真昼の花火 1(レンリン) |
授業の終わりを告げるチャイムが校舎に鳴り響くと、時間ギリギリまで黒板に白い文字で何かを書き記していた教師はようやく手の動きを止め、それでは次回はこの続きから、とあまり愛想のない声で言い残して教室を後にした。
するとそれまで緊張と疲労に包まれていた空気がほどけていくのと同時に、捕えられていた鳥籠の扉を開かれた鳥のように、生徒たちは勢いよく席を立って教室の外へと飛び出していった。
それからガタガタとイスを引く音、立てつけの悪い窓を開く音、そしてたわいもない話をする生徒の声で賑わい出した教室の扉の向こうから、ふいに何かを叩くような小さな音が聴こえてきた。
パタパタパタパタパタパタ……。
音は次第に大きくなって、それが上履きの底が廊下を叩く音だと教室にいる誰もが気付いた瞬間に、中途半端に開かれていた扉が大袈裟な音を立てて開け放たれる。
「レンっっ!!」
そして扉の向こうから現れた愛らしい少女の姿に、ああやっぱり、とそこにいた生徒たちは無言のうちに同じ言葉を通わせた。
少女は息を切らせながら、今にもこぼれ落ちそうなほど大きな青い瞳を教室の中に向けて、そこに自分が探している少年の姿がないと知ると、がっくりと肩を落とした。授業が終わると同時に七クラスも離れた自分の教室から全力疾走でやって来たらしく、白い額には汗が浮かび上がっている。
「……レンは?」
しゅん、と見るからに落胆した様子で尋ねてくる少女に、その場にいた全員が困った様子で口を閉ざした。少女の頭の天辺で揺れている白いリボンが動物の耳だったなら、これ以上ないほどに垂れ下がっていたことだろう。
「授業が終わってすぐにどっかに行っちゃった」
それから少しの沈黙のあとに、扉の一番近くにいたショートボブの女子生徒がようやく口を開いた。
「もー……」
少女は拗ねたように唇を尖らせると教室の中に背を向け、それから行き先も告げずにいなくなった自分の片割れを――、「レン」を見つけるために早足で歩き出した。すぐにまたパタパタパタ……と廊下を駆けていく足音が響く。
「サンキュ」
だんだんと遠ざかっていく足音と重なるように、黒板のすぐ近くにある教卓が床に擦れる音がして、その隙間に身を隠していた少年がようやく姿を現した。
「別にいいけどさぁ。何でリンちゃんのこと避けてんの? ここんとこずっとじゃん」
するとメグミという名前の女子生徒(もっぱらグミの愛称で親しまれていて、本名で呼ばれることは稀だが)は腑に落ちないような顔をして、先ほどまで教室にいた少女が探していた少年――、レンに率直な疑問を投げる。
「喧嘩?」
「違うよ」
レンはズボンについた埃を手で払うと、開け放したままになっている扉の向こうへと視線を向ける。どれだけ耳を澄ませてみても、もう足音はここまで届いてこない。
「はやく仲直りしなよー」
そんな分かりやすい態度に、メグミは微笑ましいものでも見るように唇の端を緩めて、レンの肩を軽く叩いた。それからすぐに他の女子生徒たちが話をしている輪の中へ入って、そのまま談笑を始める。
「……そんなんじゃ、ない」
その場に一人残されたレンは周囲には聞こえないくらいの声で呟いて、もう一度だけ扉に視線を向けると、はあ、と大きな溜息をついた。
いつもみたいにくだらない喧嘩だったらどれだけよかったか。
「レンのことが好きなの」
数日前にリンから告げられた言葉が、ついさっきの出来事のように頭に残っている。そのときの光景だって、写真に焼き付けたみたいに鮮明に思い出すことができた。
学校の帰り道。いつものように待ち合わせてから二人で下校して、通学路の途中にある川沿いの土手の上から夕日を眺めていた。いつもは元気すぎるくらいなのにその日にかぎっては無口なリンに違和感を覚えながら、そろそろ帰ろうか、とレンが腰を上げた瞬間に、それまで固く結ばれていたリンの唇が開かれて――…。
レンのことが好きなの、と告げた。
今にも空の境目から溶け出してしまいそうな水色とピンクとオレンジ。それらすべてを映しこむ、ガラス球のように澄んだリンの瞳は、粉々になった宝石を散りばめたみたいにチカチカと煌いていた。レンはその色にしばらく目を奪われて、すぐにはその意味が理解できなかった。
「……好きなの」
もう一度同じ言葉を口にすると、白い頬や首がみるみるうちに朱に染まっていく。それが夕日のせいだけでないことは明らかだった。
熱に浮かされたみたいに潤んだ瞳。身体の横で握りしめた指先はかすかに震えて、よく見ると手のひらに爪が食いこんでいる。
そこまで観察してようやく、レンはその言葉が何を意味しているのかを理解した。それは嘘や冗談ではなく、小さな頃から何度も口にしてきた「好き」とも違う。
そこまで考えると、レンは何を思うわけでもなくゆっくりと口を開き――。
「…………っ!」
伸ばした両手で、リンの肩を突き離していた。
「レ、ン」
土手のちょうど傾いている場所に立っていたリンはその衝撃を受けて足元のバランスを崩し、身体が転がっていく直前に地面に膝をついた。プリーツスカートの裾やそこから覗いている白い膝は土で少しだけ汚れていた。
それから戸惑うでもなくレンを責めるでもなく、リンは小さな子供のような瞳でレンを見上げた。何を映すわけでもない、あるいは何もかもを映し出す、その透きとおった瞳で。
ただ一人、レンだけを見つめていた。
そんな姿を見て、レンは申し訳ない気持ちと困惑した気持ちが頭の中でぐちゃぐちゃになって、自分が何を考えているのかも分からなくなってしまった。
そしてリンの手を引いて起き上がらせることも、「ごめん」と謝ることもできずに、気付けば無言でその場所から走り去っていた。痛いくらいに自分だけを見つめ続けているリンを置き去りにして。
いつの間にあんな顔をするようになっていたんだろう。ほんの少し前までは自分とまったく同じ、何も知らない子供だったはずなのに。……あんな、大人みたいな顔。
怖かった。自分の知らない顔をしたリンと向き合うことが。その気持ちと向き合うことで、以前のままではいられなくなることが。
そして何より、自分の気持ちと向き合うことが。何よりも怖かった。
その日からリンのことを避けるようになったレンは、家では完全に無視を決めこみ(リンもさすがに家族のいる場所では何事もなかったような顔をしていたが)、これまでずっと一緒だった登下校も別々にして、学校の中でも可能な限りは顔を合わせないように行動した。もともとクラスが離れていることもあって、学校にいる間に顔を合わせる機会はそれほど多くはなかった。
それでもリンは、自分が避けられていると分かった上で、必死に追いかけてきた。次の授業が始まるまでの休憩時間、昼休み、ホームルームが始まるまでのわずかな時間――…。距離を置いていればいつかは諦めてくれるんじゃないか、また以前のような関係に戻れるんじゃないか、というレンの気持ちを見透かしているかのように。躊躇うことなくまっすぐに。
そんなリンの行動にも、レンはただ逃げ続けることしかできなかった。
しかしそうやって必死に逃げ続けていても、同じ校舎の中にいて別々に歩き回っていれば、偶然に顔を合わせてしまうこともあった。
「……あ」
校舎の外にある購買まで昼食を買いに向かう途中で、おそらく移動教室から戻ってきたばかりのリンと階段で鉢合わせになったレンは、自分と同じ色をした瞳と一瞬だけ視線を交わし、すぐさま階段を駆け下りていった。
「レン、待ってよ!」
突然のことに固まっていたリンもまたすぐに階段を二段飛ばしで駆け下りて、全速力でその背中を追いかける。少しもスピードを落とすことなく駆け抜けていく二人の姿に、自然と周囲の視線が集まってくる。
それからしばらくはどちらも一定の距離を保って走っていたが、時間が経つごとに距離は確実に開き、グラウンドの近くまで来たときにはもうかなりの距離が開いていた。それでもレンはリンの姿が完全に見えなくなるまで、全力で走り続けた。追ってくるリンから逃げているのか、それとも自分自身から逃げ続けているのか。それすら分からなくなるまで。
「はぁっ、はっ……!」
手足を動かすことにのみ意識を集中させていると周囲の音は遠くなって、規則正しく吐き出される自分の呼吸の音だけ聴こえてくる。靴の裏が熱い。汗ばんだ肌に吹き抜けていく風が心地いい。
――…レンの、ばかっ!
「…………っ!」
姿が見えなくなる直前にリンが叫んだ言葉が、いつまでも胸に突き刺さって抜けなかった。
……ごめん、リン。逃げてごめん。ちゃんと向き合えなくてごめん。だけどやっぱり怖いんだ。
――レンのことが好きなの。
僕だってリンのことが好きだ。けど、リンの言う「好き」が僕の好きと同じなのかどうか、どうしても分からないんだ。
あんな……、今すぐに本当の気持ちを伝えなきゃ死んでしまうんじゃないかってくらい苦しげに口にした「好き」に、返せるだけの気持ちを自分が持ちあわせているのか。それに答えを出せば、たとえそれがどんな答えでも、きっと今までと同じようにはいかなくなる。一緒にはいられなくなる。
だけど今のままの状態で逃げ続けていれば、どのみち距離は開いていくだけだということも分かっていた。
「……ごめん」
それでも今は、逃げることしかできなかった。せめて自分の気持ちに整理がつくまでは。あの瞳とちゃんと向き合えるようになるまでは――…。
教室に戻ると、どうやらさっきの様子を目撃していたらしいクラスメイトから「リンちゃんかわいそう」「いいかげん仲直りしろよ」と非難めいた声がどこからともなく飛んできた。「レンじゃなくて俺のところに来れば慰めてあげるのに……」なんてふざけたことを抜かしている奴の机には通りすがりに蹴りを入れておいた。それから自分の席に腰を落とし、購買で買ってきたパンの袋を両手で勢いよく開く。
「それにしても、リンちゃんも頑張るよねぇ。レン君だって運動神経いいほうなのに、途中まではいい勝負だったし」
するとちょうどレンの前の席に座っていたメグミは、少し前に窓から見かけたリンの走りに感心したように呟いた。
「あれでも小さい頃は今よりずっと身体が弱くて、ほとんど外にも出られないくらいだったんだけどね」
「そうなの? 意外……」
レンは袋から取り出したカレーパンを一口だけ口に含み、ほとんど味わってもいないうちにそれを飲み下した。それからペットボトルのお茶で喉を潤すと、メグミの疑問に答える。
「生まれつき身体の免疫が他の人よりも弱いらしくて、十まで生きられるかどうか分からない、って言われてたよ」
そのときのことを思い出しただけで、目の奥が焼けるような痛みを覚えた。
――…今のままだとあの子は十まで生きられるかどうか分からない。
医者と両親が深刻な顔でそう話しているのを盗み聞きして、あまりのショックに自分のほうが死んでしまうんじゃないかと思った。それ以外の内容は難しくて全然分からなかったけど、その言葉がどれほど残酷な意味を含んでいるのかは分かった。
自分の前からリンがいなくなるかもしれない。そのまま、もう二度と会えなくなるかもしれない。
そう考えただけで全身の震えが止まらなくなって、レンはこぼれ落ちる涙を拭おうともせずに、リンが眠っている部屋へと向かった。
「……レン。どうしたの?」
ベッドに横たわっていたリンはすぐに上体を起こして、部屋の入り口でしゃくりを上げて泣いているレンにここまでおいで、とでも言うように手を伸ばした。レンが駆け寄るようにベッドの傍まで歩いていくと、涙で濡れた頬にリンの手が触れる。
いつもは血の気がなくて真っ白なリンの頬は、まるで林檎のように真っ赤だった。昨夜から続いている熱のせいで目もどこか虚ろだ。
「どうして泣いてるの?」
言えるわけがなかった。リンが自分の前からいなくなってしまうかもしれない、死んでしまうかもしれない、なんて――…。
「なん……でもない……っ」
手で何度拭っても、流れ落ちる涙は一向に止まらない。自分の流した涙でこのまま溺れてしまうんじゃないかと不安になるくらいだった。
「誰かにいじめられたの?」
「ち、がっ……!」
泣いている顔を見られたくなくて俯いたレンの頭を、柔らかいものが包み込んだ。それがリンの腕だと気付いたときには、涙でぐちゃぐちゃになった顔は胸元に埋まっていて、ぽん、ぽん、と小さな手のひらが頭の後ろを優しく叩いた。
触れている部分から伝わってくる鼓動の音に耳を傾けていると、だんだんと気持ちが落ち着いてくる。
「レンのことを泣かせる子は、リンがやっつけてあげる。だから泣かなくていいの」
じゃあ、やっつけてよ。病気だって熱だって、リンを苦しめているものは全部やっつけて。
言えるはずのない言葉は苦しげな嗚咽になって、涙と一緒に胸の内側に吸いこまれていく。リンはそれを聞いたあとも変わらずに唇に笑みを浮かべ、レンの頭をいっそう強く抱きしめた。
「何も怖いことなんてないから」
胸の中に溜まった不安をゆっくりと匙で掬い上げるように、リンは言葉を紡ぐ。嘘やごまかしなどひとつも含まない声で。
「ずっとずっと、リンが一緒にいるから」
「……ほん、と?」
「うん」
レンはゆっくりと顔を上げて、小指を突き出した。
「じゃあ、約束」
リンは差し出された小指に自分のものを絡め、唇に笑みを浮かべたまま無言で頷く。
絡めた指は僕のものよりずっと熱くて、少しでもその熱が自分のものになればいいと、長い時間をかけて指切りした。
僕が泣いてるとき、リンはいつでも笑ってた。本当は僕なんかよりずっとつらいはずなのに、こんなの全然平気よって言って、それが嘘じゃないことを証明するみたいに笑った。それは僕が知っている他の誰よりも強くて、綺麗な笑顔だった。
それからしばらく経って、かかりつけの医師から紹介された病院で新しい治療法を試しているうちに、少しずつではあるけれどその効果は現れてきた。もちろんその間には、小さな身体には耐え切れないほどの苦しみを伴っていたのだけれど、リンはほとんど弱音も吐かずに治療を受け続けた。
「レンと約束したから」と、何度も自分に言い聞かせて。
その甲斐あって、身体の機能が人並みになってきた頃には、「生きられないかもしれない」と告げられた年はとっくに過ぎていた。
そして二人で一緒に中学に上がる頃には、病弱だったのが嘘みたいに、リンは活発な姿を見せるようになっていた。それまで思うように動けなかった分を取り戻そうとしているかのように、勉強でも運動でも、日常のどんな些細なことに対しても、全力で向かっていった。
(だからって、こんなときまで全力でぶつかってこなくてもいいような気もするけど……)
「はぁ……」
「おっ、噂をすれば」
しばらくは昔の思い出に浸っていたレンの思考を現実に呼び戻すように、メグミは屈託のない声でそう告げ、窓の外を指差した。
「…………リン」
窓の向こうには自分達のいる校舎ともうひとつの校舎を繋いでいる渡り廊下。そこにリンの姿を見つけると、レンは思わずびくりと肩を震わせたが、どうやらこちらには気付いていないと分かると、肩から力が抜けていく。それから数日ぶりに、リンの顔をちゃんと見ることができた。
ほんの数日のことなのに、もう何年もその顔をちゃんと見ていなかった気がする。あの頃よりもずっと血色のよくなった肌。白と紺の制服に包まれた華奢な身体。いつだって強い眼差しを湛えた瞳。
さっきの追跡で走り疲れてしまったのか、渡り廊下の手すりにもたれかかって額の汗を拭っている。
「……誰かを好きになるのって、どういうことなんだろう」
「へ?」
「かぞ……たとえば友達としての「好き」とそれ以上の好きって、どこで区別したらいいんだろう。どこからが異性としての好きになるんだろうって――…」
……いったい何を言っているんだか。こんなことをたいして仲がいいわけでもないクラスメイトに話したところで、茶化されるか馬鹿にされるに決まってるのに。
「うーん……たしかに小さいときからずっと一緒にいた幼なじみとかだと、どこからが恋になるのか分からないって言うよね。異性として見れないっていうか」
しかし思いのほか真面目なメグミの返答に、レンは意外そうな顔をした。
「でもさ」
そんなレンの反応には気付かずに、メグミは窓ガラスの隅に指を滑らせながら、言葉を紡ぐ。
「きっと頭で考えることじゃないんだよ。本当に好きになったら。気付いたらもう視線が行ってるの。心だって、その人にだけ向かってる」
彼女にもそういう相手がいるんだろうか。ここではないどこかを見つめているメグミの瞳を近くで見ながら、レンは何とはなしに考えた。
「そういうのって、絶対にあらがえないの」
次の瞬間、開いた窓の隙間から強い風が吹きつけてきて、メグミの制服の襟をパタパタと揺らした。レンがふと窓の向こうへと視線を向けると、リンの髪もまた風を受けて大きく広がっていた。わずかに肩に触れるくらいの髪は、遠くから見ると金色の薄い布をかけたように見える。両手で押さえたスカートの裾が小さくはためいている。
それから風が収まると、ぐちゃぐちゃになった髪をすぐに直すわけでもなく、リンの瞳はどこか遠くを見つめていた。ここではない、どこか遠い場所。
しかしそうしていたのも束の間――…、リンは急に片方の手で瞼の上を覆ったかと思うと、そのまま渡り廊下の手すりにもたれかかって、動かなくなってしまった。
「リ……っ!」
まさか、泣いて――…。レンはすぐに窓から顔を出して声をかけようとしたが、ちょうど近くを通りかかった男子生徒がずっと俯いたままで動かないリンを不審に思い、先に声をかけていた。
するとリンはすぐに顔を上げ、指で目の端を擦りながら「何でもないの」と自分の心配をしている男子生徒に笑いかけていた。
きっと目にゴミでも入ったんだろう。レンはそのことに安堵の息を吐くよりも、目の前の光景に激しい憤りを感じていた。
どうしてそこにいるのが自分じゃないんだ。いつだってそばにいたのは僕なのに。どうして僕以外の奴がそこにいるんだ。
……自分から離れておいてこんなことを考えるのは、いくら何でも自分勝手だって分かってるけど。
あの日、自分のためだけに向けられた笑顔も腕も、今はここにない。もう自分だけのものじゃない。
「っ…………!!」
その事実に気付いたとき、身体中の血が沸騰したみたいに全身が熱くなった。
今すぐ教室の中に響きわたるくらい大きな声でその名前を呼んで、こっちを振り向かせたい。そしてまた、追いかけてくればいいんだ。他の誰かなんて目もくれず、僕のことだけを見て。
そんなことを考えている自分に驚いた。向き合うことから逃げていたのは僕なのに。こんなにも振り向かせたいと思ってる。あの瞳と向き合って、伝えるべき言葉もまだ見つからないのに。
それでも視線はリンの姿を捉えたまま、動こうとしなかった。
そこにいることが当たり前で、これから先だってそうだと信じて疑わなかった。だってリンが約束を破ることなんて一度もなかったから。
――…ずっとずっと、リンが一緒にいるから。
だけどリンは、気付いてしまったんだろう。これから先もあの頃のまま、幼い日の約束に縋ったままではいられないことを。
ずっと一緒にいるためには、多くのものを失わなければいけないことを。もしかしたらずっと前から気付いていたのかもしれない。でなければ――…。
「っ!」
パァン、と。遠くの空で、何かが弾けるような音がした。
「花火……?」
淡い色をした空の向こうにかすかにのぼっている白い煙を見て、レンは自分の胸の内に燻ぶっていたものが何かのはずみで弾けてしまったのではないかと驚いた。
「ああ。明日は浜辺のほうで花火大会があるから、その試し打ちかな」
こんな明るい時間に花火なんて、とおかしそうに笑うメグミの隣で、レンはずっと前にもこんな光景をリンと一緒に眺めたことを思い出していた。
窓ガラスの向こうで立ちつくしているリンの瞳もまた、空の彼方へと向けられている。色もなく、弾けるような音だけを残して消えていった打ち上げ花火。同じことを思い出しているだろうか。それとも、もう忘れてしまっただろうか。
「リン」
心だって、その人だけに向かってる。絶対にあらがえないの。
ちょっと長くなってしまいそうなので後編に続きます。次回はリン視点。
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現代パロで近親設定。夏が終わってしまう前に今年の夏みねを。 | ||
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