SILVER BEARING 追憶の疾走 序章
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序章 派手にする方法

 

 ロンドン、ヒースロー空港から飛び立った旅客機は約9600キロの彼方にある日本へと大空を突き進む。

 その姿は、鯨が大海を進むがごとく、圧倒的であり、月明かりに照らされ幻想的な光景を生み出していた。

「坂神 煉也様ですね?」

 飛行機の中で客室乗務員の女性は確認のために惰眠を貪っていた男に流暢な日本語で声をかけた。

 声をかけられた男は不機嫌そうにゆっくりと目を開く。

 赤い髪は自分で適当に刈ったのか、長さがバラバラ。寝起きのしまりのない顔。金と黒のオッドアイの濁りきった瞳はやる気や意志の強さを感じさせず軽薄な印象しか抱けない。

 周りがビジネススーツのサラリーマンやブランド服でさり気ない高級感を出している姿に対して、服も所々に黒ずんだ染みや、擦り傷であり、トドメとばかりに着ているところどころ擦り切れたり、破れたりしている緑のコートが、明らかに周囲から浮いた存在をアピールしていた。

「オー、英語ワカリマセン」

 男は、きっぱりと誤魔化した。

「……」

 呆然と佇む女性を放置して、男は再び惰眠を貪るために目を閉じる。

 女性は凍結していた思考をようやく解凍し、明らかに、いや、完全に馬鹿にされたことに気がつき徐々に憤怒の表情へと切り替わっていく。

 明らかにサービス業の心得を置き去りにした表情の変化であった。

 当たり前である。何故ならば女性は客室乗務員が本業ではなかったのだから。

「そちらが、そのような態度をとるならば、こちらにも考えがあります」

 若干、馬鹿にされた屈辱で声が震えてるが、偽りの表情を捨て冷酷な顔に変えながら、ゆっくりと脇のホルダーから拳銃を取り出す。

「恨みはありませんが、坂神 煉也。ここで死んでいただきます」

 殺気を剥き出しに放ちながらをトリガーに力をこめる。

 そのときになって、ようやく惰眠を貪っていた煉也は気だるそうに目を開けた。

「我ながら見事な誤魔化し方だと思ったのだが……で、目撃者だらけで、完全に密室状態の飛行機の中で、殺した後はどーするんだ?」

 拳銃を突きつけられながら、怯えた様子もなく。もっともな質問を返した。

「ご安心してください。乗員乗客共にすべてが、貴方を暗殺するために集められた一流の殺し屋ですから」

 微笑みながら告げる姿は、客室乗務員の接客態度としては最上級のものと比べても遜色はなかった。ただし、拳銃で狙いをつけながら接客する客室乗務員がいればの話だが。

「遺言はございますか? 死ぬのは確実ですから、かなえられる範囲であれば応じましょう」

 どうやら、この女性がリーダーのようだ。他の殺し屋たちは室内の空気を殺意で溢れさせ、これから始まる過剰殺傷に対する歓喜からか徐々に室温を上げるのに忙しいらしい。

「一流ね……それは、ご苦労なことで……で、恨みを買うことに事欠かないから構わないが……用件はそれだけか?」

 さり気なく小馬鹿にしつつ、気だるい表情のまま、煉也は手近にあった雑誌を手に取り、自分しか使えない特別な道具が、頭の中に無作為に入り込んでくる情報を脳内で整理し、機内の様子を分析、最適化していく。

 操縦室の会話が聞こえてくる。空路を変更したらしい。

 他の客室乗務員が先ほど、食べなかった食事に毒を入れたが失敗したと報告し合っている。

 サラリーマンが書類を書くふりをして、鞄の中のナイフを心酔した目で見つめている。

 成金趣味の中年女性が、ネックレスに仕込んだワイヤーを取り出している

 無駄のない動作で武器を準備する者から、明らかに殺傷を楽しむためにワザとらしくナイフを舐める者まで、千差万別のようだ。

 確かに、操縦席の機長や副長、乗務員から乗客まで全員が例外なく殺し屋のようだ。

(なんか、殺し屋の見本市みたいだな。)

 他人事のような感想を胸中で漏らす。明らかに錬度はバラバラで、金の力で無理やり集めた連中だった。

 恐らく相当な額の賞金首が自分に賭けられているのだろうと思う。

 煉也は自分の金にならないことについては、とことん無関心であった。

「俺を殺した後、証拠をどう消すんだ? さすがにこりゃ証拠が残るぜ。それが判らないほど馬鹿だとすれば、最近の殺し屋の質も落ちたものだな」

 会話に飽きたらしく、窓の外を眺めなら適当に質問を繰り返す。本人は誠意ある対応をしているのだが、勤労意欲の強い殺し屋はプライドを傷つけられているらしく、場の殺気が物理的な質量を感じさせるようになっていく。

「安心してください。貴方を殺した後に、墜落させて遺体と証拠ごと海の中、私たちは適切な避難のおかげで、犠牲者一名で済みます」

「B級映画でも、もう少しまともな方法考えるぞ。ハリウッド映画を適当に観て参考にしたほうがいい。全米が泣くと思うぜ」

「大きなお世話です。ご納得いただけたところで、死んでいたたきましょう」

 その言葉を合図に、一斉に攻撃が始まる。投げナイフ、銃弾が明らかに過剰殺傷をする為に煉也を狙いって飛来してくる。それを追いかけるように、様々な暗殺用の武器を持った者たちが襲いかかってくる。

「バーカ、納得してねぇよ」

 しかし、全ての投げナイフ、銃弾や武器を持った殺し屋たちは煉也の体に触れる前に何かに引っ張られるように床に落ちてしまった。

 いつの間にか、煉也の前にはゴルフボールくらいの3つの銀色の球体が守るように周回している。

 ある者は状況を認識できず呆然としていた。また、状況が理解できず次の手を決めかねてる者もいる。

 不可思議な現象を目の前で見せられ理性が現実に追いついてこない状況。

「裏家業程度の常識で、オカルトサイトの住人に喧嘩を売るなよ。喧嘩を売っていい相手と悪い相手の区別くらいしろや」

 魔術、錬金術、神の加護、悪魔との契約、陰陽道、仙術など科学に否定され、あるいは解明できない術を使う彼らの存在は一般には知られていない。

 オカルト。

 ラテン語で、隠されたものという意味を持つオカルト世界の住人。

 裏社会止まりでは、常識では計り知れない力を振るうオカルトサイトの住人に対抗するのは難しい。

「貴様、何者だ」

「調べておけよ。トレイダーだよ」

 当たり前のことを聞かれたことに当たり前だと投げやりに答える。

「馬鹿な! 情報では霊力は一般人クラス。トレイダーになれるはずがない」

「俺は変わり種でね。殺し屋程度なら犬の相手より簡単だな。トロからな」

 ケラケラと笑いながら完全に見下して答える。

 トレイダーと呼ばれるオカルトサイトに属するには霊感がなければなることは出来ない。

 それも幽霊が見える程度の低いレベルでは一般人と変わりない。より高位な存在や力を感じ取れるレベルになって初めてトレイダーと呼ばれる。

 トレイダーは例外なく、魔術や加護を使うために必要な力、霊子力と呼ばれる霊的感覚――霊感が必要不可欠なのである。

 情報の通りなら、煉也の霊感は一般人レベルで霊子力は使えない。故にトレイダーではないはずだった。

「ま、裏家業程度の殺し屋じゃ、これが限界か。うん。よくやった。感動した!」

 パチパチと拍手する始末。

 煉也は軽薄な笑みを浮かべて宣言した。

「お礼に派手にする方法を教えてやる」

 銀色の球体が淡く光ったと思った次の瞬間。殺し屋たちは天井に張り付けられるように押し押しつぶされた。

 僅かに見える窓を見ると、雲を突き抜け、暗い海へと真下へ墜ちている。

「な……っ、墜落し……て……いる!」

 女リーダーはその事実を確認すると自分たちが最初から標的の煉也に踊らされていたと推測する。

 殺害後の証拠隠滅で飛行機を墜落させる予定だった。しかし、あくまでも軟着陸の予定で急降下ではなかった。

 精々、機体の一部が損傷し、迅速な避難で標的の煉也以外は救命ボートで助かる計画だった。

 墜落させる指示は出していない。標的が仕掛けに気がつき、先手を打たれたと推測するのが精一杯だった。

 もし、外から見ていたら、起きている事態の異常性を見ることが出来ただろう。飛行機は姿勢をそのままに垂直に落下していたのだから。

「何をした……」

 圧力で、動かない顔を僅かだけ動かすと、一瞬、目が合う。煉也はわざとらしく軽薄な笑みを浮かべた。

 ようやく、自分たちが踏み込んではいけない世界と、その住人に関わってしまった事実を認識できた。

 銀の球体――シルバー・ベアリングと呼ばれている宝具。

 煉也は隠されし不可思議な道具の使い手だった。

 機体に凄まじい衝撃と轟音が響き渡り、堰を切ったように流れ込んでくる海水に溺れながら女殺し屋の意識は、二度度這い上がってこれない闇の海に沈んでいった。

 

 その日、成田空港に到着する予定だった飛行機は日本海沖に墜落した。

 現場海域を捜索した結果、僅かな残骸が発見され、後は日本海溝に沈み機体の引き上げや救助活動は不可能と判断された。

 この事故は報道され、生存者は絶望的と報じられた。テレビや新聞は大々的に報道し、その日の話題を掻っ攫った。

 この事は煉也の言った通り、派手に騒がれることになった。

説明
趣味全開で書き連ねている作品です
ジャンルは現代ファンタジーになります
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小説 ライトノベル 現代 ファンタジー 

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