ルール 【799文字】 |
信じたのが間違いだった。
今年の夏は各地で例年に無い猛暑日が連日更新されていた。
そんな炎夏に恵みの雨と言うには度の過ぎた、車軸を流す様な、篠突く様な、そんな言葉が
似合う雨の日。
私は水の礫に打たれながら街を彷徨していた。
意識が朦朧とする。
唐突に喉を込み上げてきた熱流を無意識に堰き止める。しかし、再度の奔流を許容できず、
嗚咽混じりの破裂音と共に熱いものを撒き散らす。
吐いた反動に思わず身体を捩ると、追い打ちをかける様に激痛に刺し貫かれた。
余りの苦痛と夏の積乱雲独特の暗さで、目に映る全てが灰色になる。自分の手をまじまじと
見つめるが、何を吐き出したのかもよく解らない。私には痛みだけしかなかった。
どうしてこんな目に遭うのか理解できない。
息を吸うだけで鋭利な痛みが走る。思わず腹部を手で覆う。それだけで無数の針が身体の中
に入っているのではと錯覚する。いつからあったのか、手にはぬるりとした感触があった。
息を殺して耐える。だが、もう何度目になるとも知れない喉元の逆流感と共に、辛うじて繋
ぎ止めていた意識を手放してしまった。
死を覚悟した。
サイレンの音と私を呼ぶ声が遠くから聞こえる。そんな気がした。
ふと視界が開ける。眩い光と清潔な白が目に入る。それと共に激しい痛みも怒涛の如く押し
寄せる。
「気が付きましたか。取り敢えず点滴を打っておきました。暫くしたら動ける様になりますよ」
「点滴……だけ?」
「えぇ、自然治癒に任せるより他はありません。吐瀉物に異物は混入していませんし、大丈夫
ですよ」
「そうですか……」
「急性胃腸炎ですね。生牡蠣でも食されましたか? 疲労を蓄積していると抵抗力が落ちます
から、偶に罹る方がいらっしゃるのですよ」
「いえ、メロンパンを……」
「メロンパン?」医者は怪訝な顔をして復唱した。
「……落ちたメロンパンを三秒以内に」
「…………」
そう、信じたのが間違いだったのだ。
説明 | ||
某SNS某コミュニティの掌編小説コンテストに投稿した作品で佳作に選んで頂きました。 その際に頂いた批評を元にほんの少し改稿したものです。 |
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掌編小説 | ||
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