SEASON 10.決別の季節(2/?)
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久しぶりの登校に心が躍る訳もなく、冬休みが終わった寂しさとまた学校に行かないといけないうんざりさが足取りを重くする。

更に、道路に積もっている雪が邪魔で歩きづらく足元の冷たさが追い打ちをかけてくる。

 

 

例によって通学路には他の生徒が誰もいないのは御愛嬌、この時期に布団の暖かさから逃れるのは困難なのだ。

朝にちゃんと起きたはずなのにもうちょっとしたら出ようと潜り込んだがアウト、そのまま眠りについてしまった。

 

 

小さい頃からこの罠にはまってる俺にしては抜け出せる奴は尊敬に値する。

 

 

「唯あたりはちゃんと起きていそうだからコツでも聞いてみるか」

 

善は急げと首に巻いていたマフラーを口元まで上げて足早に学校に向かう、結局足が雪にとられて雪が無い状態の時の普通の速度までしか上がらなかった。

 

 

 

ようやく着いた教室の前で今行われている授業を確認する。これですたこら入って丸ちゃんがいたらヘッドロックの餌食になってしまう。

恐る恐るゆっくりとドアを開けて中を見ると教室には誰もいなかった。

 

 

「なんだ?クラス全員で俺を驚かせようとしてるのか?」

 

そんなあり得ないサプライズイベントに胸を高鳴らせ教室に入ると黒板に書かれている文字に全否定を受ける。

 

 

――― 慶、拓郎へ。今日の化学は化学室でやってるから面倒くさいって思ってもちゃんとくること ―――

 

 

遅刻している俺達に唯は丁寧に、なおかつ移動するのが面倒だと思う俺達の性格を読んでのメッセージを残していた。

 

 

黒板の文字を見ながら席に着き、これからどうしようかと時計を見てみる。

 

 

時間的には授業が始まってからまださほどたっていない、だけど唯のメッセージ通り俺は面倒くさくなっていた。

 

 

こんな時に拓郎も登校してきてくれればそのままさぼりコースだったのだが、その拓郎の席にはまだカバンが置かれていない。

もしかしたらと思い拓郎に今どこにいるのか?学校に向かっているなら後どれぐらいで着くのかをメールをしてみる。

 

 

返答次第ではこのまま教室にいれば拓郎と合流して適当に授業をさぼる寸法だ。

 

 

とりあえず返答があるまで机に突っ伏しながら待ってみるが、送信してから10分経っても返答がない、さらに10分経っても携帯がならない。

 

 

「まだ寝てるのか?昨日あれだけ投げたしな。もうちょっとだけ待ってみるか」

 

携帯を閉じてズボンのポケットにしまい脱いだコートを羽織り直す。

 

 

返信を待っているつもりがこの体勢に入ったのが俺にとっては命取りのようでものの見事に寝てしまった。

 

 

結局拓郎とさぼるはずだった授業は自分1人で寝ることで消化してしまいその代償に

 

 

「面倒くさくてもちゃんとくることって書いたでしょ?」

 

「いや、ついさっき着いたんだよ。行こうと思ったんだけどチャイムが鳴ったんだ」

 

「はぁ、慶……嘘つくならもうちょっとまともな嘘つこうよ」

 

「嘘なんてついてないぞ、信じられないのか?」

 

「じゃあ、私の目を見てもう1度同じ事言ってみてくれる?」

 

「うっ……ついさっき着いたんだ」

 

「慶、すごい目が泳いでるわよ。それについさっき着いた人が何回も起こさないと起きないくらい寝れる?」

 

「……すみません、嘘つきました。授業が始まったくらいに来てました。面倒くさいから拓郎と合流してさぼろうかと思って待ってたら寝てました」

 

「もう、次からはちゃんと面倒くさくても途中からでも出てよね。はい、約束」

 

「約束って、まさか俗に言う指きりげんまんってやつか?子供じゃあるまいし」

 

「形なんていいのよ、慶の場合は何かしないと忘れそうなんだもの。はい、文句を言わないで約束」

 

「はいよ、ゆ〜びき〜りげ〜んま〜ん、移動教室を面倒くさがってさぼったら……どうすればいいんだ?」

 

「う〜ん、そうね、私の下僕にでもなってもらおうかしら?こき使ってあげるわよ」

 

「おっと、それはかなりきつい事になりそうだな。よし、それでいくか。さぼったら唯の下僕にな〜る!指切った!」

 

まわりからはさぼっただけで唯の下僕になれるのかよ、羨ましいぜっと妬む声も聞こえてくる中これからはさぼる事が許されなくなってしまった。

 

 

前々から唯には授業をさぼるなとか遅刻するなと言われ続けているのにも関わらず言う事を聞かないのだからどうしようもない。

 

 

仮に拓郎から返信があったとしたらこんな約束をする事はなかったんだろうなと少し人のせいにしてみるが、どちらにせよ約束はしなくても同じような事を言われただろう。

 

 

これを機に明日からちゃんと授業に出るようにしようと決意する、そう、明日から。

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「そういえば、寝てる間にメールきてるかもしれないな」

 

ポケットから取り出した携帯にはメールが返ってきた形跡がない、センターに問い合わせてもやっぱりメールは来ていない。

 

 

「おかしいな、もうそろそろ起きててもいいと思うんだけど。拓郎から何か連絡受けてないか?」

 

「拓郎?ううん、何も来てないけど。拓郎がどうしたの?」

 

「いや、学校に着いた時にメールしたんだけどまだ返事が来てないんだ。昨日キャッチボールして結構投げたから疲れて寝てるのかもな」

 

「いつもちゃんと来なさいって言ってるのに。出席日数とか大丈夫なのかしら?」

 

「やばかったらちゃんと来てるんじゃないか、昼には流石に来るだろ。んじゃ、俺も寝るよ」

 

 

携帯をポケットにしまい寝る体勢に入ると唯すぐさま起こされる。

 

 

「慶、ここで一瞬の快楽を求めるのと私の下僕になるのとどっちがいい?」

 

「どちらかと言えば一瞬の快楽を得て下僕にならないのがいいんだけど、何でだ?」

 

「次も移動教室よ、ほら、もうみんないなくなってるでしょ?」

 

まわりを見渡すと唯の言う通り、クラスのみんなはいなくなっている

よくよく時計を見ると授業が始まるまでの時間が迫っている。

 

 

「今回だけは許してくれないか?時間もないし、何より眠いし」

 

「駄目に決まってるでしょ!さっき約束したばっかりなのにすぐ破るの?ほぅらっ、どいてどいて」

 

 

椅子から俺をどかすと机の中から教科書とノートを取り出し始め、自分の分と合わせ持ち、俺の手を引っ張っていく。

 

「そんなに強く引っ張らなくてもいいだろ?ゆっくり行かないか」

 

「ゆっくりしてる暇はないでしょ?私まで遅れちゃうじゃない!ほら、歩かないで」

 

 

強引に引っ張られながら廊下を歩いて行くとどこからか視線を感じ回りを見るが誰もいない。

 

 

確実に誰かが見ていたはずなのにと立ち止まって探してみるが見つからない、その上、唯に腕を組まれ肘に当たる柔らかいものに意識が集中してしまいそれどころではなくなってしまった。

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つまらない授業に参加しながら拓郎から返信がくるんじゃないかと携帯を何回も取り出しては戻して、取り出しては戻してを繰り返す。

 

 

よく机の下で携帯をいじっているのを何やってるんだろう、そんなちらちら見ててもしょうがないだろっと今まで馬鹿にしていたけど、実際に携帯を持つと気になってしょうがない。

 

 

待っているだけなのは俺の性分では耐えきれない。

 

 

――― 拓郎たん、このままだとお昼僕ちゃん1人で食べるはめになっちゃうよ ―――

 

 

キャラに無い文章を送っておけば拓郎の事だから速攻でつっこみが返ってくるという計算のメールを送って眠りにつこう。

 

 

そう思っていざメールを作ってみたもののできた文章を読み返して

 

「いや、なんか違うしキャラじゃないな。別に1人で飯食うのも抵抗ないしな」

 

とキャラに無い事をしようと作ったメールを自分で突っ込んで消してしまった。

 

 

「神林、どうした?質問でもあるのか?」

 

「いや、なんでもないです。続けて下さい」

 

 

消してしまった衝撃で思わず立ち上がってしまっていた俺に唯は呆れながら笑みを浮かべる。

 

 

恥ずかしさから頭を掻きながら座ると同時に携帯が振動を起こした。

 

 

拓郎からやっとメールが返ってきたかと開いてみるとついさっき俺を見て笑っていた唯からだった。

 

 

――― 授業中に何やってるの?駄目よ、携帯いじってちゃ ―――

 

 

クラス委員長らしいメールがらしくないタイミングで飛んできていた。

っというよりたった数秒間でこのメールを作るなんてどんなスピードだ。

 

 

里優から聞いた事がある。唯からの返信はとんでもなく早くてあらかじめ作ってあったんじゃないかと思う時があるらしい。

唯には言ってないらしいが、里優はメールを打つのが遅くて、あまりにも早く返信があるため、たまに困ってしまうらしい。

 

 

しかも、どんなメールにも必ず返信してくるからメールが止められず寝不足になる時もあるとの事

里優はそういう文句っぽい事は本人には言えない性格だから大変だろうな……竜祈は例外として。

 

 

まっ、そんな事はいいとして唯にメールでも返してやるか。

 

 

せこせことボタンを押して文章を作っていくが、やっぱり唯みたいには早く作れない。

 

 

やっとできたメールを送信してやる。内容はそんな事言ってる委員長が携帯をいじっていいのかと嫌味満載。

唯の顔は見えないけどむっとしているはず、返ってくるメールを予測して待っているか。

 

 

きっと、慶がいじってるのが悪いんでしょ?とか、はいはいわかったからちゃんと授業受けなさいとかそんなとこだろう。

 

 

唯、いつも俺の思考、行動パタンを読んでいるけど、それは俺だって同じなんだ。これでも2年間は一緒にいるんだからな。

 

 

さてさて、どんなメールが返ってくるかな?どんなものだとしても大丈夫だと背もたれに思いっきり寄りかかりながら唯の方を見ていると唯は手を上げ立ち上がった。

 

 

「先生、神林君からメール来て授業に集中できません」

 

予測の片隅にすら無かったまさかのチクリ、振り返る唯の顔はむっとしているどころか憎たらしいくらいの笑顔だった。

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授業が終わり俺は一直線に職員室へ、没収された携帯の救出の為だ。

 

 

面倒くさい事になりそうだと思いつつも入っていくと回りの教師達は気概な目でこっちを見てくる。

 

 

その視線を無視しながらさっきの教科の教師のもとへと行くと何故か丸ちゃんまでいた。

 

 

「神林、授業中に携帯をいじってたら駄目だろ?これは放課後に返してやるからそれまでまじめに授業受けてろよ」

 

もちろんここは反発することなく何も言う事なく職員室を後にする。

 

 

「そういや、五十嵐はまだ来てないのか?大事な話があるからって言ってたのにな」

 

「今の授業には来てなかったすね。そのまま来たんでもしかしたら教室にいるかもしれないすけど」

 

「そうか、それじゃ五十嵐が来てたら次の休み時間にでもいいから職員室にくるように言っといてくれ」

 

「了解っす、多分来てないと思うすけどね」

 

 

携帯は拉致されたまま教室へと戻ると案の定、拓郎は来ていなかった。

 

 

 

 

 

昼休みが過ぎ、携帯を没収されたままの俺は唯の元へ向かった。

 

 

「唯、拓郎にメールでも電話でもいいからさ連絡とってみてくれないか?」

 

「いいわよ、電話してみる……やっぱり出ないわね、どうしたのかしら?」

 

「流石にこの時間なら起きてるはずなんだけどな。もしかして……事故にあったとか」

 

「雪積もってるしね、足を滑らして頭を打ったとか……でも拓郎なら大丈夫だと思うんだけど」

 

 

お互いに不吉な出来事で頭が一杯になってしまい、無言になってしまう。

 

 

「大丈夫だよ、あのイケメンでスーパースターの拓郎君なら空き教室で寝てて起きたらこの時間になっただけだよ」

 

 

背後から聞こえた言葉に安堵感を覚えた。

 

 

「だよな、拓郎が事故にあったりとか似合わないもんな、って拓郎!」

 

「おはよう、慶ちん、唯。って慶ちん、事故が似合う人っているの?いるなら是非とも会ってみたいもんだね」

 

 

ケラケラと笑う拓郎が背後に立っていた。

 

 

「ほら、円とか注意力とか足りなさそうだろ?あいつが事故にあってもらしいなって思ってしまうかもしれない」

 

「その気持ちわからないでもないね。でもそれを言ったら慶ちんだってよくぼ〜っとしてるから同じ事が言えそうだよ」

 

「いや、俺はこれでも周りを良く見てるし、注意力はそこそこにあるつもりだからその枠には当てはまらないな」

 

「私から言わせたら、円も慶もあまり変わらないと思うわよ。それはそうと拓郎、電話したんだけどなんで出てくれないの?空き教室にいたんでしょ?」

 

「いや〜、これがまた携帯を忘れるという失態を犯してね。おかげで今日は何か不安でしょうがないんだよね」

 

「わかる、わかるぜ拓郎。俺もさっき唯の策略にはまって携帯を没収されたとこなんだ。今いいしれない不安に押しつぶされそうだ」

 

「慶ちん……それは辛いね、辛すぎるね。よし、僕の胸の中に飛び込んでおいで。ヘイ!カモン!慶ちん!」

 

 

目を瞑り大きく両腕を広げる拓郎の胸へと飛び込む訳もなく、かわりに両手とも人差し指を突き出し、とある場所へと突き刺してやった。

 

 

「あふっ、やるね慶ちん。なかなかいい位置だったよ。今度はこっちの番だね。さあ、両腕を広げて」

 

「いや、俺はいいよ。代わりに唯にやってやれよ。いい記念になると思うぞ」

 

「そうだね、さっすが慶ちん、冴えてるね。さあ、唯……って慶ちん、唯にやったら確実に明日から学校にこれなくなる記念になっちゃうよ」

 

「もし本気でやろうとしてたら止めようと思ってたから結果的には問題はなかったんだけどな」

 

「でも、唯の顔みれないよね。絶対に変質者を見るような目になってたと思うし」

拓郎と一緒に唯の顔を見ると笑ってごまかしてはいるが、明らかに嫌悪感を醸し出していた。

 

 

「変な振りして悪かったな」

 

「いいんだよ。こういう振りにも慣れてるからさ。でも、唯のああいう顔はいつまでも慣れないね」

 

 

拓郎の肩を引きよせ小声で話し、もう一度2人で唯の顔を見る。俺達の話がわかっていない唯はどうしたのっという顔していたが俺達は笑って返すだけだった。

チャイムがなり、各々が席に着くと教科担当の教師が入ってきた。

 

 

「おい、五十嵐!話があるんじゃなかったのか?来てるならなんで職員室に来ないんだ?」

 

「ごめ〜ん丸ちゃん、すっかり忘れてたよ。そんなに大事な事じゃないからまた今度ってことで」

 

「わかった、今度は忘れるなよ。それと神林!もう授業中に携帯なんかいじってるなよ。今返してやるから取りにこい」

 

 

放課後まで帰って来ないと思っていた携帯がこんなに早く帰ってくるなんて。

すぐに席を立ち、丸ちゃんの元へと向かう。携帯を受け取る際に丸ちゃんに注意を受けるがまったく頭の中に入って来ない。

 

 

 

戻ってきた喜びで今はそんな話は聞きたくなかったからだ。

急いで席へと戻りすぐに携帯を開いた。

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学校も終わり、いつも通りみんなで家へと向かい夕食の時間

 

 

「なんか今日の慶斗暗くねぇか?いつもそんなに明るい訳でもねぇけど」

 

「うん、携帯を没収されている間にメールも着信も無かったのがショックだったみたい」

 

「慶兄、元気出して。円なんてそんな事しょっちゅうだよ。それでも円はこんなに元気なのです」

 

「円……わかってくれるのはお前だけだ。よし、円、来い!」

 

「2人共、抱き合ったって誰かから連絡くるわけじゃないんだよ。それに比べて僕の携帯はメールと着信のオンパレードだったけどね」

 

「なにを!勝ち誇った顔して見せびらかしてくるなよ」

 

「いや、慶ちん良く見て。メールの送り主と電話かけてきてた相手」

 

 

着信履歴とメールボックスを見ると俺と唯の名前があった、他はすべて円で埋め尽くされていた。

 

 

休み時間ならなんとなくわからないでもない、何故に授業中もあるのだろう。

 

 

円を見ると頭をコツンと叩いておどけている。

どれだけメールや電話を掛けて欲しいんだと内心その行動力に驚かされた。

 

 

 

 

 

それから2日間、何故か拓郎は学校に一度も来なくなった。

 

 

初日はさぼりだろうとあまり気にしていなかったが、2日連続となると少し心配になってくる。

今まで1日はさぼりで来ない事はあったが2日連続で来なかった事は1度も無かった。

 

 

風邪を引いた時に連続で休んだ事はあったが連絡はとれていた。

今回は一切メールが返って来ない事、電話に出てくれない事が引っ掛かっていた。

 

 

 

 

 

そして3日目

「結局今日も最後まで拓坊来なかったね。何してるんだろう?メールも返ってこなかったんでしょ?」

 

いつもとは違う5人での帰り道、いつもなら拓郎と話している円が話相手がいなくて暇を持て余し俺達の所にきていた。

 

 

円の質問通り、携帯が拉致された俺は唯にメールしてもらうように頼んだ、が結局返事は放課後になっても返ってこなかった。

 

 

「いくらさぼりだからってメールぐらいはしてくると思うんだけどな。急用でもできたのかもな」

 

「ぬ〜、それでも拓坊ならちゃんとメールしてくれるはずだよ?どんな時でも円がメールすると返ってくるもん」

 

「そうね、拓郎からメールが長時間返って来ない事なんて1回もないわね」

 

「それじゃ、充電が切れててメールに気付いてないのかもしれないな。今頃気付いて慌ててるんじゃないか?」

 

「慶兄じゃないんだからそれはないよ。円、電話してみるね」

 

 

円は自分の携帯を取り出して拓郎に電話をし始めたがすぐに携帯をしまい、俺と唯の前に立ちはだかる。

 

 

何を考えているかわからないが自信ありげな顔をし、静かに口を開いた。

 

 

「電話に拓坊がでんわっ!なんてね、慶兄、面白かった?」

 

「メールじゃなくて直接電話してみればいいのか、携帯、携帯っと……あれ?」

 

「慶、今、円が拓郎に電話したみたいよ。それで円、電話繋がった?」

 

「……電話に……拓坊が……」

 

「あ〜〜〜っ、携帯がっ、なあぁぁぁぁああい!」

 

 

ズボンのポケットを調べてもカバンの中を探しても探し物は見つからない。

 

 

あわてふためく俺の肩を竜祈が掴む。

 

 

「慶斗、こういう時は誰かに電話かけてもらうんだよ。俺がかけてやるから耳を澄ましてな」

 

 

なるほどと思い集中するために目を瞑って振動音を探す。

が、いくら待っても音が聞こえてこない。やっぱりここにはないんだと目を開けると電話をかけてくれているはずの竜祈が何故か腕を組んで佇んでいる。

 

 

「あの〜、竜祈さん?電話をかけてくれてるんじゃなかったのか?それとも、もうかけ終わったとか?」

 

「いやいや、なんだかな。実は今日は家に携帯を忘れてきたんだよ。すっかり忘れてたぜ」

 

 

はははっと豪快に笑う竜祈をよそに里優が謝りながら俺の携帯に電話をかけてくれる。

 

 

「呼び出し音は鳴ってますけど〜、どうですか〜?」

 

 

耳を澄ましてみるけど携帯が鳴っている様子は微塵も感じない。

 

 

「もういいよ里優、ありがとう。学校に忘れたのかな?ずっとポケットに入れてるつもりだったけど」

 

「そういえば今日も授業中に丸ちゃんに没収されていたじゃない?ちゃんと返してもらえたの?」

 

 

唯の質問が一瞬何を言っているのかわからなかったが、放課後に返すと言われてたのに忘れて普通に帰ってきてしまったことを思い出した。

 

 

「あっ、すっかり忘れてた。唯のせいで没収されたんだっけ」

 

「私のせいじゃないでしょ、慶がいじってるのが悪いんじゃない」

 

「冗談だよ、んじゃ俺は学校に戻るからみんなは先に家に言ってくれ」

 

 

唯に家の鍵を放り投げて踵を返し学校へと向かう事にした。

 

 

「あれっ、円?さっき拓郎に電話したんだっけ?出たか?」

 

「ぬっ……拓坊が……電話に……って慶兄!最後まで聞いてから行ってよ〜。ねぇ、慶兄、聞いてる〜?」

 

 

円の声に背を向けたまま手を振り答えながら。

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学校に着くと部活動で残っている生徒以外はあまり残っていなく下校していて閑散としている。

遠くで誰が歩いている足音が聞こえてくるぐらいだった。

 

 

踵を潰した上履きに履き替えていると拓郎の下駄箱の扉が少しだけ開いている事に気付いた。

 

「んっ?拓郎……来てるのか」

 

 

開けて見ると上履きがなくなっていて外靴が入っていた。

 

 

「なんだよ、メールぐらいくれてもいいのに。もしかしたら没収されてからメールしてくれてるかもな」

 

学校に来ている拓郎に電話をするために足早に没収された携帯を返してもらいに職員室へと向かった。

 

 

「失礼します、丸山先生いますか〜」

 

「おう、神林か。よくも携帯を忘れて家に帰れるな。取りに来なかったらお前の家に届けないとって考えてたとこだぞ」

 

「なんかすんません、物忘れが激しくて。それより拓郎が来てるみたいなんすけど、丸ちゃん見なかったすか?」

 

「五十嵐ならさっきまでここにいたけど、今帰ったぞ」

 

「そうなんすか?んじゃ、追いかけるんで俺も帰ります」

 

「おい、神林!ちょっと待て!」

 

 

丸ちゃんの制止を振り切り職員室を勢いよく飛び出し廊下を一直線に駆ける。

階段を1段飛ばしで降りて下駄箱まで向かうとそこに拓郎はいなかった。

 

 

「もう、外に出ちゃったか」

 

 

拓郎の下駄箱を見るとまだ外靴が入っていた。

 

 

職員室からの最短距離で走ってきたはずなのに拓郎がまだ来ていないとはどういうことなのか。

 

 

「あれ?慶ちん、まだ学校にいたんだ」

 

 

後ろを振り向くと予定では俺の先にいるはずだった拓郎が浮かない顔をして立っていた。

 

 

「いたもなにも、俺より先に職員室から出たのになんで俺より後なんだ?」

 

「あっ、うん、教室に寄ってたからじゃないかな?みんながいないけど、もう帰ったの?」

 

「みんなはもう俺の家に向かってるよ。拓郎も一緒に来るだろ?」

 

「いや、僕は……う、うん。一緒に行くよ」

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一切俺の顔を見ないように会話を続ける拓郎の返事はとてもか細いものだった。

 

 

家に向かう途中も同じ、いつもなら黙ってる事ができないのかと思わせる程のうるささがまったくない。

俺から話しかけても淡々と相槌を打つだけで話に乗って来ない。

 

 

この異変を打開しようにもする術なんか知ってる訳もなく、もとより打開できる気がしない。

 

 

普段よく喋る人間がまったく話さない、きっと誰もが困る場面だろう。

 

 

俺がこういう極地を打開する人間のパイオニアになってやる。

 

 

そう意気込んだはいいが隣を歩く拓郎の顔を見ると何も言えなくなってしまう。

そもそも困る場面だろうなんて考えている時点で俺もその他大勢の中の1人なんだから。

 

 

いや、そこで諦めるからその他大勢の中の1人で終わってしまうんだ。

言うんだ、言うしかないんだ、そう、今しかないんだ。

 

 

「拓郎、家に着いたぞ」

 

「いやいや、僕は玄関の前にいるし、通り過ぎてるの慶ちんの方だよ」

 

 

無言で顔を合わす2人の間には微妙な空気が流れ込んでしまった。

 

 

俺が今考えられる中での最高級のボケを拓郎は気付いていないのか、華麗にスルーしてくる。

確かによく考え事をして通り過ぎる事が多い、それでも何か突っ込んでもらいたいものだ。

 

 

無言のまま家に入って行くと先に帰っていたみんなの声が聞こえてくる。

 

 

「おう、慶斗、やっと来たか。なんだよ、拓郎も一緒か。なんで学校に来ないんだ?」

 

「それよりもなんで何も連絡してくれいの?円、何回もメールとか電話してるんだよ?」

 

「あぁ……ごめん。最近、ちょっと忙しくてね」

 

 

言葉少なに返す拓郎に違和感を感じた俺達はこれ以上は何も言えなくなってしまう。

 

 

沈黙に耐えられなくなった俺はゆっくりと台所にいって水を一気に飲んで策を立ててみる。

 

 

人は空腹になると怒りやすくなったり、無口になったりするという。

 

 

もしかすると拓郎はただただ腹が減ってるだけなんじゃないだろうか。

 

 

その結論に達した俺は唯と里優に声をかけ、すぐに飯を作ってもらう事にした。

 

 

唯達が作った飯を腹一杯食べればいつも通りペラペラと話し始めてくれるはずだ。

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「……………」

運び込んだ部屋の静けさたるもの、林の如し。

 

 

まず、この時間に夕飯がテーブルに並ぶ事態が異例。

何でこの時間に夕飯が運び込まれているのか話をしていない竜祈、円には不思議でしょうがないだろう。

 

 

それに加えて、拓郎がまったく動じていない事、どうしてとも切り出せない程に静かだ。

 

 

普段なら揃ういただきますの声も食べ始めもバラバラ。

 

 

楽しく話ながら楽しい団欒になるはずだったのに全然食が進まないみんな。

 

 

それもそのはず、まだ午後5時。腹も大して減っていない時間にこの空気、バクバク食べれるはずがない。

 

 

全部を食べ終わる前に食事が終わる事はない、だけど今日に限っては次々とラップされ冷蔵庫へと運ばれていく。

 

 

 

 

 

片付いたテーブルの上にはお茶が、部屋には笑い声ではなくテレビの音が。

そして、この状況に耐えられなくなってテーブルを指で弾く音。

 

 

「そろそろよぉ、なんか話したらいいんじゃねぇか?拓郎。ここ何日かメールとかシカトだしよ、やっと会えたと思ったら何も話さないで下ばっかり見てるだけじゃねぇか。俺達に何か言う事あるだろ?」

 

掌でテーブルを叩くと同時に話し始めた竜祈の声には怒りを感じる。

 

 

「そんなに怒らないでよ、竜祈。連絡しなかったのは謝るよ、でも、僕の事はほっといてくれないかな?」

 

顔を上げる事もなく、うっとうしそうに答える拓郎、それに対して竜祈はテーブルを押しのけて拓郎の襟もとを掴みあげた。

 

 

「ほっとけだぁ?っんな事できると思ってんのかよ?俺達は友達だろ?仲間だろ?そんな顔した奴をほっとけるわけねぇだろが。こっちは心配してやってんだからちゃんと答えろよ!」

 

 

興奮していく竜祈は拓郎の襟もとをどんどん締め上げて行く。

 

 

 

 

 

「―――ってぇな……」

 

「あっ?なんだって?もっとでかい声で言ってみろよ! ―――なっ」

 

 

さらに締め上げていく手を拓郎は左手でがっちりと掴んで力強く握る。

 

 

「―――いってぇなって言ってんだよ!」

 

 

 

 

 

拓郎は竜祈の腕を振り払い、そしてやっと上げた顔は怒りに満ちていた。

その顔を俺は今まで見たことがなくて、止めに入ろうにも近づく事ができなかった。

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「心配してやってるだ?ふざんけんなよ!僕はそんな事頼んだ覚えはねぇ!ほっといてくれって言ってんだよ!」

 

「まじで言ってんのかよ、拓郎!こっちがどれだけ心配してたのかわかってんのかよ!」

 

「うるせぇんだよ!てめぇみたいに単純に生きてねぇんだ!ほっといてくれよ!」

 

「―――んだと、この野郎!」

 

襟元を掴んだまま竜祈は立ち上がり、さっき振りほどかれた右手が固く拳を作り拓郎に振り降ろそうとしている。

 

 

まずいと思い立ち上がろうとしたが、俺より先に里優が立ち上がり竜祈の体に抱きつきなんとか制止させる。

 

 

「離せ里優!こういう奴は一発ぶん殴ってやんねぇとわかんねぇんだよ!」

 

それでも里優は何も言わずに竜祈を拓郎から離そうと必死になっている。

 

 

そのおかげで拓郎を掴んでいた手も離れ、壁へと竜祈を押しやる事ができた。

 

これでひと段落ついたと思いきや今度は拓郎が立ち上がり

 

「言いてぇ事、言ってくれてんじゃねぇかよ!」

 

竜祈へと殴りかかろうとし始めた。

 

 

「ちょっと待てよ拓郎」

 

 

今度はちゃんと立ち上がり、拓郎の体を目掛けて飛び付く。

っと、俺と同時に立ち上がり腰に飛び付いた円のおかげで拓郎は完全にバランスを失い、俺達共々、壁へと激突する羽目になってしまった。

 

 

痛みが体を襲う中でもしっかりと拓郎を抑え込む、そうでもしないとすぐにでも竜祈を殴りかかりそうだったからだ。

俺と円が抑えている拓郎、里優が抑えている竜祈、2人は何も発する事無くただただ睨みあい続ける。

 

 

「おう、拓郎よぉ、謝るなら今うちだぞ」

 

「謝んのはてめぇの方だぞ、竜祈。恩着せがましいこと言ってすみませんってなぁ!」

 

 

一斉に立ち上がった2人をもう俺達では止める事はできなかった。

 

 

 

 

怒りで我を忘れている2人はもう目の前の敵に襲いかかるだけ、この間に割って入る余地はない。

 

 

もう俺達には止める術はないと諦めかけた、その時

 

 

 

 

「もう、やめて!」

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唯が悲痛な声を上げる、その声に2人は反応した。

 

 

「お願いだから、もうやめて。竜祈、拓郎はきっと悩みがあって色々考えて私達に言わないだけなんだと思うわ」

 

「何だよ?悩み?考え?唯、本当は何か知ってんだろ。昔から拓郎はお前だけには何でも話してたもんな。親友の俺には何にも話さないくせによ」

 

「私は何も知らないわ……ほっ、ほら、拓郎、竜祈だってこんなに心配してるんだから何も話してくれなくて怒るのは当然だと思うわよ」

 

「親友、親友って厚がましく言ってくる奴に何を話せっていうだよ。本当にそう思ってるならほっといてくれって言ってるだけだよ」

 

「―――ってめぇ、さっきから聞いてれば、ふざけんなよ!」

 

 

わずかに保たれた静寂はあっさりと崩れ、竜祈は拓郎の顔へと目掛け拳を振りかざした

 

 

「―――っつぅ」

 

 

 

 

 

殴られたのは俺だった、正確に言えば間に割り込んだ俺だ。

頭より先に体が反応した、そんな感じだった。

 

 

「ちょっ、慶っ!もう、2人共いいかげんにして!」

 

 

これまでに聞いた事ない唯の大きな声が部屋中に響く。

 

 

2人の熱が一気に冷めていくのがわかる。

 

 

沈黙の中、竜祈はその場に座り込み、拓郎は自分の荷物をまとめ始めた。

 

 

「たっ、拓郎、どこ行くんだよ」

 

拓郎の方を掴んで制止させるが、拓郎はふっと笑うだけで何も言わずに家を出て行った。

 

この騒動のでテーブルの上に置いていた飲み物はこぼれ、お菓子は散乱していた。

 

それを片付ける中、あぐらをかいてまったく動かなかった竜祈が

 

「……俺は拓郎の事何も知らないんだな」

 

寂しさを滲ませながら話し始めた。

 

 

 

 

 

「中学の頃からの付き合いだし、荒れた時期も一緒にいてくれたのによ。色んな悩みだって聞いてきて、その度に時間忘れて話してた。本音と本音をぶつけてきたから俺は本当に親友だと思ってたんだよ。それなのによぉ、何もわかってねぇなんて……悔しいよ、やるせねぇよ」

 

頭を抱える竜祈の隣に里優はそっと座り背中に手を当てる。

 

 

「竜祈さん、そんなに落ち込まないでください。いつかきっと拓郎さんも話してくれますよ。だって竜祈さんの親友じゃないですか、信じて待ちましょう」

 

 

里優の一声は周りで聞いていた俺達にも染みわたってくる。

みんながその言葉を納得し各々座り直すと全員の携帯が同時に鳴り始めた。

 

 

 

メールだ、その送り主の名前の欄には拓郎の名前、そして本文にはこう書いてあった。

 

 

 

 

 

 

 

――― ごめん、いつかちゃんと話す ―――

 

説明
学校も始まり、またいつもと変わらない生活始まった。
そう・・・いつもと変わらないはずだったのに



*******
前回Upから時間が随分と経ちました。
毎回読んで頂いている方、チラ見の方々、大変申し訳ないです。
面白くしよう、読みやすくしようとして模索してたら
あまり変わらず時間だけがたったのは内緒ですw
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