two in one ハンターズムーン14「修行」
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   14 修行

 

 〈月の繋人〉として、初陣を飾ってから初めての休日が来た。

 あの日以来、月神神社へ殆ど毎日通っている。瑞葉に「なるべくこちらに来て、少しでも八尺瓊勾玉に慣れて下さい」と言われたこともあるが、土蜘蛛のような魔物と戦うのだ。戦う術を知らない一葉と双葉が、なにもしないで毎日を過ごすことなど恐ろしくてできなかった。

 しかし、話をしなくてはならなかった為、秀明が一葉に気付いてくれた日は、月神神社へ行くことはせず、その日の内に色々な話をしたのだった。

 初めのうちは、月神神社のことを一切話さず。ただ、一葉の今までの気持ちを秀明に伝えるだけでかなりの時間を費やした。今までも、双葉として話しはしていたのだが、今は一葉として話ができる。いくら話しても一葉は話足りないのかも知れない。

 秀明も、今まで一葉と双葉に話そうとしなかった出産時の出来事や茜が死んだ後のことを細かく話してくれた。

 そして、今度は双葉が月神神社で起こった出来事を話していった。

 話は普通ならば信じられるような話ではないことは充分わかっていた。しかし、秀明は理解できなくとも素直に受け入れようと決めていたらしく、黙って二人の話を聞いてくれた。だが、いくら〈双心子〉である一葉と双葉のことを見ていたとしても、土蜘蛛や鬼の話を直ぐに理解できるわけがない。実際話している双葉でさえ、あれは夢だったのではないかと思えてしまうのだから。

 それでも秀明は、〈月の繋人〉としての運命を一葉と双葉だけができることとして受け入れてくれた。

 奇妙な三人の話は、夜遅くまで続き、本当なら決めなくてはならないことが沢山あるのだろうが、秀明はあえて今まで通りにすることを望んだのだ。

 しかし、一葉と双葉は知っていた。次の日、秀明は京滋のところへ赴き話し合ってきたことを……そして、どんなことがあろうとも家に帰して欲しいと頼んできたことを……

 これから、鬼と戦うための修行をしなくてはならないのは秀明にもわかる。それが、二人の身を守ることも充分理解しているつもりだが、二人を神無月家に預けることはできなかった。

 修行はそんなに甘いものではないのもわかっていたし、危険が伴うことも承知していた。それでも、親子が離れて暮らすなど秀明には考えられない。それは一葉も双葉も同じ考えだった。秀明はなにを言われようと双葉達と離れて暮らすことだけは承諾しないと心に決めて月神神社へ向かったのだ。

 しかし、秀明の心配をよそに、京滋はその申し出を簡単に受け入れてくれた。「茜の子を守りたい」と言うのが京滋の考えだったらしく。なるべく普通の生活を送ることを京滋も願っていた。

 そのおかげで高彦には嫌味を言われながらも、通う形で修行が始まったのだ。

 修行と言っても、まだ完全に〈月の繋人〉のことを理解していないので、瑞葉の話を聞いていることが多く、まだこれと言って変わったことはしていない。学校帰りの2時間程しか時間がないので、修行が中々進まないのも仕方がないだろう。

 しかし、今日は朝から月神神社へ向かっていた。今も、境内へ続く階段を上っている真っ最中だ。

〈双葉、学校の時みたいに体を使う修行だったら、ボクがやるからね〉

「うん。咲耶ちゃん達みたいなのだったら、できるかわからないけど私がする」

 月神神社での咲耶と知流は、学校と全く違う一面を見せていた。口数が少なくおしとやかなところは変わらないのだが、普通の女子高生が知らないことをいっぱい知っており、色々なことを教えてくれた。

 咲耶と知流も〈双心子〉として産まれてこられなかったが、神無月の家に産まれ〈月の巫女〉になるべく、小さな時から修行を続けてきている。二人にはわからないが、陰陽道などの使い手であるらしい。後から聞いたことだが、土蜘蛛と戦っている時、二人を守ってくれた結界も、陰陽道の術の一つだと言っていた。

 これから、どんな修行をするのかわからないが、こうして家から通っているとクラブ活動の延長のような気がして緊張感が湧いてこない。あまりにも現実離れしているので実感が湧かず、なんだか遊びに来ているような気になってしまう。

 双葉は軽い足取りで階段を登りきると、いつも通り拝殿の裏に回り母屋の玄関を開けた。

「おはようございます。双葉です」

 玄関で声をかけるが返事がない。いつもなら直ぐに咲耶か知流が現れ、双葉を案内してくれるのだが、いくら待っても誰も現れなかった。

 今日は朝から修行をすると言う約束になっているのにどうしたのだろう。

「誰も出てこないね」

〈うん。上がっちゃおう。きっとみんないつもの部屋にいるんだよ〉

「大丈夫かな?」

〈大丈夫でしょ。今日来るようにって、瑞葉さんに言われてるんだから〉

「そうだよね」

 そういって、双葉は玄関を上がるといつもの祭壇のある部屋を目指した。

「えっと……こっちでいいんだよね」

〈うん。多分大丈夫だと思う〉

 何度も足を運んでいるはずなのに、どうも間取りを把握できていない。それは、この神無月の家が不思議な作りになっているのが原因だった。外観はさほど大きくない日本家屋なのだが、中に入るとあり得ないほどの広さを持っているのだ。そのことを咲耶達に聞いてみるが「祭壇のある部屋と同じように、空間をねじ曲げている」と言われたのだが、当然二人にはなんのことだか理解できる訳もなく、ただ「そう言う物なのだろう」と納得するしかなかった。

 長い廊下を抜けて、祭壇のある部屋につくと襖の外から声をかけた。

「双葉です。失礼します」

 しかし、襖を開けた途端とんでもない光景が目に飛び込んできた。

 咲耶と知流が、血を流して倒れていたのだ。

「咲耶ちゃん。知流ちゃん」

 この部屋も毎回来るたびに部屋の広さが違う。今日は道場のようにかなり広い空間になっている。だが、そんなことに驚く暇もなく、慌てて二人に駈け寄ろうとすると鋭い高彦の声が双葉の動きを止めた。

「手を出すな! 咲耶、知流。さっさと立たぬか」

 容赦ない言葉が咲耶と知流に浴びせられる。しかし、双葉は一葉にパーソンチェンジすると高彦の言葉を無視して咲耶に近づいた。

「咲耶。大丈夫か」

 白いはずの巫女装束が血で汚れており、体もそこら中が腫れ上がっていた。抱え上げた咲耶など腕の骨が折れている様子だ。にもかかわらず咲耶は一葉の手を押しのけたのだ。

「手出し無用です……」

 気丈にも咲耶は、手にした木刀を杖代わりに立ち上がろうとするが、もう力が入らず立ち上がることができない。それでも懸命に立とうとしている。

「どうして……」

 咲耶が必死にもがいている間に、いつの間にか立ち上がった知流が、木刀を振り上げ高彦に打ち込んでいった。

「やめろ、知流」

 一葉の静止も聞かずに知流は、高彦の額めがけて打ち込む。だが、そんな弱々しい打ち込みが高彦に通じるわけがない。

 足を半歩横にずらし体を四分の一回転させ、打ち込まれてきた木刀をかわすと知流の鳩尾に木刀の柄をたたき込んだ。

「がはっ……」

 高彦なりに手加減はしている様子だが、知流は口から血を吐いて倒れると動かなくなってしまった。

「咲耶。さっさと立たぬか! 立って打ち込んでこい」

「もうやめろ! 二人ともボロボロじゃないか。なんでこんなヒドイことするんだよ」

 こんなヒドイ仕打ちに、どうしても我慢がならず高彦を睨み付ける。しかし、一葉が睨んでいるのに、高彦は全く気にしている様子もなく、当たり前だと言う目を一葉に返すのだった。

 そんな一葉の後方から声が飛んだ。いつもの優しい声ではなく、厳しい一言が……

「これは〈月の巫女〉としての修行です。一葉さんお引き下さい」

 咲耶達の姿に慌ててしまい。瑞葉がいることに気が付かなかった。しかし、何故瑞葉までこんなむごいことを言うのだろう。

「瑞葉さん……でも、こんなのヒドイです。なんでこんなことをするんですか、二人はあんな凄い術が使えるのに」

「咒言を唱えるには、どうしても時間が掛かってしまいます。いざとなったら自らの身をもって戦わなくてはならないのです。咲耶も知流も剣術が得意でないのはわかっています。でも、少しでも剣術ができれば鬼の攻撃をかわすことができるようになるかも知れません。これは、命を繋ぐための修行なのです」

「そんな……でも、こんな……」

 自分の考えが甘いことを思いしらされた。これが現実なのだ。みんな命を賭けて戦っている。皆の命、自分の命を守るために修行を続けているのだ。

「お前はなにもわかっていない。術がどれほど脆弱な物かを……今それを見せてやろう。姉上、咲耶達を」

 そう言われると瑞葉は、咲耶の傍らに跪くと苦しそうに上下する胸に手をあて瞳を閉じた。すると瑞葉の手が光を放ったかと思うと体にできた傷がみるみる治っていくではないか。これが〈月の守人〉の力。月神神社の守護者たる力なのだ。そして、知流に近づくと咲耶と同じように癒していく。

 傷が癒えた咲耶と知流は、ふらつく足取りでかろうじて立ち上がった。体の傷は治っても、体力まで回復はしないようだ。

「咲耶、知流。お前達の術で私を攻撃してこい」

「えっ、兄様を……わかりました。知流」

「はい。おさがり下さい」

 二人は、未だふらつく足取りで前へ出る。

「でも……」

「一葉さん。こちらへ、そこにいては咲耶達の邪魔になりますよ」

 そう言われ、一葉は渋々瑞葉の横へさがる。しかし、これから咲耶達はどんな術を使うというのだろう。そして、高彦はどう術と戦うのだろうか。

 一葉が瑞葉の元へさがったのを確認すると咲耶と知流は視線を合わせて一度頷いた。そして、知流は袖から符呪を取り出し、辺りに蒔くと印を組んで咒言を唱え始める。

「あんたりをん そくめつそく びらりやびらり そくめつめい ざんざんきめい ざんきせい ざんだりひんをん しかんしきじん あたらうん をんぜそ ざんざんびらり あうん ぜつめい そくぜつ うん ざんざんだり ざんだりはん」

 咒言の詠唱が続くに連れ、符呪が青い炎をあげ燃え上がると後に残った煙が、一つにまとまり高彦を襲った。

 しかし、煙に覆われた高彦だったが、なんの影響も受けていない様子だ。

「あの術は、本来なら人の意識を奪うものです。高彦以外の人間なら立っていることもできないでしょう」

「でも、全然平気みたいですよ」

「そうです。これが月の力、神器を使わなくともこの位の術は防げるのです。それは魔物も同じ」

「そんな……」

 瑞葉達の会話をよそに、知流の咒言は続く。そしてその横では、符呪を手にした咲耶が、片手で印を組むと符呪を高彦めがけて放った。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行」

 九字を唱えると符呪が光の矢となり高彦を襲う。

 その時やっと高彦が動いた。一度腕を振り、まとわりつく煙を祓い除けると手にした木刀で、光の矢を次々と叩き落としていく。

 知流が、高彦の意識を削り。その後、咲耶の攻撃が高彦を倒すという思惑は、いとも簡単に破られてしまった。

「それまで、もういいでしょう高彦。いかがでしたか、一葉さん」

「そんな……あんな簡単に……」

 咲耶と知流の術を、高彦はなんの苦もなく退けてしまった。一葉達が凄いと思っていた術が、戦いになんの役にも立たなかったのだ。

「わかったか。陰陽道も所詮は神の力をほんの少しだけ借りているだけに過ぎない。相手は、鬼なのだぞ。この前のように、この地で戦うことができれば、危ないことはないだろう。しかし、結界の外で戦ったなら式神など役にたたん」

「…………」

 なにも言い返せなかった。陰陽道を使えるだけでも凄いことだと思っていた。しかし、こうしてみると強い鬼に対して、役に立つとは思えない。

「でも……でも、あんなになるまでしなくてもいいのに……」

「ありがとうございます本城さん。でも、私達は大丈夫です。私達にできることはこれくらいしかないのですから」

「これが現実なんだ。このままでは、咲耶達はなんの役にも立たない。これでは、戦いに来ない方がいい。姉上、こいつ等はダメだ。連れていっても足手まといになるだけだ」

 そう言い残すと、高彦は立ち去ってしまった。「そんなヒドイことを言わなくてもいいのに」と言い返してやりたかった。しかしそれがなにになるのだろう。生き残るためには、どんなに厳しい修行だろうと耐えなくてはならない。特に、微弱な力しか持たない咲耶と知流は、一番死に近いのだから……

 それでも納得のいかないジレンマに一葉は耐えていた。そんな一葉を見かねた瑞葉が肩にソッと手を置くと優しく抱きしめてくれた。

「そんな顔をしなくてもいいのですよ。高彦は口は悪いですが、この子達のことを案じているのです。失いたくないと思っているからこそ、厳しく接しているのですから」

 そう言われても、高彦の態度を見ていると信じられない。実の妹をボロボロにするまで叩きのめしていたのだから……

「でも……咲耶達、ボクなんかより全然凄いのに……あんな言い方しなくたって」

「高彦の言葉もあながち間違ってはいないのです。魔物に対抗するには式神を使えても脆弱すぎます」

 咲耶達は、生まれたときから神道を始め色々な秘術を教え込まれてきた。神無月として生まれ、月の使命を果たすため、神仏に関係なく戦う術、命を守れる術を覚えなくてはならなかった。そして、二人が最も強く使える技が、陰陽道であり呪禁道だった。

「神道や陰陽道も、白虎や玄武などの力を少しだけ借りているだけ、力のある魔物には対抗できるような力ではありません。だからこそ少しでも体術を磨き、逃げる力も持っておかねばならないのです。一葉さん、双葉さん。それはあなたも同じなのですよ。八尺瓊勾玉を使えるようになるのも、逃げるための体術を覚えるのも、どちらも大切なことなのです。わかりますね」

「はい……」

 確かにそうなのかも知れない。〈月の狩人〉である高彦のような力を持っていないのであれば、いざとなったら逃げることが大切なのだ。今の咲耶達では逃げ切る可能性は低い。しかし、そう思ってもヒドイような気がする。ここまでするのは高彦に別の考えがあるように感じられるのだ。

 だが、それを今考えている時ではない。一葉と双葉にもやらなくてはならないことがある。まずは、高彦と瑞葉の足を引っ張らないようにしなくてはならない。八尺瓊勾玉の力を少しでも引き出せるようにならなくてはいけないのだ。

「さあ、始めましょう」

 瑞葉に促され祭壇に近づくと、一葉は一礼してから八尺瓊勾玉を手にした。まずはこれからだ。先日、確かに八尺瓊勾玉の力を引き出すことができた。しかし、日が経つにつれ反応が弱くなっている。八尺瓊勾玉を手にするほどにうまく操れなくなっているのだ。

 いつものように銀糸で繋がれた両端の勾玉を左右に一つずつ握り、片膝を着いて瞳を閉じる。内なる世界では、一葉がスポットに立ち、直ぐ横に双葉が控えていた。

《行くよ。一葉ちゃん!》

〈うん!〉

 一葉が体半分スポットから外れ、双葉が体半分スポットに入る。それと同時に、八尺瓊勾玉が輝き出し、他の二つの神器も共に輝き始めた。

 八咫鏡を手にした瑞葉が、鏡面に手をかざす。

「一葉さん。双葉さん。もっと集中してください」

 集中しろと言われても、二人にはどうすることもできない。今にもスポットからはじき出されてしまいそうで、お互いの体を支え合っているだけで精一杯だ。

 しかし、それも耐えきれなくなり一葉がスポットからはじき出されてしまう。と同時に八尺瓊勾玉の輝きは薄れていった。

《一葉ちゃん、大丈夫》

〈いたたたぁ……大丈夫だよ〉

 土蜘蛛が襲ってきた時は、何故あんなにうまく行ったのだろう。あの時は、二人でスポットに入っていることがこれ程大変ではなかった。

「ごめんなさい。瑞葉さん」

「謝らなくてもいいのですよ。それではもう一度。大丈夫ですか?」

「はい」

 同じことを繰り返す。しかし、結果は何度やっても同じだった。どうしても一葉がはじき出されてしまうのだ。しかも、回を重ねる毎に、はじき出そうとする力が強くなっているような気がする。

《一葉ちゃん!》

〈大丈夫だよ。ゴメン……ボクが、いけないんだよね〉

 どうして一葉が、スポットの中に止まっていられないのか双葉にはわからなかった。双葉にはさほどはじき出そうとする力がかかっていなかったのだ。いったいこれはどういうことなのだろう。

「どんどんヒドくなっていくようだな。これでは、三種の神器は使い物にならん」

 いつの間にか戻ってきた高彦は、祭壇に近づくと天叢雲剣を取った。

「この天叢雲剣も、このままではただの切れ味のいい剣にしかならん。鬼を一撃で倒すほどの力は出せないな……どうする姉上。このままではお荷物をもう一人抱えたことになるぞ」

「もう少し待つのです。〈双心子〉のままで神器を使いこなすのは、簡単なことではありません」

「この町には、まだ邪鬼が残っているのですよ。そんな悠長なことを言っていられますか」

「えっ……まだ、鬼がいるんですか……」

 魔物と戦うのは承知している。しかし、今この町に邪鬼がいることは知らなかった。

「そうだ。しかも、奴はこの月神神社に結界が張ってあることを知っているらしい。こんな近くにいるというのに、一度も襲ってこない。この意味がわかるか」

「はい……外で戦うってことですか」

 土蜘蛛のように、結界を破るために力を使い切った敵と戦うのは容易なことだが、外で戦うことは、邪鬼が力を温存していると言うことだ。

「邪鬼を見つけたら、戦いに向かわなければならない。お前が、八尺瓊勾玉を使えようと使えまいとな」

 高彦は、天叢雲剣を祭壇に置くと先程咲耶達が使っていた木刀を拾い上げ、双葉に投げてよこした。

「三種の神器が使えぬと言うことは危険が伴う。お前などに構っている暇はないかも知れぬ。私が相手をしてやる。少しでも体術を覚えろ」

 高彦の言葉に、瑞葉はなにも言わなかった。咲耶と知流も不安そうな顔をしているだけで黙って見ているだけだ。

〈双葉。ボクがやる。替わって〉

「う、うん……」

 双葉も黙ってホストを替わった。学校の道場で高彦の腕前は見ている。どんなに控えめに見たとしても、一葉のかなう相手ではないことは、武術を知らない双葉でもわかっていた。それでも、一葉に頼るしかない。

 みんなの心配をよそに、一葉だけがこの戦いを喜んでいた。ヒドイことばかり言う高彦だが、一葉は高彦の剣の冴えに憧れていた。かなわなくとも一度、剣を合わせて見たいと思っていたのだ。

「お願いします」

 八尺瓊勾玉を祭壇に置き、木刀を拾うと高彦に一礼して中段に構える。高彦は右手に木刀を持っているだけで構えようともしない。それでも、隙など全く見あたらなかった。

 距離は5メートル。睨まれているだけで、一葉は動くこともできないでいる。

《一葉ちゃん……》

〈黙って……ボクに任せて……〉

 高彦を見ているだけで汗が噴き出してくる。言いしれぬプレッシャーが一葉の体力を奪っていく。長期戦は不利だ。

──凄い……どうしたらいいのかもわからない……でも、行くしかないんだよね。

 正眼に構えた木刀を右に倒し横に構え体で木刀を高彦から隠す。これは剣道の練習ではない、剣術の修行なのだ。しかも、相手は一葉の力量を遙かに凌駕する高彦だ。木刀だからと言って怪我をしないように等と考えてはいられない。骨を砕くつもりで打ち込まなければ相手にならないだろう。いや、その覚悟があっても高彦に触れることもできず、逆に自分の骨が砕かれてしまう可能性が高い。

 勝算があってこんな構えをしたわけではない。ただ、剣道の踏み込みでは遅すぎる。防御を考えていたら勝負にならないので、踏み込みの速さだけに重点を置いてこの構えを取っただけだ。

 後は勇気を出して踏み込むだけ──

──怖い……これが武術なんだ。スポーツじゃない本当の剣術。でも、ボクが双葉を守らなくっちゃ……勇気を出せ! そうじゃなくちゃ鬼なんかと戦えない!

 必死で自分に言い聞かし、荒くなった息を整え一度大きく吸う。

「はっ!」

 一葉が床を蹴った。女の子とは思えない速さで距離を詰める。しかし、早いと言っても所詮常人の動き、高彦を慌てさせるほどではない。

 ギリギリまで木刀を体に隠し突っ込んでいく。もし、高彦が打ち込む気があったなら打ってくれと言わんばかりの行動だが、高彦が打ってこないと考えた上での捨て身の戦法だ。

 距離を1メートルまで詰め木刀を振るう。スピードだけを考え剣先を滑らす。しかし、一葉の一撃は、高彦の体数センチのところで跳ね返された。手にした木刀で一葉の体もろとも払いのけたのだ。

「ちぃ……」

 衝撃が腕に伝わってきた。木刀を放さなかっただけでも素晴らしい。だが、それくらいは一葉も予想していた。空中で体をひねり着地と同時に、再び高彦に突っ込む。しかし、それも跳ね返されてしまう。何度か同じことを繰り返すのだが、全く高彦に通用しない。

「はあはあはあはあ……」

 一葉の動きが止まる。僅か数回の攻撃で、息は全身を揺らすほど荒くなっていた。

「どうした。もう終わりか」

「まだまだぁぁ!」

 再び、高彦に突っ込んでいく。上段に振り上げた木刀を高彦の額めがけて振り下ろすが、それも難なく弾かれてしまった。しかし、高彦は先程よりも軽く弾いただけで、体を一回転させると一葉の腹めがけて初めて打ち込んできた。

──しまった。やられる……

 まるでスローモーションのように世界が流れ、高彦が打ち込んで来る木刀が一葉のお腹にめり込もうとしている。悔しいがこのまま打ち込まれてしまうのか……一葉は、数舜の間に色々なことを考えていた。

──嫌だ! これで終わりたくない。こんなんじゃ双葉を守れない。ボクは、もっと強くなるんだ。

 その時、一葉のダークブルーの瞳がブルーに輝いた。

「いやあぁぁ!」

 一葉は、木刀を返し高彦の一撃を受け止めた。しかし、高彦の力が上回りはじき飛ばされてしまう。高彦は、飛ばされた一葉に追い打ちをかける。

 打ち込まれてくるのを感じ取った一葉は、体をひねり着地すると同時に木刀めがけて打ち込んだ。

 バキッ!

 木刀同士を打ち合わせた瞬間、無残にも木刀は砕け散っていた。

《一葉ちゃん。凄い……》

 双葉にはなにが起こったのかわからなかった。しかし、一葉の瞳を通して見ていた世界が、今まで見たことのないスピードで流れたことに驚いていた。二人の姿を見ていた咲耶と知流もただ呆然としている。その力に高彦も僅かに驚いている様子だ。だか、一番驚いているのは一葉自身だったのかも知れない。

 なぜ、このように動けたのか自分でもわからなかった。

 やられたくないと思った時、羽が生えたように体が軽くなったかと思うと、自分でも信じられないスピードで体が動いた。

「〈双心子〉の力か……なかなかいい打ち込みだった。その動きができれば逃げ切れるかもしれん」

 高彦は、そう言っただけで再び部屋を出て行ってしまった。

「なに……なにをしたの」

「それは〈双心子〉の力です。〈双心子〉は、体術に優れた魂と神通力に優れた魂に別れています。それが合わさった時に、大きな力を得られるのです。でも、一葉さんは〈月の繋人〉の力を使えた。〈月の繋人〉にならなければ使えないはずの力を……まさか……双葉さん。今度はあなた一人で、八尺瓊勾玉の力を引き出してみて下さい」

 瑞葉はなにかを思いついたように、八尺瓊勾玉を祭壇から取ると一葉に手渡すのだった。一葉もなんのことだかわからずホストを双葉と替わる。

「でも、どうやって……」

 入れ替わった双葉は、八尺瓊勾玉を握り戸惑いの表情を浮かべることしかできなかった。

説明
次の戦いに備え修行を始める一葉と双葉。しかし、修行は思い通り進まない。それでも二人は健気に今できることを精一杯成し遂げようとするのだった。
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SF 双子 三種の神器 

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