館のこと (短編)
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統べる、とは存外に難しい。

 

私ともなればただ在るだけで即ち『統べる』のだが、

それでは興も雅も能も無いただ有るだけの状態と言うほか無い。

最も、館を実質的に機能させる役割は従者に任せてあるのだから、

平常時に為すことが無いのは自明のことではあるのだ。

些細なことであれば、いくら抜けている門番といえどもたまの働きくらいは見せてくれる。

少し事になりそうならば、静寂を好む友人が「己のため」と嘯きながら片をつけてくれる。

事が大きくなりそうでも、完全で瀟洒な私の従者が「主のため」と公言しながら全てを完結させてくれる。

そう。

いつでも私は、報告を受けるだけ。

有体に言ってしまえば、飽いてしまったのだ。

『統べることへアプローチしてみてもいいかもしれない』と。

つい、そんな気まぐれを起こしてしまった。

 

――――――しまった、のだ。

 

 

 

「館のこと」

 

 

 

起き抜けはいつも気だるくて、まだ本来の活動時刻ではないことを感覚の全てで理解する。

でも、もちろん活発化する期間だけ活動しているようでは論外でしかない。

有り方として資質を問うべき由々しき問題。

一人で活動していた頃とは違うのだから、少なくとも館に在る限りにおいては

常に主としての様を為さねばならない。

取り立てて煩わしいわけでもないのだから、

メリットのあることを行うのは知者として当然のこと。

日々にパターンを組み込んでしまえば、今の従者は些細な誤りすらなく用意を整えるのだから。

 

ほら、右手を水平に伸ばすだけで衣を通す。

私は脳をクリアにすることを意識しながら、いつもと同じ手順で四肢を少しだけ動かす。

纏い終われば次は椅子に腰掛けて、ちょうど蒸らし終わったはかりの紅茶を頂く。

落ち着いた頃合を見計らって「よろしいですか」と声がかかる。

私はいつもどおり「えぇ」と答える。

何もかもが繰り返される日常で、だからこそ『悪くない』と、今はそう思う。

昔ならば、館を移す前ならば、と考えるのは、まだ覚醒しきっていない証左だろう。

そのような興に外れる真似を、この私が許すわけがないのだから。

 

この髪を梳かしている姿は、第三者には見せたことがない。

私自身も見ることが出来ないのだから、結局は誰も知らないことになる。

取り立てて隠すほどのものでもないとは思うのだが、

役目を与えている従者が珍しく強い拒絶を示したのだ。

曰く、「主たるもの、お姿を現す際には万事を終えていることが必須でございます。また、それを認めることは従者である私の怠慢と言う他無く、こればかりはお嬢様の言いつけでも頷けるものではありません」。

さて、これを問うた際に『時が止まった感覚』があったのはどういうことだろうか。

刹那に感じ取った動揺が、次の瞬間には一切無くなっていた。

許可無く主に無礼な真似をした、それを理由に事情を詰問してもよかったのだけれど。

きっと、見られては困るのは従者の方なのだろうから止めておいた。

同時に、梳き終わるまでは決して振り返らないことにした。

 

 

 

「ねぇ」

「はい」

 

 

 

いつの頃からだろうか。

為すことが何一つ無くなってしまったのは。

 

 

 

 

「しばらく紅魔館の主をやってくれないかしら」

 

 

 

 

私の存在というものから問い直す必要があるのかもしれない。

 

 

 

 

「レミリア、様?」

 

 

 

 

今の私が紅魔館を失ったらどうなるのだろうか。

 

 

 

 

「出かけるわ。期間は未定。短い外出になるとは思うけど、長くなるようならあなたの裁量でこの館を処分しても構わない。後で文章にして残しておくから」

 

 

 

 

この私を失うと、紅魔館はどうなってしまうのか。

 

 

 

 

「お供させていただきます」

「パチェには私から言っておくわ。いつ出かけるかなんて私にもわからないから、くれぐれも後のことをよろしくね」

 

 

 

 

運命に頼らないで、ありのままを知りたい。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

髪を梳き終えれば、お気に入りの帽子をそっと頭にのせる。幾度も繰り返した流れに淀みは無い。一歩離れて一礼の後に退出するまでが一連の動作。ただ今日はやはりそうは行かなかった。振り向けば私の帽子は従者の両手でくしゃくしゃで、当人は涙を湛えていた。短い付き合いでもないのだから、私が本気だと理解してしまったのだろう。それはとても不幸なことだと、まるで人事のように思ってしまった。

 

 

 

「理由もお聞かせ願えないのですね」

「ええ」

「私は、ただ『畏まりました』と言うしかないのですね」

「そうよ」

「何をやっても無駄ですか」

「そうでしょうね」

「では、私がどうするかもご承知のことなのでしょうね」

「とてもあなたらしいことをするのでしょう?」

「もうそれくらいしか思いつかないのです」

 

 

 

 

「これも主としての勤めなのでしょうね」

「私は従者としての務めを果たすまでです」

 

 

 

「窓を、開けてくれるかしら」

「お行儀が悪いですよ」

 

 

 

月は満ちてはいないが煌々と輝いていて、星は紅魔館が持つ宝石を全てばら撒いたほどに絢爛豪華な光を放っている。

 

 

 

 

「久しぶりに心が逸るわ」

「私は立ち直れそうにありません」

 

 

 

夜の紅魔館はその濃い紅色が夜の闇で覆われて、内に秘めていた邪悪な気配を解き放ち本来の様相を呈している。

 

 

 

「満ちてはいない月だけど、今日はやけに輝いているわ」

「星も応えてきらきらと、美しいですね」

 

 

 

よって見る者の無い時計塔に、影二つ。

 

 

 

「こんな夜には私の紅が映えるでしょう」

「こんな月なら私のナイフも輝くでしょう」

 

 

 

静かな夜に激音が響く。

 

 

 

「ななななな何ですかっ!侵入者はどこですか?」

と辺りをうかがう門番に、

 

「今度は誰?」

と表へ向かう知識人。

 

見上げる二人に何も語らず、悟れとばかりに見せ付ける。

私は戯れに、従者は頑なに、向かう味方を打ち倒す。

私は哂う、従者は叫ぶ。館の二人は頭を捻る。

 

主の勝利は、確実だから。

 

従者は泣く、私は微笑む。

館の二人が拍子を打って、従者の加勢をし始める。

 

「だめですっ!」

「行かせないわ」

少しだけよ、と嘘を吐く。

 

 

フランドールの四十九日。

 

私が倒した妹は、狂気に敗れた残り滓。

館を構えて守る意味、私が主である理由。

私が強くある意義も、私が目指した未来すらも。

心惹かれる何もかも、灰になって消えていった。

 

 

皆は庭に寝かせておいた。

その方がわかりやすいだろうから。

最後に自分で紅茶を淹れてみた。

苦味がきつくて飲めたものじゃなかった。

 

これなら私の部屋にある、冷めた紅茶の方がいい。

もう飲むことも、ないのだろうけど。

 

いつも思い描いていた。

私が求め続けたもの。

 

 

狂気を払った妹と、

月と紅茶と紅魔館。

説明
吸血鬼は窓から出入りするものだという偏見を持っています。
そんな話だといいですね。
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