスにワインを注ぐ。

「私が騎士になりたいと思ったのも、その人のためでした」

 小さい頃から夢があった。

 大きな志はあったが、漠然としたものだった。

 今思えば、マチルダの騎士団に入るきっかけをつくったのは、初恋の相手に対する思慕という単純明解な理由だったのかもしれない。

「昔、かえ…?」

「そうですね。昔の事です。私は、そのためにマチルダにきたんですよ」

 グラスランドの出身だった自分が、今の地位にあったのは、持ち前の機転とかなりの努力を要した。都市同盟の人間ではない自分は、人より才覚に抜きん出なければいけなかった。誰よりも上手に立ち回る必要が会った。

 そうして、カミューは同期であるマイクロトフと騎士団の中を登っていった。

 そして、自分達はマルルダの双璧と称され、青と赤の騎士団をまかせられた。民に敬われ、慕われ、部下にも恵まれていた。

 そうして、騎士としての勤めをはたしていくものだと思っていた。

 だが、都市同盟は危機に瀕し、騎士として、国として誇り高く尊敬を捧げていたゴルドーは、民を見捨て、部下を見捨てた。

 それ故、自分は選んだのだ。

 騎士の地位よりも騎士の誇りを…。

 カミューは、今にして思う。自分は最初に誓ったような騎士になれているのだろうか、と。

 その問いは、この本拠地にいる間でも絶えず自答しているのだ。

 騎士というのは、誇り高いものでなくてはいけない。

 人のため、民につくし、儀を重んじ、礼を仰ぐ存在だ。 

 だが、自分はきちんと「騎士」であるのだろうか?

 昔自分が憧れた騎士のように、誇り高く、強い人間であるのだろうか?

 その問いに、もうすぐ答えがでる。ロックアックス攻略という戦いで騎士は自らの正義を知る事になるのだ。

 

 沈黙がテーブルの上にただよっていた。

 ふたりの空気は動かない。

 酒場の喧噪は、二人の間には遠く聞こえる。

 だが、その沈黙はあっさりとシエラの言葉によってかき消された。

「そういえば、もうすぐだの」

「…そうですね。

 私達の騎士団は、この闘いで正義をまた一つカイ殿にゆだねる事になるでしょう」

 シエラは、長い睫を臥せると、手でワインをくゆらせながら、こくんと頷いた。

「そう言っておいて、何を迷うことがあるのじゃ?」

「迷ってはいません」

「わらわには、今のおんしは迷い子のように思えて仕方がない」

「それは、ひどいな」

 カミューは力なく笑ってみせた。

「おんしが今ここにいる時点で、すべてに答えが出たはずであろ?

 昔はどうであれ、今の道は自分で選んだ事ではないか?

 おんしは、よくやっている。

 それは、おんしが一番良く知っている事ではないか」

「…そうでしょうか?」

「変わった奴じゃのぉ。

 おんしは、それを言ってほしくて、わらわに声をかけたのであろ?

 それとも、反対の言葉がほしかったのかえ?」

「…いいえ」

「ならば、良いではないか。

 おんしには信じる仲間がおる。部下がいる。目標がある。

 人は、進む道にすすんでいくものじゃ。

 そうやって今のおんしがあるのじゃから…」

「シエラ殿…」

 カミューはシエラを仰ぎ見た。

 白い髪、白い肌。赤い瞳。赤い唇。どれをとっても似通っているところなどないというのに、カミューの目には、シエラは聖母のように見えた。

 心の中にしみ入るように、シエラの言葉には力がある。

 廊下で彼女をみつけたとき、思わず声をかけたのは、もしかしたら救いがほしかったのかもしれない。

「うじうじ悩むとお怒りですか?」

「大の男が…と呆れておる」

「厳しいですね」

「笑っているだけの余裕が出ればそれでいい。

 まったく、熊男といい、おんしといい、わらわは相談役ではないぞえ?!」

「…すみません」

「おんし…まだ、言葉がほしいかえ?」

 赤い瞳できつく睨む。

 だが、本気で怒ってはいない。

「いいえ、欲しい言葉はいいだきました」

「ならば、良い」

 シエラは満足気に頷くと、グラスの持っていね手を、身体の大きい迷子に向けて突き刺した。

「呑み足らぬ」

「…さすがは、シエラ殿ですね」

 カミューは慌ててボトルに手をやって極上酒をグラスに注ぎながら、目の前の不思議な女性に柔らかく微笑んだ。

 

 

 暫くすると、酒場の入り口から早足で突き進む男を見た。

 上背のあるがっしりとしたシルエットに見覚えがある。

 シエラはちらりと横目でその男をみた。

 夜のこんな場所にはあまり馴染みがない、マイクロトフであった。

「カミュー、ここにいたのか」

 極めて真面目そうに、その人物はため息をつく。

「…お前がシエラ殿に手を出したと城では噂になっている」

 一体どう言う事なんだ?と、テーブルを囲んで座るふたりを見下ろして、呆れたようにそう言った。

 二人は意外そうに目をおおきくぱちくりとさせて、マイクロトフを仰ぎ見た。

「わらわが?」

「…シエラ殿を?」

 交互にふたりはそう呟いた途端、吹き出したかのように大笑いをはじめた。

「な、なんてふたりとも笑うんだっ?!」

 面喰らったのはマイクロトフのほう。

 騎士団の仕事をかまけて、シエラにちょっかいをだすなど、恐れ多いことだ。

 そう思って彼を諌めようと酒場まで乗り込んだのに…当の二人は涙をためながらそんな自分を笑っている。

「ただ、呑みにきただけじゃよ…」

「そうだよ。私はシエラ殿と酒場に一緒にいただけさ。この方と話をする機会なんて滅多にないから…だったんだが…」

 二人はマイクロトフが無言の内に青筋をたてるまで、ひたすら大声で笑い続けた。

 

「悪かったの。まさか、そんなデマを信じてしまう輩がいるとはおもわなんだ」

 笑いをこらえながら、先に過ったのは、意外にもシエラだった。

「…みなさん、かなり本気で信じてましたよ…?」

 いい男が大好きなシエラと、女に甘言を用いるカミューである。

 二人の接点がなかっただけで、もしかしたら、いや、意外だっただけにありえることだ…と噂になっていた。

 それを聞いてカミユーはまたもや大きく笑うと

「ははは!それは、惜しい事をしたのかもしれませんねぇ」

 なんなら口説いてみせれば良かった。

 残念そうに言ってみせると、笑い事ではないのだシエラが睨みをきかせて黙らせた。

「ところで、マイクロトフよ…」

「はい、なんですか?シエラ殿」

「おんし、慌てて此処に来たのは、わらわがこの男を毒牙にかけると思うてかえ?それとも、この男が悪さをすると重うてるのかえ?」

 今度はマイクロトフを怪訝そうにみながらシエラはそうたずねた。

「あっ! …い、いえっ!!」

 みるみるうちにマイクロトフの頭から熱気が沸き上がる。

 この実直な青年にはあまりこういう手合いの冗談は通用しないらしい。

「ふむ…まぁよい。…聞かぬことにしよう」

 シエラは諦めたようにため息を就いて、肩をすくめた。

「まぁまぁまぁまぁ、そんなことはおいておいて。さあ、マイクロトフ、お前はここに座って観念するんだ」

 カミューは、自分とシエラの間にある椅子を引き出して、親友を座らせる。

「!! なにを…!?」

「そんなにわたしたちの事が心配なら、一緒にシエラ殿の相手をすればいいだろう?」

「なっ!! そういう問題じゃない!」

「おお。それは良いことを思い付いたの。

 ふふ、暇つぶしじゃ。わらわたちとつきあうが良い」

「あ、いえ… 俺、酒は…」

「なんじゃ? そんな歳で下戸でもあるまい?」

「そうではなくて…」

 あくまでこの場を立とうとするマイクロトフに、

「…わらわが、こわいかえ?」

 シエラは悪戯にそう言うと、

「そんなことは、 絶 対 に ありません!」

 と、元気よく答えた。

 マイクロトフの顔は、酒場の薄い明かりから見ても真っ赤な顔で、背筋はピンと伸びている。

「…ふならば良いではないか。見目麗しい者と酒を飲めるのは、わらわにとっては、なによりの酒のつまみじゃ」

 天使のような微笑みを浮かべながら、シエラは上機嫌でそう言った。

 マイクロトフは、頬をあからめながら、すすめられた酒をグラスで受けると、カミューをちらりと見る。

 飄々とした親友は、手でくいっと呑む真似をした。

 どうやら、これは部屋にかえれない覚悟をしておいたほうがいいのかもしれない。

 マイクロトフは、意を決してワインの液体を飲み干しながらそう思った。

 

 その日の夜、酒場の片隅で酒を次々と開けていく3人組を目撃した兵士は、その面子の珍しさに首をかしげ、昼間に広まった噂をその目で信じ、まことしやかに囁きはじめた。

 そして、翌日。

 ホウアンの所に、ひどい二日酔いで苦しんでいる二人の青年騎士の姿があったのはいうまでもない。

 シエラといえば、自分のベットで安らかな眠りをついている。

 

 今日という日の機嫌は…たぶん良いのだろろう。

 

 たぶん。

 

 

 

(2003.11.20)

マドウ企画(シエラ女王企画)より

説明
幻想水滸伝2より、赤青騎士とシエラ様。
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タグ
幻想水滸伝 シエラ マイクロトフ カミュー 

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