レッド・メモリアル Ep#.06「対応者」-1 |
『ジュール帝国』
《ボルベルブイリ》《チャコフ港》
γ0080年4月9日 7:02 A.M.
アリエルとその養母であるミッシェルは、《ボルベルブイリ》の最大の規模を持つ港である、《チャコフ港》へとやって来ていた。
大型船舶や漁船が停泊する港だったが、『ジュール帝国』自体の大規模な経済危機も相まって、船舶業界や、漁業、貿易、全ての活動がほとんど停止状態だ。港に停泊する船は多かったものの、船の往来はまるでない。
港の従業員や作業員、警備員も活動していなかったから、アリエル達が《チャコフ港》内に潜入するのも容易なことだった。
周囲の様子を警戒しつつ、アリエルとミッシェルは港の内部へと潜入していく。ミッシェルは車を、アリエルはバイクを港の外へと置き、一旦内部から、門の鍵を開けて中へと侵入していった。
二人とも徒歩ではなく、車とバイクにそれぞれ乗っていたのは、いざと言うときすぐに脱出するためだ。
港内を車で走行しながら、ミッシェルはウィンドウを開き、アリエルに言った。
「あなたはもしもの時のために、逃げる用意をしておくの。もし私に何かあったり、周囲に不穏な気配があったら、すぐに逃げなさい」
周囲は倉庫が取り囲んでいる。以前は、トラクターなどが行きかい、盛んに荷物の運搬が行なわれていた港のエリア。今はまるで捨てられた工場のような場所を二人は走行していった。
倉庫、捨てられたコンテナ、トラクター。錆付いた機械など、遮蔽物が多い。二人を陰から狙うことが出来る要素が多い。
ミッシェルは細心の注意を払い、車の中から周囲の様子を伺い、車を徐行させていく。
「6番埠頭の6−E倉庫前。あそこだわ。あなたは、ここにいなさい。私の元部下なんだから、会うのは私だけ。安全だと分かったら、別の場所であなたと合流するわよ」
と、ミッシェルは車の中でそう言った。
「ちょっと。お母さん、あんな事があったっていうのに、一人で?」
アリエルは、ミッシェルの行動に戸惑いつつそう言った。
「心配しないで。何かあったら、すぐに連絡しなさい。携帯は持っているでしょ?あなたを守るためにこうするしかないの」
車の中からミッシェルが言ってくる。だが、アリエルの心配は別の方にあったのだ。
「私が自分に心配しているんじゃあなくって、お母さんの心配をしているの。もしも、お母さんに何かあったらと思ったら、心配で心配で。私はもう」
「いいえ、駄目よ」
突然、はっきりとした口調で、ミッシェルは言い放った。
「あなたは、そこのコンテナの陰にバイクを止めて待っている事。エンジンはアイドリング。いつでもここから脱出できるようにしておきなさい」
とミッシェルはアリエルに指示を出すと、自分は車で、さっさと待合場所である倉庫の前へと向ってしまった。
有無を言わせず、指示は絶対。母らしい姿だった。昔から養母は自分に向って、時として絶対的な指示を出すことがある。それはむしろ命令のような姿で、アリエルも幼かった頃は、そんな養母の姿に恐怖さえ感じたものだ。
しかし、養母が今までに間違っていたことなど無い。彼女が言うことは正しく、自分を正しい方向に導くために、あのような姿を見せるのだ。
アリエルはバイクを倉庫の影に停車させ、エンジンはかけたままにした。電気エンジンは、朝の港でもあまり響かない。
ミッシェルは、自分を乗せた乗用車を走行させていき、倉庫の前で停車させた。
自分の元部下の男、ハリソンは、待ち合わせ場所の指定に《チャコフ港》を選んだ。場所選びとしては、妥当かもしれない。
朝はほとんど人の姿が無いし、《ボルベルブイリ》の市街地も近いから、すぐに行動に移ることができる。
長年付き合ってきたその男は、あくまで上官と部下と言う関係だったが、ネットで繋がった、あらゆる情報網の提供はミッシェルのためになった。今回、養女であるアリエルが狙われているという事でも、協力してくれると言う。
しかし、どこまで信用して良いものか。ミッシェルは不安になっていた。今その男は、『ジュール帝国国家安全保安局』に近い立場にいる。アリエルを狙っている保安局に懐柔されていないかと、警戒する必要はある。
ミッシェルを通じて、アリエルをおびき出し、一気に捕らえる。そんな方法も十分に考えられた。
ミッシェルが警戒心も露に車の中から港の様子を見つめていると、倉庫の向こう側から一台の車が迫って来る。
間違いない。あの男だ。ミッシェルは運転席のシートに身を埋め、じっと相手の車を見た。とりあえず車の中には、元部下のあの男の姿しか見えない。自分で運転席に座り、運転している。
その車の速度は異様に速い。タイヤをきしませるくらいのスピードで走って来ている。まるで何かから逃げるかのように。
まだミッシェルは車から外には出なかった。自分から出て行くつもりは無い。相手にこちら側へと来させるのだ。さっそく不穏な気配が漂っていた。ただ、自分に会いに来るだけだったら、車をあそこまでスピードを上げてきたりはしないはずだからだ。
ミッシェルの携帯電話が鳴った。
ミッシェルは通話モードにする。そして、耳の中にイヤホンタイプの携帯電話を差し込んで、電話をかけてきた者と通話をする。
電話相手は一人しかいない。携帯電話の画面にも、ハリソンという名前がしっかりと表れていた。このハリソンこそ、ミッシェルが接触したがっていた男だ。
「ロックハート将軍!急いでください!」
突然、耳の中に飛び込んできた声に、ミッシェルは焦った。ミッシェルにとっては、数年ぶりに聞くこの男の肉声だ。ずっと、チャットとメールのやりとりだったから、肉声はしばらく聞いていなかったのである。
「一体どうしたの?」
猛スピードで迫ってくる、ハリソンの車。ミッシェルはエンジンを入れた。
「奴らです!奴らに襲われてしまって!」
ハリソンの車は、ミッシェルのすぐそばまでやってくると急停車した。
彼はすぐにウィンドウを開き、ミッシェルへと言葉を投げかけてくる。もう携帯電話は必要なかった。
「襲われたって?誰によ?」
数年ぶりの再会だったがあまりに唐突だった。ハリソンは肩に怪我をしており、その応急処置もできていないらしい、上着は血で真っ赤だった。
何者かに襲われたに違いないと、ミッシェルはすぐに判断する。
「テロリスト共。奴らです!あいつらが、私を!」
必死の形相で、ハリソンは言ってきた。彼は痛めた肩で顔をしかめる。
「ちょ、ちょっとあなた、大丈夫なの?」
「ええ、あなたに会いに来て、撃たれただけです。大丈夫、致命傷じゃありません!あいつら、すぐにここにも来ますよ!早く逃げないと!」
ハリソンはエンジンをふかし、今にも、その場から車で飛び出して行きそうな勢いだった。
「ところで、あなたの娘さんは、どうなさったんです?彼女も危険だ!一緒に逃げないと!」
「安全な場所にいるわ。後で落ち合う事になっている」
すかさずミッシェルが言った。
「ええ、じゃあその場所まで急ぎましょう、ああ、奴らだ!奴らがきました!急いで逃げましょう!こちらです!」
ハリソンは車を飛び出させ、一気に、ミッシェルとは、反対方向へと港の敷地を走っていく。
「ちょっと!待ちなさい!奴らって?」
ミッシェルは車を急いでUターンさせながら、待ち合わせ場所であった倉庫の向こう側からやってくる数台の車を見つけた。
その車も、猛スピードでミッシェルのもとへと迫って来ている。
「ちょっと!テロリストが、あなたを狙っている?なんでよ?」
ミッシェルはハリソンと通話しながら、車を一気に発進させる。
(あなたと、あなたの娘さんを狙っているのですよ!)
耳元で叫んでくる男は、ミッシェルの車のすぐ向こうを走っていた。
「それで、あなたを襲ったというの?なぜ、あなたと私達との繋がりが分かったのよ?」
(国家安全保安局のデータに侵入したとしか考えられません!)
と、その男が言ったとき、ミッシェルとハリソンを乗せた車は、港の敷地を飛び出した。
背後を振り返るミッシェル。アリエルは今の出来事に気がついただろうか?異常があればすぐに逃げ出すようにと言っておいた。だから、多分逃げたはずだ。
「どこに逃げるの?あいつら、追って来るわよ!」
バックミラーを見て、2台の車が追いかけてきている事を、ミッシェルは確認する。
(もう少し!もう少しです!ここに来るときに、破棄された工場がありました。そこで凌ぎましょう!)
港を出たミッシェル達は、海岸沿いの道を走っていく。周辺には、古びた倉庫や、使われていないような工場、建物ばかりだ。
ハリソンを乗せた車は、急カーブを曲がるとさらに曲がり、一つの捨てられた工場の敷地の中に入っていった。
ミッシェルもそれに続く。
「ここなら、安全だって言うの?」
工場の敷地の中に入っていきつつ、ミッシェルが電話で尋ねた。
(ええ、あのまま逃げていっても、どうせ捕まるだけです。ここで凌ぎましょう)
と言う通話の後、ハリソンは入り組んだ工場の敷地の目立たない位置に車を止め、外へと出てきた。
ミッシェルも車を停車させ、その場で下車する。
「どういう事よ!あなたテロリストの連中に襲われたって!いつの事?何故、連絡を入れなかったの!撃たれたのはその時?」
車から肩の傷を押さえつつ降りてきたハリソンに、ミッシェルは尋ねた。
「今朝、襲われたばかりです。逃げるのに必死で、どうしても。連絡できなくて」
ハリソンは、ミッシェルと目線を外してそのように言ってくる。
どうもしゃべり方が不審だった。もっと必死になっていても良いはずなのに、今のハリソンは、まるでミッシェルと会話がしたくないように思える。
警戒心を絶やしていないミッシェルにとっては、ハリソンの不審な目線を見逃さないわけにはいかなかった。
「ねえ、何でも答えてくれるかしら?」
「え、ええ、もちろんです」
驚いたようにハリソンは顔を上げた。
「じゃあ聞くわ、ハリソン。何故あなたは、“昨晩”襲われたのに、私に何も連絡を入れなかったの?」
「何を、言っているんです?」
ミッシェルは、ハリソンが来ているシャツを乱暴に破った。
「この傷と出血は、1時間や2時間前に付いたものじゃあない。明らかに、半日は経っているわよ。それなりの止血と傷の処理はしているけど、あなたのその顔の蒼白からして、かなり血が抜けているわね」
ハリソンは何も言ってこない。代わりにミッシェルから目線を反らした。
「何故、嘘をついているの!」
ミッシェルは素早く自分の猟銃を取り出し、それを、ハリソンへと突きつけた。
「し、信じてください!ロックハート将軍。私は」
「いいえ、信じられないわよ。娘の命がかかっているんだからね。言っておくけど、あの子のためだったら、私は人殺しだってするわよ!」
ミッシェルは、猟銃の引き金に指をかけている。まるで突き刺すような視線でハリソンを見抜こうとする。
「分かりました。ですが、私は、あなた達を救おうと考えています。それだけは本当のことなんです!」
「前置きはいい!さっさと話しなさい!」
ミッシェルは、ハリソンの体を背中から、車の屋根の上に押し付け、さらに猟銃を押し込んだ。
怪我をしている彼にとっては、かなりの激痛を伴う行為だったかもしれない。だが、ミッシェルは構わなかった。
ハリソンは恐れをなしたように、屋根にたたきつけられた姿勢のまま話し出した。
「私がテロリストに捕まったのは、2日前です。あなた達の居場所を教えろと脅されましたが、私は口を割っていません。ですが、昨晩に、撃たれて。それでその後、何故か、あなた達の居場所を話してもいないのに解放されたんです。それが、ついさっきの事です」
ハリソンは必死になってミッシェルに話したが、彼女は認めなかった。猟銃の銃口をねじ込むようにしてハリソンに言い放つ。
「要求に応えてもいないのに、どこのテロリストがあなたを解放するの?言い訳はもっと考えて言いなさい!」
「本当の事なんです!でも、私を解放したからには、何か目的があるのかもしれません。だから、逃げようと!」
「目的って、まさか?」
と、ミッシェルが言ったときだった、突然、空気を切り裂くようにして、何かが飛んでくるのを、ミッシェルはいち早く気がついた。
素早く、その場から離れようとするが、ハリソンは傷ついていた上、車の屋根に押さえつけられていたため遅れてしまう。
ミッシェルが、飛んできたのは、ロケットランチャーから発射されたミサイルだと気がついたときには、ハリソンとミッシェルが乗ってきた車は粉々に吹き飛び、炎を撒き散らしていた。
ミッシェルは吹き飛ばされた後、地面に叩きつけられた。
すぐに身を起こそうとしたミッシェルだったが、突然起きた爆発のショックと、地面に叩きつけられた時の痛みから起き上がる事が出来ない。
ハリソンはどうなったのか、それだけ確認をしようとした。
彼の体は炎に包まれたものとなって、ミッシェルよりもさらに遠くに倒れていた。ミッシェルは素早く車から離れたが、彼は間に合わなかった。
車に飛び込んできたのは、ロケットランチャーからのミサイル。爆発の致死半径にいればまず助からない。
ミッシェルは、信頼のおける部下を失ってしまったのだ。
いや、失ってしまったのは、とうの昔なのかもしれない。ハリソンはすでに自分を裏切っており、テロリストの手中に自分達を誘い込んだのだ。
素早く現実を理解したミッシェルはその場から立ち上がろうとする。
手にした猟銃を支えにしてやっと立ち上がったミッシェルは、工場の敷地の向こう側から、何者かが近づいてくるのを知った。
爆発の時に頭も打ったのか、どうしてもぼうっとしてしまって、目の焦点も定まらない。だが、危機は近づいているようだった。
ミッシェルは、震える手で猟銃を構えて、それを迫ってくる者達へと向けた。
その中心にいる、一人の女がミッシェルの目に留まった。
迫ってくる者たちには大柄な男が多い中でも、その女だけは奇妙な存在だ。それも年頃だって、養女のアリエルと同じぐらいの年頃。まだ、17、8にしかならないような少女でしかなかった。
背はアリエルよりも高く、オレンジ色に近い色の髪をしている。それで片目を隠しているのが印象的だった。顔立ちと体格からして、おそらくスザム系の人種だ。
ミッシェルはその少女へとまっすぐに猟銃を向けた。
「そ、それ以上近寄るのを止めなさい」
うまく回らない舌のまま、ミッシェルはその少女に言い放った。
「嫌よ。わたし達はあなたに用があって来たんだから。今のも、死なないって分かっていた。だから、わざと、ギリギリに外させたの。気絶するくらいすると思っていたけれども?」
少女は、自分の声をわざと低くし、迫力を持たせて喋った。確かに、ただの年頃の少女には無いような威圧感がある。
「わたし達に用?あなた達は一体何者よ!」
幾分か焦点が定まってきた目を女へと向け、ミッシェルは言い放った。銃は指をかけ、いつでもそれを発砲できる姿勢にあった。
「あなた達の家を襲った奴はね。携帯電話をしっかりと持っていたでしょう?だからその携帯電話が出している電波ではっきりと、あなた達の位置は分かっていた。この《ボルベルブイリ》に来るだろうって事もね。
まあ、そのくらいあなた達もお見通しだったようで、あなたの前の携帯電話は捨てられちゃったみたいだけれども。今持っているのは。新しい携帯電話?プリペイド式?」
その少女は、ゆっくりとミッシェルへと近づいてくる。いつでも、銃を撃つ事は出来た。
だが、目の前の少女が、自分の養女と変わらない年頃の娘だという事がわかってしまうと、どうしてもその引き金を引くのが一瞬を遅れてしまった。
相手の少女も、自分の背後から、ショットガンを抜き放った。
ミッシェルは、猟銃の引き金をとっさに引いた。
しかし、猟銃から放たれた弾は、目の前の少女の体にぶつかると弾けとび、まるで鋼鉄の塊にでも当たったかのように、その軌道を大きくそらされてしまったのだ。
ミッシェルは眼を見開いた。
この娘は、ただの人間じゃあない。しかも、どこか見覚えがある。遠い昔に会った事があるような気がする。
しかも『能力者』だ。そうミッシェルの頭に言葉がよぎった時、彼女は、自分の背後に回られたその少女に腕を掴まれてしまっていた。両腕を押さえ込まれ、その握りしめる力に、ミッシェルは猟銃を落としてしまう。
「あなたの部下も下手な役者ね。
ハリソンだっけ東側の人間が、この土地で一体何をしているって言うのよ?おとなしく、平和な国で年金生活でもしていれば良いのに。
どうせ、下手な役者でも何でも構わなかったんだけれども、解放すれば、すぐにあなたの元へと飛び込んでいくだろうって、思っていたしね。あなたを探すんだったら、あいつを解放してやれば、わたし達はただそのあとを付けていくだけで良いってことよ。策を張っておいて正解だったわ」
耳元で長々と言ってくる少女。この少女は、見た目こそアリエルとそれほど変わらなかったが、話し方と言い、物腰と言い、どこかただの少女には感じられない所があった。
親の元で裕福に暮らしているだけの、普通の若者とは違う。
どこか、恐ろしげな印象さえ言葉の端から聞こえてくる。
だが、ミッシェルは相手の言葉など鵜呑みにしなかった。
「あなた。おしゃべりは良いけれども、長々と話なんかしたら、私に逃げる隙を与えるだけよ!」
と言い放つと、すかさずミッシェルは、相手の少女の腕を振りほどく。そして、すかさず彼女へと向けて蹴りを放った。
相手の少女は吹き飛ばされて地面に転がる。ミッシェルの放った蹴りは、鋭く相手へと突き刺さった。
ミッシェルは50歳を過ぎていたが、娘のアリエルと同じく『能力者』だった。それとも常人の身体能力を遥かに上回る『高能力者』だったから、『能力』を発揮すれさえすれば、たとえ若者相手でも負ける事はなかった。
それも、アリエルのような生半可な『能力』だけのものではない。ミッシェルには軍で訓練された、確かな実践術があったのだ。
ミッシェルは次々と蹴りを繰り出し、少女を打ちのめした。
背後から、テロリストが銃を向けてくる事も分かっていた。彼女は背後からやってきた銃弾をもかわし、少女へと攻撃を加える。
しかし、幾度目かの蹴りを少女にはなった時、彼女とミッシェルの間に飛び込んでくる者がいた。
それは、非常に小柄な者だった。まるで人形でも落ちてきたのかとミッシェルは思ったがそうではない。
落ちてきたのは、まだ人間のような容姿をした、幼い少女だった。
「そーれ、登場!」
少女はそのように言い放つと、ミッシェルに向けて、大きな筒状のようなものを向ける。
それが、ロケットランチャーだと知ると、すかさずミッシェルは、身を伏せた。
小柄な少女、それも人形のような衣服を身に付けた少女がするには、あまりにも不釣り合いな行為だった。
小柄な少女の体からはあまりに大きすぎるロケットランチャーからは、ミサイルが放たれ、それは、ミッシェルの背後にいたテロリスト達の目の前を通過して行くと、廃工場の中へと飛び込んでいく。
直後、猛烈な爆発音が響き渡った。
「オバちゃんにしては、やるじゃない?」
人形のような容姿の少女はそのようにミッシェルに向って言い放ち、得意げな姿をして見せた。
その時、ミッシェルは気がついた。この少女の手に“持っている”ロケットランチャーは、この少女の腕と、一体化していたのだ。
腕と一体化してしまっているロケットランチャーから、この少女はミサイルを放っていた。それも何のためらいもなく。
少女が浮かべている表情は、まるで子供たちが無邪気に遊んでいるような姿そのものだった。
この少女も『能力者』。ミッシェルはすぐに理解した。なぜ、こんなに小さな子供がテロリストなどに手を貸しているのかは分からない。だが、『能力者』であるならば、この子供の『力』をテロリストが利用していると、そう考える事ができるだろう。
そしてこの少女は、ロケットランチャーを発射することに、何のためらいも見せていない。まるで、子供が水鉄砲を発射するかのようにやってのけたのだ。
「誰が、オバちゃんよ、こう見えてもね、わたしは若いときは」
と、ミッシェルは言いかけたが、
「ちょっと、レーシー!お父様には生け捕りにしろと言われているのよ!粉々に吹き飛ばすつもりだったの?」
その小柄な少女の背後から、アリエルほどの年頃の少女が言い放った。
「だって、シャーリ!やられっぱなしじゃあない!何でこんなオバちゃんにやられたいようにやられちゃってんのよ!」
「オバちゃんですって、お譲ちゃんが、こんなところで何をやっているのよ!」
と、ミッシェルは言い放つと、小柄な少女に向かって蹴りを放った。
ミッシェルが放った蹴りは、あくまで『能力者』としての蹴りだ。それは、どんな武器よりも強力なものとなり、鉄骨さえも打ち砕いてしまうだろう。ミッシェルほどの歳になっても、その強烈な蹴りは健在だった。
しかし、ミッシェルの蹴りは、小柄な少女によって受け止められてしまう。大の男さえもなぎ倒すことができるミッシェルの蹴りだったが、少女はその小さな手で受け止めてしまったのだ。
「もう歳の事を考えたら?オバちゃんなんだから、あんまり走り回ると、いつコロっていっちゃうか分からないわよ?」
「うるさい!」
ミッシェルはその少女に向けても蹴りを放った。この少女は危険な存在だ。子供だと思ってはいけない。非常に危険な存在だ。今この場で始末してしまっても良いだろう。
だが、その少女は軽やかな足取りで、ミッシェルの蹴りをかわしてしまう。
そして、ミッシェルの背後へと彼女の体を飛び越えてしまうと、ミッシェルの背中に、自分も強烈な蹴りを入れた。
いや、蹴りだったのか、ミッシェルには分からなかった。だが彼女はその一撃によって意識を失い、その場に倒れてしまうのだった。
その光景を離れたところで見ている、一人の少女の姿があった。
「シャーリ、お母さんを、一体どこへ!」
アリエルはバイクに跨り、母を連れて行こうとするシャーリ達の姿を目の当たりにしていた。
シャーリ達の周りにいる人物は、皆、マシンガンを手にしている。只者ではない者たち。あれはテロリストだ。そうとしか考えられない。
何故、シャーリがテロリストと行動を共にしているのか、アリエルには理解できなかった。
だが、母を連れ去ろうとしているのは事実だ。アリエルは、彼女たちを追跡しなくてはならない。
そして、母を取り戻さなければならない。そう自分に言い聞かせた。
「ねえ!ねえ!まだ怒ってるの?シャーリ?」
走行するジープの中で、シャーリは人形のような容姿をした少女、レーシーに話しかけられていた。
彼女はその大きな緑色の瞳をシャーリへと向け、困ったような表情を向けてくる。
ジープを運転していたのはシャーリだった。だが彼女は運転に集中しているかのように、レーシーの方へは何の注意も払わない。
むしろ彼女はジープの荷台に乗せた女、ミッシェル・ロックハートの存在を気にしていた。
彼女を連れてくる事こそが、シャーリ達テロリストの目的だった。彼女を連れて帰る事で、計画は一歩前進するし、何より、“お父様”に認めてもらう事ができるのだ。
シャーリはジープを運転しながら、自分にそう言い聞かせていた。
「ねえ!怒っているんでしょう?ねえ!」
シャーリはバックミラーを見やった。バックミラーには、《ボルベルブイリ》郊外の光景しか見る事は出来ない。前方には仲間のテロリスト達を乗せたジープが走っているが、後方にはなにも走っていない。
《ボルベルブイリ》も郊外になってくると、車ともほとんどすれ違わないし、建物も集落もまばらになって来る。
だから、今、テロリスト達の背後には誰もやって来ていない。車も走行していないし、尾行してくる車両もない。誰しもがそう思うだろう。
だが、シャーリには分かっていた。
絶対、あの子はわたし達を追ってきていると。
だが、助け出した事ができたとしてももう遅い。アリエルは、いずれ、変わり果てた母の姿を見る事になるのだ。
シャーリはそ思うと、口元がにやりとしている自分に気づいた。だが、それを下卑た自分の姿だとは思わない。むしろ、今の生きがいを楽しんでいる。そう思った。
だから、アクセルを踏み込んで、ジープをもっと加速させてやった。
シャーリ達は《ボルベルブイリ》の《チャコフ港》から、車で2時間も走行すると、森の中へと入っていった。
すでに周囲は針葉樹林に囲まれた森となっており、付近に住宅は見当たらない。シャーリ達が走っていた国道に車さえも走っていなかったのだ。
だからアリエルは尾行に細心の用心を払っていた。
だが、尾行のプロからしてみれば、素人の女子高生がする尾行など、相手にはバレてしまっていたかもしれない。
アリエルはアリエルなりに、母を連れ去ったシャーリ達を追わなければならなかったのだ。
シャーリ達は舗装されていない道路へとジープを走らせていく。
アリエルはバイクのヘルメットの内部に表示されている画面をチェックし、現在位置を確認した。
《ボルベルブイリ》から北西へ150kmの距離にある。この辺りには誰も住んでいないというから、アジトなんかを作るのだったらうってつけなのかもしれない。
しかしアリエルは、シャーリをテロリストなどとは信じたくなかった。
あの国家安全保安局を襲撃した連中や、母を襲った連中とシャーリは行動していた。それも、一テロリストとしてではなく、まるで彼らのリーダーであるかのような姿で。
シャーリは、一体何者なのか。
小学生の頃から一緒にいた友達としての仲。だけれども、彼女の正体をアリエルは知らない。
アリエルは今の彼女の事をよく知らなかった。
だからアリエルは、シャーリの事も知りたくてここまでやってきていたのだ。
ジープを走らせ、シャーリ達は森に設けられた狭い道を走っていく。どんどん道が険しくなっていくが、ジープは走行していった。たぶん、普通の車では入っていく事が出来ないだろう。
アリエルのバイクは小回りが利くし、カスタマイズで馬力も出せるようになっているから、悪路でもしっかりと走行できる。
だが、アリエルのヘルメット内に表示されている地図には、今走る道は登録されていない。普通の車が通れるような道ではないからなのだろう。もしくは、誰かが勝手に作った道なのか?
そんな悪路を車は10分も走行すると、フェンスに覆われた敷地が広がっていた。
そこは森に覆われた場所だったが、きちんとフェンスが囲っており、しかもそのフェンスは有刺鉄線までも巻きつけられている。
しかもフェンスはごく最近建てられたものであるらしく、錆なども全くなかった。
シャーリ達を乗せたジープは、道に設けられたゲートを通過していく。一見すれば、ゲートなど無いかのようだったが、ジープが近づくと、フェンスに設置されていたゲートが開いた。
そしてジープが入っていくとゲートは閉まる。アリエルは離れた場所からそれを観察して警戒した。
もしかしたら、センサーか監視カメラか何か、が設置されていて、シャーリ達が来た事を確認して、フェンスのゲートが開き、閉まったのだろう。そう思った。
だからゲートに近づけば、アリエルもその姿を見られてしまうはずだ。
ジープはすぐにゲートの向こうに消えてしまう。この先に何があるのか、アリエルは分からなかった。だが、シャーリ達を追わなければならない。
アリエルは自分のバイクを、道から外れた場所に停車させて降りた。この先は別の道もなさそうだし、歩いていくしかない。
このフェンスに覆われた土地が何なのかは分からないけれども、とにかく行かなければならなかった。
アリエルはヘルメット内に表示されている衛星映像を、更に広域に調整する。ここは、ずっと針葉樹林に囲まれた森で、木が並んでいる以外は、何も見る事が出来ない。フェンスの存在さえ確認できなかった。
だから、敷地に何があるか分からない。
もしかしたらテロリスト達の本拠地なのかも。
この敷地の向こうにあるものが、アリエルにとっては怖くてたまらなかった。この場にいるだけでも、いつ、誰が背中から忍び寄ってくるのか分からない怖さもあった。
でも、頼れる人はいない。
このまま逃げ帰っても、母と慕う養母がテロリスト達に拘束されたまま、何をされるかも分からない。
進むしかなかった。
養母を取り返す事は出来なくても、何かを見つけられる。そうすれば、誰かに頼る事ができるかもしれない。
アリエルはヘルメットを脱ぐと、それをバイクの座席下に収納し、目立たないように大きな木の陰に隠した。
真っ赤な色のバイクは森の中でも目立ってしまう存在だったが、大きな木が隠してくれるだろう。
アリエルは徒歩で、森の中を進んでいった。フェンスは森の中に延々と続いていっていて、まるで切れ目を見つける事が出来ない。どこかの敷地を一周して囲っているフェンスであるならば、おそらくさっきのゲート以外のような入口はない。
ゲートはおそらく中にいる誰かによって見張られているはずだし、アリエルはそこからは侵入できない。
だったら、このフェンスを乗り越えるしかなかった。
フェンスを登って有刺鉄線を乗り越えていく事も出来たが、アリエルはもっと楽な方法によってフェンスを越える手段を持っている。
彼女は自分の腕から、刃を出した。彼女の肉体の一部が高質化したというその刃は、柵をいとも簡単に切り裂いてしまった。
森の中にある柵自体は、簡単に切断ができるようなものではない。おそらくワイヤーペンチなどがなければ切る事ができないだろう。
だが、アリエルはそれをいとも簡単に切り裂いてしまった。切り裂いた時、心なしか体がしびれたような気がしたが、それは緊張からくる気のせいだと思うのだった。
アリエルは、柵に高圧電流がかけられているということに気が付いていなかった。一部柵が切断された事で、彼女が通り抜けた部位の電流は停止したが、高圧電流が一部切断された事は、内部にいるシャーリ達にもすぐに知られる事になってしまうのだった。
「何?侵入者?」
シャーリは、ジープから降りるなり、仲間が言ってきた言葉を耳にしていた。
「ええ。北西部の柵の電流が停止しています。これは、明らかに柵が切断された事によるものです」
ジープから降りてきたシャーリにそう言ってきたのは、大柄な男だったが、彼はシャーリを目上に見てそう話してきていた。
「ふふふ。やっぱり追いかけてきたんだ。馬鹿ねぇ。自分から罠の中に飛び込んでくるなんて。まるで単純な小動物みたいだわ。まったく面白い子だこと」
と、シャールは呟くなり、ジープの荷台へと向かった。
ここは、シャーリがそのリーダーを務める、テロ組織(と言っても、シャーリは自分の事を、テロリストとは言わない。だからテロ組織というのは不適切かもしれない)のアジトの一つだった。《ボルベルブイリ》の北西部に位置しているこのアジトは、政府の飛ばしている衛星にも見つからないように深い針葉樹林地帯の奥地にある。広場のような場所を設ける事はなく、背の高い木が密集している所にあるから、上空から見ただけではアジトがあるようには見えないだろう。
そして、なによりもこのアジトは、捨て駒ではない。昨日にレーシーと共に吹っ飛ばしてやったアジトはただの捨て駒でしかなかったわけだが、このアジトは、シャーリ達にとっては大切な中継基地だったのだ。
その役目を果たすための存在が、たった今、部下たちによって荷台から降ろされている。
その存在は、あのアリエルの養母で、自分も昔から知っている、“ミッシェルおばさん”だった。
柵から内部に侵入したアリエルだったが、しばらくは柵の外と同じような光景が広がるばかりで、本当にここが何かしら使われている施設なのかどうかは分からなかった。
シャーリ達は何だって、こんなに森の奥深いところに向かっていったのか、アリエルにはさっぱりわからない。
だが、ある程度まで森を進んでいくと、森の木の向こうに、2人の男が歩いて来ているのを見かけた。
アリエルはそれを知ると、すかさず近くにあった木の陰に隠れる。
男達はマシンガンをその手に持っていた。物々しい武装をしているようだったが、軍隊がするような武装ではない。
ただマシンガンを持っているだけで、着ている衣服は目立たない色で、地味な姿ではあったが普通に街中の人間が着ているようなものでしかないのだ。
アリエルはその男達の隙を見て、さらに森の奥へと入っていった。
獣道を10分ほどもいった頃だろうか、森の先に、ようやく建物らしくものが見えてきた。それは木で作られたロッジだった。
木の状態からして、ロッジはごく最近に作られたものである事が分かる。母と一緒に住んでいたロッジはこんなに木が綺麗な状態ではない。
この何かの施設も、ロッジも、つい最近建てられたばかりなのだ。
一体何のためなのだろう?そして、母をこんなところに連れて来て、一体何をしようとしているのだろう。
アリエルはロッジの中を覗き込んだ。さっき男2人をやり過ごしてから、誰とも出会っていない。
このロッジの中にも誰にもいなさそうだった。窓があったので、アリエルはその窓から中を覗き込む。
すると見えてきたロッジの中の光景に、アリエルは思わず息を呑んだ。
黒い姿をした筒状の塊が沢山並んでいる。それは銃だった。あまりに数が多いせいで、銃が銃だと見えなかったのだ。
懐に隠すことができるような小型の銃もあるが、ほとんどが大口径のライフルや、マシンガンばかり。中にはミサイルを発射できるロケットランチャーまであった。
こんな山奥に隠れるようにある施設。軍隊の施設だと考えても不自然だ。
私は、テロリストのアジトの中に入ってきてしまったのだと、アリエルは痛感した。
その時、アリエルは森の中に設けられた狭い道の向こうから、ジープが走ってくるのを知った。武器庫となっているロッジから素早く離れ、アリエルは急いで森の木の中に身を隠す。
ジープには3人の武装した、たぶんテロリストが乗っていた。アリエルの姿には気が付いていなかったが、誰かと携帯無線で話している。
「こちらには誰の姿も見当たりません。ええ、誰かが侵入した様子もありません」
と、ジープの助手席に座っている男が言っていたので、アリエルはほっと胸をなでおろそうとするが、
「まったくあのガキ!ミサイルを3発も使いやがって!少しは限度ってものを知りやがれ!」
突然、耳元で響いてきた声に、アリエルはびくっとした。自分が背にしている木のすぐ後ろを男2人が歩いていく。そしてロッジの中へと入っていった。
(そっちの方の柵を破って、女の子が一人入ったのよ。真っ赤な髪をしている子がいたら、必ず生けどりにしてこっちに連れて来なさい)
アリエルははっとした。無線から聞こえてきた声は、シャーリのものだったからだ。
「ええ、分かっています」
(こっちは、お父様と連絡を取るわ。この女のテストが済むまでは、絶対に誰も中へと入れないようにしなさい)
「はい。分かりました」
テロリストがそのように答え、無線は切れた。
シャーリの声。間違いない。シャーリはテロリストと行動を共にしている。シャーリ自身もテロリスト何だろう。
決定的だった。親友とは言えないまでも、小学生の頃から友達だったシャーリが、テロリストとして、人を傷つけ、母を連れ去っただなんて。
アリエルは、がっくりとその場に膝を付いてしまいたかった。あまりにショックが大きすぎて、動く気力さえも湧いて来なさそうだ。
お父様?テスト?シャーリは一体何を言っているのだろう?分からない事があまりに多すぎたのだ。
「おい!お前!」
と、突然耳元に響いた声に、アリエルは思わずびくりとした。
髭を生やした大男が、マシンガンを構え、アリエルへと迫って来ている。
「シャーリ様が言っていたガキだな?」
思わず、アリエルは悲鳴を上げた。あっと言う間に、3人の男がアリエルの周りにやってきて取り囲む。
「いや、違、その、私!」
周囲を囲まれてしまっていては逃れようもない。アリエルは自分でも分からないうちに、作り笑いを浮かべてそう言うしかなかった。
「生けどりにしておけ、との命令だ。いいか?動くな、動くなよ!」
と、テロリストは銃をアリエルに突き付けつつ迫る。もうどうしようもなかった。こうなったらやるしかない。
アリエルはすかさず、蹴りを放って、そのテロリストの持っているマシンガンをはじき落とした。
相手にはどのように映っただろうか、おそらく、アリエルの動きは超高速で動いているように見えていただろう。
あっと言う間に男の銃を弾き落としたアリエルは、続けざまに、もう片方の脚を繰り出し、その男の体を蹴り倒していた。
大柄な男に蹴りを繰り出したアリエルの脚は、しなやかで鋭かったが、本来ならそんな男を倒すことができるほど、屈強なものではない。
だがアリエルは、まるで丸太でも叩きつけたかのようにその男を打ち倒していた。首にめり込んだアリエルの脚は、その男をいとも簡単になぎ倒す。
次いで、森の中に響き渡ってきた発砲音。続けざまに何発も、まるでエンジンの用に響き渡る音。
別の男が、アリエルに向かって銃を発砲してきていた。それもマシンガンだった。
ほんの数メートルも離れていない位置からの銃撃だった。だがアリエルは素早くその銃撃を飛び上がる事で避けていた。
アリエルがどこに飛び上がったのか、地上にいる男たちは、一瞬、その姿を見失ったようだった。
(何よ!今の音は?言ったでしょう!生かして連れて来なさいって!)
ジープの方の無線機から声が響き渡ってきている。それはシャーリの声だった。
「おい、銃を撃つな。生かしておけと言われている」
「ああ、だが今のガキはどこに行った?飛び上がったのは見た気がするんだが。銃弾を避けやがったぞ!」
男たちが口ぐちに言っている。彼らは銃を下に向け、森の木々を見上げた。飛び上がって身を隠すならば、木の上。そう考えているのだろう。
男たちが顔を上げた瞬間、アリエルは、木から飛び降りてきた。
男たちは、木の枝か何かにつかまっているアリエルを警戒していたのだろうが、アリエルは確かに木の枝の上へと飛び上がっていた。
しかし彼女は落下のスピードと合わせ、地面の方向へとまるでダイブするかのように落下してきており、その勢いを使って、自分の腕から突き出した刃を、一人の男へと向けていた。
男が絶叫するような暇もなかった。アリエルは、その男の背中に向かって刃を突き出して、そのまま押し倒す。落下の勢いとあいまって、その男は地面へと崩れた。アリエルの方は地面を前転しながら転がり、落下の衝撃を散らした。
普通の人間ならばとてもできないような曲芸師のような芸当。だが、アリエルはやってのけていた。
昔から運動が苦手だったわけではない。時として周りを驚かせるような身体的能力を発揮した事はある。
だが、銃弾をかわした上に、5メートルほどの高さから地面にダイブしたことなど初めてだった。
それでも、今のアリエルにはできた。本能が、体の機能を一気に発揮させ、潜在能力を引き出したかのようだった。
(応答しなさい!どうなっているの!)
無線からシャーリの声が聞こえてきている。残る一人の男は、銃をアリエルの方へと向けてきているが、彼女の身体能力に驚いているのか、銃を発砲してこようとはしない。
「それ以上近づくな。大人しくしていろ」
怖気づいたかのようにその男はそう言ってくるだけだった。脅しが脅しに聞こえてこない。
アリエルは銃口を目の前にしていたが、もう恐れるつもりはなかった。今、銃弾を避けることができたことで、自信がついていたのだ。
「あなた達。私を生けどりにしろって言われているんでしょう?だったら、その銃は撃てないはず!」
アリエルは相手に接近した。耐えられなくなったのか、男は銃の引き金を引いた。だが足元を狙っているだけだ。銃声が響いたが、アリエルの足元の地面の土が飛ぶだけだ。
「こっちは本気だ!」
と男は言ってくるが、
「不利だよね、こういうのって。私はあなたを殺したっていいのに、あなたは私を生けどりにしなきゃいけない、なんて」
それはアリエルが頭の中で、即座に考えた脅し文句だった。自分にしてはよくできたな、などと彼女は思うが、
どうやら逆に相手を挑発してしまったらしく、男はアリエルに向かって銃を放つ。今度は足元を狙ってなどいない。
だがアリエルには、相手の銃から放たれてくる弾丸の姿が見えた。はっきりと見えたわけではないし、体が頭で認識するよりも速く付いてこれなかったから、かなりぎりぎりだったが、素早く身をかわすことができた。
一発だけ肩をかすって、ライダースジャケットを切り裂いたが、アリエルは相手の男のマシンガンから放たれた弾丸を避けきった。
銃弾を避けきったアリエルは、素早く相手の背後に回り込んだ。相手の男が、反応するよりも前にアリエルは男の首を背後から掴みかかる。
そして言い放った。
「私のお母さんはどこ!どこにいるの!?」
元々、大の男を押さえ込めるような力など、アリエルには無い事は分かっていた。だが、今は男の喉元を押さえ相手の息を止める事ができている。
今、アリエルはその体から発揮することができる以上の力を発揮していた。しかもそれは、追い詰められ、母を救い出したい、必死さから出ている力ではない。
男は、アリエルの力にどうすることもできず、投げやりな言い方で言い放った。
「知るか!言ったらおれは裏切り者になるだろうが!」
「そんな事!私の知ったことじゃあない!」
すかさずアリエルは言い放つ。
しかしその時、アリエルは男が懐からもう一つ銃を取り出したのを見た。
「ふん!答えはこれだ!」
と、男が言い放つのが早いか、アリエルは素早くその男から手を離し、距離を置く。男は、自分ごとアリエルを銃で撃つつもりだったのか、銃声が響きわたった直後、体をくの字にしてその場に倒れた。
生暖かいものが、アリエルの頬を流れていく。
それは血だった。アリエルがグローブをはめたままの手で触れると、黒に近い色をした赤色の血である事が分かる。
今、自分ごとアリエルを撃とうとした男の血だった。
自分たちの持つ目的のために、いとも簡単に自分の命を絶ってしまった男の姿を見て、アリエルは目の前で起きている事が、あまりにも現実離れしている事のように感じていた。
(どうしたのよ!さっさと応答しなさい!)
男たちの乗ってきたジープから、シャーリの声が無線で響き渡っている。
今のアリエルにとっては、それさえも現実離れしたものとして聞こえていた。
チェルノ記念病院
9:08 A.M.
その男は、医療器具に繋がれていたが、それだけが、男を拘束している全てではなかった。男は自分の体の中にある、病によって拘束されていた。
病院のベッドの上で、力なく、だらりと伸びた手足はすでに痩せ細ってきており、使い物にもならない。まるで老人のようだった。
若い時は、体も大柄で、体躯も頑丈だった。そのため、身長は2メートルを越し、今もそれだけの身長があったのだが、結局、若木が枯れて痩せ細り、朽ちていくように、養分が消えうせた枝のような手足でしかない。
だが脳だけは、男の脳だけは活動を続けていた。まるで老人のような顔をした男だったが、脳だけは普通の人間と同じように活動を続けている。
むしろ、ベッドの上からほとんど動く事が出来ない男の脳は、普通の人間の何倍もその活動を活性化していたようだった。
医療器具に繋がれていようと、男は絶大な力があった。肉体から出される力ではない。一人の人間ではどうしようもない。権力としての力だった。
「お薬の時間です」
この病院で自分の身辺の世話をさせている、秘書の男が姿を見せ、紙コップと皿に乗せられている薬を持ってくる。
手は動かすことができるから、医療ベッドのテーブルの上に置かれたそれを飲むことはできる。
「以前も聞いたとは思うが、この薬で、どのくらいの時間、持たせる事ができる?」
掠れた声でベッドの上の男は言った。すると、秘書の男は相手に刺激を与えまいと配慮しながらか、言葉を選ぶかのように話し出した。
「あなた様の御病気は、悪性の脳腫瘍です。それもかなり進行してから発見されたものですので、治療方法は民間の医療機関ではございません。その薬はあくまで、脳の活性化をさせるものであって、あなたの病気を治療できたり、進行を遅らせる事が出来るものではないのです」
「分かっておらんな」
秘書に対して、男は呟くような声で言った。
「具体的に、どれほどの時間を持たせられるのか、と聞いたのだ」
苛立ったようにベッドの上の男が言ったため、秘書は少し面食らったようだった。すぐに秘書は言いなおす。
「1か月も不可能でしょう。1週間。もって10日か」
「そうか」
そんな現実を知らされても、ベッドの上の男は、特に表情を変えなかった。
死を前にしても、何も恐怖を感じていないかのようにも見えた。
「あちらの方はいかがいたしましょうか? お嬢様から何度も連絡が入っておりますが」
「ああ、分かっている。すぐに、電話を回せ」
とそれだけ言って、男はベッドの上に身を埋めた。
男には権力があった。たとえ残り10日も自分に時間が残されていなくても、権力さえ使う事が出来れば、自分が生涯かけて追い求めてきたものを手に入れる事が出来る。
その一つが、この病院だった。
皮肉な事に、男は、自分が設立させた病院に、自ら入院し、延命治療を受けている。延命させなければ、目的に達することができず、病によって死んでしまうからだ。
男は、ベッドの上のテーブルに置かれた、イヤホンを手にした。
それは携帯電話機で、病院内のこの部屋に設置された交換器を通じて、無線連絡をすることができるようになっている。
男は震える手でそのイヤホンを耳に装着した。
「シャーリよ。ミッシェルを捕らえたと聞いたが」
イヤホンで通話が始まるなり、ベッドの上の男は話し出した。
(はい、お父様。今、こちらにいます)
「ほう。よくやった。だが、本当に彼女が必要かどうかをはっきりと分からないままに、手をつけるわけにはいかないからな、きちんと検査をしておけ」
(はい。それはこれから行いますが、少々面倒な事になってしまいました)
電話先で娘の声が少し動揺している。彼女は自分の父親と話す事に、多少の緊張を感じているようだった。
「それは何だ?」
ベッドの上にいる男は、そんな娘を動揺させまいと、静かな声で言った。
(ミッシェルの娘である、アリエルが、この施設に侵入したようなのです。おそらく母を追って、でしょう。どうなさいますか?)
「一緒に捕えるんだ」
ベッドの上にいる男は、感情を込めない声でそうつぶやいた。
(ですが、お父様の計画を聞く限り、アリエルは私達の計画に不要なばかりか、逆に障害にしかならないと思います)
と、シャーリは言ってくる。だが、男は、語気を強めて彼女に言った。
「何故、お前がそんな事を決めるのだ?シャーリよ」
すると、シャーリは、少しの間をおいた。多分、男が語気を強めたことで少し面食らっているのだろう。
(いえ、ただ)
シャーリは電話先で戸惑っている。
「お前は、私の計画をどこまで知っているというのだ?私には、私の目的がある。お前はわが娘としてそれに従っていればそれで良い。
私はミッシェルと共にアリエルも必要としている。それだけだ」
はっきりとした口調で男は言った。彼自身が病人で末期症状にあるという事を忘れさせるほどに。
(はい。分かりました。お父様)
と、シャーリは答えてくる。幾分か、動揺は収まっているようだった。
「医者の話によれば、私はもう長くない。10日も持たないと言われている。だから、計画の限られた時間はもう1週間ほどと考えて良いだろう。」
(お、お父様)
シャーリは、電話先で思わずそう呟いていた。愛しの娘が、悲しみにくれている。そう感じると、自分まで涙が流れてきそうだった。
今、語気を強めたことさえ、後悔しそうになった。娘が離れて行ってしまう感覚を少しばかり感じた。
だが、この娘はまだ若い。幼いとさえ言っても良いだろう。もしもの時は、この娘が全てを引っ張らなければならない。
だから時として非情な形で接しなければならない事もあるのだ。
「私の事はかまうな。シャーリよ。仕方がないことだし、お前も覚悟を決めていたはずだ。すべては計画通りに運べばそれで良い。私も安心して死んでいける」
と、男は言う。
するとシャーリは、
(わたしも、お父様の身を案じています。いつもいつも、これからも)
まるで泣きそうな声で答えてくるではないか。男はもう電話を切らなければならなかった。だが、シャーリがまるで電話を切らせまいとしているかのようだ。
そんな感情がはっきりと伝わってくる。
「すまんが、もう電話を切る。また連絡するから、な」
シャーリは何も言ってこなかったが、男はそこで電話を切った。
イヤホン状の通話装置を、ベッドの上のテーブルに置く。今はこれだけが、親子をつなぐ唯一の道具だった。
あと10日。それまで自分の命が持ってくれれば良いのだが。
男はそう思い、イヤホンを自分の耳から取り外した。
だが、あの親子さえいれば、10日しかない自分の命も、受け入れるようになれるだろう。あの親子が、自分の元に来るまでの辛抱なのだ。
シャーリは耳にしていた通話装置を取り外すと、それを胸元で強く抱きしめた。
お父様の命がもう残りわずかしかないという事が、電話越しにもはっきりと彼女には分かったのだ。
前々から命が危ういという事は知っていたが、それは着実に進行してきている。まるで蝋燭の灯が消えうせて行くかのように、お父様の命が失われていこうとしている事が、はっきりと分かる。
だが、病気に関しては、自分にとってはどうしようもない。お父様の邪魔をする者だったら、幾らでもショットガンでバラバラにしてやれるが、病気だけは本当にどうしようもないのだ。
シャーリは涙を流している自分に気がついた。
「シャーリ様、あの」
背後から話しかけてくる声。シャーリははっとして背後を振り向いた。
「何よ!」
背後には白衣を着て、医者の姿をした男が立っている。自分達の仲間だった。
「これから、テストを行います。あの者が、本当に適合するかどうか、チェックを行い、それから」
「ええ、分かっているわよ。お父様に“適合”するかどうか、きちんとチェックしなさい。手術をしてからじゃあ遅いんだから!」
と、シャーリは言い放つ。医者の方は恐れをなしたかのようにその場から立ち去って、奥の部屋へと入っていった。
ここは、森の中の木々によって、衛星から隠された、倉庫のような施設だった。周囲には部下達を配備しており、一部の隙も見せないようにしている。
そして、倉庫のようなこの建物の最も奥には、さながら手術室のように隔離された部屋があった。
扉は厳重に閉ざされ、のぞき窓からしか中を覗く事は出来ないようになっている。
お父様の元に、まだあの女を連れて行くには早すぎる。それに、あの女の娘も追いかけて来ている状況では、お父様のいる病院にあの女をそのまま連れていくわけにはいかないだろう。
アリエルは、テロリスト達が持ってきていた無線機を手にして、森の奥へと進んでいった。獣道しかなかったが、車が通れるほどの道幅は確かにある。この道を進んでいけば、たぶん、シャーリ達に出会うだろう。
無線機からは、ひっきりなしにテロリスト達が連絡を取り合っている事が伺える。
どうも敷地はかなり広いらしく、この森の中の広範囲に建物が散らばっているようだった。
道を進んで行って、果たして母を連れ去った、シャーリ達に出会う事ができるだろうか?
やがてアリエルは、森の中に設けられた倉庫を見つけた。
針葉樹林が広がっている中で、その森はどことなく、無機質な印象だった。多分、街を歩けば、そんな倉庫など幾らでも見かける事が出来るのだろうけれども、この森の中にある倉庫の姿は、あまりに異質だった。
倉庫の外には、ジープが2台止まっていて、マシンガンをもった見張りが3人いる。この入口の扉の前に立っていて、まったく油断もない様子だった。
多分、今の自分だったら、マシンガンを持った相手だって戦って、倒すことができる。アリエルにはそうした確信があった。
だが、同時に中にいるかもしれない、母の命をも危険にさらすことになるかもしれない。それにあの母も、シャーリ達に捕まってしまったのだ。
シャーリがどんな『力』を秘めているのかも分かったものじゃあない。多分、テロリストの中には『能力者』とかいう存在も他にいるんだろう。どうしたら良いのか、アリエルにはさっぱり分からなかった。
検査が始まった。手術室の扉の窓から中を覗き込んでいるシャーリは、ミッシェルに対しての検査が進むのを見守っていた。
いくらこのテロリスト達を取り仕切る事が出来る立場にあろうと、シャーリにとって医学の事は分からない。
そもそも、医学で『能力者』の事を解明していこうなど、シャーリにとっては無謀としか思えなかった。
手術台の上に寝かされているミッシェル。手術をするわけではないから服は着せられたままだが、彼女の腕からは採血が行われ、血圧計や、脳波なども測られている。
ベッドの上にいる50代の女は、シャーリが大分前に会った時よりもずっと年老いてきていた。あちらは、シャーリのあまりの変貌ぶりに気がつかなかったのだろう。さっき、真正面から対峙した時も、ミッシェルはシャーリの事に気がつかなかった。
小学生の時、アリエルと一緒に遊んでいた、あのシャーリなどと、一体誰が想像がつくというのだろう。
しかし、あの時の自分はもうここにはいない。わたしは目覚めたのだと、シャーリは自分に言い聞かせた。
そう。例え、あのミッシェルおばさんにこれから何が行われようとも、シャーリはそれに対して何も口出しをしないし邪魔をしない。むしろお父様のために全力で対処しなければならないのだ。
と、その時、シャーリ達テロリストのいる倉庫の扉が正面から突然開かれた。
開かれた扉の向こうに一人の女が立っている。
「シャーリ!」
そう倉庫内に響き渡る声で言い放ってきたのはアリエルだった。
アリエルの姿を見て、シャーリの部下達は、一斉に彼女に向けて銃を構えた。アリエルは息を切らしており、そのグローブをはめた手を血に染めていた。
両腕からは彼女の『能力』の証である、ブレードが出ており、その刃も血で染まっている。どうやら外の見張りはその刃の手にかかって倒されたようだぞ、と。シャーリはすぐに判断した。
アリエルは息を切らせている。彼女自身は特に怪我も何もしていないようだが、なぜ彼女が息を切らせているのか、シャーリにはすぐに分かった。
「あら、アリエル。一体何の用なの?今更」
アリエルが倉庫に入ってこようとこまいと、シャーリにとってはどうでも良かった。
「どうします?始末しますか?」
倉庫の中にいて、アリエルに銃を向けている部下の一人がシャーリに尋ねてきた。だが、シャーリは、
「駄目よ。お父様の命令があるのよ!」
倉庫に響き渡る声でそのように言い放つ。部下達は銃を構えたままだったが、もうアリエルに手を出す事は出来ない。
「お母さんを返して!私のお母さんを返しなさいよ!」
アリエルが倉庫に響き渡る声で言ってきた。アリエルは温厚な性格で、滅多なことでも激高しない。喧嘩をしているときだって、まるで楽しんでいるかのような笑顔を見せているような子だ。
だが今のアリエルは違った。
「そこなの?そこの扉の向こうにいるの?私のお母さんは?」
とアリエルは言ってくる。やれやれとシャーリは思った。うんざりするぐらい“私のお母さん”って言う子なんだな、と彼女は思う。
「やれやれねぇ。アリエル。あなた、欲張り過ぎよ、全く」
自分の方へと、堂々と進んでくるアリエルを見て、シャーリは思わず呟いていた。
「何がよ」
と、アリエル。
「私のお母さんですって?私にはお父様しかいない!どっちも手に入れようなんて、あなたは欲張り過ぎなんだよ!」
シャーリは自分の語気を荒立たせ、さらに、目を見開いてアリエルに言い放った。同時にショットガンの銃口を彼女へと向ける。
「訳分からない事言わないで!私にはお母さんしかいない!あなたはそれを奪おうとしている!それに、私はあなたと争いたくない。戦いたくない!お願いだからお母さんを返してよ!」
そんなショットガンの銃口など恐れもせず、アリエルはシャーリに迫った。
だが、
「何も知らないクセして、いい度胸じゃあなぁい?でも、わたしと戦いたくないっていうのは同感よ。今、わたしは、あなたみたいなガキと遊んでいる暇はないの。レーシー!」
そう言い放ったシャーリと、アリエルの元へと、素早く飛び込んでくる者の姿があった。
それは、小さな子供だった。
ちょうど、童話にでも出てきそうな姿をした少女。その趣は、さながらジュール人形のような姿をしている。
テロリストだらけのアジト。武器を皆が構えている場所においては、その姿はあまりに異質でさえあった。
「いいんでしょ?シャーリ、やっちゃっていいんでしょ?」
アリエルの方へと、低い姿勢から楽しむかのような表情を向け、彼女は言っていた。まるで、この場を楽しんでいるかのように。
シャーリは、そんな彼女の背後から、決して忘れてはならない言葉を投げかけた。
「ええ、そうよ。でも、壊すっていうのは無し。この子は絶対に壊しちゃあ駄目よ」
そうシャーリは言うのだった。
「って、言う事なら、話は早いんじゃあない?」
と、言い放ちつつ、レーシーは、アリエルに向かって回転しながら蹴りを放った。
とても、小さな少女が出したとは思えぬような、鋭く、しかも強烈な蹴りだった。アリエルがその蹴りを避けなければ、その場でノックアウトされていただろう。
「な、何よ、あなたは」
アリエルは、目先の母の救出が先立って、レーシーが間に入った事に対して焦っている。
「レーシー。こいつをこの建物から追い出して。でも、逃がしちゃあ駄目よ。ちゃんと後で連れて来なさいよ」
シャーリはそれだけ言うと、再び、倉庫の奥の手術室の中へと目を向けた。アリエルが入ってきた事で物音がしたらしく、こちらの方を向いて来ている医師がいたが、シャーリは窓から、その医師に対してうなずいた。
すると、倉庫の中から追い出されていくアリエルなどはよそにして、手術室内でミッシェルの検査が始まるのだった。
説明 | ||
■アリエルが主人公の、世界の東側『ジュール連邦』での展開。テロリストに養母と一緒に捕らえられてしまったアリエル達は、彼らによって捕らえられてしまうのですが―。 | ||
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