新世代の英雄譚 九話 Day16 |
Day 16「彼女の成功を祈って」
一週間で変化に慣れた後は、怠惰な日々が続く。
それは、同性同士だった場合にだけ適応される理屈なのだろう。
これまでのルイスとベレンの日々には、途切れることなく新鮮な風が吹いていた。
今日もそれは変わらず、一緒の朝食、それから昼食と、会話が途絶えることはなく、楽しく過ごすことが出来た。
変に恥ずかしがって、気不味い間ができてしまっていた以前よりも雰囲気は良好だ。
そして、午後には奇術の練習をするのが最近の習慣になっている。
人前で練習した方が良いのかもしれないが、それではベレンが緊張してしまうので、宿の部屋で二人きりで。
祭りの日に知り合った奇術師の指導もあり、落ち着いた時にやった彼女の奇術の成功率は、かなり上がって来ている。
勿論、大がかりなものにはまだ手を出せないが、卓上でする奇術――いわゆるクロースアップマジックの手並みは、ちょっとしたものだ。
「後一週間もしない内に二人は帰って来る訳だけど、もう十分だね。流石だよ」
客の選んだカードを当てる、というトランプマジックを成功させるのを見て、ルイスは手を叩いた。
実はこの奇術のトリックを既にルイスは知っているが、そのタネに気付かせないほどにベレンの技術は向上している。
「はい……デスガ……」
しかし、笑顔のルイスとは対照的に、ベレンの表情は晴れない。
「もっとこう、目を見開いて驚いてもらえる様な奇術を見せて差し上げたいデス……クロースアップマジックに問題があるとは思わないのデスガ、やはりカードやコインを使ったものでは、ありきたりなので……」
「ビルは兎も角、ロレッタはもう見飽きているかもしれないからね……うーん、ロレッタが王都を離れてから考え出された……つまり、ここ二、三年で考案された奇術ってないのかな」
奇術が好きで、だからこそ奇術師を目指してるベレンだが、そう言われて直ぐに思い付く様なことはないようで、しばらく考え込んでいたが、遂には件の奇術師を頼ることになった。
奇術師は直ぐに見つかった。
ベレンの奇術がある程度のものになるのを見届けると、あえてそれ以上関わることをやめた彼だが、質問などあれば来るように、と宿の場所と、よく営業をしている場所を紙に控えてくれた。
昼下がりの今は、中央広場で営業後の後片付けの時間だ。
「すみません、お師匠サマ。また一つ、新しい奇術をご教授願えませんでしょうか」
帽子を取り、ベレンは深々と頭を下げた。
奇術師の証ともいえるシルクハットは、ベレンも、その師となってくれた奇術師も被っている。
「ベレンちゃん。うーん、君は本当に礼儀正しいというか、どこぞのお嬢様みたいだなぁ。そんな畏まらなくても良いんだよ?」
一応、彼にベレンの素性は話していない。
尤も多少は勘付いているところもあるのだろうが、あえて突っ込んで来るほど無遠慮な人物でもないらしい。
「……いえ、奇術師は本来、自分で芸を考え、練習するもの。駆け出しであっても、禁を犯していることには変わりありません。恥ずべきことをしているのデスカラ、せめて礼節は守らせて頂かないと」
田舎で、敬語なんていう概念がほとんど存在していなかったルイスにとっては、頭が痛くなりそうなほどベレンの言葉は硬い。
普段から彼女の言葉は丁寧だが、師を目の前にした彼女の言葉は、一部が理解出来ないほどだ。
「俺はもうちょっとその辺り、適当で良いと思うけどなぁ。で、何が良いのかな?」
苦笑しながら、後片付けをさっさと終えた奇術師は近くのベンチに腰を下ろした。
ベレンにも身振りで席を勧めたが、彼女は背筋を伸ばして立ったままだ。
「はい。つい最近、この国で流行り出した奇術を何か一つ、ご教授願いたいのデス。具体的には、二、三年の内のもので」
「ニ、三年?本当に随分と最近の話だなぁ。でも、俺が本格的に流れの奇術師を名乗り出したのもその頃だし、俺オリジナルの奇術は全部それに該当する訳だね。――よし、じゃあベレンちゃん、俺の取って置きを教えてあげるよ。多分、俺以外にやってる奴は居ない奇術なんだ」
そう言い切ると、奇術師はポケットから指輪と、白く長い糸を取り出した。
指輪といっても、宝石がはめられたものではなく、シンプルなシルバーリングだ。それでも、その銀色の美しい輝きが彼の収入の良さを物語っている。
「指輪と糸……指輪というと、ステッキに通すものが有名デスヨネ?」
「うん。だけど、これはそれと、ロープマジックの切ったり結んだり、といった技を合わせたものなんだ。いきなり裏話だけど、細い糸を使うことでここに指輪を通すという行為自体は、オリジナルのステッキの奇術より楽だけど、ロープですることを糸でやるんだから、そこの難易度は当然上がって来る。決して簡単じゃないけど、ベレンちゃんはロープマジックをいくつか完全にものにしてるよね?」
ベレンは最近、ロープマジックを練習していない。既に大道芸でも出来るほど上達しているからだ。
だからこそ彼女は、自信を持って頷いた。
それから、用意されたロープで簡単なものを一つやって見せる。
ロープを切り、それを結び、再び一本に戻す。初歩的だが、演出を一つ間違えば、恐ろしく陳腐なものになってしまう奇術の腕を問われる技だ。
「……うん。十分だ。えーと、じゃあルイス君。悪いけど、席を外してもらって良いかな」
「あ、はい」
タネを知ってしまえば、新鮮な驚きが出来なくなってしまう。
今までの奇術は、ルイスも知っているものだったので、ベレンにアドバイスが出来る様に、ということで彼女と一緒に習っていたが、今回ばかりはそうしない方が良いだろう。
「うーんと、じゃあそうだな……俺が宿までベレンちゃんを送って行く、ということで良いかな?」
「はい。それで良いですよ」
「そ、そんな、お師匠サマにご迷惑をおかけする訳には……」
ルイスに食い気味で言うことになってしまったベレンの意見は、即行で却下、ということになってしまった。
師としても、まだ幼い少女を一人で帰すのも心苦しいだろうし、彼女への指導はいつ終わるかもわからない。ルイスが迎えに行くというのも困難なので、これが最善だろう。
「それでは、ベレンをよろしくお願いします」
なんとなく、保護者っぽい言葉になってしまって、勝手にルイスの口元は緩んでしまっていた。
奇術師も、初めて二人に出会った時にルイスの言った「保護者」という言葉を思い出してか、笑う。
色々といっぱいいっぱいなのか、ベレンだけが不思議そうに二人の顔を見ていたが、奇術師が再び彼女に向き直ると、真剣な表情を即座に作った。
期限は後五日。彼女の奇術は、果たして完成するのか。
説明 | ||
今回はかなり短めです 次回からは、ビル、ロレッタサイドのお話となります |
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