レッド・メモリアル Ep#.05「グリーン・カバー」-2
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「オットーはたった今、始末しました。もう証拠も何もかも、残ってはいませんよ」

 車で移動しながら、スペンサーはある人物に電話をかけていた。

(ああ。それは良い事だ。これで、『タレス公国』側にとって見れば、我々との接点は何もなくなる事になる)

 スペンサーを乗せた車は、言葉を話す事が出来ない女、ブレイン・ウォッシャーによって運転され、再開発地区から抜け出ていた。すでに《プロタゴラス》の繁華街を走行している。

「え、ええ。ですが、気がかりになる点が一つあります」

(何だ? まだあるのか?)

 少し苛立ったような声で、電話先の男が言ってきた。

「ジョニー・ウォーデンです。彼を、まだ我々側に引き入れてはいません」

(ほう?)

 スペンサーは、見る事もできない電話先の男の表情を想像しながら言葉を並べた。

「彼を、我々側に引き入れることが出来れば、有用な存在として働いてくれるでしょう。現に、我々に武器を提供してくれたのも、彼の組織と、彼の『能力』があってこそのもの。

『タレス公国』側に捕らえられるよりも前に、我々に引き入れることが出来れば。戦力になり、同時に我々へと繋がる全てのリンクを断ち切ることが出来ます。

 今後の計画をより迅速に行なうためにも、必要なことと言えるでしょう」

 と、スペンサーにとっては最良の答え方をしたつもりだったが、電話先の男はそれほど甘い存在ではなかった。

(だが、そいつは、我々の元から逃げ出した。そんな奴を信用するのか?)

 すかさず切り返してくる電話先の男。この男は、ほんの少しの妥協もしない。ほんの少しの見逃しもしないのだ。やるからには完璧を求めてくる。

「いいえ。それは、軍があの場にやってきたからでしょう。もしあの場に軍が現れなければ、無事にジョニーを仲間に引き入れることが出来ました。オットーに手を煩わされる事もありません」

 スペンサーがそう言ったのを聞いてか聞かずか、電話先の男は、すぐに言葉を返してきていた。

(ふん。そうか?まあ良い。すでに奴はそちらで活動を続けている。本格的な行動に移るのは、明日だ)

「な、も、もう明日に?幾ら何でもそれは!」

 最後の言葉に、スペンサーはうろたえた。彼自身、全くそのように考えてはいなかったからだ。

(一週間だ。分かるか?一週間以内に、我々の計画は完成し、目的は遂行される。但し、何者もの邪魔が入らなければ、だがな。

 お前がジョニーを仲間に引き入れたいのならば、そうしろ。だが、計画に遅れるようならば切り捨てる。いいな?)

「は、はい。分かりました」

 一週間と言うのも早すぎる。スペンサーも急いで行動していたはずだったが、この男は更に急かしたものを我々に求めている。

(それと、そうそう。『グリーン・カバー』との接点も全て消してきただろうな?)

「そちらの方は問題ありません。どうせ、『グリーン・カバー』など、所詮は捨て駒に過ぎなかったのですから。重役達も何も知らない。オットーを消したのは正解でした」

 と、言いつつも、スペンサーにとってもはやそんな事はどうでも良かった。

(また、進展があったら連絡をしろ)

「はい」

 電話先の男はすぐに通話を切った。

 スペンサーは、車の後部座席に身を埋めて、しばし思考する。あの男がいかに危険な存在かを知っている彼にとっては、これから先の失敗ができない事は良く知っていた。

「彼は何て?」

 突然、車の中に、声が響き渡った。それは人間の女の声だったが、どことなく無機質な響きを持った、電子化された声で肉声ではない。

 前の座席で運転をしている、ブレイン・ウォッシャーの“声”だった。彼女は言葉を話す事ができなかったが、彼女が常に携帯している装置によって、彼女の唇の動きを、文字化して画面に表示する事もできるし、音声として発することが出来る。

 彼女自身、あまり人に向って口を開くことも少ないため、この装置の音声機能は使いたがらない。だが、スペンサーと2人きりで、車と言う閉じられた空間にいるためか、音声機能を使っていた。

「彼は今晩から動く。そして、1週間後には全ての計画が完了する」

 スペンサーが口を開き、センサーが彼の口の動きを読み取る。

 ブレイン・ウォッシャーの運転席の前に表示されている画面に、文字列が現れ、彼女はそれを読み取った。

「そう」

 ただ一言、相槌だけが、車内に響き渡る。

「ああ、あと一週間で、この世界が変わる。彼はそう言っていた」

 独り言のように呟いたスペンサーは、自分達を乗せた車の窓から、《プロタゴラス》の街並みを見つめた。

 大都市の繁華街。何十年も、大きく変わる事のなかった街並み。

 この光景も一週間後には全てが様変わりする。いや自分達が様変わりさせるのだ。

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『タレス公国』《プロタゴラス郊外》

4月9日 2:15A.M.

 

 デールズ・マクルエムは、『タレス公国』の空軍のエージェントとして、部隊を引き連れ、《プロタゴラス郊外》にある、ある住宅の前を固めていた。

 『グリーン・カバー』の重役にして、裏でテロリストらしき者達と繋がっていた、ベンジャミン・オットーは、ミサイル攻撃で木っ端みじんにされ、口封じされてしまった。

 彼こそが、スペンサーという謎の男と、『グリーン・カバー』とを繋げる存在だったのに。

 彼が攻撃された再開発地区にいた、他の『グリーン・カバー』の重役たちも一緒に捕らえる事はできたが、どうやら証拠不十分で釈放されそうだ。いくら軍とはいえど、大企業の重役たち全員を手荒な手段で口を割らせる事は出来ないし、あと数時間だって勾留できそうにない。

 となれば、オットーから何かしらの手がかりを得るしか方法はなさそうだった。

 彼自身はもう口を効く事は出来ない、としたら、彼の住宅に何かが無いかどうか、直接潜り込む必要がありそうだった。

 深夜の住宅地は静かだ。まったく人気がない。だから、車でデールズ達が訪れた時、周囲の注意を引かないかどうかと慎重になる必要がある。

 だが、ここ数カ月頻発しているテロ攻撃の恐怖もあって、住民たちは夜間の外出は控えているようだ。

 それは、デールズ達にとっては好都合になる。

 リー、そしてセリアは、テロリスト達の行動を先読みし、ある現場へ向かっている。デールズはオットーの家の捜索だ。オットーの家から何かが出れば、それはそのまま『グリーン・カバー』とテロリストの接点の、動かぬ証拠になるはず。

 彼らの陰謀が暴けるはずだった。

 しかし、その事を快く思わない者達も多いだろう。白昼堂々とオットーの家に押し入れば、人目を引き、証拠の隠滅にかかる者達も出てくるはずだ。

 だから、知らぬ間にデールズ達はオットーの残した証拠を手に入れる。という手はずだ。

 その役はリーの部下であるデールズに任された。

 だがデールズも、軍のエージェントであり、すぐ上野上司はリー・トルーマンだ。リーがいないこの場では、デールズがトップになる。

 とはいえ、現場指揮とはいえ、付添の捜査官を一人つけられただけだ。おそらくオットーの家には今は誰もいないだろうし、実戦部隊を突入させる必要もないとの事である。

「こちら、マクルエム。現在、オットーの家の前まで来ているが、特に異常はない」

 耳に装着したヘッドセットを使い、デールズは軍本部と通信した。

 オットーが何かしらのデータ類を残していたら、それは軍の本部で解析することになっている。

(こちら本部。マクルエム捜査官。注意してください。オットーの家の警報装置がオフになっています)

 オットーの家周辺の状況を、衛星や、警備会社にハッキングして調べている情報技官が言ってきた。

 本部から返ってきた返事に、すかさず、デールズはオットーの住んでいた家を凝視する。

 高級住宅地に建つひときわ大きな家は、窓が、塀によって隠れており見る事が出来ない。だが、家の灯りはついておらず、誰もいないかのようだった。

 家の中に人気さえ感じる事が出来ない。

「誰もいないからじゃあないのか?誰もいなければ、警報装置は、電源オフになるだろう?」

(いいえ、つい今までは警報装置が作動していました。ですが、たった今、1分ほど前に突然、オフになったのです)

 どうやら自分は楽観的に考えてしまったな、と思ったデールズは、着ていたスーツの内ポケットから、手に握れるほどの大きさのテイザー銃を取り出した。運転席に座っている付添の捜査官は銃を抜き取る。

「故障だと思いたいところだが、どうやら、先客がいたようだぞ」

 と、デールズは自分より若い捜査官に言って見せた。

「オットーの家から何かを盗み出す。『グリーン・カバー』の連中でしょうか?」

 車から降り立ちつつ、若い捜査官が言ってきた。

「『グリーン・カバー』の連中だったらまだ何とかなるさ。だが、別の誰かだったら、厄介な事になりそうだ」

 デールズ達は車を降りて、オットーの家の正面玄関までやってくる。彼の家には裏口はなく、さながら要塞のような趣を呈していた。

 正面玄関は、刑務所のごとくの鉄扉で覆われている。

「生前から、必要以上に自分の身の周りを守ろうとしていたようだが、こうも簡単に警報装置をオフにされて、侵入されちゃあな」

 デールズは独り言のようにそう言って、鉄扉を開こうとする。オットーの家の警備システムに潜入した情報技官に、遠隔操作でこの扉を開かせる予定だったが、扉は何の抵抗もなく開いてしまった。

「間違いない。先客がいる。敷地に入ったら、二手に分かれよう」

 と、デールズは言い、自分が先に、オットーの家の敷地へと踏み込んだ。

 屋敷と言っても良いほどの規模の住宅だった。庭が広いので、なるべく暗闇に身を隠しつつ、デールズと捜査官は一気に家へと移動していく。

 二人は別れそれぞれ、家の両端の位置についた。

 玄関から入ってちょうど、正面の2階のテラスの窓から光が漏れている。オットーは死んだし、家族も何者かに狙われる事を恐れて、ホテルで保護されているはずだった。

 この家の中には侵入者がいる。デールズは改めてそう自分に言い聞かせ、家の中へと侵入した。

 耳元の通信機に情報技官が言ってくる。

(警備システムがオフになっている事が、警備会社で異常と探知されました。バックアップシステムが作動して、数分で警備会社の人間が駆け付けます)

「ああ、分かった。今、侵入する」

 侵入者に気付かれないように接近したい。デールズは、侵入者がこじあけたと思われる扉を見つけ、そこから中へと侵入した。

 家の中に人気はないが、2階から物音が聞こえてくる。

 デールズは素早く2階へと移動していった。できれば、警備会社の連中が押し掛けてくる前に終わらせたい。軍の外部に知られる事になると、色々と面倒な事になると、リーは言っていた。

「動くな!」

 光が漏れている部屋に突入するなり、デールズは言い放った。突入の仕方、武器の構え方は、士官学校で訓練された通り。問題ない。

 だが訓練と一つだけ違う点がある。それは、自分達が銃や武器を向ければ、人質でも取っていない限り、相手は必ずその場での行動をやめ、手を挙げるはずなのだ。

 だが、部屋の中にいた一人の男は、両手を挙げるなどという素振りすら見せず、ただ、オットーの家の中を荒らしている。

 箱をひっくり返し、その中にある書類を床へと広げていた。

「おい!手を挙げろと言っているんだ!」

 だが、部屋の中にいた男は、まるでデールズが部屋の中にいる事が、どうでもよいことであるかのように言ってくる。

「オットーって奴は、会社だか、何だかの機密データを収めたチップを、どっかに隠していやがるんだ。会社のオフィスにゃあ残していなかったから、家に間違いなくあるはずだぜ…、なあ、あんたは知らねえのか?」

 と言いつつ、ひっくり返した段ボールの中に入っていたものを、乱雑に蹴り飛ばしていた。

「おい、ふざけるなよ」

 デールズは語気を強めてそう言い、男の方へと、テイザー銃の電極を発射した。

 このまま、電極で気絶させて、本部へとこの男を連れて行き、じっくりと尋問すれば良い。そう思ったからだ。

 そういう意味ではテイザー銃は便利だった。

 しかし、デールズが発射したテイザー銃の電極は、男に到達するよりも前に、突然、炎に包まれて爆発してしまった。

 突然起こった爆発。デールズはわけも分からず、その衝撃に吹き飛ばされた。

 部屋の扉の外へと吹き飛ばされるデールズは、廊下の反対側の壁に激突して、したたか打ってしまう。

 デールズは素早く身を起こそうとするが、部屋の中にいた男が、爆発で吹き飛んだ部屋の中から姿を現してくる。

「なあ、オレが思うに、こいつの家の中には、もうそんな機密データなんてねえんじゃあなあいかと思うんだ。てめえらもそうだろう?オットーとかいうやつが持っていた、機密データってやつを手に入れに来たんだろう?金が目的なのか?」

 部屋の中にいた男が迫ってくる。彼は、デールズよりも爆発の至近距離にいたはずだが、まったくの無傷だ。服さえも焦げ付いていない。

 男は、吹き飛ばされていたデールズに近づいてきて、まるで目を覗き込むようにして言って来る。

「なあ、大事な話なんだ、俺はとても大切なものを探している。てめえらは、もう見つけたのかよ?ああん?でも、見つけたんなら、とっとと逃げちまえばいいだけだよな?てめえらも見つけていないって事だ」

 と、男が言った時だった。

「手を挙げろ!デールズ捜査官から離れるんだ!」

 デールズと一緒に来た捜査官が、男へと銃を向ける。

「ああん?そういやもう一人いたっけな?だがな、オレに銃を向けない方がいいぜ、お前らはただじゃあ済まなくなる」

 男は不敵な笑みをデールズへと向け、そういうのだった。

「何を言っているんだ」

「おい、こいつの言う通りにしろ、何かまずい。こいつに銃を向けない方がいい」

「し、しかし」

 捜査官はそう言ったが、デールズは警戒した。

 この男へと電極を発射した時、何故か爆発が起こった。部屋の中には爆発物はなかったし、可燃性の何かもなかった。

 そして、この男はまるで爆発が、起こる事をすでに知っていたかのように余裕の姿を見せていた。

 この男へと銃を発射するのはまずい。現に、この男は、まるで銃を向けられてもまるで恐れていないようだった。

「銃を下せ。いいから」

 デールズは若い捜査官にそのように言った。

「は、はい」

「銃を下したのは頭がいい判断だな。てめーらがただものじゃあないって事だ。だがな、この家も、てめーらももはやどうでもいいって事だ。銃を下さまいが、下ろそうが、構わないって事だ」

 と、男が言った瞬間。その男の体は突然、オレンジ色の光に包まれ出していた。

 デールズは瞬間的に判断した。これが何を意味するのかと、

「おいっ!早くこの場所から脱出しろッ!」

「え?」

 捜査官は判断が少し遅れた。デールズはとっさに2階の廊下を駆け出し、2階のテラスから飛び出していた。

 デールズがテラスから飛び出した瞬間、オットーの家の2階部分が破裂したかのように吹き飛んだ。

 爆発で爆炎に包まれたというよりも、まるで破裂するかのような爆発だった。家を構成していたコンクリートや木片の破片さえもが吹き飛び、それが、凶器になって、デールズの体をかすめていく。

 デールズの肉体は、そのまま、地面に叩きつけられ、吹き飛ばされた木片が彼の体へと落ちてきていた。

 身をしたたかに打ったが、骨折はしていないようだ。高い所から飛び降りる訓練は、士官学校でも受けたが、とっさのことだったし、あれは、2メートルほどの高さからだ。

 爆発する寸前に、2階から脱出するような真似は全くの初めてだ。

 オットーの住宅の2階から、吹き飛んだ木片が降り注いで来ている。火の手が上がって、オットーの家の2階が跡形もない。

 一緒にいた捜査官はおそらく助からなかった。もしかしたら、あの家の中にいた男も。

 と、デールズは思ったが、炎が上がる建物の2階部分から、何かが飛び降りてくるのが見えた。

 それは炎に包まれた、人型の姿だった。

 先ほどの捜査官か、家の中にいた男が、炎に包まれたまま飛び出してきたのかと思った。 だが、飛び降りてきた男を包み込んでいた光は、突然、散り散りになって吹き飛び、あっと言う間に、家の中にいた男の姿になってしまった。

「お、お前は?」

 思わず身を起こしながら、デールズはその男に言い放った。

 炎から解放された男は、まるで火傷も何も負っていないようだった。代わりに不敵な笑みを向けてくる。

「お前ごとまとめて始末してやるつもりだったが、な。一瞬で判断して、2階から飛び出していくなんて、お前はプロだな。ギャングじゃあねえ。軍か?サツか?」

 男が身を起こしたばかりのデールズへと近づいてくる。

「お、お前は、何者だ?」

 デールズは後ずさる。腰には予備のテイザー銃があったはずだ。だが、男はデールズへとどんどん近付いてきているが、間に合わない。

「俺は、てめーのような邪魔者を始末するために来た。俺の姿を見ちまったって事は、お前も死ぬって事さ」

 男がどんどん近付いてきて、デールズへとその手を向けた。

 彼の手がオレンジ色に光る。

 銃器を持たず、そのようにしてくるしぐさが、一体何を示しているのか、デールズはすぐに判断した。

 デールズの体の周囲が炎に包まれて、爆発する。彼の体は数メートル背後に吹っ飛んだ。

 そこは、オットーの家のガレージになっていて、デールズはそのガレージの中に突っ込んでいった。

「む、おかしい、何をしやがった? 奴を狙ったからには、跡片もなく吹き飛ぶはずだ。何故、後ろに吹き飛ぶだけで済んだ?」

 男は、自問自答するかのように呟きつつ、デールズが吹き飛んでいったガレージへと進んでいく。

 直後、オットーの家のガレージから、その扉を蹴り飛ばすようにして、一台の高級車が飛び出した。その屋根の上にはデールズが乗っている。

 高級車の運転席には誰も乗っていない。しかし、デールズを乗せた車にはエンジンがかかって、全速力で発進していた。走り出した車は、オットーの家の敷地から飛び出して行き、夜の住宅地へと消える。

 一人、オットーの家の敷地に取り残された男は、独り言をつぶやいていた。

「何だか分からねえが、厄介な事になってきちまったぜ」

 そう言い残すと、男は、自分も素早くオットーの家から姿を消した。

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《プロタゴラス郊外》《天然ガス供給センター》

2:42A.M.

 

デールズが、謎の男の襲撃を受けていた頃、そこから、20kmほど離れた《天然ガス供給センター》には、『グリーン・カバー』で暗躍していた男、スペンサーが、ブレイン・ウォッシャーと呼ばれる女を引き連れてやって来ていた。

 彼らは、入口のゲートを通過する際、IDを提示する必要もなく、中へと入っていった。

 この《天然ガス供給センター》の周りには何もない。住宅や、ほんのわずかな集落さえも。辺りは山になっていて、この山から出る天然ガスが、そのまま、《プロタゴラス》の街へと供給され続けている。

 次世代エネルギー開発のために、ある人物の出資で作られたセンターだが、この施設には現在、別の目的もあった。

 スペンサーと女は、車で供給センターへと乗りつけると、施設の奥の方へと入っていった。

 車はガスタンクの間を進んでいき、供給センターの中でも、古く使われていた施設の建物へと進んでいく。

 そこは旧施設になっており、現在稼働している天然ガス供給センターに、操業が移行している。

 近々取り壊されて、新施設の増築を行うと言われていた。

 スペンサー達は、そんな供給センターの旧施設へと入っていこうとしている。

 彼らはたった2人で来ており、その他には誰も引き連れていない。これから彼らが行おうとしている事を考えれば、2人以上で行動するのは当たり前だったが、スペンサーはそれを必要としていなかった。

 だが、施設の入り口付近で、突然スペンサーは車を停車させた。そして助手席側に座っている、ブレイン・ウォッシャーに言った。

「君は外で待っていてくれ。もし何か問題が起きれば、すぐに連絡する」

 スペンサーが口でそう言うと、ブレイン・ウォッシャーの前の出現している画面に、門司が流れる。

 彼女が使っている盲人との意思相通を容易にする装置は、スペンサーの口の動きを読み取り、文字化した。

 それを読み取ったブレイン・ウォッシャーは首を振る。どうやら、スペンサーの事を心配しているようだ。

 だがスペンサーは、

「いいや駄目だ。君を連れていく事は出来ない。ジョニー達は、何をしでかすか分からない。もしかしたら、取引で優位に立とうとしているのかもしれない。もし、脅しでもされたらどうする?君は戦うための『力』を持っていないだろう?」

 ブレイン・ウォッシャーは、口を開くことなく、スペンサーを見ている。

「だから、ここで車を降りるんだ。もしもの事があってはならない。君は我々にとって、必要な『能力』を有しているのだから、今、何かあってはまずい」

 とスペンサーが言うと、ブレイン・ウォッシャーは躊躇ったようだが、言いつけどおりに車を降りた。

 スペンサーはほっと一息つき、供給センターの旧施設の入り口にブレイン・ウォッシャーを残したまま、車を奥へと進めていった。

 旧施設の目の前までやって来ると、彼は車を止め、堂々と降り立つ。スーツを整え、まるで取引先の会社に乗り込む、営業マンのような姿に自分を整え直した。

 旧施設の入口へと入る時、スペンサー達はその施設の前に立っている、大柄な男二人と目線を合わせた。

「ここにはもう、ジョニー・ウォーデン君は来ているのかな?」

 その大柄の男のうち、右側の男の方を向いて、スペンサーは尋ねた。

 男達の上着に若干のふくらみが見える。そこには銃が隠されている事をスペンサーは知っていたが、構わず、いつもの悠々とした口調で尋ねた。

 たとえ銃を持っていようと、自分にとっては何の意味もない。スペンサーには確かな自信があった。

「ああ、来ているとも。お待ちかねだ」

 スペンサーは、開け放たれている扉を見た。そこには、立ち入り禁止という立て札が立っていて、鎖で封鎖されていたはずだが、それはジョニーの部下によって壊されていたようだった。

 スペンサーはその有様を見て、やれやれという気持ちで旧施設の中へと入っていった。

 そこの施設の中は、むき出しのパイプ類や計器類が並んでいた。現在は稼働していないため、稼働音も聞こえないものとなっていたが、灯りは点けられている。

 本来はこの旧施設は立ち入り禁止の施設となっているから、灯りなどは点けられないのだが、スペンサーが手配したのだ。

 しかし、取引開始を待ちきれないのか、それとも、自分が優位に立とうとしているためか、ジョニーは勝手に事を進めたいようだ。

 スペンサーが手配した施設に勝手に入り込み、自分たちで取引の場を作り上げようとしている。

 やれやれ、あいつももっと礼儀というものを知れば、“あの方”も安心して認めてくださるはずなのに。

 冷たいパイプ類が織りなしている通路を進み、角を曲ろうとしたとき、スペンサーは、突然横からやってきたジョニーの部下に腕を掴まれた。

「何だね?私は、ジョニー君と大切な取引をしに来た?この扱いは何だ?」

 と、そんな言葉など通用しそうにない男に言ったが、

「ボディチェックだ。ジョニーは警戒しているんでな。武器を持った奴はこの奥にいかせねえ」

 乱暴に言い放ったその男は、ボディチェックも乱暴だった。

「ふん。ジョニーめ」

 思わずスペンサーはそう言っていた。

 ボディチェックを終えると、スペンサー達は施設の奥へと入っていき、テーブルの置かれた広間に到達した。

 広間は、旧供給センターの作業員達の休憩施設になっていて、真中に広いテーブルが置かれている。

 休憩場とはいえ、パイプ類や計器類はむき出しのままになっていて、巨大なパイプに囲まれた空間の真中にテーブルを置いただけの施設になっているようだった。

 そこには誰もおらず、スペンサーはこのまま奥に進んでいけば良いのかと思ったが、周りから向けられている視線に気づき、施設内に響くような声で言い放った。

「ジョニー君。姿を見せたまえ。私は君に大切な用事があるのだ。悪いようにはしない」

 というと、スペンサー達がやってきたのとは別の通路から、4,5人の部下達がやってきた。彼らは大柄な男たちばかりで、銃を持っているだろうという事はスペンサーにも察しがついた。

「オレは警戒しているんだぜ。お前らが、すでに軍の奴らにマークされている事はオレも知っている。あのセリアだって、結局は、軍の連中の一人なんだ!」

 凄味を利かせた声を見せつけ、ジョニー・ウォーデンは、スペンサーがやってきた通路の先から姿を見せていた。

「ほう。その割には君も敵を作りたがっているように思えるが?この有様は何だ?」

 スペンサーは、施設全てを指し示すようなしぐさを見せてそう言った。

「この施設は君のものではない。君が、自分を売り込みたがっている、ある素晴らしいお方の施設だ。私は確かにこの施設を取引場所として指定したが、君が自分の部下達を配備させて、自由に使って良いなどとは一言も言っていないぞ?」

 スペンサーは言い放った。だが、ジョニー達の行為に対して苛立ちも見せていない。あくまで感情を見せずにそう言っただけだ。

「うるせえな?お前たちが、軍にマークされている事は俺も知っているんだぜ。前回の取引の後、俺はしっかりとお前らの事について調べさせてもらったんだ」

 だがジョニーは鼻を鳴らしてそのように言った。

 次いで、ジョニーの部下が、ポータブルタイプのコンピュータデッキを持ち出し、休憩室の空間に、いくつかの画面を表示させた。

 スペンサーは、自分の目の前に表示させられたその画面を、ただじっと見つめていた。

「てめーらは、自分の、“会社”のため、なんて言っていやがったが、会社だとォ?とんだ嘘を付きやがって、あの『グリーン・カバー』をてめーらはただ利用していただけじゃあねえか?」

「ほう、よく調べたな?」

 感心の声こそ出したものの、スペンサー自身は関心の表情も態度も見せていない。

「銀行口座にてめーらの名義で金を振り込んだだろ?逆からたどって調べただけさ。政府の連中もてめーらの正体にはうすうす感づいているだろうぜ」

 と、ジョニーは、自分の口座の振り込まれた名義を指して言った。

 そこには、“チェルノ財団”とあった。

「なるほど。だが私は嘘はついていないぞ、ジョニー君。私は、共同体という意味で、“会社”という言葉を使ったまでだ。君らにとっては、その方が分かるのではないかと思ってね」

「他にも、いろいろ調べたんだぜ」

 スペンサーの声を遮るかのように、ジョニーは続けた。

「てめーや、てめーらの財団とやらが、俺達の縄張りの街で、テロ攻撃をしかけているのは、うすうす感づいてはいたがな。どうやら濃厚だ。そしてだ、ついさっき軍から入った情報だ。こいつが指名手配された」

 ジョニーの目の前にある画面に、一人の男と、その略歴が表示させていた。

 その男は、まだ30代くらいの男だったが、こい髭を生やしており、一見すれば、浮浪者のような姿をしている。顔の堀は深く、骨格もがっしりとしている事から、『ジュール連邦』の中でも、『スザム共和国』地方の人種である事は、すぐに分かる。

 事実、その写真とともに表示されている男の略歴には、出身地方に“『ジュール連邦』/『スザム共和国』(推定)”とあった。

 画面を指し示し、ジョニーは言った。

「こいつが、入国している事になっていやがる。こいつは、『ジュール連邦』の出だ。ついでに、てめーらの『チェルノ財団』も、『ジュール連邦』の出だろう?繋がりは、明らかだよなあ?」

「そうか。そこまで調べていたか」

 と、スペンサーは呟くように言った。

「お前らは、こいつを使って、一体何をするつもりなんだ?俺はこんなイカれた奴と組むつもりはねえ!俺が取引して、てめーらの味方になるって事は、こいつの味方になるって事だろう?」

 ジョニーは怒りを剥き出しにして言い放つ。彼の声が、閉鎖された供給センター内に響き渡った。

「だが、金はもう君たちに払ってしまった。金額にして1000万レスだ。分かるか?君たちが違法に武器取引を数十回ほどしてやっと稼げる金額だぞ」

 スペンサーは、語気を強めて迫る。

「どうせ、俺があのまま持ち逃げしていたら、てめーらは俺を始末しにかかっていただろう?てめーらの組織力がありゃあ、それができるんだろう?たとえば、こいつに俺をやらせる。ってな?」

 ジョニーは、画面に表示されている男を指さして言い放った。

「だが、君らはこうしてここに戻ってきている。もし、取引する意志がないのならば、わざわざ我々ともう一度接触したいなど言ってこないだろう?」

 と、スペンサーは、ジョニーに申し出て見せた。

「てめーらも、俺を必要としている。逆に俺もてめーらを必要としている」

 ジョニーは、スペンサーの言葉を反復するかのようにそう言った。ジョニーの考えている事くらい、スペンサーには手に取るように分かる。

 だが、彼がこちらに銃を向けている以上、うまく手なずけられるかどうかの保証がない。

 それでは、スペンサーにとって困るのだ。

「そういう事だ。君らが、我々に今まで武器を提供してくれていたように、君自身を提供してほしい」

 だから、彼は今までジョニーに対してあきれるほど言ってきた言葉を繰り返すかのようにそう言うのだった。

 だがジョニーは再び、画面に表示されている男の方を振り向き、スペンサーに背中を向けた。

 彼の背中は無防備だったが、ジョニーが両脇に置いている2人の男のせいで、ジョニーへの手出しはできないだろう。

「俺だって、こんな奴と組むのは嫌だぜ。だが、どうしてもって言うんならば、倍出せよ。それで俺は頷いてやる」

「倍だと?」

 スペンサーは思わず声を上げた。

「2000万レスだ。もし嫌だって言うなら、てめーらをここで始末する」

 なるほどジョニーは裏の世界で、ビジネスマンを気取っているだけはある。スペンサーは改めて思い知らされた。

 彼が持ちかけてきているのは、ただの、脅しにしか過ぎない。ビジネスマンの持つ交渉術とは全く違う存在だと言ってよいだろう。

「君がしているのは、ただの脅迫だ。取引とはとても言えるものではないな?」

 ジョニー達の脅しに対しては、まるで動じない姿を見せつけ、スペンサーは答えた。

「俺やお前らがしているのは、脅迫とか、取引とか、そういった事を言っていられるような世界の話じゃあねえぜ?食うか、食われるか?金を稼げるか、稼げないか?そんな世界の話なんだぜ?」

 ジョニーは少しばかり余裕を見せるような顔を見せて言った。

 スペンサーは思わずため息をついた。どうやら、ブレイン・ウォッシャーを外に置いて来て正解だったようだ。彼女をこんな場所に連れてくるわけにはいかない。

「なるほど、ジョニー君。君の言う事も多少なりとも考慮する必要がありそうだ。私は今から、我々の同盟の中で、最も大きな力を持っている人物に電話をさせてもらうが、構わないかね?」

 スペンサーはジョニーに許可を取り、自分の着ているスーツの内ポケットを指差した。

「ああ、構わないぜ。だが、話は俺らにも聞こえるようにしておけよ」

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《プロタゴラス》郊外にある《天然ガス供給センター》に、一台の車が滑り込むようにやってきた。黒塗りの車で高級車ではないが、新車同然に綺麗な車だった。

センターのゲートの警備員は、またさっきのような、パス無しでも通さなければならない、特別なVIPがやってきたのかと思ったが、そうではなかった。

車で乗り付けてきたのは、警備員も知らされていない男で、ゲートの前までやってくると、いきなり『タレス公国軍』のIDを突き付けてきた。運転しているのは男で、もう一人、背の高いブロンドの女を乗せていた。彼女も同じ軍の職員らしく、一緒にパスを見せてくる。

「申し訳ございませんが、この施設は職員以外はお通しできない事になっておりますので」

 警備員はそう言ったが、男の方は食い下がらなかった。彼は、サイボーグのような表情の変化がない顔を見せつけて言って来る。

「軍の命令だ。この供給センター内に、テロリストが潜り込んだとの情報をつかんだから来た」

 そう言われたゲートの係員は面食らったようだったが、あらかじめ上から言われていた言葉を思い出した。

 突然やってきた得体のしれない軍の人間などより、上司からの命令の方がずっと大事なのだ

「そ、そう申されても、お通しできないものはお通しできないのです」

 だが、男は間髪入れずにまくし立ててくる。

「次のテロ攻撃のターゲットはここかもしれん。天然ガス供給センターだったら、狙われる危険性は十分にあるだろ?すぐに令状も来る。さっさと通せ」

 軍の人間が何と言おうと、警備員にとっては変わりはなかった。

「申し訳ございませんが」

 と係員が言った時だった。男はいきなりリボルバー式の銃を取り出して、その銃口を向けてきた。

 ゲートの警備員も、危険物取扱施設の警備員だったから、銃を携帯していたものの、軍を名乗る男は、1秒もかからない動きで、警備員よりも素早く銃口を向けてきていた。

 だから、係員は両手を挙げることしかできない。

「いいからさっさと開けろ。今のうちに開けておかないと後悔もできなくなるぞ」

 男は銃を向け、そのように凄んでくる。どうやら、逆らう事はできないと判断した警備員は、天然ガス供給センターの正面ゲートを開くスイッチを押した。

 

「やりすぎよ、あんた」

 供給センター内に入るなり、助手席に座っているセリアがつぶやいた。

「あのぐらいは当然だ。どうせすぐに応援部隊もやって来る」

 リーのサイボーグのような顔は、じっと正面を向いていた。供給センター内の道路を加速しながら車は進み、奥の旧施設へと向かう。

「それはともかくとして、セリア。何故君は、我々と今だに協力している?」

 少し車が施設の奥の方へと進んだ時、リーがセリアに尋ねた。

「何?いきなりそんな事を聞くなんて?やっぱり、私が目障りになったの?」

 と、セリアは、相手を皮肉るように言った。

「いいや。むしろ信頼している。君が来てからというもの、捜査がずっと進展した」

 しかし、そう言ったリーの言葉には、少しも、感謝の意識は現われていないかのようだった。

 構わずセリアは口を開いて話す。

「こうしているだけでも、アルバイト気分でお金を稼げるから、じゃあないかしら?あなたは私を必要としているわけだし、私は他で働く当てもない。実際、アルバイトで稼ぐなんかよりも、ずっと高い報酬を貰えるわけだしね。あっと、せっかくだから、私が協力する条件に、税金の免除も付けておけばよかったかしら?」

 車を数メートル先まで動かして、リーは答える。

「いいや、違うな。そうじゃあない。君は金なんかでは動かないだろう?」

 そこで少し間を置いて、セリアが何も言ってこないので、リーは話を続けた。

「私は君に、国防省の身元追跡センターのシステムを使わせた。それからというもの、君は、ずいぶん捜査に積極的になってきている」

「何が、言いたいのよ」

 セリアの顔が険しくなった。

「追跡センターのシステムで、君は、自分の娘の所在を確かめたはずだ。あのシステムは優秀だから、世界中どこにいても、所在をつかむ事は出来る」

「いいえ、役立たずよ。結局役に立っていないわ?所在不明のエラーが出たもの。10回以上も試したんだから」

 リーの言葉を遮るかのようにセリアは言う。

「本当か?もし捜査に何か影響があるんなら」

「影響なんてあるわけがないでしょ!私の娘が何だって言うのよ。そうね、ただ、思い切りはついたわよ、探しても無駄なんだって言う思い切りがね!」

 セリアの逆鱗に触れてしまった事を感じたリーは、それ以上、何も言わない事にした。代わりに、車の視界の中に入ってきた、古びた、《天然ガス供給センター》へと、目を向けた。

「ジョニー・ウォーデンと、スペンサーというあの男の目撃情報、そして、『チェルノ財団』が結びつく地点。それがこの《天然ガス供給センター》だ」

「そこにジョニー達がいるって?」

 セリアが身を乗り出して、古びた供給センターを見つめる。

 その施設だけ、夜間の供給センターでも唯一灯りがともっておらず、まるで人の気配がなかった。

「ジョニー・ウォーデンらしき男を乗せた車が、高速道路で目撃され、その1時間後に、スペンサーらしき男が運転している車が通過している。その高速道路の先に見られる、『チェルノ財団』の建物」

「それは分かっているけど、なぜ部下にやらせずに、私にこんな事をやらせるのか、知りたいわね」

 目立たない場所に停車した車の中から降りたセリアが、周囲の様子に警戒しつつも言った。

「君だけじゃあない。私もだ」

「あなた?制服組じゃあなかったの?こんな現場に堂々と乗り込むなんて」

「乗り込むわけじゃあない、前と同じで現場捜査だ。ただ、我々の合図ですぐに突入をすることができる部隊がバックにいる」

 リーは、車のトランクの中から何かを取り出していた。それは手の中に収まるくらいの小さなもので、彼はそれを、セリアへと投げ渡す。

「何よ、これ?」

「集音装置だ。こうやって耳に装着する」

 リーは、イヤホン式になっているその装置を耳に装着した。

「反対側の耳には、通信機を装着する。聴覚は効くままになっているから、安心しておけ。集音機は、10メートル以内の範囲の音を、小声でもキャッチできる。人の肉声なら、100メートルくらい先からでも聞こえてくる。だが、耳元で叫ばれても、その時は安全装置が働いて、聴覚に刺激を与える事はない」

 セリアも耳に集音機を装着して見せた。

「これで、あの建物の中の会話でも聞こえてくるの?」

「ああ、だが、この位置からじゃあ駄目だな。ジョニー達がいるとしたら、あの建物の中だ。もう少し近寄らなければ、聞こえては来ないだろう」

 と言って、リーは、旧施設の敷地内へと足を踏み入れていく。

 彼らがいるのは、旧施設の敷地の裏口で、ここから、建物の中に入るには、ガスタンクを大きく回り込んで、中に入らなければならない。

「二手に分かれる」

 リーは、自分と反対の方向に向かうように、セリアに指示を出す。

 リーとセリアは、供給センターの施設に入るなり、二手に分かれ、敷地の中を進んでいく。セリアは、自分とは反対の方向に進むリーを見つめ、口を開いた。

 集音装置というものが作動しているなら、セリアが小声で話しても、リーには聞こえているはずだ。

「ねえ、あんた。自分からここに来るって言ったでしょ?目的は?」

 と、話した声は、静止しているガスタンクをまたいで反対側へと走っていったリーには聞こえるだろうか? セリアは、通信機を手で押さえてその感度を確認しようとした。

 すると直後、リーの声が返ってくる。

「この捜査の要ともいえる人物達が揃っているかもしれないと言うんだ。私が直接この手で押さえたいだけだ」

 彼の、無機質な響きを持つ声はそのままで、しっかりと声が返ってきていた。

 セリアは安心し、ガスタンクの鉄柱を背にしながら、ゆっくりと、パイプ類が集まっている方へと進んでいく。

 今のところ、ジョニーも、彼の部下の気配もない。

「それは嘘ね。こういった捜査では、必ずあなたのような制服組は動かないで、部下にやらせるというのが基本だもの」

「だったら、どうだというのだ?セリア?」

 と、今では姿が見えないリーの声が聞こえてくる。まるで通信機で会話しているような感じだが、通信機独特の、音声の変化がない。

 生の肉声そのものを聴き取る事が出来る。しかもこの通信機は、人の音声だけをキャッチして聴き取る事が出来るようだ。天然ガス供給センターの周辺を取り囲んでいる、山間部の森の木々のざわめきや風の流れる音は、まるで耳に聞こえてこない。

 便利な機器だなとセリアは思いつつ、周囲の様子に警戒を払った。

 ガスタンクが並んでいる辺りには誰もいなかったが、管理施設の入っている古びた建物には、どうやら人の気配がある。

 何人かの話声が聞こえてきている。だが、リーの言ったように壁が邪魔しているのだろうか?うまくその声を聴き取る事が出来ない。

 セリアの耳に真っ先に聞こえてきたのは、どうやら、外の警備を任されている、ジョニーの部下のようだった。

(ジョニー、上手くいくのか?)

 と一人の男が喋っている声が、はっきりと聞こえる。

(俺達が手に入れた情報じゃあ、あのスペンサーってやつは、相当な奴だぜ、あいつのバックにいる奴の事を考えれば、ジョニーのやり方じゃあ、ただじゃ済まねえ)

 その声は、100メートルは離れた場所から聞こえてきているようだ。

 セリアは、体制を低くしたまま素早くその位置に迫った。

 どうやらジョニー達は、この旧施設の建物にいるようだ。リーや、彼が当てにした高速道路の情報は正しかったようだ。

(スペンサーって奴が渋ったら、やつを始末して、とっとと高跳びするんだろ?)

(ああ、2000万レスも手に入れて、山分けすれば、リッチな生活ができるぜ)

 セリアは、自分の拳にはまっている手袋を締め直した。

 この手袋をはめておかなければ、セリアは、自分自身が持っている『力』をうまく制御する事が出来ない。

 身に付けているスーツも、『タレス公国軍』から支給されたもので従来のものとは違う。セリア自身の『力』と手袋、そしてスーツが揃って、彼女は自分自身の『力』を制御し、また操り出すことができた。

 セリアが近づいていくにしたがって、男たちの声が聞こえてくる。それどころか、建物内部の音まで聞き取る事が出来るようだった。

(おおい!早くしろよ!時間を稼いでいるんじゃあねえぜ!)

 聞き覚えのある声だ。それだけではない。

(ああ、待っていたまえ、ジョニー君。君はもう少し、待つという事を知りたまえ)

 これは、あのスペンサーという男の声だ。セリア自身は直接の面識がなかったが、リーの潜入捜査の際に、通信機越しにその声を聞く事ができていた。

 セリアは建物の様子をうかがった、しかしながらこの建物は、裏口が封鎖されている。厳重に鎖が巻かれていて、立ち入り禁止の札まであった。

 どうやら、あの部下達のいる正面玄関から入る方がてっとり早いようだ。

 セリアは素早く男たちの背後から迫った。

 距離は数メートル。セリアは一気に迫って、彼女は拳を繰り出した。

 多分、ジョニーの部下達にとっては、まるでミサイルでも飛び込んできたかのように見えただろう。

 セリアは素早く拳を繰り出しており、その拳には炎さえも灯っていた。炎に包まれていた、セリアの拳の不意打ちを食らった男は、数メートルも切りもみで吹き飛び、しかもその体には火さえも点いていた。

「な、何だ!」

 ジョニーの部下が叫ぶ。だが、セリアの方が一瞬早かった。彼女は素早く、男の背後に回り込み、彼の喉元を手でつかんだ。

 すると、あっと言う間に、男の喉元からは煙が立ち上り、男は苦悶の表情を見せた。だが、声は上がらない。何故なら、それはセリアが、喉元を掴んで、声を出せないようにしているからだ。

 男は喉元を押さえ込まれ、セリアが強い力で抑え込んでいるわけでもないのに、首を絞められたのにも似た状態になって、あっと言う間に失神した。

「熱を操る『能力』か。お前が、軍で活躍できた理由の一つだな」

 建物を逆側から回り込んできたリーが言った。

「そう言うあんたも『能力者』なんでしょ?ここに潜入する前に、お互いの『能力』を知っておいた方が、作戦で不都合が起こらないわ」

 セリアが、建物の中の様子を観察しながら言った。

 少しの間の後、リーが答えてきた。

「いいだろう。教えておく。ジョニー・ウォーデンの『能力』は未知数だし、あのスペンサーとか言う男も『能力者』かもしれんからな。この場で教えておいた方が、作戦を立てやすい」

 と、リーは言うなり、自分の懐から、一丁の銃を取り出した。

 それは、今の時代となっては古びた存在になってしまって、骨董屋などでしか見かける事が出来なくなってしまったものだが、確かにリーの持っているものは、6連発のリボルバーだった。

 何の変哲もない。製造番号もしっかりと刻まれている。しかし、『タレス公国軍』から支給されたものではないらしく、そのロゴは入れられていなかった。彼の私物なのだろうか。

「私の『能力』はレーザー。光の『能力』。リボルバー式の銃で弾とそれの光を帯びさせて発射し、レーザーを糸のように張る事も出来るし、光を凝縮した弾を発射する事も出来る。また、光通信をすることもできる。『グリーン・カバー』に潜入した時、その情報を、メモリーの中に納める事が出来たのも、この『能力』のためだろう。あの時の記憶は私にはないが」

 セリアはリーの『能力』の説明に対して、別にどうとでもない表情をして見せたが、

「便利ね。攻撃だけの『能力』じゃあないなんて」

「ジョニー・ウォーデンの、物を一瞬にして溶かしてしまう『能力』も厄介だが、スペンサーという男に関しては未知数だ。十分に注意しておけ」

 リーが発したその言葉を、セリアは聞いて聞かずか、

「ええ、分かっているわよ」

 とそれだけ答えるのだった。

説明
西側の国にて―。テロリストのバックにいる存在が、巨大軍事企業であるグリーン・カバーであると知ったリー達はその重役を追い詰めるのですが―。
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