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ある日、私達は偶然に出会った。
○
朝、目が覚めると既に遅刻ギリギリの時間だった。私は大急ぎで着替えなければならないの
に、思わず慎ましい胸元を丁寧にメイクしてしまう。苦笑いを浮かべながら制服に着替え終え
ると、タイとセカンドバッグを手に自分の部屋を飛び出した。
居間の扉を開くと母に文句を付ける。
「何で起こしてくれないのよ」
「起こしたけど起きなかったのは貴方でしょう」
「偶にはしっかりと起こしてよ」
「偶にはしっかりと起きなさいよ」
最早朝の挨拶と化した愚痴の応酬を終えると、コップ一杯の水を一息に飲み干す。
既にこんがりと焼き上がっていた食パンを手にして、居間を後にする。
「出会いがあると良いわね」
母に皮肉たっぷりに揶揄される。
「一体何時の時代の少女漫画よ、古過ぎるわ」
私もたっぷりと嫌味を込めて言い返す。
それを出掛けの挨拶代わりにし、私は食パンを咥えて、朝の眩い光へと駆け出した。
●
僕は街中をハイペースで駆け抜けていた。今日に限って寝坊したのだ。皆勤賞ペースだった
のに口惜しい。何とか間に合いそうだけれど、間に合った所で遅れている事には変わりない。
しかも食パンを咥えて街中を走るなんて、少女漫画の主人公か僕は。僕が可憐な少女だという
のなら、この状況も似合うのかも知れないけれど。学生鞄の中身は軽いのに、その他にも余計
な重荷を抱えている。これがまた重くて、ストラップが肩に食い込んで痛い。なんで僕は今度
の課題をカラーインクなんぞで仕上げようと思ったのか。しかも、ホルベインのドローイング
インク。どうせならドクターマーチンのラディアントにしておけば、もう少し軽かっただろう。
せめてもの救いは学校までがそんなに遠くなくて、道のりがひたすら真っ直ぐな事くらい。あ
ぁ、もうっ! 何だってこう急いでる時に限って、余計な事ばかりが頭を過るのか。というか、
全力疾走じゃ、食パンを咥えてても食べられやしないし。何で咥えて走り出したんだか。
そんな有耶無耶な思考で走っていると、目処にしている角が近付いてきた。あそこを超えれ
ば、校門に到るまでの時間は三分弱。朝礼前の予鈴はまだ鳴っていない。ギリギリ間に合いそ
うだった。
気合を入れなおしてペースを上げる。
角に近付くと、その向こうからバタバタと走る足音が聞こえてくる。
不味い。咄嗟に止まろうとするも制動しきれず、僕は横道の前へと勢いよく飛び出してしま
った。
○
流石に毎日走っていると、息に余裕が出てくるな。なんて胡乱に考え続けながらの全力疾走。
次第に幹線道路が見えてきた。突き当りを曲がれば残すは直線のみ。アウト・イン・アウトで
速度を落とさず曲がり切ってやる。
そう意気込んで本道に近付くと、角の向こうから走る足音が聞こえてきた。
あっ、やばっ、ぶつかる。当然ながらブレーキを掛けるのが遅れた私は、そのまま本道へと
飛び出してしまった。
●
激しい衝撃に僕は蹌踉めいた。
か弱い悲鳴が聞こえて、咄嗟にそちらを見遣ると、ふわりとした明るい髪色の女の子が目に
入った。痛みに支配されて朦朧とする意識のまま、僕はぶつかった相手に手を差し伸べて、声
を掛ける。
「大丈夫? ごめんね――」
思わず見惚れてしまった。そこには僕が憧れる、草原に咲く一輪の華みたいに可憐な女の子
が座り込んでいた。
僕はその娘から目を離せなかった。
○
激しい衝撃に私は地面に叩き付けられた。
「きゃっ、痛ったぁ……」
私が強かに腰を打ちつけて悶絶していると、掠れがかったクールな声に気遣われた。その声
の主を曖昧な意識で眺めると、黒くて艶やかなロングヘアが、差し伸べる手の肩口から胸元へ
と、さらさらと流れ落ちていた。
「大丈夫です。こちらこそ、すみませ――」
思わず見惚れてしまった。見上げるとそこには、私がなりたくてもなれない、背が高くて、
胸が大きくて、それでいて引き締まった体つき、そんな絶妙なプロポーションで冷ややかな佇
まいの女の子がそこに居た。
私はその娘から目を離せなかった。
◎
辺りに朝礼前の予鈴が鳴り響く。私達はその音に我に返ると、自分達の理想と見詰め合った
ままだった。
はっとして、私達は目を逸らす。あぁ、顔が火照ってくる。高鳴る鼓動に思考が止まる。何
か視界も潤んできた。まるで好きな男の子を目の前にしている様な――
「「えっ?」」
私達は再び向き合って見詰めると、思わず声を大にしていた。
「「理想って、そっちの理想!?」」
どうやら私達はともに同じ事を考えていたようだ。
こうして私達の在り来たりの漫画の様な出会いは、意図だにしなかった方向へと向かい、走
り出してしまうのであった。
説明 | ||
そういえば、こんなのも書いたんだったけか……。 とある二人のとある朝の邂逅。 |
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