つくも神様 |
「この万年筆には『つくも神』がやどってるんだ」
私と同じ物書きを生業としている男は、何の変哲もない万年筆を私に見せて言った。
「この万年筆を手に入れてからスランプ知らずでさ、スラスラとペンが進んで絶好調なんだ」
男は酒のせいもあってかなり上機嫌で話を続ける。確かに最近男は調子がいい。大ヒットや何か賞を取るということはないが、そこそこのファンもつき順調に名を上げて言っている。
比べて私はデビューして数年、日々の暮らしもやっとな落ちこぼれともいえる。
「初めて骨董品屋でこいつとであったときピンと来たね。何か違うオーラを感じたんだ。なんかケースにも特殊な札なんか貼ってあってさ・・・」
ホントは秘密だ、と言いながらも男の口は止まらない。同じことを繰り返しはなし始めた男にあきれて、後半は相槌だけ打って聞き流していた。私が彼のよた話から解放されたのは、店員がラストオーダーを取りに来た、日付け変更後のことだった。
・・・・
別に男の話を信じていたわけではない。私は常識のある人間だ。しかし今、自分の手の中にはあの万年筆があった。酔った男のかばんから抜き取るのは難しくはない。明日になれば気づかれるだろうが、酔って間違って持ってきたとでも言えばいい。私には明日までに上げなければいけない原稿があるのだ。ならば飲みになんか行くな、といわれるかもしれないがそれはそれ、机にかじりついていても筆が進むわけでもない。たまたま、電話のあった男からの誘いで気晴らしに付き合ったのだがこれも何かの縁。まさに神頼みだ。
私は書斎にこもりたいそうな札のついた箱の中から『つくも神』のついた万年筆取り出し、それを握った。
半信半疑で原稿用紙に向かった私の目に小さな老人の姿が映った。白いあごひげを蓄え、杖を突くその姿はまさに昔話に出てくる神様そのものだ。
「まさか、本当だったのか!?」
酒のためかとほほをつねるが老人は消えない。まさか本当に存在するなんて、でもこれで締め切りに間に合うぞ。
酔いも一気にさめ、どきどきしながら老人を見つめていると、老人は私に向かって話し始めた。
「おや?前の持ち主と違うな。まあよいそれでは早速・・・」
「原稿を書くのを手伝ってくれるんですよね」
私の言葉に老人は不思議そうな顔をして答えた。
『何でわしがそんなことせにゃならんのだ。その万年筆はわしの九十九年の人生をともにしたありがたい代物なんじゃ。わしは死んでからもつくも神として筆に宿り、わが人生について語り続けると、死の間際に誓ったんじゃ。そしてこの姿になった。おぬしも原稿なんぞはどうでもいいから少しわしの話を聞きなさい。前の持ち主の男と来たら、わしの青春時代の最も盛り上がる場面で封印のケースにしまいおって、まだ10時間も話していなかったのに。おぬしはちゃんと最後まで聞いてくれ、今まで最後まで聞いてくれたやつはいないんじゃよ。大体5日も話し続けるとみな死んでしまってな・・・』
筆がはかどるどころかとんでもない、この爺さんはまるで悪霊だ。私はあわてて逃げようとしたが体が動かない。金縛りにあったように指一本動かすことができないのだ。これでは締め切りうんぬんより命が危ない!
私のことなどお構いなしに老人の人生話は始まった。
『わしが生まれたのはそうよの、時代が明治に変わったばかりのころじゃった・・・』
男は家に帰るとかばんの中を探る。にやりと、思わず笑みがこぼれる。狙いどおり万年筆はなくなっていた。
「何度ゴミ箱に捨てても駄目だったがやっと手放すことができたな。しかしあいつ大丈夫かな?俺のときは妻が異変に気づいて封印してくれたけど、あいつ独り者だからな・・・」
男は電話でもしてみようかと考えたが、そこで「返す」などといわれても困る。
「まあ大丈夫だろう。ちゃんと『一人で使うと危ない』って、終わりのころ繰り返し話したし、やつも理解していたみたいだからな、これでやっとおれも滞っていた仕事に集中できる」
男は普段使い慣れた愛用の万年筆を取り出し原稿用紙に向かった。
END
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二人の作家が飲み屋で何やら話しをしている。話をする一人は、どうやらスラスラ原稿が書ける秘密があるらしいのだが・・・ | ||
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