運命の子
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 高校時代の友人から電話があった。

「ちょっと会えないか?」

 その声は、いつも明るくムードメーカーであった友人とは思えないほど暗く落ち込んでいた。

 地方の大学に進学した僕はそのまま就職したので急には会えなかったが、一週間後にになんとか時間がとれそうなので久しぶりに東京へ出ることにした。

 

 学生時代に通っていた食堂『はるかぜ』。

 野球部であった僕たちは練習で消耗し尽くした体力を復活させるために、ここに通ったものだ。

 扉を開けると、古びた店内はそのままだ。

「おや、久しぶりだね」

 お水を持ってきたおばさんは、僕を憶えていたようだ。僕は、うれしくなった。

「ええ、おばさんもお変わりないようで。おじさんは元気ですか?」

「ああ、ウチの人はまだまだピンピンしてるよ。そう簡単にはくたばりそうにはないね」

 一見雪だるまのような巨体をふるわせて、ワハハハワハハと豪快な笑いを響かせる。

「それで注文は?」

「まだ、連れがいるから」

「誰?」

「ほら、いつも一緒だった酒田。憶えてないかな?」

「酒田君? だったらもう居るじゃない」

 僕は驚いた。

「酒田が居る!? どこに!」

「ほら、あそこ」

 そこにいたのは髪も髭もぼさぼさに伸びきって、着ている服もぼろぼろの男だった。

 僕はおそるおそる信じられない思いで近づく。

「……さ、酒田か?」

 血走った目が僕を見る。瞬間、背筋が寒くなった。追い詰められた獣の目だ。

「大村、座れよ」

「……ああ」

 果たして本当にこれが僕の知っている酒田と同一人物だろうか? まだ半分信じられない。

 だが、確かに僕の名前を呼んだのであれば酒田であると信じるしかないだろう。僕は水を持って酒田の座っている席に移った。テーブルにはまだ料理はない。

「お前も来たばかりだったのか?」

「……いや、一時間前から居た。お前が来たのもわかっていたが、黙ってみてた。今の俺が、俺だってわかるか試したんだ」

「試した、ね。すると俺は不合格だったわけだ」

 乾いた笑いを絞り出す。なんとか、ここにある重苦しい雰囲気を吹き飛ばしたかった。だが、無理だというのはすぐわかった。僕はそれでも何とかしようとおばさんに声をかけた。

「おばさん、生中二杯、それから枝豆と唐揚げを」

 おばさんは「はいよ」といって店の奥に引っ込んでいく。僕は酒田に向き直る。

「それで話があるんだろ?」

「……まずは飲んでからにしよう」

 僕は同意した。どう考えても素面で話は出来そうにない。

 酒田はビールがくると、乾杯する間もなく一気に飲み干した。僕は追加注文をする。それを酒田はまだ飲み干す。結局五杯も一気飲みした。

「おい、いくらなんでもピッチが早すぎる。それじゃあ吐くぞ」

「……このところ、ずっと悪酔いしている気分なんだ」

 酒田はそういうとテーブルにうつぶせになった。

「おいおい」

「……お前は変わらないな」

「……お前が変わりすぎだ」

 最初は違和感があったが、少し話していく間に酒田であることを受け入れていた。それと同時に、なにがここまで友を変えたのかとても心配になる。

「なにがあった」

「……お前は、今まで信じてきたものが嘘だとわかったとき、どう思う?」

「よくわからないな。どういうことだ?」

「つまりは、家族とか恋人が偽者だとわかったときはどう思うかということだ」

「……つまり、お前がそうだったわけだ」

「……俺の話をしているんじゃない。お前の話だ」

「俺がもしそうだったら、か……。それがどうしようもないときには別人にでもなって、一からやりなおすさ」

「……別人にね。それが出来たらどれだけいいか。俺は何も出来ないから、こうしてどうしようもない気持ちを抱えている」

「もう一度聞くが何があった?」

 酒田は唐揚げをつまんで口に放り込む。

 くちゃくちゃと噛む音だけを返して、視線はじっとテーブルに置かれたジョッキを見ていた。いや、違う。ジョッキに映る自分の顔だ。

「俺に妹がいたろ。麻美って言う」

「ああ、美人の妹さんか。お前の妹なんていうのが信じられないほどの」

「本当だったんだ」

「えっ?」

「本当に俺の妹じゃなかったんだ」

「つまり、義理の妹ってことか?」

「いや、妹じゃなかった」

「まさか、弟だったなんてオチはないよな」

「それならまだましだ。その問題は難しいが解決することができる。でもそんなものじゃなかった」

 そういうと、酒田は一枚の写真を取り出した。

「これは、お前と、今言ってた麻美さん? 麻美さんが赤ん坊抱えているけど。なんだこれ? お宮参りみたいだ。――お前と麻美さんが夫婦みたいだぞ」

 そのとき、僕はひとつの想像が頭に浮かんだ。

 これは、本当に酒田とその妹、そして子供の写真ではないのかと。だが、そう考えたとき酒田がここまで憔悴する意味がわからない。

「まさか、この子供……」

「ああ、俺の子だ。そして……」

「おい、お前妹に手を出したのか!」

「ああ違う、いや、なんというのか、もっと複雑なんだ。――それが撮られたのは今から五年後だ」

「……はっ?」

「つまり、それは未来の写真なんだ」

「もっとわかるようにいえよ!」

「俺は本当は捨て子だった。それを育てくれた両親が養子にしてくれたんだ。俺はどこの誰だかわからなかった。でも、持っていたのはたったひとつのお守りだけ。その写真だけしか入っていなかった。今の両親は俺の実の親の手がかりだと思って、今まで大切にしまってくれていた。その当時には麻美も生まれていなかったから当然だ。裏に書いてある日付も平成といで書かれていたから昭和の当時見ても落書きにしか見えなかったんだろう」

「待て、つまり捨てられいたお前は未来の写真を持っていた。そしてそこに写っていたのはお前と麻美さん。それでいいのか?」

 酒田はうなずく。

「今の両親は、その写真のことは憶えていたが、どんな顔が映っていたのかまでは長い月日で忘れていた。それに、俺にとって大切なモノだということでずっと開けずに保管していたんだ。俺は、最近結婚を意識する女性が出来た。それを報告したら。これを出してきて、俺に渡したんだ。結婚する年頃ならば真実を知っておいた方がいいからな。実際これまで気がつかずに育ったというのはとても幸せだったと思う。免許とかパスポートとかいつ戸籍を調べてもおかしくない状況だったんだしな。たしかに、養子だったことはショックだった。でも、血がつながっていなくても家族だということがわかったkら、それも乗り越えられた。でも、この写真を見たとき、そんなことも吹っ飛んじまった」

「……」 

 喉が無性に渇く。僕は震える手でビールを飲んだ。

「いいか、俺の両親の写真。そしてそれが俺と麻美だ。しかも、日付は五年後。今付き合っている彼女とは別れて、おれは妹と夫婦になっている。いや……」

 酒田は絶望したように頭を抱えた。

「俺の母を妻とするんだ!」

 酒田の言うことが嘘であってほしいと思う。だが、こいつがこんな嘘をつく人間ではないことは僕がよく知っていた。

 大粒の涙を流して泣く酒田を僕は何とか救いたいと思った。どんな運命のいたずらが酒田に試練を課しているのかわからないが、このままではいけない。

 オイディプスの悲劇から酒田を救う方法。

 僕は酔いも回った頭で懸命に考えた。

 そして閃いたのだ。全てを解決するとってもよい方法が。

「おい、ちょっとついてこい」

 僕は酒田を強引に連れ出す。考えたアイデアを実行するのだ。

 

 

「どこだ? ここは」

「知らないのか? ここは湾岸倉庫だよ。ここにくれば大丈夫だ」

 ちょうどそのとき、黒塗りの車が僕たちの側に停車した。

 中から僕の顔見知りが降りてくる。

「おお、フランツさん。貴方がこっちで仕事していると聞いていたからちょうどよかった」

 そういうと背の高い白人男性とハグをする。

「おい、大村。この人達はなんだ?」

 心なしか酒田の声が震えていた。

「心配することはない。お前の悩みを解決しようって言うんだ」

 僕はフランツに耳打ちをする。

「友達なんだ。出来るだけ条件のいいところにやってくれ。それがせめてもの友情だからね」

 フランツは親指を立ててオーケーの意志を表す。

 そしてフランツの後ろに控えていた屈強な男達が酒田に迫った。次の瞬間スパークと酒田のくぐもった悲鳴、そして酒田が崩れる音が聞こえた。男達は袋に酒田を詰めると手際よく車のトランクに詰めていく。

「ミスターオオムラ。ホントウニイイノカイ?」

「ああ、本人のためになるのさ。代金はいらないよ。これはビジネスじゃなくて人助けだからね」

「デモ、カワイソウネ。ニドトニホンニハカエレナイヨ」

「それでいいんだ。そうすれば、こいつの悩みは消えるから」

 僕は笑った。

 酒田を乗せた車が出て行くのを僕は見送る。

「酒田、僕が変わらないと言ったね。人間というのは外が変わらなくても中が変わることだってあるんだ。今まで『そちら側』で生きていたお前にはわからないかもしれないけど」

 波に揺れる船を見ながら、僕はつぶやいた。

 帰ろうとしたとき、僕は一枚の写真を拾った。そして腹の底からこみ上げてくる笑いを抑えてくることが出来なかった。

「ククク、クハハハハハハ!」

 そこに写っていたのは、両足をなくして片目がつぶされた酒田と妹が子供を抱いている写真だった。

「酒田! お前は帰ってくるのか! 僕への憎しみ、執念のなせる業か。――いや、それとも、お前の中で眠っていた妹、いや母への愛か? だが、そうまでして帰ってくるならば僕は止めやしない。お前を祝福してやろう。そして、永遠に続く時の牢獄の中で苦しめ。禁忌の中で得られる苦き果実の味を堪能するんだ!」

 僕の叫びに答えるかのように汽笛が鳴った。

 

 

説明
タイムパラドックス的なSF。
ハッピーエンドかどうかは見る人の判断にお任せします。
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SF タイム 運命 

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