三人の御遣い 獣と呼ばれし者達 EP6 誇り高き覇王と黒き猛虎 |
兵衛が孫策達と『契約』を交わしている頃、一刀と兵衛の親友にして最後の『天の御遣い』となる赤羽烈矢は現在―――
女将「赤羽ちゃ〜ん、炒飯2人前と麻婆豆腐と餃子それぞれ1人前ずつお願いね。それと食後に赤羽ちゃん特製の『ぷりん』もよろしく頼むわね」
烈矢「あいよ〜!そんじゃ、ちゃっちゃっと作っから少し待っててよ、女将さん!」
街の定食屋で料理人として働いていた。
???「華琳様ーーー!」
城の中をもの凄い勢いで駆けていく一人の女性がいた。
女性は自身の主の名を呼びながら、玉座の間に足を踏み入れる。
そこには玉座に座る一人の少女がいた。
華琳「春蘭、あなたはいつも騒がしいわね。まったく……一体何事なの?」
玉座に座る少女は呆れたような口調で春蘭と呼んだ女性に問いかける。
春蘭「華琳様〜、今回は本当にそれどころじゃないんですよ〜」
春蘭は泣きそうな顔で主である少女に言う
華琳「はいはい、それで用件はなんなのかしら?」
春蘭「は、はい!え〜〜…………」
華琳「…………」
春蘭「…………」
華琳「…………」
春蘭「……忘れました」
その場の空気は一瞬止まる。
玉座に座る少女は予想していたのか、一つ溜息を吐くと春蘭の後ろにいる女性に問いかける
華琳「はあ……まぁ予想はしていたけど、あなたも相変わらずね。では、あなたの代わりに後ろにいる秋蘭に説明してもらおうかしら?」
春蘭「しゅ、秋蘭!?いつからそこに!?」
秋蘭「姉者、今頃気付いたのか?私はずっと後ろにいたのだぞ」
春蘭「そ、そうなのか?」
秋蘭「そうなのだ。それでは華琳様、先ほどの姉者が報告しようとした内容ですが……」
華琳「そうね。お願いするわ、秋蘭」
秋蘭「はい。報告の内容ですが……ここ最近噂になっている定食屋で妖しげな料理を出す男の件なのですが……」
華琳「ああ、そのことね。少し興味があったから近々食べに行こうと思ってたわ。……それで?」
秋蘭「はい。実は我が城の兵がその定食屋に食べに行ったそうなのですが……その時に噂の料理人と話す機会があったそうです」
華琳「……それで?」
秋蘭「兵がその料理人の出身を問うたところ……」
華琳「…………」
秋蘭の言葉を静かに待つ華琳。
秋蘭は言い辛そうに報告を続ける。
秋蘭「その男は……言ったそうです。『自分はこの世界の人間じゃないから言ってもわかんねえよ』―――と」
華琳「!!!」
華琳は玉座に座った状態で驚いた。
秋蘭の報告は常識的に考えれば、ただの戯言―――笑い話の冗談にすぎない
その場にいた兵も、そして民もきっとそう思っただろう……
だけど、華琳だけは、そうは思えなかった。
だから、確かめようと思った。
自分でも信じていなかった噂を
確かめようと
―――信じようとしている。
『天の御遣い』という眉唾とも言える存在を……
三人は噂の定食屋に足を運んだ。
店の中には大人から子供まで幅広い年齢層の客でごった返していた。
華琳「あら、意外と繁盛しているようね」
秋蘭「そのようですね。客層も幅広くはありますが、どちらかというと子供が多いのが気になりますが……」
春蘭「そんなことはどうでもいいだろう?早く食事にしようではないか!」
秋蘭「姉者……目的は食事ではないぞ?噂の料理人を確かめることが今回の目的なのだ。そこの所を間違えるな」
春蘭「わ、わかってる!ただ、その料理人の作る料理が噂になるほどの腕なのかを知るためにも実際に食べてみんことには―――」
秋蘭「知りたいのは料理人の『料理』ではなく、『素性』だぞ、姉者?」
春蘭「ううっ……」
華琳「ふふっ、そのくらいにしてあげなさい。ほら、どうやらお目当ての男が向こうから来てくれたみたいよ」
華琳がそう言うと、店の奥から長身の男が近づいてきた。
男は見慣れない服を身に纏い、その服は太陽の光に反射して、天から舞い降りた使者と噂されるには十分な光を発している。
華琳(なるほど……見た目だけなら十分噂されるだけあるわね。問題は中身だけど……)
近づいてくる男を華琳は冷静に分析し、その素性を探る。
そんな華琳の思惑を知ってか知らずか、男はあからさまな愛想笑いで三人に接客する。
烈矢「いらっしゃい。何人だ?」
春蘭「貴様!華琳様に向かって何という無礼な口を―――」
華琳「春蘭、いいのよ」
春蘭「ですが……」
華琳「春蘭、私に二度同じことを言わせる気?」
春蘭「はう……わ、わかりました」
華琳「悪かったわね。この子も悪気があったわけじゃないのよ」
烈矢「別に構わねえよ。そんで、結局何人だ?」
秋蘭「三人だ」
烈矢「了解。そんじゃ、奥の席がちょうど空いたからそっちに座ってくれ。注文するものが決まったらそこに置いてある鈴を鳴らしてくれれば俺か女将が来るから」
華琳「わかったわ」
説明を終えると烈矢は厨房の方に消えていき、華琳達は案内された席に座り、採譜を開いた。
三人は食事を始めると色々なことに驚いた。
華琳「あの男、どうやら本当にこの大陸の人間ではないようね……こんな料理見た事もないわ。秋蘭はどう思った?」
秋蘭「私も華琳様と同じ意見です。あの『はんばーぐ』や『お好み焼き』、『肉じゃが』といった料理は大陸中を探しても恐らく見つからないでしょう」
華琳「同感ね。それにあの男の腕も中々のものだったわ。あれらの料理はどちらかと言えば家庭料理の印象が強かったわね」
秋蘭「ええ、けして高級食材を使っているわけではないのにこれだけの完成度……初めて食べた事を差し引いてもかなりの腕かと思います」
華琳「中々面白そうな人材ね。正直、何の能力も持たない能無しだったら都から追放してやろうと思っていたけど……」
秋蘭「それでは華琳様……」
華琳「ええ、あの男が欲しくなったわ……でも」
秋蘭「何か問題でも?」
華琳「いいえ、問題はないわ。この場合、問題というよりも好奇心と言ったほうが正しいわね」
秋蘭「好奇心……ですか」
華琳「ええ、折角我が陣営に迎え入れるんですもの。あの男の武の方も知っておいて損はないと思わない?」
秋蘭「……確かに体格的には恵まれていると思いますが、我が陣営で活躍できるほどの武を持っているとは思えませんが……」
華琳「私もそこまで期待はしていないわよ」
秋蘭「はあ……それではどのようにしてあの男の武を計るおつもりなのですか?」
華琳「春蘭をぶつける」
秋蘭「なっ!!」
華琳の言葉に秋蘭は思わず声を上げて驚愕する。
秋蘭「それは危険すぎます!あの男に姉者をぶつけるなんて兎と虎の戦いに等しい!あの男を殺す気ですか、華琳様!?」
華琳「……何を言っているの、秋蘭?」
秋蘭「何って……」
華琳「確かに私はあの男の武に期待などしていないわ。でもね、私は別にあの男を料理人としてわが陣営に迎え入れるわけではないの。あくまで我が覇道を歩むための礎―――『天の御遣い』として私の元に置くつもりなのよ」
秋蘭「天の……御遣いとして?」
華琳「そうよ。最初は占いなんて馬鹿馬鹿しいと思っていたけど、あの男の身なりや知識があれば『天の御遣い』という風評を流し、占いを利用するには十分な材料だと思うのよ」
秋蘭「…………」
華琳「でも『天の御遣い』を名乗らせるからにはそれなりの威厳―――神格とでも言うのかしら?そういったものが必要になるのよ」
秋蘭「…………」
華琳「それをこの乱世で手っ取り早く表すには武を見せつけることこそが最も簡単で、最も明確な方法だということは秋蘭もわかるわね?」
秋蘭「……はい」
華琳「だからこそ早いうちにあの男の実力を知っておく必要があるの。春蘭にあっさり殺されるような奴だと後々私達の首を絞めることになりかねないからね」
秋蘭「華琳様の仰りたいことはよくわかりました。そこまでのお考えがあるのなら私から言う事はありません」
華琳「ふふっ、ありがと。それでは早速行動に移りましょうか」
そう言うと華琳は鈴を鳴らし、烈矢と店の女将を呼びつけた……
烈矢「そんで?女将さんまで呼びつけて一体何の用だよ?」
鈴の音に呼ばれて来た烈矢は華琳達に問う。
女将「こら、赤羽ちゃん!お客様に失礼でしょう?お客様は神様だっていつも言って―――」
華琳「構わないわよ、店主。あなた達を呼びつけたのは他でもない。噂の『天の料理』、どれも素晴らしく大変美味しかったわ。特に食後の『ぷりん』は今までに食べた事のない食感でとても気に入ったわ。食事をしていて『楽しい』と思えたのは久しぶりだわ」
烈矢「そ、そうか?そう言ってもらえると頑張って作った甲斐があるぜ」
華琳の真っ直ぐな賛辞に烈矢は思わず、朱に染まる頬を掻く。
自分の料理が褒められたことが嬉しかったのか、その後も続く賛辞に烈矢の頬は緩みっぱなしだった。
華琳は賛辞を終えると烈矢に問いかける。
華琳「ところで、あなた……確か赤羽と言ったわね?この店にはいつごろから働いているの?」
烈矢「ん?ああ、この店には五日ほど前だよ。荒野の真ん中で野垂れ死にしそうだった俺を女将さんが助けてくれたのがきっかけで今はここの料理人として働いている」
華琳「五日前?では、それ以前はどこに住んでいたの?まさか荒野の真ん中で野宿をしていたわけでもないでしょう?」
烈矢「さすがに野宿はないな。ていうか、それ以前は俺この世界にいなかったし……」
華琳「はあ?」
烈矢の言葉に華琳は開いた口が塞がらなかった。
華琳「あ、あなた……自分の言っていることが理解できているの?そんなにわかには信じられない話をこの私に信じろと?」
烈矢「は?別に信じなくても構わねえぞ」
華琳「……何ですって?」
烈矢「いきなりこんな話を信じろって方が無理あるからな。信じてくれる奴だけ信じてくれれば俺は良いと思ってる。だから別に信じようが、信じなかろうが、それはあんたの自由だよ」
烈矢のあっけらかんとした物言いに、華琳はしばし思考する。
華琳「……いいわ。そこまで言い切るのなら、一応信じてあげる」
烈矢「ありがとよ」
華琳「では、話を続けるわよ。『天の御遣い』―――であるあなたは……今後一体どうするつもりなの?」
烈矢「いきなりそんな大層な名で呼ばれるとは思わなかったから正直反応に困るところだが……その質問に答えるなら至って簡単だ」
華琳「言ってみなさい」
烈矢「一つ目はこの店の女将さんに恩返しをすること、そして二つ目は―――俺の親友二人を探すこと……かな」
華琳「ふぅん……あなたみたいな強面の人間にも親友なんてものがいたの?少し意外だわ」
烈矢「あんた……初対面のくせにいきなりキツイこと言うのな」
華琳「ふふっ、気に障った?」
烈矢「……ちょっとな」
華琳「ふふっ、へこんでるあなたって意外と可愛いのね」
烈矢「お、男に向かって可愛いとか言うな!恥ずいだろうが……」
華琳に可愛いと言われた烈矢は顔を真っ赤にして俯いた。
その反応を見ていた華琳は愉快そうにくすくすと笑っていた。
華琳「まあ、このくらいで勘弁してあげるわ。それで、話は変わるのだけど―――」
先ほどまで可愛らしく微笑んでいた少女の顔はその一言をきっかけに神妙な面持ちに変わった。
そして、少女は続く言葉で衝撃的な一言を口にする
華琳「あなた……この『曹孟徳』の下で働く気はない?」
その瞬間、店の中は圧倒的な覇気によって覆われた。
少女の一言に店の中は騒然とした。
目の前の少女が―――
目の前の圧倒的な存在感を発している少女が―――
あの『曹孟徳』であることに店の中に動揺が走った。
誰もが緊張して口を開く事が出来ない中、一人だけ―――
烈矢「へえ〜、あんたがあの曹操孟徳か……思ったよりも小さいんだな」
曹孟徳の目の前にいる赤羽烈矢が口を開いた。
春蘭「貴様!華琳様に対して何と無礼な―――」
華琳「待ちなさい、春蘭!!」
春蘭「か、華琳様!?」
華琳「私は別に気にしていないわ。だから、剣を収めなさい」
春蘭「で、ですが……」
華琳「お願い」
春蘭「わ、わかりました」
華琳「悪かったわね、赤羽。あの子は夏候惇、後ろの子は彼女の妹の夏候淵。二人とも私の優秀な部下達よ。宜しくしてあげて」
烈矢「別に気にしてないけどよ……俺はあんたの部下になるなんて一言も言ってないのによろしくする必要があるのかい?」
華琳「ふふふっ、言ってくれるわね……」
烈矢「大体あんた、人の話聞いてたのか?俺は女将さんに恩返ししなきゃいけないし、ダチも探さなきゃいけねーから色々と忙しいんだよ。あたるなら他の奴にしてくれ」
華琳「あら、そんなこと言っていいのかしら?」
烈矢「……どういう意味だ?」
華琳「あなたのその友人捜し……私達が手伝ってあげてもいいのよ?」
烈矢「…………」
華琳「何だったらこの店も私の力で都一番の料理屋にすることだって可能よ。ついでにあなたには破格の地位と名誉を約束する」
烈矢「………………」
華琳「どう?悪い提案ではないと思うけど」
烈矢「……一つ、聞きたいことがある」
華琳「どうぞ」
烈矢「そこまでしてあんたに何の得があるんだ?」
華琳「簡単よ……あなたにはそれだけの『価値』がある。ただ、それだけ……」
烈矢「その『価値』っていうのは料理のことか?」
華琳「基本的にはそうだけど……それだけでもないのよ」
烈矢「他にも何かあるのか?まぁ、大方予想は出来てるんだけどな……」
華琳「あら、それは話が早いわね。では、試しにその予想している答えを言ってみて頂戴」
華琳の試すような視線に不快感を覚えながら、烈矢は予想した答えを言う。
自身のこれからを左右する答えを―――
烈矢「俺を……さっき言っていた『天の御遣い』とかいうのに仕立て上げて利用する……違うか?」
烈矢の答えに華琳は大声で笑い出した。
愉快そうに
心の底から愉快そうに笑った。
華琳「あははははっ、中々頭が回るじゃない、赤羽?」
烈矢「別に大した事じゃねーよ。権力ある奴に利用されるなんて元居た世界では日常茶飯事だったからな。その手の思惑には敏感なんだよ」
華琳「体験談……ということだったわけね」
烈矢「その通り」
華琳「まぁ、いいわ。それで、結局私の申し出を受けるの?受けないの?」
烈矢「……受けないと言ったら?」
華琳「その時は別に何もないわよ……ただ、あなたが断ったことで、もしかしたらこの店の『商売がし辛くなる』かもしれないわね」
そう言うと華琳は妖しげに笑った。
明らかに挑発したような笑いで烈矢を見つめてくる。
華琳「それで返事は?」
少女は勝ち誇った目をする
何でも自分の思い通りにしてきた勝者の目
私が言ってるのだから黙って従えという言外の命令
普通ならば、この段階に入った時点で曹操に軍配が上がっているだろう
そう……普通ならば
烈矢「……気に入らねぇ」
華琳「……え?」
口にされた答えは否定の言葉
華琳はその言葉が信じられないというように目を丸くしていた
華琳「悪いけど……もう一度言ってくれないかしら?」
烈矢「気に入らねぇって言ったんだよ、ツインドリル」
華琳「ツイン……ドリ……ル?」
烈矢「さっきから聞いてれば言いたい放題言いやがって……てめーは俺をナメてんのか?」
華琳「嘗めてなんかいないわよ。私はむしろ頭を下げて頼んだつもりなのだけれど?」
烈矢「それが嘗めてるって言ってんだよ。だから、金持ちは嫌いなんだ。頭を下げたところで、高いところから降りないと見下ろしていることに変わりがないと気付かない」
華琳「…………」
烈矢「『私の下に就かなければこの店を潰す』。言い換えれば、あんたはこう言ってるんだぜ?そんな態度を取られて『はい、そうですか』って言う馬鹿がどこにいる。俺は犬、猫じゃないんだよ。餌を与えて、尻を蹴飛ばせば言うこと聞くと思ったら大間違いだ」
華琳「…………」
烈矢「何より―――俺に対してだけ脅迫するならまだしも……女将さんの大事にしているこの店を人質にして俺を屈服させようなんて、あんた上に立つ者として恥ずかしくないのか?」
華琳「……この私に説教するつもり?」
烈矢「説教?『この世は私を中心に回っている』なんて勘違いしている愚か者に説いてやるほど人間できてねーよ、俺は」
明らかに馬鹿にした烈矢の物言いに、華琳の目は鋭いものへと変わっていった
華琳「……私の頼みを断るだけならまだいいわ。だけど、暴言は許さない。謝罪なさい……今この場で」
華琳は右手を上げ、自身の刃に合図を送る
春蘭と秋蘭はその合図にすぐさま反応し、烈矢の左右に回り込んだ
春蘭は大剣を、秋蘭は矢尻を烈矢の首筋にあてる
店の中にいる客達は皆動揺の声を上げていた
謝るしかない
謝らなければ殺される
皆がそう思い、固唾を飲んで見守っているのに窮地に立たされている烈矢にはまるで謝罪をする気配は見当たらなかった
誰もが口を開けなかった
そのわずか数秒のやり取りがまるで永遠に続くのではないかと錯覚してしまうほどの緊張感が店内を漂う
そんな中、その重苦しい空気を打ち壊したのが、他でもない華琳だった
華琳「なぜ……謝らないの?」
神妙な面持ちで華琳は烈矢に問いかける
華琳「殺されないと思ったの?」
烈矢「…………」
華琳「それとも死ぬ覚悟が出来ていたとでも?」
烈矢「…………」
華琳「……何とか言ったらどうなの?」
遂には懇願するかのように問いかける
その反応を見た烈矢は深い溜息を吐くと華琳の問いに答える
烈矢「……勝てるからだ」
華琳「!!!」
店内にどよめきだす。そんな周囲の反応を無視するかのように烈矢は話を続ける
烈矢「こんな二人で俺を本当に殺せると思うならやってみるがいい」
春蘭「き、貴様ぁ……」
烈矢「言っておくが、俺は怒ってるんだぜ?いきなりやってきて、食事中の他の客の迷惑を考えず、自分勝手に取引とも言えない話を持ちかけるあんた達の態度に……」
華琳「…………」
烈矢「初めから本気だと言うのなら……やればいい―――」
華琳・春蘭・秋蘭「!!!」
瞬間―――
烈矢の背後にとてつもなく大きな虎が出現し、曹操達に溢れんばかりの猛気を叩きつけていた
それは達人だからこそわかる感覚
相手の実力の底を測るためにも必要な重要な感覚
出現した虎が烈矢の実力を表しているものだということは曹操を始め、夏候姉妹にも理解できていた
そして同時に悟ってしまった
目の前の―――
目の前の男は―――
正真正銘の―――
『化物』だということを
烈矢の雰囲気が明らかに変わっていた
先ほどまでただの―――
どこにでもいる普通の青年にしか見えなかった男が
突如として獣に成り変っていた
鋭い眼光は正に獣と呼ぶに相応しい殺気を帯びており、今にもこちらに襲い掛からんとする雰囲気だった
しかし、負けるわけにはいかない
彼を手に入れるためには多少の危険は覚悟の上だ
それだけの『価値』が彼にはある―――あったのだ
私の考えは確信に変わった
彼は強い
絶対に強い
恵まれた体格
私の考えを読み取る思考力
そして何より、この曹孟徳に喧嘩を売るという無謀とも言える規格外の胆力
その全てが備わっていて弱いなんてありえない
知りたい……
是が非でも知りたい
彼の実力を
彼が隠そうとしている実力を
是が非でも知って、そして手に入れたい
しかし、焦ってはダメ
彼にこちらの真意を悟られてはいけない
やっと挑発に乗ってくれたのだもの
慎重に
そして大胆に
彼の神経を逆撫でする
彼の実力を確認するために
そして、その実力を街の皆に見せ付けるために
だからこそ今しかない
彼は十分に臨戦態勢だ
今こそ指すべきだ
彼を手に入れる最上の一手を
華琳「ならば、望みどおりにやってあげるわ……」
城内の闘技場で二匹の獣が相対していた
一匹は大剣を携え、相手である赤羽烈矢という名の獣を睨み付けていた
春蘭「逃げずによく来たな、赤羽とやら!」
吼える春蘭
烈矢「……喧嘩と新製品の料理器具は買うように心掛けているんでね」
春蘭「ふんっ!いい度胸だな」
二人がそんな問答をしていると城の中から華琳と秋蘭が姿を現し、声高々に宣言する
華琳「それではこれより我が国最強の武人、夏候惇元譲対『天の御遣い』赤羽烈矢の試合を開始する!なお、この試合の勝者には敗者を『自由にする権利』を得られる特別試合とする!双方、構え――――」
二匹の獣は構えを取る
華琳「始めぃ!!」
瞬間―――
先に動いたのは春蘭だった
春蘭は2m以上あった間合いを一足跳びで0にする
烈矢との距離を0にしたことで春蘭は己が持つ大剣を振りかぶり
春蘭「死ねぇ!!!」
烈矢の頭上に振り下ろした
しかし、春蘭が振り下ろした刃は烈矢の頭を捉えることはなかった
春蘭「なっ!?」
烈矢を見失った春蘭は動揺のあまり辺りを見回す
しかし、春蘭は動揺をしてはいたが、自分の勝利を疑ってはいなかった
見失ったといっても自分が油断していただけ
本気になればあんな男、物の数ではない
そう思っていた
この時までは―――
烈矢「後ろががら空きだぜ?でこっぱち……」
後ろから囁かれる猛獣の一言に冷や汗を浮かべる、この時までは……
なぜ私は倒れている?
私の刃は確かに奴の頭を一刀両断したはずだ
なのに、なぜ私が倒れている?
春蘭「痛っ……!」
背中が痛む?
ということは背後からの攻撃を受けたのか?
いつの間に
訳がわからない
この私が追いきれないほどの速さで動いたというのか?
そんな馬鹿なことがあってたまるか!
私は華琳様の剣!
華琳様の矛なのだ!
こんな情けない敗北が許されるはずがない!
動け!
動け、私の足!私の体!!
立ち上がって、奴の喉笛を噛み千切るのだ!
春蘭「うがぁぁぁぁぁああああ!!!」
春蘭は立ち上がった
震える足でなんとか立ち上がり、自分を地面に這いつくばらせた男を睨み付ける
睨み付けられた烈矢は意外そうな顔で春蘭を見る
烈矢「意外だな……まさか、あれを喰らって立ち上がるのかよ?いくら手加減したからって十秒以上は足が言う事を聞かないはずなんだが……」
今にも倒れそうな体を大剣で支え、自分を嘗めきっている烈矢に向かって言い放つ
自分の誇りを守るために
春蘭「私は……私は曹孟徳様の剣だ!貴様などに……貴様のような男に負ける私ではない!」
そして、春蘭は駆ける
ダメージを負ったせいか、全開時の半分も速さは出ていなかったが、それでも通常の戦闘には十分すぎるだけの力強さは残っていた
春蘭は思う
勝てぬまでも、せめて一太刀と
烈矢は焦っていた
傍から見ていれば、烈矢が春蘭の斬撃を余裕で避けているだけのように映るだろう
しかし、実際はそうではなかった
刃自体は問題ではない
烈矢が押されていたのは春蘭の気迫
この試合に賭ける純粋さに押されていたのだ
彼女の純粋さ
主である曹操に対する忠義
主の望みを叶えるというただ一つの目的のために己が刃を奮う
その愚直なまでの心根はとても純粋で
とても真っ直ぐだ
その一点に関して言えば、烈矢は彼女に尊敬の念を抱いていた
だが、
烈矢「だからって、それで『何でも許される』っていう理屈には……ならないんだよ」
だから知って欲しい
人の痛みというものを
心の痛みというものを
君にも
そして君が仕える主にも
それを俺が教えてあげよう
『無抵抗』という相手の罪悪感を最大限に高めてしまう
『力無き者達』の究極の『暴力』を
二匹の獣が交錯する
地面にはおびただしい量の血が流れ落ちる
そのことがこの試合の終了を意味していた
大剣を持った女性が振り返る
今まで相手にしていた男の方へと振り返る
春蘭「……なぜだ?」
春蘭は静かに問いかける
春蘭「なぜ貴様は―――」
怒りを顕にして問いかける
春蘭「―――避けなかった!!!」
自分が最も許せない行為を行った、目の前の男に―――問いかける
そして、問いかけられた烈矢の額にはおびただしい血に染まった十字傷が深く刻まれていた
春蘭「赤羽ぁぁぁぁあああ!貴様、なぜ避けなかった!!」
春蘭の怒声は闘技場に木霊する
糾弾された烈矢は血に染まった顔を振り向かせ、春蘭に笑いかける
烈矢「どうだ、『無抵抗の人間』を斬りつけた気分は?」
ひどく悲しそうに
ひどく見下したような笑みで
春蘭に問いかける
春蘭「!!!」
春蘭は気付いた
烈矢の言葉の意味
自分が―――
自分達が街の人達にしてしまったことを
『力無き者達』にしてしまった大罪を
気付いてしまった春蘭は揺らいだ心で呟いた
春蘭「私達は民を守る立場でありながら―――」
華琳「民の笑みを奪っていた……と言うわけね」
呟く春蘭の言葉を遮るように華琳が烈矢達の前に降りてきた
華琳「さぁ、話してくれない?なぜこんな真似をしたのかを」
華琳は烈矢に問いかける
この試合の真意を
そしてその言葉に応えるように烈矢は淡々と語りだす
烈矢「お前らの根っこを知りたかったからさ」
華琳「根っこ?」
烈矢「ああ、『無抵抗な人間』を無慈悲にも切り殺せるような腐った根っこの持ち主かどうか……この試合で確認したくなったんだ」
華琳「私を試したというの?」
烈矢「いや、そこまで考えていたわけじゃない。ぶっちゃけて言えば、この試合はマジでお前らを『壊して』やろうと思っていたよ。女将さんに迷惑掛けたんだ、そのぐらい当然だろ?」
華琳「思っていた……ということは心変わりすることがあったということね?」
烈矢「まぁな」
秋蘭「聞かせてくれんか?」
烈矢「そんな難しい事じゃねぇよ。ただ単に夏候惇の心根に感動した―――ただそれだけだ」
華琳「……春蘭の?」
秋蘭「……姉者の?」
華琳「どういうこと?」
烈矢「始めはただの猪武者かと思ったんだけどよ……戦ってるうちに色々わかった。中々どうして、主想いのいい部下だ」
烈矢はけらけらと笑った
烈矢「俺との実力差……最初の一合で十分わかってたはずだ。『勝てない』ということを」
春蘭「…………」
烈矢「なのに、こいつは向かってきた。恐怖を抑えつけて、目に泪を浮かべながら、それでもひたすら主であるあんたのために、こいつは自身を鼓舞して剣を振るった。その志は、その想いは、とても純粋で、とても尊いものだ。わかるか?こいつは民のために剣を振るったんじゃない。『あんたのため』に剣を振るったんだ」
華琳「…………」
烈矢「俺は感動しちまったよ。ただ一人のために剣を振るう武人がいることに―――そして、そんな武人に忠誠を誓ってもらっている……いや、愛されているあんたに、俺は興味を持っちまった」
華琳「…………」
烈矢「だからわかったのさ、あんたが女将さんの店を潰す気なんか初めからなかったってことが。なあ……あんた―――」
華琳「…………」
烈矢「初めからこうなることわかってたろ?」
華琳「…………ぷっ!」
烈矢「ん?」
華琳「あはははははははははっ!」
華琳は大声で笑い出した
そのことが烈矢の言っていたことが正しいということを物語っていた
華琳「よく気づいたわね?まさかここまで頭が回るとは思わなかったわ」
秋蘭「華琳様……では、こやつの言うことは……」
華琳「ええ、大正解よ」
秋蘭「そうだったのですか……ですが、なぜ私にもお教えくださらなかったのですか?私はてっきり……」
華琳「ごめんなさいね、秋蘭。できればあなたにも言っておきたかったのだけれど、そうすると彼にも気付かれてしまうと思ったのよ。だから伝えられなかったの」
秋蘭「そうだったのですか」
烈矢「そんで?思惑通りに事を運んだ曹操様はこの後俺にどうして欲しいんだ?」
華琳「そうね、もう隠す必要もなくなったのだから……改めてお願いしようかしら」
そう言うと華琳は烈矢に向けて深々と頭を下げた
華琳「赤羽烈矢―――改めて、あなたに我らが魏の『天の御遣い』となって私の覇道の手助けをして頂戴」
烈矢「なら一つ問う。あんたは何のために覇道を歩む?」
華琳「この腐った世を正すため。そのために私はこの大陸の王となる」
烈矢「迷いはないのか?」
華琳「一切ない」
烈矢「愛する者を失ってもか?」
華琳「その悲しみすらも背負ってみせる」
言葉通りの一切迷いのない瞳
なぜ、そんな瞳になれる
なぜ、そんなことが言い切れる
未来など誰にもわからないというのに
いや、違う
彼女は信じているのだ
己の力を
信頼する部下達を
そして己の信念を
面白い
ならば最後まで見届けてやろう
一刀達を探すついでに
この誇り高い覇王様の生き様を
しっかりこの目に焼き付けてやろう
烈矢「いいだろう。この赤羽烈矢―――今日より『天の御遣い』として曹孟徳に力を貸す事をここに誓おう」
そう言って烈矢は華琳の方に自身の右手を差し出した
華琳はその手を驚いた表情で見つめると
華琳「ありがとう……私のことは華琳と呼んで。よろしくね……烈矢」
この世のものとは思えないほどの美しい微笑を浮かべた少女は烈矢の右手をぎゅっと握り締めた
烈矢「……」
少女の小さな手を握り締めたまま、烈矢は自身の単純さに呆れ果てて、火照る顔を空いた左手で覆い隠した
やべ……惚れちまったかも……
あとがき
どうも勇心です
あいかわらず投稿遅くてすいません。
読んでくださる方々にはお待たせしましたといっておきます
まあ、今回の内容はひどいですね
魏ファンの方から殺されるんじゃないかとかなりヒヤヒヤしております;
とまあ、ネガティブ発言はこのくらいにして次回予告しちゃいます
次回は
一刀視点か
兵衛視点か
烈矢視点でやります
つーか、なんも決まってねーーーー(汗)
ということで、ぶっちゃけどこからがいいですか?
なんてリクエストなんて1万年と2千年ほど早い暴挙に出ておりますが、軽い気持ちで言ってくれるとありがたいです。皆様との交流を深めたいと思ったためにやってしまった暴挙なので、どうか平にご容赦を
それでは次回もよろしくお願いします
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どうも勇心です 投稿遅くなってすみません 今回は魏の話ですが、魏ファンの方にはツッコミどころ満載のないようだと思いますが、どうか寛大な心でお読みください |
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骸骨 様 コメントありがとうございます!おおっ!?本当だミスってますね。指摘どうもです。烈矢の料理好きはちょっとした個性を出したくて付けてみました。気に入っていただければ幸いです(勇心) 15p「お前らの根っ子」→「お前らの根っこ」では?烈矢は料理できたんですね。というか料理好き?リクは、それぞれの拠点話を見てみたいです。烈矢のお料理教室は・・・流流が来てからかな。(量産型第一次強化式骸骨) 西湘カモメ 様コメントありがとうございます!仰りとおり烈矢は春蘭の忠誠心に負けました。自分より明らかに強い烈矢に対して、それでも逃げずに立ち向かった春蘭の華琳に対する気持ち……その辺の理由も含めて拠点話、考えてみようと思います。ご意見ありがとうございます(勇心) ふむふむ。春蘭の華琳に対する忠誠心に負けた?のか。この後三人が戦場で出会う時彼らが選ぶ選択肢しだいでは、血で血を洗う事になりそうだ。次回は其々の拠点話をリクします。主に日常的なモノがいいな。(西湘カモメ) |
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