星司とクオンの本 サンプル
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戦いの終わりは、唐突だ。

 

耳障りな音を立てて、ディスプレイから能力者の位置を示す光点が消えた。少し遅れて、クオンとユリを示す光点が掻き消える――ジャミング装置を発動させたのだろう。

祈るような思いでテイを見やるが、願いも虚しく彼女は目を伏せてゆっくりと首を横に振った。

リョウの傍らに立ち、事態を見守っていたミウが悄然と肩を落とす。リョウはモニタリングのために解放していた能力を収めると、静かに彼女の名を呼んでそっと胸元に抱き寄せた。ぽんぽんと、安心させるように背をたたく。

ソファに座りその様子を見ていたタカオが、不意に目を逸らす。短く息を吐き出すと、彼はそのまま逃げるように階上へ去っていった。

 

――また、間に合わなかった……。

静かに瞼を閉じ、名も知らぬ子どもを想う。

意味が無いことは分かっていた。だが、そうしたかったのだ――いや、せずにはおれなかったと言った方が正しいか。

それは鎮魂の祈りであり、贖罪の祈りでもあった。

 

束の間の、静寂。顔を上げ、残った三人へ声を掛ける。

「……みんな、疲れただろう?クオン達は私が迎えに行くから、先に休んでいてくれ」

「ですが……っ」

テイが思わずといった風に声を上げるが、その先の言葉を見失ったのか戸惑うように視線を揺らした。

彼女はいつだって正しく、そして優しい――優しすぎるほどに。

「気持ちは分かる。でも、君は休むべきだ……次の作戦に備えて、ね。」

言葉を詰まらせたテイに言葉を掛ける……が、返答はない。リョウに視線を送ると、彼は正しく意図を察したのかミウ連れて席を立った。暫しの間不揃いな足音が室内に反響し、そして消える。

 

「テイ」

促すように声をかけると、彼女は非難するような――あるいは泣きそうな表情でこちらを見つめ、きゅっと唇を引き結んだ。

「……分かって、いるんです……」

言葉が、細く消え入る。続く言葉は、聞かなくとも分かった。

テイは思いを断ち切るように首を振り口早にクオン達が待つ場所を伝えると、小さく会釈して階段を上って行った。

 

クーストースが人型の戦闘兵器を戦闘に導入してきて以来、能力者の救出率は格段に落ちていた。

三日に一度は戦闘が発生するような状況が続き、その度に緊張を強いられ、そして能力の発動を余儀なくされるメンバーの間には疲労感が漂っている。人の命は、干支が二回りもしていない子どもたちが背負うには余りに重すぎる。ましてや高い頻度で死に触れるともなると、未熟な心には多大なる負担となる――。

勿論、この部屋へ立ち入るということは自ら戦いへの参加を志願したという事だ。とはいえ、それは心の負担を減らす理由にはならなかった。

 

――本当の罪人は、一体誰なのか。

星司は自嘲するように口の端を歪めると、行き場のない思いだけが漂う地下室を後にした。

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夕方から降り続いた雨は、未だしとしとと地面を叩いている。空は黒く厚い雲に覆われ、星月は遠く闇の向こうへ消えていた。

肌を刺す、冷たい空気。路肩に停めた車を降りて息を吐き出すと、白い靄が薄く尾を引いた。傘を持ち、人気のない細い路地を抜けた先にある地下人道へ小走りで向かう。

おそらくは地元の人間でも滅多に通らないであろう、淀んだ空気に沈む場所――そこに、彼らはいた。

赤いコートで覆われた小さな体と、傍らで座り込む影。駆け寄ると、ユリが微かに震える声で呟いた。

電球が切れかけているのか、ちかちかと明滅する電灯は彼女の表情を浮かび上がらせてはくれないが――その声は、殆ど泣き声に近かった。

「今日……いつもより、時間が掛かってるみたいなの……。あいつら、ヘンな武器使ってきて、それで……」

クオンは体を抱き込むように蹲っており、表情を窺い知ることはできない。荒い息遣いと、押し殺すような苦悶の声が暗闇に響く。

明け方――しかも人々から忘れ去られたような場所とはいえ、あまり大声を上げれば人が来ないとも限らない。それを分かっているから、必死に耐えているのだろう。だが、彼が肉体の再生を行う際に生じる苦痛は生半可なものではない。気の遠くなるような日々の中で幾千回経験しても、決して慣れる事のない痛み――

「……ぐ、う、ああぁッ!」

遂に耐え切れなくなったのか、クオンが何かから逃れるように首筋を逸らして地面へ倒れこむ。その拍子に肩から滑り落ちたコートの下に見えたのは、背中を覆い尽くす一面の熱傷だった――しかも、重度だと一目で分かるほどの。

思わず名を叫ぶと、彼は意味を為さない音の羅列を途切れ途切れに吐き出しながら、焦点の合わない瞳をこちらへ向けた。

瞬間、遠い過去に見た姿が重なる。泣き出しそうな、縋るような……それでいて全てを遠ざけようとする、何十年経とうとも変わらない彼の表情――。

 

「さわ、るな…ッ!」

衝動的に手を伸ばすと、鋭い声で制止された。

クオンは、地面を擦って体を遠ざけようとしている。うめき声に混じって、やくひん、という単語が聞こえた気がした。

(薬品……?そうか、これは……!)

思い当たり、ぞっとする。ただの熱傷ならば、まだ再生も容易かっただろう。だが化学熱傷の場合、内部に浸透した薬物が不活性化されるまで化学反応が進行する――つまりクオンはじわじわと体を焼かれ、またその間ずっと再生の苦しみを味わうことになる。

ユリが泣きそうな顔をしていたのも、そのせいだろう。触ることもできず、ただ見ていることしか出来ない――。

行き場を失った手を、虚しく引き寄せる。出来ることは、何も無いのだ――ただ、時を待つ以外には。

 

「ぐ、あッ!……ッ」

一際強く上がった悲鳴が、くぐもった呻きに変わる。見やると、彼は両の手で自らの口をきつく塞いでいた。熱傷は彼の能力によってじわじわと再生されていたが、完治には程遠い。

これは、彼と彼自身の能力――あるいは呪い――との戦いだ。部外者である自分たちに出来ることは何も無い。何も……

(無い、のか……?)

無意識に詰めていた息をふっと吐き出す。こわばった頬を動かし、無理やりに口の端を釣り上げた。

「……生憎、見ているだけ……というのは性に合わないんでね」

「ッ!?」

逃げようとする体を、優しく抱き起こす。傷に触れないよう、そっと。

能力を使った後、ただでさえ体温は下がる。そこにこの雨、この場所である――触れた彼の肌は、死体のように冷たかった。

肩に頭を載せて体を密着させると、冷え切った体にじんわりと体温を奪われるのを感じた。彼の体を温められるのならば、この体の熱など全てくれてやる、と遠く思う。

少しでも……ほんの少しでも、温めてやりたかった。

 

「せ、じ……ッ!」

批難めいた声が耳元で聞こえるが、きっぱりと無視する。彼の両手は抱擁を拒むように肩口へ添えられていたが、突き放すだけの余力は無いようだった。

「っ、う、」

痛みの波が襲ったのか、腕の中の体がびくりと跳ねる。肩口に唇が押し付けられ、洋服越しにも分かる熱い吐息とともにくぐもった悲鳴が漏れた。

背中の傷を見下ろすと、ようやく三分の一ばかりが再生しているようだった。彼の苦しみは、まだしばらく続く……。

 

母親が……あるいは恋人がするように、髪へ指を絡める。どんなに漉いても奔放に跳ねるくせっ毛には、彼自身も手を焼いているようだった。冗談半分でカチューシャを贈ると彼はいたく感動して、それからずっと使い続けている――尤も、何度も買い直してはいるが。自分にとっては遠い昔の……そして彼にとってはおそらく、つい最近の事の出来事――。

 

ふと、二の腕に鈍い痛みを感じる。おそらく、苦しみのあまり無意識に力を込めてしまっているのだろう――爪が強く食い込んでいた。気にせず、時折びくりと跳ねる体を優しく抱き込む。

横を見やると、ユリが不安気に瞳を揺らしていた。近づきたいのに、近づけない……そんな表情で。

クオンを支える腕はそのままに、手を伸ばしてユリの頭を撫でる。普段の彼女ならば強気な瞳で睨んで、子供扱いをするなと――あるいは、セクハラだと憤慨するだろう。

だが彼女は、一瞬泣きそうに顔を歪め――それを隠すかのように、少年の手が食い込む肩口へ額を寄せた。

 

「……クオン……」

震える声で小さく呟かれたその名前は、荒い息遣いと呻きの中に溶けて消えた。

説明
10/9大阪シティで発行予定の、星司とクオンの本のサンプルです。ちょっと切りどころが難しかったので、収録予定の内容の半分近くが入ってます……。多分コピーでB6・20〜24Pぐらいになるんじゃない…かと…。挿絵も何枚か入れようかなーと思ってます。いわゆるBL的なカップリングではありません(見方によってはそうなのかもしれませんが、違うと言い張ります)
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