ほむらちゃんのダイエット戦記
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 私の目の前にはまどかしかいない。ついに伝えたい想いを打ち明けることができた。

「ほむらちゃん」

 抱きしめたいと思った。いや、思った時にはもう行動していた。

 温かなまどかの体温は服越しでもすぐに伝わってきて、心と心さえ繋がっているように感じる。照明の白い光が自室を染める中、私とまどかの胸だけは朱色がかっているようでもあった。

 まどかのためになるよう努力してきた。強くなった。それでも満足しないで、さらに彼女に喜んでもらえるよう頑張った。

 もちろん、これからもそうやって妥協しないでいきたい。絶対に。

 これできっと、まどかは喜んでくれる。

 私を大切な人だと認めてくれる。

 ほむらちゃんはこんなにも大きな存在になったんだよと、腕をいっぱいに広げて、にこやかに言ってくれる。

 そんな未来を期待していた。だけど。

 

「そんな……そんなのってないよ」

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 数日前。私は起き抜けから前夜の出来事で頭がいっぱいになっていた。

 魔女にトドメをさした巴マミが、駆け寄ったまどかを抱きしめたのだ。私は生まれて初めて頭が沸騰しそうなほどの嫉妬を覚えたわけだけど、同時に激しい劣等感にも襲われてしまう。

 巴マミなんてまた死んでしまえばいいんだ、などと思ってしまった。

 まどかがそんな言葉を聞けば、きっと私を軽蔑する。ただでさえ今回の時間軸では冷たく接してしまっているけど……そうなってはもはや魔女と同じではないか。

 だから私は、巴マミを超えてしまいたいと願うのだった。

 魔法少女となってしまった今では、努力するしかない。

 何かひとつでもいい。かつて憧れた師のような巴マミに、一矢報いることができれば……っ!

 歯軋りをたてる私はあることに気付いた。

 まどかを抱擁した巴マミの『胸』。大人にも勝る大きさと、グラビアアイドルにでもなれそうな造形美を兼ね備えたそれは、まどかの表情を緩めきっていたのだ。

「私もあのくらいになれないのかしら」

 病弱で長く入院していたからなおさら、うらやむほどにあのおっぱいは魅力的すぎる。

 私は部屋にあるシンプルな姿見鏡の前に立ち止まり、自分の胸を寄せて上げてみた。

 

「ま、負けた……完全敗北よ……!」

 

 私は床に膝と手を付き、見えない巴マミに屈服させられてしまった。やらなければよかったと心底後悔。まさかこれほどの衝撃とは思わなかった。

 乱れた呼吸を整えるのに幾分かけると、私は天井に向かって拳を突き上げる。

「でもどうせなら、やってやるわ。まどかは私のものだもの」

 

 その日の夕方、私はスーパーでがっつりと『おっぱいを大きくしてくれそうな食材』を買い込んだ。

 最初に袋から取り出すは、定番の牛乳。それも、一リットルを七本。消費期限は一週間程度なので、一日に一本飲む計算だ。安直に思いついた食材だけど、むしろそれほど世間一般に定着し効果のあるものだと思うことにする。

 ただし……私は牛乳が苦手なのだ。

 アレルギーや、嫌いだというわけではないけど、匂いに嫌悪感がある。それでもガマンするしかないが、ココアでも混ぜればなんとか飲めそうだった。だって、まどかのためだもの。

 そして大豆に含まれる……えーとなんだっけ。ヨソフラボン? イシフラボン? ……そうそう、『イソフラボン』がいいらしいのでお豆腐もたくさん買ってきた。お豆腐なら食べやすいし、焼いたり揚げたりと調理のバリエーションも豊富で飽きないだろう。

 これはきっと続けられる。だって、まどかは私のものだもの。

 

「……ヨソフラボンって何よ」

 

 うっかりをなかったことにしつつ、次の品物を取り出す。

「あとはこれね。鶏肉!」

 それも、一キログラム。両手で抱えテーブルに置くと、その様たるや威風堂々といった雰囲気だった。まるで肉というより山に見える。

 これが私の血となり肉となり、胸になるのかと思うと戦慄すらしてしまうのだった。

「よし。できるだけ早く大きくするために、今から存分に堪能するわ!」

 今日のご飯はおっぱいご飯。これで胸は巴マミ級確実ね。だって、まどかは私と結婚するんだもの!

 誰が見ているというわけではないけれど、口元が緩みそうなのを必至にこらえる。

「今夜はローストチキンと湯豆腐、そしてお風呂上りの一杯ね!」

 野菜のない、完全肉食のメニューで巴マミに宣戦布告するのだった。

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「まどかっ! やっと……やっと、あなたを満足させられる……!」

 私はまどかを抱きしめる。ついにこの時がきた。わずか数日で巴マミをも凌駕するおっぱいを身に付けたのだ。

「ほむらちゃん」

「うん。私、ずっとこうしたかった。ごめんね。あなたのことを想うと、いてもたってもいられなくって」

 この先出かかった言葉を、私は懸命に手繰り寄せた。

(好きだよ。まどか)

 これは私の、最後の魔法。

 いつかワルプルギスの夜を退け、まどかも無事にいられた時にようやく使うことが許されるのだ。

 でもね? まどか。これできっと、気持ちは伝わったよね?

 まどかは表情を伏せっていた。少し震えているようでもある。

 どこか陰りのある雰囲気だった。

「そんな……そんなのってないよ」

「え」

 瞬間、頭の中が真っ白になった。なぜならまどかの声色は、拒絶めいたふうに聞こえたから。

「そんなの、ほむらちゃんじゃない!」

 言うが早いか、まどかは普通の少女らしいか細い手で……私のおなかを掴んだ。

「まどか!? 何を!」

「こんなおなかダメだよ! わたし、太った人に興味なんて持てるわけがない!」

 まどかはわんわん泣き出すが、その手は私の贅肉を心底恨むように力いっぱい握って止まなかった。

 そう、私は太ってしまったのだ。確かに胸も大きくなったが、その下には醜く、忌むべき肉塊が居座っている。

 まどかの反応を見てようやくハッとした。

「ううっ……うわああああ!」

 せっかく抱きしめた腕を自ら振りほどき、これまでをなかったことにしたいと思う。

 反射的に、盾に手を掛ける。だけど時間を遡ったところで、私自身の体型が元通りになることはないとすぐに理解した。

「さよなら、ほむらちゃん。元気でね」

「待って! 待ってよまどかぁ!」

 震えるような、力のこもったまどかの声色が聞こえてしまうと、我を忘れて食い下がりたくなる。

 衝動的に手を伸ばす。しかし彼女は、もう届くところにいなかった。

「まどかああああああああああああああああああ!」

 放課後の校舎裏。私はむなしさという感情にとらわれてしまったのだ。

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 ひどいことを言ってしまった。わたしは自分の胸に手を当てながら校舎裏を駆け抜けた。

 早くこの場からいなくなりたい。

 傷ついたほむらちゃんの顔なんか見たくない。でも、それって――。

「なんてわがままで、無責任なんだろう。わたし」

 どうして今気付いたのか。

 どうしてもう少し早く気付けなかったのか。こんな当たり前のことが。

 自分のせいだ。

 謝らなくちゃ。

 責任を取ろう。

 手遅れになる前に。

 どうか私に勇気が芽生えますように――。

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 重い体をこれまで必要としなかった足腰で持ち上げ、階段を上る。

 校舎の屋上へ到着すると、((朱黒|あかぐろ))い夕焼けが私の世界を包んでいた。それは決して綺麗なものには見えない。風は生ぬるく、まるで魔女の結界内にいるようだ。

 だけど、本物の結界など慣れたものだった。

 あれからむなしさを糧に、どれだけの魔女を葬ってきたのだろう。

 正義感でもなく、まどかへの想いでもなく、私を動かしたのはひとつの後悔。たったひとつにして、全てが狂ってしまった。

 ソウルジェムは限界寸前まで濁ったものの、グリーフシードを使いなんとか持ち直す。

 だけどそれももうどうでもよくて。

 私の心は魔女そのもののようで、真っ黒になってしまった。ソウルジェムを確認せずとも邪悪が胸の内を支配しようとしているのが、笑えるほどにわかってしまうくらいだから。

「でも、疲れちゃったな……体重全然減らないんだもの」

 今まで決して諦めなかったけど、まどかに心底嫌われたようだし……休んでも、いいんじゃないかなと思う。

「ん……でも私、何で今まで頑張っていたんだっけ」

 前の時間軸では『あの子』を私の手で殺してしまった。

 その前は『あの子』が最悪の魔女となってしまった。

 その前も助けられなかった。さらに前も。

「そうか。『あの子』を助けたかったんだ」

 なぜ『あの子』を好きになってしまったのか。

 最初の時間軸……退院して、転校してきた初日に私の名前をかっこいいと褒めてくれて。

 それだけで心が洗われて、生まれ変われるような気がしたんだ。

 でも嫌われてしまった。私が軽率な行動に踏み切ったばかりに。

「いいんじゃないかな。もう」

 私は魔女になってしまう。そうなると、『あの子』に迷惑がかかってしまう。

 死んでしまおう。嫌われたのならしかたがない。時間を巻き戻したところで『あの子』が私を好いてくれることは、きっとないから。

 私は何かに導かれるように一丁の拳銃を取り出し、ごく自然な動きで……だけど、自然ながらも不自然な様子で。

 どす黒いソウルジェムへ銃口を向けた。

 

「だめだよ。ほむらちゃん」

 

「あれ、まどか……? いつからそこに」

 夕日の逆光で顔はよく見えない。だけどこの声、シルエットはまさしく私の好きなまどかだった。

 まどかはソウルジェムを撃ち抜こうとした銃に、そっと手を添える。

「ほむらちゃんの気持ちはしっかり届いてたよ。だけど、わたしは……もう脂肪に悩まされるのはいや」

「! ややや、やっぱり私のこのおなかがいけないのね! こここの贅肉ががが!」

 頭の中を揺さぶられたように意識が飛びかける。

「痩せたいんだよね?」

 まどかの声は、とても優しかった。

 いつも以上に柔らかな口調だったから、私は身構えてしまう。

「……まど、か?」

 一呼吸おいてまどかは続ける。

「お願いがあるんだ。私に、叶えさせて。ほむらちゃんを絶望させた責任を……取らせて!」

「だめよまどか! それだけはだめ!」

 魔法少女になるということだろう。慌てて止めようとする。

「キュゥべえ」

「やっと僕の出番だね。待ちくたびれちゃったよ」

「だめっ!」

 きっと私はみっともない顔のままなのだろう。そんな状態で、無表情しかできない白い獣の前に立ちふさがった。

 まどかだけは、絶対に契約させるわけにいかない。それだけは、今も過去も同じ気持ち。

「ほむらちゃん、私に契約させて。絶対に譲れない理由があるの」

「理由……?」

 まどかのほうを振り返る。

「んっ」

 まどかの仕草に意表を突かれた。私はきっと目を丸くしているのだろう。私の大好きなまどかは突然、制服の裾を捲り上げて自らの肌を露出させた。

 服の下に現れたのは、私にとっての聖域とも言える部分だったが……あれ、まどかって意外と――。

「黙ってたけど、わたし実は……着痩せしてたんだよ!」

「本当……たれてる」

 あ。

 まどかはビクッと反射反応。しまった。言ってはいけないことが、うっかり声になった。

「ふぇ……」

「あああごめんねまどかあああああ! でも私なんてもっとひどいから! 見て、この脂肪! この特盛加減! まどかなんて可愛くて鼻血が出るようなものじゃない!」

 というか、私の鼻からはすでに流血済みだった。制服を汚し、薄汚れた白い床に真っ赤な斑点を残してしまっている。

 でもね、まどか。私は伝えたいことがあるよ。

 私はハンカチで鼻血を拭い、それを握り拳で力強く包み込む。

 そして、勇気を出しておもむろに抱きついた。

「そんなところも含めてまどかが好き。大好き」

 彼女の甘い香りをまた味わうことができた。幸せなことこの上ない。

「うん。ほむらちゃん、わたしも好きだよ」

 まどかが私の背中を、あやすようにぽんぽんと叩く。なんだか気持ちのよい、温かな感触だった。

 なぜだろう……ふと、意識が遠のく感覚があるのに気付いた。

 夜遅くに本を読んでいて、こくりこくりと舟をこいでいるかのような。まるで寝具も寝るのに最適で、ふわふわな布団を被っているみたいな心持ちだ。

 まどろみの中、まどかの言葉が聞こえたような気がした。

「ごめんね」

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「さすがだね、まどか。あの暁美ほむらを抱擁だけで気持ちよくさせるなんて、人間技じゃないよ」

「……さあキュゥべえ。契約を」

 今の私には罪の意識が強かった。

 ほむらちゃんを傷つけたこと。そして、彼女の願望に反して契約を執り行おうとしていること。

「やっぱり君には素質がある」

 インキュベーターの言葉は耳に入ってくるものの、意識的に受け取れなかった。それだけ、わたしの考えは『ほむらちゃんのため』ということに傾倒していたから。

「お願い。わたしの願いは、ほむらちゃんの願いを叶えること。ほむらちゃん自身に、もう一度望みを持たせてあげたい――」

「承知したよ、まどか」

 わたしの周囲を奇跡の光が取り囲む。

 ああ、これで彼女は救われるんだと思うと、少し心が痛むけど……きっと許してくれるよね。

 許して、くれるよ。

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「ん……」

 目を覚ますと、やけに澄み渡った感覚があった。しっかり睡眠をとった時みたく爽やかだったが、どうやら時刻は夜らしい。満月が、目覚めたばかりの瞳子を刺激している。

「まど、か?」

 ふと、後頭部に柔らかで温かい感触があるのに気付く。ぼやけた視界が晴れ渡ってくると、それはまどかの膝枕だとわかった。((見|み))え((辛|づら))いが、彼女の顔が目の前にあると気付く。

 瞬間、一粒の水滴が私の額に降ってきた。雨が降る直前に感じる独特の匂いはしないけど……雨だろうか。

「ほむらちゃん……どうして……」

 まどかの声は嗚咽交じりだった。

 それは雨ではなく、悲しみの雫。私が睡魔に襲われる前。いや、後? 原因が全くわからなかった。

 さらによく見るとまどかは、桃色の魔法少女服を身に纏ってしまっている。とうとう契約してしまったようだけど、それは後回しだ。

「どうして泣いているの。まどか!」

 私は物理的に重い体を無理矢理起こした。

「どうして体型が変わってないの!?」

「え? まさか、まどか……あなたの願いは……」

「『ほむらちゃんの願いを叶えさせてあげること』。それがわたしの願い。でも、なんで叶っていないの!」

 直接言ってしまってはまどかを傷つけると思い、出かかった言葉を飲み込む。唇を、強く噛む。

 確かに私は、痩せたいと思った。

 だけど、奇跡に頼って一瞬で痩せられるなんて……まどかを守るために頑張ってきた私の性分じゃあない。むしろ素質に恵まれた巴マミを連想してしまうので、すぐ痩せてしまえばあまり気分のいいものではなかっただろう。

「いいのよまどか。あなたの願いは叶っているわ。だって……私はあなたといられるだけで嬉しいもの」

「……本当?」

 泣き顔を上げたまどかは、どこか幼い印象すらあった。微笑ましくて、いとおしく思う。

「ええ。ほら、涙を拭いて。笑顔になって……」

 私は綺麗に折りたたまれたハンカチを取り出し、まどかの目元をぬぐった。

「あれ?」

「どうしたの、ほむらちゃん」

 変化に気付いたのは、まどかの胸元。

「まどかって……こんなに胸あったっけ?」

「ふわわっ!?」

 恥ずかしそうに慌てふためくまどか。普段おっとりしていて、たまにそそっかしいのがまた可愛いのだけど、明らかに胸のボリュームが増していた。

 一回りどころじゃない。衣服から谷間が見えるほどになっている。

 そう。『谷間』ができているのだ。

「もみっ」

「ひゃわんっ!」

 気がついたら、まどかのおっぱいを揉んでいた。謝るのはあと。きっと許してくれるわ。

「もみもみっ」

「はわぁん……!」

 間違いない。本物である。まどかが色っぽい声を漏らしているのが、何よりの証拠だった。

「これは、理想のおっぱい……!」

 私は手で揉むだけでは飽き足らず、谷間に顔をうずめてぐりぐりと鼻を押し付ける。

 気持ちいい。気が遠くなるほどに柔らかな感触、体中を支配されそうなまどかだけの匂い。

「だめだよ、舐めないで! く、くすぐった、い……」

 嫌がりながらも気持ちよさそうなので、私はぺろぺろを続行する。

 ほんのりと塩味を感じさせる素肌は、力の弱い舌を当てるだけでどこまでも変形してしまった。もちろん、舌を離せば元通りである。

「まどか、まどか、まどか、まどか、まどか!」

 まるで世界は、満天の星空の中央に二人きり。

 貪るように堪能する私と受け入れるまどかの世界は誰にも邪魔されず、永遠のようだった。

「きっとこれが、本当の私の願いだったのかしらね」

 

   ☆☆☆

 

 その後、私は魔女を狩り続け、食事制限や運動を駆使した健康的なダイエットにも取り組んだ。その甲斐があって順調に痩せ、元の体型に戻ったのはいいものの、まどかが、

「あの時のほむらちゃんもコロコロして可愛かったけどなぁ」

 などと茶化してくるのだけど、むず痒くも悪くない気分になってしまう。

 うん、大好きだよ――まどか。

 

   完

説明
ほむらとまどかの、まどマギ小説です。たまにはこんな内容もいいよネ……ww 
あ、作中でマミさんがいろいろ言われていますがこれは愛です。なんたって、イジりがいがあるんだもん……w 
ちなみに、体重で絶望する感覚は虎の子も身に染みていますorz だいぶ解消したけどネ!
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魔法少女まどか★マギカ 暁美ほむら 鹿目まどか まどマギ 

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