真・恋姫†無双〜愛雛恋華伝〜 38:既知との遭遇 其の四 |
◆真・恋姫†無双〜愛雛恋華伝〜
38:既知との遭遇 其の四
洛陽において、漢王朝を根底から変えかねないような騒動が起こっていた頃。
幽州・薊。
ここは平穏そのものであった。
州牧である公孫?が洛陽へ出向いている間も、幽州の政務に携わる官吏文官らには、やらねばならないことが日々変わらず発生する。
普通ならば、最終的な決定権は州牧にある。だがそこは鳳灯仕込みの文官たちである。
あれこれと能力を底上げされ続け、それらを遺憾なく発揮できるような場も与えられている。
「彼ら彼女ら同士が合議をした上での決定なら、ある程度の裁量で動かしても構わない」
そんな体制を鳳灯は形にしており、その運用を公孫?に認めさせていた。
これによって、なんでも抱えがちな公孫?の仕事量が大幅に改善されることになり、配下の者にしても重要度の高い仕事を任されることで質の向上に繋がるという、良い循環が生まれていた。州牧の不在という中であっても、これといった面倒事が起こるでもなく平穏な日常が流れている。
軍部においては、これまた日常の如く、関雨が日々張り切って将兵らを鍛えている。
鍛えているという表現も、あくまで関雨から見た印象であって。
一般将兵らの目線からみれば、それはまさにシゴキとしかいいようのないものだという。
さらに時折、遊びに来るような感覚で呂扶が参加してくる。
となるとどうなるか。
当然のように、立ち会った将兵らはことごとく吹き飛ばされていき、その身を流星と化し燃やし尽くしていく。
それでも死なずに生還してくる辺りは、呂扶の手加減具合が絶妙なこともあろうが、なにより公孫軍将兵らの頑丈さが効を奏しているといっていい。これまでのシゴキいやさ厳しい修練の賜物であろう。
恨むべきか感謝すべきかは微妙なところだが。
そんな厳しい修練も、関雨が「まだいけそうだな」と判断するごとにどんどん激しさを増していく。
元来であれば、関雨と呂扶に対してある意味で緩衝材のような役を担っていたのは、趙雲であった。手段はともかくとして、修練の内容が行き過ぎない内に歯止めをかけていたことは事実である。
だが彼女のいない今、関雨の修練激化を止められる者は誰もいない。
関雨もさすがに、将兵らが潰れないよう気を配ってはいる。だがそんなものは、シゴキを受ける側にしてみればなんの慰めにもなりはしない。
一般将兵の面々は、息の抜きどころのない自己鍛錬の毎日に、心身共に疲れが抜けないのが正直なところであった。
そんな彼ら彼女らを不憫に思ったのは、一般人代表である北郷一刀。
毎日毎日お疲れさま、という慰撫の気持ちを籠めて。彼は公孫軍の将兵ら全員を店に招待し、酒に料理にとふんだんに振舞った。話を聞き込んだ文官勢までもが参加したこともあり、ある程度の自制は求められたものの、その日はとんでもないドンちゃん騒ぎが繰り広げられた。普段の憂さを晴らさんが如き盛り上がりに、給仕に借り出された関雨ひとりだけが心なしか表情を強張らせていたとか。
なお一刀は後日、修練を終えた将兵らに対して会計時に割引を行うと通達。加えてウエイトレス姿の関雨将軍を可能な限り投入することを約束した。
公孫軍将兵らはこれに心から歓喜する。
動きに動き力を使い果たした末の、空腹感や喉の渇き。本能ともいうべきその渇望を、割安で満たしてくれる。
おまけに、つい先ほどまで孤高の存在よろしく君臨していた武の鬼将軍・関雨の給仕を受けることが出来るのだ。
それらは身とか心とかいろいろなものを満足させ、明日への活力をもたらした。
公孫軍の彼ら彼女らは、毎日のように酒家に顔を出すようになり。その都度、鍛錬による疲れや日々の憂さを晴らして帰っていく。
そんな様を眺めつつ、一刀は忙しく鍋を振るう。緩く、笑みを浮かべながら。
ちなみに。
後日、幽州に戻った趙雲はこの話を聞きつけ、では自分もと一刀にたかりにかかったのだが。
彼は、趙雲のメンマ代だけは頑なに通常価格を貫いたという。
「あの人は甘やかしちゃ駄目だ。スキを見せると骨までしゃぶりついて来るに違いない」
「本人を目の前にして、そのいい様はあんまりではなかろうか」
「時々エサをチラ見せするくらいで丁度いい」
「猫ですか? 私は」
「……自分の行動に自覚がないというのも考え物だな」
一刀と趙雲のやり取りにを傍目に、溜め息を吐く関雨が居たとか居なかったとか。
幽州そのものに変わったことは特にない。だが北郷一刀という個人には、様々な変化が現れている。
まずは、彼自身が遼西から薊へと移住したこと。
それに伴い、公孫?の後押しや遼西の商人たちの援助もあって、新しく店を開いた。遼西の店は一緒に働いていた料理人に譲り渡している。
造りもしっかりとしたものになり、店の規模も大きくなった。さらに軍部の将兵が常連となり、雲の上の存在であるはずの将軍が給仕姿で奔走するというのも話題となって一般客も増えた。話題が話題を呼び、店はこれまで以上に繁盛するようになり万々歳な状況である。
変化はそればかりではない。店以外においても、今の彼は思いのほか多忙の身である。
彼は、料理の弟子を数人取ったのだ。
いや、正確には取らされたといった方がいいのかもしれないが。
「兄様、この味付けはこんな感じでいいんですか?」
「……ふむ、いい塩梅だ。さすがだな流琉」
そういって、彼女の頭を撫でてやる。一刀のそんな仕草を素直に受け止め、えへへー、と、嬉しそうに笑う少女。
見た目はまさに少女、といっていい。実際に年齢も低く、背丈も一刀の胸に届くかどうか。若いというよりも幼いと呼ぶ方が妥当だろう身体の細さでありながら、自身の顔の数倍はあろう大きな鍋をいとも簡単に振り回す胆力を持っている。
彼女の名は、典韋。
かの曹操に仕える親衛隊のひとりで、傍目には幼い少女であっても、兵を指揮する立場にある生え抜きの将軍位だ。
そんな有力者がなぜ、わざわざ幽州に赴いて、ただの料理人の弟子などをしているのか。もちろん理由がある。
ことの起こりは、曹操ら一行が陳留に帰還した頃。彼女が張譲に呼ばれ中央へと上洛する少し前に遡る。
なにかの際に一刀の料理に話が及び、典韋がそれに興味を持った。なんでも、料理の様を口にする曹操が実に幸せそうな顔をしており、同行していた夏侯惇、夏侯淵、荀ケまでが同じような表情をしていたという。
さぞ素晴らしい料理だったに違いない、と、典韋は四人に話を聞き。味の再現を試みるも、なかなかうまくいかずに挫折する。
どこか琴線が触れたのか、どうにか味の再現を、と奮闘する典韋。それに促されるように、定期的な試食会が開かれるようにまでなる。夏侯惇の大雑把な意見と、夏侯淵の具体的な意見、それを元に作られた料理を曹操と荀ケが新たに違いを指摘するといった大掛かりなものになっていった。彼女の親友である許緒も試食に混ざるようになり、やがて味そのものは文句の付け所のないものとなるも。
「確かに美味いが、なにか違う」
という感想を一様にもらうことに。
そんなことをいわれても、比較対象がまったく未知のものなのだからどうしようもない。
納得がいかず悩んでいる典韋を見て、曹操が鶴のひと言を発する。
「それなら、幽州まで学びに行く?」
典韋はその言葉を真に受け、本当に幽州・薊までやって来たのだ。
その経緯を聞いた際、一刀が本気で頭を抱えてしまったのも無理はないだろう。
なにを考えてるんだあのクルクルヘアーは、と口に出さず思っただけに留めたのは、彼だけの秘密である。
ともあれ、典韋を始めとした数人の料理人が一刀に教えを乞う形でやって来た。
彼にしても、特に秘密主義な訳でもない。食の豊かさが少しでも他に伝わるならば、むしろ願ったり適ったりである。彼はその弟子入りを快く引き受けた。
決して、彼女らの背後にいる曹操が怖かったわけではない。
「弟子入りを引き受けてくれるなら、次に会ったときは真名で呼んでいいわよ」という伝言を聞き、断ったらどうなるかと怖気づいたわけでは決してない。
必死にそう思い込む一刀であった。
経緯はどうあれ。今の一刀にしてみれば、働き手が増えてくれるのは渡りに船のことである。
忙しい時間帯はせっせと働いてもらい、客足が遠のいてくると、流琉を始めとした弟子たちに対し料理のレパートリーを披露する。その横で、自分たちでも実際に作ってもらうという形を取っていた。
ごく普通の、どこにでもあるような食材。それがたちまち、見たことも食べたこともないような料理へと姿を変えていく。
押しかけ弟子たちは、その様を見、口にして得た味に目を輝かす。
殊に典韋はそれが顕著だった。
目を星のように煌めかせる、という言葉の通りに、料理のひとつひとつを食い入るように見つめ、吟味し始める。そして、意地でも我が物にせんとばかりに、自分もまた鍋を振るい出すのだった。
同じ料理に携わる者として、よほどの衝撃を受けたのだろう。典韋は、一刀のことを"兄様"と呼び慕い、真名である"流琉"を預けるほどに懐いていた。
思った通りの味を出すことが出来、褒められた典韋は嬉々として料理の盛り付けを進める。
そんなところに、狙い済ましたかのごとく新たな客が来店する。
「一刀さん、食事をお願い出来ますか?」
「……お腹すいた」
関雨と呂扶である。
この日のふたりは、関雨は主に内向けの政務にかかり、呂扶はその代わりとして軍部へと足を運んでいた。
共に仕事を一区切りつけたのだろう。店の最も混むであろう頃合を避け、ひと息吐くべくやって来た。
ちなみに。
鳳灯が洛陽へと向かった後、関雨は、一刀に真名を呼ばせている。
同時に、恋や雛里に負けていられない、と、関雨が一念奮起し、自身が"一刀"と呼ぶようになるまでのやり取りがアレコレあったりするのだが。
余談になるのでここでは触れない。
それはともかく。
公孫?が不在ということもあり、関雨もまた政務の一端に係わるようになっていた。
曲がりなりにも、以前の世界においては国政に携わっていたのだ。鳳灯ほどではないにしても、その実務能力は中々に高い。
そんな彼女が現在、軍部以外に手がけている仕事のひとつは、"警備隊の統括"。
治安維持を主目的とした隊を結成し、運営する。以前にいた世界で既に実践済みのものを、鳳灯と共に再び練り直し、多種多様な護衛を経験している一刀の意見も取り入れつつ、新たな形へと作り上げた。
彼女らはこれを、薊のみならず幽州全域に教え広めるつもりで居る。公孫?旗下で指導役を育て上げ、各地域に派遣する。その上で、当地にて更に人材の育成にあたるという形を布こうと目論んでいた。
そのあたりの割り振りなども、鳳灯から内容を引き継ぐ形で、現在は関雨が取り仕切っていた。
かつての遼西を始まりとして、公孫?の統治する地域の治安の良さは内外に良く知られている。曹操や賈駆といった一角の人物が、わざわざ視察に訪れるほどのものなのだ。その有用性を具に見て、あわよくば取り入れたいと考える者がいても不思議ではない。
殊に曹操は想像以上に、幽州が布く治安維持の方法を評価しているようだった。
彼女は同様の警備体制を導入することを決め、さっそくその雛形を作り出す。
更に新設した警備隊の責任者を、研修という形でを幽州へと派遣させていた。身をもって体験して来いということなのだろう。
派遣された人物は、姓は楽、名を進、字は文謙。紛うことなき、曹操の周囲を固める武闘派の将のひとりである。
警備隊の研修に関して応対した関雨は、こんなところに楽進が来るとは、と、非常に驚いた。
……典韋の件と、楽進の件。どちらの方が主要なものなのだろう。
そんなことを考えながらも、彼女は、幽州の警備体制について差しさわりのない程度に指導する。その後は実際に薊の警備隊に参加させ、自身の肌と頭で覚えてもらうといったところだ。楽進にとっても、頭よりも身体で覚えた方が実感出来るということで、警備のあれこれを吸収せんと毎日実務に努めていた。
関雨にとって、楽進もまた、いうなれば旧知の人物である。厳密にいえば別人だと分かってはいても、その人となりが同じように感じられるのであれば、新たに誼を通じることに抵抗などない。
生真面目な性格をした者同士、相通じるところがあったのかもしれない。関雨と楽進は、当人らが思っていたよりも遥かに良好な関係を築けていた。
一緒に居ることの多いふたりが、ひと息吐こうと思うとどうなるか。
関雨がいる以上、一刀の酒家に足が向くのは必然なことだ。
そんな理由から、楽進は既に、一刀と顔を合わせている。彼女の主と同様に、彼の作る料理にハマり込んでいた。
もっとも、ふたりの出会いは険悪なものだったが。
楽進が初めて彼の酒家を訪れたとき、不穏なやり取りがなされた。
出された料理は美味しかった。しかし大の辛党である彼女にしてみれば、もう少し辛くなればもっとよかったらしく。
「もう少し辛く出来ませんか?」
「辛けりゃなんでもいいってんなら唐辛子でも齧ってろ」
たったひと言で、すわ一触即発か、という空気が流れた。
こと料理に関しては、一刀もキレることがある。なにか不愉快な過去でもあるのか、楽進の言葉に突っかかった。この反応には、関雨も驚いたという。
会話が途切れた。互いの第一印象は最悪だったといってもいいかもしれない。
だがそれも互いに言葉の足りない状態での思い込みだったということに気付き、今では和解に至っている。
大人気なかったと思い、一刀は、辛党の楽進に出せる品を考えてみようと考えていたり。
楽進にしても、辛味は個人的な嗜好でしかないことは理解している。自分の言葉は考えなしだったかと反省したりしていた。
さて、それもまた置いておくとして。
この日もまた、楽進は警備隊のひとつに混ざって薊の町を巡回し、その後に関雨とあれこれ意見を戦わせていた。
日の高さも程よいところに来たことに気付いたふたりは、道中で呂扶を拾い、連れ立って一刀の酒家へとやって来たのだった。
「おや、皆連れ立って丁度いいときに」
訪れた関雨呂扶楽進を目にして、よく来た、と、一刀は店の奥へと招き寄せた。
彼の目の前には、弟子たちが作った料理たちがおいしそうに湯気を立てている。
彼女らがやって来ることを見越した上で、一刀は弟子たちへの料理修業を行っている。やはり食べてくれる人がいないことには、いくら料理を作っても張り合いがないというものだ。おまけに振舞う相手は、見かけ以上に良く食べる胃袋まで将軍格な人たちである。量を作らざるを得ないとなれば、是非とも協力を願いたいところだ。彼女らにしても、この申し出は大歓迎だろう。
だがこんな考え方も、この時代の指向とズレている一刀だからこそのものなのかもしれない。
典韋もそうだが、楽進もまた、曹操に仕える直近の将である。前述したとおり、普通に考えればそんな人物は偉い人過ぎて、そう簡単に接することは出来ないものなのだ。幽州まで同行した料理人たちもまた、同じ厨房に立つ典韋はともかく、楽進に対して、試作品である料理を出すことを躊躇っていたのだが。
「うまい料理を前にして将もなにもない。臆するな。自信を持って皿を出せ」
流石は、かの曹孟徳から料理ひとつで笑みを引きずり出した男だけある。
相手が高位な者であってもまったく引かない一刀の態度に、料理人たちは尊敬の念を新たにする。
一刀自身はそれすらも意に介していないというのも、彼らしいといえばそういえるかもしれない。
かなり勘違いも混ざっていそうな雰囲気はあるが。
「さぁ召し上がれ」
飯台に所狭しと並べられた料理の数々に対し、いただきます、と、皆が手を合わせる。
まず誰よりも早く、呂扶が目前のご馳走に挑みかかった。料理たちが勢いよく消えていく。
だがそれも想定済み。焦らなくとも、量も種類もまだまだ十分にある。
席に着いた面々は、口にする料理の感想をあれこれ漏らしながら、和気藹々と食事を進めていった。
その流れに、一刀は新作料理を投入する。
弟子たちが作る料理とはまた別に、一品、一刀は皿を用意していた。
豚肉のしょうが焼きである。
生姜をすりおろし、醤油、酒、みりんと少量の蜂蜜を混ぜ合わせ、豚肉をそれに漬け込ませる。
一刀謹製フライパンで油を熱し、下味のついた豚肉の汁気を切ってからおもむろに焼く。
肉の両面を焼き、ほどよく焼き色がついたら、上記の漬け汁を投入。煮詰めるようにしながら肉とからめていく。
甘藍、つまりキャベツの千切りを添えて盛り付ける。うん、ご飯が進むこと間違いなし。
それにつけてもトマトがないのが悔やまれて仕方がない。もしあったとしても俺の知ってるトマトじゃないんだろうなぁ、とは一刀の談。
現代日本に流通しているトマトは品種改良を重ねた一品だしね。
しょうが焼き特有の匂いが店内を満たしていく。お椀に山盛りのご飯と一緒にさぁどうぞ。
「……兄様、なんですかこの癖になる味は」
「……白米が、この白米がまた曲者です」
「組み合わせの妙というやつなのか。箸が止まらない」
「おかわり」
非常に好評のようだ。
日本人として、米の進むおかずが受け入れられることは無上の喜びであった。
店内に残ったわずかな客も、この匂いに興味を惹かれたらしく。作ってくれと注文が来る。
まだ試作段階のものだ、と、クギを刺しつつ。一刀は追加のしょうが焼きを作るべく厨房へと戻っていく。
彼は明らかに嬉しそうな、そんな笑みを浮かべていた。
他の方々にも、しょうが焼きとご飯の組み合わせは大好評だったという。
将の面々は空腹を満たし、幸せそうな緩い空気を醸し出している。
あー食った食った、という奴だ。
一刀もまた、夕方までひとまず休憩。仕込みの追加などは弟子の面々に任せているため、彼自身がやるべきことというのは数が少なくなっている。典韋たちがやって来て起こった、嬉しい環境の変化といえるかもしれない。
逆にいえば、暇になってしまうということなのだが。
「さて、それじゃあ少し身体を動かすか」
「はい」
ひと息吐いた後、関雨は、楽進に声をかけつつ。ふたりは連れ立って店の外へと出て行く。
一刀に呂扶、典韋らもまた、それに従うように後に付いていった。
武将が持つ血、とでもいうべきだろうか。強者を目前にすると、自分と比べどれだけの武を有しているのか、と、いう気持ちが沸き起こってくるという。
比較的大人しい印象を受ける楽進であっても、それは変わらないらしい。ひょっとすると、仕える主の影響なのかもしれないが。
切っ掛けは、楽進は気が使える、という言葉を聞き、一刀が興奮しだしたことだ。
「じゃあ、気弾みたいなものが撃てたりする?」
「出来ます」
そこから彼は止まらなかった。楽進に対して、彼はあれこれ質問攻めにする。
気弾は手からしか出せないのか?
足とか他のところから出せないのか?
出すのに溜めは必要なのか?
動きながらでも出せるのか?
威力はどれくらいなのか?
威力の調整は意識して出来るのか?
他にも気を扱える人はいるのか?
いるなら楽進はどれくらいの実力を持つところにいるのか?
気を扱うというのは一般的に知られている物なのか?
知られていないのなら、知られていいものなのか?
そしてなにより、
「俺にも使えるのか?」
ずずずいと、言葉を返す暇も与えぬほどに威圧する一刀。さすがの楽進も一歩引くような体勢を取ってしまう。いつになく興奮する一刀を、関雨が思わず羽交い絞めにして抑えるという珍しい場面がそこにあった。
「多いとはいえないまでも、気の使い手はそれなりにいるようです。私はまだ、教えを受けた両親以外に会ったことはありませんが」
「確かに。気を意識して使っているような者には、私も数えるほどしかあったことがないな」
「え? 愛紗、会ったことがあるの?」
「はい」
「初耳だよ」
「そうでしたか?」
可愛らしく首を傾げる関雨。それでも未だ一刀を押さえて離さない辺りは流石である。
「いやいや、そんな可愛らしい仕草じゃ誤魔化されないよ? 教えてくれてもよかったじゃん」
「……確かに。ですが聞かれたことがありませんでしたし。そもそもそこまで興奮する話だとは思ってもみなかったので」
可愛いという言葉に一瞬身を硬くしたが、そこは仮にも後世武神とも語られる身である。いち早く我を取り戻し、言葉を返してみせる。
例え取り繕うような形であっても、さすがは関雲長といえよう。
「関雨さん、他に気の使い手に会ったことがあるんですか?」
「あぁ。楽進と同じ無手の使い手と、あとは弓使いに……」
「ということは、気の使い手を相手取ることにも長けているということでしょうか!?」
「いやまぁ、確かにそれなりには」
なぜか物凄く喰い付いて来る楽進。先ほどまでの一刀顔負けの勢いで迫る彼女を、落ち着けとばかりに、無意識のまま押し留めようとする。未だ羽交い絞め状態の一刀を壁として使う辺り、やや落ち着きを失っているように見えた。
仮にも想い人だろう、どうした関雲長といわざるを得ない。
自身が口にした通り、楽進はこれまで、両親以外に気を扱う者に会ったことがなかった。
正確にいえば、気の扱いを武にまで昇華させているほどの使い手に会ったことがないのだ。
楽進が気を扱う以上、使い手が非常に少ないということは、相手もまた気の使い手に慣れていないということになる。これは手の内を知られることなく敵と相対することが出来るという、彼女にとって大きな利点であるといっていい。
だが逆にいえば、彼女自身もまた気の使い手を相手取ることに慣れていないということでもあり。
同時に、対処方を知る輩が現れた場合はどう相対するか、という課題が生まれることになる。
気の使い手と相対したことがある。
関雨のその言葉に、楽進は、戦う前から手の内を知られているような不安を覚えたのだ。
「ぜひ一手、手合わせを願えませんでしょうか!!」
自分の知らない技術を持つ者と、相対する。そのことで自分がより高い舞台へと上がれることを夢見て。
一心に、楽進は、関雨の手を取り願い出た。
そんな彼女を目の前にして、弱りながらも、関雨は断ることなど出来なかった。
蛇足ながら、関雨と楽進に挟まれる形で密着され、身動きの出来なかった一刀。
それだけ聞けば羨むような場面にも思えるが。
これだけの至近距離にありながら、ふたりの視線が彼に向けられていないことはなかなかに耐え難いことだった。
向かってくる楽進の物凄い勢いを正面から、身動きの取れない状態で受けたこともあり、一刀の精神はガリガリ削られていたことだけは記しておこう。
そんな一幕があって以来。関雨と楽進は、なにかの合間に立会いを行うようになっている。
互いに行う修練の延長、という気持ちではあったが。繰り広げられるものは、傍から見れば本気そのもの。そこらの将兵ではたちまち沈められるであろう濃い内容だ。
無論、一刀などでは太刀打ちも出来ないであろうことはよく分かる。
であっても、彼には、このふたりの立会いは見ているだけで心躍るものであった。
今日もまた、軽く腹ごなしとばかりに相対するふたり。
「さてさて、今日はどんな展開になることやら」
関雨と楽進。ふたりの立会いを想像し、実に楽しそうな笑みを浮かべる一刀だった。
・あとがき
はっはー、なぜか幽州組が登場だぜ。
槇村です。御機嫌如何。
おまけになぜか、流琉さんと凪さんまで登場です。
どうだろう、こういう流れはアリですかね。
実はこれ、30話で入れようとしていた小話をいじって入れてみたのです。
……愛紗さんと凪さんがぶつかるお話って、どれくらいありますかね? 見たことないような気がするな。
次回はふたりが立ち会う戦闘シーン。あと魏組ふたりとの絡みをもう少し。
幽州編は、もう少しだけ続きます。
唐辛子って、アメリカ大陸以外では歴史の浅いものらしいんですよね。
コロンブスが西インド諸島で見つけたときに初めてヨーロッパに伝わったらしい。
それから大陸を東へと伝播していき、安土桃山時代(16世紀後半)に日本へやって来たそうな。
……三国志時代の辛味ってなんだよ。なにがあるんだ教えてくれ。
悩んだ末、唐辛子はあるものとして扱うことにした。後悔はしていない。
恋姫だからな、仕方ない。(逃げ口上)
ちなみにみりんは、一刀が日本酒を作る過程で見つけたということになっています。槇村の中では。
説明 | ||
なぜお前たちがここにいる。 槇村です。御機嫌如何。 これは『真・恋姫無双』の二次創作小説(SS)です。 『萌将伝』に関連する4人をフィーチャーしたお話。 簡単にいうと、愛紗・雛里・恋・華雄の四人が外史に跳ばされてさぁ大変、というストーリー。 ちなみに作中の彼女たちは偽名を使って世を忍んでいます。漢字の間違いじゃないのでよろしく。(七話参照のこと) 感想・ご意見及びご批評などありましたら大歓迎。ばしばし書き込んでいただけると槇村が喜びます。 少しでも楽しんでいただければコレ幸い。 また「Arcadia」「小説家になろう」にも同内容のものを投稿しております。 それではどうぞ。 |
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コメント | ||
佐木瑞希さま>ふと思ったのですが、華琳さんって好き嫌いあるのかな。 璃々か……なにを食わせるべきだろう。(makimura) ロンロンさま>ないのが知識だけなら、どうに出来るんですけどねぇ。道具や素材まで考えるといろいろ不具合が出たり出なかったり。(makimura) NSZ THRさま>いやでも、実際に目の当たりにしたら年齢は関係ないんじゃないかなぁ。多分50歳過ぎても興奮するんじゃない?(makimura) jonmanjirouhyouryukiさま>一刀がいてこそ、というのは確かに。そうは思っても書き手がそれを取り入れるかは分からないけどな(笑)(makimura) きのさま>そんなに待たせていたのか(笑) もう少し幽州は続くかも。(makimura) 黒乃真白さま>事実、久しぶりです。当作品では一刀はヒロイン枠ですから。ほっこりして当然(笑)(makimura) JEGAさま>誤字指摘感謝です。今回はやけに多かったな。何故だ。(makimura) yoshiyukiさま>その名前は、劉弁劉協あたりに認められないと無理なのでは。んー(なにを考えている)(makimura) sakamakiさま>ハハハ、皆までいうな。もう少し待ってろ(え?)(makimura) たすくさま>どこから手に入れんねんそんなもん(笑)(makimura) 時の灯篭さま>設定上は、たで酢は既に習得済み(笑) あと、たでの汁で麹を作っていたらしいですよ?(makimura) 通り(ry の名無しさま>でもせっかく頭ひねっても、実際ゲームの中に出て来ましたー、というを後から知るとへこみます(笑) 覚えてねーよそんなの、って感じで。えぇ。 (makimura) dorieさま>きっと、あわよくば一刀を篭絡させろと言い含められ以下略。(makimura) 大ちゃんさま>あまり「恋姫だから」の言葉で逃げたくないのですが、その辺りは折り合いつけていきます。(makimura) 槇村です。御機嫌如何。書き込みありがとうございます。(makimura) 華琳さましょうが焼きとの遭遇たのしみですね〜あと、お子ちゃまのりり辺りの反応もみてみたいきが・・(佐木瑞希) 流琉と凪の絡みはアリです。ラーメンがあるんだから料理関係の矛盾はまず問題ないでしょう。現代人の一刀が満足したって事は現代と同じ材料や調理法が存在するってことだろうし。(龍々) 気は単純にドラゴンボールとかそういったもの影響で厨二病的な考えではないかと?(NSZ THR) 幽州組まってたぜw(きの) 久々に一刀を見たきがする。とりあえずほっこりしましたw(黒乃真白) 誤字報告…吹き飛ばされてていき、→吹き飛ばされていき、 幸せそうは顔をしており、→幸せそうな顔をしており、 提起的な試食会→定期的な試食会 一緒に居るこの多いふたりが、→一緒に居ることの多いふたりが、 是非とも強力を→是非とも協力を 手の内を知らされて→手の内を知られて(JEGA) トマトもメキシコあたりが原産だったような記憶が。そろそろ一刀君に、「料理皇」とかの名をあたえてもいいかも。(yoshiyuki) 呉の料理上手や料理下手が出てきて絡めそう、てかそろそろここの一刀と絡んでみてほしい〜w(sakamaki) 楽進さんには、トリニダード・スコーピオン・ブッチ・テイラー(辛さ世界ランキング一位)でも食わせとけw(たすく@蒼き新星) みりんが作れるなら「たで酢」って選択肢もある希ガス。なにに使えるか知らないですがw(時の灯篭) 恋姫での食べ物関係の話を書く時には色々悩みますよねw外史って言葉で全部片付けるのもなんだか悔しいといいますし(通り(ry の七篠権兵衛) しょうが焼きが食べたくなった……。中央とはうって変わって平和な地元。久々の料理回、料理を学ばせようとするとは華琳め、やりおるわ。(dorie) 花山椒というピリッとした辛味(麻味)で唐辛子が伝わる前の麻婆豆腐にも使われていた香辛料はありますね。 あと外史だから食材はある程度出してもOKだと思います。(大ちゃん) |
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