MAFIA MARCH HARE 第一章 |
第一章 因幡警備保障
「どうか勘弁してやって下さい!今あるのを一切合財持って行かれたら……!」
「うるせぇ!」
怒号と共に上がるガツンと言う鈍い音。
そして続けざまに木造の何かがグシャリと潰れる音。
一足遅れて響き渡る、けたたましい女性の悲鳴。
それは、活動(※1)の撮影や芝居の一幕ではなく、今まさにそこで起こっている暴挙―里外れにある米屋が、木の棒や刃物を持った暴徒達に襲われているのでした。
「卑怯者!徒党を組んでウチを襲うなんて!」
女将が倒れたご主人の前に身を挺し、声を震わせて罵りました。
ご主人の顔からは今もだくだくと鮮血が流れ出ており、二人の召し物を徐々に赤く染めて行きます。
「女将、卑怯なのはどちらでしょうや」
冷笑するように、ご主人を殴った男が言いました。
「大凶作だってのに、お前さんところにはまだこんなに米が残っていやがる。需要だ、供給だと何かとゴタクを並べちゃ値を釣り上げやがって。それこそ卑怯だと思わねぇかい。」
その間にも、暴徒達は店内の米俵を協力して、黙々と外へと運び出して行きます。
既に量り売り用の米びつには、暴徒の中に混じった子供が群がり、そこから生の米をそのままガツガツと頬張っていました。
誰もが耐え難い空腹を抱え、明日は疎か、今日を生きる為に徒党を組み、そして無法に走る―。
数を前に道理は無力―その真理は、確かにそこで体現されているのでした。
※1 活動
映画のこと。
明治・大正期の言葉で、「活動写真」の略。特に弁士が解説を行う無声映画を指す。
映画と言う言葉が定着したのは昭和に入ってからで、発声映画(トーキー:talkie)が徐々に出回り始めた頃のこと。
「お願いします!うちはこれが最後のお米なんです!」
「女将、嘘ぁよくねェ。まだ蔵ん中にたんまり残ってんだろう?」
「そんな!本当に最後でございます!」
女将は暴徒の男に食い下がりましたが、男は信じようともしませんでした。
軽く舌打ちをして、男は冷たく言いました。
「くどい。亭主と同じ目に遭いてぇか」
「お願いします!どうか!どうか!」
女将は哀願に哀願を重ねたまま、決して引き下がりません。
「いい加減に―」
堪忍袋の尾の切れた男が棒を振り上げたその時。
ズガガガガガガガッ!!
聞き慣れるに聞き慣れない音が、そこにいた全員の心臓を飛び上がらせます。
続け様に暴徒が担いでいた米俵が爆ぜ、店のガラス戸が飛び散り。
暴徒達は悲鳴をあげて米俵を放り、その場に身を伏せました。
そしてその暴徒達に向かって。
ギュアアアアッ!!
ゴムで出来た車輪が道路を切り付ける音が、猛スピードで突進して来ます。
すっかり腰を抜かした暴徒達はそこから動くに動けず、「それ」の方が寸でのところで、泥をしこたま跳ねて通り過ぎました。
「それ」とは、好奇心旺盛な山の麓の河童達によって修理され、再び使えるようになった、外界の移動機械―オートモービル(※2)。
※2 オートモービル 【Automobile】
自動車の語源となった英単語で、この単語自体もギリシャ語からの造語。
「自動車」と言う言葉が作られるまではそれほど長くは無く、比較的早い時期から日本語化された。
本小説では、日本車でないことを強調する為に敢えて横文字を採用した。
更に別のオートモービルが二台――最後尾は荷台のある荷物を載せた貨物用――続けて走って来て、先ほどの一台と米屋を、手前三方から囲むように停まりました。
三台のオートモービルからばらばらと降りて来たのは、黒い外套を身に纏い、鍔広帽を深く被った、背の低い人型達。
その手には、先程の鉛弾を連射した―全く見慣れない、その性能の割にマタギの銃(※3)よりもずっと短い銃を持って、ジリジリと近づいて来ます。
「な、何だぁお前ら!」
と、暴徒の一人が腰を抜かしたまま叫ぶと、近くの一人がその暴徒に向き直り、ズドンと一瞬その足元に向かって撃ちました。
「ひっ!」
暴徒は悲鳴をあげて、用意していた言葉を呑み込みます。
もう一度口を利こうものなら、身体のどこかに涼しい風穴が開くかもしれません。
少なくともそう言う意味だと言うのなら、誰もが黙るしかありませんでした。
暴徒達が動かなくなると、黒服の一人がその手の銃を下ろし、オートモービルの一台に近付いて、後部ドアを開きました。
十人には満たないものの、これだけの大所帯と、これ以上に無いほど威圧的な登場の仕方をしておきながら、まだ誰か出てくるのでしょうか。
そんな風に暴徒達の不安げに見守る最中、その最後の一人が後部席から降り立ちました。
他の黒服と鍔広帽の例に違わずほぼ同じ格好ながらも、その外套や帽子の布は全くの黒ではなくややチャコール柄、そして幾分か厚く織られていて、如何にも他の黒服より上等そうに見えました。
たった今ドアを明けた黒服が頭を垂れて礼をするのを見る限りでは、彼(?)こそが、この突然現れた黒服達の「頭領」なのでしょう。
※3 マタギの銃
日本初のボルトアクション式ライフルは、明治13年(1880)に開発された村田銃。二次大戦後も猟銃として長らく愛用された。
当然だが、一般大衆が日頃から軽機関銃等他の形式に見慣れている訳が無いので、ライフル、火縄銃と拳銃以外の型を知っているのは、兵役中・後の男性や軍人、当時のミリ・ガンオタと推測。
しかし頭領と言えど、やはりその背の丈は子供のそれ。
一番背の高い黒服でも、暴徒に混じった子供と同じか、やや高い程度しかありません。
けれども手に持った銃器も、彼らが足として使って来たオートモービルも、決して玩具ではありません。
レプリカの可能性は拭えませんが、人を殺すにたやすい銃器と、もっぱら移動と運搬に適したエンジン付きの車輌。
そして、それらをもってこの場に駆け付け、暴徒達を牽制した黒外套の集団。
海を遥か越えた先にあると言う、メリケン国(※4)のギャングと呼ばれる犯罪集団の真似事であろうと無かろうと、彼らはただただ強大で、暴徒達は大人しくしている以外に仕方が無いのでした。
そんな暴徒達の気を知ってか知らずか、頭領は顔を軽く上げて目の前で呆然としている彼らを一瞥すると、おもむろに口を開きました。
「どなたか怪我をされていないかな」
その声は決して低くはなく、女性か子供が発しているかのような。
いえ、その声は確かに「女の子」のそれでした。
決して甲高く、間の抜けた声ではないながらも、男性のそれのように、低くも、野太くもありません。
しかしその口はその口調で、たった今暴徒達に向けてやったことが、まるで他人事であったかのように言ったのでした。
相変わらず静まり返ったままの暴徒達を見渡すと、頭領は満足そうに言います。
「宜しい。ここにはいるのは無傷か死亡、負傷はゼロ、と」
その結論は、誰があの凶弾で死んでいようと問題ではないと言うような。
少なくとも最初の問い掛けは、決して暴徒達の身を案じてした訳ではないのです。
もしそうで無かったとしたら、一体誰があのような仕打ちをしたのでしょうか。
※4 メリケン国
アメリカ合衆国のこと。Americanの発音がそのように聞こえることから、このような当て字がついた。
しかし、幻想郷が外界と隔絶されてから百余年と経っている為、「海」と言う言葉自体を含めて、慣用的には分かっていても、明確に理解しているのは、人妖共々ごく少数であると推測。
どの道、この場の主導権はこの頭領だけに握られている―それは確かでした。
尋ねるに応えさせず、応えるに応えられず。
一方的な「会話」は、それでも尚続けられるのでした。
「さて、何故我々がこのように馳せ参じたか、どなたかお分かりかな」
頭領は、綺麗に磨き上げられた革靴をこつ、こつ、と鳴らしてゆっくり暴徒に近づき、やはり余裕たっぷりに尋ねました。
しかしながら返答は相変わらずありません。
大袈裟に肩を竦めた後、にこやかに、しかし怪しげに笑って頭領は言いました。
「無論、飢えに苦しむあなた方を救済しに、だが。他に理由など無いと思うがね」
暴徒達はだんまりを決め込んでいましたが、ようやく何人かに変化が出ます。
戸惑い、驚き、微かな安堵。
この黒服達は、決して裕福ではなく、飢えに苦しむ自分達に施しをしてくれるの かもしれない―。
とは言え、あの仕打ちを前にして、救済とは一体どう言うことなのか―。
口を利かずとも、暴徒達の面々にはそんな期待と不安が見え隠れしていました。
「まあ、言うより行動で示すとしよう」
頭領がそう言ってパチンと指を鳴らすと、黒服の何人かが、最後尾のオートモービルの荷台に駆け寄り、荷台の壁を倒しました。
更に幾人かがそのまま荷台に飛び乗り、積荷をゴソゴソと漁り始めます。
「さぁ、少々早いがタケノコのお届けだ。今日は大負けにタダでご提供しよう」
黒服が両手に持って暴徒達に見せたのは、旬と言うにはまだ早いながら、まさしく春の旬菜の代表とも言って過言ではない、モウソウチクのタケノコでした。
段々と市に出回り始めたとは言え、暦の上ではまだ湿り雪の降る季節。
往来のすぐそこにも残雪がちらほらと残っている頃合いに、こんなに大量のタケノコを持ち込むなんて。
けれども今度こそ、暴徒達の心が揺れ動きしました。
まず子供達から動き出し、荷台に近寄って、黒服から最初のタケノコを受け取りました。
そこでようやく他の大人達も動き出し、次々に筍を求めに荷台へ詰め寄りました。
「一人ニ個までだ。妙な真似をするなよ」
一気に雪崩込んで来た暴徒改め難民に、頭領は釘を差すように言いました。
「ほ、本当に、タダなのか?」
一人の問い掛けに、頭領は大きく頷きます。
「勿論。それでは申し訳無いと言うなら、好きな額を置いていくといい」
それを聞いて、誰もが荷台に飛び付きました。
何ということでしょうか。
先ほどまで米屋の一切合財を奪う気で集まった暴徒達は、それぞれ貰えるだけのタケノコを受け取っては何度も頭を下げ、素直に家路に就こうとしています。
一体全体何が目的なのかが気になるところですが、少なくとも黒服達は、飢えを理由に暴徒と化した貧しい難民達に食糧を無料で分け与え、ものの見事に懐柔させてしまったのでした。
難民の注目の対象から外れた頭領は、荷台や暴徒達の輪から抜けて米屋ののれんをくぐり、奥でご主人を介抱している女将に尋ねました。
「ご主人の具合は大丈夫かな」
一瞬体をびくりと震わせながら、女将はためらいがちに応えます。
「は、はい……でも、鼻が折れているようなので、お医者様に診て頂かなければ」
可哀想なことに、ご主人の顔は棒で殴られた斜めの痕がくっきりと残り、そこからじわりと血がにじみ出ているのでした。
当り所が顔のほぼ真ん中で、両目が殆ど無傷で済んだのは、紛れもなく不幸中の幸いとしか言いようがありませんでした。
しかし、一難去ってまた一難が、ご主人の身に降り掛かります。
次の問題とは、まともな治療が受けられるかでした。
と言うのも、兎にも角にも消毒用のアルコール(※5)が無いのです。
※5 消毒用アルコール
日本のみならず、度数の高い蒸留酒は消毒液として利用されており、漫画「バガボンド」(井上 雄彦) でも、治療に焼酎を使う様子が描かれている。
効き目はさておき、現代でも酒を代用する人はいるが、度数が高いほど消毒効果が高い訳ではない。
尚、目を痛める危険性があるので、顔に使うのはお勧めしない。
特に度数の高い焼酎の類を消毒液として使っている現状において、大凶作によって醸造業がほぼ廃業同然に追い込まれたと言う事実は、文字通りその供給が途絶えることを意味しました。
漢方や生薬などの昔ながらの医療はそれでも細々と続けられていますが、必然と治療費は釣り上げられてしまった上、大きな怪我を前にしては、その効能も弱まるばかりでした。
河童が化石燃料から精製したアルコールを中々手放さず、最も使い勝手の良い消毒液が薬品棚から消えてしまったこのご時世―実はただの怪我が原因で、ずさんな応急手当を受けた後に別の病原に侵されて死んだ人の方が多いのでは、と言う憶測は、餓死が出たと言うよりずっと支持を得やすかった程なのでした。
話を戻し、頭領はしばらく顎に手をやって悩む仕草を見せた後、決心したように女将に言いました。
「分かった。ご主人を永遠亭へご案内しよう」
「え、永遠亭ですって!?あの八意様に診て頂けるのですか!?」
その結論に女将は目を丸くします。
どんな症状であれ、良医に掛かるに越したことはありません。
ですが、いきなりあの竹林の永遠亭の名医こと、八意 永琳女史の診察を受けられることになるなんて。
ひょっとすれば、永遠傷にもなり兼ねないこの顔の裂傷だって、文字通り綺麗さっぱり回復するのかもしれない―。
まさに文字通りの願っても無いことなのでした。
「有難うございます、有難うございます。何とお礼を申し上げて良いか……」
女将は嬉し涙を溜めて、何度も何度も深く頭を下げました。
それを手で制しながら、頭領はなだめるように言いました。
「今回はご挨拶に来たまで。この難民達の対処やご主人の護送の見返りも一切不要。
是非我々を信頼して頂ければ、それ以上のことは求めるようなことは絶対にしないと約束しよう」
ここで終わっていれば、何て聖人君子に聞こえたでしょうか。
勿論女将も、そこで話が終わるとは決して思っていません。
かくも恩義を売って見返り不要なら、逆に疑わざるを得ません。
「だが、我々とて決して慈善ではないのでね。もし我々の事業に興味がお有りなら、来月以降に幾らかの保護料(※6)を頂きたいのだが」
すなわち、この黒服達が米屋の危機を救ったのは、これが目的だったのでした。
決して強要では無い限り、断っても良いのかも知れません。
しかし、ここで断ってしまえば筋は通らないでしょうし、次も都合良く駆け付けて貰えるとは限りません。
※6 ミカジメ
犯罪組織による用心棒代のこと。「毎月三日締め」等諸説はあるが、語源不詳。
マフィアに限らず、世界各地の犯罪組織が封建時代の頃から行っており、用心棒やレジスタンスをルーツに持つ犯罪組織の本業とも言える。
警備会社の警備料もある意味ミカジメだが、合法なので一緒にしないこと。
そう考えた女将が決断するまで、それほど長くはありませんでした。
「はい、喜んでお支払い致します」
女将が潔く応えると頭領は満足そうに大きく頷き、そこで初めて被っていた鍔広帽を脱ぎました。
「宜しい。この『因幡警備保障』と契約されたからには、どんな厄介からもあなた方の店をお守りしよう」
軽く頭を下げて会釈をしたその時、セミショートの黒髪と共にバサリと垂れたのは、白い体毛に覆われた大きな獣の耳。
女将はしばらく呆然と見上げていましたが、一瞬をおいてはっとしました。
妖怪―それも竹林を縄張りに持つ、永遠亭の兎―。
一度その姿を見れば身に余るほどの幸運を手にする―。
滅多に竹林に赴くことはない女将でも、その噂なら耳にしたことがありました。
幸せの妖怪兎、因幡てゐ―まさにその本人だったのでした。
ズダダダッ!!
米屋が束の間の幸せを掴んだその時、またあの銃声が響き渡りました。
今度こそ、暴徒改め難民達の悲鳴が幾つも上がります。
頭領―便宜上このまま頭領と呼び続けます――が、のれんの外へ急ぐと。
「うーごーくーなー!!」
オートモービルの荷台に上った男が、まるで雄叫びをするかのように怒号をあげ、黒服が持っていたはずの連射銃を空に向けて、何度も何度も乱射しています。
その男は、暴徒の中の一人―それも今さっき、ご主人を棒で殴って傷めつけた、先頭のあの男です。
そしてその男の脇には、元の持ち主と思われる黒服が。
抵抗したときに帽子が落ちたのか、その黒服も自身の白い耳をあらわにしていました。
黒服は、全員妖怪兎―。
男に拘束されながら、妖怪兎は苦悶に顔を歪めています。
暴徒を先頭で扇動し、無抵抗のご主人を真っ先に殴り、そして銃を奪ってはその先を仲間に向ける―。
その男に、貧しい民衆を焚き付ける指導者の素質こそあれ、その本質をただせば、単なる卑劣漢でしかなかったのでした。
こんな男、仮に妖怪兎達が駆け付けなくとも、後で仲間を一人ずつ倒して全てを奪い、逃走に及んでいたのかも知れません。
興奮した男はひとしきり銃を撃ちまくった後、黒服のこめかみに銃口をぐっと突き付けて、再び怒鳴り声をあげました。
「てめぇら全員、トラックにそいつを戻しやがれ!! 今すぐ!!今すぐにだ!!」
しかし、その場にいた難民達はまた泥にまみれた往来に跪き、じっとしたまま動きません。
「戻せと言ってんだ!!戻せェー!!」
無視された男はまた激昂し、今度は通りに向けて乱射しました。
男の機嫌をこれ以上損なうわけにも行かず、可哀想な難民達は、泣く泣くタケノコを荷台に戻すしか無かったのです。
元の量が分からないとは言え、全部戻って来ているように見えないのを察するに、何人かがこうなる前に運良く逃げおおせることが出来たのでしょう。
男は悔しそうにしながらも、仕方なく次の要求に取り掛かることにしました。
「兎共、このトラックの鍵を寄越しやがれ!!さもねぇとコイツをバラすぞ!!」
その辺りに乱雑に転がった米俵は、もはや目に入っていないのでしょうか。
それとも、男なりに妙な知恵を働かせているのでしょうか。
何はともあれ、筍さえ回収出来れば後はトンズラしたい、と言う思い切りだけははっきりしています。
妖怪兎達は男に銃を向けて牽制しましたが、かえって男を刺激するだけでした。
「てめぇらいつまで俺に銃を向けてやがる!!銃もだ!!銃も荷台に置け!!」
男は兎達を武装解除させるだけでなく、大胆不敵にも、その得物をも奪う気なのです。
流石の兎達も、戸惑いを隠せずにはいられませんでした。
しかし酷く興奮している男を前に、最初に口を開いたのは。
「その男に従え」
そこにいる全員が顔を向けたのはやはり頭領だったのでした。
帽子を脱ぎ、自身の耳をさらけ出して、まっすぐに男を睨んでいます。
「いよーぉ大統領。思い切りがいいじゃねェか」
男は挑発するように言います。
一瞬顔をしかめながら、頭領が他に目配せすると、妖怪兎達は致し方なく、持っていた全ての銃を荷台に積み始めるのでした。
「ハッ!!ガキ程にも無ぇな。可愛いウサギちゃん達だ」
男は鼻で笑いながら言いました。
今にも歯を食い縛る音がギリギリとが聞こえて来そうな程、妖怪兎達は悔しさにに顔を歪めています。
それにも関わらず、頭領は大して物怖じした風も無く、堂々と男に言いました。
「私は警告したが。欲を張るなら鉛でくれてやると」
ようやく心に余裕が出来た男は、涼しい顔で言い返します。
「あァ?状況見てから物を言いやがんな。くれてやんのは俺様だ」
確かにこの様子では、頭領が何を言おうと男の独壇場でした。
まず頭領こそが、妖怪兎の中で唯一あの連射銃を持っておらず、今も武器を持っているようには見えません。
傍(はた)から見れば、文字通り無鉄砲も承知で、ただ頭領であるが故に男と話し合いに臨んでいるようにしか見えないのです。
しかしながら、頭領は落ち着きを保ったまま、それどこか少し含み笑いすらして男に話し掛けます。
「大した外道だ。他を煽り、先陣を切って店主をいたぶり、そしてどの道最後に独り占めする気だったのだろう。」
「さぁてな。だが所詮、俺の言うことを聞いた奴が一番馬鹿を見るのさ」
男はクックと笑って言い返したその言葉に、その場でただ呆然とするしか無かった難民達は、悔しさを隠さずにはいられませんでした。
しかし腹立たしくも、この卑劣漢の言い分は間違っていません。
あくまでこの男は、我欲のためにマキャベリズム (※7)を行使しただけに過ぎず、最も愚かだったのは、だしに使われた難民達だったのですから。
「そうだな。お前が外道なのは変わらないが、筋は間違ってない」
頭領が頷いて言うと、男はまたおかししそうに笑いました。
「よう、思ってたより話の分かる大将じゃねぇか。気に入った」
上機嫌になった男はそう言うと、トラックの鍵を手にして、前に出るのを躊躇っていた妖怪兎に向かって言いました。
「そいつを大将にくれてやんな。最高のドライブに連れてってやんぜ」
そして男は荷台の奥から車体の後ろまで歩き、相変わらず抱えたままの妖怪兎から銃口を逸らして、もう一度言いました。
「コイツと引き換えだ。悪かねェだろう?」
頭領は鍵を持っていた部下に向かって小さく頷き、投げ寄越させたトラックの鍵をはしと掴むと。
「いいだろう。」
ニヤリと笑いながら、頭領は提案を快く受け入れたのでした。
「よォし!てめぇらトラックから離れやがんな!」
全てが上手く行った男は有頂天になって言います。
※7 マキャベリズム【Machiavellism】英
ルネサンス期のイタリアの政治思想家、ニッコロ・マキャベリが『君主論』で述べた思想を、「断片的に」解釈したもの。
平たく言えば、「目的の為に手段を選ばず」。
ただしこれは全世界的誤解であり、断片的である為に、マキャベリの真意が汲んでいないと批判も多い。
他に仕方も無く、妖怪兎も、近くで頭を抱えていた難民達も、じりじりと距離をおいていき、トラックから離れていきます。
その場に残ったのは、まだ腹をすえて堂々している頭領のみでした。
しかし、妖怪兎達も決して取り乱した風はありませんでした。
荷台を飛び降りた男の前で、自分達の頭領と人質だった妖怪兎が入れ替わるのを、しかと見守っています。
「ようこそ大将。俺とひとっ走りしようじゃねェか」
男は頭領を迎えざま、下卑た笑いを浮かべながら言いました。
「それは構わんが、お前のような線の青い貧民に運転が任せられたものかな」
頭領が涼しい顔で尋ねると、男は鼻で笑って言い返しました。
「ハッ!なめんなよ。俺様はトラックの運転手様だ。元だけどな」
「そうか。それなら安心だ」
頭領はふてぶてしくも、本気で信用したかのようにそう返したのでした。
男は肩を竦めながらも、頭領をそれなりに逞しい腕で抱えて、いよいよトラックの運転席に向けて歩き出します。
周りの妖怪兎達や難民達が近付いて来ないよう、手に持った銃で周りを牽制しながら、背丈の合わない頭領を引きずって、運転席へ向かいます。
「ところでお前、家族はいるのか」
不意に、頭領が男につられて歩くのをやめ、その場で踏ん張ったまま尋ねました。
「あ?いねぇよ。それがどうした」
男は怪訝そうに応えます。
すると頭領は、先程自らの口から言った台詞をもう一度言いました。
「そうか。それなら安心だ」
ガンガンガン!!
思わず耳を塞ぎたくなるような音が、三回鳴り響きました。
誰もが驚き、息を呑んで、音のした方を振り向きます。
音がしたのは、あの男と頭領の直ぐそばでした。
妖怪兎達が目に見えて血相を変えるのが分かります。
あの男の身体の陰で、頭領の身に一体何が―。
しかし。
ガシャン。
あのけたたましいタイプライター(※8)のような音を放っていた銃が、その手から落ちます。
「く……はっ……」
一瞬の掠れ声と共に、男が一切の力を失って、後頭部から倒れて行きました。
その召し物の胸元には、血で真っ赤に染まった三つの穴。
倒れた男を見下すのは、先ほどとは比べものにならない程、氷のように凍てついた目付き。
仲間の妖怪兎達でさえ、あの自分の脚が竦みそうなほど恐ろしい顔を見たことがあったでしょうか。
全身のあちこちに返り血を浴びた頭領は、まるで別人のような、酷く冷たい表情。
そして、その顔に負けず劣らない、非情な言葉を選んで言い放ったのでした。
「こんなクズ、生かしていても仕方が無いからな」
ドンドンドンドン!!
頭領はもう一度と言わず、四度もその男の頭を撃ち抜き、その息の根を一瞬にして止めたのでした。
誰もが目を逸らし、中には気分を悪くして、その場で口を押さえる人もいました。
難民達も、黒服の妖怪兎達も―。
※8 タイプライター 【typewriter】
国を超えて研究されていた為、厳密な発明者は定かではないが、一説ではイギリスのウィリアム・オースチン・バートであるとされている。
シカゴ・タイプライターの異名を持つ銃は、トンプソン・サブマシンガンのこと。
非常にうるさく、撃っただけですぐ分かると言う代物だった。
かつて、飢えに苦しむ貧しい民を扇動し食料を手に入れるや、あっさりと卑劣漢となって傍若無人の余りを振舞った、滅茶苦茶に頭の潰れた肉片。
荼毘に付してやる身よりもおらず、肉食の動物か妖怪の格好の餌となって、いつしかこの世から綺麗に消え失せることになるのかも知れません。
そしてその生前を知る方は、きっとこのように言うのです。
あの男は、『餓死』したのだ、と。
頭領―因幡てゐは、血が付いた拳銃をハンケチ(※9)で綺麗に拭き、自身の体に飛び散ったそれも同じように拭って顔を上げると、もう一度民衆に向かって言うのでした。
「他に鉛が欲しい奴はいるか」
私が最初にその姿を目に焼き付けたのは、まだ肌寒く、夕刻からみぞれがぽつぽつと降りはじめるような、三月初日のことでした。
筆 : 文々。新聞 記者 射命丸文
※9 ハンケチ
【handkerchief】
ハンドカチーフ。現代では専らハンカチと呼ばれるが、発音はハンケチーフに近く、ハンケチと略され呼ばれていた。
日本では明治から定着したが、歴史は紀元前三千年エジプトからと、かなり古い。
かつては鼻をかむ道具の主役であり、現在でも欧州ではハンカチでする人が多い。
ヨ タ バ ナ シ
Column 1
「私は月に誓った。そして強くなろうと思った。」
本小説の因幡てゐの性格は、1930年代アメリカの中西部で活躍し、当時発足から間もないFBIより「社会の敵ナンバーワン」とまで言わしめた銀行強盗、ジョン・デリンジャー(John Herbert Dillinger Jr.)と、1960〜70年代に麻薬取引で財を成した、有史では黒人初とされる「マフィア式」ギャングのドン、フランク・ルーカス(Frank Lucas)の、「映画上の性格描写」や「逸話上の性格」を参考にしています。
映画の主人公となる悪役は、その存在自体が既に「映画的」であり、そのほとんどが「義賊」であったり、そのような性質を持っていたりします。
両者ともウィキペディアやハリウッド映画でしばしば取り上げられておりますので、興味がありましたら、是非チェックして頂けると大変光栄です。
Column 2
「皆は私のことをドンと呼ぶが、お前達のような屑には、『因幡さん』と呼んで貰いたいものだ。」
何となくですが、てゐだけは獣出身の妖怪としては異色の存在だと思っております。
強い妖怪が跋扈する幻想郷において、てゐを含め兎は元々非常に弱い動物であり、その中を生き抜くために血反吐の出るような努力と叡智を振り絞って、何でもやって来る必要がありました。
種族繁栄とか何か、強きに庇護を受けるとは一体何か。
そして、強きを挫くにはどうすれば良いのか。
それ故人間やその他の種族を陥れるような沢山のいたずらも重ねてきました。
そして時に強い憎しみを込めて、人も殺すのです。
強者が作ったルールには決して従わず、強者すら自分が生き抜く為の一つの道具でしかない。
「精神的存在」たる妖怪としては一線を画す存在であり、常に「生存」の二文字に執着している―。
そんな風に思いながら、この小説を書き連ねております。
説明 | ||
去年の夏頃からゲームの「マフィア」やって、温めてた厨二ネタを小説化しました。 原作の設定が色々崩れてますが、お 諦 め 下 さ い ! グロテスクって程ではないと信じてますが、銃で人を撃つとか、撃った後の状況とか少し書いてあります。 とにかくてゐちゃんにコルガバさんとかトンプソンさんとかぶっ放って欲しかったんです。 ちょっとスれたてゐちゃんマジカワイイよ(*´Д`)ハァハァ 文章ってのは指摘されてナンボやと思っておりますので、気になった部分などございましたら、何でも良いのでコメントを残して下さいませ。 モジモジしながら喜びます。 Pixiv: http://www.pixiv.net/series.php?id=54346 |
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