嫌いになれない
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「なーなートキヤー」

 

寮の部屋。時刻は23時を回ったところだろうか。

流石に廊下からの喧騒も聞こえない、静かな夜である。

 

「なーなー聞いてるー?」

 

この、傍迷惑な同室者以外は。

話しかけてくる音也をかれこれ10分くらい無視しながら、私はデスクに向かい、課題曲の楽譜に自分なりの解釈を書き加えていたのだが…。

先ほどから、この同室者は本当にうるさい。

この状況で集中できるほど、神経の太い人間はそうそういないと思う。

なかば諦めたようにため息をついて、声のほう、背後へと振り向けば、背後に尻尾の残像が見えるかのような見事なまでの懐きっぷりで、音也がそこにいた。

そして目と目があった瞬間、実に嬉しそうにパァッと破顔した。

 

「…聞こえてます。私は忙しいんです、用なら後にして下さい」

「あのさーここなんだけどねー?」

 

実に冷淡に返したつもりなのに、全くもって気にした様子もなく、音也は自分の用件を話し続ける。

(――いつもの事ながら、彼には私の声が聞こえていないのでしょうか?)

呆れ返って、「…貴方こそ聞こえてないんですか」と、毒づいてみたけれど、効果は期待できなかった。

 

「このマークってなんだったっけ?凄く強くだっけ?超強くだっけ?それともちょっとだけ強くって意味だったっけ〜」

 

音也は私の真横へと回り込むと、既に広げられていた楽譜の上へ、無遠慮にバサっと自分の課題楽譜を広げて置いた。

そこに記されている音楽記号を指差して、「ここ ここ〜!」と示してみせる。

相談を受けてしまった手前、その楽譜を確認したが、思わず盛大な溜息がこぼれた。基礎の基礎すぎて教える気にもならない。

 

「そんな事、調べれば直ぐに解る事でしょう。私は忙しいんです」

「えーいいじゃん教えてよー!ねー」

 

音也はうるさい。本当にうるさい。そしてしつこい。

眉間に皺をよせて、なんと言えば諦めてくれるだろうかと暫く考えていたが、案が思い浮かぶ前に音也がぽんっと掌をうった。

名案が思い浮かんだとばかりに。

 

「あっ!そうだ!トキヤが歌ってみせてよ!」

 

眼前目いっぱいに、音也の笑顔が映し出される。

顔が近い。

目がキラキラしすぎ。

体温が高いのか?なんだか熱まで感じる。

そんな音也の迫力というか、情熱というか、熱意にたじろぎながら、なんとか「…は?」と返すのが精一杯だった。

 

「我ながらすっごいイイ考えっ!」

 

やっぱり聞いていなかった。

 

「ねえねえ、ここ歌ってみて?トキヤの歌聴きたい!」

 

ここ、と楽譜の一部を指差してねだられる。

サビの一番盛り上がる部分だ。先ほど質問してきた音楽記号とは違う場所なのだが…。

どういうつもりなのか?全くもって、理解出来ない。

考えても無駄だとは解っているのに、思考が止められない。

取り敢えず、条件反射的に「嫌です」とだけ返した。本当にもう、条件反射。

どうせ、返ってくる言葉は一つ以外想像すら出来なかったのだから。

「お願い!」

「嫌です」

「本当にお願い!」

「嫌です」

「お願いだから!」

 

ハァ…。

盛大にため息をつくより他ない。

じろっと音也を流し見ると、小首を傾げて私の瞳をじっと見ている。

期待と哀願の混じった視線。

数秒間、瞳と瞳で会話していたが、これは根負けしたといってもいいだろう。

”目は口ほどに物を言う”と言うが、音也の場合、口ですらあれだけうるさいのだから、瞳の効力は堪ったものではなかった。

(―――全く。キラキラしすぎなんですよ…。)

もう一度大きく溜息を吐きながら、「一度だけですよ」と努めて冷淡に告げた。

 

「やったっ!」

 

心底嬉しそうにガッツポーズをとる音也。

あまりに純粋で素直だ。

今の今までこの不躾な同室者に不快感しか抱かなかったのに、この笑顔を見てしまうと、なんだか少し許せる気分になってしまう。

天真爛漫で、明るくて太陽みたいな音也の笑顔。

じりじりと、心が焼かれている気がする。

 

 

 

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「ちょっと待ってて、俺ギター弾くからさ!」

 

歌い始めてすぐ、音也がギターで伴奏をし始めたのはいいのだが、ワンコーラスだけのつもりが途中から音也まで一緒に歌いだし気が付けば1曲歌いきってしまい(中略)更には互いの今までの課題曲の楽譜なんかも引っ張り出して、最後の方になると即興で。

とにかく、何曲も何曲も歌ってしまった。

 

「すっげーえ!たのしい!超楽しいねトキヤっ!」

 

歌っている音也はキラキラしている。

いつもキラキラしてるけれど、もっと輝いているように思う。

心底嬉しそうに、楽しんで歌っているのが伝わってくる。

最初は音也が音程をハズしたりする度に気になって仕方なかったが、気が付けばそんな事も忘れて、私自身まで楽しんでいた。

音を楽しむと書いて、音楽。

 

音也は音楽そのものだった。

 

 

 

 

お互いの声がかすれ始めたころ、どちらからともなく最初に歌った曲を歌った。

一番最初に歌ったときよりずっといい、私自身が素直にそう思えるような歌を歌う事が出来た。

多分、私も心の底から、音を楽しむ事が出来たのだろう。

ジャァン、と最後のフレーズを音也がギターで奏でる。

弦の振動の余韻が消えると、タイミングを見計らったように2人で大きく息を吐き出した。

その後、互いに笑みを交わす。

それは思わず漏れた微笑みで、私にとっては数少ない瞬間だった。

音也はいそいそとギターを肩から下ろすと、なんの脈絡もなく、唐突にがばっと抱きついてきた。

 

「めっちゃ楽しかった〜〜!もうトキヤ超好きっ!!」

「!!」

 

流石に何曲も歌唱して疲労していたせいか、音也に全体重をかけられてよろけてしまう。

なんとかソファに腰を落とすだけで済み、2人で倒れこむという難は逃れられたが…。

音也は首筋に顔を埋めるようにして相変わらず抱きついている。

頬に当たる髪はくすぐったいし、体重は重いし、身体は熱い。

 

「なんなんですか…ちょっと。重い…です、よ」

 

放っておいたらいつまでもくっついていそうな音也の肩を、突き放すように押しやる。

2人の身体の間に少し空間は出来たものの、まだ距離が近いし、凭れ掛かられているような状態で、とにかく重いし、熱い。

 

「いい加減どいてください」

「あー!トキヤ、こんな所にホクロある!見てみて!」

 

相変わらず人の話を聞いてない…。

折角とった少しの距離を、再度縮めるように音也が身体を近づけてきて、首筋の傍まで顔を寄せる。

音也が言っているのは、多分、顎と首の間にあるホクロのことだろう。

顎をあげない限り、普段は先ず見えない位置にある。

先ほど抱き付いたときに視界に入ったのかもしれない。

が、私のホクロの位置など本当にどうでもいいし、重いし、熱い。

第一、そんな位置のホクロを今どうやって見ろと言うのか。

これ見よがしに大きく溜息をついて、「音也」と険をこめて名前を呼ぶ。

名前を呼ばれて顔を上げ、視線は合わせたものの、離れる気配はない。

じっと私の顔を見つめていたかと思うと、不意に伸びてきた音也の指が、頬へ触れた。

 

「トキヤってすっごい色白いね、ホラ俺と比べたらさ、余計に。女の子みたいにきれい」

 

頬を無遠慮になぞりながら、感心したように呟く。

何故今更そんな事を訊くのか理解に苦しむが、アイドルとして普段から日焼けに気を使っているのは事実だし、隠す意図もないので、「日焼けしないように気を付けているんです」と素直に返答する。

 

「どうして?痛くなっちゃうの?」

 

頬をなぞっていた指先が、何故か耳元まで伸びて、そのまま輪郭を伝うように顎まで降りてくる。

先ほど音也自身が見つけたホクロの位置を確認でもしているのか、円を描くようにその部分を何度も撫でる。

やがてゆっくりと首、鎖骨へと感触が滑り落ちていき、居てもたってもいられない居心地の悪さを感じた。

身の危険のような、寒気に似た感覚だった。

 

「それよりも、先ほどからどうして触ってくるんですか!」

「えーだってすべすべだし!」

 

全く悪びれない様子で返された。

顔はニコニコと笑っているようにも見えるし、別の意図も孕んでるようにも思う。

「本当にすべすべだね…」と、今度は何処かうっとりとして独り言のように呟いた。

その間も、飽きもしないで肌を伝う。ともすれば、服の中にまで進入してきそうな勢いだった。

そして、またもや唐突に顔を寄せてきたかと思うと、頬と頬をくっつけてきた。

 

「おお!超気持ちいい!」

 

俗に言う頬擦りだ。

すりすりと、まるで犬がそうするかのように顔を摺り寄せられる。

もう驚いたというより、心底呆れてしまって、力任せに音也の胸板をグイっと押した。

すると、意外なほどに簡単に身体は剥がれた。

(なんだ、最初からこうすれば良かったのですね…)

されるがままになっていた自分自身にも呆れて、ハァと今日一番の盛大な溜息をつく。

音也は突き放されて多少驚いた表情をしていたが、とくに悪びれた様子もなく、きょとんとこちらを見ている。

 

…なんだか酷く疲れた。

 

「…もういいです。寝ます。」

 

未だ真ん前に座る音也を避けるよう、身体を捻って立ち上がり、そのままベッドへと向かう。

この数時間でどっと疲れた気がする。

散らかった楽譜の片付けも今はする気になれない。

明日にしよう。

そんな事を考えながら、ベッドに入る。

 

「あー待ってトキヤ!俺も一緒に寝る!一緒に寝るよ!」

 

私がシーツの中に納まると、慌てたように音也が腰を上げる気配。

「電気消すねー」と照明のリモコンをピッ、ピッと何度か操作すると、室内は徐々に暗くなる。

最後はうっすら月明かりが解るくらいの薄闇。

ゴソゴソと寝支度をする音が聞こえてくる。

その物音が心地良い子守唄となって、うつらうつらと意識が遠のいてくる。

夢の中に片足を突っ込みかけたそのとき。

唐突に、有り得ない体温を背中に感じた。

最初は遠慮がちに寄ってくるようだったが、最終的にはピタリと背に胸を合わせてきたらしい。

 

「…………何してるんですか。ここは私のベッドです。」

「…一緒に寝ていい?」

 

流石に私に怒られると思ったのか、音也は小型犬のように目をうるうるとさせ、ご主人様に散歩のお伺いをたてるかのように小首を傾げて、小声で尋ねてくる。

実際姿は見えないので、ここまでおねだり上手かは解らないが、察する空気からすると、あながち外れてはいないだろう。

というより、振り返って確認する気はもう起きなかった。

背中から伝わる体温が、心地よくて。眠気を促して、もう頭が働かない。

 

「ダメだと言ってもどうせ入ってくるんでしょう……」 はぁ、と小さく吐息をついて、諦めたかのようなフリをする。

本当は、最初からこの距離を許していたけれど。

 

「うん!一緒に寝よ!」

 

私の言葉を聞いて、きっとまた尻尾を揺らしている。

何故か脳裏には、耳と尻尾を生やした音也が浮かんでいた。

ぎゅっと抱きしめるように私の腰に手が回る。犬になら、抱きしめられるのも悪くない。

変な犬だな、と思いながら、意識を手放した。

 

 

翌朝、多分絶望する。

説明
初めてTINAMIに投稿します。どうぞよろしくお願いします!音也×トキヤの内容は友情以上恋心未満といった程度なSSです。ゲームの音也ルートとちょっと被せてあります。ホクロとか普通に捏造です。ただ白い肌にホクロは最高に萌えるなって…。トキヤがとにかくツンツンしてます。
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うた腐り 一ノ瀬トキヤ 一十木音也 音トキ 

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