ナイトメア@ボーカロイド第1話第2章
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 夕日が沈むギリギリの黄昏時。ナイトメアがその動きを開始するために目を覚ます時間帯だ。かなり難しい課題を突き付けられてしょんぼりしながらミクはネギに乗って帰宅した。卒業生の中で攻撃系の魔法を専攻したウィザードが突き付けられる課題をしなければならないなんてかなり厳しい。それに今居候しているみんながなんていうのかなって思うとますます気が重くなる。

 家が見えてきた。ミクの家は普通の人間達の住む家から少し離れたところに位置する一軒家だ。少し前までは村の人たちと一緒に住んでいたのだが、今ミクの家にはナイトメアと呼ばれる夜の魔物が住んでいる。村の人々がみんなを恐れるようになったため、家ごと引っ越したのだ。今ではミクと関わろうとする人は少ない。隣にいた話好きで世話好きのアンおばさんくらいだ。だから、最近ミクは町の上空をネギに乗って飛んで帰る。

 家の前で着地する。箒に比べるとネギは腰にかかる負担が少ない。やっぱり便利な魔法道具だ。そういうとネルやテトに笑われるけど。それよりもベートの課題どうしよう。ベートはネギでてなずけられないかな。そんなことを考えていたとき、

 

 ドカーン

 

 いきなり、家の一部が爆発した。といっても、ほんの一隅が倒壊しただけ。たいしたことない…わけないじゃん!びっくりして、門から入る。庭ではルカが庭に出した椅子に座り、本を読んでいた。その奥の家でイスや机がとんだりしている。

「ななな?」

「あら、ミクさんお帰りなさい。」

「ル、ルカ。これはいったい?」

「いつものことですよ。今回はちょっとひどい有様になってしまいましたけど」

「いつものことってあの…」

「姉弟喧嘩です」

「あああああああ」

ミクは頭をかかえて座り込んでしまう。たびたび起こるあの双子の姉弟のケンカはかなり迫力がすごい。

「どんな状況?」

「メイコさんが調停にかかっています。大丈夫ですよ。少し待ちますか?」

「家の様子見てくる」

ルカのようにのんびりしてはいられない。急いで家の中に入ってみた。

 テーブルはひっくりかえり、イスはあちこちへ散乱していた。タンスが倒され、お皿がちらばっている。この後片付けどうしよう。ミクはさらに気が重くなった。壁にぽっかり穴があいている。そこから外をのぞいてみた。

 ロードローラーが転がっていた。たぶんリンがレンに向かって投げたんだろう。だからって家の壁ぶち抜かれても困る。ロードローラーを横目に見て通り過ぎようとして気づく。下から一本の腕が出ていた。カイトがつぶされているらしい。どうやら投げつけたロードローラーはケンカの仲裁にはいったカイトにぶつかったらしい。カイトならまず死ぬことは無いか。そんなふうに考えていたとき、

ガシャーンと音がするとともに

「いい加減やめなさい。二人とも」

メイコの怒号が飛んだ。声のほうに言ってみる。

 いた。

 メイコの前でにらみあいをしている。一方は、金髪に大きなリボンが特徴の女の子で嫌なものを見るような顔をしている。朝、ひとりだけぐっすり寝ていたリンだ。もう一方には、金色の毛並みが美しい狼が肩で息をしている。正確にいえば狼人間だ。今にも一戦交えそうな雰囲気だ。

「ちょっと。リンちゃんもレン君も家がすごいことになってるよ。やめてよ」

「そっちがあやまらないかぎりね。薄汚い獣のくせに」

「獣言うな。もとはといえばおまえが原因だろ」

ミクの静止もきかず、2人はいきなりケンカをはじめた。2つの影がぶつかり、物が飛び交う。さらに何かが壊れる音がした。どうしよう。おろおろして見ていると、メイコが目に入った。怒りがマックスを超えた顔をしている。こんな時は、メイコのほうが怖い。

 「2人ともケンカをやめなさい。さもないと」

何かする気だ。ミクは防御で身構える。が、メイコはにっこり笑って言った。

「今日、ミクに晩ご飯作らせるよ。」

…へ?

なんのこっちゃとミクが思うと同時に、ケンカしていた2人がビキッと音がなるほど固まった。そして、ふたりでおずおずとメイコの前に正座する。狼は人間の姿に戻った。一緒に朝ご飯食べたレンである。

「…ごめんなさい」

「ごめんですむか!」

ふたりそろっての謝罪にメイコの鉄拳がとぶ。2人とも脳天に食らって頭を抱える。

「これから家を直す身にもなってみなさい。それからカイトのことも。ものをぶつけるとはどういう了見なの。今から2人そろってカイトを助けてから部屋を片付けなさい。日が沈んで1時間までに終らないと、ミクのスープ飲ませるよ。しかも、残さずにね」

脱兎のように2人は駆け出した。メイコはため息をつくと、ミクに気づく。

「ああ、ミクお帰り」

「ただいま…ってかめーちゃん」

「何?」

「私の料理って…何なの」

「毒」

あまりの即答にミクはがくっとなった。

「毒なの?」

「まあ、あの2人をだまらせるのには最良の特効薬だね」

「ははは」

ミクは料理が大の苦手だ。本人はそう思っていないのだが、その料理をたべて生きていられる物はいないとまで言われたこともある。

 あの2人とは、さっきまでケンカしていたリンとレンのことだ。2人は元々人間の双子の姉弟だったが、ひょんなことからナイトメアになってしまったのである。このふたり、普段はとても仲良しなのだが、一度でもケンカするとかなり血がたぎるらしく、とたんに激しくなってしまうのだ。おかげで、ケンカの後は家の中をひっちゃかめっちゃかにされてしまい、ミクの頭痛の種になってしまう。メイコの脅しがきいたのか、ふたりは素直に部屋の片付けをこなしている。

「リン、それあっち」

「オーケー」

かなりチームワークがよく手際がいい。またたくまに家の中がきれいになっていく。2人とも力があり、素早いから便利だ。家の中は大丈夫かな。ミクは1つの本を取り出した。ルーン文字の教科書である。ミクが専攻している魔術はルーン魔術という。24のルーン文字を組み合わせて書くことによって、魔法をかけるのである。えーと、崩れた壁を元に戻すには。ミクは本に目を走らせながら倒壊した壁の方に向かった。

 リンとレンの2人がカイトに土下座してあやまった後、カイトは普通に笑顔でキッチンに向かった。どうやらミクの料理は食べなくてもいいみたい。2人はほっとしたようだ。倒壊した壁は、ミクが修復した。が、どうにも接着が弱いのかぐらついている。困っていたところをルカが補強してくれた。これでほっとした。ミクとルカの壁を直す作業が終わり、2人が家の中に入るといい香りがする。カイトの手によって晩ご飯ができたみたい。今日は、カレーとサラダ。非常にいい香りがして日が落ち、冷えてきた体をあたためてくれそうだ。6人そろったところでいただきます。一口食べて、カレーの程よい辛さとコクに笑顔をうかべてしまう。やっぱりカイトの作る料理は最高。

 ただひとり

「うぇ」

といい、顔をしかめた人がいる。リンだ。リンの前にはお皿はない。リンはご飯が食べられないのだ。そのかわり、赤い液体のはいったグラスがある。その液体がリンの重要な飲み物だ。しかし、今回はお気に召さないみたい。

「カイト。これ、何の血?」

「ああ、それ豚の血」

「ブ!?」

リンは吹き出した。

「な、なんで豚の?」

「ごめん。献血車や病院に行く暇なくてさ。カレーの材料探して肉屋に行ってもらった。もう在庫なかったからさ」

「ええええ」

「明日、明日は必ずもらってくるから」

「じゃあ、今日はこれ?なんで家畜の血なんか飲まなきゃいけないの」

「わがまま言うなよ、リン。豚も結構イケるよ」

「そりゃあ、レンは犬だもん」

「誰が犬だ。狼だ。」

「アタシは人間の血がいい」

リンはほほをふくらました。

「美食家ですね。リンさんは」

「そうよ。これでもバートリ家の端くれだもん」

「血よ、血。それを美食というの?」

「血にもいい血も悪い血もあるんだから」

メイコの突っ込みにリンが切り返す。その後、リンはぐるりと見回すとミクを見つめて言った。

「ミク、血ちょうだい」

「ふえ?」

唐突なお願いにミクはスプーンを取り落とした。

「だって、この中で飲めるのはミクだけだもん。カイトやルカからは血を飲めないし、メイコは生臭いし、レンは問題外だし」

「生臭くて悪かったね」

「問題外ってなんだよ」

リンの言葉にメイコとレンからツッコミが入る。

「だからミクお願い」

「無理」

「お願い!」

「無理!」

「お・ね・が・い?」

「無!理!」

「吸わせろや!」

「キャラ変ってる!」

ふたりの押し問答が続く。

 「だって吸われたら、私もバンパイアに」

「なってもいいじゃん」

「いいわけないじゃん!」

「キシャーーー!」

「だから、キャラ変ってるって」

ミクはあわてた。リンは、リンディス・バートリという名前のバンパイアである。元々は村の娘だったのだが、バンパイアの襲撃に遭い、自らもバンパイアになってしまったのだ。今はミク達と暮しているが、リン曰くバンパイアとしての誇りを今でも持っている。だからこそ吸血にかける美食の極意にはなみなみならぬ物があるのだ。しかし、そんなものを押し付けられても無理な物である。リンに体の血をすべて吸い取られて、バンパイアになるなんてたまったもんじゃない。すると、リンはふてくされながら

「じゃあ、今すぐ誰かの血を持ってきてよ」

「えええええ」

ミクは頭をかかえそうになったが、すぐにひらめいた。

「それじゃあ、協力してほしいことがあるんだけど」

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 「だからってなんで私たちもやらなきゃいけないの?」

川から顔を出してメイコが愚痴る。

「まあ、でも、ミクにはお世話になっているんだから、少しは僕たちも協力しないとね」

メイコが川からあがるのを手伝いながらカイトが笑う。あの後、ミクがリンにお願いしたのが、ローラ先生が出した課題のベート退治である。リンに上質の血を飲ませるため、ベートを一緒に退治するようお願いし、他の皆にも説明した。話を聞いた6人は、食事の後、行動を開始したのである。

 ベートは村はずれの森から村に向けてやってくる習性がある。ジェヴォーダン村。ここが最近ベートの被害が大きいと言われる村である。その村へやってきたミク達は、早速村の唯一の入り口に網を張った。そこからやってくるベートを待ち伏せするためである。しかし、ベートがどこからやってくるかわからない。村の入り口に通じる小道の横には村に入る川が流れている。もしかしたらその川から来るかもしれない。その場合に備えてそれを待つのがメイコの役目である。

 「で、どうだった?」

「ここの川はきれいね。小さな小魚が泳いでいる。ここなら、ニックスのような妖精もいるから、ベートがわたってもおかしくないかも。でも、やっぱり夜はちょっと暗いね。」

「灯りいる?」

「ありがと。じゃあ、もう一度見てくるね」

そういうと、メイコは川の中に消えていった。銀の尾びれによって夜の水面がきらきら光る。

 メイコはメイコエル・シレーナという名前のマーメイドである。ミクは、メイコを授業中に釣り上げてしまい、そのまま行くところが無いメイコをミクは家に招待したのである。非常にしっかりものでみんなのお姉さん的な存在を担っている。

 メイコを見送った後、カイトは土手をあがり道の真ん中に出た。そこに、ミク、レン、ルカがいた。

「メイコは?」

「大丈夫そうだよ」

「そう。リンちゃん、そっちは大丈夫?」

ミクは空に向かって叫んだ。すると、空から降りてきたのはリンである。

「まだ、森の中にいるのかな。今はまだ見えない」

「ありがとう。これからも続けてね」

「それはいいけど。後で村人の血飲んでもいいよね」

「ダーメ。ちゃんと用意するから」

「わかったよ」

口をとがらせながら、リンは空へと飛び上がる。バンパイアであるリンは、空を飛び、暗闇の中で目がいいのだ。空からの監視に持ってこいである。

 リンが飛び去った後、ミクはメモを走らせる。それを見ていたレンが聞く。

「で、ミクはどうするの?」

「こっちからおびきよせられたらいいんだけど」

「おびきよせて捕らえる方法かあ」

カイトも考え込む。ここでずっと待っていてもこっちの集中力がきれるだけだ。できることならはやくすませたい。

「でしたら、私がやってみましょうか」

ルカが声をかけてきた。

「できるの?ルカ」

「自信は無いですけど」

「お願いしようかな」

「わかりました。それでは」

そういうとルカは目を閉じた。

 すると、ルカの頭にあった葉が大きくなり、その間からピンク色の花が咲いた。その咲いた花から、ほのかにいい香りがしてくる。香りでベートをおびきだそうとしているのだろう。

 ルカは、本名をルカロット・ヴィリイという。マンドレイクという植物がナイトメアとなり、人間に変化したのがルカである。つまり、植物人間なのだ。非常に礼儀正しい女性で、種族のように花のように可憐な人である。

 ルカの香りが流れ出してからしばらくたった後、ピクッとレンが反応する。

「獣の臭いが近づいてきてる。近いぞ」

レンの言葉と同時に、リンが空から叫んだ。

「なんか、ミク達のところに来てる。結構、速いよ」

リンの言葉が終るや否や、遠くのほうから光が2つ近づいてきているのがミク達のいるところからも見えてきた。光じゃない。目だ。暗闇の中で目を光らせながら何か黒い影が近づいてくる。ミクは持っていた灯りを上に掲げてみた。

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 来た。

 うなり声をあげながらやってきたのは、かなり大きめのモンスターである。間違いなくベートだ。熊くらいの大きさで、赤く燃えるような色をしたたてがみをなびかせる。その顔は獰猛な狼の顔であり、目はまるで大きな皿のよう。その目を爛々と光らせてまっすぐこっちに向かっている。灯りを見てもベートはひるまない。真っ直ぐ、ミクとルカを見つめている。そういえばベートって、女や子供を襲うんだっけ。ミクはベートの習性が書かれた本を思い出した。想像していたよりも大きく、また、異様なその姿にミクは思わずひいてしまう。

「うまく、おびきよせられました。」

「ありがとう。ルカ」

ルカがほっとしたようにいい、ミクは御礼を言った。が…

「このあと、どうしよう」

「え、どうしますか?」

ミクの言葉に、ルカがきょとんとして聞き返す。

「…ミク、もしかしておびきだすことしか考えていなかった?」

「うん」

「おい!」

ミクの能天気さにレンが突っ込む。ミクはノートを開いた。

「なるべく生け捕りにしなきゃ、レポート書けないし。とりあえずメモしとこ」

「いや、今かよ。危ないぞ!」

レンが言うと同時に、ベートはミクに向かって飛びかかった。無防備だと思われたのだろうか。

「あわわわわわわ」

慌てて本を開こうとする。しかし、間に合わない。こうなるんだったら、防御魔法の対策考えとくんだった。後悔と恐怖で目をつむったその時。

 ガチリ

 ミクの前で音がした。うっすらと目を開いてみる。

「カイト!」

身を挺してカイトがミクをかばったのだ。ベートはカイトの右肩におもいきりかじりついている。ガリガリと音がしている。カイトの肩にヒビが入り始めた。

「大丈夫?ミク?」

「こっちが聞きたいんだけど」

「僕は大丈夫だよ。でも、このまま壊れたら大変だねえ」

そういうとカイトはベートのたてがみをにぎった。そして、ベートの身体を片手で軽々と持ち上げたのである。この怪力で持ち上げられたベートはきょとんとしていた。しかし、それもつかの間。カイトは思い切りベートを地面にたたきつけた。背中をうち、ベートは痛みにのたうちまわった。

 カイトの肩にはベートの牙の跡が残っている。しかし、そこからは少しも出血がみられない。肩から欠片が落ちてきた。よく見るとカイトの右肩は岩でできているのである。

 カイトはカイトム・ボリスという名の青年で、科学者によって人間の死体と岩をつなぎあわせて、作られた怪人だ。フランケンシュタインがつくった怪人のように、人間の死体をつなぎあわせて、足りない部分を岩で補強した、俗にゴーレムとも呼ばれる怪人である。カイトは昔、爆撃に巻き込まれて死に、その後、その遺体をつなぎあわせて生き返ったのだ。今はミクの家で家事全般をしきっている。普段はおとなしく優しい青年だが、その怪力はやはりナイトメアと怖れられる実力の持ち主だ。

 ベートはようやく起き上がった。カイトの攻撃にひるんだと思ったら、そうではない。怒りの目でカイトをにらみ、距離をとったと思うと猛スピードで襲いかかってきた。カイトも身構える。応戦する気だ。カイトに向かってベートが飛びかかる。そのとき、ベートの身体が今度は横に吹っ飛んだ。何か鉄砲玉のような物が横から突っ込んできたのである。カイトはホッと一息。

「ありがとう。レン」

鉄砲玉のような者はレンだった。レンはよかったというふうにため息つくと、カイトを見る。

「ここは俺がやるから、カイトはミクに直してもらって」

「うん、わかった」

レンはベートをみた。ベートが起き上がろうとしている。今回は効いたようだ。レンは顔をしかめた。

「血の臭いがする。森の中で樵か狩人を襲ったのかな」

レンは鼻がいいのだ。そのためか、血の臭いには特に敏感なのである。ベートが起きだした。今度はレンに向かって走り出す。

「来いよ。相手してやる」

レンはそう言うと同時に、変身を開始した。全身から毛が生え、耳がとがる。爪が伸びる。しっぽと口が突き出す。牙が生える。

「アオオオオオオオオオオオオオン」

空に向かって遠吠えをした。一匹の金毛の狼に変身した。

 そう、レンはウェアウルフ、いわゆる狼男なのだ。本名をレンフォード・ルー・ガルーという。彼はリンと双子の姉弟であり、一緒に村に住んでいたのだが、魔女の呪いによってウェアウルフに変えられたのである。彼はその後さすらいながら、多くのナイトメアとケンカしていた。その後、傷ついて倒れていたところをミクに保護されたのである。

 レンが狼に変身したということは、スピードがかなりアップする。ベートが襲いかかると同時にレンもベートに突っ込んだ。2つの影が交差する。すると、ベートの肩から血しぶきが飛んだ。レンの爪が切り裂いたんだろう。ベートが鳴き叫ぶ。レンは空中で回転し、着地した。無傷である。ベートは、もう完全に怒り狂った。レンめがけて猛然と突っかかってくる。レンは身構えようとして、ふいに自然体に戻った。レンは余裕で避ける。ベートは止まることができず、レンの側をすぎていく。

 そのベートの先には、いつ空から降りてきたのだろう。リンがいた。ベートは標的を変えたようだ。今のスピードで狙いやすいリンに向かって突き進む。

「いらっしゃーい。こっちだよ」

リンが手を叩く。ベートが飛びかかる。と、同時にリンがひらりと身をかわす。ベートは最早止まれない。リンの側を通り過ぎる。と、同時にリンが手をかざす。ベートはバンパイアが放つ衝撃波でふっとんだ。その先は、川だ。

 ドブーン

 ベートは川に真っ逆さまに落ちた。すると、ベートは思い切り暴れた。どうやら水は苦手なようだ。水から出ようとするが、岸に上がることができない。きっとメイコがあげないようにしているのだろう。そこへルカが岸に近づいてきた。ベートに向かって手を差し出す。すると、手の指がツル状にのびてきた。そのツルがベートに絡み付き、縛り上げる。身動きが取れなくなったベートは思い切りツルを切ろうとするがなかなか切れない。ルカはベートの顔に向けて、手のひらから何かの粉をだして吹き付けた。すると、ベートは眠ってしまった。眠らせる作用を持った花粉のようなものを吹き付けたのだろう。

 これで捕獲完了。ミクはカイトのけがをなおしながら、捕獲の様子を見てほっとした。

「ありがとう、みんな。けがは無い?」

「俺は大丈夫」

「わたしも」

「なんとかね」

「ええ、けがは無いです」

どうやら、皆にけがは無いみたい。それを聞くとあらためてナイトメアのみんなの実力がとてもすごいんだなあと感じてしまう。ウィザードが数人かかって捕まえるベートを1撃で軽々と倒すのだから。

「やっぱりみんなすごいなあ。私1人じゃこんなだしベートなんて絶対捕まえることはできないもん」

「そんなに自分を責めないでいいよ、ミク。」

カイトが言う。

「そうかな?」

「そうだよ。ミクがこうして魔法で僕たちを治してくれるし」

カイトはそう言うと、腕をぐるぐるとまわした。傷ついた肩はミクの魔法によって復活していた。よかった。今回はうまくいったみたい。

「それで、ミクさん。このベートはどうします?」

ルカが聞いてくる。

「うーん、先生は、その習性と退治方法をレポートに書くようにってしか言ってないし」

「それでは、こっちの自由にはできませんね。」

みんなで少し考え込む。やがて、メイコが頭をかきながら言った。

「やっぱり、魔法警察に言って、処理をお願いするか」

「そだね。」

「ミク、メモとった?」

「うん」

みんなが相手している間、ちゃっかりとメモはとっていたのである。後は、レポートにまとめるだけだ。すると、ミクは立ち上がり、ベートに近づいていった。

「ミク、危ないよ」

「大丈夫ですよ、メイコさん。まだ、目が覚めませんから」

ミクはベートの側にたつと、傷口を眺めた。まだ、血が出ている。ネギでベートの傷口をなでた。傷がふさがる。

「痛むと大変だし、可哀想だから。これで大丈夫」

ほっと一息つくと、ミクは帰ってきた。ベートはもがくことなくぐっすり眠っている。その様子を見て、メイコとカイトはため息をついた。

「あいかわらず、ミクはナイトメアに優しいね」

「本当に。ベートもおとなしくすることができるかもね」

 ミクが戻ってきた。

「じゃあ、これで一件落着か」

「そうね。」

レンの問いかけにミクがこたえる。みんなはほっとした。

「それじゃ帰るか」

メイコの言葉にみんなで帰路につく。無事終ったから、レポートまとめて早く寝て明日は遅刻しないようにしなきゃな。そう考えながらミクはのびをした。

「ところでミク」

「何、リンちゃん?」

リンが何か聞いてきた。

「血を飲ませる約束は?」

「…あ!」

「あ?」

「いやあの、その」

「なあに?」

満面の笑みで、リンが聞いてくる。心の中で何を考えているんだろう。コワイ。ミクはうつむいた。

「…忘れてた」

「あ“!」

「ご、ごめんなさい」

「ごめんじゃないよ!もともとその約束じゃない!どうするのよ」

「うう…」

「やっぱりミクの血飲むしかないのかな」

「うう…」

リンに詰め寄られてミクはしどろもどろ。せっかく1匹のモンスター倒したのに、もう1匹におそわれることになっちゃった。

「リンさん、こちらの血をどうぞ」

ルカが声をかけてきた。見ると小瓶に血が入っている。

「これ、何の血?」

「近くの医者の家にあった輸血用パックから拝借しました」

「どれ?」

ルカから小瓶を受け取ると、リンは血をひと嘗めしてみた。

「うーん、まあまあかな」

「お口にあいますか」

「じゃあ、今日はこれでいいか」

リンの一言に、ミクはほっとした。心の中でルカにありがとうを何回も言った。リンは好みの血を飲めて幸せそうである。そのリンの後ろでレンとメイコがルカに聞いている。

「ルカ、いったいあれ、本当は何の血?」

「あれは、ベートの血ですよ」

「え!?」

「レンさんが切った切り口からでてきた血を採取したものですよ」

「そ、そうなんだ」

「気づかなくてよかったです」

「でも、気づかないリンもリンね」

「何が、バートリ家の端くれだよ」

3人の話しているのを聞きながら、カイトはメイコの乗る車いすを押している。和気合い合いと帰るナイトメアを見ながら、ミクは笑いながら少し後ろを歩いた。

 ナイトメアの皆は、これまでつらい目にあいながら孤独の中で生きていたのである。しかし、今は私の家でこんなふうに笑いあって生きている。やっぱり幸せだなあとミクは感じた。

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 「なるほど。ベートの習性についてはよくわかった」

3日後、提出したレポートは、ローラ先生からまあまあの評価をいただいた。

「ベートの習性についてきちんと書かれてある点は確かに評価できるな」

「ありがとうございます」

「しかし、ミクロア」

「はい」

「ここには、ベートの習性にそった攻撃方法が書かれているが…」

「はい」

「肝心の魔法を使った対処法がないぞ」

「え?」

「あるのは、ナイトメアによる力技だけだな」

「はあ」

「おまえは何をやっていたのだ?」

「…けがしたみんなの…治療です」

「そうか…」

もしかして、もう1回やり直し?もうこりごりなのに。

「まあいいだろう。合格だ」

「え?」

「このレポートからはナイトメアの習性もわかるからな。充分だろう」

「あ、ありがとうございます」

御礼を言ってミクは研究室を後にした。

 次からはきちんと遅刻しないようにしよ。ミクはそう心に誓った。誓った日も、予鈴が鳴る1秒前に校門に滑り込んだんだけど。

 

説明
今回は人物紹介みたいな形です。リンレンがかわいいです。
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