黄昏センチメンタリズム
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 時間とは常に浸蝕され続ける事象である

 

   

 

黄昏センチメンタリズム

 

(刹那/抹消)

 

 

 

 ゆらゆら、夕暮れの中をきみと歩く。綺麗な夕焼けに涙する程センチメンタルな気分じゃあないけれど、きみの顔を見れないくらいにはセンチメンタルだった。ちょうどいい。黄昏、たそがれ。きみの正体が判らなくなる気がした。無論、ぼくの正体も同じことだ。

 このたそがれに混じって溶けて、本当のことなど何処にも無いという妙な確信をえて、それこそ本当に泣きそうになる。くそ、きみの顔が見えない。夕闇がぼくらを取り巻いてる。

 

「さようなら」

 不意に隣から聞こえたきみの声に、どきりとした。恐怖、だ。何回だって、何百回だって聞いている筈なのに、それが自分に向けられた言葉じゃ無いことに、ぼくはいつも安堵する。自分勝手だとは思う。自分だって、幾度も云ってきたというのに。

 

 時は削り取られてゆく。ぼくらは、結局最後にはさよならしか云えない事を知っていて、永遠なんてものを望んではいけないのだとも知っていた。

 ……だけ、ど、

 

 ぽい、一輪の花を空へ放る。消えゆく時たちへの供花(くうげ)。そんな使命にまるで不釣り合いな朱が、じわりと視界に焼き付いた。さようなら、さようなら。囁きが聞こえる。

 ちょきん、すとん、お仕舞い。

 そんなふうにして、いとも簡単に時は抹消される。それが、ぼくらの役目。溢れてしまうその前に、必要とされていないモノに別れを告げる。その別れの痛みを負うことが、ぼくらに課された贖罪。……判ってるよ、そんなの。

 おきまりの別れの儀式に、それを平然と行うおぞましいぼくの手に、吐き気がする。絶対者にでもなったつもり? そう哂われている様な気がした。ばかげてる。ぼくらもまた、時に縛られているというのに。

 黄昏は何もかもをうやむやにして、まるで枷を嵌める様に、怠い痛みを誘う。さっさと夜が来ればいいのに。そう願うときほど、橙は強く空を支配した。きみの、硝子細工の様な緑青の睛が、空を映し込んで夕陽に焼かれる。蒼と紅は溶けるように混じり合い、藤色に揺れた。

 移ろってゆく万物(すべて)の中で、いったい、何を真実だなんて云えるのだろう。答えの出ない疑問にのまれる愚かなぼくと、対比を描く、酷く透明なきみの声。いやな眩暈がする。

「ねぇ。夕刻の空ほど刹那的なモノは無いと思うんだけどさ、どう思う」

「……刹那的、」

「そ、刻々と別れの手を振ってる」

 藤色に染まった睛で笑うきみの横顔に、みとれる。だけど、それもすぐに夕陽に掻き消された。

 やっぱりぼくは黄昏なんてだいきらいだ。不意に向けられる問いかけは、本当にいつも突然で意味を成さないし、この刹那に意味を持つつもりなんて、ぼくには毛頭無かった。意味を持ってしまったらぼくの心はもっと重くなる。意味、それはぼくにただ痛みだけを与えた。

 とらわれる、《黄昏》と云う名のフラッシュバック。まるで悪い夢を見ているかの様に、頭に鈍痛が響く。泣いてしまいたいとすら思う。墜ちてゆく痛みは痛みと繋がって、終わらない絶望を描いた。これが罪の名残だというのなら、この贖罪は何処までぼくについてまわるのだろうか。止め処なく、断片化された記憶が溢れ出す。くるしさに目の前が歪む。つられて吐いてしまいそうだと思った。投身の風を思い出してしまいそうになる。

 ――さようなら、

 最後の刹那に確かめたのは、生(せい)への切望だった? それとも死への恐怖だった? 流転し続ける時の中の些細な一部分なんて、もうとっくに別れの向こう岸の話だった。……ああ、そんな愚かしい、最後のとき、だなんてもの。まだぼくは縋っているのだろうか。思い出せない程遠い日に、さようならを告げた筈の時に。

「きみは、別れを求めてるの」

 目線を合わせずに言葉を返す。問いかけに問いかけで返さないでよ、ときみが笑う。きみがどうあれ、少なくともぼくは別れなんて求めちゃいない。ぼくが別れに得るものは、痛みを伴って自分の何処かを削がれる様な、空しさにも似た感覚だけなのだから。戸惑いを含んで答えを捜すきみのシルエット。それは、ひどく哀しそうに見えた。

「別れ? そんなの。……ぼくはただ、終わりが欲しいだけ、だよ、」

 切なく、美しい声が夕暮れに溶けてゆく。ああ、きみ、それはあんまりにも酷だ。求めたって手に入らないものを望んでも、苦しいだけだと知っているくせに。

「終わりなんて。……終わりなんて、何処にも無いよ。そこに在るのは別れだ。ぼくらは別れの痛みを重ねて廻るだけなのに、」

「……知ってるさ」

「だったら、」

 哀しげな睛がぼくの視界を捕らえる。嘲笑にも自嘲にも似た微笑みを湛えたきみに、ぼくは、ぼくの無力を悟った。弱い自分を隠そうとする、おぞましいエゴイズム。ああ、すべてが嫌になる。

 莫迦なぼくを哂う様に、黄昏は足音を速めて踊る。鈍い橙に照らされた雫が、ぼくのものなのかきみのものなのか、判らない。判りたくなかった。

 憂鬱と共に停滞するセンチメンタリズム。鬱陶しい感情たちを振り払うように、ぼくはきみの震える手を握り締めた。

「……逃げて、しまおうか」

 零れた言葉は、黄昏に侵されたぼくの精一杯の本心。これだって酷いエゴイズムだとは思わないか、けして叶うことが無いとはじめから判りきった、あまりに無駄な足掻きなのだから。

 莫迦げた誘いに応える様に僅かに込められた力に、ぼくはでたらめに唇を重ねた。傍観を決め込む黄昏は境界を曖昧にして、すべての意味を溶かしてゆく。それでも、やっと、きみの顔が見れた。

 ……なんだ、泣いていたのは二人ともなんじゃないか。

 黄昏は緩やかな陰影をつけてきみを照らし、きみのその淋しげな微笑みをぼくの中へ焼き付けた。ああ、この刹那はぼくの中に意味を持ったのだ、憂鬱な痛みを与える、強い意味を。

 それでも、この刹那(とき)さえ、他と同じくいつしか削り取られて抹消されてゆくんだろう。そのときぼくが抱くのは、悲しみだろうか、安堵だろうか。泣きたくなるほど程美しいこの刹那に、永遠を求めてはいけないだろうか。傲慢な願いが悲しみを滲ませてゆく。

 

 黄昏に囚われた魂は何度だって廻る。くるくる、くるくると。逃げられやしない、そんなこと、痛いほど判っている。幾度も別れを重ねて、繰り返し、廻ってきたのだから。

 だから、この刹那だけ。

 心からのかなしみを込めて、何時か抹消されるこの刹那(とき)にもう一度だけ、ぼくはそっと小さなくちづけを落とした。

 

 fin...

説明
部活で書いた短編です。
BLのつもりではありませんが、苦手な人は注意して下さいませ。
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タグ
少年 黄昏 

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