君は微睡む…act3 |
広大に拡がる草原を四頭の馬が疾走して行く。
先頭をきって走る二頭の背には、マチルダの騎士カミューとマイクロトフ、続く二頭の背にはマオとナチがそれぞれ騎乗していた。
一面の緑の中、か細くとぎれがちに続く道を彼らは迷いなくつっきり、やがてハイランドへと続く街道を見下ろす小高い丘の上で止まった。
「あの街道を北へ向かえば、ハイランドの関所に着きます」
真っ先に丘の上に到着したマイクロトフが、なだらかな丘陵の下に横たわる道を少年達に指さして見せながらそう言った。
「本当にお二人だけで大丈夫なのですか? なんでしたら、おれとカミューとでお供いたしますが……」
心配そうな青騎士の言葉に、マオとナチは顔を見合わせて苦笑した。
申し出はありがたいが、おそらくどんな格好をしても目立ってしまうだろうこの二騎士とともに行動するのでは、人目を忍んでする旅の意味がまるで無くなってしまうに違いない。ハイランドに向かう前に訪れたマチルダで、少年達はすでにそのことを充分に思い知らされていたのだ。
ナチが旅の第一歩目として選んだ行き先は騎士団領マチルダだった。
少年二人で気ままにあちこちと見て回るつもりだったのに、なんとも間の悪いことに、彼らは町中でばったりとマチルダの青騎士団長マイクロトフに出くわしてしまったのだ。
「マオ殿!!」
戦場においても良く通るその声に名指しで呼び止められ、しかも最敬礼の挨拶まで受けてしまったとあっては、もはや忍ぶもなにもあったものではない。たちまち町中の人々が新同盟軍の英雄を一目見ようとどっとたかって来た。
押し寄せる人波に途方に暮れたマオ達は、マイクロトフに熱心にすすめられるままロックアックス城内へと逃げ込み、結局マチルダ見物も何も出来ずじまいとなってしまったのだった。
遅ればせながら少年達の事情を知ったマイクロトフは、迂闊に声をかけてしまった自分をたいそうに悔やみ、せめてお詫びに少しでも少年達の役にたちたいと頑固に言い張った。馬車を拾うつもりだからと遠慮する少年達に騎士団の馬を押しつけ、ついでとばかりついにはカミューまでをも引きずり出して、次の行き先となるハイランドまで最短の距離を、走り通しに案内してくれたのである。
「マオ殿?」
促しともとれるマイクロトフの呼び声に、どう答えるべきか真剣に悩んでいたマオは、頭をあげて長身の騎士二人を見上げた。
「ありがとう、二人とも。でもここまでで充分だよ。だってマイクロトフさんとカミューさんが、そろって何日も留守にしてしまったら、マチルダの人たちはきっと物凄く心配すると思うんだ。だから早く戻ってあげて下さい」
幼げな面差しと細い肩を持つ少年二人を見下ろして、マイクロトフはいかにも複雑そうな表情をつくった。
「いや、しかし……」
なおも言い募ろうとする青年の肩に、ぽんとカミューが手を置く。
「マオ様がこうまでおっしゃっているのだ。我々にはお止めすることなどできんよ」
「む、しかし……」
「我々が護衛では目立ちすぎる。かえってお邪魔することになるやもしれない」
「だがな、カミュー……」
不満げなマイクロトフを宥めすかしつつ、だがけっこう人が悪かったりするカミューは、ちゃっかりと僚友をからかうことも忘れなかった。
「マイクロトフ、おまえはそろそろ単調な騎士団生活に飽いてしまっているのだろう。旅途中のお二人を目の前にして、おさえていた冒険の虫が騒いでしまうというのも、まあわからないでもないが……」
訳知り顔で頷いてみせる友の言葉に、マイクロトフの頬がみるみるうち染まっていく。
「……なっ、なんの虫が騒ぐだとっ!? 失敬だぞ、カミュー! おっ…おれは、ただお二人が心配なだけで……っ」
図星をさされたものか必要以上にあわてふためいている青年を楽しそうに見やって後、カミューはマオ達に向き直り、改まった表情で忠告をした。
「お乗りになっている馬はどうぞご自由にお使い下さい。途中、もしお邪魔になるようでしたら、売るなり乗り捨てるなりしてくださってかまいませんよ。それと、マチルダでマオ様を見かけたとの噂は、すでにハイランド方面までもひろまっていることと思います。どうかくれぐれもお気をつけ下さい」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
成り行きを見守っていたナチが、そこで口を挟んだ。
「マオは充分に強いし、僕だってついてますから」
荷と一緒に馬の背にくくりつけた天牙棍を指し示しながら少年が請け合うと、騎士二人もようやく安堵したように互いの顔を見合わせて頷いた。
そのあどけない外見とはうらはらにマオが戦士として一流の腕前を持つことをもちろん二人は知っていたし、ナチの桁外れの強さについても、先の戦いのうちで良く見知っていたのだ。
「ではマオ様、ミューズにてまたお会いしましょう」
「この次の機会には、是非ともお手合わせ願います」
口々に別れの挨拶を述べた騎士達は、馬首を巡らせ、もと来た道を悠々と駆け去っていった。
「一糸乱れずって感じで、なんか凄いね」
遠ざかる二人を見送りながら、感嘆したようにナチが言う。
「うん、性格なんかまるで正反対って感じなのに、ものすごく仲が良いんだ、あの二人……」
かつては自分にもそんな友人が居た――懐かしむような思いでマオは遠くなる影を目で追って、やがて小さくため息を吐いた。
「……ナチさん」
「え?」
いきなりしょげきった声を出す少年に驚いて、ナチが肩越しに振り返った。
「僕がついて来ちゃったせいで、ナチさんに迷惑かけてしまったみたいだ……」
自分がそばに居たせいで、ナチの邪魔をしてしまった。そう思うといたたまれない気分になって、マオはうなだれた。
(ナチさんは、レパント大統領から言いつかった大切な仕事の最中なのに……)
「すみませんでした……」
騎士二人の前ではなかなかに言い出しづらかった言葉だ。きっとマイクロトフが気にしてしまうとわかっていたから。
「そんなこと気にしなくて良いよ、マオ。どうせマチルダはほんの寄り道のつもりだったし、僕が一番見たいのはハイランドだからね。ここまで馬で送ってもらえたのはラッキーだったよ。なんたってハイランド行きの馬車を探す手間が省けたもの」
さらりと言ってナチは笑った。そうしてまるで何も聞かなかったかのように、軽い口調でマオを促してくる。
「なんだかお腹すいちゃったね。さあマオ、昼までに宿場に着けるように急ごう」
関所を抜けしばらく行ったところで、少年達は小さな宿場に立ち寄って、早々と二頭の馬を売り払ってしまった。
なにしろ彼等に与えられた馬は、一介の少年達が持つにしてはあまりにも上等過ぎるものだったのだ。へたに目立つことは避けたいというナチの言い分に、マオとしても文句はなかった。
便利な馬を降り徒歩の旅となりはしたが、それでも希望どおり昼前には目的地に到着する。
かつての皇都──ハイランド首都ルルノイエ。
先の戦いにおいて戦場と化した都ではあったが、新同盟に統合され一年以上たった現在は、もうすっかりともとの落ち着きを取り戻しつつあるようだ。
まずは宿を探そうと言うことになったものの、すぐにも決めなければならないと言う訳でも無かったので、少年達はぶらぶらと散歩でもするかのように市街を歩いていった。
そうするうちに、ひときわ賑やかな一角に行き当たる。
そこは、運河沿いにひらかれた市場だった。とりどりの布地や、珍しい置物、食料品や日用雑貨等を台に乗せた店がずらりと軒を連ね、売り子が道行く人々に威勢の良い声をかけている。
前から後ろからとおしよせる人波に押されながら歩いて行くと、横合いの店の軒先から、えらく大きな声が呼びかけて来た。
「おーい、坊っちゃん坊っちゃーん!!」
呼び声にナチが振り返り、怪訝そうな表情を声の飛んで来た方向へと巡らせた。
彼が足を止めたその理由を、マオは知っていた。ナチはマクドール家に近しいごく一部の人達から、『坊っちゃん』と呼ばれているのだ。
「ナチさん、知り合い?」
「いや、たぶん……、ただの呼び込みだろう」
思わず振り向いてしまった自分を苦笑うように、ナチが肩をすくめる。
呼び声をそのまま聞き逃して先に進もうとする二人の背を、さらなる大声が引き止めた。
「おーい! せめて見るだけでも見てっとくれよー!!」
大袈裟に哀れっぽい男の口調に、マオはなんとなく気分が吸い寄せられてしまって、いつのまにかいろんな種類の果物を台に乗せた、その店の前に立っている。
「買うのかい、マオ? 棗椰子とか林檎とか、なんだかどれも荷物になりそうなものばかりだけど?」 面白がるようにナチは言いながら、本気で止めるつもりはないらしい。胸のかくしからずっしりと金の詰まった財布をとりだすと、ポンとマオに手渡して寄越した。
めざとく財布のやり取りを見つけた果物売りの男は、白黒が胡麻塩のように混ざるそのヒゲ面に満面の笑みを浮かべ、少年達を迎えた。
「おお、いらっしゃいよ坊っちゃん方! 見たところ旅の途中みたいだね。お腹空いてないかい?
どうだいこの林檎なんか? うまいよ!!」
「じゃあ、その紅いのを4つもらおうかな。少し固めのが良い。旅の間に腐ると困るから」
「はいよ。じゃあ、あわせて120ポッチね」
男は、ヒョイヒョイとより分けた林檎を紙袋に突っ込んでマオに手渡して、
「ついでにおまけだぁ!」
と、手近にあった真っ赤な林檎を、一つずつ少年達に投げて寄越した。
「え? 良いの?」
思わず受け取ってしまってから、目を丸くするマオに、男はニコニコと目を細めて見せる。
「育ち盛りの時期は、ちゃんと食べとかんとな! でないとちっこいまま伸びなやんじまうよ」
「う、…うん……?」
返答に困っている少年の様子に、こらえきれなくなったものか、ナチがプッと吹き出した。
「おやおや、そっちの坊っちゃんは、何がそんなおかしいのかな?」
くるりと背を向けて肩を震わせているナチを見て、男が首を傾げる。
「さあ、僕にもさっぱり……」
愛想笑いしながら、マオは胸のうちで溜め息を吐いた。
(笑い過ぎだってば、ナチさん……)
笑う気持ちがわからないでもないが──でも、なんとなくこの手の問題に対するナチのリアクションがマオには気に入らなかった。まるで笑い飛ばすことで無理に忘れようとしているような……、と、思ってしまうのは、マオ自身がどこかでそう思っているせいなのかもしれなかったが。
「いい加減笑いやまないと、いくらナチさん相手でも怒るよ」
「ごめんごめん、マオ……怒んないで──」
ナチは向き直り、笑い過ぎて目尻に滲んだ涙を指先で拭いながら、わびるように頭を下げてみせた。
「悪気はないんだけど、つい、笑えちゃって。これから気をつけるよ」
「ホントにね」
溜め息混じりにマオが返すと、ナチはごまかすように笑い、わかってるから──とでも言うように肩をすくめる。
「じゃ、行こうか」
そんな少年達のやり取りを、ニコニコと笑いながら見ていた男が、踵を返しかける二人を呼び止めた。
「もしかして坊っちゃん達、宿さがしてるのかい? なんなら良いところ紹介してやろうか?」
「──え?」
少年二人は、顔を見合わせた。
──どう思う?
──たぶん、大丈夫じゃないかと……
交わす視線のうちに会話が成り立って、すぐに結論が出る。
「ええ、是非に」
マオが頷いて、ナチが付け加えた。
「出来れば、食事が美味しくて、あまり宿賃が高すぎないところをお願いします」
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幻想水滸伝 Wリーダーの冒険 (2主人公=マオ・1主人公=ナチ) 続き物です。赤騎士カミューと青騎士マイクロトフがちらっと絡みます。 | ||
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