恋姫異聞録125  −点睛編ー
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一頭の馬を先頭に武都へと疾走する蒼天を切り抜いたような旗を掲げる一団

逞しい身体、そして豪脚を持つ大宛馬を揃えた魏の騎兵を率いるのは警備隊、隊長代理、李通こと花郎

 

「急いで、間に合わなくなるっ!」

 

「はいっ!今こそ一馬さんより伝えられし馬術を、鳳さんにお見せします!」

 

李通の号令に合わせ、弾丸のように加速を始める魏の騎兵集団

その全ては正規兵ではなく、本国を守るために残された警備集団ではあるが、普段から李通の指導を受けて

訓練を行っていたこと、そして鳳が手に入れた大宛馬もあいまって其の速さは涼州の騎兵を超える進軍速度に迫っていた

 

彼女達が此れほど急ぐには理由がある。今より数刻前---------

 

 

 

 

 

「どうしたんですか鳳さんっ!?」

 

険しい顔のまま席を立ち、部屋を飛び出そうとする鳳に李通は駆け寄るが、鳳は李通を見ることもせず

近くに伝令の兵士が居ないか声を荒げて慌てていた

 

「どうしましたか?武都は統亞さん達が居ますから華琳様達が戦争を終えるまでは持ちこたえる事が出来るはずですよー」

 

鳳の珍しい行動に風も少しだけ怪訝な顔をして鳳の側へと歩み寄り、首を傾げる

一体何をそんなに慌てているのか、自分の親友の想像力は先程、言ったとおり現実と遜色無いほどである

ならば今、武都に集めた兵数で十分に持ちこたえることが出来るはずだと

 

「違う、違うんだよ風。稟の想像力ってたしかに凄い。でも其れほど現実に近い想像を組み上げるには正確な情報が必要

だって事でしょう?」

 

「・・・あ」

 

「きっと稟は情報を集めるのに拘ってたはず。正確な情報で正確な想像、仮定を立てる為に。ってことは少しでも

その情報に齟齬があれば、現実はずっと違う答えを出すはず」

 

鳳の言葉に風は一度眼を見開き固まってしまう

同時に回転し始める風の頭脳

 

最初から扁風の行動すべてを稟の想像を便りに行動に移してきた。だが鳳の言葉で風の心に次々に疑問がわく

 

「赤壁に到達するまでに私のところにも沢山の情報が入ってきた。その中でも眼を見張るのが馬超の成長。その誇り高き

姿は報告からも十分に見て取れる。だったら」

 

「何故、フェイちゃんの裏切りに馬超さんは何も言わなかったのか」

 

「そう、絶対に変だ。今の馬超は噂に聞く英雄馬騰、韓遂に近い。簡単に言うならウチの軍の春蘭様。そんな人間が

諸葛亮の行為を、馬良の行動を見過ごすわけがないっ!」

 

鳳の考えに一気に追いついた風は少しだけ大きく息を吸い込むと、ゆっくり吐き出し

見開いた眼がいつもの眠たそうな眼へと変わる

 

「李通ちゃんと二人で武都までお願いできますか?此方は風に任せて下さい」

 

「解った。りっちゃん、行ける?」

 

「はいっ!任せて下さいっ!!」

 

 

 

 

 

時を同じくして、追撃に走る魏の兵士達は長江の大河を渡りきり、一隻の船で救出に来た陳宮と共に消えた呂布を

そのままに、蜀の追撃を無徒が率いる聖女の兵に任せ、華琳率いる魏の本体は柴桑へと撤退する呉を追いかけていた

 

「どういう事、稟?」

 

「ええ、元々少ない情報から想像を練り上げ風へ話をしてきましたが、馬超の成長は想像以上。私の考えを超えてきました」

 

大量の騎兵、馬にひかれる荷車に載る積み上げられた材木の上に布を敷かれ座る華琳の元に居る稟は

前衛の指揮を春蘭と桂花に任せ、全体の指揮をしつつ華琳の質問へと答えていた

 

「つまり、情報に違いが出て想像がずれたと言うこと?」

 

「ええ、私の中の馬超はせいぜい成長しても一角の将くらいの認識だったのですが、随分と宛が外れてしまいました」

 

「そうね、あの昭の義妹。蜀に置いておくのは勿体無いわ」

 

足を組み替え、足に頬杖をついて笑みを零す華琳に稟も同じように笑みを零す

成長を続け現れた猛将に二人は【面白い】とばかりに、こぼした笑みは酷く攻撃的な意味を持つ

 

「では、新たに加えられた情報から導きだされる答えは?」

 

「はい、私の最初の予想は新城から出陣する前に風の竹簡で既にご存知かと思いますが、アレにはフェイが諸葛亮の手に

よって裏切ったと書いてあったはずです」

 

「そうね、諸葛亮の巧みな罠、と言ってもいい。韓遂の死を利用し、フェイを手中に収めた」

 

死を利用する諸葛亮の所業に少しだけ、顔を厳しいものに変える華琳に稟は眼鏡のを指先で少しだけ直し

真正面に移動して華琳の前へと跪く

 

「ですが馬超の成長がそこには入っていない」

 

「確かに馬超の姿を聞くに、彼女の行動に少し疑問が湧くわ。あれ程の気風を備える者が

何故、諸葛亮の行為を見過ごしたのか」

 

「ええ、馬超をあてはめて再度、フェイの行動を組み上げれば出てくる答えは一つ」

 

 

 

―扁風は自からの意志で裏切った―

 

 

 

稟の言葉に華琳は無表情、だが彼女の手はきつく握りしめられ眼は冷たい色を浮かべていた

己を裏切った。なるほど、其れは面白い。豪胆で、自分が白眉良しと言っただけのことはある

寧ろ褒め言葉すら送りたい。よく此処まで自分を騙し、欺いた。その手際は見事であると

 

華琳の前に跪く稟は眼を合わせることが出来ず、恐怖に俯き流れ落ちる汗を拭うことすら出来ずにいた

 

己の傲慢さが十分に理解できた。有難う、己を見つめなおす事が出来た

だが、一つだけ。自分にはどうしても我慢がならないことがある

 

それは何よりも家族を、絆を欲し、その身と心を傷つけてまで守ってきた男の心を裏切った事だけは許すことができない

あれ程までに懐き、義兄とまで呼ぶようになったことすら偽り、それはどれほど男の心に深い傷を残したことか

 

凶悪に細められる華琳の瞳はそのまま稟へと突き刺さり、無言で話を進めろと促す

 

「は、全ての新たな情報を整理し、出した答えは華琳様がお喜びになるもの」

 

「真実は?」

 

「三国で、魏と呉にあって蜀に無かったものは何であるとお考えになりますか?」

 

覇気に気圧されながらも稟は顔を上げ、恐怖で震える唇のまま歪な笑みを浮かべてあえて華琳に質問を投げかける

己もまた、昭と同じく。自分の命すら掛け、王と対話するものであると言わんばかりに

 

張り詰めた糸の様な空気の中、初めて見せる稟の気圧されながらなお喰いかかるような姿に華琳はギシッと拳を握り

馬車を引く御者台の兵士や周り護衛の兵士に緊張がはしる。此のままでは郭嘉は殺されると

 

だが、華琳は稟の姿にフッと笑みを零し。呆れたように微笑みながら両肘を膝について組んだ手の上に顎を乗せる

 

「無いもの・・・・・・王と対立する者。王に苦言を呈し、意見する者」

 

「はい、呉には周瑜。我が魏には昭殿が。二人とも将が成長するため、不可欠な存在です」

 

「確かに、魏では昭がまるで父のように春蘭を成長させたわね。他にも凪達や霞もそう。呉もきっと周瑜が同じような

役割を果たして居たのでしょう」

 

「ええ、ですが蜀には其の役割を果たせるものが居ませんでした。現実を劉備につきつける人間が」

 

そう、呉には王、孫策に苦言を呈し、宿将である黄蓋にすら意見を述べる軍師、周瑜

魏にはそもそも現実を見つめる完成された王、華琳が居る上に常に付き従う三夏の夏侯昭

 

だが蜀には王、劉備を諌める人間は居ないに等しい。皆、眩しいばかりの彼女の理想に集まってきた者達だ

蜀では劉備こそが真であり、正義。だからこそ男は評価したのだ

 

偶像で有り、毒であると

 

崇拝する偶像に対立する者などはいない、ましてや苦言を言う事など滑稽にしか皆の眼には滑稽な姿にしか映らないだろう

だからこそ言えるのだ、毒であると。知らずに皆、美しい理想に包まれ彼女の器に収められ、己が盲目になっていること

に気がつかないでいるのだから

 

「馬超が成長した切欠、原因を作った人物を思い浮かべて下さい」

 

あの関羽ですら多少の苦言を、其れも取るに足らない言葉で実際に諫める事も出来ず、信じるだけになってしまてっいる

その結果が今一歩の所で昭に首を刎ねられる寸前まで追い込まれたあの戦

華琳が劉備に対し、酷く落胆したあの日の出来事

 

「居なかった。そういう事ね」

 

「はい、全てを仕込んだのも、フェイを裏切りに走らせたのもただ一人の策略。死してなお牙を向ける鬼」

 

 

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先程よりも更に速度をまして、目的の場所へと疾走する兵達

絶妙に手綱を調整しながら、後ろでは最短の距離を導き出し指揮する鳳

兵士達は皆、簡単な説明しか受けては居ないが気がついたのだろう。彼女たち二人の必死の形相と雰囲気に

皆、一様に顔を険しいものに変え、ただひたすらに武都へと向けて駆け続けた

 

「そんな、ではフェイちゃんは」

 

「そう、自分の意志で裏切った。稟の補助、想像があって解ることだけど、そこに馬超とある人物を足せば答えが出る」

 

全てのを画作した者。馬超を成長させ、劉備まで変えてみせた人物

そして、今まさに稟の想像を越え、武都へと迫る蜀と涼州の兵

 

「今は亡き涼州の英雄、韓遂」

 

「!!」

 

真実は稟の想像を越え、今正に地獄より黄泉がえり死してなお牙を魏王へと立て続ける英雄の姿

韓遂の残した火種は既に大きな炎となり、魏へと襲い掛かろうとしていたのだ

 

「馬良はきっと韓遂に変化させられた劉備を見たはず。昭様や華琳様のせいじゃない、一番の理由は劉備を見たから裏切っ

たのさ。韓遂に引き合わされたのか、それとも馬超が馬良に会わせたのか。稟じゃないから想像はつかないけどね」

 

「そ、それじゃあ!」

 

「うん、急がないと不味いよ。どんな変化をしたのかは解らないけど、面倒な敵が向かっていることは確かだからね」

 

想像のつかない劉備に李通の顔は引きつる。あの扁風を裏切りに走らせる程の人物に成った劉備とは一体?

急がなければ、迫る敵は全く不明なのだ。今まで聞いていた蜀の姿とは大きく違ってくるだろう

ならば今まさに武都で敵を押さえ込んでいる統亞達は苦戦どころか、既に飲み込まれてしまっていても不思議では無いのだから

 

 

 

 

積まれた木材の上に座る華琳は天を仰ぐように豪快に笑い出す

稟から告げられた事がよほど面白かったのだろう。現実とは奇妙なモノだ、いくら情報を集め想像や仮定を完璧に

其れこそ現実と遜色ない所まで導き出していたとしても、想像がつかないような、其れこそ既に死んでしまった

人間の意志によって覆されて居るとういのだから

 

「未だ土の下から牙を向けるか。流石は英雄と言うべきかしら」

 

「はい。私が立てた想像も、諸葛亮の意志で全てが動いていたように見えましたが。事実は諸葛亮でさえ韓遂に動かされて

いたのでしょう。二度目の定軍山は、恐らくは死に場所を己で決めたに過ぎないはずです」

 

「フフッ、詳しく聞きたいところではあるけれど」

 

「ええ、私たちは速やかに呉を打ち倒すことが先決です」

 

跪いたままの稟は一度頭を下げ、立ち上がると前を向き指揮を始めた

蜀を追った無徒の軍勢にある程度で此方に戻れと伝令を飛ばし、桂花に進軍速度を早めるように伝達すると

直ぐに自分の元へと霞を呼び寄せた

 

「霞、貴女は先に行って下さい。何をするかは解っていますね」

 

「勿論や、敵はどうせ柴桑に篭もる気やろ。なら先に補給線と敵の援軍が来る道を潰しておく。他のとこでもやった事や」

 

「よく解っていますね。今頃、昭殿が武徒と新城の間、魏興へと向かって居ます。呉は恐らく耐えて此方の本拠地が

崩される事を待つはず」

 

「耐えることなんかさせへん。阿呆どもが、一番ねろうたらアカンもんを狙いやがって」

 

少しだけ怒りを表す霞に稟は同意であると荷車に馬を寄せる霞の肩に手を置く

すると霞はニカッと笑みを稟に向け「有難な」と一言いうと、偃月刀を掲げ馬の腹を叩く

此れより速度を上げ、先行し敵の補給線を潰すと号令を出すと兵を引き連れ一気に稟の視界から消えていった

 

「進軍速度を上げ、敵との位置を維持しつつ騎射にて攻撃を与え続けます。騎馬の最大の利点は敵と距離を置ける事

そして騎射を合わせれば敵を削りながら此方は無傷で柴桑まで押しこめます」

 

「秋蘭との練兵が生きているわね、敵を追い立て士気と体力も削ることが出来る。詠が騎馬を重要視する意味が解るわ」

 

元から騎馬を重要視していた詠を思い出す。それに合わせるように鳳が大宛馬を集めた事も

もし大宛馬が手に入れられなかった時の事を考えると華琳少しだけ手に汗が滲んだ

 

途中で気がついた蜀の変化。大宛馬がなければ北に向かった昭は三日で戻ることなど出来なかっただろう

だがそうでは無かった。自分は天運を掴み、天の意志と共にあると華琳は確信する

 

「昭の歴史、稟が居なかった事をもう一人の私はこういった。郭嘉が居ればと。だが私には稟が居る、昭が居る」

 

彼の真名、叢雲とはよく言ったものだ。彼が集める人材が、彼の元に集まる人間が自分を強固に支える

天運を掴めた。いや、隣にいる昭こそが天運そのものであると言うならば離しはしないと華琳は手を握り締める

 

「ご心配なく。風が一人漢中などに足を伸ばしたのは意味があります。例えどの様な事になろうとも、風は昭殿が

現れるまで耐え続けることが出来るでしょう」

 

大宛馬の事を見ぬいたのか、稟は心配無用と華琳に告げる。最悪の事も既に想定しています

無論、武都を抜けられた事も全て考慮してあると

 

あらゆる仮定、あらゆる想像を駆使し創り上げ、此処までの道を創りだした自分に任せてほしいと稟は強い瞳を華琳に

向ける。華琳はそんな稟に笑みを返し、全てを任せると一言告げた

 

「全軍前進、呉を今こそ我が魏の手に収めるっ!」

 

華琳の代わりに思い切り息を吸い込むと号令を発する稟

兵士達は呼応するように声を上げ、大地を揺らし突き進む。呉を、目の前の敵を討ち滅ぼせと

 

 

 

 

眼前に迫る蜀の兵士。大地が蜀の旗、緑に染まる

敵の数は倍。だが武都の兵士達は恐れること無く、それどころか怒りを滾らせ迫る蜀の旗、馬の牙門旗を睨みつける

中でも門の上に立つ統亞は歯を思い切り噛み締め、中央で馬に跨る扁風を射ぬくように睨みつけていた

 

良くもこの場所に現れることが出来たものだ。俺達を舐めるのは構わない、だが俺達が仕える将を

王を舐められるのは我慢がならねぇと統亞は扁風を指さし、己の首を親指で横に、切り落とすかのように線を引く

 

「統亞、敵将はどうやら三人のようだ」

 

「あぁ、馬と魏と厳。メンドクセェな、ありゃ撞車だろ。盾を着けて強化してやがる、真桜嬢ちゃんが考えた

やつじゃねぇのか?梁」

 

「んぁ〜・・・んだな。撞車と衝車を合わせたもんだ、攻撃力と防御力を併せ持つ面倒な兵器だ」

 

舌打ちを一つすると統亞はすぐさま指示を出す。場内の油を用意させ、火矢での攻撃を開始させる

如何に強固に作られた攻城兵器だとは言え、木製であることは変わりがない

ならば近づいた時に油を城壁から浴びせ、火矢で一気に焼き滅ぼす

 

此方の動きを察したのか、声を上げ進軍を開始する蜀の兵達

見れば中央の馬の牙門旗は動かず、両翼の魏と厳の牙門旗が城を半分包む様な形で移動を開始し始める

 

「面倒だぞ、囲まれるのは。退路を確保するため東門に攻撃を集中させるか?この城はそれほど強い作りでは無い」

 

「そういう訳にも行かねぇよ。此処を追い出しちまった奴らの為にも引けねぇだろ」

 

「解っている。だがそれで死んでは意味が無いぞ」

 

敵に対応するため兵を四方に分散させようとすると急に魏と厳の牙門旗が北と南の門に向けて攻撃を開始し始めた

お前たちを倒すのに覆うのは半分で十分だと言わんばかりに

 

「なんだァ!?チッ、苑路は厳の方を、梁は南の魏に行け」

 

「応、常に情報を流してくれ。梁はなにかあったらめいっぱい叫んで号令を頼む」

 

「まがせとけ」

 

なだれ込むように城門へと攻撃を開始する敵軍に応戦する魏の兵士達

城壁に取り付き、梯子をかける兵士を城壁から弓矢で狙い撃ちし、城壁への破壊工作を行う兵士に真上から石を落とし

城への攻撃を崩す。だが、真桜の創りだした攻城兵器は矢を物ともせずゆっくりと城門に迫り、落石を防ぎながら

取り付けられた木の大杭を城門へとたたきつけ始めた

 

苑路と梁はすぐさま油を攻城兵器へと投げ落とし、火矢で攻撃すれば直ぐに燃え上がり、中の兵士が火達磨で外へと

飛び出す姿

 

「良し、此のまま攻城兵器は近づいて来たら直ぐに油を放て」

 

苑路と梁は次々と城門前を火焔で埋め尽くしていく。そんな中、統亞は同じように迫る攻城兵器に対応しながら

敵の動きを観察し、敵の次の手を予測していた

 

何でこんな中途半端に囲む?まるで東門から追いだそうとしてるように思える

今更俺達を逃がそうだなんて甘いことは考えてねぇはずだ

だったら何だ?そもそも武都の城なんざ迂回したっていい筈だ。風ちゃんの話だと合流地点に使うって事を言ってたが

そりゃ劉備が来て四方を囲むってことか?

 

城壁に取り付き、梯子を駆け上がる敵兵の首を短剣で一閃

吹き上がり、飛び散る血雨に身を染めながら城壁の下へと落ちて行く敵兵を見つめ統亞は考える

 

風ちゃんが言ってたな。全体を見ろって。軍師じゃなくても高い位置から全体見ればなんとなく敵の考えが読めるってよ

 

統亞は短剣を腰に仕舞い、城門の上に作られた見張り台へと登り全体を見れば攻撃する城壁を兵士は敵全体の四分の一にも

満たない数。其処か三方向の後方を見れば、牙門旗の側に集う兵士の兵科は全て騎兵

 

「・・・なるほどなぁ、そりゃ此処がほしい訳だ」

 

騎馬は平地で恐ろしい攻撃力を誇る。だが同時に通常の倍以上に糧食を食い尽くす

騎馬隊が多ければ多いほど、馬は其の兵の数だけ居る。騎馬はただでさえ燃費の悪い兵科なのだ

多用するのは魏のように多量の備えが必要。そして、此処から新城、ましてや天子様の居らっしゃる場所まで

進撃するというのならば、補給線は重要なものとなる。補給が切れた時点で騎兵は兵に、馬は糧食となってしまうのだから

 

「涼州兵が中心だ、騎馬を使うわな。城を補給拠点にするってわけか、だったら尚更ここはやれねぇ、死んでも守るぜ」

 

見張り台から飛び降り、同時に城壁を登ってきた兵士の喉元に短剣をまっすぐに突き刺し、蹴り落とすと

直ぐに伝令を飛ばす。この城は死んでも守れ、明け渡せば補給地点に使われるぞと

 

伝令を受けた兵士はすぐさま苑路と梁の元へと駆け出そうとした時、後方から

梁の方角から大声で後ろを見ろと叫び声が聞こえる

 

何事かと一度、梁のほうを見て直ぐに後方。東門の遙か先から上空に放たれる夥しい数の煙矢

色は全て緊急信号の赤であり、統亞は直ぐに状況を確かめに走るが、恐らくは煙矢に気がついたのだろう

西門の後方で待機していた馬の牙門旗が動き出す

 

「何だってんだっ!?」

 

意味がわからず走る統亞

東門に弾丸のように迫る魏の騎兵、先頭で突出する鳳は大声で号令をかける空にありったけの煙矢をうたせ

早く気がついてくれと祈るように前を睨みつける

 

「駄目だ、退却信号を送ったら敵に気がつかれる。もっと声上げてっ!私達が増援だって敵に勘違いさせるよっ!!」

 

縦一列、一直線に並ばせた兵を横へ広げ、馬の巻き上げる砂塵で此方側を多く、増援の出現だと敵に思わせるように

指揮をするが、北門を攻めていた厳の旗が動き出す。その手は既に見せてもらった、同じ手が通用すると思うなと

 

「ヤバイっ、バレてる。厳の牙門旗、途中で消えた将か、厳顔なら既にこの手は見てる」

 

失敗したと歯を噛み締める鳳。だが馬を操る李通は首を振る

 

「素早く東門にたどり着けば良いんですよね?」

 

「えっ!?」

 

「掴まっていて下さいっ!!」

 

そう言うと李通は今までは兵士の速度に合わせていた。此れが本当の一馬の馬術だと言わんばかりに

集団から突出し、迫る厳顔率いる蜀の兵士よりも素早く一気に東門へとたどり着き、後ろでしがみつく鳳は眼を回していた

 

「どうした、何があったっ!?」

 

門へとたどり着いた李通たちに統亞は何事かと問うが、返事が返って来ない

 

「はぅ〜?」

 

「ちょ、ちょっと鳳さんっ!?撤退で良いんですよね?」

 

「へ?あぅ?うん!?」

 

余りの縦揺れに頭を揺さぶられ朦朧とする中、なんとか答える鳳に李通は頷き大声で撤退の指示を統亞へと伝えれば

隣の伝令兵は驚き、何を言い出すんだ、此処を獲られえば敵の騎馬が勢いを増すぞと考えられんと言った表情で

口を開けていた

 

「撤退!?此処獲られる訳にはいかんぜ、奴ら此処を補給の拠点に」

 

「うぁ〜・・・す、直ぐに退くよぉー。もともと紙みたいな城壁だし、其れより劉備が迫ってるー」

 

理解が出来ず、周りの兵士達は一斉にざわめくが統亞は直ぐに全兵に撤退を伝えよ伝令を飛ばす

今なら反対側の馬良は間に合わず、北門の厳顔の攻撃を少し受ける程度で済むはずだと

 

「しかし張燕将軍っ!」

 

「早くしろっ!大将が言ってたの忘れたか?軍師は信じろって、俺は大将を信じる。さっさと伝えろっ!」

 

大声で叱りつけられ、兵士は身体をビクリと弾ませると必死に全兵へと退却を伝える

敵に気がつかれた今、撤退の伝令がバレても問題ないと梁へ伝え、梁は落雷のような音を響かせ「てったい」と叫んだ

 

 

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行動が決まれば魏の兵士の行動は早い。一糸乱れぬ動きで東門を開き、列を崩さず一斉に城の外へと飛び出していく

だが其れを逃がすものかと追いついた厳顔の騎兵達が弓矢を持ち横撃を仕掛け始めるが、敵の攻撃を防ぐように

大盾を持った魏の警備兵部隊が一斉に間に入り込み、統亞達の兵士を次々に逃していく

 

「ほう、なかなかやるではないか。誰に仕えている兵士達か人目で解る。士気の高さ、決断力、此れは舞王の兵

撤退を指示した軍師は曹操の軍師だろう。此れは楽しませて貰えそうだ」

 

壁のように並び並走する警備兵達に厳顔はニヤリと顔を笑みに変えると超重武器、豪天砲を片手に一人

武器を振りかぶり、壁に風穴を開けてやると切っ先を振り下ろす

 

ガチンッ!!

 

鈍く重い音と共に、振りおろした豪天砲の切っ先は門から出てきた梁の投げ飛ばした鉞に阻まれ地面を大きく抉る

面白いとばかりに門の方を振り向けば、影が厳顔の視界に入り、危険を感じ身をよじれば右肩に熱が走る

 

影を追えば厳顔の横を飛び去る真蒼な衣に身を包んだ統亞。更には身体を崩した所に苑路の三尖刀が首元めがけ一直線に

放たれ、厳顔は咄嗟に豪天砲引き金を引き、地面を叩き横へと飛び躱す

 

だが着地を統亞が見逃すはずもなく、短剣を二本逆手に構えると一瞬の内に懐に潜り込み厳顔の手首、大腿動脈と

急所を狙い、掠めるように短剣を素早く振るう

 

「チッ!」

 

超重武器を振るう厳顔。一見、接近した短剣を振るう統亞の有利に見えるが実際は巨大な豪天砲を片手で小刻みに動かし

更に残る片手で統亞の短剣の腹を叩き払う。有利であるはずの自分の間合いであるはずなのにも関わらず

攻撃の届かない現実に統亞は顔を顰め舌打ちを一つ

 

統亞の動きに合わせ、厳顔に三尖刀を突き入れる苑路だが自分に迫る統亞の腕を掴み、襲い来る三尖刀の柄に統亞の

身体をぶつけて攻撃をずらす

 

「馬鹿なっ!?」

 

「いってぇなぁチクショウっ!」

 

崩れる統亞の体制、重なる流れた苑路の身体

目の前では二人をまっぷたつに切り捨てようと厳顔の豪天砲が振り下ろされた

 

「てめぇと心中はゴメンだバカヤロウっ!」

 

無理な体制のまま苑路の身体に蹴りを入れ、剣閃から苑路を脱出させる統亞に見事とばかりに容赦なく

豪天砲が振り下ろされる。響く激音、だが煙が舞い上がり吹き飛ばされるのは厳顔

 

間一髪の所で声を殺し、近づいた梁の大振りの一撃に厳顔は咄嗟に豪天砲を合わせ防いでいた

吹き飛ばされながら厳顔は体制を空中で立て直し、足元にむけ引き金を引くと衝撃と爆音と同時に

梁へとまっすぐ武器の切っ先を向けて矢のように襲いかかる

 

驚く梁に即座にこれは避けれないと判断した統亞は崩れながら梁の腰から真桜特製の煙玉をひったくり

投げつけ、大量の煙に包こまれ目標を見失った厳顔は反撃を警戒し、地面に豪天砲を突き立て自分の体を空中で止めた

 

「此れも二度目、だが厄介だな。この煙だけはどうにも対処のしようがない」

 

一人であるなら豪天砲の砲撃か、振り回して煙を散らす事ができるが周りに自軍の兵士がいる中でそれはできない

攻撃力と攻撃範囲の広い武器の欠点、味方が近くにいるときは十分に武器を振るえ無い。振るえば味方に当たる可能性もある

 

「また逃げられたか。仕方あるまい、今は此処を奪っただけで良しとするとしよう」

 

周りに居る味方の兵士も視界を奪われるが流石は厳顔の率いる兵士達と言えるだろう。冷静に近くの味方と背中を合わせ

敵の攻撃に警戒する形を取り、煙が晴れるまで迎撃態勢に移っていた

 

視界が晴れる頃には既に魏の兵士達の姿はその場になく、遙か東の方向に、魏興へと進路を向けて走り去っていた

 

「此方の手は読まれていたようだ。此方が仕込んだ兵も、全て消されている」

 

十分に楽しめた。取り敢えずお前の考えを聞かせてくれと、厳顔と合流した馬良に視線を移せば馬良は馬から降り

懐から棒を取り出すと地面にガリガリと文字を書いていく

 

此方の手は読まれている、で間違い無いと思います。仕込んだ兵士を寄り分けることが出来たのは

将の姿から華琳様の意志を学んだ民。ならば見分けるのは容易いと思われます

 

「ほう、学ぶとは?」

 

魏に組み込まれた民は全て将の背から華琳様の意志を学びます。国を支えているのは自分達でもあると言うこと

兵達だけが国を守っているのではない、自分達も国を守って居るのだと

 

「・・・ならば命令や指示を素直に受け入れぬ者は怪しいと言うことか。例え受け入れぬとしても

誇りも持たずこの城に残ろうとする者は魏の人間ではないと判断がつくわけだ」

 

正解です。其れこそが魏の強さであり、覇王である華琳様の強さ。御兄様は其れを行動や背中で語るだけ

時に言葉にすることもありますが、ほとんどは皆、御兄様の背を通して学びます

 

「なるほどな、よほど尊敬している兄と見える。顔が笑っておるぞ」

 

急に厳顔に指摘された扁風はハッと顔を小さな手でぺたぺたと触ると顔を真赤にして恥ずかしいとばかりに俯いていた

 

「例え蜀に身を置こうとも尊敬する事は悪い事では無い。ましてや兄であるなら尚更だ」

 

扁風は纏めた髪紐を外し、口に咥えると照れ隠しなのか髪の毛を手ぐしで後ろに纏めると紐で結わえる

元々は髪を後ろにまとめる。翠と同じように馬の尻尾のようにするのが扁風の姿なのだろう

慣れた手つきで髪を纏めて小さく深呼吸をすると、厳顔を見上げ地面に再度文字を綴る

 

早速城の中に入るとしましょう。騎馬は補給線が断たれると使い物になりません

水路の仕組みも私の頭に入っています。劉備様をおむかえする準備を整えましょう

 

「・・・やはり真名では呼ばんのか?」

 

劉備の真名を書くことのない扁風に厳顔は少しだけ、柔らかい笑みを見せた

そこだけは蜀に入ったとしても譲ることが出来無いのだなと

 

開かれた東門へ足を進めていた扁風は立ち止まり、振り向くと歳相応の少女からは決して見ることができない

強い表情と決意の篭もる瞳を持ち、地面に再び文字を綴る

 

身を汚した者が、王の真名を安々と口にする事など出来ません

 

それは文字通り裏切りをした己の身が汚れていると言っているのか、それとももっと違う意味

兄と同じように、劉備に真名を預ける気はないと言う意志の現れなのかは解らない

だが、扁風の強い瞳に厳顔は、其の強い意志と心さえあれば自分は何も言うことは無いと、扁風と共に武都へと入城した

 

 

 

 

「馬鹿め、統亞っ!俺に構う暇があるなら自分だけで躱せっ!」

 

「うるっせえなぁ〜ぐちゃぐちゃ言うな。俺ぁあの程度余裕で躱せるんだよ。すっトロイてめえじゃ避けらんねぇだろが

有難う、統亞様って言えよバカヤロウっ!」」

 

「な・ん・だ・と!貴様ぁっ!!」

 

退却をしながら取っ組み合いの喧嘩を始め、後ろから巨体を揺らし走る梁が二人を引き剥がし、武器を背に

統亞と苑路を両脇に抱えるとその巨躯からは信じられない速さで走り全軍を後方から押し上げる

 

両脇でギャアギャアとやりあう二人に煩いと思ったのか、両脇の二人の腰を掴み、顔を思い切り目の前でぶつけると

統亞と苑路の顔が弾け、鼻血を出して梁の脇のしたでダラリと身体を揺らしていた

 

「あ、あの・・・大丈夫ですか?」

 

「もんだいね。どすんだ?これがら」

 

後方をちらりと見る梁に、隣に馬を寄せた李通の後ろで背中合わせに馬に乗り、後方を見つめる鳳は片手を衣嚢に突っ込み

小銭を鳴らす

 

恐らく直ぐに追撃が来るだろう。其れまでは出来る限りで距離を取る。敵の兵科が騎馬なら余計にだ

 

「取り敢えず森に逃げるよ、敵を引きつけてね」

 

「はい、所で何故武都を捨てたんですか?」

 

「向こうにはさ、馬良がいるんだよね。どういった手を使ったか知らないけどさ、馬良を引きこむ程なら

最悪は・・・最悪はあんな城、半日もたない。出来る限り敵を削って魏興に行かなきゃ」

 

一体何を危惧しているのか理解の出来無い李通であったが、見たことがない鳳の険しい顔に

何故か敵も居ない後方から寒気を感じてしまう。此れほど焦り、既に手詰まりであるかのような表情に

李通は唯々、後から来る愛する人、一馬と無事に再開できますよう祈るのだった

 

 

説明
大変遅くなりました。
皆様にお詫び申し上げますm(__)m

今回は答え合わせの続きです
更に真実は後々、語られると思いますのでお楽しみに^^

いつも読んでくださる皆様、本当に有難うございます><
皆様のお陰でモチベーションが下がらず、どんなにキツイ日が
続いても書き続けることが出来ます。心から感謝いたします
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コメント
覇王・舞王vs新生大徳の戦いですね。どちらの理想が天を掴むのか・・・ 更新楽しみにしてます。(ちまき)
フェイを自ら裏切りに働かせる劉備……どんなに変わったか今から楽しみだw それにしても「虎は死して皮を留め人は死して名を残す」というが、更に英雄は死して人を強くするということか。死してなお韓遂の凄さが伝わってくる。 三人のコンビネーションが面白いww(Ocean)
劉備のハードルがバベルの塔並みに高くなってる・・・がんばれ(アーメン)(patishin)
馬超が怒らないことに疑問を思ってたけど解決して良かった。劉備が単純に武力を認め現実的になっただけでは魏相手には厳しそうなので次回に期待!(citizen)
桃香が世紀末覇王みたいになっとるんだろうか。なんかカリスマ眩しっ!っていう桃香を想像できない・・・(通り(ry の七篠権兵衛)
一馬と無事に「再開」できますよう・・・は、「再会」ではないですかね?(valth)
片手を顔にあてて天を仰ぎたくなりますな〜。そして魏の誰かが扁風に昭を兄と呼ぶ資格は無い!!!と言いそうだ。(KU−)
個人的には蜀をボコボコにしてほしいなw(GLIDE)
う〜ん先がどうなるか読めないけど帳尻あわせになるようなコトだけは避けて欲しいです。(shirou)
劉備がどう成長したか・・・続きが気になります。(よしお)
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