【兎虎】俺とお前の砂糖菓子【腐向け】 |
人生、迷ったら負け。
信条じゃないぜ? ただ、そう。
俺の今までの人生で得た教訓……みたいなもんか?
ふと、そんなことを広いベッドに転がって考えてみた。
「虎徹さん」
すり、と俺の頭にすり寄って、顔を埋めて囁く声がする。
俺の髪は硬いのに。柔らかほっぺが痛くなるぞ?
「虎徹さん……」
俺とは違う、優しいトーンの声。
こんな風に甘えて呼ばれると、声質の柔らかさが際立って甘ったるいほどだ。
張りのある、若々しい熱い肌がぴたりと寄り添う感触は、正直に気持ちがいい。
肌と肌、か。風呂じゃないが、合わせてみて初めて見つかるものは確かにあるかもな……。
理屈じゃねえ。隙間なく合わせた場所から、相手の体温に染められる感覚はその関係を決定付ける。
快感を呼ぶのは行為そのものだけじゃない。匂いも、味も、それも含めてセックスだ。
まさか、こいつとそんなことをするようになるとはなあ……。思いもしなかった。少なくとも、ついこの間までは。
今俺に寄り添ってるのは、今をときめくニューヒーロー、バーナビー・ブルックスJr.だ。
俺はその相棒のベテランヒーロー、ワイルドタイガー…なんだけど、本当になんでこいつと素っ裸でベッドに転がってるのか、自分でもいろいろ思うところはある。
「おい、くすぐったいぞ」
「でもここ、歯型をつけてしまいましたから痛いかなって」
機嫌の良い声で言いながら、バニーがぺろりと俺の鎖骨辺りを舐める。
うわ、まだシャワーも浴びてねえのにやめろって。
「噛むなって言ったのに、忘れてたんだろ?」
「だって…出してしまいそうになったから。まだ出すなって言ったの、貴方ですよ?」
「それを言うな、それを!」
見た目は本当にどこの王子様だって風情なのに、中身はコレだぜ。情緒ってものがない!
もちろん、バニーにこんなことを教える気はなかったさ。
けど、なんつーか……成人男子なんだよなあ。心はともかく、躰は。
抱き合って眠るだけで満足するならいいんだが、バニーの若さじゃそうは行かない。
熱の出口が見つからなくて沸騰しそうになるってのは、俺にだって覚えはあるさ。
ただ、なにもそれをこんなおっさんに向けなくてもいいんじゃねえかってだけで。
「虎徹さん、どうでしたか?」
「あ?」
そろそろナイトランプを消したいなんて、ぼんやり考えていると、身を起こしたバニーが俺の顔を覗き込んでいきなり訊いて来た。
金色の睫毛にけぶるような緑の目がじっと俺に向けられて、どうにも気恥ずかしくなる。
「だから、その……やっぱり、言って欲しいでしょう?」
「なにをだよ?」
う、ヤベッ。
本気で意味がわからなくて訊き返したんだが、とたんにバニーの視線がきつくなって、チェリーピンクの唇がむっと尖った。
ごつごつした俺と違って、バニーの顔を形作るパーツは基本的に全部柔らかい。金色の巻き毛もそうだし、頬のラインや小生意気そうな鼻の形、それにふっくらした唇もだ。
ただ切れ長の眸だけは気分によって石のように硬く見えたり、森のように柔らかくなったりで、そこがまた可愛いなんておっさんは思うワケだが、今はそんなこと囁いてもごまかせそうにねえな。
「本当は、気持ちよくなかったんですか? さっきはあんなに『いい』って言ってくれたのに」
「あ!?」
「もっと突けって……僕、がんばりましたよね?」
俺が全身で後退さると、バニーはますます目を吊り上げて赤くなり、俺ににじり寄ってきた。
言って欲しいって、そこかよ!?
おいおい、そういうのは終わったらもうそれっきりにしてくれよ!
もうそんなことお互いつつき合いながらイチャコラできる歳じゃないんだって!!
俺は片手で顔を覆って、さっきまでの甘ったるい雰囲気はどこへやら。いきなり強盗犯を前にしたKOHのような凄みを食らって、言い訳もなく背を向ける。
だが、こんな程度で諦めねえのがこの坊主だ。いやいや、だからこそ二十年も両親の敵を追い続けて、ついに勝利を手にしたワケだが。
「都合が悪くなったらいつもそうやって逃げますよね? オジサンは」
「……若造が追い詰めるからだろ」
「いつ僕が!」
――だッ! キレやすいんだから、っとに。
ぐいっと肩を掴まれたが、俺は意地でもひっくり返らなかった。脚力じゃ譲っても腕力じゃ俺の方が強いんだ。
ベッドの中じゃなにもかも譲ってるんだから、こういう時ぐらいは引けっつーの!
「僕はただ、貴方に一言『今日は最高だったぜ』とか、言ってもらいたかったんです!」
あげく、がばっと起き上がって怒鳴られた内容にゃ、本気でこのまま屍になった方がマシだって気分になった……。
「それなのに、貴方ときたらいつも終わったらあとはとぼけるばかりで、さっきまでの行為だってまるでなかったことみたいに……。だから今日こそはって思ったのに」
――いかん。一人で空回りはじめた。
こうなると勝手に思い込んで自己完結して、あとが大変なんだよな……。
最初に受け入れた俺の負けだ。
「僕から誘わなかったら、貴方は絶対なにも言ってくれないし、来てくれないし、貴方のところには呼んでくれないし……僕は、僕はどうしたら、」
うぜえ! 面倒臭え!
一言で切り捨てるのは、簡単だ。
けど、参った。
「バニーちゃん?」
俺の肩から力なく、いかにも神経質そうな白い手が遠ざかって、俺はごろりと寝返りを打って振り向いた。
案の定、きつく唇を噛んだバニーの目がうるうると揺れている。
眉根はきつく寄ってるけど、赤くなった鼻の頭が無性に可哀想に見えて、怒るつもりが笑っちまったよ。
「それ、誰に聞いた? それとも、映画で見たとか?」
「………映画で。ラブシーンのあと、ヒロインが………」
「俺はヒロインじゃねえだろ?」
かみ締めていた唇をちょいと指先でつつくと、本当はもうほとんど機嫌なんか直ってるのに、まだ「怒ってます」とポーズを取りたがるバニーの頬が膨れてる。
「おっさんだからってのはナシにしてもだ。俺たちは恋人じゃなくて、まず相棒じゃなかったか? バーナビー?」
「それは……はい。そうですけど」
「いつもそういうこと、囁いて欲しいって?」
「はい」
す、素直だな。
余裕を見せたいとこだが、ヤバイ。今おじさんちょっと胸にキュンってきた気分だぜ。
あー…初々しい。可愛い。本当、なにもこんなおっさん捕まえて言わなくたっていいだろうに!
「虎徹さん、その……貴方が嫌なことは、してはいけないってわかってます。でも、なんだかいつも僕だけ幸せみたいで」
不器用に言葉をつなげるバニーの頬に手を添えると、柔らかな頬がますます熱くなった。
さっきまでの汗で湿った金色の巻き毛が絡みつく。
……本当は、応じるべきじゃなかったんだろうな。
だが、身も心もすべて、文字通り全身全霊でぶつかってきて、俺が欲しいと……違うか。
どんな形でも俺と繋がりたいと、必死だったバニーに対して、こんな方法で受け入れちまったのは俺だ。
俺が抱いてやるべきだったのかも知れない。けど、童貞とバージンのどっちか選べって言われたら…なあ?
いや、俺もケツはバージンだったけどよ、さすがにバニーにこういうことを教えたくなくてさ。
バニーの世界は狭い。やっと扉を開けたばかりなんだ。
……いつか夢は覚めちまうんだから、少しでも後悔の少ない方にしておきたかったんだよ。俺自身が。
「俺だって幸せだから、気にするなよ。バニー」
「…………」
そう笑って言ってやっても、バニーの表情の曇りはすっきりとしなかった。
やっぱり、疑ってるか。
……突っ込むのは尻にだけにして欲しいぜ、ったく。
コイツの望むようなやり取りは、もう恥ずかしくてできねえだけだっつーの!
「要するに、あー…気持ちよかった、とか、そういうの言われたいって?」
こくり、と頷かれた。ヤバイぐらいに真剣な目だ。
「んで、最中にその……俺が、口走ってたからって?」
またこくり、と頷かれて、俺はいよいよ言葉を探して頭を掻いた。
覚えはねえが、口走った…んだろうな。こいつが出て行った場所の火照り具合で、なんとなく状況は読めてる。
悲しいかな、最初はこいつの出っ張った部分ごと抱きしめてやるだけのつもりが、人間ってのは順応する生き物だってことを実感する。
「じゃあそれ、俺の本音だからいいだろ。終わってからはだな、イロイロ複雑だし、あんまり突っ込んで欲しくねえんだよ」
「そうなんですか?」
「そう」
大人としての威厳。これだけは失っちゃならねえ。
そう思って必死に顔を作ってたってのに、バニーのヤツ!
にや、っとあの見慣れたクソ生意気な表情に戻って言いやがったんだ。
「顔。赤いですよ」
「…! し、知っててからかうな!!」
あげく、「耳も」と囁きながら耳に唇を押し付けられて、俺はもう一度広々としたベッドに沈められることになった。
初めての時は涙の味だった唇が、今は汗の味で重なる。
しょっぱいはずなのに、不思議だな。
柔らかい唇をぺろりと舐めた俺の舌が感じたのは、砂糖菓子にも負けない強烈な甘さだった。
END
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■仕事と原稿と本放送の合間の息抜き! ひたすらべたべたしてるのは早くふたりに仲直りしてほしいから! |
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