三題噺 お題:イャンクック・マンデリン・甲子園 |
●三題噺 お題:イャンクック・マンデリン・甲子園
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ぼんやりと窓の外を眺めていると、どこからか飛んできた蝉がコツンとガラスにぶつかって、それからまた青い空に吸い込まれるようにしてどこかへ飛んでいった。
「おいY、よそ見すんなよ!」
Wが手元から目をそらさないまま、僕に文句を言う。
「もう瀕死なんだからそっちで捕獲しておいてよ」と僕は言葉を返す。
「や、俺罠もってねーし」
「おっけ」
喧しく響く蝉の声も、燦々と照りつける太陽も、全てを焦がすような熱風も、この窓ガラスを越えて入ってくることは出来ない。頑張って入ってきたとしても、それはせいぜい「ああ、今は夏なのだな」と感じさせる程度にしかならない。
ヒンヤリとした空気で満たされたWの部屋に、ゲーム機のボタンを操作する音と、ゲームをクリアした事を報せるファンファーレが鳴り響いた。
「ちょっと休憩すっべ」
そう言ってWはゲーム機をベッドに放った。僕もそれに倣ってゲーム機のスイッチを切る。
途端、蝉の声が少しだけ部屋の中に入り込んできた。少しだけ、部屋の中が夏になる。
カラン。
テーブルに置いたアイスコーヒーの氷が音を立てる。先ほどWの父親が持ってきてくれたものだ。僕とWはゲームに夢中になっていて、まだ手付かずのままだった。グラスに浮き上がった水滴がテーブルを濡らしている。
「苦っ!」
Wがグラスを持ったまま苦い顔をした。僕も一口飲んでみると、なるほどガムシロップが入っていない。辺りを見回しても無いので、Wの父親が出すのを忘れたのか、それともブラックで飲めということなのかもしれない。
僕もコーヒーをブラックでは飲んだことがなかったので、思わず渋い顔になってしまった。
きっと、僕らにはまだ早い味。
「お、大人の味、だね」
「とーちゃんいつもこうなんだよなぁ。ミルクとか砂糖よこせっつってもそのまま飲めっていうんだ。ブラックが一番マンダリンの味を楽しめるんだぞとか言ってさ。にげーっつーの!」
「マンダリン? それじゃオレンジジュースだよ。マンデリンでしょ」
「こまけーな、どっちでもいいよ」
そう言いながらWはリモコンを操作してテレビをつけた。
歓声。
吹奏楽部の演奏。
聞きなれた金属音。
テレビに映ったのは高校野球だった。
そこには夏があった。
僕らが辿りつけなかった、夏が溢れていた。
「あ」
「あ」
僕とWの声が被る。Wは反射的にリモコンを操作しようとして、しかし思いとどまったのかリモコンをベッドに放り投げた。それが先ほど投げたゲーム機に当たって軽快な音を立てたが、Wはそれに気づいていないのか、それとも気にしないのか、テレビに映る夏を苦い顔で眺めていた。
場面は9回表。
点差は2対18。
ツーアウト、二塁。
僕は自分が無意識に渋い顔をしていることを自覚する。
彼らは必死に追い付こうと、一所懸命に追い越そうと、がむしゃらに頑張っている。
いつかの僕達のように。
画面の中に、僕とWは『僕達』を見ていた。
「もう無理だって、諦めろよ」
Wの渇いた声と同時に乾いた金属音が甲子園に響く。
内野ゴロ。
打者は走者に。
疲れているのが一目見て分かるほどに、走るフォームが崩れている。
「はっは、イャンクックみてーだな」
Wはそう言って笑おうとしたけれど、声はやはり乾いていた。
ショートがしっかりと球を処理し、送球がファーストのグローブに入る直前で、いつの間にかベッドに移動していたWがテレビのリモコンを操作してテレビを消した。
「よっしゃ、Y、ゲームの続きやろうぜ!」
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僕達はまだ子供だ。
今はこうしてゲームをすることしか出来ない。
苦い経験から逃げることしか出来ない。
でも、いつか大人になったら、そんな苦い経験も思い出になって「ああ、そんなこともあったね」と笑えるようになるだろうか。
カラン。
グラスの氷が夏の音を立てる。
少しでも早く大人になりたくて、僕はアイスコーヒーを一気に飲み干した。
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ザ・インタビューズで頂いた三題噺のお題です。ありがとうございます。 ザ・インタビューズ:http://theinterviews.jp/itukage |
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