タイバニ[Time heal his sorrow] |
「Time heal his sorrow」(時は悲しみを癒す)
どこかで鳥が鳴いた。
さわやかな春の空に響き渡る。
今日は良い陽気だ。
僕は、手を伸ばして雲を掴もうとした。
「何やってんの?バニー?」
虎徹さんが、ビールとつまみをぶら下げて
僕の顔を覗き込んだ。。
「…見ての通り、ぼーっとしてました。」
公園のベンチに腰掛け、
空を見上げたまま僕は答えた。
「いい若いもんが…なんか感心しないな。
あ、ビール飲む?」
「あ、ありがとうございます」
差し出された缶を受け取り、
プルタブを起こして口をつけた。
「昼間からビールってのも
感心しないと思いますけどね」
「いーじゃん!俺たちオフなんだから!
…家でごろごろしてたら楓に蹴飛ばされるし!」
虎徹さんが大げさな身振り手振りをする。
一人娘が最大の弱点なんだよなあ…。
なぜか僕は、虎徹さんの実家にいる。
「僕もヒーロー辞めます。
マーべリックに仕組まれて始めたものだし。
これからは自分の為に生きようと思って。」
と言ったら、虎徹さんが、
自分と実家に来ないかと申し出てくれたんだっけ。
「とりあえず、色々あって疲れたろ?
俺んち来てゆっくりしろよ。
なーに。実家の連中も、細かいこと気にしないって」
確かに、虎徹さんの実家は居心地が良かった。
ぼんやり、考え事したり、
家や店の手伝いをしているうちに
時間は過ぎていく。
空き時間は、
なまった体が気になってトレーニングしたり、
図書館に行って本を読んだり。
そして日曜日は、公園のベンチに座って
ボケーっとしていることが多かった。
ウロボロスの追及一色だった時間が、
「怠惰」という色に塗り替えられていく。
「それでいいんじゃねえのか?
今まで一分一秒無駄にしねえっていう
のが異常だったんだ。
ボケーっとする時間ってのも必要だよ。」
…虎徹さんはこう言うけど…。
最初は、時間の使い方が分からなくて、
ぼんやりしている時間に戸惑っていたけど、
最近は慣れてしまったみたいで、
頭をからっぽにできる。
「で、自分のやりたいこと、
見つかったか?
虎徹さんが、ゴニョゴニョと口ごもる。
「………………
いいえ。みつかりません。」
僕は、のろのろとかぶりを振った。
虎徹さんの視線が下に落ちる。
「………………そうか。」
ヒーローを辞めて三カ月。
僕はいまだに答えが出なかった。
何かしたいとかの以前に、
両親を殺した犯人を見つけたい一心だったから。
犯人は見つかったし、
殺された理由を突き止めることは出来たが、
「ウロボロス」は依然闇にくるまれたままだ。
ウロボロスというう組織の巨大さに、
呆然としているのかもしれない。
「人の役にたちたい…」
「え?」
思わず出た言葉に口をふさいだ。
虎徹さんは鳶色の瞳をキョロキョロさせて
僕を見た後に、目を細めた。
「………………そうだよな。
誰かの役にたてるっていいよな。
いいんじゃねーの?」
「思いつきですよ…」
恥ずかしくなって虎徹さんから視線をそらした。
顔が熱い。ひょっとしたら、赤くなっているかも。
「いやいや。
思いつきってーのは大事だぜ!
やっぱ、お前良い子だなー!」
グシャグシャと武骨な手が僕の頭を掻き撫でた。
「ちょ、もう酔っ払ってるんですか!?」
彼の酒量が気になってチラ、と見た先には…。
………………………………。
ビールの空き缶が四つ転がっていた。
ああもう、昼間から飛ばしすぎだよこのオジさん…。
「ちょっと!昼間からまた飲んでるの!?」
可愛らしいけど、怒気を含んだ声が響いた。
「楓ちゃん!」
「か、楓!」
虎徹さんは、逃げる準備万端の体勢を整えた。
「…しかも今度は公園で飲んでるの?」
手を腰につけて、じろりと僕らを睨んだ。
「だ、だってー。
家で飲んでたら 怒るだろ?」
虎徹さんが言い訳がましく呟いた。
「あったりまえでしょー!!?」
ひときわ高い怒声がこだました。
「けど、公園で飲むなんて
もっっとみっとも無い!
お父さん達、カッコ悪いよ!」
………………「達」ですか。
とうとう僕も含まれた。
「いやいや、バニーの自分探しに酒は不可欠なんだよ!」
「お父さんが飲みたいだけでしょ!」
「ってバニーお前だけ逃げるなんてずりいぞ!」
うわ。
首根っこ捕まえられた。
二人が言い争ってる間にそーっと
逃亡を謀ったのだが。
「僕まで親子ゲンカに巻きこまないでください。」
「同居してる以上無関係じゃねえよ!
お前も家族みたいなもんだ!
そだ。息子として俺を助けろ!」
「無茶言わないでください!!!」
家族………………?
酔っ払いの言葉とはいえ、
思わず口元が緩んでしまった。
「あ、バーナビー笑ってるー。
なんたかんたお父さんの味方だよね」
うわ。楓ちゃんに見咎められた。
「ま、まあ虎徹さんにはお世話になってるから…」
しおしおと言ってみた。
「ま、とりあえず没収ね」
手際良く、ビールやつまみが袋に収納されていった。
「あー!おれのビール!」
虎徹さんが半泣きで叫んだがお構いなしだ。
しっかり者の娘さんというか何というか…。
「バーナビーも、お父さんが飲んでたら止めないと!
ここで調子づかせて…
居酒屋が開く時間になると、
ハシゴにいっちゃうんだから!」
…そうですね。しかもツケで。
公園で終わらないのが虎徹さんの悪い癖だ。
一緒に連れていかれて、
このへんの居酒屋は僕もだいぶ詳しくなった。
思わぬところで、虎徹さんの家族の話を聞けて
楽しかったりするんだけど。
お金っていつまでも続かないよね。
…僕、居候だし………………。
「くすん…飲みかけのビール…
酒は残すなって家訓なのに…
あの世に行ったら先祖にしばかれる…。」
鏑木家に到着したが、
虎徹さんはまださっきのビールを気にしていた。
「大丈夫だよ。
ほれ、ビールは漬物にしたから」
息子の眼の前に、ずずい、と袋を突きだす。
虎徹さんのお母さんの安寿さんだ。
「あんたもねえ、酒を飲む、意外にすることないの?
楓が呆れるのも無理ないよ。」
「えー何したらいいんだよー」
「たとえば、庭の草むしりとか」
「楓にも出来るだろ」
「あの子だって、バレエに行ったり忙しいんだよ」
楓ちゃんはフィギュアスケートを習っている。
冬はスケートを滑れるけど、
氷の無い季節は体力作りや、バレエなどで
演技の幅を広げようと訓練しているらしい。
家でもよくストレッチをしている。
「へいへいどーせ俺は暇ですよー」
「ちゃんと根っこから抜くんだよ」
軍手と、クマデを二人分出された。
…僕もですね。はい。
「くっさむしり〜♪
くっさむしり〜♪」
調子っぱずれの歌とともに、
リズミカルなクマデで土をいじる音が繰り返される。
なんたかんたいって、この人、楽しそう…。
さっき一杯ひっかけたからか?
僕たちは、Tシャツにジャージ姿だ。
「キャー!バーナビーさん!」
と言われてた頃の面影は微塵もないだろう。
スタイリッシュな僕…
あれも演技だった。
鏑木家にくると、心がむき出しになってしまった。
よくいえば、「素」の状態ということなんだろう。
鏑木家のみんなは、程ほどの距離を保ちつつ、
僕に温かく接してくれた。
安寿さんやお兄さんの厚意に対し、当初は、
両親やサマンサおばさんを思い出して苦しくなったけど、
今は胸の奥が疼くだけだ。
これって、悲しみが薄らいできているのかな。
「良い顔になってきたよなーお前」
ぽつりと彼がもらした。
「ここに来た時は、ひどい顔してたぞ。
飯も食えないし眠れなかったろ。
最初は病院連れってたほうがいいのかと思ったけど。
ちゃんとハンサムの顔に戻ったじゃん。」
そこまで言うと、
「いや、よかった、よかった。
と言いながらクマデで草の根を掘っている。
「…みなさんのおかげですよ。
ありがとうございます。」
なんて顔をしたらよいかわからず、
僕も下を向いて草の根を掘る。
確かに、鏑木家に来た当初〜二週間くらいは、
気が張ってたのか。
何でもないようにふるまっていたのだが。
気が抜けてから一カ月位、わけもなく泣いたり、
気分がどうしようもなくふさぎ込んだりした。
虎徹さんをはじめ、楓ちゃんや安寿さんには
かなり心配をかけたと思う。
今では、こうして店の手伝いをしたり、
家事手伝いも出来るようになったのだから。
みなさんのおかげと言うほかない。
「さっきの話だけどよー…
具体的になんかあるのか?」
「さっき?」
「”人の役に立ちたい”って言ってたじゃん。」
ああ、あれか。
本当に思いつきで、空気みたいな言葉だったんだけど…。
考えを巡らせてるうちに、ふと、思いついた。
「あえて言うならですね。
虎徹さんみたいになりたいです。」
虎徹さんの目が嬉しそうにまん丸になった。
「あ、誤解しないでくださいね。
人に、元気をあげられる、
そんな風になれたら、ってことですよ!
虎徹さんそのものには…なりたいとかじゃありませんから。」
「…そこまで言わなくても解ってるよ」
彼は、ややいじけた様子で草をゴミ袋に入れている。
「まー………………人に元気をやるには、
まず自分が元気になんなきゃな!
ってことでほい!」
ジャージのポケットから、缶ビールが出てきた。
「まだ隠し持ってたんですか!」
「しー。オフクロには内緒な。」
彼は、いつもより静かにプルタブを起こした。
「かーーー!うめっ!
仕事のあとのビールうめっ!」
「まだ半分も終わってませんよ…。
けど、飲んじゃお。」
僕もそっと缶を開けた。
………………ちょっとぬるい。
虎徹さんの体温であったまった?
「お前の無限の未来に乾杯だ」
虎徹さんが白い歯を見せて、満面の笑みをみせた。
つられて、僕も笑ってしまう。
僕らは缶を軽くこづき突き合わせ、
一口ずつ飲んだ。
「あー!また飲んでる!」
突然の怒声に、心臓が跳ね上がった。
虎徹さんは、庭の隅まで跳ねていった。
そこまでビビるか………………。
「おばあちゃんから様子をみてくれって
言われて来たら………………
案の定だね!」
楓ちゃんは頬を膨らませて険しい目をしている。
「ちゃんと草むしりはやるからよう…
怒んないで〜ね?楓ちゃん。」
虎徹さんは庭の隅でビールを死守しつつ、
上目づかいで懇願した
「もうしょうがないなあ…。
飲みに行かないなら許すよ。」
楓ちゃんの視線が僕に移る。
「バーナビー、何か夕食のリクエストある?
「え、ええと………………
てんぷら…でもいいかな?
この間のタラの芽?凄く美味しかったから…」
「オッケー!
じゃあ買い物いってくるね!」
彼女は、元気よく飛び出していった。
抜いた草を袋に入れながら、
僕は考えていた。
鏑木家にはもう十分すぎるほどお世話になった。
そろそろ、出ていこう。
両親が、婚前時代に回った観光名所に
行ってみたいと、常々思っていたのだ。
今の僕の状態なら、虎徹さんも引き止めないだろう。
「虎徹さん」
「ん?」
「そろそろ、出ようと思います。
長い間、お世話になりました」
虎徹さんの草いじりの手がぴたりと止まった。
「そうか………………
帰ってきたくなったらいつでも来いよ。
お前の家みたいなもんだからな」
「!!………………」
思いもかけない言葉に、胸がつまった。
「あ、ありがとうございます」
あれ?涙声だ。僕は泣いてるのか。
三日後、鏑木家のみなさんにお礼を言って、
電車に乗った。
膝元に載せた安寿さんの手作りのお弁当が温かい。
鏑木家に滞在中は、
家族のぬくもり、というのを久しぶりに味わった。
僕もあんな家庭を作りたい、
と、願わずにいられない。
けど、家庭を作るにはちゃんと恋愛をしなきゃ
いけないと思うと気が重い。
ウロボロスでいっぱいで気が回らなかったからなあ…。
ふと、虎徹さんの言葉がよぎった。
”これから、これから”
そうだね。
「これから、これから。」
小さく復唱して、窓の外を見やった。
遠くの山が春霞をまとっていた。
ゆくゆくは山の霞が晴れていくように、
僕の人生も晴れていくような気がした。
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最終回の中での空白の一年を妄想しました。兎目線です。健全です。 | ||
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