双子物語-3話- |
もうすぐお別れの季節だよ、と雪乃は彩菜に呟いていた。彩菜にはよくわからない。
今まで遊んでいたみんなとは、ずっといられるとそう思っていた。
彩菜は夢を見ていた、自分がいつも通り遊んでいて帰ってくるといつも隣にいた雪乃が傍にいなかったのだ。
いつも二人は一緒だった。その空いた場所は空しい自分の心と重なる。不安と恐怖にかられた彩菜は思い切り泣き叫 んだ。
彩菜「うわぁっ…!」
悪夢から目覚めた彩菜はすぐに隣を見ると安らかな寝息をたてて寝ている雪乃がいて、ホッとしていた。
子供は感情の言葉を知らなくても直感で感じ取ることができる。
彩菜は夢が何かの予感かと思ったのだろう。雪乃の寝顔を雪乃が起きるまでジッと見つめていた。
目が覚めた雪乃はいつもと様子の違う彩菜に問いかけた。どうしたの?と。
すると、彩菜は雪乃に心配をかけたくないから決まって言う。なんでもない、と。
ご飯を食べて外に出る。辺り一面真っ白な銀世界。ニュースの一部にある天気予報の内容を彩菜が雪乃から教えて
もらって、いつも朝はカーテンを開けての外を眺めるのが好きだが、その日まではガマンするようにしていた。
ドアを開けたときの神秘的な雰囲気を楽しみたいから。
彩菜「おあーっ、きれいー!」
雪乃「私は寒い…」
彩菜「ひゃっほぉーっ!」
玄関から土の上にこんもり積もっている雪の上に飛びついた。バフッという音と共に雪が押しつぶれて跡が
彩菜が飛び込んだ形になっていた。顔がひんやりして気持ちよい。そのままずっとこうしていたいが、
徐々に水が服に染み込んでいくのですぐに立ち上がった。彩菜は冬とは思えないほど薄着で、逆に雪乃は
着込みすぎてダルマみたいになっていた。
彩菜「あははっ、雪乃それじゃおデブみたいだよ」
雪乃に指をさして笑いながら言う彩菜に絶句した。
雪乃「なぁっ…」
すかさず反論に出る雪乃。
雪乃「彩菜が薄着過ぎるんだよ!」
彩菜の着ている服を指さして言う。彩菜は半袖Tシャツの2枚重ねに膝下まであるパンツを穿いている。誉めているわけでもないのに、彩菜は鼻が高そうだ。
彩菜「どんなもんよ!」
雪乃「どんなもんでもないよ!」
どうでもいいことで言い争っている二人を見つめる母一人。
菜々子「どうしたのどうしたの?」
何か楽しそうな表情で近づくが、二人は必死の形相で母に尋ねる。
「わたしのほうがフツーだよね!?」
同時に同じことを言うもんだから母の菜々子は少し驚いた。そして一言二人に告げる。
菜々子「二人の中間くらいがフツーかな」
そう言った本人の服装がちょうど二人の中間くらいの格好だった。
菜々子「もう、いつまで拗ねてるのよ」
中に入ってからの二人の不機嫌さはマックスに達していた。お互いのお気に入りの服装をけなされたからだろうか。人によっては寒がりもいれば暑がりもいるわけだから仕方のないことなのだが。菜々子はそう考えながら雪乃もなんだかんだで子供だからねぇ、とそんないつもと違う光景にも動揺せずに見ている。
こういうときはアレだ、と。菜々子はとっておきの物を台所の上の棚に手を伸ばしてアレを取り出す。機嫌を損ねた子供をニンマリさせる、そう、これが…!
菜々子「おだんご三兄弟―!!」
おだんご三兄弟、それは大手の子供向けのために作られた可愛らしい団子のことである。基本は一パック3本の1本に3つ串についている。味は3本とも上から順にメープル・あんこ・苺ジャムがついている。味が混ざらないか心配だが、食べる前には崩れることがないから不思議だ。ちなみに一パック250円也
それを見るや否や、二人とも今までの不機嫌はどこへやら。すぐさまとんできた。
「いただきまーす」
雪乃「ん〜」
彩菜「おいひー」
口に団子をいれると滑らかな団子にそれぞれの甘さが口の中へ広がる。一口一口味が違うので飽きずにしかも大きさもさほど大きくないため女性にも受けている商品なのだった。最後の一本を菜々子がいただき、みんなで仲良く一本ずつ召し上がった。
菜々子「もう一パックあるけどどうする?」
「いる!」
同時に声を上げてお互いを見ると再び目を合わせないようにそっぽを向いた。だが、やがてくる甘い味の誘惑には勝てないらしく。2本目を頬張ろうとした彩菜は一番上のメープルシロップがかかってるのを見て思った。
彩菜(これ、雪乃が好きなんだよねえ…)
喜ぶ顔見たさに雪乃に声をかけた。
彩菜「あーんして」
言っている意味が最初理解できなかった雪乃も目の前にある好物を見つめると素直に口を開けた。雪乃の小さい口でも一つまるごと入る団子を串から口の中へと入り咀嚼して飲み込む。自然と浮かぶ幸せそうな顔が彩菜は好きだった。その後、下にある彩菜の好きなあんこを食べ始める。雪乃も同じあんこに辿り着き恥ずかしそうにお返しとばかりに彩菜を呼ぶ。
彩菜「なに?」
雪乃「あーん…」
雪乃は赤面しながら彩菜の前に串を向けると瞬きをいくつかしてから彩菜は目の前にあるあんこにくいついた。もらっていいということがわかったから。
お互い、自分の好きな味が一個多く食べれたから上機嫌だ。食べ終わってホットミルクを飲みながら二人は見合って笑い出した。あまりのくだらなさに笑いがこみ上げてきたのだ。
彩菜「ごめんね」
雪乃「んーん、おたがいさまだし」
たまたま今日は虫の居所が悪かっただけだと雪乃は語る。こうやって簡単にケンカしたり、すぐ仲直りしたり、仲良く遊んだり。体の弱い雪乃にとっては彩菜が唯一ついてきてくれる友達でもあり姉で、自分の居る事ができる居場所でもある。
この後、二人は体を温めてから冷えないように厚着になって家の外へとでた。道路の雪は車が通った場所がぐしゃぐしゃになっていて見るも無残となっている。車に気をつけて歩いていると県が二人に気づかないのか空を見上げながら歩いていた。
彩菜「はよー、せんせー」
県「おおっ、休みに会えるとはついてるなぁ。相変わらず可愛いやつめ」
声をかけられようやく気づくと、いつものような笑顔で迎える県。だが、どこかしら寂しげな雰囲気が出ていた。雪乃はその辺には敏感で子供ながらの好奇心が優先し、聞かなければ良いものを無邪気に聞いてくる。
雪乃「ねぇ、先生。なにかあったの?」
県「へ?」
雪乃「なんかいつもより元気がないかな…と」
一瞬、口の端が引きつる県。
県「あー、うん。よくわかったね。相変わらず鋭いこと」
言われて雪乃は気づいて口に手を当てる。悪気はないとわかっている県は雪乃の仕草をみて手を振って謝る。
県「あっ、ごめん。別に怒ってないから。ただ、自分があまりにも子供っぽかったから」
彩菜「えー、せんせー大人じゃん」
彩菜に言われて確かにと苦笑する。
県「子供に戻るくらい熱中することもあるもんよ」
じゃあ、またね。と二人の頭を撫でてから通り過ぎて歩いていった。二人だけで心配じゃないのは自宅からさほど離れていないせいだろう。
やがて、同じ近所に住んでいる大地の家についた。インターホンを押すとすみやかに出てくる。まるで玄関の中でずっと待っていたかのように。
雪乃「もしかして…、ずっと待ってた?」
ギクッと体が硬直する大地。ここに来るまでに要した時間は10分ほどだが、すぐに着替えて待ってる間の8分間は長かったように感じるだろう。大地はそういう表情で出てきたのだ。今にも楽しみで仕方ないように。
大地「…うん」
彩菜「あははっ、ところで大地も厚着なんだね…」
淡い期待感を持ってきたのだが、大地の服装はちょうど彩菜と雪乃の中間くらいの着込み方。厚くもなく薄くもなく。多分下着にセーター、上からジャンパーを着ているくらいだろう。下はジーンズ。冷気が入ってこないよう裾口が密着するようになっていた。
大地「あぁ…ごめんね?」
がっかりした彩菜に罪悪感を覚えた大地は謝っていた。
雪乃「謝らなくてもいいわよ。彩菜が暑がりなだけだから」
彩菜「うぐぅっ…」
雪乃の言葉が刃となり彩菜の胸に突き刺さる。彩菜はトドメをさされた。
彩菜「さーて、真っ白なこの公園でなにしようか!」
人が集まる広くて綺麗なメインの公園ではなく、古びて狭い、人が少ない場所は何一つ跡のついていない楽園となっていた。遊ぶと必ず跡がつく。だから今最高の場所で始めるにはそれなりにふさわしい遊びが必要だと彩菜は言う。
雪乃「大袈裟に言ってるけど、要は遊びたいものでいいんでしょう?」
大地「じゃあ…ゆきがっせんってどうかな」
一瞬、場が静まった。これじゃいけないかなと焦っていた大地だが。
彩菜「おっけー、それにしよう!」
すんなりOKを出す。だが、あんまり激しい動きに雪乃はついていけないので二人が遊んでいる隅で小さなゆきだるまを作ることにした。積もったばかりの雪は柔らかく手袋越しにはひんやり気持ちよかった。だが、向かい側にいる彩菜は手袋をつけてないせいで冷たがっていた。
彩菜「つめたーい!こ、これはそーてーがいのつめたさだー!」
雪乃「意味わかってないでしょ」
雪乃のツッコミに首を縦に振って肯定した彩菜は四苦八苦して作った雪玉を大地に投げつけた。
ゴンッ!
雪の玉とは思えない鈍い音が聞こえた。受けた大地は額を押さえながら蹲った。
落ちた玉は雪の中に埋もれているよくみると、雪玉は透明に光っていた。雪というよりそれはもはや
氷玉だったのだ。
雪乃「どんな握力よー!」
言いながら雪乃は大地の傍に来て心配する。
大地「だ、大丈夫…。ちょっと驚いただけだから」
立ち上がって額を晒すと少し赤くなっていた。しかし、涙目を浮かばせながらも大地は無理にでも笑顔にしていた。痛みがあるため、少し崩れてはいるが男らしくなっていた。
彩菜「ごめん!どうする、やれる?」
大地「うん、こんなことで負けてられないよ!」
向かい合う大地の姿は以前の、逃げ癖がついてる情けない大地とは別人のようだった。
やれやれとホッとした表情を浮かべた雪乃はしばらくの間、二人の激しい攻防を安全そうな位置を見つけては傍観し、危なくなりそうになれば、また場所を移動するの繰り返しをしていた。
正直暇だった。一人でやることもなくなったし、混じって動くこともできない。自分の弱い体が憎らしく感じる。雪乃は自分もこれだけ動けたらどれだけ良いだろうと考えていた。
時計を見る、もうかれこれ2時間は動きっぱなしだ。さすがに一般人の大地にはきつい時間経過となっている。彩菜は少し息切れをしている程度。年齢の割りには化け物じみた体力を持っていた。
雪乃「そろそろ終わりにしましょう…」
彩菜「ふぇ…?あ、そうだね」
彩菜は振り返ると、雪の中に突っ伏して倒れてる大地の腕を掴んで引っ張り上げた。
大地「ようやっと…終わり?」
救われたような顔をしながら自力で立つと疲れきっているのか足元がおぼつかない。大地を家まで送った後、途中で空き地を雪乃が見つけた。正直、長い間外にいたせいで体がどんどん冷えてきているのだが、ちょっとした気まぐれで一人空き地に近づくと真っ白な雪を両手を使って寄せてある形のものを作り上げた。
大地「なにしてるの、風邪引くよ?」
雪乃「ふふっ、プレゼント」
最後に木に実っていた鳥が食べるあの赤くて小さい木の実を外して2箇所につけて渡した。受け取った彩菜は最初はなんだかわからなかったが、徐々にその形からして気づく。
彩菜「あぁ、これってゆきうさぎ!」
雪乃「そう」
なんか無性に作りたかったのと雪乃が呟く。雪乃が自分にだけ笑顔を向けるその姿に白くて綺麗な雪兎と彩菜の中では被っていた。どこか儚げで自分が護らないとすぐに消えてしまいそうな危うさを感じていた。じっと雪乃を見つめていると首を傾げながら聞いてきた。
雪乃「どうしたの?」
え、いや。と言葉にならない彩菜に雪乃は体を震えさせ主張をした。
雪乃「早く帰ろうよ」
彩菜「あ、そうだね。風邪引かないうちに帰ろう」
離れないようにしっかりと手を握る。さっきまでは意識していなかったのに、彩菜の脳裏にはふとあの光景が浮かんでいた。そう、今朝夢に見たあの悪夢だ。
夢だとわかっていながら感情が保てない。泥沼に浸かったかのように気持ちが悪かった。家まで辿り着くとすっかり顔には血の気が引いたような気がしていた。
その証拠に。
菜々子「ちょっと、どうしたの!?」
雪乃ならともかく、彩菜が青ざめることが滅多にない。それこそ夏に雪が降りそうなくらい珍しいことだ。まさか夢のことを引きずっているとは思いもよらないことだろう。
彩菜「なんでもないよ、ちょっと疲れただけ」
雪乃「さっきまであんなに元気だったのにね」
菜々子「そう、とりあえず上行って横になってなさい」
頷くと彩菜は雪乃と握っていた手を離して自分の部屋へ向かって上っていく。菜々子は様子のおかしい彩菜のことを雪乃に聞いてみた。雪乃は首を横に振りながらもどこか引っかかっていた表情を浮かべる。
雪乃「そういえば今朝からおかしかったような気がする。私が朝起きたときになんか違うなーって」
菜々子「そう」
多分、悪い夢でも見たのだろうと菜々子は感じていた。とくに雪乃に関しての夢なのだろうと。なぜか、どんなに悪夢を見ようと彩菜はいつも楽しそうに話してくれるしすぐに忘れることができる子供だからだ。ここまで引きずってるのは多分、家族。それもずっと一緒にいた雪乃のことだったのだろう。
菜々子「彩菜は雪乃にべったりだからね〜」
雪乃「?」
菜々子「雪乃、ココア持っていってもらえるかしら?」
淹れたてのココアを熱くないよう雪乃に持たせる。雪乃は頷くとゆっくりと2階へ運んでいって彩菜の傍に寄った。ココアはこぼさないように近くに置いて布団を頭から被ってる彩菜の布団越しに手を乗せる。
雪乃「ココア持ってきたよ」
返事が無い。しかし、彩菜は力なく徐々に起き上がっていく。
彩菜「うん…」
生気が抜けたような顔をして雪乃を見つめる。
雪乃「急にどうしたのよ」
彩菜「ん…嫌な夢を思い出しちゃって…急に怖くなって」
ポツポツと夢の内容を語る。ところどころ抜け落ちているが、必要な部分は全て記憶に残っていた。雪乃が目の前からいなくなったことが怖かったと。
雪乃「なんだ、そんなこと」
彩菜「そんなことって…!」
言い返そうとした彩菜にふわっという感触がきた。ベッドの上に乗った雪乃が彩菜の顔を自分の体に押し付けた。暖かく、胸から鼓動が聞こえた。
雪乃「私はここにいるわよ…。生きてる限り、黙って彩菜からは離れない」
彩菜「ほんと…?」
雪乃「ほんと…」
雪乃の体から離れた彩菜は視界がじんわりと滲んでいた。気づかずに涙が出ていたらしい。涙を払うとそこにはいつもの彩菜に柔らかい表情の雪乃がいた。
雪乃「ココア、持ってきたから飲む?」
彩菜「うん…。ねぇ、雪乃。一緒に飲もうよ」
雪乃「ん、いいよ…」
二人で交互に一つのココアを分け合った。甘くて暖かくて気持ちよかった。
雪乃「甘い…」
彩菜「甘いね…」
雪乃「甘すぎよ…このココア…」
ココアの粉をミルクで割ってさらに大量の砂糖が投入されたような激甘さ。けっきょくのところ、母の菜々子は考え事をしながらいれていたもんだから、少し砂糖を入れようとしていたところを気づかずに大量にいれていたみたいだ。スプーンで掬ってみると
まだ溶けてない砂糖がこんもり乗っていた。
二人「ぅおえー」
よく歯を磨いてパジャマに着替えて今日の出来事を振り返りながら仲良く笑って部屋まで行くのについていき、ベッドにもぐらせて「おやすみ」の一言を告げれば本日の営業終了…なんてね。
上から降りてくると旦那さまのお迎え。コタツにみかんが乗ってドテラを羽織って熱燗とはお似合いじゃないの。菜々子は自分も、とコタツの中に素早くはいって夫の一口を奪って飲み干した。
菜々子「うまー…!」
骨身にしみるとは…じゃなかった五臓六腑に染み渡るとはこのことを言うのだろう。ほどよくアルコールが回るのがわかる。その一口でちょうどなくなったみたいで菜々子は立ち上がって次の用意をする。良い感じに人肌並みにぬるくなったのを5本持ってきた。
自分の分の杯を持っていく。途中、つまみ用のスルメも見つけてスルメの入った袋を口でくわえながら持ってきたら静雄に笑われた。
菜々子「あによー」
酒を置きながらしゃべるが口に袋をくわえたままだから変な声になり、それがまたツボに入ったのか苦しそうに笑い転げていた。
菜々子「そんなに笑うのならあげない」
静雄「ちょっ…!冗談、冗談だから」
菜々子「や、わかってるけど」
スルメを齧りながら温い日本酒を二人で飲む。この瞬間がたまらなく好きだ。いや、酒が飲めればなんだって好きな菜々子である。酒を飲みながら彩菜のことを口に出した。
菜々子「今日ね、彩菜が元気なくてさぁ。多分、夢かなんかを引きずってるんだろうけど」
静雄「へぇ、珍しいな。…よほど怖かったんだろうな」
菜々子「遊びにいくときは元気だったんだけどね〜」
一口喉に流し込む。
菜々子「なんであんなに弱いかねぇ、あたしの子なのに」
静雄「ははっ、案外彩菜は俺似だったりしてな」
菜々子「そうかもぉ…、でもあたしも弱いときあるんだけどねぇ…」
静雄「そうかぁ?菜々子は俺よりしっかりしてると思うけどな」
静雄はため息を軽く吐いてから最後の一本に手をかける。そこに菜々子が手を弾き掴み取ってから旦那の杯に静かに注ぎいれる。
静雄「わざわざ俺の手をはたくこともないだろうに」
菜々子「一度やってみたくて」
基本、自分で飲む分は自分で注ぐのだが気分的に甘えたくなっていたのか菜々子はよろこびながら注いでいた。たまにはこういうのも悪くないと、静雄もじっとその様子を見ていた。
静雄「って零れてる!」
菜々子「ほにゃっ?」
静雄「ほにゃっ?…じゃねえ!」
完全に酔っ払った菜々子を負ぶって二階の夫婦の間まで歩いていく静雄。こちとら酔ってるんですけどぉ、と呟きながら徐々に重みが増していく愛する妻をなんとか支えてベッドに落とすように離した。ボスンッという音と共になんとも無防備な姿を晒していた。
静雄「まったく、子供のことになると我を忘れるんだからな」
苦笑しながら菜々子を寝巻きに着替えさせ、自分も着替え。ダブルベッドに乗っかった。菜々子を抱きながら掛け布団を包むようにして静雄は念じながら目を瞑った。
静雄「頼むから吐くなよ」
と。
翌日、会社にて。
静雄「ってことで、昨日は大荒れでねぇ」
先日のことをネタに、大学と高校の後輩だった二人に話すと、片や大笑い、もう一人は微笑んでいた。高校の後輩の櫻田美咲は朝から酔っていた。
美咲「奥さん可愛いじゃないですか」
酔っているとはいっても言葉がおかしくなるほどではない。じゃないとこれからする仕事に差し支えるのだ。そして、大笑いしていたでかい大学の後輩の佐々野隆二は決まってからかってくるのだ。
隆二「いいっすよねぇ、良い奥さん持ってる先輩…おっと、社長は」
静雄「お前も結婚すりゃいいじゃんか。相手くらいいるんだろ?」
隆二「そんなもんいやしませんよ」
その傍らで缶ビールを一気飲みする美咲。タイミングよすぎるが、まさか美咲は隆二のことを、と静雄が思っていたら単に喉が渇いていただけど告げてきた。だったら他の清涼飲料水を飲めよ、と突っ込もうとしたが止めた。もうすぐ仕事の時間だ。
二人は部屋を出て行き、静雄は何となく後ろに振り返る。笑顔を振りまいている彩菜とクールに立っている雪乃、そして中間くらいの明るさを全面に押し出している菜々子。
この3人のおかげで静雄は楽しく過ごせていて感謝していた。もう、卒園の時期だ。
菜々子の両親はどうしているのだろうかと考えているすぐ別の思考が、もうすぐ訪れてきそうだなという予感を感じ取っていた。
続
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