思いつきSS
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「先輩」

 私は何度も喉まで出かかって、何度も飲み込んだ言葉を今、言おうとしていた。

「先輩、私…私、先輩のことが、好きです」

「うん。私も美森が好きだよ」

 先輩が言った。私の隣に座って、いつもの笑顔を浮かべて。いつもの優しい先輩。私が何を言っても許してくれる先輩だ。

「あの、そうじゃなくて、私、先輩のことが本当に好きなんです」

「やだなぁ、わかってるよ。私だって美森のこと、大好きなんだよ?」先輩はにこにこしながら続けた。

「小さいところとか、目が大きいところとか、本っ当かわいいとことか」

 違う

「いや〜、我ながらよくこんなかわいい子を我が部に引き込めたなって思ってるよ」

 違うの

「美森がうちに来てくれてから毎日楽しかったな。なんだか妹ができたみたいで本当に嬉しかった。二年間、ありがとね」

 そうじゃないのに

 

 私は自分が何をやっているのか、全然わからなかった。わかっていたのは、このままでは私と先輩は、それだけの関係で終わってしまうということだった。

 私の腕は私が知っているよりもずっと速く動いて先輩の腕を押さえた。

 それから身体を捻って勢い良く体重をかけて、先輩を給水塔の横に押し倒した。それは本当に一瞬のことで、私は自分の身体の動くところや、倒れていく先輩を全然見なかった。

 ただ、気がついたら先輩に覆い被さっていて、そのまま先輩の柔らかい唇に自分の唇を押し合てていた。

 長い時間が過ぎた。実際にはそうじゃないのは解ってるけれど、すごく長い間、そうしていたと感じた。

 私はゆっくりと身体を起こして、先輩を見下ろした。

 先輩も私を見ていた。でも顔には何の表情もなかった。いつもの少しだらしない感じの笑顔も、学園祭の時に一度だけ見せた怒った顔も、最後の部活動が終わった時の涙を浮かべたくしゃくしゃ顔も、何もなかった。ただ静かに、無表情に、私を眺めていた。

 しばらくして、先輩はいつもの笑顔に戻った。いつもより苦労して笑顔を作っているのが、私にはわかった。

「も、もう、びっくりしたなぁ…いきなりはずるいよ〜」

 ぎこちない声。

「いや、驚いたなぁ。美森がそんなに私のことを好きでいてくれたなんて…ずっと妹みたいなものだと思ってたから」

 私はずっと先輩を見つめていた。先輩も顔は私の方を見ていたけれど、視線は合わないように上手に逸らされていた。

 夕暮れの風が吹いた。暦では春だけど、風はまだ冷たかった。傾いた日が私たちの間に差し込んで、長く複雑な影を作っていた。

「寒いね。ちょっと冷えちゃったかも」そう言って先輩は身体を起こした。

「そろそろ下に戻ろっか。みんなまだ部室で待ってるだろうし」

 私は頷いた。

「それじゃ、私は先に行って支度してるから。あーあ。自分の荷物の片付けくらい先にやっておけばよかったな〜」

 先輩は屋上に降りて、足早に階段を下っていった。私は外階段を踏む軽い金属音が遠のいていくのを聞いた。

 風が冷たかった。黒い冬服に夕日が差しても、暖かいと言うには程遠かった。

 私はさっきまで先輩が座っていたコンクリートに手を当てて、本当に想いを打ち明けるべきだったのか、考えた。まだ体温の温もりが残っていたような気がしたけれど、すぐにわからなくなった。

 西日が眩しかった。目がひりひりして、頬が冷えた。

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深夜の思いつき
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